子爵襲来~子爵邸内部・地下の戦い

     三重県津市の中心部。
     その洋館に、死体が転がっている。いずれも破損がひどく、性別すらわからぬ程。
    「る……瑠架ちゃん僕の瑠架ちゃん。君のために、僕はここまで来たよ。さぁ、瑠架ちゃんの為に、この街の人間を全て、血祭りにあげるんだ。そうすれば、瑠架ちゃんは、僕に会いに来てくれる」
     殺害した張本人……車イスに座したその男に、四肢はない。
     だがこれはサイキックアブソーバーの影響を逃れるため。愛しいあの子に会うためなら『必要経費』に過ぎない。
     感情の昂ぶりのままに、男は大量の粘液を吐き出した。それは瞬時にコウモリのごとき姿となり、庭を埋め尽す。
    「さぁ、僕のタトゥーバットよ、この街の人間を全て殺しつくせ! 邪魔する奴がいるなら、だれでも構わない、すぐに殺してしまうんだ」
     一斉に飛び立つコウモリたちの中、およそ100匹ほどがその場にとどまっていた。
     洋館を、守るように。

    「三重県の津市で、動きがあったらしい。例の、タトゥーバットの主人である子爵のな」
     初雪崎・杏(高校生エクスブレイン・dn0225)から招集があったのは、突然の事だった。
    「タトゥーバット事件に関して、たくさんの灼滅者が調査してくれたのが実を結んだ、と言ってもいいな」
     洋館の一つが子爵の拠点となり、そこから津市全域にタトゥーバットが放たれるという。市内の人間全てを殺し尽くすために。
    「市民を守るため、皆には津市に向かってもらっている。そして君たちには、子爵がいる洋館への突入作戦……その支援をお願いしたいのだ」
     だが洋館には、護衛のタトゥーバットが多く残っている。大きな音や戦闘が起こると、すぐそちらに集まってくるようだ。
    「この習性を利用して、タトゥーバットを呼び寄せ、灼滅して欲しい。子爵討伐班が無事、子爵のもとにたどり着けるように」

     この班が担当するのは、屋敷の地下に控えているタトゥーバットの相手だ。
     その数は、全部で42体。
     地下へ続く階段で戦闘することで、一度に戦う敵の数を8体にまで減らせる。
     だが、倒した分だけ増援が来るため、42体全てを倒すまで戦闘は終わらない。
    「つまり、敵が8体以下になるまで、常に8体を相手にしなければならないわけだな、厳しい戦いだ……」
     なお、他のタトゥーバット討伐班の戦況次第では、助けが来る可能性がないわけではない、と付け足す杏。
    「タトゥーバットは、全身に描かれた眼球状の『呪術紋様』により魔力を強化された、コウモリ型の眷属だ」
     呪術紋様は、直視した者を催眠状態に陥れる魔力を帯びている。
     また、特殊な超音波によって擬似的な呪文詠唱を行い、魔法現象を引き起こす。

    「きつい戦いであることは承知の上だが、引き受けてはくれないだろうか。市民を守るためにも」
     そう頼む杏の表情は、もどかしさに満ちていた。情報を伝える事しかできない自分への。



    参加者
    因幡・亜理栖(おぼろげな御伽噺・d00497)
    白鐘・睡蓮(荒炎炎狼・d01628)
    羽守・藤乃(黄昏草・d03430)
    海藤・俊輔(べひもす・d07111)
    赤松・鶉(蒼き猛禽・d11006)
    浦原・嫉美(リア充爆破魔法使い・d17149)
    セレスティ・クリスフィード(闇を祓う白き刃・d17444)
    明鶴・一羽(朱に染めし鶴一羽・d25116)

    ■リプレイ

    ●全ては勝利のために
     庭のタトゥーバットを外周チームに任せ、屋敷に突入する一行。
     目指すは地下。闇に巣食う眷属を、駆逐するため。
     先頭を行く白鐘・睡蓮(荒炎炎狼・d01628)が、他チームとの連絡用の無線機を確認する。
    「できれば、吉報のために使いたいところだが、な」
    「特に今回は持久戦だしね……でも、僕の体力の限界を見せてやる!」
     決意を胸に、因幡・亜理栖(おぼろげな御伽噺・d00497)が、無人の廊下を駆け抜ける。
     一行が階段の踊り場にたどり着いた時、物音を聞きつけたタトゥーバットたちが、現れる。
     視界内にいるのは、こちらと同数。しかし、その背後に輝く瞳の数は、その数倍だった。
    「まったく、妬ましいくらい数が多いわね! でもね、数の暴力なんて、知恵と勇気と嫉妬で補うのよ!」
     敵として不足はないとばかり、浦原・嫉美(リア充爆破魔法使い・d17149)が言い放つ。
    「まあ、任された以上はきっちり殲滅しておきたいよねー」
    「厳しい状況ですけど、頑張りましょう! 私もやります、私にできる限りのことを!」
     海藤・俊輔(べひもす・d07111)やセレスティ・クリスフィード(闇を祓う白き刃・d17444)も、覚悟はとうに決まっている。
    「撃ち漏らせば、他への悪影響は必至。可能な限り殲滅を。『お出でなさい、鈴媛』」
     羽守・藤乃(黄昏草・d03430)の手に大鎌が顕現し、
    「さあ、地下で蝙蝠たちとのスペシャルマッチ開始ですね!」
     赤松・鶉(蒼き猛禽・d11006)が、リングコスチュームの如き衣装をまとう。
    「本命の前の露払いとは言え、重要な役割。しっかり殲滅するとしましょうか。……『さぁ、鮮血の結末を』」
     そして、眼鏡を外した明鶴・一羽(朱に染めし鶴一羽・d25116)の長身を、鎧が覆っていく。
    「我々が貴様らを粉砕する。覚悟せよ」
     鋭い口調に変わった一羽が、床を踏みしめる。
     コウモリ特有の、不規則な軌道で飛びかかって来る、敵の群れ。
     対する睡蓮と一羽が、縛霊手の祭壇機構を展開。連続して発動した結界が、タトゥーバットを痛みと痺れの二重奏で包み込む。
     結界を突破したバットの顔面には、ウイングキャットの瞋怒のパンチが炸裂。
     さらに、よろめき高度が下がった隙に、霊犬・スクトゥムの斬魔刀が切り上げる。
     すると、他のタトゥーバット達が、申し合わせたように羽ばたいた。
     生み出された超音波が、灼滅者達の聴覚に干渉し、苦痛を叩き込んでくる。
     さらに、2匹のタトゥーバットの呪術紋様が起動。体内に収束させた魔力を、ビームのように口から射出した。
     初撃こそ受けたものの、もう一発をかわした俊輔が、壁を蹴って接敵。
     刹那の攻防の後、ジャンピングアッパーでバットを天井に叩きつけた。
    「へへっ、一丁上がりー」

    ●死闘
    「いきます……!」
     セレスティの周りの空気が歪んだ。
     清楚さとは裏腹の殺気が、圧力となり、バットたちに押し付けられる。
     その間に、鶉がクロスグレイブを敵にロックオン。
     聖歌に続いて放たれる、幾筋もの光弾。逃げるバットの軌道を追うように、次々貫いていく。
     そこに加わる追撃。
    「エンヴィーなほどに逃がさない一撃よ!」
     嫉美の射出したダイダロスベルトが、1匹の羽を切り飛ばしたのだ。
     落下する同族を押しのけ、バットが翼を広げた。描かれた瞳を見せつけるように。
    「催眠の力……ですがこの程度、なんということはありません」
     意識を手放すまいと歯を食いしばり、藤乃が『咎鳴る鈴』……縛霊手に炎をまとわせた。
     黒の群れに飛び込むと、ひるむバットを、緋色の拳撃で殴り飛ばす。
    「今です!」
    「任せて!」
     錐もみするバットへ向け、亜理栖の指輪が妖しく輝く。石化の力を浴び、翼を硬化させたまま、階段を転げ落ちていく。
    「ほら、凍て付くほどのジェラシーを喰らうのよ!」
     バットの骸を踏み越え、嫉美が突き出した槍が、新たに1匹を氷の中に閉じ込める。
     止まらぬ仲間たちの攻勢を、守り手、そして癒し手として一羽が支える。
     地下チームの作戦はこうだ。交戦しているバットの半数を弱体化させたまま、戦場に残す。
     敵の攻撃力を全体として低下させ、有利に戦いを展開する算段である。
     その策もあってか、テンポのよい戦いぶりで、撃破したバットの数はほどなく10に達した。
    「この調子なら、思ったより楽に倒せちゃいそうだなー」
     天井さえ足場にしつつ、俊輔が八重歯をのぞかせる。事実、攻撃を繰り出すたび、俊輔の技はキレと威力を増すばかりだ。
     だが、いかにタトゥーバットの自由を奪ったとて、完全に無力化することは難しい。
     しかも敵は、倒しても倒しても、次々とわいてくる。その様子はあたかも、不死の軍団。
     一方の灼滅者たちの体には、疲労と傷が蓄積していく。
    「これで18匹目……!」
     そして、鶉のアッパーがバットを粉砕した時だった。
     敵の魔力砲を『獣爪裂吼』のオーラで引き裂く俊輔を、背後から邪眼の力が襲った。
    「うあっ!」
    「海道さん!」
     鶉が駆け寄る間もなく、からん、と槍が転がる。
     前線で戦い続けた俊輔の体には、誰よりダメージが蓄積していたのだ……!
    「7対8か……だが、私たちにはサーヴァントもついている。まだまだ退くには早い!」
     睡蓮が皆を鼓舞すると、セレスティとともに、仲間の回復に奔走するのだった。

    ●終わりなき戦い
     ガシャーン!
     突然の破砕音は、階段にまで響いた。
     亜理栖が、仲間たちと顔を見合わせる。どうやら、屋敷の窓が割れた音のようだ。
    「外のタトゥーバットが、屋敷内に入ったのでしょうか? それとも……」
     速いテンポで癒しのメロディを奏でるセレスティが、不安をのぞかせる。回復役とはいえ、攻撃に加われない現状に歯がゆさを覚える。
     だが、幸か不幸か、地下へ増援が現れる気配はなかった。
    「他のチームの戦況が悪化していないといいのですが……」
     藤乃の影に四肢を締め付けられたバットが、塵に帰る。
     先ほどの音がしてから、既に5体ほど数を減らしていた。だが、依然として、敵の勢いは変わらない。
    「く、一旦下がらせてもらおう……」
     痛む腕を押さえつつ、睡蓮が後退する。後方の瞋怒と交代するために。
     しかし、この乱戦状態では、それは大きな隙となった。
     耳障りな鳴き声とともに、睡蓮に殺到するタトゥーバット。
    「白鐘先輩!」
     藤乃がとっさに影を向かわせようとするものの、バットの魔力砲が行く手を遮る。
     嫉美がようやくバットを追い払った時には、睡蓮は既に倒れ伏していた。
    「そんな……」
     一同が戸惑う中、無線機から声が響く。
    「こちら外周チーム、応答願いますっ!」
     切迫した口調。状況に変化があったらしい。
     だが今の一羽たちには、応える時間すら惜しかった。
     それだけでなく、子爵の部屋に向かった足止めチームからの応答もない。
     緋色さんたちが無事だといいのですが……鶉の脳裏を、知人の顔がよぎる。
     敵の数は、確実に減っている。しかし、そのペースは当初より大きく減速していた。
    「体力に自信はないけど、いろんな人の命がかかっているなら、疲労なんて大したこと……!」
     向かってくるバットへ、亜理栖が斬艦刀を突き立てた。刀身を媒介に、タトゥーバットの生命力を奪取する。
     そして、バットを3体ほど葬った頃だった……慌ただしい足音が聞こえてきたのは。
    「あっ、嫉美さん……皆様、援護致します!」
     駆け付けてきた外周チームが、こちらに声をかける。
     その中に、クラブ仲間のウェアの姿を認め、思わず嫉美の口元が緩む。
    「そちらは無事だったようだな。援護の申し出、感謝する」
     回復の手を休めることなく、答える一羽。
     俊輔ら2名を欠いた今、援軍は願ってもない。
     だが、先ほどの音以降、タトゥーバットの増援はない。もしバットが屋敷に入ったのなら、子爵の部屋の方へ向かったと考えるのが妥当だろう。
     向こうのチームが挟み撃ちでもされていたら……そう考えた地下チームの判断は、一致していた。
    「私達は大丈夫だから、先に向かったチームをお願い。ふふっ、安心して、まだまだ私の嫉妬の力は有り余っているわ!」
     嫉美が、友人たちに笑みを見せる。
    「なんというか子爵の人、不気味すぎだから、うっかり表に出てきたら、ちょっとイヤだしね」
     亜理栖も同様に、先を促す。
    「わかりました。私たちは更に先へ向かいましょう」
     ごくわずかな逡巡の後、外周チームは、子爵の部屋へと駆け出す。
    「私たちも負けられませんわね。もっとも、負けるつもりは微塵もありませんが」
     遠ざかる足音。再び闘志を燃やし、鶉が縛霊手を振りかざした。

    ●瓦解、その時
     どれほどの時間が経っただろうか。
     倒れた睡蓮に代わり、瞋怒が皆の盾として踏ん張る。
     セレスティも治療に専念するものの、防戦に傾いた状況を覆すことは難しかった。
    「くっ……もっといけると思ったんだけどな……」
     ばたん!
     踊り場まで戻ったところで、亜理栖が床にぶつかるように倒れこむ。
    「これで、3人倒れたか……」
    「明鶴先輩、私が前に出ます」
     疲労の色が濃い一羽に、藤乃が申し出る。
     位置取りの変更には、大きな危険をともなう。それでも、
    「もう見捨てたくはないのです……!」
     だが、タトゥーバットに、慈悲などあろうはずもない。
     禁呪砲の一斉射を受け、壁に叩きつけられる藤乃。もはや、立ち上がる力は残されていなかった。
    「撤退しよう……敵の数は減らしたが、このままでは、よくて相打ちだろう」
     一羽にとっても、それは苦渋の決断だった。
     だが、こちらの戦力は4人となり、2体のサーヴァントも疲弊している。異議を唱える者はなかった。
    「申し訳……ありません……」
    「気にしないでください。私たち灼滅者の戦いは、ここで終わりじゃないんですのよ?」
     うなだれる藤乃を励まし、肩を貸す鶉。
     無事な者が、傷ついた仲間を連れ、後退を試みる。
     だが、迫るタトゥーバットの数は変わらず、4人もの負傷者を背負った状態で、相手を押しとどめる余裕は、ない。
    「ここまで、なのかな……」
     ふとこぼれた亜理栖の絶望に、睡蓮が、ぎり、と歯を食いしばる。
    「……私の事はいい……いっそこの場に置いていけ……!」
    「ほら、タトゥーバットって音に反応するらしいから、黙ってれば案外助かるかもだしー……」
     俊輔も、笑顔を作ろうとする。だが、それが虚勢であることは、一目瞭然だった。
    「そんな、皆さんを置いていくなんてできません!」
     金髪を振り乱し、否定するセレスティ。
     押し問答を続ける間も、バットたちの攻撃の手は緩まない。
     仲間をかばう鶉に、浴びせられる超音波の嵐。
    「高位の六六六人衆の攻撃にも耐えたこの体です――このくらいっ……きゃぁぁっ!」
     藤乃に覆いかぶさるように、鶉までもがその場にくずおれる。
     そして陣形が完全に崩れたところへ、タトゥーバットが襲い掛かった。
     皆の視界が、黒一色で埋め尽くされる……!
     だが。
    「……?」
     死さえ覚悟し、閉じていた目を開けると、バットたちが動きを停止していた。
     1匹残らず、である。
    「一体何が……?」
    「理由はわからないけど、このチャンスを逃す手はないわ!」
     嫉美が、残った力を振り絞る。
     かろうじて動くことのできる一羽とセレスティも加わり、バットを次々と駆逐していく。
     今までの苦戦が嘘のような、あっけない決着だった。
    「これで最後でしょうか……?」
     セレスティは『月杖フィアーネ』を無線機に持ち替えると、他チームに撤退する旨を伝える。
     それから傷ついた仲間を連れ、屋敷を脱出する。
    「他のチームはどうなったかしら」
     さしもの嫉美も、疲れた声でつぶやく。
     しかし今は、1人の死者も出さずに済んだことに、安堵するしかなかった。

    作者:七尾マサムネ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月6日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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