子爵襲来~深夜の来訪者

    作者:奏蛍

    ●襲撃
     洋館からコウモリが一気に飛び出していく。コウモリたちは、明確な目的を持って闇に溶け込んでいくのだった。
    「んんぅ……」
     もぞもぞと布団の中で寝返りをうった女の子は、目をこすりながら体を起こした。
    「どうしたの?」
     隣で眠っていた少女が音に気付いて顔を上げた。
    「おトイレ……」
     答えながらふらふらと歩き出した少女の体が壁にぶつかる。そんな様子を見ていた少女はため息を吐いた。
     布団から身を起こすと女の子の小さな手を握る。
    「一緒にいってあげるから……」
    「ありがとぉ……」
     トイレには行きたいようだが眠気も健在のようで、女の子は今にでも寝てしまいそうだ。
    「ほら、しっかりして」
     最近妹がおもらしを恥ずかしがって、一生懸命しないようにしているのがわかっているだけに、少女は何としてもトイレまで連れて行こうとする。よたよたと歩く女の子を半ば引きずるようにしてトイレの前に到着した。
    「ひとりでできるよね?」
     こくんと頷いた女の子が、少女の開けた扉の中に消える。トイレの前で待ちながら少女は自分の体を抱きしめた。
     だいぶ冷え込んできている。何気なく窓に目を向けた少女は瞬きしていた。何か影が窓の外を通り過ぎた。
     思わず少女は首を傾げた。ここは二階なのだ。
     そして次の瞬間には、黒いものが飛び込んできた。窓ガラスが割れる音と同時に少女は廊下に倒れていた。
     体から流れでる液体が、大量に溢れていく。突然の音に、はっきりと目を覚ました女の子が少女を呼ぶ。
     しかしその声もすぐに悲鳴となり、途切れて消えた。階下では、同じように悲鳴を上げた両親が無残に殺されていた。
     突然の来訪者は、さらなる獲物を狙って闇夜に飛び出していく。空に浮かんだ十二の影が、素早いスピードで消えていった。

    ●惨殺を防げ!
    「みんなにタトゥーバットの襲撃を阻止してもらいたいんだ!」
     真剣な表情で灼滅者(スレイヤー)たちを見渡した須藤・まりん(高校生エクスブレイン・dn0003)が詳細を説明しようとする。ダークネスの持つバベルの鎖の力による予知をかいくぐるには、彼女たちエクスブレインの未来予測が必要になる。
     多くの灼滅者たちが調べてくれていたタトゥーバット事件に動きがあったのだ。三重県津市の洋館のひとつが、タトゥーバットの主人であるヴァンパイアの拠点となってしまった。
     そこからタトゥーバットを街に放ち、市内の人間を殺し尽くそうとしている。このままでは津市市民が全滅……ということにもなりかねない。
     そうさせないためにも、みんなには津市に向かってもらいたい。もちろん、この洋館に突入する作戦も同時に行うが、タトゥーバットが放たれるのは防ぐことはできないのだ。

    「一応、わかっていることを説明するね」
     手にしていた紙を捲りながら、まりんがタトゥーバットの詳細を口にしていく。タトゥーバットはコウモリの姿をした眷属だ。
     体の表面に描かれた眼球状の呪術文様により、魔力を強化されている。コウモリの姿をしているだけあって、空中を自由自在に飛翔する。
     そしてコウモリの特徴である超音波によって擬似的な呪文詠唱を行い、数々の魔法減少を引き起こせる。さらに体に描かれた呪術文様によって、直視した者を催眠状態に陥れる魔力も帯びているのだ。
    「ということで、タトゥーバットの数が多いうちは苦戦することになりそうだよ」
     資料を閉じたまりんが一息ついてから、改めてみんなを見る。どう素早く数を減らすかが重要になってくるようだ。
    「みんなに駆けつけてもらうのはここだよ」
     今度は津市の地図を広げたまりんが一箇所を指で示す。家の周りは閑散としていて、静かではあるが他に住宅は見当たらない。
    「注意してもらいたいのは、家に入られてしまったら確実に被害が出るってことなんだ」
     そのため、みんなにはタトゥーバットが家に入らないように戦ってもらう必要がある。また、戦いを仕掛けるタイミングは、タトゥーバットが家の周辺十メートル範囲に入ってからだ。
     それより早く攻撃を仕掛けると、家族は助かるが別のところで殺戮が繰り広げられていくことになる。目的はこの家族を救うことだが、ひとつでも多くの殺戮を止めるために十メートル範囲を守ってもらえたらと思う。
     タトゥーバットの数は全部で十二。最初のタトゥーバットが攻撃範囲に入ったら戦闘開始だ。

    「みんなの力でこの家族を守ってあげてね!」
     ひとつの家族を救うことで、津市市民全滅という未来を防ぐことができるのだ。


    参加者
    色射・緋頼(先を護るもの・d01617)
    桃野・実(水蓮鬼・d03786)
    クラウィス・カルブンクルス(依る辺無き咎の黒狗・d04879)
    森村・侑二郎(一人静・d08981)
    七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)
    唯空・ミユ(藍玉・d18796)
    沢渡・花恋(舞猫跋扈・d24182)
    鍵山・このは(天涯孤独のフォクシーウルフ・d32426)

    ■リプレイ

    ●闇夜
    「殺戮に殺戮を重ねる……ホント、悪趣味なヤツらにゃ」
     空に意識を集中させながら、沢渡・花恋(舞猫跋扈・d24182)の耳がぴくりと動く。そんな花恋のすぐそばには、金茶色で耳の毛が黒い獣がいる。
     色合いからすると狐……ではなく、狼の姿になった鍵山・このは(天涯孤独のフォクシーウルフ・d32426)だった。夜目が利く狼の瞳でじっと空を見て、微かな音でも見逃さないというように耳を傾ける。
    「そのとおりです」
     罪のない家族を襲うなんてヴァンパイアもタトゥーバットも許せないと、花恋に森村・侑二郎(一人静・d08981)が静かに頷く。どこか気だるげな様子の侑二郎のくせっ毛がふわりと揺れた。
    「もうすぐ時間でしょうか?」
     侑二郎の隣で、ぼんやりと空を見上げていた唯空・ミユ(藍玉・d18796)が首を傾げた。静まり返った場所で、囁くような灼滅者たちの声が消えていく。
    「現れれば自ずとわかるでしょう」
     丁寧でありながらも、クラウィス・カルブンクルス(依る辺無き咎の黒狗・d04879)の言葉はどこか距離を取るような響きが含まれているような感じがする。知人から借りたためか、少しサイズが大きい防具に包まれたクラウィスが再び空に意識を戻した。
     そんな時、このはがさっと立ち上がった。耳をピンと立ててじっと一点を見つめる。
     このはの様子に赤い瞳を細めた色射・緋頼(先を護るもの・d01617)がそっと七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)の手を握った。そして視線を鞠音に向ける。
    「鞠音、フォローは任せて」
     柔らかく笑った緋頼に鞠音が頷いた。
    「わかりました、前、全力で出ます」
     信じているというように、鞠音が親指を立てる。
    「来る……」
     穏やかな桃野・実(水蓮鬼・d03786)の声が呟くように告げた瞬間、このはが大きく吠えて一気に駆け出す。すぐに反応したミユがケミカルライトを取り出し、手早くばら撒いていく。
     駆けた狼が大きく跳躍するのと同時に、その姿が人に戻っていく。けれど片腕だけは半獣化させたまま、タトゥーバットの群れに突っ込んだ。
     鋭いその爪で、このはが前にいたタトゥーバットを引き裂く。
    「うわ、いっぱいなの……」
     着地したこのはがタトゥーバットの数に瞳を見開いた。そのうちにも、このはに攻撃されて止まったタトゥーパッドの横をすり抜けて家に近づこうとしている。
     激しい羽音を耳にしながら、ミユがどす黒い殺気を無尽蔵に放つ。その間に囲い込むような陣形を作っていた仲間も動き出した。
     まずは耐性をと、実が標識を黄色に変えて前にいる仲間に付与していく。そしてこのはが駆けた瞬間から音を遮断したクラウィスが、一気に飛び出した。
     炎を纏った蹴りでタトゥーバットを吹き飛ばす。地面に叩きつけられたタトゥーバットが奇妙な音を立てて、再び空へと浮かび上がる。
    「それでは、灼滅者の役目を果たしましょう」
     タトゥーバットの群れを前に、緋頼が呟いた。

    ●点灯
    「一匹たりとも逃がしませんよ!」
     囲いから抜け出ようとするタトゥーバットを、侑二郎が蹴り飛ばした。親に愛されなかった侑二郎には、幸せな家庭は眩しく見える。
     自分のものにはならなかった形がそこにある。けれど、だからこそ、絶対に守らなくてはと思うのだ。
     侑二郎のウイングキャット、わさびも囲いから外れようとするタトゥーバットを肉球で叩き牽制する。
    「この先へは絶対行かせない、俺たちが止めます」
     いつもはぼんやりしている侑二郎の瞳が、真っ直ぐタトゥーバットたちを見据えた。
    「カレン、ステージ・オン!」
     猫のような身軽な仕草で駆け出した花恋が力を解放させて飛びかかる。
    「ニャッハァ!」
     そのまま蹴りを決めて、勢いよくタトゥーバットを吹き飛ばした。
    「行き、ます」
     言葉と同時に、鞠音が飛び込む。そして高速回転させた杭で貫きねじ切った。
     空気を震わせたタトゥーバットがふらふらと落ちて、一体がその姿を消す。怒りの寄声を上げたタトゥーバットたちの様子が変わる。
     そして超音波が放たれた。前にいた灼滅者たちに、タトゥーパットたちが一斉に襲いかかる。
    「大丈夫です」
     すぐに立ち上がる力をもたらす響きを奏でながら、緋頼が仲間に声をかけた。実と霊犬のクロ助が攻撃を受けながらも緋瀬と共に回復する。
     回復されたクラウィスがシールドを出現させて、タトゥーバットに迫った。事件を起こした本体には関与できないが、このタトゥーバットたちは徹底的に潰さないといけない。
     そのままシールドで殴りつけたクラウィスが、間合いを取るために離れる。入れ替わるように、クラウィスがいた場所に滑り込んだのはミユだった。
     片腕を異形巨大化させて思い切り振り切る。強靭な力に殴られたタトゥーバットの体が吹き飛んで地面に転がった。
    「荒ぶる蒼炎よ……燃やし尽くすなの!」
     再び飛び上がる前に、このはが炎を叩きつける。炎で明るくなったタトゥーバットがゆらりと浮き上がるのと同時に、鞠音が飛び蹴りを決めた。
     身を翻そうとした鞠音に、超音波が襲いかかる。
    「わさびさん、頼みます」
     声をかけられたわさびが瞬時に鞠音の元へ向かう。その間に侑二郎が魔法弾を放ってタトゥーバットを攻撃する。
    「フーッ、シャー!」
     オーラを宿した花恋の手で繰り出される連撃が、容赦なくタトゥーバットに決まっていく。しかし他のタトゥーバットが再び超音波を放ってくる。
    「このまま続くのは危険です」
     攻撃する余裕が取れず、回復に専念する緋頼が微かに眉を寄せながら仲間の傷を癒す。クロ助やわさびも必死に回復に駆けている。
    「ともかく数を減らしましょう」
     作戦を変更することなく、ミユがふわりと飛び出す。剣を高速回転させた勢いを増しつつ、前にいるタトゥーバットたちを斬り刻む。
     合わせて飛び出したクラウィスが、再び炎の纏った蹴りで斬り刻まれたタトゥーバットにとどめをさした。

    ●減数
     タトゥーバットに戦線突破されないよう、一人一体ずつを警戒しながら各自撃破へと移行した。仲間の状態を気にしながら、自分が担当するタトゥーバットと対峙していた緋頼がはっと瞳を見開いた。
     攻撃を受けた鞠音の長い髪が空を舞った。
    「鞠音!」
     声を上げた緋頼が急いで指先に霊力を集めた。そして鞠音に向かって撃ち出し傷を癒していく。
     自分たちが一体ずつと決めていても、そんなことはタトゥーバットには関係ない。攻撃力の高い鞠音に自然と攻撃が集まってしまう。
     そんな様子に実が再び標識を青に変える。
    「こっちにこーい」
     一気に放った光線が中列にいるタトゥーバットたちに降り注ぐ。冷静に状況を判断したクラウィスも、再びシールドを出現させて殴りつける。
     少しでも引きつけようとする中、侑二郎が霊的因子を強制停止させる結界を構築していく。
    「易々と通すもんか!」
     高く飛び上がろうとしたタトゥーバットに花恋が伸ばしたウロボロスブレイドを巻きつけ斬り裂いた。このはも自分が対峙するタトゥーバットに向かって地面を蹴る。
     ふわりと跳躍して、さらに空中でもう一度ジャンプする。
    「落ちるの!」
     とのまま突撃したこのはが死の中心点を貫きながら地面に叩きつけた。タトゥーバットへの攻撃が加算していくのと同時に、自分たちもじわじわと追い詰められる。
    「……!」
     襲った超音波にミユが息を飲む。けれどそのまま一気に駆け出した。
     素早い動きでかく乱させながら隙を見つけて飛び出す。死角から現れたミユにタトゥーバットの体が急いで上昇しようとするが、その時にはもう刃が振るわれていた。
     ミユに斬り裂かれたタトゥーバットがバランスを崩して不自然な飛び方をするが、すぐに立て直してミユに襲いかかる。気づいたわさびが回復しながらも、任せられたタトゥーバットを注視する。
    「雪風が、敵だと言っている」
     回復してもらい、息を吐いた鞠音がつぶやくのと同時にジェット噴射で飛び込んだ。的確に死の中心点をとらえた鞠音が、その体を貫いていく。
     音にならない叫び声を上げるように、震えたタトゥーバットが地面に落ちて消える。数を減らした鞠音が、緋頼が対峙するタトゥーバットを見た。
     一体ずつ対峙することで家への侵入と逃亡は防げているが、数を減らすことに苦戦するのだった。

    ●終戦
     長い戦いに、呼吸するたびに灼滅者たちの肩が上下する。怒りをばら蒔くことで自らに攻撃を集めてきた実の体がふらりと倒れそうになった。
     表情が変わらないせいか、余裕そうに見えていた実だが積み重ねられた攻撃が体に響いてくる。何とか足に力を入れて踏みとどまり、剣に刻まれた祝福の言葉を風に変えた。
     ふわりと巻き上がる風が実の前髪を撫で、仲間ごと傷を癒していく。その間にクラウィスが一体にとどめをさした。
     入り乱れて戦う状態で、ミユが声を上げた。
    「あと三体です」
     残りの三体も攻撃され続けていただけあって、飛び方に違和感を感じくらいに弱ってきている。このまま一気に決めようと緋頼が飛び出した。
     殴りつけながら網状の霊力を放射しようとして鞠音を見る。その視線に気づいた鞠音が身を低くして跳躍する。
     それに合わせて、緋頼が拳を振り切った。勢いで空中に浮き上がったタトゥーバットの口にバスターライフル、雪風・陰を突っ込み引き金を引きながら思い切り蹴飛ばす。
     衝撃に地面に叩きつけられたタトゥーバットが大きく震えて姿を消した。
    「ぶい、です」
     鞠音がVサインを出すと、緋頼もVサインを返した。
    「行くよこのは! スタートダッシュOK?」
     そんな仲間の姿に、花恋が自分たちも決めようとこのはに声をかける。
    「大丈夫なの……! 任せて!」
     花恋とならどんな怖いことだって一緒に乗り越えられると、このはが頷きその手を伸ばす。その手を取った花恋がこのはを抱え上げて勢いよく投げ上げた。
     そして自らもウロボロスブレイドを伸ばして、タトゥーバットを掴む。花恋に捕まえられたタトゥーバットに向かって、上段で構えた刀をこのはが真っ直ぐに素早く振り下ろした。
     重力の重みと刃の鋭さがタトゥーバットを斬り裂き分断させる。綺麗に割れた体は地面に落ちる前に消滅していた。
     最後の一体と飛び出したミユが再び死角から飛び出しタトゥーバットを斬る。
    「森村先輩、お願いします」
     逃げるように羽ばたくタトゥーバットを見て、ミユが侑二郎を見る。かわいい後輩の声に、すでに跳躍していた侑二郎がタトゥーバットに飛び蹴りを炸裂させていた。
    「ラスト頼みます」
     視界にクラウィスが映った侑二郎が声をかけながら着地する。
    「任されました」
     言いながら緋色のオーラ宿した武器で、タトゥーバットにとどめを刺した。どさっという音を立てて落ちたタトゥーバットの体が消えていく。
     かなりの時間を戦ったせいか、灼滅者たちが思い思いに脱力する中で実が周囲を警戒している。タトゥーバットの生き残りがいないか、予測されていなかった存在からの攻撃はないか……。
     不測の事態を心配して、注意に余念がない。
    「……よかった。助けられて」
     穏やかな微笑みを浮かべた侑二郎が、明かりが消え静まり返った家を見る。そして溺愛するわさびにもその笑みを向けた。
    「お疲れ様です」
     まだ戦っているであろう仲間のことを思いながら、緋頼が仲間に声をかける。
    「本当にお疲れ様でした」
     ほっと息をついたミユも声を返した。もう大丈夫だと判断してから、灼滅者たちが家から離れる。
     ふと空を見上げた実が首謀者がいるであろう方向を見る。いま何が起こっているかはわからないが、そこへ赴いた学園の人たちが心配で瞳を細めた。
    「……嫌な空だな」
     夜が明けない空はどこまでも黒く、輝く小さな星でさえも飲み込んでしまいそうに見えた。

    作者:奏蛍 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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