箕面紅葉天ぷら怪人、その悲哀

     ここは関東の、とある山……。
     休日を利用して、紅葉狩りにやって来た家族連れ。
     男の子が、拾った紅葉を父親に差し出す。
    「見て、パパ! おいしそうだよ!」
    「本当、おいしそうだね……おいしそう?」
     父親が二度見すると、男の子の手にした紅葉は……からっと揚がっていた。
     香ばしい匂いにつられてみると、木の根元で修験者風の男が紅葉を揚げていた。
    「アンタか? 紅葉をこんな風にしたのは」
    「左様。天ぷらにするのにいい感じだったのでのう」
    「天ぷら? 紅葉は食べるものじゃなく眺めるものだろう!」
    「えっ」
     ぽろり。修験者の手から箸が落ちた。
    「食べないの? 紅葉食べないの?」
    「当たり前だ!」
    「マジかのう……」
     修験者、がっくり。
     しかし、箸を拾うと、その目に野望を宿す。
    「ならば、この山の紅葉全てを天ぷらにして、街じゅうにばらまいてやるのじゃ! 人間どもの心に、紅葉天ぷらの名を刻むためにのう!」

    「ご当地怪人が、山を占拠した。全ての紅葉を天ぷらにするために」
     初雪崎・杏(高校生エクスブレイン・dn0225)の招集に応じた九条・御調(ジェリクルを探して・d20996)には、心当たりがあるようだった。
    「それは恐らく、大阪は箕面の紅葉天ぷら怪人の仕業ですね。関東まで来ていたとは……紅葉の天ぷらと聞くと驚かれるでしょうけど、かりんとうみたいで美味しいんですよ」
    「ほう、それはそれは……」
     御調の説明に、味を想像してニヤつく杏。しかし、それと怪人の悪行とは別問題だ。
    「箕面紅葉天ぷら怪人は、各地の山々を旅して紅葉を天ぷらにしていたが、あまりの知名度の低さに愕然、紅葉天ぷらを大量生産してばらまき、人々に押し付けようとしているのだ」
     皆は怪人に占拠された山に向かい、野望を阻止して欲しい。香ばしい油の匂いがする方を目指せば、怪人と出会えるだろう。
     紅葉の時期とあって観光客の姿もあるので、人払いは必要となるだろう。
    「紅葉天ぷら怪人は、ご当地ヒーローのサイキックを駆使するのに加え、紅葉の天ぷらを手裏剣のように投げてくる。食糧にも武器にもなるとは、まさに一石二鳥……!」
    「そこ、感心するところじゃない気が……」
     なお、怪人はピンチになると、降参する。
     見逃すか、それともとどめを刺すかは、皆で相談して決めて欲しい。
    「ちなみに降参を受け入れると、紅葉の天ぷらをごちそうしてくれるようだ。人を選ぶ料理ではあると思うが。まあ、ついでに、ゆっくり紅葉狩りを楽しんでくるのもいいだろう」
     ちょっとうらやましそうな杏だった。


    参加者
    石嶋・修斗(日向のぬくもり橙執事・d00603)
    御剣・裕也(黒曜石の輝き・d01461)
    白木・衛(ふしぎなホイル焼き・d10440)
    小沢・真理(ソウルボードガール・d11301)
    椋來々・らら(恋が盲目・d11316)
    崇田・來鯉(ニシキゴイキッド・d16213)
    九条・御調(ジェリクルを探して・d20996)
    ヘイズ・レイヴァース(緋緋色金の小さき竜・d33384)

    ■リプレイ

    ●もみじの山
     赤く色づいた山の中、仲間たちを先導するのは、小沢・真理(ソウルボードガール・d11301)。
     『隠された森の小路』の力が、一行に道を作る。
     やがて、どこからともなく漂う、天ぷらの香り。
    「ん~、香ばしい匂い……紅葉天ぷら、楽しみです」
    「ふふ、真理ちゃんたら。私も頑張らないといけませんね」
     気合を入れる九条・御調(ジェリクルを探して・d20996)。怪人と同郷としては、今回の件は見逃せない。
    「それにしても、綺麗な紅葉だねー」
     椋來々・らら(恋が盲目・d11316)が、落ち葉を手に取り、くるりと回す。
    「天ぷらにするって聞いてびっくりしたけど、確かに赤って、食欲をそそる色してるかも」
     確かに、聞いただけでは、違和感を抱くのも無理はないだろう。
    「まあ、ご当地への無理解は傷つくよね。僕も、バームクーヘンの日本での発祥の地は関西じゃなくて広島だって知られてないとか、色々あったし」
     崇田・來鯉(ニシキゴイキッド・d16213)は、とっても身重。もみじ饅頭用の調理道具と材料を持参しているからだ。
    「あ、いたいた」
     真理が示した先に、黙々と天ぷらを揚げる紅葉天ぷら怪人の姿があった。
     観光客との不運な出会いは避けねば、と、ヘイズ・レイヴァース(緋緋色金の小さき竜・d33384)が百物語で人払い。
    「なかなか慣れないものでありますな……」
     物語の怖さヘイズが震えるのに苦笑しつつ、怪人を遠巻きに眺める白木・衛(ふしぎなホイル焼き・d10440)。
    「……わっかりやすい格好しとるなぁ」
    「この怪人は灼滅しない……でしたよね。勢い余って殺さないように気を付けないと」
     御剣・裕也(黒曜石の輝き・d01461)の確認に、うなずく仲間たち。
     それは怪人への慈悲というか、天ぷらへの食欲や興味というか。
    「ん、どうしたの修斗、もしかして、機嫌いい?」
    「ふふ、当然でしょう」
     石嶋・修斗(日向のぬくもり橙執事・d00603)の表情は、心なしか弾んで見える。
     無理はない……どころか、もはや自然の摂理に近い。
     何せ、大切な主人と一緒に戦えるのだから。

    ●山は紅くもえている!
    「危なくなったら下がるんやで、盾くらいにはなれる」
     心配する衛にうなずき、御調が紅葉天ぷら怪人へと近づく。
    「折角色づき始めた箕面の大滝の紅葉を放って、ふらふら出歩いているのは誰かしら」
    「む、人気が遠のいたと思えば、お主らの仕業かのう?」
    「その通りです。ご当地怪人であるのならば、地元の宣伝にまず力を入れなさい。山を占拠するなんてやり方に意味はありません」
     とうとうと語る御調のそばには、真理が控えている。ちょうど、裕也に対する修斗のようなたたずまい。
    「わしのやり方が無意味じゃと?」
    「最初は物珍しさからでも、本当に美味しければまた食べたいと思ってもらえるし、もっと普通の、地道な活動の方が長続きすると思うよ?」
    「紅葉天ぷらへの拒絶を喰らった気持ちも解ります。ボクのお義母さんもご当地怪人でありましたから。でも山の占拠はやりすぎでありますよ」
     來鯉やヘイズ、ご当地愛と縁の深い2人に言われ、怪人は眉根を寄せる。
    「これが済んだら出ていくわい。だが、それまではお主らの言い分を聞くわけにはいかぬ……むっ?」
    「僕、紅葉天ぷらって本物の紅葉じゃなくて、そういう形の何かだと思ってました。美味しそうです……」
     裕也が、盛られた天ぷらをしげしげと見つめている。
    「興味あるのかの?」
    「ええ。ただ、人を襲ったり、強要したりするのはダメですよ。こんなに美味しそうな食べ物、どうせなら笑顔で広めて欲しいんです」
    「はっ、わかっとらんな、紅葉天ぷらへの風当たりの強さを」
     裕也の説得を一笑に付され、修斗の眼鏡の奥の瞳が、ぎらり、と光った。
    「いかに紅葉の天ぷらが美味しくとも、怖がらせたらおしまいではありませんか? 何より、俺はもみじ饅頭の方が好みです」
    「うん、美味しいよね! もみじ饅頭」
     ららも話に乗ると怪人、悔しそうに箸を握る。
    「どいつもこいつも紅葉のお菓子と言えば饅頭か! 負けてはいられん!」
    「天ぷらはサクサクでも、意志は固いようやな。なら、俺たちが解きほぐしてやるわ!」
     誰より先に仕掛けたのは、衛だった。

    ●さあ、紅葉の量を数えろ!
    「ぬおお、これは!」
     來鯉とららのダイダロスベルトが、木々の隙間を縫って、怪人を翻弄する。
     足を取られ、体を切り裂かれ。バランスを崩した怪人に、霊犬のミッキーが仕掛ける。
    「なんのこれしき」
     刀傷を受けても強がる怪人の視界が、キャロラインのしゃぼん玉でいっぱいになる。
    「紅葉の散るさまなら見切れるが、これは困るのう!」
     手で払おうと試みる怪人。
     そこへ、秋風を裂き、猛然と迫るヘルツシュプルング。更にその後方から、真理の侵食弾が飛んでくる。
    「ぬっ。飛び道具には飛び道具よ!」
     怪人が、不思議な印を組んだ。そして広げた手のひらから、紅葉型のビームが発射!
    「さあ、からりと揚がってしまうがよい!」
     あわや天ぷらの仲間入りを果たしかけた御調を、衛が我が身を盾に守った。
    「あ、ありがとうございます……」
    「なあに、有限実行、ってな」
     我に返った御調が、防護符をぺたりと貼る。
    「さすがの紅葉天ぷら愛……その威力、あなどれぬでありますな」
     怪人が声のした方を見上げれば、降り注ぐ葱色の流星。オーラと重力を宿した、ヘイズの飛び蹴りだ。
     続いて、セバスの援護を受けつつ、修斗が踏み込んだ。
     白手袋の手刀から、真紅の斬撃が繰り出される。
     しかし、攻撃が怪人の腕に食い込んだ時には、既に修斗は怪人を見ていない。
    「どこを見て……はっ、アイコンタクトという奴か!」
     怪人が振り返った時には、裕也のチェーンソーが目前に迫っていた。
     からくも、紅葉天ぷら手裏剣が、刃を受け止めた。飛び散る火花!
     ガードで手いっぱいとなった怪人に、次の攻撃に対応する余裕はなかった。
     右からは、來鯉の広島もみじ饅頭ビームが。
     そして左からは、真理の黙示録砲が。
     2つの攻撃が、次々着弾。怪人を起点に、小爆発を起こす。
    「ヘル君!」
     ヘルツシュプルングの背に乗り、煙から逃れる真理。そのまま、御調を守るように舞い戻る。
    「やったか? などと一瞬でも思ったかの!?」
     爆煙を裂いて、鋭い輝きが飛び出した。怪人の18番、乱れ天ぷら手裏剣だ!
    「ふぎゃっ」
     1枚が額に刺さり、悶絶するらら。キャロラインからふわふわハートをかけてもらった後、
    「うーっ、キミも強火でカラッと天ぷらにしてやるんだからー!」
     脚から火をほとばしらせ、キックでお返し。
    「とりゃー!」
    「うわー!」
    「おお、これは血祭りならぬ火祭り。ならばこの『九条葱宗』も彩りを添えるであります」
     ヘイズが怪談蝋燭を振るえば、噴き出す炎。葱色の軌跡を描いて、怪人に着火する。
    「あちっ、山で火はいかんぞ! わしも天ぷら揚げてたけど!」
    「そら、わき見してんなや、イわすぞ!」
    「えっ」
     衛の声が響いた時には、怪人の腹をパンチがえぐっていた。
     立て続けに、腹部を打撃する。
    「ひい、こやつら、やりおるわい……」
     怪人が押されていく中、天ぷら手裏剣の傷を、御調の呼んだ風が清めていく。
     落ち葉を踏みしめ、修斗が、怪人の背中に罪の十字を刻む。
    「主人のために道を付けるのが俺の役目。さあ、今です」
    「任せて!」
     裕也のチェーンソーの刃が、変形した。
     超攻撃的なフォルムで天ぷら手裏剣を両断しつつ、二度三度と斬り付ける。
    「ま、待った! もう無理! 降参じゃ」
     追い詰められた怪人が、両手を挙げた。懐に隠した天ぷら手裏剣が、地面に落ちる。
     皆は顔を見合わせると……一斉に武器を下ろしたのだった。

    ●天高く、灼滅者肥ゆる秋
    「乱暴なことせんと、来た人に優しくせなアカンで、な?」
     正座した怪人を前に、懇々と説く衛。
    「わ、わかった。もうこんな事はせん」
    「ようし、それなら……」
    「そ、それなら……?」
     灼滅者たちににらまれ、身をすくめる怪人。一体何を要求されるのかと思いきや、
    「さー、じゃんじゃん紅葉天ぷら、揚げてもらおうか!」
    「ひぃぃぃ!」
     怪人は、紅葉天ぷら量産マシーンと化した。
     その間に、真理がレジャーシートを敷く。その頭の中は、もう食べる事でいっぱいだ。
     さらに、皆で持ち寄った食器や箸を用意して、食べる準備が着々と整っていく。お茶など飲み物も充実している。
    「はいどうぞ。怪人さんも」
    「わしの分まで……ほろり」
     ららが差し出したほかほかのお茶に、怪人の涙腺が緩む。
    「ほら、できたぞい」
    「私も作ってみましたから、よろしければどうぞ」
     怪人と並んで御調も、持参した紅葉天ぷらを差し出す。
     その出来栄えには、真理が感動する。
    「さすが先輩ですね、紅葉の天ぷら作りまでそつなくこなすなんて!」
    「うんうん、この天ぷら、可愛いねー!」
     ららも、目をきらきらさせて、盛り付けられた天ぷらを見つめる。
    「いただきます」
     そして皆で食べ比べ。
     作り手や温度の違いはあれど、それぞれの味わいがある。
    「優しい甘さと香ばしさ……油で揚げてるのにさっぱり頂けるこの味。とても美味でありますよ怪人さん」
    「そ、そうかのう」
     ヘイズに褒められ、怪人の顔が赤くなる。
    「では、俺たちもいただきましょうか。さあ、あーん」
    「あーん。んぐんぐ……美味しいよ、修斗!」
    「では俺も……」
    「待って、今度は俺の番! ほら、あーん」
     食べさせあう修斗と裕也。
     そのいちゃいちゃっぷりったら、もう。
    「あ、先ほどは助かりました。もう痛いところはありませんか?」
    「あのくらいの傷、なんとも……げほげほっ」
     御調に声をかけられ、むせる衛。一度に食いすぎたせいだ。
     それでも笑って見せて、
    「うん、どっちの作ったのも美味い」
    「美味しかった……さあて、今度は僕の出番かな」
     ひとしきり堪能したら、來鯉がもみじ饅頭づくりに取り掛かる。
    「では俺も祟田様にならい、カスタード味など作らせていただきましょうか」
    「俺も手伝う! 楽しみだなっ」
     修斗の力になろうと、腕まくりする裕也。
     そんな料理上手たちを見て、少しでも学ぼうとする真理。そして怪人。
    「敵を知り、己を知れば何とやら……おお、できたようじゃな」
    「この味は抹茶……。あ、そちらの餡は何です?」
    「九条ネギ味噌でありますよ。こちらもいかがです?」
     御調に、ヘイズがおすそわけ。
    「おいしー! どうしたらこんなに美味しく作れるの?」
     真理のほっぺたは、いつ落ちてもいいくらいてかてかだ。
     いい反応をもらえると、來鯉たちも作り甲斐があったというもの。
    「うん、温かいと更に美味いな、これ……ん?」
     衛も舌鼓を打つ中、怪人の表情は沈んでいた。
    「やはり、饅頭には勝てんのかのう……」
    「まあ、もみじ饅頭だって昔は其処まで有名じゃなくて、先人達が頑張ってきたから今の知名度になってるんだし、紅葉天ぷらだって、ね」
     怪人の肩を叩く來鯉。
    「そんな顔してないで、怪人さんも一緒に撮らない?」
     ららに呼ばれ、紅葉を背景に写真をぱちり。
     そして、ふもとで怪人に別れを告げる一行。
     紅葉の天ぷらをお土産にもらって、すっかり秋を堪能した1日だった。

    作者:七尾マサムネ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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