用心棒吉岡一文字

    作者:天木一

     夜の賑わう繁華街を一人の着流し姿の男が一升瓶を手にふらつく。
    「か弱いナースを襲おうたぁ、不逞野郎もいたもんだ」
     一升瓶を傾け懐から出したもう一方の手にある椀にとくとくと酒を注ぐと、ぐびぐびと一気に飲み干す。
    「ぷはぁ、そんな奴ぁこの名刀、吉岡一文字がぶった斬ってやらぁ」
     アルコールの混じった息を吐き出す男の顔は、一本の太刀で出来ていた。道行く人は驚いた顔で咄嗟に道を空ける。そして係わり合いになるまいと顔を逸らした。
    「悪党退治たぁ腕が鳴るぜ、それにいい酒を貰った分はしっかりと働かねぇとな」
     頭を振るう。するとばっさりと近くの路上駐車していた車が真っ二つに割れた。
    「今日もいい切れ味だ、いい酒を飲んだ日は特に切れやがる。しかし夜は冷えやがるな、ちょっと温まっていくか」
     男はぶらりと慣れた様子で片隅に出ていた赤提灯の屋台に座る。
    「おやじ、大根と卵、あと厚揚げをくれ」
     どんと一升瓶を置き、はふはふと熱々のおでんを食べながら一杯やるのだった。
     
    「みんながいけないナースを灼滅している事を知った安土城怪人が、いけないナースを守る為に手を打ってきたみたいだね。滋賀県の琵琶湖周辺の町で刀剣怪人を巡回させ始めたんだよ」
     能登・誠一郎(高校生エクスブレイン・dn0103)が新たに得た情報を灼滅者達に話出す。
    「刀剣怪人は安土城怪人配下の中でも精鋭みたいだからね、手強い相手になると思うけど、このままだといけないナース事件に関わる灼滅者に影響があるかもしれないんだ。だからそうなる前に刀剣怪人を倒して欲しい」
     刀剣怪人がこのまま動きまわれば、いけないナースを倒す作戦に影響が出てしまう可能性が高い。
    「詳しい状況説明はわたしから」
     そこで誠一郎の隣に立った貴堂・イルマ(中学生殺人鬼・dn0093)が説明を引き継ぐ。
    「刀剣怪人は繁華街を巡回している。特に夜を重点的に動いているようだ。いきつけの屋台があるようで、そこで待ち伏せれば出会えるだろう」
     刀剣怪人は一人で毎日ぶらぶらと気ままに巡回をしているようだ。
    「敵は単独だが、精鋭といわれるだけあって強敵だ。だが皆の力を合わせれば倒す事ができるはずだ」
     刀の怪人だけあって攻撃面で優れた能力を持っている。一体とはいえ油断は禁物だろう。
    「今回の作戦にはわたしも同行させてもらう。相手は小細工なしで堂々と戦う剣士のようだ、ならばこちらも全力で挑もう」
     そう言ってイルマはよろしくと頭を下げて灼滅者の側に混ざる。
    「精鋭である刀剣怪人を倒せば安土城怪人勢力への打撃になるだろうね。この機に少しでも敵を減らしておきたいね」
     誠一郎の言葉に灼滅者達も同意し、刀剣怪人を倒す為の作戦を練るのだった。


    参加者
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    橘・彩希(殲鈴・d01890)
    霧島・絶奈(胞霧城塞のアヴァロン・d03009)
    神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)
    志賀野・友衛(高校生人狼・d03990)
    荒覇・竜鬼(一介の剣客・d29121)
    柊・玲奈(カミサマを喪した少女・d30607)
    黎・葉琳(ヒロイックエピローグ・d33291)

    ■リプレイ

    ●夜の繁華街
     夜の繁華街は仕事帰りの人々で賑わい。飲み屋は今日も繁盛しているようだった。
    「刀剣怪人ですか。一体どこのご当地なんですかね? まあ、いいですけど」
     華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)はそんな平和そうな風景を眺めながら歩く。
    「問答無用で車を真っ二つにするとは、悪党とは言わないものなのかしら?」
     道中で真っ二つになった路上の車を見て、橘・彩希(殲鈴・d01890)は首を傾げる。
    「放っておけば人の被害が出る可能性もあるな、ここで倒してしまおう」
     その疑問に貴堂・イルマ(中学生殺人鬼・dn0093)が言葉を返しながら、敵の金属すら断ち切る鋭い太刀筋を確認した。
    「……いけないナースを、守護、ですか……。……ナースの力が、よほど、必要、なのです、ね」
    「もっともいけないナースは安土怪人勢の傘下という扱いなのでしょうか」
     神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)と、その隣を歩く霧島・絶奈(胞霧城塞のアヴァロン・d03009)が情勢に対する疑問を口にする。
    「……追い詰められて、いるの、でしょうか……。……とりあえず、今は、目の前の敵に、集中、しましょう……」
    「そうですね。いずれにせよか弱い者を云々と言っておいて破壊行為を躊躇わない辺りお里が知れますね、剣客を気取ろうとその本質が素浪人では世話はありません」
     蒼が気持ちを切り替えて赤提灯に目をやる。絶奈もそんな相手ならば遠慮なく力を振るえると、意識を戦いへと移した。
     おでんの屋台からは湯気が昇り、いい香りが漂っていた。そんな屋台に着物を着た男が近づく。手に一升瓶を提げたその男の頭部は太刀となっていた。
    「あんな見てくれでも、相手は精鋭。油断はできないわ。時代錯誤な刀剣怪人には、さっさとご退場願わないと!」
     黎・葉琳(ヒロイックエピローグ・d33291)の言葉に仲間達も頷き、怪人に向かって歩を進める。
    「武蔵坂学園、志賀野友衛だ。名のある刀と見た。私達と、一戦交えて貰いたい」
     怪人の前に立った志賀野・友衛(高校生人狼・d03990)が名乗りを上げる。
    「ああん? 鋭い殺気を感じるたぁ思ったが、この俺と立ち合いをご所望ってわけか。どうやらおめぇ等がナースを襲っている悪辣非道な不逞野郎どもだな? なら相手をするのが俺の役目ってこった」
    「悪党扱いされちゃってるねぇ……まぁ、この場合無理もないんだけど」
     怪人の悪態に、何だかいつもと立場が逆だと思いながら柊・玲奈(カミサマを喪した少女・d30607)が呟いた。
    「ふぃ~、そんじゃあ真剣勝負といくか」
     怪人は残っていた椀の酒を飲み干し、ゆっくりと酒臭い息を吐きながら懐に仕舞い込む。
    「ここでは周りに迷惑だ。場所を変えよう」
     友衛が顔を近くの人気の無い路地裏に向けると、怪人は構わないと悠々不敵に歩き出し、電灯の薄明かりの元で対峙する。
    「……人払いは、済ませ、ました……」
     蒼が殺気を放って一般人が近づかぬようにした。
    「不逞野郎は貴様なのだよ、吉田一文字」
     荒覇・竜鬼(一介の剣客・d29121)が殺気を込めて鋭い眼光で睨みつける。
    「誰が吉田だ!」
     名前を間違えられた怪人が唾を飛ばす勢いで怒鳴りつける。
    「違った。吉原一文字か」
    「俺の名は吉岡一文字だ! 天下に轟く名工の名を知らんとは、うつけめ! そこへ直れ、たた斬ってやらぁ!」
     とぼけた竜鬼の返答に、怪人は顔の刃を振り上げた。ギラリと刃が電灯に照らされて光る。迫る刃を竜鬼は左で抜いた太刀で受け止めた。
    「これは失礼、吉川一文字」
     ウイングキャットの山姫のリングが輝き竜鬼に力を与えると、竜鬼は右手で逆手に抜いた刀を振り抜いた。

    ●刀剣怪人
    「なるほどなぁ、俺の初太刀を防ぐたぁ、殺し屋集団だけあって腕は立つようじゃねぇか」
     一歩引いて躱した怪人が灼滅者達を見渡し、相応の敵と認識して構える。
    「吉岡一文字助行、いざ尋常に勝負!」
     音を封じる結界を張り、紅緋が堂々と勝負を挑む。
    「おう! 掛かって来い!」
     応じる怪人に、紅緋は腕を鬼のように変化させて拳を胸に叩き込む。だが手応えが薄い、怪人はひらりと木の葉のように受け流し、側面へと移動していた。
    「剛には柔ってなぁ」
     そのまま首を撥ねる様に太刀を振り抜く。
    「本質は素浪人とはいえ腕は確かなようですね」
     その一撃を絶奈が剣の様に見える歪な鋏で受け止めた。そして霧を展開して敵の視界を奪う。
    「屋台で胃袋を温める前に、私達と競い合って温まりましょうか。私は少なくとも、切り伏せられて沈む心算はないわ」
     彩希は左手で抜き放った刀を上段に構え、踏み込みながら振り下ろす。
    「ふん、その程度のなまくらじゃあ勝負にもならねぇ。屋台で一杯やるよりも楽しませてくれや!」
     怪人は頭で刃を受けると弾いて胴を打つ。それを彩希は反対の手に黒刃のナイフを持って受け止めた。
    「……おでんにも、負けない、戦いに、してみせます……」
    「個人で勝てなくとも、力を合わせて打ち勝つ!」
     その隙に蒼が帯を飛ばし、イルマが追うように駆けて剣を振り抜く。攻撃は怪人の脇腹と胸に傷を刻む。
    「その通りだ。共に戦う仲間が居る、それが私達の一番の力だ。全力で往く!」
     耳と尻尾を出した友衛が槍を手に突っ込む。踏み込む勢いを乗せて突き出す刃。それを怪人は身を捻って紙一重で躱す。
    「まだ!」
     そこから変化させ横に振るう槍を怪人は太刀で受け止めた。
    「まだまだ踏み込みが足りてねぇ。踏み込みってなこうやるもんだ」
     怪人は槍を押し返して大きく足を踏み出して腰を落とし太刀を振るう。その切っ先が友衛の胸に届く前に、怪人の背中を紅蓮の槍が突き刺さしていた。衝撃に僅かに剣筋が逸れる。その隙に友衛は屈むように刃を避けた。
    「こんな感じでいいのよね?」
     葉琳は槍を引き抜き。もう一度地を蹴って槍を突き出す。怪人はそれを太刀で捌く。
    「ちっなるほどな、こんな連携をされちまったら、か弱いナースじゃひとたまりもねぇな」
    「安土城怪人ともっともいけないナースに結託されると厄介だからね。悪いけど、ナース達を倒す邪魔はさせないよ?」
     葉琳は続けて槍を繰り出す。だがそれよりも速く太刀が振り下ろされた。間合いを取ろうとするが、刃より放たれる剣圧が襲い来る。
    「まるで自分なら勝てるとでも言うような物言いですな」
     その剣気を割り込んだ竜鬼が受け止める。腕から血が流れるがその視線は一瞬たりとも怪人から外さない。
    「あたぼうよ、腕に自信が無いようなら剣客なんぞやっとれんわなぁ!」
     地を滑るように足を踏み出し、太刀を振り下ろす。それを竜鬼が両手の二刀でもって受け止める。だがじりじりと押し込まれていく。そこへ山姫が横から肉球で怪人を殴りつけた。
    「ならその鼻っ柱を叩き折ってみせますよ、イルマさん!」
    「了解した、拘束するぞ!」
     紅緋が赤黒い影を、イルマが獣のような影を伸ばして怪人の下半身を呑み込むように捕まえた。
    「これなら避けられまい」
     そこへ友衛が薙ぐように槍を振り抜く。穂先が深く腕に食い込んだ。
    「なかなかやるもんだな、だがこれじゃあ俺は殺せんなっ」
     太刀を振るって拘束を破り、怪人の顔が迫る。
    「それじゃあこれはどうかしら?」
     彩希がナイフを振るうと地面に写った影も腕を伸ばし、その切っ先が伸びて怪人に絡みついた。
    「胸に穴を開けても大口を叩けますか?」
     動きが止まったところへ、絶奈が腕に装着した巨大な杭を撃ち出し、高速回転する杭が怪人の胸を貫いた。
    「いてぇなこりゃ!」
     怪人は杭を引き抜き、胸から流れ出る血を押さえる。
    「ああ、せっかくの酒が零れちまうじゃねぇか」
    「……お酒は、赤くないと、思います……」
     蒼の槍が背後から突き刺さる。既にある傷口を抉り、血が槍を伝って流れ落ちる。
    「俺の体は酒で出来てるようなもんだ、酒以外は飲まねぇようにしてるからな」
     振り向きながら刃を横薙ぎに振るう。
    「そういうのをアル中というのだよ」
     竜鬼が右の刀で受け止め、左の刃で腹を刺す。
    「はんっ大人ってなぁ、みんな酒に呑まれて生きてるもんだぁ」
     怪人は鼻で笑いながら太刀に力を込めて振り抜き竜鬼の体を浮かす。そして返す刃で胴を狙う。竜鬼は刀で受けるが防ぎきれずに刃が腕の骨まで達した。
    「そんな大人にはなりたくないわ」
     葉琳が槍を振るい、飛ばした氷柱が頭部を凍らせる。
    「なぁに、呑まれてみればその心地良さが分かるってもんよ」
     頭を振って怪人は氷を砕く。
    「大丈夫、絶対に、誰も倒れさせたりしないよ!」
     その間に玲奈の指が十字の軌跡をなぞり、その中心部に刀の柄を叩き込むと、光の十字架が竜鬼に向かって飛び、腕の傷口を塞いでいく。

    ●秘剣
    「喋ってたら喉が渇いちまったぜ、ちっと補給しておくとするかぁ」
     怪人は袖口から取り出した一升瓶をそのままラッパ飲みでぐびぐびと呑む。すると胸の傷が塞がっていった。
    「ぷっはぁ~、やっぱり酒は日本酒に限るなぁ」
    「どう見ても強敵というより、典型的な駄目人間に見えますね。いえ、駄目怪人ですか」
     紅緋が呆れたように嘆息し、影を纏った拳でその顔を殴りつけた。
    「おっとっと、もったいねぇな!」
     こぼすまいと堪え、手に飛んだ雫を舐めながら怪人が怒鳴る。
    「というかどこに口ついてお酒飲んでるのよ。悪いけれど、お仕事なの、その太刀折らせて貰うわ、私の腕では綺麗な切り口にならないと思うけれど、覚悟してね?」
     どこか怖さを秘めた笑みを浮かべた彩希がナイフを投げる。怪人がそれを弾くとその間に接近していた彩希が刀を振り下ろす。刃は怪人の頭部に当たり太刀が刃こぼれする。
    「受け損じたか、この吉岡一文字に刃こぼれさせるとたぁいい度胸だ!」
     怪人が彩希を狙って頭を振るう。先よりも鋭い太刀筋。それが首を狙って伸びてくる。それを絶奈が鋏で受け止めるが、勢いは止まらず薙ぎ倒される。
    「俺の太刀を受けようなんざぁ百年はえぇ! 特に飲んでる時の俺は最高に切れやがるぜ! 酔えば酔うほど強くなるってなぁ!」
    「酔拳ならぬ、酔剣ですか。笑えない冗談ですね」
     受身を取った絶奈が跳ね起き、その場で回転しながら炎を纏った回し蹴りを放つ。つま先が鳩尾に刺さり怪人は咳き込んで飲んだばかりの酒を口から垂らす。
    「ごほっごほっ、この酒の味もわからん餓鬼どもがっ」
    「アルコールの臭いは好きではないな。それに未成年なのだから酒の味が分からなくて当然だ」
     そこへイルマが剣を振り下ろす。刃が首筋に落とされるが、怪人は咄嗟に顔を捻って太刀で受け止めた。
    「……同感、です。お酒は、二十歳になって、から……」
     こくこくと頷いた蒼が腕を振るうと、風が巻き起こって刃となり袈裟斬りに怪人の胸を切り裂く。
    「酔わずとも戦う事はできる」
     友衛が正面から駆け寄る。対する怪人は太刀を横に薙いで迎え撃つ。友衛は槍で地面に突くと棒高跳びのように跳躍し、太刀を飛び越え頭上から足に炎を纏わせて蹴りを浴びせた。
    「ぐぅっ熱燗になっちまぁ!」
     よろめく怪人に葉琳が槍に畏れを纏わせて足を払う。
    「こんな時でもお酒の心配なんて随分と余裕ね」
     怪人が一升瓶を抱いて倒れたところへ穂先を突き刺した。
    「わかっちゃいねぇな。戦いと酒、この二つがあるから世の中なんとか生きていけるってもんよ。大人になりゃあこのありがたみが分かる」
     手で槍を引き抜きながら一升瓶を置いて怪人が立ち上がる。その身からは今まで以上に剣呑な殺気が放たれていた。
    「いい感じで酔いも回ってきたぜ、ここらで俺の秘剣を見せてやらぁ」
     酔っ払いのようにぐるんぐるんと頭を回す怪人。
    「いくぜぇ、秘剣・千鳥」
     怪人がふらふらと動く、あっちこっちと千鳥足で進む歩法は先が読めない。その勢いで頭を振るい周囲の灼滅者達を斬りつけていく。山姫が前に出て攻撃を受けるが、フェイントに引っかかり横から弾き飛ばされた。
    「見た目は最悪だけど、流石に精鋭といわれるだけの力はあるわね」
     玲奈が黒い刀の背を撫でる、すると周囲から優しく風が吹き抜け仲間達の傷を癒していく。
    「回復は任せておいて、みんなを支えるから安心して戦ってね」
     仲間を支えるように玲奈の風が背後から背中を押すように吹き続ける。
    「正真正銘、ただの酔っ払いですな」
     竜鬼が手に構えた刀でその刃を受けようとするが、すいすいと剣はあらぬ方向から襲い掛かり体を傷つけていく。
    「鬱陶しい」
     ならばと竜鬼はあえてその身に刃を受ける。肩に刺さった太刀を掴み、敵の動きを止めた。
    「好機だ、ここで決めにいくぞ」
     全力で飛び出した友衛が槍を突く。怪人が防ごうと上げた手を貫き勢いのまま肩まで串刺しにする。
    「了解した、全力でいこう」
     反対側から突進するようにイルマが剣を突き、もう片方の腕を貫いた。
    「しゃらくせぇ!」
     頭を振るって竜鬼を吹き飛ばした怪人はイルマに剣を振り下ろそうとする。それを友衛が槍を引き抜いて軌道をずらす。
    「この後おでんが待っているので、一人も欠ける事無く倒させてもらいます」
     紅緋が鬼の腕でその刀身を掴んで止めた。そして反対の小さな拳に赤いオーラを纏い、拳の連打を腹に叩き込んだ。
    「ぐふぅっ、腹をやったらせっかく飲んだ酒が戻ってきちまうだろうが!」
     頭を振るって紅緋の体を振り回し、手が外れてその体が飛んでいく。
    「貴方の切れ味と、私の切れ味比べてみましょうか」
    「面白れぇ、来い!」
     彩希が上段に構えた刀を振り下ろす。怪人はそれを正面から太刀で受け止めた。そこで彩希が地面を踏む。するとそこに落ちていたナイフが跳ね上がって宙に浮く。それを掴むと怪人の脇腹に突き刺した。
    「ナイフだと、このっ」
    「私のナイフは良く切れるでしょう?」
     ナイフを捻って傷口を大きくすると、怪人の反撃の刃が届くより早く彩希は飛び退く。
    「この程度の傷で俺が怯むと思うんじゃあねぇ、剣客ってのは常に命を賭けてるもんだ。剣を握るってなぁ野垂れ死ぬ覚悟があるってことだと覚えておけ」
     全身から血を流し、着物はずだぼろで赤く染まっている。それでも怪人は闘志を弱めずに太刀を振るった。
    「敵ながらその思想信条は認めます。剣客としては見事なものですね」
     絶奈がその一撃に巨大な杭を撃ち込むと、衝撃に両者が仰け反る。
    「……奈落へ、堕ちろ……!」
     そこへ跳躍した蒼の獣の如き腕が振り抜かれる。暴風のような一撃は怪人の頭を捉え地面に叩き付けた。
    「この……連携が厄介なもんだな」
     怪人は頭を振って起き上がる。
    「腕に覚えがあるからだろうけど、一人で来たのが運のつきだね」
     玲奈が黒き剣を振り下ろす。刃は通り抜けるように怪人を斬りつけその魂を傷つけた。
    「ぐぅぅ、まだだ、まだ終わる訳にはいかねぇな。負けるにしても何人かは冥土に付き合ってもらわねぇとな、こいつで死にやがれ……秘剣・千鳥」
     頭を振ってまたもや千鳥足でふらふらと攻撃してくる。
    「それなら近づかなければいいのよね」
     離れた場所から葉琳が槍を振るって氷柱を飛ばし、間合いの外から怪人を撃ち抜く。腕、足、そして頭と撃たれた場所が凍っていく。
    「ちっ、酔いが醒めちまぁ!」
     千鳥足を止めた怪人は氷を解こうと一升瓶に手を伸ばす。
    「さらばだな、吉岡ひともじ」
     凍りついたところへ竜鬼が近づき、刀を振り下ろした。鈍い音と共に太刀は折れ、怪人は仰向けに倒れる。
    「ここまで、か。ああ、あつあつの大根で一杯ひっかけてぇな……」
     その呟きを最後に、怪人は爆発し跡形も無く消え去った。後には割れた一升瓶と、つんとしたアルコールの匂いだけが漂っていた。

    ●おでん
    「任務完了だ。皆が無事なら何よりだ。貴堂も大丈夫か?」
    「うむ、皆のお陰で怪我をせずにすんだ。ありがとう」
     友衛が顔を向けると、イルマは微笑んで答える。
    「さてっと……元々だけどこれで安土城怪人と完全に敵対だねぇ。天海側って風に取られないといいんだけど」
     戦いで荒れた周辺を簡単に片しながら玲奈がぼやく。
    「きっと何とかなりますわ!」
     葉琳が八重歯を見せて楽観的に笑うと、玲奈も釣られたように笑みを浮かべた。
    「おでんの話をされたら屋台寄って行きたくなってしまうわ。もう寒くなってきたものね」
     そう言って彩希が仲間の顔を見る。すると緊張が解けた所為かおでんの香りに気付き、誰とも知れず喉が鳴った。
    「運動してお腹も空きましたし、そこのおでん屋さんでおでんをつまみましょう」
    「うむ、それはいいな。屋台のおでんというのは行った事がなくてな、一度言ってみたいと思っていたんだ」
    「いいですな、もう夜は随分と冷え込みますからな」
     紅緋の提案にイルマと竜鬼が賛同し、他の仲間達も頷いた。
    「お酒は飲めませんが、おでんで温まってから帰りましょう。イルマさんは何がお好きですか?」
    「うーん、そうだな。どれも美味しく思うが、特にじゃがいもが好きかな」
     絶奈とイルマが屋台に向けて歩き出し、仲間達も何を食べようかと話しながら続く。
    「……これで、少しでも、相手方の、戦力が、減ると、良い、のですけれど……。……もっともいけないナース、……今、何処へ、居る、のでしょう……」
     蒼がちらりと周囲を見渡す。繁華街は変わらずに大勢の人で賑わっていた。この中にナースが居るのかもしれない。そんな思いを胸にしまい、仲間達を追いかけて赤提灯の屋台を目指すのだった。

    作者:天木一 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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