――廃ビル、その一角で一人の男が呻く。
年のころなら二十代も半ば。サラリーマンらしい背広姿であるが、オフィスでデスク仕事をしたり営業に出るようには、最早見えない。その身には目に見えるほど濃厚な殺意をまとう――ダークネス、六六六人衆だ。
「ああ、こんな場所にいつまでもいれば、気が狂いそうだ」
この廃ビルから抜け出よう、何度繰り返してもそれは叶わなかった。焦燥、苛立ち、悲嘆、様々な感情が入り混じった中、男は吐き捨てる。
「不幸中の幸いは、殺せる相手がいるという事だけだ。それだけが、ああ、それだけが唯一の救いだ……」
殺す、その一点さえ出来なくなってしまえばもう終わりだ――と、少なくともそう嘆けるだけの『余裕』が、この男にはあるのだ。
「ああ、ああ、抜け出してやる。
ここを出て、ここを出て、殺して、殺して、殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して、殺して、殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して――」
壊れたレコーダーのように同じ言葉を呟きながら、男はもがき足掻くのだ。ここから出たら、盛大に『そう』しよう、と……。
「いや、絶対に抜け出させる訳にはいかないっすよ」
その殺意を思い出して、湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)は血の気の引いた顔でそう言った。
「神宮寺・柚貴(不撓の黒影・d28225)さんたちの調査により、新たな六六六人衆の密室事件が発生していることが判明したんすけどね? 今までの密室と異なり、中にいる六六六人衆も密室に閉じ込められ脱出できないみたいなんすよ」
密室に閉じ込められた六六六人衆は、同じく閉じ込められた人間を殺戮しようとする。この廃ビルに閉じ込められた六六六人衆にとっては、もはや水に引きずり込まれ酸素を奪われたような状況だ。同じように閉じ込められた存在を殺す事しか、『娯楽』がない――そうもがき足掻いている状態だ。
「まだ、日が浅いのがせめてもの救いっすけど……この六六六人衆は小規模ながら殺戮を行なってるっす。これ以上は、絶対させられないっす」
廃ビルは、四階建ての雑居ビルになっている。現在は、もう六六六人衆しか生きている者はいない――だからこそ、次の犠牲者が出る前に終わらせる必要があるだろう。
「踏み込めば、向こうは必ず襲ってくるっす。だから、一階のフロアで待ち構えるのが、一番効率がいいっすね」
光源は必須、万が一のためにESPによる人払いも必要だろう。一階のフロアなら、こちらが大人数で連携しても困らない。思い切り戦える。
「向こうの不意打ちにも、対応しやすいっすからね。向こうは六六六人衆、どこから襲ってくるかわからないっすから。十分に注意してほしいっす」
そして、敵は廃ビルに関しては熟知している。して、しまっているのだ。へたに上の階へ逃げられると厄介になるだろう。一階から逃がさない工夫もいる。
「この密室は、閉じ込められた六六六人衆が作成したものでは無いみたいっす。誰かが、なんらかの目的でこうしたなら……あるいは、新たな密室殺人鬼を生み出すためかもしれないっす。そうなったら、開放されたらまた多くの人が犠牲になるっす」
そうなる前に、と翠織は厳しい表情で締めくくった。
参加者 | |
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宮廻・絢矢(群像英雄譚・d01017) |
水之江・寅綺(薄刃影螂・d02622) |
音鳴・昴(ダウンビート・d03592) |
天神・緋弥香(月の瞬き・d21718) |
四刻・悠花(高校生ダンピール・d24781) |
琶咲・輝乃(あいを取り戻した優しき幼子・d24803) |
ルナ・リード(夜に咲く花・d30075) |
ウネルマ・フォーナイン(名前のない怪物・d33879) |
●
廃ビルは、一歩踏み込めば異様な空気に包まれていた。
「密室殺人ねえ、同類にでも閉じ込められちゃったのかな」
宮廻・絢矢(群像英雄譚・d01017)は、小さく呟く。呼吸するだけで鼻腔にこびりつく鉄錆の匂いは、自然な錆とは別物だろう――そう自然に納得できた。だが、そこに絢矢は何の感慨も抱かない。
「六六六人衆も出てこれねーなら、いっそ入り口にキープアウトテープ貼って帰る……じゃ、ダメかね。こういう所わざわざ入りたがる奴どこにでも居るんだよな……めんどくせー」
音鳴・昴(ダウンビート・d03592)が、吐き捨てた。しかし、万が一は許されないという想いが、自身が提案した案を捨てさせていた。
「一難去ってまた一難……アツシ以外の密室が見つかるのはいいことだけど、これ以上一般人の被害が広がらないようにしっかりと倒さないとね」
琶咲・輝乃(あいを取り戻した優しき幼子・d24803)はそうこぼすと、廃ビルを歩き始める。目的地の一階フロアは、すぐ目の前だ。灼滅者達は、円陣を組んで敵を待ち構えていた。
(「密室事件が続くなんて……絶対に終わらせるんだから」)
四刻・悠花(高校生ダンピール・d24781)が、ケミカルライトをばらまき死角を潰す。光源に照らされた壁は、ドス黒く汚れていた。それが、この鉄錆の匂いの根源なのは間違いなく。ケミカルライトは、それが床の至る場所にも及んでいる事を教えてくれた。
密室――確かに、ここは密室だった。出口がない、という意味だけではなく秘しておくべき場所という意味でも。
(「誰がこんな面倒臭い事考えたのかしら?」)
天神・緋弥香(月の瞬き・d21718)は目を閉じて、戦闘へと意識を切り替える。視覚を失ったからか、カツン……、という小さな物音を緋弥香は聞き逃さなかった。
「――――」
ペストマスクの下で、ウネルマ・フォーナイン(名前のない怪物・d33879)は目を細める。ウネルマは、発炎筒を部屋の片隅へと放り投げ――その発炎筒が、不意に燃え上がった。
「参られましたね」
「そうみたいだね」
ルナ・リード(夜に咲く花・d30075)がそう言った瞬間、水之江・寅綺(薄刃影螂・d02622)が反応した。
「お前をここから出すわけにはいかない……君を殺す」
寅綺の足元から音もなく走った影によって生み出された無数の蟷螂の鎌が、虚空を薙ぎ払った。虚空で、あったはずだ――しかし、ドス黒いオーラで壁の染みに擬態していた人影は、壁を蹴って蟷螂の鎌を跳び越えた。
そして、人影――六六六人衆は四足の獣のように、着地する。ガリガリとコンクリートの床を爪で削りながら、ニヤリと口の端を持ち上げた。
「ああ、ああ、半端者か、ダークネスじゃないのか。まぁ、いい、いいよ? たまには、一方的じゃない殺しもいい。ああ、殺し方さえ選べないなんて! 嫌だね、嫌なもんだ」
「死ぬ前に役に立ってよ。何か変な物か人はみなかった?」
寅綺の問いかけに、六六六人衆は小首を傾げる。その仕種に嘘はない、正気と狂気の間を綱渡りしている彼の証言にどこまでの信憑性を見い出せるか、が一番の問題だが。
「見たら、殺してる。ここから出たら、こんな真似をした奴を見つけて殺してやる、ああ、いいね! やる事があるって最高だ!」
バキリ、と関節を鳴らして、六六六人衆が二本足に戻る。その直後、ドォ! と黒い殺気が視界を埋め尽くすように放たれた。
●
鏖殺領域――六六六人衆が備えるサイキックが、フロアを塗り潰した。
「みんな、行くよ」
輝乃が、彩葉秋を振るう。紅葉の枝から離れた黄色いイチョウの葉が、風に乗って舞う――そして、その風に乗ったのはイチョウの葉だけではなかった。
「行きます!」
悠花がエアシューズで、加速。六六六人衆へと一気に間合いを詰めた。
「ヒャハ!! 半端者の血の色ってのは違うのか!?」
六六六人衆は殺意を込めた開いた五指で、薙ぎ払う。悠花がそれを跳躍で回避、燃え盛る踵落としを繰り出した。六六六人衆は、その踵を逆の腕で受け止め、振り払う。
「Followいたします」
そこへ、ルナがレイザースラストを射出する。布の矢を、六六六人衆は両腕で受け止める――その間隙に、ウネルマが死角から飛び出した。影をメスに変えての斬撃が、大きく六六六人衆を切り裂いた。
「――へぇ?」
黒い帽子とペストマスクに隠されたウネルマの顔を見やって、六六六人衆は興味深げに笑う。殺す事が楽しくて楽しくて仕方がない、そういう殺人者の笑みだ。
「ましろッ!」
昴の声を受けて、霊犬のましろが駆ける。回り込んで包囲しての、六文銭射撃――そのましろの投擲を、六六六人衆は裏拳で弾く。しかし、その一動作があったからこそ、昴の跳び蹴りが六六六人衆の胸部を強打した。
「ク、ハハ!」
昴のスターゲイザーに、大きく六六六人衆がのけぞる。そこへ続いたのは、緋弥香だ。
「楽しませて頂ける?」
巨大な鬼の腕を、横から振り払う。緋弥香の鬼神変に薙ぎ払われた六六六人衆はそのまま宙を舞い、ダダン! と壁に着地した。
「くははははははははははははははは! 楽しいな、楽しい! こうでないとな!!」
「まったく、元気だな」
上機嫌に壁を疾走する六六六人衆に、寅綺は天井の視覚から降り立つ。その雪のように白い寅綺の剣に足を切り裂かれ、六六六人衆が足を縺れさせて床へと転がった。そこへ、霊犬のジンジュツが六文銭を射撃すると、振り返りざまの蹴りで六六六人衆は蹴り飛ばした。
「外に出られず餌が落ちてくるのを待つだけの日々はどうだった? 同情はしないけど気の毒だなとは思ってあげる。気の毒ついでに死んでもらえたら嬉しいなあ」
交通標識を振るい、イエローサインを発動させて絢矢が言い放つ。それに、六六六人衆は肩を震わせた。それは怒りのようでありながら、顔は血に飢えた笑みを浮かべている。
「最低だ、しかし、我慢が快感に変わるなら、最高だ」
それは世界を呪う呪詛がごとく、その言葉が爆炎となって吹き荒れた。
●
ダダダダダダダダダダダダッ! と決して広くない部屋を、六六六人衆は疾走する。それと併走するのは、寅綺だ。影による蟷螂の鎌が、全てを穿つ殺意宿る五指が、ぶつかりあい火花を散らした。
「アンタは半端な殺人鬼だな」
「ああ?」
寅綺の言葉に、六六六人衆は眉根を寄せる。本当の殺人鬼にとって、殺人は呼吸と一緒だ――と思う。殺意があるから殺すのではない……日常の一部として殺す、だからこその鬼――人ならぬ人でなしを殺人鬼と言うのなら。
「ただの狂人だよ、アンタは」
「そうかい!!」
ガガン! と寅綺と六六六人衆が弾かれあうように間合いをあける。直後、六六六人衆の殺意が黒い結界をそこへ築き上げた。
「温いよ」
ジンジュツの浄霊眼による回復を受けながら、寅綺は【キリキリマイ】を走らせる。それを、六六六人衆は殺意を宿した四肢で弾き、受け流し――。
「隙有り、だ」
そこへ、ましろの夕焼け色の輝きに癒されながら昴が迫った。足を払うような超低空の燃え盛る水平蹴り――昴のグラインドファイアに足を刈られ、六六六人衆が宙に浮く。六六六人衆はすばやくバク転、着地したその瞬間に、緋弥香が振るったマテリアルロッドから一条の雷が走った。
「うーん、所詮は番外か……」
ため息交じりの緋弥香に、六六六人衆は苦笑する。その苦笑の意味が理解できるよりも早く、悠花が射出したリングスラッシャーが六六六人衆を捉えた。
「お願いします!」
「お任せを」
ルナは、両手を広げる。ヒュガガガガガガガガガガガガガガガガ! と縦横無尽の軌道で放たれたのは魔法の矢、マジックミサイルだ。両腕でリングスラッシャーを受け止めていた六六六人衆へ、豪雨のごとく降り注ぐ!
「ぐ、お!?」
そこで、不意に六六六人衆の膝が揺れる。ルナのマジックミサイルだけではない、死角から滑り込んだ絢矢の黒死斬が足を切り裂いたのだ。
「今だよ!」
懐から取り出した十徳ナイフを振るった体勢で、絢矢が叫ぶ。そこへ、ウネルマが駆け込んだ。
「お、まえ――ッ!」
そのウネルマの動きに、六六六人衆が渋面を作る。身を低く、まるで獣がごとき疾走を行なうその動きを、見違えるはずがない。間違いなく、それは六六六人衆の動きだ。ウネルマは開いた五指に影をまとわせると、その指で六六六人衆の急所を的確に切り刻んだ。
「次が来る」
白炎を展開しながら、輝乃が言う。その直後、六六六人衆を中心に鏖殺領域があふれ出した。
「後退しろ! 畳み掛けられたら終わりだぞ!」
昴の声に、仲間達が後退する。それでも、ましろが出入り口を、昴が階段を封じていた。逃げ場所は、どこにもない。
だが、六六六人衆も逃亡の素振りを見せない。密室で感覚が壊れたか、あるいは本当に狂ったのか――有利だろうと不利だろうと、この場で決着を着けるつもりだ。
「こいつは、ここで倒さないといけない」
確信を得て、顔の右側を隠すお面に触れて輝乃が断言する。濃厚に熟成された殺意は、もはやこの六六六人衆にも制御出来ないのは明白だった。外に出れば、大勢の命が奪われる――それを許す訳にはいかなかった。
「問題は、ございません」
よく通るソプラノヴォイスで、ルナはそう告げる。
「丁寧に、ご退場願いましょう」
「そうですね」
その言葉に、悠花もうなずいた。戦況は安定していない、それでも流れさえくれば――その時を、必死に灼滅者達は待ち続けた。
そして、その粘りこそがその時を迎えるに至らせたのだ。
「く、は、はははははははははは!!」
六六六人衆が、その殺意を込めた両腕を振るう。抉る連打を、ルナはクロスグレイブを構えた。
「いいRhythmでございますね」
ガガガガガガガガガガガガン!! とルナは十字架を縦横無尽に振るい、その連打を次々と叩き落していった。相殺された六六六人衆が後退しようとした直後、巨大な蛇の牙のような鉤爪を備えた腕甲――ミドガルドの蛇を振りかぶった輝乃が迫る!
「ここ――!」
龍の腕に変化した右を、輝乃が振るった。殴打され吹き飛ばされた六六六人衆へ、ジンジュツが斬魔刀の刃を突き立て、寅綺の破邪の白光を宿したGalanthusを振り払った。
「終わりだよ」
「く、はは――!!」
寅綺の言葉を否定するように、笑い六六六人衆は牽制の爆炎を巻き起こす。部屋を揺るがす衝撃、その中で緋弥香が告げた。
「昴さんの攻撃で私が一気に詰めますわ……よろしくて?」
「めんどくせーが、そうも言ってられないか」
昴は言い捨て、Penetrateを構える。軋む和弓の感触に、全力を込めて昴は射た。ゴォ! と矢に穿たれ、炎が四散する。それに合わせてましろは六文銭による射撃――そのフォローを受けて、緋弥香が駆けた。
「クソが!!」
彗星がごとき尾を引く矢を肩に受け体勢を崩した六六六人衆へ、緋弥香は小さく微笑む。
「物足り気が……あっ、君が弱過ぎるからだ!」
ドォ! とマテリアルロッドの一撃、緋弥香のフォースブレイクに六六六人衆の体が浮かされる。
「飛んで火にいる夏の虫だと思った? 虫は虫でも毒虫だよ」
左腕に巻いたボロボロの包帯を淡く赤色に染めながら、絢矢は傷嘆を突きつけた。ズドン! と放たれた魔法弾――制約の弾丸は、正確に六六六人衆の胸を撃ち抜いた。
「が、あああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
それでもなお、六六六人衆は動く。そこへ、悠花が棒を炎で飲み込み迫った。
「――ッ!!」
裂帛の気合と共に放たれた悠花のレーヴァテインに、六六六人衆は炎に包まれ壁に叩き付けられる。ずるり、と下がったそこへ――ウネルマの影をまとった五指が穿った。
「さようなら」
かすれた、眼前の六六六人衆にも届いたかどうかもわからぬ別れの言葉と共に、ウネルマは腕を引き抜く。ボン! と内側から爆ぜた六六六人衆は、染みひとつ残さない――それが、この密室で熟成された殺意の最後だった……。
●
「この密室を作った誰かさんへ――自分で挑んでこないヘタレさんと名付けて置きましょうか」
クスリ、と微笑んだ緋弥香の言葉に、反応はない。誰も聞いていないのか、それとも敢えて無視しているのか、それは定かではないが。
「痕跡は、何もないみたいね」
「そうみたいだ」
絢矢の結論に、輝乃も同意する。徹底しているのか、この密室を生み出した存在の手がかりはここには残っていないようだった。
「おやすみね」
絢矢は、黙祷を一つ捧げる。こうして、一つの密室は解き放たれた。この事件がどんな未来に繋がっていく事となるのか? その答えは、未だ示されてはいない……。
作者:波多野志郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年10月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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