子爵襲来~羽ばたきは夜を裂き

    作者:柚井しい奈

     夜闇に浮かぶ一軒の洋館から、無数の影が舞い上がる。
     夜を覆わんばかりに羽ばたく皮膜に描かれた眼球のような紋様。炯々と輝く瞳は命ぜられたままに獲物を探す。ただのコウモリというには禍々しいそれらは夜を覆うように方々に羽ばたいた。
     いくつにも分かれたうちの一団が、やがて捉えたのはカーテンの隙間から細く光を漏らす窓だった。チィ、と甲高い声を上げるや否やコウモリたちはいっせいに羽ばたく。ガラスを破る音が夜のしじまを打ち砕いた。
    「ん……?」
     机に突っ伏していた少女が肩を震わせた。折り目のついた参考書の上をペンが転がる。瞼を擦りながら上げた顔が表情を作るよりも早く、机は生ぬるい赤に染まった。
     扉が壊され、暗い廊下に羽ばたきが広がる。
    「おい、どうし……っ!?」
     パジャマ姿で顔を覗かせた父親が息を呑んだ。喉をひきつらせているうちに皮膜に描かれた目玉に睨まれ、膝を折る。ドアノブにかかっていた手がゆっくりと離れ、冷たい廊下に投げ出された。
    「あなた!?」
     部屋の奥から上がる悲鳴に応えるのはコウモリの羽ばたき。闇の中に広がる赤。

    「タトゥーバット事件について多くの灼滅者が調査してくれた結果、三重県津市での動きを予測することができました」
     教室に集まった灼滅者に対して軽く頭を下げて、隣・小夜彦(大学生エクスブレイン・dn0086)はバインダーを抱える手に力をこめた。
    「津市にある洋館の一つがタトゥーバットの主人であるヴァンパイアの拠点となりました。そこから津市全域にタトゥーバットが放たれます」
     ヴァンパイアの拠点に突入する作戦も行われるが、タトゥーバットが街に放たれるのを防ぐことは出来ない。
     タトゥーバットは市内の人間を殺し尽くすつもりだ。放置すれば津市は夜明けを待たずゴーストタウンと化すだろう。看過するわけにはいかない。
    「皆さん、タトゥーバットの襲撃を阻止すべく、津市に向かっていただけますか?」

     アンティークグリーンの瞳をひとりひとりに向ける小夜彦。灼滅者たちの意思を確認すると、バインダーから地図を取り出した。短く整えられた爪があらかじめつけられた印を叩く。
    「皆さんに向かっていただきたいのはここです」
     特筆すべき特徴もない住宅街の真ん中。ここに訪れた敵は、手始めにとある一軒家の窓を破り住民を襲おうとする。屋内への侵入を許せば一般人の命などすぐに消えてしまうだろう。
    「幸いというべきか、タトゥーバットは邪魔者の排除を優先するようです」
     庭先で迎えうてば灼滅者が負けない限り被害が出ることはない。
     勝てば守れる。単純な話だが、簡単なことではない。繰り返し妨害されたせいだろうか、敵は邪魔者を殺せるだけの数で動いている。
    「タトゥーバットの数は12。高い知性を持つわけではありませんが、弱ったところを集中して狙うくらいはしてくるでしょう」
     タトゥーバットの攻撃は遠距離に届くものばかり。自己回復の手段も持っている。
     無策では追いつめられるのは灼滅者のほうだ。
    「素早く敵の数を減らすのが肝要かと。オレが言うまでもないことかもしれませんが、どのような戦術であたるか十分に考えてください」

     説明を終えた小夜彦は、改めてひとりひとりの顔を見渡した。
    「タトゥーバット事件の黒幕を見出すことができたのは、これまでの皆さんの活躍あってこそです」
     だからどうか、今の事態がいい形で実を結ぶよう。一度目を伏せてから、小夜彦は淡く微笑んだ。
    「オレに手伝えるのはここまでです。良い結果をお待ちしていますね」


    参加者
    萩埜・澪(祈り猫・d00569)
    寺見・嘉月(星渡る清風・d01013)
    新城・七葉(蒼弦の巫舞・d01835)
    中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248)
    十三屋・幸(一欠の名は殲滅を望む・d03265)
    雨積・舞依(こつぶっこ・d06186)
    穹・恒汰(本日晴天につき・d11264)
    蒼月・薊(蒼き槍を持つ棘の花・d17734)

    ■リプレイ

    ●夜に光を
     電信柱に据え付けられた蛍光灯が照らすのとは反対側、塀の中に足を踏み入れた8人は手にしていた灯りのスイッチを入れた。
     白い光を放つランタンを片隅に置いて、十三屋・幸(一欠の名は殲滅を望む・d03265)は拳を強く握りこんだ。長めの前髪が目元に影を落とす。
    「迷惑な蝙蝠は全部排除、だよ」
     ぽつり呟く新城・七葉(蒼弦の巫舞・d01835)。
     雨積・舞依(こつぶっこ・d06186)が視線を巡らせた。
     室内に明かりがついているのは見える範囲では背後に守る家だけだ。その部屋の主は眠っている。ならば誰かが外に飛び出してくることもないだろう。萩埜・澪(祈り猫・d00569)は傍らに翼を広げたスイファのつぶらな瞳に頷いて、周囲に静かな殺気を広げた。
    「今のうちに確認しておきましょう」
     寺見・嘉月(星渡る清風・d01013)の言葉に一同は耳を傾ける。敵の数は多い。意識をすりあわせておく必要があった。
     やがて、風が動く。
    「ん、蝙蝠来たよ」
     竜胆色の長い髪を揺らして七葉が空を指した。
     夜に浮かんだシミがざわめき、近づいてくる。星にしては禍々しい輝き。力ある者にはそれとわかる呪術紋様。ネズミめいた鳴き声が幾重にも重なって。
     舞依が音もなく武器を構えた。
    「わたし達に倒されに飛んで来たなんて、本当おばかさん」
     いくつかの攻撃が蝙蝠の群れに向かって放たれる。攻撃は散開した敵の隙間を通り過ぎるが、注意を引くという目的を果たすには十分だ。一斉に高度を落とすタトゥーバット。
    「お前らの相手はこっちだろ、こっちに仕掛けてきてみろよ!」
     穹・恒汰(本日晴天につき・d11264)は腰を落として敵を睨みつけた。展開したサウンドシャッターによって、己の鼓膜を震わせる耳障りな鳴き声も羽音も、眠りに落ちた町を脅かすことはない。
    「待ちかねたぜ、平和は乱すが正義は守るものっ! 中島九十三式・銀都参上!」
     高らかに名乗りを上げ、一歩踏み出す中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248)。蛍光スプレーを突きつける。
    「庭先の戦争でもおっぱじめるかっ」
    「さぁ、蝙蝠さん達……あなた方の相手は私達がしてあげますわ」
     蒼月・薊(蒼き槍を持つ棘の花・d17734)が薄縹の髪をなびかせた。握りしめた手に雷が宿る。
     眼球めいた紋様を広げ、タトゥーバット達は灼滅者達をめがけてその呪力を解き放った。

    ●夜に舞う
     手当たり次第に、あるいは見定めるようにばらばらと攻撃を仕掛けてきた蝙蝠に対し、嘉月が声を張り上げた。
    「今十三屋君に攻撃したのをジャマー1、次に萩埜さん、雨積さんに攻撃したのを同じく2、3とします、ジャマー1を優先してください!」
    「おうっ」
     スプレー缶を放り投げた銀都が縛霊手をはめた腕を振り上げる。展開した祭壇が敵中衛めがけて結界を展開。
    「ん、色々注意だね」
     駆け出した前衛の身を守るのは、七葉と幸が掲げた黄色い標識。
     呪術紋様の魔力に惑わされることなく、舞依の殺気が3体のタトゥーバットに襲いかかる。
     恒汰もまた縛霊手の祭壇を展開しながら声を上げた。
    「イチ、回復頼むよ」
     名を呼ばれたウイングキャットが尻尾を立ててリングを光らせる。敵一体ずつの火力はこちらと同等かやや上か。恒汰は短く息を吸って敵の動きに注視した。
     甲高い声を上げて蝙蝠が飛び回る。
     澪の指がしなやかに鋼糸を操り、爪先が軽やかに地を蹴った。張り巡らされる糸の結界。敵を見据える淡い色の瞳の奥に宿る光は今は揺れながらも強く。
     傷を負った3体のうち、嘉月に示されたタトゥーバットに狙いを定めて薊は槍の穂先を向けた。
    「避けられるものなら、避けてみせなさい」
     打ち出された氷柱が皮膜に氷を張りつかせた。
     12体の蝙蝠が反撃の合図代わりに羽ばたく。
     超音波による詠唱が呪術となって襲いかかった。最初の攻撃で守りが堅いところを嫌ったのか、後ろを狙った攻撃に銀都が舌を打つ。七葉の前に白い翼を広げるノエル。
     白く照らされた庭にサイキックが飛び交う。
    「好きな方向には行かせないよ」
     青い標識が輝いた。光線を浴びた3体のタトゥーバットは導かれるまま狙いを七葉に定める。恒汰が素早く地を蹴るが、全ての攻撃を阻むことはできない。衝撃に息を詰める七葉。
     他の蝙蝠たちが追随する。
    「させるかっ、イチ!」
    「にゃっ」
     放たれた呪力の前に割り込んで、イチはリングを光らせた。痛みを和らげた傷口からはまだ血が流れている。
    「癒しの風よ……」
    「お願い」
     嘉月が清浄な風を吹かせ、澪の声に応えたスイファがリングを輝かせる。
     数が多いせいだろうか。ずいぶんと攻防を繰り返している気がした。まだ新たな対象を指定するに至らない。
    「この……っ」
     幸の殺気が背後から凍りついた皮膜を切り裂いた。
     各個撃破は大事。わかっていたし、そうしているつもりだ。この数の攻撃を喰らい続けていたら、回復できないところまでダメージが蓄積するのも遠い話ではない。
    『素早く敵の数を減らすのが肝要かと』
     エクスブレインは告げた。
     異を唱える者はいない。ならばなぜ――3体を巻き込める攻撃を主軸にしているのだろう?
     1体に絞って攻撃していたのは舞依と薊だけだ。嘉月とサーヴァント達は回復主体。
     複数を巻き込む攻撃は効率がいいのは事実。けれど、一度に敵が受けるダメージはどうしたって単体攻撃より小さい。火力に特化した布陣でもない。
     無意識に効率を重視していたのは、戦い慣れしていたからこそか。
    「そっちばかり見てんなよっ」
     銀都の回し蹴りが暴風を伴って蝙蝠を薙ぎ払う。横から飛び込んできたタトゥーバットが風を阻んだ。
     祭壇が作り上げた結界も、張り巡らされた糸も、一度では敵の動きが止まるかは運頼み。積み重なってこそ真価を発揮するもの。そこまで長引かせていては、先にこちらが倒れるだろう。同時に狙えない9体は何を阻まれることもなく攻撃してくるのだから。
    「これでも、食らいなさいませ」
    「まずは1体!」
     薊が生んだ紅の逆十字が燃えながら凍るタトゥーバットを灰燼に帰す。ここからだと言わんばかりに恒汰が声を張り上げた。
     あと、11体。

    ●夜は深く
    「おいたが過ぎるわよ、蝙蝠さん」
     舞依のクルセイドソードが鋭く閃いた。風をはらんだ黒いレースがふわりと形を落ち着かせる間に影がひとつ霧散する。
     2体目、3体目はさほど時間を要さず倒せた。
     幾重にも浴びせた炎と氷は着実なダメージを与えていた。範囲に攻撃することに、メリットはもちろんあったのだ。
     幸は身を低くして地面を蹴り、交通標識を横に払う。記された文字は『ダークネス・眷族の生存を禁じる』。夜の空気からさらに温度を奪い、蝙蝠の皮膜を凍てつかせた。
    「人を殺すんだよね? なら死ねよ死んでくれよ!」
     目尻から雫が零れる。目の奥が熱いのは痛みからではなく、目の前の存在を許せないから。倒れるわけにも退くわけにもいかない。背後に、己には戻れない日常を謳歌する命がある。滲みながらも強い光で、幸は敵を睨みつけた。
     澪の糸と薊の槍が後に続く。氷が傷口を広げる。敵前衛をかいくぐりながらの攻撃はサイキックの選択肢を狭め、銀都は行動の半分を回復に回さざるを得ない。
     奥歯を噛みしめながら、ひたすらに狙った敵を倒すことだけを考える。
    「これで、4体目……!」
     膝をつきかけた恒汰が、地面を踏みしめる。もはや全身傷だらけだ。イチとノエルは繰り返し敵の攻撃から仲間を守るうちに、耐え切れず姿を消してしまった。
    「まだ、負けないよ」
     七葉は静かに声を張り、精神を絡めとる呪力を振り払う。皮膜に描かれた眼球に何度睨まれただろう。足元がおぼつかない。けれどそれ以上に操られるわけにはいかない。これ以上、状況を不利にするわけには。
     衝撃に悲鳴を上げはすれど、主の命に従う眷属達はひるまない。人の聴覚では捉えられない詠唱が深手を負った七葉を襲う。
    「このっ、こっちにきやがれ!」
     銀都の叫びは届かない。
    「させるか……!」
     腕を伸ばし、恒汰が割り込む。しかし彼も限界だ。ひとつめの攻撃を受けて、前のめりに倒れ伏す。続く攻撃を耐え切ることなど、七葉にはできなかった。ゆらり、流れ落ちる竜胆の髪。
    「そんな」
     澪が指先を握りこむ。
     足りなかった? 祈るだけはやめたのに。瞳が揺れる。違う。嘆くのは早い。まだ、力はここに。顔を上げて腕を伸ばした。支えるため、追いつくため。今は何より、護るため。
    「何も出来ない、のは……だめなの」
     掌にためたオーラを蝙蝠へ放つ。白く照らされた庭の中でさらに激しく輝いた光は吸い込まれるように敵の胴体で弾けた。甲高い悲鳴が響く。
     薊が逆十字を呼んで畳みかける。
    「おとなしくなさいませ」
     敵の数は減っている。攻撃を引き受けてくれていたおかげで、今立っているメンバーの傷はそこまで深くない。それは敵前衛にも言えることだったが、蝙蝠達はすぐさま次の狙いを集中させるほどの連携を見せない。ターゲットがばらけた今が狙い目。
    「撃ちます!」
     嘉月も掌にためたオーラを放ち、全員で残るスナイパーに攻撃を繰り出した。皮膜を広げて割り込んだ蝙蝠に一撃は阻まれど、もう一度。
    「言ったでしょう。わざわざわたし達に倒されに来たんだって」
     舞依のクルセイドソードが踊るように閃いた。実体をなくした刃が魂を切り裂く。
     甲高い声を上げて蝙蝠の姿が夜に溶ける。倒した数を伝える声はもうない。
    「次に弱い奴は!?」
     振り向きざま幸が叫ぶ。オペラカラーの瞳がギラリと輝いた。
    「ディフェンダー2がかなり弱っています。回復される前に落としましょう!」
    「わかった殺すこいつから殺す!」
     鋏がランプの光を反射して鈍く輝く。血を吐くような声。閉じた刃に火だるまの蝙蝠が断ち切られた。
     繰り返す攻撃の中で何度も邪魔をしてきた蝙蝠達は、炎を全身に巡らせ、傷口を凍てつかせていた。結界に阻まれ時折不自然に羽ばたきが止まる。そうだ、いつの間にか、倒した数以上に攻撃の頻度が減っていた。
     嘉月の声が庭に響く。
    「目標変更、ディフェンダーを優先してください!」
    「わかりましたわ」
     薊が穂先を突きつけ、氷柱を撃ち出す。
    「そのまま動けなくしてやるぜっ」
     振り上げられた銀都の縛霊手。残る敵を全て結界が包み込んだ。
     苛立ちを示すかのように蝙蝠の鳴き声が大きくなる。紋様から放たれた呪術が澪を襲った。身体の前で腕を交差させ、息を詰める。衝撃をやり過ごし、ゆるやかに顔を上げた。
    「強くなるの……。立ってないと、支えられない、から」
     丸めていた背を伸ばして、跳ぶ。金属の擦れる音が響き、澪の手にした断斬鋏が皮膜を喰らう。スイファのリングが光って、足元を一層確かにした。
     あと4体。
    「どうせ死ぬんだ今すぐ死んでくれよ!」
     幸の叫びが蝙蝠から温度を奪う。
     ようやく数で勝った。だが、灼滅者側の火力も下がっているし、威力の高い敵に対して味方を庇えるのも今は一人。油断すれば押し返される。必死の攻撃が続いた。
    「あ……っ」
     短い悲鳴に続いて地面に鈍い音。蝋燭の最後の輝きとばかりに、瀕死の1体が完成させた呪文は強烈な威力でもって薊の身体を吹き飛ばした。
     拳を握り、銀都は足に風を纏わせる。
    「こいつ……っ」
    「これ以上、誰も倒れさせたりしないわ」
     舞依は抑揚のない口調でひとつの怪談を紡いだ。怨念が蝙蝠を襲う。黒いレースを静かに揺らし、目を細めた。
     キシ、キシリ。攻撃するたびに氷が音を立てる。傷が深くなる。
    「――殺す」
     膨れ上がった殺意の分、冷気はいやまして。熱くなる目元をそのままに、幸は蝙蝠の身体を凍らせた。
    「護り宿れ!」
     嘉月の放った光輪が澪の盾となる。光を受けて駆けた澪の腕はしなやかに糸を繰り、蝙蝠を絡めとった。
     すでに全員息が荒い。
     あと3体。2体。
    「あんたで、最後」
    「今すぐ死んでくれよ!」
    「俺の正義が真紅に燃えるっ、正義を示せと無駄に吼えるっ」
    「仲良し家族、護るの」
    「ひふみよいむなや、ここのたり!」
     全力で畳みかけた攻撃が蝙蝠の身体を切り裂く。短い断末魔が小さな庭に響き渡り、ボロボロになった皮膜は瞬きのうちに崩れて消えた。

    ●夜は静かに
     住宅街は変わらず眠りに落ちている。周囲を見渡しても眷属達がいた形跡は自分たちが戦った跡しかない。銀都は短く息を吐き出すと仲間を振り返って肩を竦めた。
    「ったく、ハロウィンパーティのつもりならお菓子でも持ってこいってやつだな」
     落ち着いた空気に誘われてか、恒汰の瞼が震えた。数度の瞬きの後に、額を押さえて身を起こす。
    「ん……そっか。なんとかなったんだな」
    「ここはもう大丈夫だね。お疲れ様」
     同じく目を覚ました七葉が微笑んだ。視線を巡らせれば、幸が先回りして照明を持ち上げる。
    「片付けて、帰ろう」
    「皆、歩けるかしら?」
    「私は大丈夫ですわ。皆さんこそ、お怪我は平気でしょうか」
     視線を巡らせた舞依に薊が微笑んだ。逆に問い返されて、それぞれに頷きを返す。皆大なり小なりの怪我を負って、疲れ切ってもいたが、身体を起こし、微笑むくらいのことはできる。
    「黒幕のところに向かった方々は、さらに厳しい状況を戦っているんですよね」
     ふと眉根を寄せて、嘉月は空を仰いだ。灰がかった群青の夜は吉祥も凶兆も伝えない。無事だといいのだけれど。
    「きっとなんとかやってくれてるさ」
     恒汰が肩を竦めた。
     今、満身創痍の灼滅者達にできることは多くない。せめて守ることのできた眠りを妨げぬよう、立ち去ろう。
     庭から出る間際、澪は背にしていた家を振り仰いだ。2階の窓、細く開いたカーテンはここに訪れた時と変わらず。中にいる少女はいい夢を見ているだろうか。別の部屋で眠る両親もまた。
     静かに瞬きをしてから、仲間を追って歩き出す。
     ぽつりぽつりと街灯に照らされたアスファルトを灼滅者達は歩いていく。眠りを守られた静かな夜に、安らぎを覚えながら。


    作者:柚井しい奈 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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