子爵襲来~黒翼は闇夜に血を渇求す

    作者:夕狩こあら

     三重県津市。
     中心部にある洋館の一つを自邸に作り変えた子爵は、ゴミ山の中で妄言を吐いていた。
    「る……瑠架ちゃん僕の瑠架ちゃん。君の為に、僕はここまで来たよ。
     さぁ、瑠架ちゃんの為に、この街の人間を全て、血祭りにあげるんだ。
     そうすれば、瑠架ちゃんは、僕に会いに来てくれる。
     あぁ、瑠架ちゃん……。暫く見ないうちに、きっと成長しているよね。
     あぁ、その成長を今すぐ目に焼き付けたい、撫でて触って確かめたい、あぁ、瑠架ちゃん」
     そう言い終えると、ウゲロロォォ……と、大量の粘液を口から吐き出す。
     モゴモゴ蠢いたそれはタトゥーバットの大群と化し、
    「さぁ、僕のタトゥーバットよ、この街の人間を全て殺しつくせ!
     邪魔する奴がいるなら、誰でも構わない、すぐに殺してしまうんだ」
     主命を受けた黒翼は館より一斉に飛び立つ。
     その中の一群れが先ず見つけたのは、商店街――、
    「ウィ~」
     血祭りの始めは、酔っ払いの男だ。
     
    「タトゥーバット事件について、三重県津市で動きがあったッス」
     三重県津市の洋館の一つが、タトゥーバットの主人であるヴァンパイアの拠点となり、そこから津市全域にタトゥーバットが放たれる――。
     日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)は、いつになく真剣な表情で言った。
    「タトゥーバットが受けた命は市内の人間の鏖殺。このままでは、津市の市民は次々とタトゥーバットに殺され、全滅してしまうかもしれないッス」
     洋館への突入作戦も同時に行われるが、タトゥーバットが街に放たれるのを防ぐことは出来ない。
    「灼滅者の兄貴と姉御には、惨事を現実のものとさせぬ為にも、津市に向かって、タトゥーバットの襲撃を阻止して欲しいんス!」
     接触地点は夜の商店街。
     酔っ払いがフラフラと歩いているが、タトゥーバットは『邪魔する奴』、つまり灼滅者の排除を優先するので、現場に駆けつける事で市民の被害は防げるだろう。

    「出現数は12体。被害者の救助を考えなくても良く、その分戦闘に集中できるとはいえ、敵数は多く厄介ッス」
     体表面に描かれた眼球状の『呪術紋様』により魔力を強化された、コウモリの姿の眷属タトゥーバット。
     彼等は空中を自在に飛翔し、人間の可聴域を越えた超音波によって擬似的な呪文詠唱を行い、数々の魔法現象を引き起こす。
    「また、その肉体に描かれた呪術紋様は、直視した者を催眠状態に陥れる魔力を帯びているッス!」
     攻撃技はダンピールと酷似しており、様式は違えども、超音波はヴァンパイアミスト、呪術紋様はギルティクロスに相当し、また迫り出す鋭牙は紅蓮斬の如くこちらの生命力や魔力を奪ってくる。
    「タトゥーバットの数が多いうちは苦戦は免れないッスね」
     素早く敵の数を減らす戦術が重要になる――。
     ノビルの助言に一同が頷いた。

    「タトゥーバット事件の黒幕が遂に現れたッス。津市の市民が殺戮される悲劇を……全力で阻止して欲しいッス!」
     ノビルの真剣を受け取った灼滅者らは颯爽と席を立ち、
    「ご武運を!」
     敬礼を背に戦場へと向かった。


    参加者
    館・美咲(四神纏身・d01118)
    橘名・九里(喪失の太刀花・d02006)
    村雨・嘉市(村時雨・d03146)
    空井・玉(野良猫・d03686)
    村瀬・一樹(ユニオの花守・d04275)
    鏡・エール(カラミティダンス・d10774)
    天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)
    深海・水花(鮮血の使徒・d20595)

    ■リプレイ


     夜の晦冥に浮かぶ冴えた月光を隠すは、妖しく棚引く紫雲なれば妙なるもの、今宵月影を隠す黒翼は、奇怪な羽音を唸らせ――さながら空を屠るようであった。
    「ギギギギッ」
    「ゲギャギャッ!」
     血ヲ、血ヲ、血ヲ――。
     主命を受けて飛び立ったタトゥーバットらは、狂気を滲ませながら闇夜に羽を広げ、頓て商店街に連なる街灯の下に、温かい血を巡らせた酔いどれを見つけて急降下する。
    「ギャギギギッッッ!」
     我が主に血を捧げよ――。
     奇声を挙げた黒叢が、一斉に牙を剥いて迫ったその時、
    「妄想野郎になんて付き合ってられねえ」
    「ケギギギギッ!」
     両者の間に光矢の如く身を滑らせた村雨・嘉市(村時雨・d03146)が、螺旋の斬撃に羽音を乱した。
    「こんなバカみてえな事で犠牲なんて出させねえよ」
    「人々を殺める事は、私達が決して許しません」
     同意を示すように追撃を差し入れたのは深海・水花(鮮血の使徒・d20595)。
    「神の名の下に、断罪します……!」
    「ギャギィィッ!」
     鋭く伸びたレイザースラストが敵群を貫き、一叢を成す黒翼が痛撃に揺らげば、
    「子爵だとかの事も気になるけれど……先ずは僕達の戦いをしなくっちゃ、ね」
     更に【誓約の罪架】を構えた村瀬・一樹(ユニオの花守・d04275)が灼罪の光条を疾走させ、黒き塊より個体を暴き出す。
     その数――12体。彼が以前仕留めた数の、実に倍だ。
    「ギギッギギィッ」
     宙舞う黒翼は主命を妨害する灼滅者らに怒気を示して哮り、
    「醜怪な叫声を響かせるのも野暮に御座いましょう」
     3者の連続攻撃にサウンドシャッターを被せた橘名・九里(喪失の太刀花・d02006)は、騒めく悪声に端整な微笑を湛えつつ、衝撃と波動を戦場の檻に閉じ込める。
    「ギャギャギャッ」
    「ヒィ……ば、化け物……!」
     酔い痴れた眸とて、其が魁偉たる蝙蝠の異形と分かれば尻餅もつこう。
    「そこな殿方、酔いは醒めたかの」
    「っ、君達は……」
     竦み上がった男の前に盾と踏み出たのは館・美咲(四神纏身・d01118)。彼女は迫る猛牙にワイドガードを合わせて耐性を高めつつ、丁重に避難を促した。
    「ここは妾らが死合う故、早う家路を辿られよ」
    「は、はひっ」
     牙撃と手楯の熾烈なる角逐の隣では、天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)がイエローサインを配りながら鋭眼を差し向け、
    「これだけの数を相手にお前を運ぶ事は出来ないが、タマちゃんが指差す方向へ走るんだ」
    「タ、タマ……」
    「誰がタマちゃんだ」
     見れば付近に市民が居ないか確認して回った空井・玉(野良猫・d03686)が、安全な退路を探して細指に示している。抑揚のない淡々たる語調が男の竦む足を立たせ、感情の無い佳顔がその背を見送れば、次に構えるは交通標識【D.D.C】。
    (「これまでに負けてよい戦いがあったか、と問われれば答えは否だ。
     なら、今回だけ何か特別という訳でもない――」)
    「行くよクオリア。いつも通り、為すべき事を為す」
     主の声に促され、エンジンを噴かしたクオリアは自らの鉄塊を以て3枚目の盾となり、
    「行くよ、メイキョウシスイ――」
    「わふぅ!」
     鈴振る様な声に返るは、見目に似合わぬ渋い啼声。
     鏡・エール(カラミティダンス・d10774)と芝丸はアイコンタクトを取りつつ駆け出すと、イエローサインと浄霊眼に前衛を支えて防御に厚みを増す。
    「ゲギャギャッ、ギャッ」
     見上げた視界いっぱいに黒霧と広がるタトゥーバット、その猛攻を鋭い攻守にて阻んだ彼等は、驟雨の如き敵の諸声を聞きながら、黒闇に身を躍らせた。


     羽音を重ねて飛ぶタトゥーバットらは、密集して一つの大きな妖魔を成す様であったが、塊にも見える敵勢に隠れた布陣を見出さんとする灼滅者達は、成程機転が利いていた。
    「吸血鬼は飲む為に血を欲するのでしたかね。その眷属の血、逆に拝ませて頂きましょう」
     圧倒的な数を前に九里は冷静かつ狡猾で、彼は怪音を震わせる敵群に結界糸を放つと、各ポジションに据わる頭数を確認して標的を絞る。
    「狙いがブレないように目印でもつけとくぜ」
    「ギャギィイイッッ!」
     判り易いように――、と派手に黒翼を刻む嘉市も心得たもの。
     撃破順を予め決めておけば、犀利な眼光が射るはディフェンダーで、襲い来る鋭牙に燃ゆる血潮を差し出す代わり、呪術紋様に螺旋の傷を走らせて追撃を呼び込んだ。
     その目印通り、今度は命を摘みに天翔けるはスナイパーのエールと水花。
    「この数……中々に厄介ね。気合入れて臨みましょうか」
    「敵の有利が数にあるならば、一体ずつ確実に撃破していきましょう」
     頷きを合わせた両者は、繰り出す攻撃もレイザースラストと息が合っている。真っ直ぐに伸びた各々の一撃は黒叢を穿ち、その交差上に1つの飛翼を鋭く引き裂いた。
    「ギャヒ、ッ……!」
     先ず1体――と音も無く着地した両者には、怒り狂った他の個体が一斉に群がるが、之には4枚の盾が即座に展開して傷を許さない。
     殺セ、殺セ、殺セ――と狂気に驀進する黒翼へと迫り出る防壁は獰猛で、
    「殺られるのはお前達の方だ。覚悟しろ」
    「ギャギギギッ!」
     黒斗はクオリアの機銃掃射を援護にティアーズリッパーを放ち、2体目を神速の鋭刃に斬り刻むと同時、
    「催眠なぞ……気合で、耐えるっ!」
     美咲は黒瞳に飛び込む呪術紋様を眼力に跳ね返すと、抗雷撃を衝き入れて元の反吐へと還した。
    「ゲキキキッッ!」
     3体目が最期に見た灼光は、雷光迸る拳閃か、或いはネオン光を反射した彼女の額かは――名誉の為に伏せておく。
     自らの負傷を省みず敵数を減らした両者には芝丸の魔眼が支援に当たり、物量を以て優勢を得る敵勢に堅牢を以て対抗すれば、
    「頑張って。そうしたら私が後ろで楽を出来る」
     後衛にて回復に専念する玉も従容たるもの。彼女は只管イエローサインを配りつつ、舗装路に滲みゆく鮮血が、敵と味方、どちらが多いかを炯眼に捉えて戦況を見極めていた。
     夥しい血が靴底を滑らせるのは、やはり数で劣る灼滅者らの苦境を物語っているが、猛撃に耐えつつ敵数を減らすという、攻防の均衡を取る彼等が戦局を握っているのは確実。
    「ギャギャッ!」
    「ギギギギギィ!」
     左右より迫る凶牙にも、一樹は舞う如く軽やかに身交わし、
    「先日の件より数も状況も厄介だけど……それでも退く訳にはいかないね」
     紳士然たる穏やかな語調は相変わらず乍ら、胸元の衣服をぎゅっと握り締める癖が出ているのは、以前より緊張している所為だろう。
    「僕達に出来る事を、とにかくやっていこう」
     今は唯、己が役目を――と闇に飛び込んだイカロスウイングは、よりダメージを負った個体を逃さず、
    「ケギギギ、ケヒッ……!」
     捕縛を強めたそれは躯を絞り、絶叫を搾り、血の一滴まで擂り潰していた。
     残るは8体――。漸く互角の勝負に持ち込んだ灼滅者らは、頬を伝う血の温かさを手の甲に拭いつつ、今なお塊を成す黒翼の群れを凛然と見据えた。


     列攻撃で敵のポジションを暴きながら、弱体した個体を狙い撃つ――。
     数を効率良く減らす戦術が、堅守と相俟って序盤の劣勢を凌いだ功は大きいが、何より優れていたのはその連携だろう。
     敵数の多い戦闘にて連撃を叩き込める利を知る彼等は、全員が感情の絆を繋ぎ、敵にはない結束力で小気味良く立ち回っていた。
    「サクッと早めに数体撃破して楽に行きたいところね」
    「同感だ」
     エールが風駈る翼となって頭上の黒渦に翻れば、嘉市は身を低く疾駆して戟を合わせ、
    「ケギャギャギャッ!」
     真一文字に走る爪撃と天に衝き上がる破邪の剣閃が十字を刻みながら敵躯を墜とし、
    「1体でも多く相手の動きを止められるなら……それに越した事はないよね」
    「お手伝いします」
     敵の防御壁が崩れた瞬間には、続く一樹と水花が声を掛け合って追撃に出る。
     反撃の隙は――ない。
    「ギギャアアァッ!」
     オールレンジパニッシャーとセイクリッドクロス、中列に差し込む断罪の光芒は、挙動を奪うと同時、負傷の大きい個体を篩に掛けて落とした。
    「ギ……ギィィ」
     間断を許さぬコンビネーションに更に2体を失ったタトゥーバットらは愈々荒ぶり、闇黒の狭霧に自陣を覆い尽くすと、狂戦士化した3体を滑空させる。
    「ゲギィィィッ!」
    「いけない、そっちに来るよ!」
     声のフォローもあれば尚のこと、迎え撃つ美咲の花顔は好戦的に咲み、
    「元より血の気は多い方じゃ。多少はくれてやろうぞ」
     戦闘狂らしい嫣然が、柔肌に牙を立てる黒翼を激痛にもてなした。
    「但し、血は欲する方が得意での」
    「ギギャアアァアッッ!」
     零距離で炸裂した爪撃は凄惨を極め、半獣化した片腕は臓腑を食って紅蓮に染まる。
     同じく邀撃に出た黒斗は、首筋に噛み付く狂気に黒死斬を走らせ、
    「捕食の仕方も下種だな。まるで躾がなってない」
    「ギキッ! ゲィァッ!」
     主人も高が知れたもの、と彼等に強い憎悪と失望を抱きつつ、努めて冷静に玉を呼んだ。
    「タマ――」
    「……タマって呼ぶ人は回復してあげないよ?」
     呼ばれた方も分かっていたらしく、阿吽の呼吸で届くシールドリングの幽光は木漏れ日の如く温かい。クオリアも理解ってか、火花を散らして弾幕を張れば、悪獣も堪らず距離を取る。
     離れゆく敵を【濡烏】にて引き留めたのは九里。
    「おや、人の血を飲んでおいて、御代も払わぬ御積もりですか?」
     黒影を追う橙の瞳は妖月の如く嗜虐に煌き、
    「ギギッ……ギゲゲッ、ゲヒッ!」
     醜い獣声も快いか、歪なる法悦を浮かべて無惨に引き裂くと、闇夜を紅く染め上げた。
    「ゲギギッ、キギギ!」
    「あと5体だね」
     同族の血を浴びて暴れたタトゥーバットらに自陣の優勢を突きつけたのはエール。
     彼女は半減して様相を変えた敵群に動揺が走るのを認めると、手に【狂華酔月】を随えて颯と化し、
    「畳み掛けよう、芝丸」
    「わふっ」
     相棒と瞳を合わせたのも一瞬、左右より妖冷弾と六文銭射撃を仕掛けて布陣を崩した。
     纏まりを失くした矢先に伸びる【護線舞擁】は翼を縛し、
    「お互い、決着がつくまで……この舞台から降りる事は許されないよ」
    「ギャッ、ギィィ!」
     身ごとブン回されれば一樹の声も耳に入るまい。タトゥーバットらは平衡知覚を奪われたまま、邀撃に構える美咲の前に差し出された。
    「最期まで闘志は消えぬか――忠誠だけは認めてやるかの」
    「ギ……ッ、ギッ……ッッッ!」
     幾度と無く仕掛けた催眠であるが、強化を尽くした灼滅者らを崩すには至らず。
     命の潰える間際まで羽ばたいた1体は、その呪術紋様を鋭い稲光に撃たれて墜下した。
    「ギャギャッ、ギギィイイ!」
     更に仲間を失った敵勢は怒りと焦燥に陣形も無くしたか、喊声を挙げて突撃する。
    「決死の覚悟と言った処か」
     捨て身に迫る黒翼を軽妙な身のこなしで捌く黒斗。
     彼女に届ける援護を、回復から助勢へと変えた玉の挙動が終幕の近さを物語っていた。
    「望み通りにしてあげるよ」
    「成程」
     黒斗が繊麗なる躰を翻した瞬刻、砂塵を巻き起こして邪翼を錐揉んだ玉は、その怒涛に駆け上がった【Black Widow Pulsar】――眩き一閃が黒躯を両断する様を見届ける。
    「あと3体――」
    「ギギッギギ……ケギギッ!」
     漆黒の羽で猛風を切るタトゥーバットも、残り少ない。
     既に血は啜った量より流した量の方が多かろう、彼等もまた全身を緋に染めながら、尚も牙を迫り出して水花に噛み付いた。
    「ゲギャアッ!!」
    「……ッ、己の命が危険に晒されようと逃げない、主への忠誠は感嘆に値しますけれど」
     痛撃に眉を潜めた彼女は、然し暴悪に狂う敵を見据えると、
    「私達にも退けない理由と覚悟があります……!」
    「ギャヒッ!」
     零距離格闘にて猛牙を折り、血潮を噴かせて血の海に沈めた。
    「お前らが狙うべきはこっちだぜ!」
     嘉市の言う通り、既に鋭槍と化して敵懐に潜った彼を止める術はなく、
    「これで終いだ!」
    「ギィィイギャァアアア……ッッッ!!」
     視界が紅蓮に覆われると同時、今際の咆哮すら灼熱に呑まれたタトゥーバットは、そのまま煉獄へと堕とされた。
     焔を迸らせて着地した嘉市が振り向けば、別の個体の断末魔が天を裂き――。
    「蚊と言い蠅と言い、鬱陶しく飛び回るモノの末路は一つに御座いますよ」
    「ゲヒッ、キィヒッ、ギキ……ッ」
     時を同じくして敵の両翼を切り落としていた九里が、地面に落ちた躯を下駄に踏みつけており、
    「……御休みなさいませ」
     穏やかな言に、何とも惨酷な音が混じる。
     異形の怪腕に頭を押し潰した彼は、返り血が頬を冷やすまで――死を味わった。


     秋風と共に運ばれた静寂に、誰ともない安堵の吐息が零れた刹那、糸が切れたように一同は膝を付いた。
    「何せ、凄い数じゃったの」
    「流石に疲れたな……」
     最も激しく攻撃を受けた美咲と黒斗が座り込むのも当然、同じく盾にと奮迅したクオリアと芝丸もKO寸前で守り抜いたのは、偏に手厚い回復と強化のお陰だろう。長期戦に備えて耐性を高めていた戦術が、見事制勝を導いた。
    「一先ず静かな夜のまま、朝を迎えられそうに御座いますね」
     九里は血に濡れてずり下がる伊達眼鏡を細指に持ち上げながら、欠伸を一つ、静謐を取り戻した夜の月を硝子越しに仰ぐ。
     剣戟は聞こえぬが、同じ月の下では激闘が繰り広げられているに違いない。
    「他の戦場はどうなってるだろう……」
    「この数ですから、撃破できない所も、或いは……」
     ゆっくりと身を起こした一樹が、手を差し伸べて水花を援け起こす。
     互いの手が血に滑り、少しよろめいたのも仕方ない――兎に角、血が流れた。
    「助力に行きたいけど、そんな余力は……残ってるかな……」
    「……連戦は厳しいかも」
     忙しそうに仲間を癒して回る玉にも疲労が滲み、彼女の判断に首を振る者は居ない。
     疲弊した身体で残党の追討に向かえば、此方に重傷者を出す事にもなりかねぬ。
    「戦況が気になるけど、結末を見届ける事も大事だよね」
     命を落としては戦局すら掴めない、とエールが頬笑みを湛えれば、それが伝播したか、一同の口元に漸く笑みが戻った。
    「野郎の思惑を潰せば……残る仕事は、これか」
     燃える焔を払うように血を拭った嘉市が、吐息して見渡したのは真紅に染まる舗装路。
     死闘の痕跡を放置する訳にもいかず、彼は頭に巻いたタオルを縛り直して気合を入れた。
     困憊を極めた身体は動かすのも億劫であったが、何とか戦闘痕を片付けた一同は、吹き抜ける涼風に身を隠して商店街を去る。
     その足音も静まれば、愈々閑寂が訪れ、紫雲に顔を出した月のみが、讃えるように映えていた――。
     

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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