子爵襲来~La Danse Macabre

    作者:御剣鋼

    ●La Tragedie
     三重県津市(つし)の中心部にある、洋館の一つ。
     その洋館は無数のゴミと死で満たされており、不気味なまでの静寂に満ちていて。
     その闇の中、車椅子に座した両手両足が無い男が、独り言に似た奇妙な呟きを、モゴモゴと洩らしていた。
    「る……瑠架ちゃん僕の瑠架ちゃん。君のために、僕はここまで来たよ。さぁ、瑠架ちゃんの為に、この街の人間を全て、血祭りにあげるんだ。そうすれば、瑠架ちゃんは、僕に会いに来てくれる。あぁ、瑠架ちゃん……。しばらく見ないうちに、きっと成長しているよね。あぁ、その成長を今すぐ目に焼き付けたい、撫でて触って確かめたい、あぁ、瑠架ちゃん」
     その刹那、男は突如『ウゲロロォォ!』と、大量の粘液を口から吐き出す。
     ゴミの間にぶちまけられた液体は、モゴモゴと蠢くと、タトゥーバットの大群へと姿を変えた。
    「さぁ、僕のタトゥーバットよ、この街の人間を全て殺しつくせ! 邪魔する奴がいるなら、誰でも構わない、すぐに殺してしまうんだ」
     男――子爵の言葉を受け、タトゥーバット達は洋館から一斉に飛び立つ。
     深夜の静寂に包み込まれた津市全域を、死と血で制圧するが為に……。

     そして、三重県津市のとある住宅街。
     深夜で家族が揃って寝静まった一件の家に、12体のタトゥーバットが舞い降りる。
     
    ●La Danse Macabre
    「タトゥーバット事件について、多くの灼滅者様が調査をして下さったおかげで、三重県の津市で動きがあることを掴めました」
     三重県津市の洋館の一つが、タトゥーバットの主人であるヴァンパイアの拠点となり、そこから、津市全域にタトゥーバットが放たれる。
     主人であるヴァンパイアの洋館に突入する作戦は別で行う手筈を取っているけれど、それでも、タトゥーバットを津市に放たれることは、防ぐことができないと告げる。
    「主人であるヴァンパイアと、タトゥーバットの目的は何なんだ?」
    「恐らく、津市市民の虐殺でございます」
     里中・清政(高校生エクスブレイン・dn0122)の言葉に、瞬時に空気が張り詰める。
     このままでは、津市の市民の殆どが、タトゥーバットになぶり殺されてしまうだろう。
    「その未来を防ぐためにも、皆様方には急ぎ津市に向かって、タトゥーバットの襲撃を阻止して頂きたいのです」
     幸い、このタトゥーバットは邪魔者が現れた場合、その排除を最優先に動く。
     灼滅者がタトゥーバットの邪魔をすれば、同時に市民を守ることも可能になるのだ。
    「皆様に掃討をお願いしたいタトゥーバットは12体。とある住宅街を血祭りにしようと、まずはこの家の庭に舞い降ります」
     執事エクスブレインは、バインダーから地図を取り出すと、手早く印を付ける。
     庭は広めだけど、交戦する時間が夜間。視界と足元は不安定になると付け加えた。
    「灯りがあった方が戦い易いでしょう。また、この家の住人は皆寝静まっておりますので、下手に起こしたりESPを使うよりも、速攻で敵を倒す事が一番の安全策でございます」
    「確かに、外に逃がしても、違うタトゥーバットの群に襲われる可能性が高いわね」
    「じゃあ、眠ったまま、平和な朝を迎えて貰おうっ!」

     ――交戦する時間帯は深夜。
     敵の編成は、前衛がクラッシャー2体、ディフェンダーが2体。
     中衛にジャマーが4体、後衛にメディック2体、スナイパーが2体の、計12体。
    「図鑑等でご存知の方もいらっしゃると思いますが、タトゥーバットは、コウモリの姿の眷属でございます」
     空中を自在に飛翔するタトゥーバットは、人間の可聴域を越えた超音波によって擬似的な呪文詠唱を行い、数々の魔法現象を引き起こす。
     また、その肉体に描かれた呪術紋様は、催眠状態に陥れる魔力を帯びているという。
    「使うサイキックは12体とも同じものでございますが、眷属とはいえ、数が多いうちは苦戦は免れないでしょう」
     ――多様な編成の大群を相手に、如何に素早く数を減らしていくか。
     その戦術が非常に重要になってくるのは、間違いない。
    「タトゥーバットは最後の1体まで逃走せず、執拗に戦闘を仕掛けてきます。眷属ですからといって、油断されませんように」
     戦況が不利に傾いた場合は無理はせず、撤退して欲しいと付け加える。
     逆に、余裕をもって灼滅できた場合、他班が打ち漏らしたタトゥーバットを掃討する状況も、あるかもしれない。

    「可能な限り多くのタトゥーバットを灼滅し、1人でも多くの市民を救って頂けますよう、お願い申し上げます」

     今宵、津市にて。
     灼滅者達と蝙蝠達の『死の舞踊』の幕が、開かれる。




    参加者
    タシュラフェル・メーベルナッハ(白茉莉昇華セリ・d00216)
    一之瀬・暦(電攻刹華・d02063)
    桐淵・荒蓮(タカアシガニ調教師・d10261)
    北沢・梨鈴(星の輝きを手に・d12681)
    伊庭・昴(天趣奈落・d18671)
    七瀬・悠里(トゥマーンクルィーサ・d23155)
    グラジュ・メユパール(暗闇照らす花・d23798)
    真波・悠(強くなりたいと頑張るココロ・d30523)

    ■リプレイ

    ●死の舞踏の幕開け
      ——深夜。
     惨劇の訪れを知らぬ住宅街は、穏やかな眠りに包まれている。
     その中の、とある一軒家の庭に足を忍ばせた8人の少年少女達は、灯りを落とし、物陰で静かに息を潜めていた。
    「みんなあちこちで、コウモリ達と戦ってるんだよねー……」
    「僕達の担当分は、確実に倒したいね」
     少年達が案じるのは、他班で戦う仲間のこと。
     真波・悠(強くなりたいと頑張るココロ・d30523)が、がんばろーと強く拳を握ると、素直なグラジュ・メユパール(暗闇照らす花・d23798)も強く頷いてみせた。
    「街の皆さんは、必ず守ってみせます」
     そして、何事もなく、何時も通りの朝が迎えられますように……。
     可愛らしいミニランタンと神秘的なランプを指先で撫でながら、北沢・梨鈴(星の輝きを手に・d12681)は呼吸を整える。
    「それにしても、人もダークネスも、周りを顧みなくなったオタクの末路って、あんなんなのかね?」
    「子爵、ねえ。まあ放ってはおけないわよね」
     桐淵・荒蓮(タカアシガニ調教師・d10261)の呟きに、気さくな返事を返したのは、タシュラフェル・メーベルナッハ(白茉莉昇華セリ・d00216)。
     その返事には気負うものはなかったけれど、作戦成功への意思は確かに感じられた。
    (「ストーカー趣味の奴がまぁ……迷惑な」)
     最善を尽くす心構えでいたのは、一之瀬・暦(電攻刹華・d02063)も同じだ。
     速攻で眷属達を叩いたとしても、ここから子爵の屋敷までは距離がある。
     ……ならば、今やれることを確実にこなしていくだけ。
    「目的も理解できるようなもんじゃ……っと、噂をすればって奴だな」
     七瀬・悠里(トゥマーンクルィーサ・d23155)の声に、皆の視線が空の一点に集まる。
     夜空には闇よりも濃い漆黒が広がっており、その中の一群がこちらに向かっていて……。
    「どうせ踊るのなら恋人と踊りたいけれどね」
     闇より舞い降りてくる12体のタトゥーバッドは、まるで死の舞い手のよう。
     伊庭・昴(天趣奈落・d18671)が「冗談は置いて」と、呟きに似た言葉を夜風に流した刹那、一斉に灯りが点灯する。
     闇夜に鮮明に咲く光に、眷属達は戸惑うように宙を飛び交い、一瞬だけ隊列が乱れた。
    「さて、お出ましだ。歓迎しようか?」
     視界が確保されるや否や、暦と昴、グラジュが飛び出し、荒蓮が戦場音を遮断する帳を降ろす。
     ——同時に。
     タシュラフェル、梨鈴、悠里、悠が、敵中列に向けて列攻撃を解き放った——!

    ●La Danse Macabre
    「一足早い冬のお届けよ、永遠に冬眠なさい」
     タシュラフェルが軽快に指を鳴らすと、絶対零度の魔法が戦場に吹き荒れる。
     狙うのは敵中列。それは彼女だけではない。
    「大人しくしててくださいね」
    「びりびりになってくれると嬉しいな!」
     奇襲からの先制攻撃という、絶好のチャンス!
     梨鈴と悠も霊的因子を強制停止させる結界を構築、敵ジャマー4体の動きを鈍らせた。
    「サクっと倒しちまおうぜ!」
     休む間もなくクロスブレイブの砲門を解放した悠里も、聖なる光線の乱射で薙ぎ払う。
     眷属達は未だ態勢を立てきれず、特に集中砲火を浴びたジャマー4体の消耗は激しい。
     そして、そのチャンスを逃す灼滅者達ではない。
    「まずアイツからだ」
     瞬時に敵の位置を把握した暦は、疲労困憊の1体に向けて鎖形状の影を伸ばす。
     ——まずは1体。
     影に両断された眷属を一瞥し、暦は心の中で撃破数を数え始める。
    「速攻で減らしていきたいね」
     奇襲に成功しても、敵が数で勝っているのは変わらない。
     片腕を半獣化させた昴も突き上げるように銀爪で引き裂かんとするけれど、クラッシャーの暦に比べて威力は浅く、致命傷には届かない。
     そして、態勢を整えた11体のタトゥーバッドによる反撃が、灼滅者達を襲った——!

    「やらせない……!」
     瞬時に身を捻ったグラジュが居た場所を、見えない魔力や衝撃波が蹂躙していく。
     幸い、敵ジャマーは麻痺で動けないか自己回復するかの2択中なので、実質攻撃に回ったのは、8体か。
    「大丈夫ですか?」
    「ありがとう、数が多いから気をつけないとなー……」
     その猛攻は、梨鈴を一瞬狼狽えさせてしまったほど、熾烈で。
     けれど、すぐに冷静さと落ち着きを取り戻した梨鈴は、催眠に捕らわれた悠を中心に、黄色の標識の加護を届ける。
     催眠対策に、味方の殆どが術式回避の防具で備えていたことも、只1人のメディックの負担を和らげていた。
    「家人を起こさないようにした配慮が、裏目に出てしまったか」
    「たくさんいるけど、まだ巻き返せるよ」
     味方の一斉攻撃のタイミングで、サウンドシャッターを展開していた荒蓮は、攻撃の流れに遅れをとっていて。
     初手を自己強化に費やしたグラジュも遅れを挽回しようと、荒蓮の結界に合わせて冷たい炎を解き放つ。
     既に満身創痍となっていた1体が塵と化す中、すれ違いざまに暦が3体目を、納刀状態から抜刀した昴が、4体目を斬り捨てた。
    「列攻撃も純粋な火力もバランス取れてる感じね」
     その様子を見届ける間もなく、タシュラフェルは列サイキックで最大の効果を狙わんと、既に攻撃目標を敵前列に狙い定めていて。
     再び絶対零度の魔法が吹き荒れる中、悠と悠里も続くように列攻撃を重ねていく。
    「今回のは輪をかけて酷いな……前言撤回するぜ」
     まるで、飢えた獣のように牙を剥けてくるタトゥーバッド達に、悠里は眉を寄せる。
     ——残り8体。
     ようやく、普段受ける依頼と同じような状況になった。
     ただ、それだけのことが、とても長く感じられた。

    ●La bataille royal
     一番大きな山場を脱したといっても、決して油断はできない。
     敵も味方も目まぐるしく動く状況の中、先行して列攻撃と氷BSでお膳立てしてくれたクラッシャーのタシュラフェルは、この作戦に大きく貢献していて。
    「ぐずぐずしてると此方がジリ貧になるし、速攻で行こうか」
    「護るのは中々慣れないけれど……頑張るよ」
     単体攻撃だけの暦と昴が着実に敵を葬ることが出来ていたのは、列攻撃を続けてくれた味方の配慮があった。
    「吹き荒れろ!」
     凍てつく炎を解き放つグラジュの2本の角と瞳は、更に赤く赤く染まっている。
     高い体力を持つ敵ディフェンダーに対してジャマーのグラジュが放つ力は、ダメージの底上げに一役買っていた。
    「さー、飛び出せ炎! 惑わせて、惑わせて足を止めるんだ!」
    「悪いけど自由に動かしはしないぜ!」
     数に勝る相手に悠も怯まず青い炎の幻影を解き放ち、悠里がタシュラフェルと同時に放った翼の如き帯が、敵前列を纏めて捕縛する。
     闇に煌めく翼を追うように、荒蓮が暴風を伴う強烈な回し蹴りで守りごと薙ぎ払った。
    「できる事をする、今は其れだけだよ」
     流れに乗った暦も、勢いのまま敵ディフェンダーを危険な角度から地面に投げ飛ばす。
     強く叩きつけられた1体を昴の斬撃が一閃した刹那、眷属達が一斉に羽ばたいた。
    「気を付けて下さい、超音波が来ます!」
     後衛から庭全体を視野にいれていた梨鈴が、警告を上げる。
     攻撃の担い手は揃って健在、強烈な反撃を見舞うことになるのは、一目瞭然だ。
    「おおっと、まだだ! まだ目の前の俺の目は黒いぞ!」
     呪術紋様を光らせた眷属とグラジュの間に、荒蓮が強引に体を割り込ませる。
     その顔が一瞬だけ歪んだのは、敵が放った攻撃の殆どが前列に注がれていたからだ。
    「僕も然りと期待に応えないとね」
     タシュラフェルを庇った昴は素で気障な台詞を返していたけれど、肩でする息は荒い。
     シャウトで態勢を整える昴の横で、周囲を一瞥した暦は眉を寄せた。
    「不味いな」
     敵の攻撃が広範囲に渡っていたため、梨鈴の回復が追い付かなくなっていたのだ。
    「負けないのっ」
     敵の数に対してメディックは梨鈴1人、合間に攻撃を重ねる時間は皆無に等しい。
     それでも懸命に治癒を届けようと、交通標識を黄色にスタイルチェンジした時だった。
     戦場に。梨鈴の癒しとは異なる、清浄な風が吹き込んだのは——。
    「さっきのお返しだよ!」
    「真波先輩、ありがとうございます」
     ——大丈夫、1人じゃない。
     前列の悠から届いた癒しが後列を優しく包み、痛みと重圧感を一緒に浄化していく。
     一瞬、瞳を瞬いた梨鈴は御礼でも返すように前列に癒しを届ける、けれど……。
    「俺はまだ大丈夫。それよりも他に……」
    「そういう貴方、2番目にボロボロよ」
     どうやら、負けず嫌いは他にもいた様子。
     出来れば他を優先して欲しいと思っていた荒蓮を、タシュラフェルが嗜める。
    「なら、私に列回復をたのむよ。ここで無理はしたくないからね」
     クールに言葉を重ねた暦は、抜きん出た体力であることを付け加えておこう。
    「なあ、てめぇらにはこういうことできるか?」
     仲間のやり取りに口元が弛んだ悠里は、真っ直ぐ眷属達を見据える。
     ——返されるのは、変わらぬ殺意と狂気。
     それでも、自分の実力を知っている悠里は回復を仲間に託して、攻撃に専念する。
     奮闘する仲間の背に頼もしさを感じたグラジュも、大鎌を鋭く一閃させた。
    「僕も灼滅、がんばるね!」
     ——みんなを守りたいから。
     大鎌が裂いた空間から召喚されたのは、無数の刃。
    「少しでも相手の手数を減らしていこう」
     刃の雨に重ねるように荒蓮が網状の霊力を放射し、影が、炎が、勢い良く飛び交う。
     グラジュのジグザグ付与が更にダメージ率を向上させ、敵前列は一気に崩壊した。
     
    ●舞踏会の終演
    「前列も全て仕留めたよ」
     ——残り4体。
     前列最後の1体が塵と化すや否や、暦は振り向き様に敵残存数を後方の仲間に告げる。
     その表情も機微も、終始薄いままだけど、無口と言うわけではなさそうだ……。
    「回復はボクが頑張るから、どんどん攻撃してくれると嬉しいなー」
    「了解、搦め手は得意だぜ!」
     回復が重複しないように声を掛け合っていた悠に、悠里が真っ直ぐ答える。
     その返事を背中で受けながら、悠は浄化をもたらす優しき風を招き、疲労を濃くした昴には、梨鈴が傷を癒すと同時に守護の力を高めた。
    「頼りにしてるわ」
     ——ならば、体力が続く限り仕掛けるまで!
     悠里が正面からぶつかるように放出した帯に、タシュラフェルも翼の如く帯を重ねて敵後列の体を捕らえる。
    「みんなで力を合わせれば、大丈夫!」
     そして、これ以上の反撃も許さない!!
     更に縛めを重ねようとグラジュが凍てつく炎を勢い良く放つと、反撃の隙を与える間もなく荒蓮が瞬時に展開した気魄の結界が、敵狙撃手の動きを阻害した。
    「名乗りがまだだったな。鳴神抜刀流、霧淵荒蓮。そうやすやすとは抜かせぬ」
     列攻撃の一斉砲火を受け、状態異常も蓄積していた敵4体は、防戦一方に陥っていて。
    「油断無く行こうか」
     数が多い内は無理しないでいた暦も、内なる炎を燃やすが如く、敵を倒しに掛かる。
     それが、敵の思惑を打ち破る唯一の方法だと信じて、敵スナイパーに影を飛ばした。
    「ここで崩れたら、期待に背いてしまうからね」
     態勢を整えた昴も、死角からの斬り上げでもう1体のスナイパーの急所を狙い打つ。
     自己回復に劣る狙撃手2体が灼滅されるや否や、梨鈴も皆と一斉に各個撃破に転じた!!
     ——ここからは、まさに速攻の勢いだった。
    「自分は狙われてねえとか思ったか!? 残念だったな!」
     勢い良く悠里が交差させた赤き逆十字の軌跡は、僅かに致命傷に及ばなかったものの、影の主戦力であるグラジュの機動力を活かすには充分で。
    「これで倒すよ!」
     態勢が崩れた隙を逃さず、距離を詰めたグラジュが炎を纏った蹴りを鋭く繰り出す。
     追い詰められた1体が最後の悪あがきにと、昴に怪しく呪術紋様を光らせる、が。
    「攻撃は通させないよ!」
     悠が仲間を護る壁になったのと同時に、横から荒蓮が霊力を放射して絡めとる。
     ——そして!
    「私と、楽しみましょ?」
     タシュラフェルが掲げた魔導書からは、力を否定する魔力が溢れ出していて……。
     膨大な魔力は瞬時に収束して光の筋に変わり、敵の護りごと貫くように闇を裂いた。
    「俺達はこういうことできるんだぜ?」
     見た目は知的な悠里が見せる年相応な仕草に、荒蓮の口元も少し弛んでしまう。
     タシュラフェルが気怠そうに見回すと、家の周辺は晩秋の穏やかな夜が戻っていた。

    ●curtain call
    「……他のみんなは大丈夫か……?」
     ——余力があれば、他班を援護したい。
     そう考えていた者は荒蓮の他にもいたけれど、誰も連絡手段を用意していなかったことに気付く。
     それは、他班の救援を受ける手段がないということにも繋がってくる。
    「高いところに登り、周りの様子を伺うのはどうだろうか」
    「私も一緒にいくわ。貴方の力、期待してるわよ?」
     荒蓮の提案は一見妥当で、タシュラフェルもそれとなく期待を込めた時だった。
    「確認して置きたいけれど、いざという時の……覚悟がある人は?」
     ——闇堕ち。
     昴の言葉の意図を理解してはいても、タシュラフェルにも次の言葉が出てこない。
     皆の沈黙が、意志はあるがそこまでの覚悟はない、ということを肯定した時だった。
    「何もないと思うけど、一応家の周辺を確認してみない?」
     敵の脅威を目の当りにしたからこそ、今の自分達には悠の提案が最善策に最も近い。
    「そうだね、僕ももう少し頑張りたい」
     ——これ以上、被害を出さないために、もう少しだけ。
     口元を結んで半歩前に踏み出したグラジュに、悠も満面の笑顔を返した。
    「ボクたちけっこう頑張ってると思うし……よし、もっとがんばろー」
    「皆さん、単独行動はしないでくださいね」
     昴の殺傷ダメージを心霊手術で癒していた梨鈴が、心配そうに1人1人の顔を見回す。
     傍らで仲間の具合を確認していた暦が、付け加えるように口を開いた。
    「何もなければ撤収するという条件なら、反対しないよ」
    「まあ、万が一の場合のために逃走の準備だけでもしておきたいな」
     悠里がフォローするように言葉を重ねるけれど、心配は杞憂に終わった。

     家の周りを確認した後、少しだけ捜索範囲を広げてみたけれど、何時の間にか喧噪は消え、街は穏やかな静寂に包まれていて。
     恐らく、他班の殆どが十二分に健闘し、打ち漏らしを最小限に抑えたのだろう。
     ……ならば、これ以上捜索範囲を広げる必要は無い。
     誰が言うまでも無く、皆揃って余力があるうちに撤退の準備に入っていた。
    (「他のみんなも、無事に終わってますように」)
     ふと、歩みを止めた悠は、星が瞬き始めた夜空を見上げる。
     再び地上に視線を戻した少年は、仲間の背を追うように、早足で駆けだしたのだった。

    作者:御剣鋼 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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