●乾いた心に秋の風
友人同士誘い合って海へ行き、なんとなくいい雰囲気になって告白した夏。海と太陽と熱に当てられ結ばれて、付き合い続けてきて約三ヶ月。
夏の魔力が己を魅力的に見せていたのか、調子に乗り続けていたからか……昨日、彼女に別れを切りだされた。
言葉を返す事もできなくて、了承して一日経過。
時間が経ってようやく乾いた想いが去来して、公園で呆然と空を眺めている。
「……はぁ」
口から出るのはため息ばかり。
浮かんでくるのは後悔ばかり。
どうすればよかったのだろう? 何をしていけば良かったのだろう?
考えても出ない疑問を振り切るため、機会を入れて立ち上がる。ひとまず家に帰ろうと、公園の外に向かって歩き出し――。
「あっ」
小さな声を上げながら、高校一年生の少年……小田蓮司(おだ・れんじ)が、階段から足を踏み外し滑り落ちていく。
一段、一段鈍い音を立てながら落ちた果て、最下段に到達して動きを止めた。
人々が心配げな眼差しを向ける中、蓮司の体がピクリと動く。
腕が、足が体が蒼く肥大化し始める。
人々が驚愕の視線を向ける中、蓮司はデモノイドへと成り果てた。
デモノイドは叫び声を上げながら、逃げ惑い始めた人々に向かって歩き始め……。
●夕暮れ時の教室にて
灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(大学生エクスブレイン・dn0020)は、静かな笑みを浮かべたまま説明を開始した。
「小田蓮司さんという名前の高校一年生男子が、闇堕ちしてデモノイドになる……そんな事件が発生しようとしています」
デモノイドとなった一般人は理性もなく暴れ回り、多くの被害を出してしまう。今なら、デモノイドが事件を起こす直前に現場に突入することができるのだ。
そして……。
「デモノイドになったばかりの状態なら、多少は人間の心が残っている事があります。その人間の心に訴えかける事ができれば、灼滅したあとに助け出すことができるかもしれません」
救出できるかどうから、デモノイドとなった蓮司がどれだけ元に戻りたいと想っているかにかかっている。例えばデモノイドとなった後に人を殺めてしまえば、元に戻りたいという想いは非常に小さなものとなっているだろう。
「ですので、蓮司さんの手が汚れる前に介入し、人々を遠ざけた上でデモノイドと化した蓮司さんを打ち倒して下さい」
続いて……と、葉月は地図を広げた。
「蓮司さんがデモノイドと化すのはこの公園の階段下。時間帯は午後四時頃、ですね」
蓮司は明るくて楽しいことが大好きな男の子。反面、少しバカで調子に乗りやすい。
調子に乗りやすさが災いしてか、先日、夏に恋人として結ばれた女の子に振られた。そんな虚しい心を抱いたまま公園で時を過ごしていた。ひとまず帰ろうとした時に階段で足を踏み外し、地面に落ちてデモノイドと化す……という流れになる。
「ですので、その事を気遣ってあげる言葉を投げかけて上げれば、あるいは救出の可能性を増やし動きを鈍らせることができるかもしれません」
そして、いずれにせよ戦いとなる。
敵戦力はデモノイドのみ。
デモノイドの力量は、灼滅者八人で十分対応できる程度。
攻撃面に特化しており、相手を掴み叩きつけて加護を砕く、涙のような奔流を放ち近づくものの足を止めさせる。そして、DMWセイバーに似た攻撃……といったものを使い分けてくる。
「以上で説明を終了します」
地図などを手渡し、締めくくりへと移行した。
「境遇に対する思いはいろいろとあると思います。ですが、いずれにせよ蓮司さんが望んでいる未来ではない……そう思います。ですのでどうか、全力での戦いを。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」
参加者 | |
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倫道・有無(振り向かずの門番・d03721) |
飛鳥・智之(不良ヒーロー・d16606) |
遠藤・穣(反抗期デモノイドヒューマン・d17888) |
セトラスフィーノ・イアハート(夢想抄・d23371) |
莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600) |
西園寺・めりる(フラワーマジシャン・d24319) |
晦・真雪(断罪の氷雪狼・d27614) |
ロスト・エンド(青碧のディスペア・d32868) |
●傷ついた心、蒼き巨人
――空が赤らみ始めたころ、街中の公園には蒼の巨人が顕現した。
人々の命を守るため、もちろん蒼の巨人……デモノイドと化した小田蓮司の心を守るため、飛鳥・智之(不良ヒーロー・d16606)は階段の手すりを利用して滑り降りる。
階段下に着地すると共に跳躍し、デモノイドの正面へと回りこみ……。
「っ!」
盾を掲げ、掴みかからんとしてきた右手を抑えこんだ。
力比べへと持ち込まれる中、瞳を真っ直ぐに見つめていく。
色はなく、揺らいでいる様子もない。
ただただ理性を失った獣の眼光がそこにはあった。けれど……!
「失恋が辛いのは分かるぜ……だから虚しくなる気持ちもよく分かる」
気を吐き、掲げた盾を支えていく。
「だがまずは戻って来い!」
気合を息苦しくなる鼓動を力に変え、腕を押し切り懐へと踏み込んだ。
「大丈夫。また楽しくお前らしい恋をすればいいさ」
優しく語りながら縛霊手をはめている拳を握りしめ、膝関節の辺りに撃ち込んだ。
編みこんでいた霊力が、優しくデモノイドを抱いていく。
防衛を務める灼滅者たちが集う中、デモノイドは霊力を振りほどかんともがいていく……。
一方、倫道・有無(振り向かずの門番・d03721)は闇に紛れ、語っていた。
恋人に捨てられた猫の物語を。
人々を、戦場と化す階段下から逃がすため。
物語の持つ力に当てられて、人々は公園から離れていく。
取りこぼしがないよう念のため、莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)が声を上げて回っていた。
そして……。
「……さて」
滞り無く、避難誘導は終わった。
時間に直せば三分ほど。有無は想々に合図を送り、戦場へと向かっていく……。
●心を守り、偽りの力を……
程なくして、二人は仲間たちと合流した。
デモノイドの一撃一撃は力強くとも、その動きは鈍重かつ単純。読みやすくかわしやすいと、防衛役を務めた者たちは余裕のある戦いを行っていた。
油断すれば一撃で状況が変わってしまうかもしれないから、油断はしない。
セトラスフィーノ・イアハート(夢想抄・d23371)は槍による螺旋刺突を放ち、刃に変わった右腕とぶつかり合う。
弾き合いながらもその場に留まり、姿勢を正し、龍を象った禍々しい杖に持ち替えながら語りかけた。
「恋心とか、愛情だとか、残念ながらわたしに経験はないけれど、それでも分かることだってあるんだよ」
優しく、真っ直ぐに。
「ひとつめは、ここでキミの闇に負けちゃったら、二度と取り返しのつかないことになること。ふたつめは……キミにはまだ、キミの意志で選択できる未来があること」
最良の未来を切り開くため!
「この夏に育んだ大切な恋を、どうか無駄死にで終わらせないで。彼女さんの手をもう一度握るのも、新しくつなぐ手を探すのも、全てはキミ次第だけれど、ここでキミがキミであることを諦めちゃ、そのどっちだって選ぶことさえできなくなるんだから……!」
今がその時だと更に一歩踏み込んだ、左すねめがけて魔力を込めた杖をフルスイング。
爆発させた魔力に乗りながら後方へと退けば、入れ替わるように想々の放つ帯が伸びてきた。
「今よ!」
「ああ」
左肩を捉えた瞬間、ロスト・エンド(青碧のディスペア・d32868)が呼応し踏み込んだ。
槍による螺旋刺突を放ち、右すねへと突き刺していく。
「……」
どことなく悲しげに目を細めたロストが退く中、西園寺・めりる(フラワーマジシャン・d24319)が背後へと回りこむ。
後ろふくらはぎに、杭をドリル状に回転させたバベルブレイカーを打ち込んでいく。
穿孔し呪縛を与えている感触を得ながら、静かな調子で語りかけた。
「失恋って悲しいですね。そこまで彼女のことが好きだったんですね」
夏に結ばれた女の子に振られ、ショックを受けていた蓮司。
悲しいできごとの後に起きた、喜劇にもならない悲劇。
「もとの明るい蓮司さんのことが好きな方はいっぱいいると思うですよ。ここで終わってしまったらもったいないです」
今なら戻ることができるのだと、めりるは重ねる形で伝えていく。
悲しいできごとだったとしてもいつか乗り越えてもっと素敵になるはずと、真っ直ぐに言葉をぶつけていく。
「素敵な出会いはきっともっといっぱいあるですよ」
最後の言葉を告げると共に腕を引き、後方へと退いた。
入れ替わるように、ナノナノのもこもこがシャボン玉を放つ。
若干動きを鈍らせながらも、デモノイドは晦・真雪(断罪の氷雪狼・d27614)に向かって手を伸ばした。
掴まれるわけには行かないと、真雪は刀で右腕を牽制しながらバックステップ。
弾くと共に、膝をバネにして跳躍した!
「たかが振られたくらい……とは言えないのでしょうね」
嘆きにも似た言葉を紡ぎながら、右腕に向かって斬りつけた。
硬質な音を響かせながらもデモノイドのバランスを崩させていくさまを眺めながら、遠藤・穣(反抗期デモノイドヒューマン・d17888)は真雪に歌を届けていく。
次も弾くことができるよう、万が一があっても耐えることができるように……。
「……馬鹿やりたくなる気持ちはわかんだよなぁ」
歌詞に、蓮司への同情の念を込めながら……。
ロストがデモノイドの横を抜けた時、蒼く巨大なふくらはぎには鋭き斬撃が残された。
バランスを崩していくデモノイドの背後、ロストは踵を返し歩み寄り、囁くように告げていく。
「運命の女神は時に非情だ。希望も、絆も、前触れもなく全て奪う」
それは、当事者のみとは限らない。時には関係のないように思える場所から、全てを失う事もある。
「でも、君にはチャンスが残されているよね? 大切な人が、全部死んでしまった俺と違ってさ」
もっとも、蓮司は違う。
当事者のみのできごとだ。
「後悔を繰り返したくないなら、人で在りたいと強く願うんだ。人殺しの業を背負って化け物になる……そんな終わり方を、君は本当に望むのかい?」
望まぬだろうと確信した問いかけに、デモノイドは応えない。
ただただ崩れた姿勢を戻し、灼滅者たちを見回していく。
自身が視界から外れた殺那を見逃さず、智之は一気に距離を詰めた。
「ったく、目をそらすなよ」
縛霊手をはめた右腕で左足を殴り、再び編みこんでいた霊力を解放。
優しく強くデモノイドを戒める中、ライドキャリバーのレディが鋼のボディをぶちかました。
増幅されていく呪縛に、動きを鈍らせていくデモノイド。
すかさず、セトラスフィーノは跳躍した。
胸の辺りに到達するとともに、拳を激しく連打する。
「戻ってきて、その闇の中から、光ある世界に!」
思いを乗せた拳は強く、硬く、デモノイドを後退させた。
それでもなお、デモノイドは腕を刃に変える。
故に、白黒の炎を纏う白髮紫穂の九尾半獣へと変わった有無が踏み込んだ、爪で刃と打ち合い始めた。
硬質な音を何度も、何度も響かせながら、有無は静かに告げていく。
「後悔したまま死にたかないだろ」
愛していた事は本当なのか、とは聞かない。
「私も出来れば手は汚したくない」
人を本当に愛せていたのか、などとは尋ねない。
それは自分の事だから。
きっと、蓮司は違うから。
「真っ直ぐに生きる人間が減るのは。世界の損失だと解ったら、生きろ」
信じ、有無は刃を跳ね上げる。
返す刀で、左足を横に切り裂いていく。
デモノイドは苦しげな声を上げながら、膝をついた。
呪縛に抱かれ動きを止めた。
それでもなお灼滅者たちに視線を向け、両腕を両足を震わせていく……。
真雪は至近距離で首から下げていた指輪を握り、右足にゼロ距離から魔力の弾丸を打ち込んだ。
直後にバックステップを踏みながら刀を横にかまえていく。
「っ!」
後を追うように放ってきた刃を刀で受け、勢いを殺すためにバック中を織り交ぜる。
砂煙を上げながら着地していく光景を眺めながら、穣は歌う高らかに。
真雪が覚えただろう痛みを消すために。
あるいは……。
――今はキツいかもしれねーけどよ。お前、まだやりたい事残ってんじゃねーか?
デモノイドの中で眠る蓮司に届けるため、詩に思いを織り交ぜる。
――夏はまた来んだろ。来年の夏はもっと良いことあるかもしれねぇじゃんか。今年だけで終わりなんざ勿体ねぇぞ。
朗々と、歌声を聞かせ続けていく。
思いが溢れだしたのか、はたまたデモノイドとしての気まぐれか……虚ろな瞳から、涙の如き奔流がこぼれ落ち前衛陣を飲み込み始めた。
穣は霧を集め……それでも歌うことは止めずに伝えていく。
――泣きたきゃ泣いとけ、そして暴れとけ。その方がスッキリするぜ。
悲しいことがあった時、精一杯泣いて精一杯暴れる。
明日から笑えれば、それで良い。
――付き合ってやるぜ。
ただし受け止める者が必要だと、受け止めてくれている者たちを支えると、穣は前衛陣をきりで抱いていく。
一方、流れ続ける涙を前に、想々は軽く胸を抑えた。
「後悔や悲しみばかりが溢れるのね。つらくて胸が痛いよね。どうしていいかわからんよね」
だから優しく語りかける。
子供をなだめるかのように。
「私もね、すきな人に置いてかれたの。だけど諦めたくないから。まだ抗って、追いかけてる」
一瞬だけ視線を反らし、広い背中に目を細めた。
瞳を閉ざし、向き直り、再びデモノイドの瞳を見つめていく。
「貴方はどうしたい? 私みたいに追いかけても、新しい誰かを見つけてもいい。けど此処で訳も分からず終わったら、彼女にも、いつか出会えるかもしれない誰かにも会えなくなる」
言葉に誘われるかのように、デモノイドが動きを止めた。
腕を震わせているけれど、不意に動く様子はない。
想々は微笑み、締めくくる。
「自分を見失わないで、貴方なら大丈夫」
穏やかな足取りで歩み寄り、右膝に注射針を突き刺した。
総攻撃の狼煙だと、めりるは治療を穣ともこもこにまかせて踏み込んでいく。
「それでは、そろそろ終わらせてしまいましょうー!」
バベルブレイカーの杭をドリル状に回転させ、ただ真っ直ぐに突き出した。
もこもこが真雪にハートを飛ばす中、有無は背中側に回りこんだ。
「生きろ、世界はそれを望んでいる」
言葉とともに剣を振るい、後ろ足にいびつな斜め傷を刻みこんだ。
直後、デモノイドの体を影が抱く。
担い手たる真雪は影に力を込め、自分が立つ側へと引き寄せて……。
「……お帰りなさい」
半ばにて力尽き人へと戻った蓮司を優しく、抱きとめた。
「……」
安らかな寝息を、暖かな温もりを感じながら、想いは巡る。
生きていれば、自分のままで居れば何度でも恋には挑戦できる。自分とは違って……そんな想いを、伝える事ができただろうか?
「……」
一方、智之はただただ優しく蓮司を見つめている真雪を眺め、拳を握る。
彼女が幸せでいいと願いながら、闇に攫われてしまう恐怖に怯えている。
きっと自分も、蓮司と同じ。
もしも、行くなと言えばどうなってしまうのだろう?
答えは未だ、わからない。
だからこそ人は悩み続けていく……。
●切り開かれた未来へ
蓮司を公園のベンチに寝かせた灼滅者たちは、介抱や治療といった事後処理を行った。
治療を終えたころ、蓮司は目覚めた。
状況が把握できない様子で周囲を見回している蓮司に対し、真雪はチョコレートを差し出していく。
「お疲れ様」
「え、あ……はい」
受け取り、無意識といった様子で頬張る蓮司。
甘みが口の中に浸透するにつれて思い出してきたのか、蓮司はひとみを細め灼滅者たちへと向き直る。
述べられたのは、謝罪。そして……。
「ありがとう。まだまだすぐには吹っ切れそうにはないけど……どうにか、折り合いはつけられそうだ」
言葉を受け取り、穣は肩をすくめていく。
「……ま、そっちの方はすぐに割り切れるわけもないわな」
「……そっち?」
「ああ。ここは一つ提案なんだが……」
更に問いかけたのは、学園へのいざない。
デモノイドヒューマンになっても、案外楽しくやれること。
楽しかった思い出が語られた後、想々はくすりと笑い畳み掛ける。
「ちなみ、学園は美人が多いんよ」
「……」
蓮司は弱々しく、けれども前向きな様子で笑い返した。
けれどもひとみを伏せてしまったから、ロストは静かに告げていく。
「失う痛みを恐れるくらいなら、最初から絆なんて結ばない方がいいんだよ」
けれど……。
「それが嫌だと言うなら……今後、君の大切な人が世界の悪意に晒されそうになったとき、君がその人を守るんだ」
その力が、蓮司にもある。
「それをどう使うのかは、君が決めるといい」
「……」
一呼吸の間をおいて、蓮司は静かに顔を上げた。
「まだ、これがどういうものなのかはわからねぇ。けど、やってみたいと思う。今回の俺みたいに、困ってる人がいるなら、みんなが困ってるなら。いつかできる、大切な人を守るためにも……な」
夕焼けに映しだされた横顔は、明るく輝いていて……。
「……」
だから、めりるは手を伸ばした。
満面の笑顔とともに。
「武蔵坂学園へようこそですー!」
「……ああ!」
返事はとても力強く、握り返してくれた手にも迷いはない。
新たな未来へ進むことを決めた少年がそこにはいた。
眺めていたセトラスフィーノは、一人静かな想いを巡らせていく。
人の心は難しい、正解などないのだから。
それでも、限りなく成功に近づこうと頑張っていく。
今回のように、より良い未来をつかむため!
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年10月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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