――頭上を、蝙蝠の群れが飛び去っていく。その動きを見やって、一人の男が口を開いた。
「……本当に君が行く気か? 瑠架」
「ええ。これ以上、彼の暴挙を許せば、私達の計画に支障がでます」
男――ラゴウの言葉に、朱雀門・瑠架は真っ直ぐに肯定する。
「かといって、彼が武蔵坂に灼滅されてしまえば、爵位級ヴァンパイアが総力を挙げて武蔵坂に戦争を仕掛けるでしょう」
どんなに危険でも絶対に止めなければならない、瑠架はそう語った。ラゴウは、口を紡ぐ。この男は、決して頭の回転が悪くはない――むしろ、羅刹でありながら思慮深さすらある。それを信じるからこそ、瑠架はラゴウに理を説いたのだ。
だが、それには一つだけ欠けているものがある。ラゴウは、ため息と共に口を開いた。
「それは、子爵だけではない。君が灼滅されても、全面戦争は避けられなくなる……『彼』の思惑は、この時点で、ヴァンパイアと武蔵坂の全面戦争を引き起こすことと見える」
瑠架は、そこで言葉を失う。瑠架の言葉に欠けていたのは、彼女自身の価値だ。子爵同様、瑠架の存在とはそれだけ重いのだ。
瑠架自身も、聡い。ラゴウの言葉は、的確に瑠架の急所を突く指摘だった。しかし、それでも見過ごせないのが瑠架なのだ。
「それでも――」
「わかった。もう、止めようとは思わない」
ラゴウは苦笑と共に答え、指笛を鳴らす。その音に呼ばれ、降り立ったのは二匹の狼型眷属だ。ラゴウの前に立ち、彼だけではなく瑠架にも頭を垂れる。
「君は、僕とこのヒスイとグレンが守る。だが、それでも絶対はない。いざという時は、君の命を再優先にすると約束してくれ」
これが僕の出来る最大限の譲歩だ、とラゴウは締めくくる。瑠架とラゴウの間に、沈黙が流れ――今度のため息をこぼしたのは、瑠架だった。
「……わかりました。それで、お願いします」
「心得た」
瑠架の言葉に、ラゴウは歩き出す。ヒスイとグレンは、瑠架の左右を固めてそれに続いた。
向かうのは、子爵の屋敷。そこで何が起きるのか? この時、彼等のバベルの鎖でも知るよしはなかった……。
「タトゥーバット事件について、多くの人が調査してくれたみたいっすけど、三重県の津市で動きがあったようっす」
湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)は、そう厳しい表情で語りだした。
三重県津市の洋館の一つが、タトゥーバットの主人であるヴァンパイアの拠点とされたらしい。そして何と、そこから津市全域にタトゥーバットが放たれるのだという。タトゥーバットは。津市市内の人間を全て殺し尽くそうとする。これだけでも、大事件ではあるのだが……。
「黒幕と思われるヴァンパイアの元に、朱雀門高校の副会長である朱雀門・瑠架と、八犬士の一人であるラゴウが現れるみたいなんすよ。彼女達は、足柄山から逃亡に成功して合流したと思われる狼の眷属2体を連れて、黒幕のところに向かってるみたいで……」
彼女達が黒幕と合流してしまえば、黒幕を撃破できる可能性は無くなってしまう。なので、洋館の入り口に到着した彼らを襲撃、足止めをする必要があるのだ。
「表玄関から洋館に入ろうとするんでそこで足止めしてほしいっす。そんで、裏口から潜入するチームが、黒幕を撃破するまで時間をかせぐことが目的となるっす」
黒幕が撃破されれば、彼らは撤退するので、無理に灼滅を狙う必要は無い。勿論、相手を灼滅が可能そうならば灼滅を目指しても良い。そのあたりは、現場の判断になるだろう。
「瑠架とラゴウの2人、そして眷属二体に関しては2チームで対応になるっす。みんなには、ラゴウを担当して欲しいんす」
ただ、相手が一緒に行動する場合は、こちらも連携が重要になるだろう。
敵の戦力は、ラゴウは神薙使いとロケットハンマーのサイキックを使用する。瑠架はヴァンパイアなので、ダンピールのサイキックを使用してくるが、それに加えて『手をかざした先を爆破する、特殊なサイキック攻撃』も行うようだ。
「ヒスイとグレンの2匹の眷属は、ヒスイが契約の指輪のようなサイキック、グレンが無敵斬艦刀のようなサイキックをそれぞれ使用するようっす」
灼滅者の襲撃があった場合、ラゴウは灼滅者を防ぎつつも瑠架を黒幕の元へ向かわせようとする。瑠架もラゴウに後を託して館の中に向かおうとするので、それを阻止するか黒幕の元に向かった瑠架を追いかけて接触を阻止しなければならない。
「ラゴウは眷属2体を瑠架の護衛にしたいと考えてるみたいっすね。でも、瑠架は単身で突破しようとするので、眷属の動きがどうなるかは、状況次第っす」
翠織はそこまで語り終えると、厳しい表情で締めくくった。
「朱雀門・瑠架の灼滅を狙うか、足止めに徹するかは、現場の判断に任せるっす。黒幕との合流を許してしまった場合の対応も考える必要があるかもしれないっすね。だからこそ、ラゴウという協力な羅刹の足止めは必須っす。みんな、頑張ってくださいっす」
参加者 | |
---|---|
二夕月・海月(くらげ娘・d01805) |
紫乃崎・謡(紫鬼・d02208) |
リオン・ウォーカー(冬がくれた予感・d03541) |
鷹合・湯里(鷹甘の青龍・d03864) |
川原・咲夜(吊されるべき占い師・d04950) |
鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382) |
朱屋・雄斗(黒犬・d17629) |
黒影・瑠威(二律背反の闇と影・d23216) |
●
その洋館の前で、羅刹――ラゴウは足を止めた。その動きに、朱雀門・瑠架はラゴウの背中を見上げる。
「どうしましたか?」
「どうやら、招かれざる客のようだ」
その細い視線の先には、一団がいた。武蔵坂学園の灼滅者達だ。その中で代表するように、川原・咲夜(吊されるべき占い師・d04950)が告げる。
「武蔵坂学園の灼滅者。川原咲夜。私達はこの館の主に用があるのですが……そちらもですか?」
「瑠架、君は先に行き目的を果たせ」
ラゴウの選択は、早かった。それに瑠架は口を開きかけ、小さくうなずいた。紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)は、その動きに真っ直ぐに言い放つ。
「虎子さんとは疎遠かな? 以前の非礼を詫びたいが機を改めよう、先へ行くなら止めるよ」
「そうか――走れ」
ラゴウの巨大なハンマーが、ゴォン!! と地面を砕く。巻き起こる砂煙――その中で、瑠架は走り出した。
「お願いします」
黒影・瑠威(二律背反の闇と影・d23216)が、瑠架班へとそう告げる。ラゴウは強敵だ、もはや自分達は瑠架へと余力は避けない――だからこその、信頼だ。
「ヒスイ! グレン!」
砂煙の向こうで、ラゴウが叫ぶ。その意図を正確に読み切った二体の眷属は、瑠架を追おうと左右に散って駆け出した。
「させない、クー!」
二夕月・海月(くらげ娘・d01805)の肩から走ったくらげの形の影――クーが、死角からその影の触手を伸ばす。ザン! と後ろ足を切り裂かれ、ヒスイの足が斬り裂かれ動きが鈍ったところをリオン・ウォーカー(冬がくれた予感・d03541)のレイザースラストが捉えた。
「グレンを――!」
「それは向こうに任せましょう」
リオンの言葉に答えて、鷹合・湯里(鷹甘の青龍・d03864)が駆ける――グレンをフォローしようとしたラゴウを、ガトリング連射で止める。
「邪魔を――!」
砂煙を駆け抜け、ラゴウは銃弾を両腕で受け止めながら跳び膝蹴りが湯里を宙に舞わせた。
「ラゴウ――!」
「いつか見た顔だね」
鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)が死角から滑り込み、月夜蛍火を下段から振り上げる。しかし、ラゴウは対応する――その巨大な鉄槌を軽々と振るい、相殺した。ラゴウは、グレンを邪魔しようとする太陽の動きに、地面を蹴ろうとした――。
「行かせるか」
右手にはめた黒い数珠を高く掲げ、朱屋・雄斗(黒犬・d17629)が風を巻き起こす。ラゴウは、それを真っ向から受けてなお踏み出した。グレンが駆けていくのを見送って立ち止まったラゴウのその硬さに、咲夜がこぼす。
「ディフェンダーですか」
「状況を考えれば、当然の選択だ」
咲夜の言葉を、ラゴウが肯定した。
「私達は瑠架を追う、後は頼んだぞ!」
「任されたぜ」
グレンを追う蝶胡蘭に、脇差は短く答える――この攻防は、一瞬の交差だった。砂煙が掻き消えた時、そこに残っていたのは謡に足止めされたヒスイと、ラゴウのみ――その事実に、ラゴウは小さく眉根を寄せた。
「ヒスイは、足止めされたか」
「こっちもむしろ、やられた方だよ」
「――――」
感情の薄い謡の呟きに、ラゴウは沈黙する。ヒスイの視線を受けて、うなずきをひとつ――改めて、今の状況を口にした。
「いい状況判断だ、初手はお互い痛み分けとしよう」
「そのようですね」
ラゴウの言葉に、瑠威は同意する。互いに、目的の半分を敵の状況判断に防がれた状態だ。ならばこそ、この後で取り戻さなくてはならない――両者は、同じ決意で向かい合っていた。
●
まず、最初に動いたのは――否、正確には口を開いたのはラゴウだった。ズン……! とハンマーを地面へと下ろし、真っ直ぐに灼滅者達へと告げた。
「まず、君達に言っておこう。僕は、灼滅者を殺すつもりはない」
「――何だと?」
ラゴウの宣言に、雄斗が思わず問い返す。その視線を真っ向から受け止め、ラゴウは言葉を続けた。
「君達を倒して瑠架を追ったとしても、瑠架を追った灼滅者を殺すことはしない。もしも、子爵が灼滅者を殺そうとした場合、それを全力で止めよう」
その言葉の意味を、その場にいた誰もが理解した。理解したからこそ、浮かぶ疑問もある。
「館の奥にいるのは瑠架にも害にしかならん輩だぞ、それも承知の上かラゴウ」
「それが、彼女の望んだ事であり、僕が認めた事だ」
咲夜の問いに、ラゴウはうなずく。例え子爵が彼女の害になろうと、それから守り抜く――その覚悟が、ラゴウの言葉にはあった。
「これは、義の犬士の名にかけて誓おう」
「…………」
リオンは、知らず知らずの内に夜色シュシュをギュっと握り締めていた。どこまでも真っ直ぐなラゴウの言葉に、偽りを見つける事ができなかったのだ――ダークネスの、敵であるはずの言葉を。
「なら、こちらも刃と義を伝える為、尽くそう」
「俺達も人間が虐殺されるのを、何もせず眺めてる訳にはいかないんでな。悪いがここで足止めさせて貰うぜ」
謡と脇差の言葉に、瑠威も真っ直ぐに重ねた。
「貴方は私達の行動の意味を分かっているはず。そして私達も貴方が義によって動いているのもわかっている」
彼らの真摯な言葉に、ラゴウは表情を動かす。力を抜いて、口の端を持ち上げる――満足げに、笑ったのだ。
「……この場に残ったのが、義を持つ敵であった事に感謝する」
その次の瞬間、ラゴウの表情から笑みが消える。直後、灼滅者達の感覚に痛みさえ伴うザワリという悪寒が走った。
(「正直ラゴウと一度戦ってみたかったんだよな、この力がどこまで通るか」)
海月は、悟る。このヤスリで神経を直接削るような感覚は、ラゴウの戦意だ。本気でくる――本気で『きてくれる』、それを自分達が察したからに他ならない。
「こちらも、どんな場合でも灼滅は行わない。退いてくれればそれでいい」
「あぁ、僕と君達の条件はそれでいい」
海月の言葉にラゴウがそう答えたのは、彼らを必ずここで打ち倒して行く、という決意ゆえ。
「義の犬士ラゴウ、参る」
ヒュオン、と鋭い風切り音と共に、ラゴウはハンマーをその肩へと担ぐように構える。互いの決意の表明は終わった――ここからが、ラゴウと彼らの本当の戦いの始まりだった。
●
壮絶――その戦いの状況を一言で語るのならば、それにつきる。
(「これが、八犬士……いや、ラゴウの本気か!」)
雄斗が、足を止めてラゴウと打ち合う。間合いは、得物の関係で雄斗の方が有利、そのはずだった。明日香大神杭――飛ぶ鳥の模様が彫られた白木の杭が、鋭く放たれる。
「――ッ!?」
ガキン! と、火花を散らしてそれをラゴウは巨大なハンマーで受け止め、弾いていった。柄を左右の手を順手逆手、器用に持ち替えながら巨大なハンマーを自在に操る。
羅刹という、鬼の膂力。そこに加わる、確かな武という技術。そこに派手さは、存在しない。だからこそ、単純にラゴウという羅刹は強かった。
「強い、強いな」
ラゴウと二度目の戦いであった脇差には、その強さが際立っていた。強靭で、豪快で、名の通り義に篤く筋の通った男――それが脇差の、ラゴウに対する印象だった。その印象は、変わらない。しかし、より鮮烈なものとなっていた。
あるいは、今のこの姿こそが義の犬士としてのラゴウの本当の姿だったのかもしれない。
「――ォ!!」
「良い気迫だ」
雄斗の渾身の尖烈のドグマスパイク、それをラゴウは異形な怪腕となった拳で上から押し潰した。ゴォ! という爆発にも似た轟音、地面を砕きながら、雄斗を地面へと叩き付ける。凌駕でひたすら耐えていた雄斗には、それが止めとなった。
「守る意味を理解した、良い戦い方だったよ。君も、また強くなれる」
敵に変わりは無いが、失うには惜しい――そう思っていた相手からのその言葉に、雄斗はふっと笑みをこぼして意識を手放した。
『グル――』
「行かせません」
唸るヒスイへ、瑠威は影で縛り上げた。ギシリ、と肉を軋ませ減速したヒスイへと、ビハインドのシオリによる霊撃と海月のクーから打ち出された魔法弾が放たれた。
「今だ!」
「ああ」
完全に動きが止まったヒスイに、海月が叫ぶ。そこへ、脇差が動いた。月夜蛍火による大上段の斬撃、雲耀剣がヒスイを切り裂く!
『オオオオ――ッ!!』
強引に、ヒスイが動いた。しかし、その前に獣を思わせるしなやかさで低く疾走した謡が立ち塞がり、湯里が晴耕雨読を振りかぶる――。
「仕留める」
「導きましょう、貴方の在るべき場所へ……!」
繰り出されるのは、身の丈ほどの大銀鎚のロケット噴射による加速を得た一撃と、竹箒の鋭い一撃――謡のロケットスマッシュと、湯里のフォースブレイクが、文字通りヒスイを打ち砕いた。
「ラゴウが来ます!」
咲夜の闇の契約と、リオンの祭霊光による回復の直後、ドゴン! という破砕音が鳴り響いた。ラゴウの大震撃、その衝撃が狙うのは――後衛!
「シオリ、さん!?」
リオンは、自分を守って砕け散ったシオリの姿に目を見張る。咲夜もまた、海月に庇われ――。
「ラゴウが――!!」
瑠威の警告が最後まで語られるよりも早く、再行動したラゴウが海月へと迫る。ゴォ! と弧を描いて迫る回転殴打――マルチスイングの一撃が、クーによる影の触手の防御さえ打ち砕き、海月を吹き飛ばした。
(「き、ず、が……ッ!?」)
ラゴウの傷が、治っている――吹き飛ばされながら、海月はその理由を知る。ヒスイが、倒れる直前にラゴウを回復させたのだ。自身の身を守るよりも、主への献身をヒスイは選んだのだ。
だからこそ、その刹那。ラゴウは、悲しみの表情を垣間見せたのだろう、何故か海月はそう納得できた。
(「本当の、お強いですね」)
湯里は笑みを浮かべたまま、そう思う。その意図を読んだかのように、ラゴウが口を開いた。
「あるいは、僕だけならば――君達も、届きえたかもしれない」
それは、可能性の話だ。しかし、決してゼロではなかった。それは、ラゴウの送る最大の賛辞だ。
「さぁ、やろう。僕も先を急いでいる」
「そうだね」
謡は、うなずく。言葉を重ねるのは、もはや無粋。そう思えたのだ、互いが。
●
衝撃が、地面を砕き後衛を薙ぎ払った。
「もうし、わけ、あ……ッ」
「――ッ」
倒れたリオンに、咲夜が表情を険しくする。全員が揃っていれば、連携は崩れなかった。しかし、範囲の回復手段が失われればその崩壊の加速度は増して行く――その事を思い知っていた。
「一度、下がります」
「わかった」
湯里が後衛に下がり、脇差が前へと出る。しかし、その動きに予言者の瞳を使用した直後の瑠威が、声を上げた。
「いけない!」
「それは、悪手だな」
ラゴウが、突き出した拳を強く握り締める。直後、巻き起こった神薙刃の烈風が引いた直後の湯里を飲み込み、薙ぎ払った。体が木の葉のように舞い上げられ、切り裂かれながら湯里が地面に倒れる。それに、ラゴウは静かに告げた。
「ただでさえ、回復に手が裂かれている状態だ。追い詰められてからのポジション交代は、一手失う可能性を持つ危険な手である事を忘れてはいけない」
「……そのようだな」
脇差が、噛み締めるように答える。これが拮抗している状況なら、一手の差は大きくはなかっただろう。しかし、敵は自身達よりも強く、状況をより深く理解している敵だ。だからこそ生まれた――致命的な、一打だった。
「まだ、終わっていない」
「まったくだ」
獣がごとく駆ける謡に、ラゴウはそう答える。紫鬼布が、貪欲な獣がごとき鋭さでラゴウへと飛ぶ。それにラゴウは、迷わず前に出た。肩口を、脇腹を、食い千切られても構わない。致命傷だけは避ける戦い方だ。
「止める――」
瑠威のペトロカースが、ラゴウの手足の末端から石化していく――しかし、ラゴウは構わなかった。その右腕が突き出されるのに、脇差が動いた。
ドォ!! という神薙刃の一撃、それを咲夜に届く前に脇差が庇う。膝から崩れそうになるのを、脇差は強引に凌駕して拒絶――しかし、再行動したラゴウの大震撃の衝撃が、眼前に迫っていた。
「――鈍・脇差だ」
「その名前、覚えておこう」
衝撃音に飲み込まれずに、確かに互いの言葉は届く。崩れ落ちた脇差、それに動揺せずに咲夜は闇の契約で謡を回復させた。
(「この状況でも、闇堕ち出来ませんか……」)
瑠威は――いや、戦っていた全員が理解していたのかもしれない。ラゴウの言葉は、嘘偽りのない真実なのだ、と。事実、倒れた者は全員戦闘不能になっただけ。重傷に至った者は、一人もいないのだ。
「ここまで、計算していましたか」
「僕は、嘘吐きになるつもりはないからね」
咲夜の言葉に、ラゴウは真っ直ぐに答える。そこには自分の言葉に嘘はないという矜持と、あるいは嘘にしないという決意であった。
「本当に、強敵だな」
謡は、目の前の男に最大級の敬意を払うつもりだった。それを、同じ敬意で敵が返してきたのだ、認めるしかなかった。実力だけではない、この義の犬士は灼滅者にとっての強敵なのだ、と。
「……くッ」
すばやく、瑠威の足元から影が走る。しかし、ラゴウはそれをハンマーの一撃で相殺。地面を叩いた勢いを利用して空中で前転すると、鬼の腕で瑠威を殴打した。鋭く重い一撃に、瑠威は耐え切れない――そのまま、糸の切れた人形のように、その場へ崩れ落ちた。
「一分でも、一秒でも――!」
その足を止める、咲夜はその決意で闇の契約で謡を回復させる。もはや、残った二人に余力などなかった。それでも、謡は回復するよりも攻撃を選ぶ。
「いい判断だ」
ラゴウは、悟る。その謡の攻撃が、この戦いの後、仲間へと繋ぐ攻撃である事を。だからこそ、ラゴウは迷わず受けた――その攻撃を、真っ向から。
「これが、義の犬士か」
喉笛を狙ったジグザグスラッシュの刃を肩口に突き刺しながら、謡が呟く。放たれるラゴウのハンマーの一撃、遠心力で得た加速そのままに謡を吹き飛ばし、その意識を断った。
残るは、メディックであった咲夜のみ。ラゴウは、ハンマーを握り直すと、そのまま真っ直ぐに前へ出た。
「行くよ、川原咲夜」
「どうぞ、ラゴウ」
咲夜は、死角へと姿を消す。それにラゴウは、即座にガゴン! と地面にハンマーを叩き付けた。衝撃が、咲夜の動きを鈍らせる――その相殺の一撃に、ラゴウは咲夜を視線で追った。
放とうとした黒死斬は、届かない。一歩、足りない。あまりにも遠く、分厚い一歩。ラゴウの全力の鬼神変が、咲夜を殴打する。
静寂は、一瞬。最後まで全力で戦い倒れた灼滅者達に、ラゴウは視線を走らせた。
「かなり時間を取られてしまった。急がなければ」
ラゴウは、地面を蹴って走り出す。先行した瑠架を守るため、そして真っ向から戦った彼らとの言葉を嘘にしない、そのために。
「強くなれ、灼滅者達。次の戦いに、期待しているよ」
その言葉を残し、羅刹は子爵の屋敷へと疾走した……。
作者:波多野志郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年11月6日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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