子爵襲来~鏖殺指令

    作者:佐伯都

     三重県津市の中心部に位置するガソリンスタンドから、多数のコウモリが飛び立っていく。しかしコウモリと一口に言っても尋常のそれではなかった。
     細く、紫色の線を繋いだような、目玉に似た文様が翼一面に浮かんでいる。当然まともなコウモリであるはずがない。

     誰もいない、営業時間を終えた深夜のガソリンスタンド。
     電球が切れかけてでもいるのか、電柱の常夜灯がジジッ、と低く唸る。明滅する黄色い明かりの下には、特徴的な赤と黄色のカラーリングのジャンパーと作業着、帽子、運動靴……の切れ端が、おおよそ三人分ほど散乱していた。
     そしておびただしい量の血とかつて人であっただろう肉の断片が、そこかしこを赤く染めていた。
     
    ●子爵襲来~鏖殺指令
     タトゥーバット絡みの事件について多くの灼滅者が調査を行っていたこともあってか、三重県津市のとある洋館が、タトゥーバットの主であるヴァンパイアの拠点となったことが判明した。
    「どうもそこから、津市全域にタトゥーバットが放たれるらしくて」
     もうここで嫌な予感がするね、と成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)は呟き、ぺらりとルーズリーフを開く。
    「ヴァンパイアの洋館に突入する作戦も同時に行われるけど、それは他に任せるとして……ともかく、タトゥーバットが放たれることまでは防げない。タトゥーバットの目的は市内の人間の全滅」
     それを阻止するのが今回の目的、と樹は手元のルーズリーフを睨んだ。
     タトゥーバットは体や翼に描かれた呪術紋様により魔力を強化されたコウモリの姿の眷属で、その数は12。数が多いうちは苦戦は免れないので、素早く数を減らすための戦術が重要になるだろう。
    「ただ何者かに邪魔された場合、タトゥーバットは虐殺指令よりも邪魔者の排除を最優先させるから、こちらが介入してしまえば救助とかは考えなくていい。一応、被害が発生する前に到着できる」
     場所は津市中心部の、営業を終えたガソリンスタンド前。
     大学生アルバイト二人と店長が閉店作業を終えて出てきたところを、タトゥーバットの群れに出くわし物言わぬ肉塊になる――はずだった。
    「三人が店内から出てくる直前に到着できるから、そのままタトゥーバットを迎え撃てばいい。すぐ目の前で騒ぎになっているのに、安全な店内からわざわざ出てくるはずがないし」
     タトゥーバットは最後の一匹まで逃走せずに戦闘を続けるので、接触したのちは相手が全滅するかこちらが退くか、の二つに一つ。そして後者の結果が訪れた場合、一般人の被害は免れない。

    「洋館の主が気になる所だろうけど、一般人の被害を食い止めることも重要だからね」
     頼んだよ、と樹はルーズリーフを閉じた。


    参加者
    陰条路・朔之助(雲海・d00390)
    黒咬・昴(叢雲・d02294)
    暁吉・イングリット(緑色の眼をした怪物・d05083)
    碓氷・炯(白羽衣・d11168)
    祟部・彦麻呂(誰が為に鐘は鳴る・d14003)
    須磨寺・榛名(報復艦・d18027)
    御剣・菖蒲(殺戮の福音・d24357)
    ヒノエ・シルヴィアーナ(忠魂義胆・d28602)

    ■リプレイ

     夜陰にうかびあがるガソリンスタンドの看板を発見し、碓氷・炯(白羽衣・d11168)は妖の槍を抜いた。深夜という時間帯もあってか、周囲は完全に寝静まっており行き交う車の姿もない。
     深い闇の真ん中に、どこか異様なほど煌々と輝く明かり。コウモリが光を好むのか好まないのかについては忘れたが、このたび相手取るコウモリが血と殺戮を好むことくらいは須磨寺・榛名(報復艦・d18027)も知っている。
    「吸血鬼そのものを叩きたかったとこだけど、こっちもどうにかしないとな」
    「相当数が多いようなので、心してかからねばなりませんね」
     初めての依頼ではあるものの、にこりと笑って戦況を冷静に把握する余裕のあるヒノエ・シルヴィアーナ(忠魂義胆・d28602)の発言に、御剣・菖蒲(殺戮の福音・d24357)が器用に片眉を上げた。
    「おう、ヒノエと一緒っていうのも心強いしな。気負わず頑張ろうぜ」
    「よろしくお願いしますね」 
     果たして素直に、彼らのように一般人を害するコウモリ退治に昂ぶれば良かったのか。
     あるいは、今対立する必要のない勢力との停戦を模索するほかの方法はなかったのか。祟部・彦麻呂(誰が為に鐘は鳴る・d14003)はどうにもすっきりしない思いを抱えたままアスファルトを蹴る。
     外道丸と手を組むこともやぶさかではなかった彦麻呂としては、今子爵を排除したところでそれによる大規模作戦が勃発するだけの気がして、どこかの誰かの掌の上で踊らされているようにしか思えなかった。なので、このたびの依頼にも気が進まない。
     ……ま、振りかかる火の粉は払わなきゃいけないんですけどね、と溜息一つ吐いて気分を切り替える。いまいち気が乗らぬとしても、放っておけば惨殺の運命にある人間を前に逃げるつもりなど毛頭ない。
     煌々と明かりが輝くスタンド内に散開し、黒咬・昴(叢雲・d02294)はふと店舗の方向を振り返った。閉店作業に没頭しているのか何なのか、店内の人影はこちらに背を向けていてまったく気が付いていない。
    「被害が出る前に全部駆除してしまわないとね!」
    「さて、はりきってやるか」
     陰条路・朔之助(雲海・d00390)のやる気十分な様子を真似しているのか、おー、と拳を突き上げるように片翼を上げた相棒のイヴを見て、暁吉・イングリット(緑色の眼をした怪物・d05083)はつい、ほんのわずかに苦笑する。
     平素ほとんど感情が顔に出ないイングリットではあるが、だからと言って何も思わず、何も感じていないわけではないのだ。
     朔之助がキャリバーのド根性を最前列に出し、周囲の気配を伺っていた炯が、来ます、と低く短く呟く。
     スタンド前の幹線道路にはあいかわらず車や人通りはないが、にわかに鳥のものとは違う羽音が夜空へ沸きたった。夜陰よりもなお昏い、目玉のように見える文様を両翼へ刻んだ大型のコウモリが、墜落するかのような勢いでガソリンスタンド目がけて飛来する。
     ぱしん、と軽く音をたてて右拳を左掌へ当てたイングリットはすぐに抱拳礼を解き、流れるように拳を腰だめに引いた。風切り音を立てて凄まじいスピードで迫る個体は完全に無視しきり、最初に呪術文様を輝かせた個体へ、渾身のアッパーカットを見舞う。入れ違いに盛大に血煙が舞ったものの、イングリットは全く意に介しなかった。
    「さぁて、飛び回られて鬱陶しいし――」
     ジャンッ、と昴の右手で凶悪なフォルムの両刃が鳴る。まるで紙切り遊びでもするように刃を開閉し、昴は襲い来るタトゥーバットを次々とかいくぐった。
    「その翼、ちょん切らせてもらうわよ!」
    「ド根性、昴先輩の援護に!」
     昴とイングリットはどちらも、朔之助の大切なクラブ仲間だ。相棒のキャリバーを最前列で文字通り身体を張って攻め手を担う昴のカバーへまわし、自らはイングリットのやや後方へ陣取る。
     後ろに痛打を漏らさぬことが盾の使命。数が多いうちは当然のことながら、相手がある程度の数になるまで盾役は倒れることを許されない。
    「とにかく、目障りなんです……」
     夜陰に映える白い刃をきらめかせて槍を繰り出す炯の口から、わずかに苛立たしげな声音が漏れる。
     今は何より、一刻も早く一体、そしてもう一体と削るべきと判断し、昴はあえて回復のタイミングを榛名に丸投げしてエアシューズの踵を鳴らした。がつり、とアスファルトへ盛大に火花が撒き散らされる。
    「おねーさん、必殺の蹴りを受けてみよっ!」
     軽快にステップを踏むように三歩四歩、昴は宙空を羽ばたく漆黒の影へ狙いを定めた。
     さんざんに傷つき、翼の目玉模様がかすれつつあるタトゥーバットめがけて昴の右脚が下から上へ、半月状の軌跡を描く。蹴り上げの瞬間の慣性を殺さずそのまま後方へ反転し着地した昴が見たものは、一瞬で血を吸ったような赤い灰に変じたタトゥーバットが消滅していく光景。
    「まずは一匹……ってとこかしらね? 気合入れていくわよ!」
     布陣が崩れぬためには、矛であったとしても立ち続けなければいけない。攻め手を欠けば押しきられるのはこちらだということを、昴はもちろん炯もまた理解していた。
     痛打となりやすい、攻撃精度の高いタトゥーバットの攻撃をしのぎながらもなおかつ数を減らすためには、殲滅のスピードがものを言う。多少の傷は無視してでも、今はひたすら攻めるのみだった。
    「お前達に罪があるとしたらどんな罪だろうなァ」
     まるで蒸気機関のように歯車がいくつも埋め込まれた、真鍮のような材質の黄銅色のクロスグレイブを担ぎあげて菖蒲が笑う。
    「お前達のすべてを、俺が断罪してやるよ!」
     数の不利をもものともせず、果敢に斬り込んでいく菖蒲のやけに弾んだ声音が聞こえて、楽しそうだな、とヒノエは契約の指輪を嵌めた側の腕を支えて苦笑った。彼と依頼をともにするのはこれが初めてだが、戦闘狂気味なことは以前から知っていたし、存外本当に楽しそうにしているので一周回って咎める気にもならない。
     むしろその様子にこちらが奮い立たせられるような、そんな気分にさえなる。
    「ふふ、私も頑張らねばなりませんね」
     力を篭めるように指輪を嵌めた指へ唇を落とすと、ヒノエは肩の高さへとまっすぐに持ち上げた。ぐ、と拳を作った手から光条が放たれ、黄銅色のクロスグレイブでしたたかに殴られたタトゥーバットを貫いていく。またひとつ、赤い灰がガソリンスタンドの敷地に舞った。
     最初に削られた一体を執拗に攻撃手全員が狙い通し、それを繰り返すことで一体ずつ素早く数を減らす目算だったが、苦戦は免れないと明言されていた通りタトゥーバットの陣容を崩すことは容易ではない。
    「被害は出させません」
     灼滅者が退けば、背後にした店員と店長の三人の命はないこともわかっている。
     榛名はひとまず昴へと防護符をとばし、前線で削りにいく立ち位置ゆえに被弾量の多い菖蒲と朔之助のカバーをイングリットと、彼の相棒に頼むことにした。練度も比較的高めといえるイングリットならば見誤ることもないだろう。
     ああもうちょこまかと! としきりに撒き散らされる毒に閉口したのか、苛立たしげに小さく叫んだ彦麻呂の神薙刃がひときわ大きな個体を真正面からとらえた。
     メンバー中でも特に練度が高く攻め手の中心を担う昴と炯、そして最後列から的確に目標を狙い撃ちにいく彦麻呂、この三人を落とされるわけにはいかない。後列の彦麻呂に関しては今はまだ前衛が十分に機能しているので置いておくとしても、安定して二千台なかばのダメージ量を叩き出す昴と炯が欠けるだなんて、痛手どころの騒ぎではなかった。
     やはりそう簡単にはやらせてくれないか、と朔之助は苦く笑いつつも、厚く重なってきた行動阻害とじりじり体力を削っていく毒を洗い流すためバイオレンスギターの弦をかき鳴らす。
     超音波による影響なのか何なのか、耳鳴りがひどかった。かといって動きや戦況の判断に影響するほどではないしメンバーの声も聞き分けられるのでまったく問題ないものの、気になることは気になるので、地味にいやらしい。
     音もなく、狙う個体の背後をとった炯があざやかに放ったティアーズリッパーは痛打となったのか、キシャアッ、と細く悲鳴の様な声が漏れた。存外コウモリらしい声が出てきたので、つい炯の頬がゆるむ。
    「鏖殺だなんて許せるわけ、ないでしょう」
     炯の横っ面をかすめるように彦麻呂が放った七不思議奇譚と思しきサイキックが、見る間に小鬼の姿をとってもっしゃもっしゃとタトゥーバットの翼へ喰らいついた。……果たして、美味いかどうかは誰にもわからないが。
    「殺すのは僕の専売特許ですから、仕事を取られては敵いません……なんて、眷属相手に冗句を言っても通じないでしょうかね」
    「さて、なぁ? 意外と理解してるかも」
     ックク、と喉で笑う笑い方をして、朔之助は赤く汚れた唇の端をぺろりと舐めあげた。ややずれてしまっていた帽子を目深に被りなおし、その下で小さく笑う。
     擦過音がして、ジャケットの袖がコウモリの牙であっさり引き裂かれた。身体の根幹に響いてくる衝撃は無視しきるには少々重すぎたせいで足元がふらつくものの、朔之助はあざやかに笑みを強めてみせる。
    「まあ、戦いってもんはこうでなきゃな、面白くない」
     依頼の成否はもちろん成功が望ましいが、だからと言ってただダークネスを殴り飛ばすだけでは少々おもしろくない。多少は戦況がシーソーゲームになっていることのほうが、熱中できる。
     集中砲火を浴びていた昴と炯への攻撃を肩代わりし続けていたド根性がついに力尽き、ぶるりと身を震わせるようにかき消えた。入れ違いのように叩き込まれた菖蒲の紅蓮斬、そしてヒノエのマジックミサイルによってタトゥーバットがまた一体、赤い灰になって数を減らす。
    「いつ見ても薄気味悪い文様だ」
     にぶい衝撃と一緒にすうっと全身の体温が目の前のコウモリへ連れていかれたような錯覚を覚え、イングリットは数歩ステップを踏んでタトゥーバットとの距離を取った。主人の体力を気にしてか、イヴがしきりにナノナノと鳴いているのが聞こえる。
     もし灼滅完了できぬとあれば身を闇に落とす覚悟もしてきてはいたが、まだその瞬間ではないとイングリットは己を奮い立たせた。消耗は激しいものの朔之助はまだ立っている。
     しかしこちらも、あまり練度は高くなかったものの前線で踏ん張り続けた菖蒲が最後の回復手のタトゥーバットと同時に限界を迎えた。問題のタトゥーバットは回復手がみるみる減るにつれ苦しくなってきたようで、それを見届けた榛名の目がわずかに細まる。
     死に至る、その傷の蓄積。攻撃手とされていた六匹はまだ健全な様子だが、回復手から回復が届かなくなりつつあっては、さしものタトゥーバットもひとたまりもないはずだ。
    「ここが正念場ですね……」 
    「どうせ撤退の選択肢なんかないんだ、このまま押し切れ!!」
     檄を飛ばした朔之助へ防護符を配り、榛名はやや眉根を寄せる。
     回復手を片付けたあとの追い打ちには少々複数対象のサイキックを織り交ぜたほうが良かったのかもしれない、と考えたもののもはや詮無いことだと考え直した。
     万が一イングリットを抜かれれば戦線の維持は難しいと判断せざるを得ないが、もはや執念で数を削りつづけた眷族は残すところあと二体。
    「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、と……ばあちゃんが言ってた」
     あえて衝撃ダメージの積み重なったイングリットは自らの回復を捨て、倒すことで戦闘終了を早める判断をした。
     菖蒲に続き朔之助、そして炯と昴、とぽつりぽつり戦線を離れる者が出はじめるが、タトゥーバットのほうも似たり寄ったりで、彦麻呂は掌へ汗が浮くような思いでいる。
     しかしそんな思いも完全に呑み込んだのは彼女なりの矜持だったのか、放ったのはひどく楽しげに雨を操る紫陽花の少女の七不思議。体勢を立て直す暇も与えずに今度は氷を操る白蛇の姿をした妖魔と、矢継ぎ早に叩き込んだ怨恨が容赦なく眷族の体力を奪った。
     一進一退の攻防に終了を告げたのは、もはや賭けに等しい榛名の彗星撃ち。着物の袖を閃かせ放った一矢が、宙を羽ばたく目玉模様の中央を射ぬいて白くかき消える。
     夜陰の空へぶわりと舞い上がった赤い灰。それを見届けた彦麻呂と榛名がほっと肩から力を抜いた。
     肩で息をしながら、菖蒲はアスファルトへ突き立てたクロスグレイブを頼りに顔を上げる。
     いまだ煌々と明かりに照らされたままのガソリンスタンドの敷地内は、どこもかしこも赤い灰をぶちまけたような痕跡でいっぱいだった。血の臭いがする息を吐いたヒノエが肩越しに振り返ると、店舗奥の壁ぎわに固まって、怯えきっている三人分の背中。
     終わりましたよ、と声もなくその背中へ呟いてヒノエはイングリットや昴に手をさしのべる。誰もが傷だらけで、そして疲労困憊してはいたが、もはや見える限りの空のどこにも目玉模様の翼は浮いていない。
     果たして他のグループも無事、タトゥーバットを退けられただろうか。そして子爵邸へ向かったはずの灼滅者はどうなっただろう。彦麻呂は先刻同様、静まりかえった津市内を見渡してそっと吐息をついた。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ