子爵襲来~子爵邸内部 最後の砦

    作者:長野聖夜

    ●黒い嵐
     ――三重県津市
     秋が深まった影響か、やや肌寒さを感じる、ある日の真夜中のこと。
     津市の中央にある、一軒の洋館。
     その中にある、薄暗い廊下の先にある一室で。
     手足を切り取られた1人の男が、部屋の中央で車椅子に腰を掛けている。
     彼の周囲にあるのは、3つの肉塊。
     それは……かつて、人であったモノ。
     既に原形を留めていないそれらのことなど一顧だにもせず、男は1人天井を仰ぐ。
     その瞳を彩るは、狂気。
    「る……瑠架ちゃん僕の瑠架ちゃん。君のために、僕はここまで来たよ。さぁ、瑠架ちゃんの為に、この街の人間を全て、血祭りにあげるんだ。そうすれば、瑠架ちゃんは、僕に会いに来てくれる。あぁ、瑠架ちゃん……。しばらく見ないうちに、きっと成長しているよね。あぁ、その成長を今すぐ目に焼き付けたい、撫でて触って確かめたい、あぁ、瑠架ちゃん」
     意味不明なことを喚き散らしながら、周囲に向けて、ウゲロロォォと、その男……否、ヴァンパイアは大量の粘液を吐き出す。
    「さぁ、僕のタトゥーバットよ、この街の人間を全て殺しつくせ! 邪魔する奴がいるなら、誰でも構わない、すぐに殺してしまうんだ!」
     呟きと同時に、津市中に一斉に散らばっていく彼のタトゥーバット達。
     けれども……その一方で、およそ100匹のタトゥーバット達が、屋敷を守る様にその場に残留する。

     ――それは、彼が恐らく来るであろう邪魔者達から、我が身を守る為に用意した護衛達。

    ●最後の砦
    「戦いは、質より量。……どうやら奴は、この結論に至ったみたいだな」
     瞼の裏に映し出され、脳裏に焼き付けたその光景を思い出しながら、ゆっくりと瞳を開いた北条・優希斗(思索するエクスブレイン・dn0230)が難しい表情で独り言ちる。
     それから、机の上にタロットを並べて考え事を始めた優希斗の傍に、何人かの灼滅者達が近付いて来た。
     灼滅者達の気配に優希斗が気が付き、静かに顔をあげる。
    「……皆。皆が一丸になって調査してくれた、例のタトゥーバット事件だけど……津市で大きな進展があったよ」
     告げられた其れに、集まって来た灼滅者達が息を詰めた。
     軽く頷きを返した後、優希斗が淡々と説明を始める。
    「あのヴァンパイアが、大量のタトゥーバットを用意して、津市の市民たちを1人残らず殺し尽くそうとしている。……瑠架に自分を見て貰う為に、ね。それで……津市の市民を守るために、皆には津市に向かって貰う……と言うのが、普通は、俺達からの頼みになるんだけど」
     一拍置いて、灼滅者達に理解が行き届いたのを確認した後、ほんの僅かに緊張を孕んだ口調で、優希斗が続けた。 
    「その一方で、津市の中央にある洋館に、黒幕のヴァンパイアが姿を現すことが分かったんだ」
     息を呑む灼滅者達に、でも……と優希斗が微かに息を詰める。
    「その洋館には、護衛のタトゥーバット達が侵入者の迎撃の為に、多く残されている。大きな音や、戦闘があると集まって来る性質がある、タトゥーバット達がね。そこで……」
     小さく息をつく優希斗を、釣り込まれる様に見つめる灼滅者達。
    「君達には、このタトゥーバット達の習性を利用して、黒幕の部屋の前で、あいつらの足止めをお願いしたい。……黒幕襲撃班が黒幕との戦いに全力を傾けられる様、死力を尽くして欲しいんだ」
     優希斗に告げられたそれを聞いた灼滅者達は、其々の表情を浮かべ、返事を返した。

    ●タトゥーバット達
    「最初、君達には襲撃班と一緒に行動して貰う。それから、君達には黒幕のいる部屋に通じる廊下で足止めをしてもらうことになる」
     淡々と作戦の概要を説明する、優希斗。
    「そこを守る24体のタトゥーバット。それが、君達の相手だ」
     感情を廃して状況を説明する優希斗の様子が、言葉以上にその作戦の厳しさを物語っている。
    「タトゥーバット達は、君達が足止め役として残れば、君達を全滅させるまで、黒幕の所に向かう事は無い。但し、もし、君達がこの24体を倒せず力尽きれば、タトゥーバット達は、黒幕の救援に向かうだろう」
     邪魔者を排除する命令を受けている、タトゥーバット達。
     故に、正に邪魔者でしかない、灼滅者達に背を向けてまで黒幕のヴァンパイアを救いに行く可能性は極めて低い。
    「ただ……他の班の状況によっては、増援が来る可能性がある。下手をすれば挟み撃ちにされる可能性も否定できない。其れだけは忘れないで」
     優希斗の沈痛な呟きに、灼滅者達が静かに頷いた。


    「……バベルの鎖の影響で、君達以外に戦力を投入できないのは、本当に心苦しい。最悪全滅の危険もあるから、尚更、ね……」
     悔し気に、苦し気に顔を俯ける、優希斗だったが、それでも意を決して再び顔をあげ、灼滅者達の姿を焼き付けようとするかの様に、ゆっくりと灼滅者達を見回す。
    「でも……襲撃班が、ヴァンパイアとの戦いに全てを傾ける為には、君達によるタトゥーバット達の足止めが、不可欠になる。……勿論、もし、君達の身に何かあれば、俺達は全力で君達を探し出す覚悟がある。だから……このタトゥーバット事件に終止符を打つためにも、最善を尽くして欲しい。……気を付けて」
     優希斗の見送りに、灼滅者達は其々に返事を返し、静かに教室を後にした。


    参加者
    科戸・日方(大学生自転車乗り・d00353)
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    リーリャ・ドラグノフ(イディナローク・d02794)
    赤星・緋色(朱に交わる赤・d05996)
    ライン・ルーイゲン(ツヴァイシュピール・d16171)
    白石・作楽(櫻帰葬・d21566)
    桜乃宮・萌愛(閑花素琴・d22357)
    土屋・筆一(つくしんぼう・d35020)

    ■リプレイ


     子爵邸内部、最奥部。
     扉の向こうに存在する子爵。
     ――その通路を守る、24匹のタトゥーバット達。
     襲撃班を最奥部に向かわせる為、足止め班たちが、通路に控えているタトゥーバット達に奇襲。
     攻撃されたタトゥーバット達は、目の前の邪魔者に襲撃を掛ける。
     仲間達が攻撃を止める間に、土屋・筆一(つくしんぼう・d35020) が襲撃班に声を掛ける。
    「此処は僕達に任せて先に行ってください!」
     更にギィ・ラフィット(カラブラン・d01039) が愛刀を構えて、不敵に笑った。
    「扉の向こうにヴァンプ野郎がいるんすよね。出来れば、この手で首を狩ってやりたいっすけど、それは今回譲るっす」
     それに頷き、襲撃班が扉の奥に消えると同時に、門扉が閉ざされる鈍い音が響く。
     言葉を交わす必要はない。
     今は、武器で事を為すべきだから。


    「……さあ、最初の餌食はどいつだ!」
     門扉が閉ざされる音を掻き消さんばかりの勢いでギィが叫ぶ。
    「一期は夢よ、ただ狂え」
     白石・作楽(櫻帰葬・d21566) が呟き、スレイヤーカードを起動し戦闘態勢。
     応じるように控えていたタトゥーバット達が、金切り声を上げた。
     其の間にライン・ルーイゲン(ツヴァイシュピール・d16171) が、母譲りの透き通った声で、高らかに歌い始める。
    「キィィィィッ!」
     敵と判断したタトゥーバット達が、常人であれば容易く壊れる程の奇怪な音を立てる。
     其れに応じる様に桜乃宮・萌愛(閑花素琴・d22357) が前に出て、眠気を断ち切る様に、軽く指を噛み、血を霧へと変換した。
    「何があっても、守り切ります」
     普段のおしとやかな様子を捨て、冷静に呟く萌愛の役割は、特にラインや、作楽を守るための重要なポジション。
     故に瞳には、決して通さぬ、という曇りなき意志がある。
    「貴様たちを、この扉より前に決して進ませはしない」
     ヴァンパイアミストを展開しながら呟いたのは、リーリャ・ドラグノフ(イディナローク・d02794) 。
     タトゥーバット達は、リーリャたちを嘲笑うかの様に逆十字の光を矢の如く撃ち出すが、その攻撃を掻い潜り、科戸・日方(大学生自転車乗り・d00353) が、交通標識で、至近距離のタトゥーバットに一撃。
    (「怖くない。ンなワケねぇ」)
     心の裡にもたげて来る恐怖を、サイキックと言う名の力に変えて、振り下ろす。
     ただの赤信号が、力を得て『止まれ』と言う明確な意志を持ち、目の前に現れたタトゥーバットの動きを鈍らせた。
     その脇から飛び出したのは、赤星・緋色(朱に交わる赤・d05996) 。
    「蝙蝠さん、相手はこっちだよ!」
     ダイダロスベルトを射出し、後衛にいるメディックと思しき敵を狙うと、日方の一撃で体を痺れさせながらも盾となったタトゥーバットを締め上げる。
    「あっちゃ。ディフェンダーがいたんだね」
    「だが、これならどうだろうな?」
     驚いた風でもなく、瑠璃水晶の神床に飾られた姫君の1人を天空に掲げる作楽。
     瑠璃色をした結界が魔を封殺する光となり、攻撃に移ろうとしていた最前列のタトゥーバット達を縛り上げる。
     同時に、自らの顔を晒す琥界。
     恐ろしい程の寒気が、タトゥーバット達を襲い、微かに動きを鈍らせた。
    「Gehen Sie!」
     作楽に連携して、傍に控えるシャルに命じるライン。
     命じられたシャルが杖の上部に付いているト音記号を指揮者の如く振るう。
     杖の先端より巨大な竜巻が生み出され、動きを鈍らせているタトゥーバット達を飲み込んだ。
    「僕等がお相手します。他の所には行かせません……!」
     まだ、戦場に出始めて間もない自分自身の力量不足に対する不安もありながら、ナノナノが描かれた交通標識を掲げ、黄色信号を点灯させる、筆一。
     後衛のタトゥーバット達が、一斉に前衛に向けて広域に超音波を発するが、黄色の結界とぶつかり、混ざり合い爆ぜて消えた。
    「助かるっす!」
     軽くギィが礼を言いながら、背中から1対の漆黒の炎を現出させ、一羽ばたき。
     同時に生まれた黒い火の粉がリーリャ達に振りかかり、その内側より活力を与えていく。
     だが、タトゥーバット達の1体がその隙を突く様にすかさず超音波。
     放たれたそれに、僅かに緋色たちが動きを止めるが、其れには、ラインが即応。
     シャルに命じる為に中断した旋律を朗々と奏でる。
     廊下全体に響き渡るほどの美しい旋律が緋色達への催眠を打ち破り、反撃に転じさせた。
    「戦いは、まだ始まったばかりっすよ!」
     ギィが、至近のタトゥーバットに紅蓮斬。
     漆黒のオーラを纏った刃がタトゥーバットを易々と貫き、一体がその場に倒れるが、すぐさま天井に控えていたタトゥーバットがその穴を埋める様に舞い降りて来た。


    「くっ……! 皆さん、大丈夫ですか?!」
     通信機の方を確認しながら筆一が仲間達に問いかける。
     その手から生み出された祭霊光が萌愛を癒すが、塞がりきらない傷に申しわけなさが胸を過った。
    (「僕にもっと力があれば……」)
    「Shall、Bitte!」
     傷を負いながらもそれでも仲間達の治癒を優先する筆一を癒すよう、ラインがシャルに命じるが完全に癒せない。
     数の多いタトゥーバット達を、現在灼滅して9匹ほど。
     だが、その分灼滅者達にも負傷が蓄積していた。
    「まだ大丈夫だ、筆一君。私達は簡単にやられたりしない」
    「そうだぜ! もっと俺達を信じてくれ、筆一!」
     作楽が激励し、日方が筆一の前に仁王立ち。
     だが、タトゥーバット達も、此処までの戦いで、筆一が最も力の弱い者であることを本能的に理解していた。
     同時に、彼の生み出す結界が、自分達の能力が敵に届かない様に遮断する大きな力となっていることを。
     萌愛が衝撃のグランドシェイカーで前衛のタトゥーバット達を足止めする間に、後衛のタトゥーバット達が上空へと飛び上がり、筆一目掛けて舞い降り、更に超音波。
    「くそっ! やらせるか!」
     日方が割って入ろうとするが、萌愛の攻撃を受けて身動きの取れなかった2体のタトゥーバットが奇怪な叫びを上げる。
     灼滅者ですら打ちのめすその声に、反射的に日方が反応した、丁度その時。
     4体のタトゥーバットが一斉に筆一に喰らい付いた。
    「……うわぁぁぁぁぁ!」
    「貴様ら! 離れるんだ!」
     作楽がレイザースラストでタトゥーバットの1体を灼滅し、続けて琥界がその顔を晒して牽制するがそれでも届かず、集中砲火を受けた筆一がその場に倒れる。
    「よくも!」
     緋色がタトゥーバットに、怒りのままに、螺穿槍。
     加速をつけて放たれた一撃が筆一に齧りつきそのまま上空へと飛び上がろうとしたタトゥーバットを貫き、消滅させる。
     意識を失う寸前の筆一が、そっとトランシーバーを緋色に差し出した。
    「すみません……後を、よろしくお願いします……」
    「大丈夫、後は任せて! 絶対に皆で帰ろうね!」
     頷く緋色に微笑み、筆一が眠る様に瞼を閉ざすと日方が作楽たちに筆一を預け、大蛇型の影を放ち、タトゥーバットに喰らい付かせる。
     ――誰も失わせたりしねぇ、絶対。
    「……筆一さんがやられたっすか……!」
     リーリャと2人がかりで複数体のタトゥーバットを抑えていたギィが悔し気に舌打ちを一つ。
     悔しさを怒りに変えて刃を振るい、タトゥーバットに深手を負わせるが、それでも尚、ギィの血を吸わんと猛追するタトゥーバット。
     だが、ギィにその牙が届くよりも前に、リーリャの閃光百裂拳がタトゥーバットを叩き落とす。
    「落ち着け。此処で焦れば、筆一の頑張りが無駄になる」
    「そうっすね。……後12匹! このくらいなら、何とかしてみせるっすよ!」
     宥められて静かに深呼吸をし、愛刀をギィが構え直した時。
     ――ギャシャン!
     ガラスが割れる甲高い音が響くと同時に、無数のタトゥーバット達が、洋館へと乗り込んだ。


    「! 増援ですか……!」
     萌愛が軽く舌打ちをしながら上空を睨む。
     いつか来るかも、とは思っていたが、これ程早くとは思っていなかった。
     陣の後方から一気に殺到し襲い掛かる10体以上のタトゥーバット。
     両腕を広げて作楽たちの前に立ち塞がった萌愛に、増援が群がり吸血攻撃。
     一気に血を吸われ眩暈を起こしながらも、軽く唇を噛み締めて意識を保つ。
    「皆!」
    「後退しろ! 陣形を!」
     日方とリーリャが号令を飛ばし
    「少しの間、大人しくしているっすよ!」
    「萌愛さん! ラインさん! 下がるんだ!」
     ギィが黒い炎で前線のタトゥーバットを焼き、作楽が指示を出しながら除霊結界。
     更に琥界が割れたガラスの破片を動かし、奇襲攻撃。
     連続された攻撃に、タトゥーバット達が萌愛から距離を取った。
    「Shall! Zurückziehen!」
     その隙にラインがシャルに命じ、筆一を連れて壁際に下がる。
     作戦通り、半円陣形を取ることで、完全なる挟撃を封殺されたタトゥーバット達が陣形を組み直し、合計12体で迫りくる。
    「何があっても……絶対に抜かせません」 
     背筋に冷たい汗が流れるのを感じながらも、其れを振り払う様に冷静に告げる萌愛。
    「鶉さん、ワルゼーさん、大丈夫かな……?」
     自分達とは異なる戦場で、最善を尽くす仲間達のことがチラリと過り、僅かに不安を籠めて呟く緋色。
    「心配するな。彼女達なら必ず役目を果たす」
     不安を取り払う様なリーリャの言葉。
    「うん! そうだね!」
    「ならば、私達も負けられないな」
     緋色と作楽が其れに頷き。
    「砦としてやって来たんだ、やってやるさ、全力で!」
     日方の強気な発言が、この場に集った者達の覚悟を示し。
    「~! ~!」
     ラインの奏でる歌が萌愛達を癒し、まだ戦えると確信を与える。

     ――この場にいる誰の脳裏にも、『撤退』という言葉は浮かばなかった。


     12匹のタトゥーバットの攻撃を受けられるのが、此方は7人。
     しかも後ろには、無傷のタトゥーバット達が控えている。
     負傷と疲労に体を蝕まれつつある7人で、この全てを捌くのは、神業以外の何物でもない。
    「くぅっ……!」
     作楽と協力して、2匹のタトゥーバット達を倒した緋色が小さく呻き声を上げる。
     日方や萌愛が自分を庇ってくれているが、其々に消耗が目についていた。
     特に日方の消耗は激しい。
    「くそっ! やられるか!」
     深紅の逆十字に片腕を貫かれ、利き腕を失いながらも、逆手で交通標識を振るい、タトゥーバットを1体撃退する日方。
     だが、それでも尚、色濃く出る疲労は隠し切れない。
    「駄目だよ! やらせない!」
     日方を倒そうと全てを打ちのめす音と逆十字の光で集中攻撃を掛けるタトゥーバットに、緋色が妖霊弾。
     タトゥーバットの1体が羽を凍らされて地面に落下し消滅するが、直ぐにその穴が埋まってしまう。
     ――その時、トランシーバーに通信が入った。
    『こちら外周チーム、応答願いますっ!』
     其の声に一瞬気を取られ、返事を返そうとした矢先。
     緋色を危険と判断したか、彼女目掛けて飛び掛かるタトゥーバット達。
    「緋色!」
     日方が最後の力を振り絞り、緋色の前に立ち塞がるが。
     片足の一部を噛み砕かれて転倒し、首筋を噛まれて吸血され意識を失う。
    「! 日方君!」
     思わず緋色が呼び掛けた時、他のタトゥーバット達が、一斉に彼女に群がり腕や足に噛みつき首筋に取り憑き、貪る様に血を飲み干した。
    「きゃぁっ?!」
     咬まれた痛みと吸血に声を上げつつ、緋色が一体に螺穿槍。
     何とか灼滅するも噛みつかれている全てを振り払えず、限界がきてその場に倒れる。
    「! 皆さん……!」
     作楽の攻撃支援を受けつつ、3体のタトゥーバットからの攻撃を一手に引き受けていた萌愛が声を上げるが、タトゥーバット達に阻まれる。
     ギィや、リーリャも合わせて6体以上のタトゥーバットを引き受けており、1体を灼滅しつつも数に阻まれ、そちらにまで手が回らない。
     自己を生存させ、仲間の防衛を優先するリーリャと、紅蓮斬による攻守一体の戦いを優先していたギィであればこそ、辛うじてこの数を抑え込めていた。
     けれど、それでも隙は生じる。
     ギィが回復の為、黒い炎の翼を展開した一瞬の隙をついて、2体のタトゥーバットが離脱し、萌愛に襲い掛かったのだ。
    「! しま……!」
     冷静さに一瞬刃こぼれが生じ、咄嗟に対応しようとするが間に合わず、1体を反撃で灼滅しつつも血を吸われ、連続した催眠音波に打ちのめされ、崩れる萌愛。
     ――それは、戦線崩壊の合図でもあった。
     萌愛のポジションは、後衛で仲間達を癒すラインたちを守る為に、最も重要な位置だったから。
     その穴が空いた瞬間……タトゥーバット達は、まるで洪水の様に後衛になだれ込んだ。
    「! 萌愛さん!」
     作楽が迎撃し1体を倒しつつも、手数が足りずに押し切られ、琥界がタトゥーバット達の攻撃から身を以て作楽を庇い、消滅。
    「ナノ!」
     現れた大量のタトゥーバット達から歌に没頭するラインを守る様にシャルが目の前に立ち塞がろうとするが耐え切れず消滅し、状況に気が付きながらも、歌うことを止めないラインに群がる。
    「~! ~!」
     最後の砦たるギィとリーリャの為に喉も枯れよとばかりに歌いながら、吸血鬼たちにその血を吸われ、大量出血に似た症状を引き起こし、ラインもまた、壁に背を預けて意識を失った。
     だが、悲劇は終わらない。
     一気に自分達を倒したために、手が余り始めたタトゥーバット達が、筆一や、緋色等、戦闘不能となった者の体に纏わりつき、その肉を喰らい始めたのだ。
    「貴様ら! やめるんだ!」
     作楽がライン達からタトゥーバットを引き離そうとするが、食事を邪魔されることを煩わしく思ったか、今度は標的を作楽に切り替え、一斉攻撃。
     血の一滴を吸い切られるまで攻撃を続けていた作楽が何体かを灼滅しつつも、遂にその場に倒れ込んだ時……。
    「ずっと守って貰っていながら、すまないっす、リーリャさん……」
     数多くの敵を屠ったギィが背を預けていたリーリャに謝罪しながら、その場に伏せた。


    (「……最悪の状況、ですね……」)
     リーリャが、内心で思い、小さく呟く。
     如何なる手段を用いても、と言う想い故に魂が肉体を凌駕したが、其の僅かな隙にギィが倒れた。
     既に戦線は崩壊している。
     傷は癒えたが、体の疲労はほぼ限界。
     にも関わらず、彼女の頭は奇妙なまでに冴え渡っていた。
     不思議な位、落ち着いている。
     理由は、簡単だ。
    (「これは……」)
     私にとっては想定の範囲内。
     戦線崩壊の可能性は、作戦の概要を聞いた時から考えていた。
     だが、襲撃班に今の状況を伝え、不安にさせる必要はない。
     何故なら……。
     
     ――闇の奔流が、通路を包む。
     
     ……漆黒のドレスに身を包んだ少女が、手にある銃を灼滅者に群がるタトゥーバットに向け、引金を引いた。
     乾いた銃声が、タトゥーバットたちの勝鬨の声を断ち切る様に、虚ろに通路に響き渡った。

    作者:長野聖夜 重傷:科戸・日方(暁風・d00353) ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039) 赤星・緋色(朱に交わる赤・d05996) ライン・ルーイゲン(ツヴァイシュピール・d16171) 白石・作楽(櫻帰葬・d21566) 桜乃宮・萌愛(閑花素琴・d22357) 土屋・筆一(つくしんぼう・d35020) 
    死亡:なし
    闇堕ち:リーリャ・ドラグノフ(イディナローク・d02794) 
    種類:
    公開:2015年11月6日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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