子爵襲来~死招く飛鼠の道を断て

    作者:宮下さつき


     内装や調度品を見る限りでは、品の良い館であった。今や見る影も無い。
    「る……瑠架ちゃん僕の瑠架ちゃん。君のために、僕はここまで来たよ。さぁ、瑠架ちゃんの為に、この街の人間を全て、血祭りにあげるんだ。そうすれば、瑠架ちゃんは、僕に会いに来てくれる。あぁ、瑠架ちゃん……。しばらく見ないうちに、きっと成長しているよね。あぁ、その成長を今すぐ目に焼き付けたい、撫でて触って確かめたい、あぁ、瑠架ちゃん」
     美しかった絨毯に、また一つ染みが出来た。人――四肢が無いが、恐らくは太った男――の吐き出した粘液が、ビチャリビチャリと汚らしい音を立てて跳ねる。
     やがて液体は意思を持つように蠢き、蝙蝠を模った。
    「さぁ、僕のタトゥーバットよ、この街の人間を全て殺しつくせ! 邪魔する奴がいるなら、誰でも構わない、すぐに殺してしまうんだ」

     洋館から飛び立った蝙蝠の一団が、高度を下げた。列を成し、飛び込んだトンネルの先は、市街地。
    「うわああああ?!」
     フロントガラスを覆う程の蝙蝠に視界を遮られ、ハンドルを切り損なった車がトンネルの脇に突っ込んだ。運転席のひしゃげ具合からして、運転手は無事ではあるまい。
     気にも留めず、蝙蝠は飛翔を続ける。彼らの進路にあるのは、住人の寝静まった民家であった。
     

    「中国では蝙蝠は幸運をもたらすって言われてるみたいだけどね」
     余程嫌な光景が見えたのだろうか。ごしごしと水晶球を拭いながら、遥神・鳴歌(中学生エクスブレイン・dn0221)は表情を険しくする。
    「例の子爵が放ったタトゥーバットがもたらすのは、死だけだわ」
     ――ああ、あの。先日の事件の報告書を読んだ者なら、すぐに察する事が出来るだろう。この中に実際に討伐に赴いた者もいるかもしれない。
    「津市中心部の洋館を占拠して、そこから眷属を放ってるみたい。かなりの数で、同時に市内の複数個所で戦闘が起きる事になるわ。皆にも群れの一つを担当して貰うんだけど……数は、12」
     タトゥーバットの目的は、市内に住む人々の殺戮。手入れ用の布を持つ手に力がこもる。

    「場所は、この辺り。トンネルの手前か内部で迎撃して、トンネルを抜けるのを阻止して。トンネルの先が、住宅街なの。ただ、邪魔者の排除を最優先に指示されているみたいだから、一般人の殺戮より皆との戦闘を優先するようね。時間帯も夜中だから車通りが滅多に無いし、ESPとかで人払いして貰えれば迂回するだろうから周りを気にせず戦えるわ」
     広げた地図を指し示し、鳴歌は集まった灼滅者一人一人の顔を見渡した。力強い彼らの視線に、彼女の表情も幾分か和らぐ。
    「ダンピールのサイキックに似た効果の技を使うけど、催眠状態に陥らせる超音波は列攻撃ね。それに甲高い鳴き声を聞くと体が麻痺するの。隊列は……迎撃する位置によって変わるわ。トンネルの外で迎え撃てば、半数が飛行、残りは各ポジションにばらける。トンネル内だと高く飛べないから、前衛と中衛に半々で分かれるわ」
     遠距離攻撃が得意な人が多ければ外を飛び回る蝙蝠を撃ち落とせば良いし、序盤で列攻撃の威力が減衰する事を承知の上で敵の行動範囲を狭めても良い。どちらにせよ、早く敵の数を減らすに越した事はなさそうだが。

    「子爵の送り込んだ眷属の数が今までより多いのは、きっと、これなら邪魔が入っても排除出来る数だと踏んだから。大変だと思うけど、このままだと大勢の一般人が殺されちゃうの」
     皆にしか救えないから。そう言って、祈るように頭を下げた。


    参加者
    待宵・露香(野分の過ぎて・d04960)
    神凪・燐(伊邪那美・d06868)
    黒岩・りんご(凛と咲く姫神・d13538)
    魅咲・狭霧(中学生神薙使い・d23911)
    天原・京香(信じるものを守る少女・d24476)
    月影・瑠羽奈(蒼炎照らす月明かり・d29011)
    苔石・京一(こけし的な紳士・d32312)
    癒月・空煌(医者を志す幼き子供・d33265)

    ■リプレイ

    ●迫る災厄
     ただ、静かだった。深夜とはいえ車一台、人一人通らず、漂う寂寂たる空気に、町に自分達しか居ないような気さえしてくる。実際には学園の多くの仲間達が潜み、これから至る所が戦場と化すのだが。
     それというのも、癒月・空煌(医者を志す幼き子供・d33265)が語る百物語の影響だった。唯一この場を騒がしくしているのは、生者の耳には届かない、雑霊の声くらいだろう。
    「これは、人を殺して回る死神のお話。手段を問わず、確実に魂を回収します」
     声変わりしていないどころか、少年にしては少し高いトーンの声からは想像出来ないような、重苦しい物語であった。
     隣で装備の見直しをしていた天原・京香(信じるものを守る少女・d24476)がふるりと震わせた肩に、黒岩・りんご(凛と咲く姫神・d13538)の腕が回される。
    「あら、怪談話が怖いのでしょうか」
    「違っ、ちょっと風が冷たかっただけで」
     言い訳ではない。事実、辺りは冷え込み、秋も深まってきたのだと実感させられる気温だ。トンネルを吹き抜ける風は、いやに冷たい。
    「……暗いトンネルは、辛く苦しいときに似ていますね」
     ぽつり。灼滅者達の背後に鎮座するトンネルを見つめるコケシ――ではない、苔石・京一(こけし的な紳士・d32312)が呟いた。人為的に生み出された灼滅者が多く通う学園では、彼の容貌など気にする者は居ないようだ。尤も、彼の場合はわざわざ被り物をしているようだが。
    「でも、この街の人々をそのような未来に向かわせはしません」
     表情を見る事は適わない。だが、発せられた声は力強かった。
     彼の言葉に頷いたのは、神凪・燐(伊邪那美・d06868)。
    「上に立つものは弱者を護る義務がある。自己保身に走った権力者は――」
     子爵への嫌悪感も露わに、柳眉を逆立て、空を見据える。家督として相応しい矜持が、確かに彼女にはあった。
    「魔王と呼ばれるりんごお姉様のお手並み拝見と行きましょう?」
     からかうように月影・瑠羽奈(蒼炎照らす月明かり・d29011)がころころと笑えば、りんごは京香の抗議も意に介さず、肩を抱く手に力を込め、
    「魔王のお手並みというと、京香さんを落とせばいいのかしら?」
     そのふくよかな胸に押し付けるように、彼女を抱き締める。
    「味方を崖に落としてはいけませんし、落とす崖もありませんよ? それに、ほら」
     遊んでる暇は無いと、瑠羽奈が指し示した先。夜空よりもなお黒い災厄が、空を覆い始めていた。

    ●飛鼠、闇夜に舞う
     一つの群れが、下降を始めた。魅咲・狭霧(中学生神薙使い・d23911)の武器を持つ手に力がこもる。
    (「みなさんの足を引っ張らないように、みなさんのダメージを癒せるように……」)
     ふと後ろを見やれば、トンネルの遥か彼方に小さな灯り――人の住まう証が見えた。一般人を不安にさせまいと、戦場の音を遮断する。
     ただの黒い靄のように見えていたものが、蝙蝠の姿かたちが視認出来る程度まで近付いた時、街灯の上に立っていた待宵・露香(野分の過ぎて・d04960)が声を張り上げた。
    「夜闇に紛れて戦う術のない人々を狙う吸血鬼の手下たち! たとえ月影に隠れようとも、あなたたちの悪事はわたしが見逃さ……」
     マテリアルロッドを突き付けると同時に、つるりと足を滑らせる。
     タトゥーバットは進路に現れた8名を灼滅者と認識しているのか、それとも虐殺対象の人間と思ったか。どちらにせよ、殺すべき相手が隙を見せたのだから、襲わないわけがない。
     一匹が落ちるようなスピードで、バランスを崩した露香に向かった。彼女は牙を突き立てられる直前に体を捻り、マテリアルロッドで殴りつける。
     目の前に居る者達は、敵。主の言っていた『邪魔者』だと理解したのだろう。
     ギィイイイイッ!
     一匹が鳴いたのを皮切りに、次々と鳴き声が上がる。つんざくような、という形容がぬるい程の、音の暴力。
     空気を伝う振動の前に、真っ先に燐は飛び出した。素早く敵数を減らす為にも、攻撃の要となるクラッシャーを失うわけにいかない。強い痺れに剣を取り落としそうになるも、意地で振り抜いた。
     すぐに狭霧が標識を黄色に変え、仲間へと力を与える。手数で劣る以上、仲間の行動不能は恐ろしい。
    「苔石の拳を味わって頂きましょう」
     燐に片翼を裂かれた蝙蝠が飛び上ろうとするが、すぐに地面へと叩き付けられる。帯電。覆面に覆われた京一の目が、光ったような気がした。
    「まずはそちらからです」
    「蝙蝠さんが、ぞろぞろと……、その行軍、此処で止めるとしましょう!」
     凝縮された魔力が矢を形作り、撃ち出された。りんごの狙いは、後方。後を追うように瑠羽奈の重々しい殺気が、眷属を包み込む。
    「さて、今宵の死神が回収する魂はですね、――」
     語り終えた空煌が、とどめとばかりに地に伏した蝙蝠へ指輪を向けるが、濃霧で体を覆い隠しながら、宙へと羽ばたいた。む、と口を尖らせ、制約の弾丸を撃ち込む。
    「……初手くらいは、標的を統一したかったわね。だけど」
     咆哮を上げるように、轟音と共に京香のガトリングが火を噴いた。
    「ここから先は、通しはしないわよ」

    ●飛鼠、闇夜を裂く
     燐の神霊剣が、翼を切り落とした。地に落ちるより早く、狭霧の射出した帯が、その体の中心を貫く。
    「まずは、1体……」
    「次は、メディックです!」
     群れの中に飛び込み、京一は叫んだ。庇う者が居なくなった今なら、後方を狙うのも難しくはない。
    「こけし的吐息(コケシック・ブリーズ)!」
     吐き出された冷たい炎が、燃え広がる。だが、表皮を焼くに留まり、凍てつかせる事が出来ない。蝙蝠達が、翼を大きく広げた。
     衝撃波。前衛を人の可聴域では聞き取れない音が二重、三重と苛み、視界が揺らぐ。
    「くっ……、――!」
     苦し紛れに放った露香の氷の魔法は、京一をも巻き込んだ。
    「催眠……!」
     即座に空煌が天使に纏わる物語を語り、浄化を試みる。催眠から覚めた事に安堵し、りんごは存分に風の刃を放った。回復の隙を与えず、京香のカービンが頭部を吹き飛ばし、瑠羽奈の生み出した竜巻が荒れ狂う。
     風が止むとほぼ同時に、一匹が瑠羽奈目掛けて牙を剥いた。割り込んだ燐の血が、アスファルトに染みを作る。
    「子爵の野望なぞ、打ち砕いて見せましょう」
     抉られている痛みすら厭わず、自身の腹に噛みついている蝙蝠へと、剣を振り下ろす。
    「今度は、外さないわ」
     燐の剣に串刺しにされた蝙蝠に、追い討ちを掛けるように露香が槍を突き立てた。数度の痙攣の後、動きを止める。
    「頑張って、ください」
     わたしも頑張ってみなさんのダメージを治し続けますから、と。噛み千切られた傷を塞ぎ、狭霧のダイダロスベルトが鎧の如く巻き付いてゆく。
     キイ、キイイ。
     けたたましい鳴き声が上がった。先程よりも威力の増した攻撃から仲間を守りながら、京一は祭壇を展開する。
    「強化が厄介ですわね」
     着物の片袖を抜き、りんごは異形化させた腕を振り下ろした。地面に叩き付け、そのまま押し潰そうと力を込めた腕に、別の蝙蝠が喰らいつく。
    「お姉様を離しなさい!」
     蒼銀の十字架砲は正確に蝙蝠を捉え、中空へと弾き飛ばした。そこに京香の連射が命中し、火の手が上がる。空煌の影が伸び、燃え盛る炎ごと両断した。
     群れの中衛を包む霧を振り払うように、燐は非物質化させた剣で薙いだ。直後、背後に風切り音。滑り落ちるように飛んできた蝙蝠の牙を真紅の縛霊手を掲げて防ぐも、地面すれすれを飛ぶ別の一体が、牙を剥く。
     割って入った京一の脚から、鮮血が散った。
    「遺憾でしょうが、あなた方の道はここが終着点です」
     痛みのある足で踏み込み、雷を帯びた拳でしたたか打ち据えた。狭霧の清めの風に、空煌の言霊に癒されて上を見上げれば、ようやく灼滅者の数が蝙蝠を上回った事に、安堵する。

    ●道の終わり
     再び、超音波。隊列の異なる回復手が居る事で、回復は上手く回っていたが、それでも解除しきれない状態異常を抱えた露香が、これ以上催眠に負けてなるものかと大きく息を吸った。
    「巨乳は滅べぇぇぇぇぇえええええ!!」
    「何と戦ってますの?! ……こ、これでトドメですわっ」
     もしや自分も敵視されているのだろうかと、一部の仲間が思ったのも無理はない。不穏なシャウトに戸惑いを見せつつも、りんごの抜いた刀が蝙蝠を切り捨てた。
     これで、残るはポジションによる恩恵の少ない、飛行する6体のみだ。その蝙蝠達も瑠羽奈の殺気に当てられ、悲鳴のような声を上げた。
     だが、窮鼠猫を噛むとはよく言ったもので。比較的中空から降りてくる事の無かった蝙蝠が、一斉に滑空した。敵の軌道を見極め、仲間を庇ったディフェンダー達の、血が繁吹く。
     ふいに、燐の傷が癒える。振り返ると、指先から霊力を放っていた京一の体が、ぐらりと傾いた。
    「傷は、大丈夫です……か」
     自身より仲間を優先した事に悔いは無いとばかりに、覆面の下で微笑んでから、膝を着く。
     畳みかけるように飛んできた蝙蝠を、赤い瞳が睨めつけた。燐の影がぶわりと膨らみ、巨大な蝙蝠を丸ごと飲み込むと、逃がす事なく押し潰す。
    「これ以上、誰も倒させません」
     狭霧が黄色の交通標識を掲げ、仲間へ加護を与えた。露香の氷の魔法が吹き荒れ、蝙蝠が羽ばたく度に、氷の軋む音がそこかしこから響く。
    「一匹残らず撃ち落としてやるわ!」
     鳴き声すら掻き消す爆音を立て、京香のガトリングの砲身が回転する。着弾と同時に蝙蝠を炎で包み、辺りを赤々と照らした。
    「ボクが治しますから……!」
     空煌が黒煙を燻らせて援護し、仲間を鼓舞する。
    「早い段階でメディックを倒して、正解でしたわね」
     状態異常を回復する手立てを持たず、既に蝙蝠達の疲弊は見て取れた。しゅるりと衣擦れの音が耳に届くが早いか、瑠羽奈の鮮やかな桜色の帯が、蝙蝠を裂く。
    「あと少し……、綺麗にお掃除してしまいましょう!」
     りんごの放った魔法の矢が背に刺さった蝙蝠は、標本のように地面に縫い留められ、そのまま動かなくなった。
    「街中の人間を皆殺しなんて過剰な愛情表現、許せるわけないじゃない」
     露香のレイザースラストは、逃げ回るように旋回する蝙蝠を正確に捉え、呪術紋様の浮かぶ翼に風穴を開ける。再生する力も残されていなかったのか、トンネルの壁にぶつかり、霧散する。
    「本当に、今回の『子爵』は、自分勝手にも程がありますね」
     唾棄すべき輩だ、と。不快感を隠す様子もなく、燐も最後の1体に聖布を伸ばし、真正面から小さな額をかち割った。

    ●いつもの夜
    「救急箱を持ってきましたので、治療しますです」
    「すみません、お手数お掛けします」
     救急用品を手に、空煌が京一の隣に腰掛けた。重傷には至らず、ほっと胸を撫で下ろす。
    「では続きしましょうか?」
    「ちょっと、どんだけ元気なのよ」
     腰に手を回し、抱き寄せたりんごに、京香が眉間に皺を寄せた。文句を言いつつも、邪険に突き放す事はしない辺りに、仲の良さが伺える。
    「お姉様方、あまりオイタをなさるとお兄様やご義弟様が心配なさいますよ?」
     帰ろうと瑠羽奈に促され、その場を後にする。
    「他の場所へ救援に向かいたい所ですが……」
     不安そうに町の中央を見つめる狭霧の背を、露香が押した。
    「大丈夫。今頃、館に向かった人達が、相手の気持ちを考えない求愛は嫌われるって教えてあげてるんじゃないかしら」
     同じように、燐も小さく口の端を上げる。
    「ええ。自己保身に走った権力者は滅ぶのが定めですから」
     二人の言葉に、狭霧はこくりと頷き、祈った。
    (「他の場所で戦っているみなさんも、無事でいますように」)

    作者:宮下さつき 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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