こんな深夜。
民家の玄関に灯りが点ったと思ったら、女性がブランケットにくるんだ赤ん坊を連れて家の外に出た。
夜泣きでふにゃふにゃと泣いているその子を優しく抱きしめ、母親である女性が唄い出したのは子守唄だ。
しばらくすると赤ん坊は目をとろとろとさせてうとうととまどろみ始める。この様子だと、寝入ってしまうまでそんなに時間は掛からない。
「……ちょっとは気分転換になったかな?」
優しく笑んだ母親。その声に赤ん坊は甘えたような声を出した。
秋の夜風は少し寒い。小さく身震いをした女性は、ふと空を見る。
「……!」
異変を感じ母親はとっさに我が子を庇うように背をそれに向けた。その背に群がったのは、禍々しい模様を翼に刻んだ蝙蝠たちの群れ。
蝙蝠たちは一気に母親の背に群がると超音波を発し始める。
「や、やめてっ! どこかへ行って!!」
母親は赤ん坊をぎゅっと抱きながら体を揺らして抵抗する。腕の中では異変を感じた赤ん坊も、次第に大きな声を上げて泣き始めた。
しかし、そんな事は蝙蝠たちにとっては些細な事――。
赤ん坊の泣き声が途絶えた頃、玄関先に残されたのは二つの死体だけだった。
母親は最期まで我が子をその腕から離す事は無かった。
「タトゥーバット事件のことを多くの灼滅者が調査してくれたのだけど、動きがあった」
キッパリと告げた浅間・千星(星導のエクスブレイン・dn0233)は、真剣な面持ちで教室内を見渡す。
動きがあった場所は、三重県津市。
そこに建つ洋館のひとつがヴァンパイアの拠点となっており、そこから市内全域にタトゥーバットが放たれるという。
「このヴァンパイアの洋館に突入する作戦も同時に行うが、タトゥーバットが街に放たれるのを防ぐことは出来ないんだ」
そして。と千星は間をおいて、その目的を告げる。
「タトゥーバットは市内の人間を全て殺し尽くそうとする」
それが実行され尚且つ完遂となれば、津市は全滅してしまうであろう。
「皆には津市に向かってもらいたい。そして、タトゥーバットの襲撃を阻止してもらいたいんだ」
タトゥーバットは、体表面に描かれた眼球状の『呪術紋様』により魔力を強化された、コウモリの姿の眷属。
空中を自在に飛び回り、人間の可聴域を越えた超音波によって擬似的な呪文詠唱を行い、様々な魔法現象を引き起こす。また、体に描かれた呪術紋様は、直視した者を催眠状態に陥れる魔力も帯びているという。
「親子を襲うタトゥーバットは十二体。介入のタイミングは、お母さんがタトゥーバットの存在に気がついたときになる」
この親子は玄関先にいるため、灼滅者の介入と共に家の中に逃げ込むことが出来る。
尚且つ、タトゥーバットは邪魔者が介入すれば市民よりもそちらを標的にする。
「だから、皆は人払いを気にしないで十二体を全滅することだけに専念してほしい」
タトゥーバットの数が多いうちは苦戦は免れない。そして素早く敵の数を減らす戦術が重要になるからだ。と、千星は付け加えた。
「タトゥーバット事件の黒幕を叩くためにも、ぜひ力を貸してほしい。そして、皆の心の強い輝きで、津市の市民を最良の未来へ導いてほしい」
よろしく頼む。と、千星は自信満々の笑みを浮かべた。
それは、灼滅者を信じている証であった。
参加者 | |
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夏雲・士元(雲烟過眼・d02206) |
熊谷・翔也(星に寄り添う炎片翼・d16435) |
居木・久良(ロケットハート・d18214) |
銀城・七星(銀月輝継・d23348) |
石神・鸞(仙人掌侍女・d24539) |
影守・討魔(演技派現代忍者・d29787) |
若桜・和弥(山桜花・d31076) |
白峰・歌音(嶺鳳のカノン・d34072) |
●
袋小路の路地に面した家から母子が出て来て、約十分。
ふぎふぎとぐずっていた赤ん坊が、母親の優しい子守唄にうつらうつらと寝入り始める。
優しくあやしていた母親だったが、しばらくしてふと、空を見上げた。
最初は星を探そうと見上げたのかもしれない。
だけどその優しい眼差しが驚きと恐怖に変わり、はっと息を呑んだ――。
黒い影がこちらに向かって降下していたのだ。
彼女の前にいち早く躍り出たのは石神・鸞(仙人掌侍女・d24539)。
鮮やかな緑の髪と、フリルがあしらわれたメイド服を揺らすと、母子に背を向けたまま空を覆いつくさん黒い影を見据え。
「外は危険でございます、早く家の中へ!」
自分が見つけた異変に向かい、武器を構えた若者が次々と現れる光景に少しだけ驚く母親。
それでも、こちらに向かってくる黒い影は異様以外の何物でもなく。
「どもーお騒がせします」
続いた夏雲・士元(雲烟過眼・d02206)は軽い口調と明るい笑顔で、母親に軽く頭を下げた。
「お子さんが寝付く頃には終わりますんで、子守唄でも歌って安心させてあげてくださいな」
にこやかな笑みは不安にさせないため。
「あとは俺たちに任せて、家の中でゆっくりしているといい」
「その間、家から出ないようにお願いします」
戸惑う母親に熊谷・翔也(星に寄り添う炎片翼・d16435)が静かに告げると、若桜・和弥(山桜花・d31076)も丁寧な口調と共に真剣な眼差しを彼女に向けた。
その間、最前に立つ居木・久良(ロケットハート・d18214)は母親に見えない位置どりで『454ウィスラー』の銃口を黒く覆い尽くされる空に向けた。引き金には指が掛かる。あとは母子が家の中に入るのを待つのみ。
母親には戸惑いながら小さくうなづくと、家の中へ入っていった。
「この身、一振りの凶器足れ」
解除コードを唱えて武装した銀城・七星(銀月輝継・d23348)は、鍵が掛かる音を聴く。同時に自信のそばに、猫と鴉の影をゆらり伴い。
間もなく翔也が口に出したのは優しき家妖精の物語。そこからさらに七星がサウンドシャッターで戦場の音を遮断すると、和弥も殺界形成を展開させる。
これで戦闘は終わるまでは、彼女たち……近隣の住民が外に出ることは無い。
影守・討魔(演技派現代忍者・d29787)は武器を構えて、迫り来る敵……12体のタトゥーバットをニヤリと笑んで見据える。
「バッチリ気力全開、町の人は殺させたりはしないぜー!」
しっかり守り抜く! と、白峰・歌音(嶺鳳のカノン・d34072)も気合を入れると、パンっと自分の眼前で嶺拳を打ち鳴らしたのは和弥。
「こういう事が必要だって言うなら、そうしよう」
暴力で物事の解決を図る。その意味を忘れないための儀式。
そんな中、タトゥーバットは徐々に灼滅者に近づきつつあった。
●
先手を取ったのは久良。
「俺は俺にできる事をやる!」
みんなが笑って過ごせるように、しっかりとこの街を守る。
強い気持ちを胸に、ずっと空を睨んで構えていた『454ウィスラー』の引き金を引き、ファニング。
空中に飛ぶのは弾丸。そして血の飛沫と翼の破片。
(「子爵を動かしたのは恐らく朱雀門。そして目的は我々の力を殺ぎ、自身の勢力を拡大すること。……でございましょうか」)
親子が家の中に戻った事で、鸞は人間形態からサボテンの姿のダークネス形態を露にし。
鸞は自身の魂の欠片を冷たい炎に変換し飛ばせば、飛んでいるすべての個体を傷つける。
凍った固体を目印に、七星は正七角形の標識『七曜区間』の標識を赤く染めると、標識内の猫型淫魔の影もゆるりと変わった。そしてその赤い標識を思いっきり振り回した。
が、タトゥーバットの群れに届かない。ただ空を斬っただけ。
翔也は、構えていた『噺喰武装:妖精の君主-Fairylord-』の七色の宝珠を黄色に光らせて、攻撃手と護り手に耐えうる術を与えると。
「……くらえっ!」
討魔の鍛えられた超硬度の拳も、その影を捕らえきれない。
「元嶺鳳ヒーロー、マギステック・カノン! 町の人を不当に殺される状況喰い止めに参上だぜ!」
先に攻撃し、ダメージを与えられた固体目掛けて歌音も拳にオーラを込めるが、やはりその体に攻撃を入れることは叶わない。
灼滅者側の攻撃に当たるものと当たらないものがある。自分のサイキックのおおよその命中率を知ることができるににだ。
それは、タトゥーバットは空を飛んでいたから。地上付近を漂っているならばともかく、飛行中に近距離の攻撃は届かない。
それを見越したのは、和弥。
「逃がさないよ。この場で余さず、斬って捨てる」
刃物を持たぬその手のひらにこめた力は、今、一番ダメージの嵩んだ固体の体を焦がした。
それでもタトゥーバットはまだ少し高い所にいる。
警戒されて、このまま空の高い所から攻撃される事もありえる。そうすれは、灼滅者が一気に不利になる状況もありえるのだ。
案の定、降りてきたのは十二体いるうちの九体。雑音のような羽音を立てながらタトゥーバットは、灼滅者の背丈ほどの高さをホバリングしてみせる。
それより上を飛ぶ三体のタトゥーバットはそのまま上の方に留まっていた。翼をはためかせると、命中率もぱっとしない上、翔也がかけた守りの術も払えない攻撃が灼滅者を襲う。
それを守り手の鸞が盾となって庇いあげた。
――飛行中という特別な場所からの攻撃。奴らは位置につく一手を攻撃に使ったのだ。
すこし厄介なことになりそうだ。
士元はちょっと空の高いところに一瞥をくれると、すぐさま鸞の傷を帯の鎧で回復した。
●
各個体撃破優先。
それが八人の掲げた作戦であった。
そのため、久良と和弥が初手を当てたタトゥーバットはいい目印となって、低い位置を飛ぶ。
「子爵と対峙なされる方の為に、そして親子の命を守る為、全力を尽くしましょう」
そのために、この蝙蝠たちは灼滅する。
鸞は、その個体目掛けて注射器を突き立てた。血飛沫が飛ぶ。
その脇から飛び出したのは和弥。
「君達には恨みは無いけれど、捨て置く訳にもいかなくてさ」
呟くと、雷を帯びたアッパーカットを炸裂させて黒い体を宙を舞わせる。
だがタトゥーバットは弱々しく回転して体勢を立て直すと、自身の傷を癒した。これを合図に反撃に転じたのは、低空を飛ぶタトゥーバットの群れ。
狙いは誰でもいいと言わんばかりに縦横無尽に飛び回ると禍々しい呪術紋様をゆらりと光らせた。その強い催眠効果は攻撃手と守り手を惑わせる。
「ちょっとまって、回復する」
ふら付き膝を突く灼滅者を、士元が祝福の言葉を風に変えて回復する。
――厄介なのは、この催眠。そしてこの数の多さだ。こうして集中的に惑わされたら同士討ちもありえる。そうなればひとたまりもない。
そうならないため、灼滅者は早期に各個撃破を目指す。そのための火力重視の布陣だ。
頭を振って正気を取り戻した歌音は、タトゥーバットを鋭く睨み、
「お前らなんかに町を好き勝手させてたまるかー!」
氷の魔法は蝙蝠を凍らせ。
地に落ちると同時にどろりと崩れた黒いものを、誰一人として気にしない。
次に狙う固体を見定めると討魔は、効き腕を大きく膨らませると狙いはただ一匹。潰さんばかりの攻撃で、吹っ飛ばした個体は次のターゲットとなる。
七星は、鈍くきらめく十字架『GrimReaper』の全砲門を開放すると、小さな呟きとともに放つのは敵群れを薙ぎ払い麻痺させる強い光。
その光に当てられた個体を久良は、蒸気を上げる『モーニング・グロウ』で一気に殴りつける。
それを待ち構えていたのは翔也。
「他のみんなも頑張っているんだ。俺たちも気合入れないとな!」
気合を入れると、『噺喰武装:守り人の籠手-Spriggan-』を青く光らせて標的を痺れさせた。
しかし次手はタトゥーバット側。そして、残された個体は後、十一……。
●
敵の守り手は、灼滅者と同等、あるいは上の頑丈さを誇っていた。いや、数が多い分、あちらの壁の方が厚い。その個体に守られるのは狙撃手。奴らの確実に当て、惑わせる攻撃に、回復の手が取られていく。
上空のものも狙えないわけではない。だけど、灼滅者の多くは上空を狙わなかった。
それが吉と出たか凶と出たかーー。
必然的に敵の盾を崩しざるをえなくなり、各個撃破は消耗戦の様相を見せたのだ。
そうして空高い場所を飛んでいた蝙蝠が降りてきたのは、灼滅者が守りを担うタトゥーバットを二体撃破させた直後。遠距離攻撃を当てていたとはいえ、まだ十分戦える個体ばかりである。
元から狙撃手だった個体も傷ついてはいたが、確実に倒せるとまでは言えなかった。
その間、灼滅者は、解いては付与される催眠に幾度となく同士打ちの危機を迎えた。守りが足りなかったのだ。実際に同士打ちが起こらなかったのは、その度に総出で回復にまわったおかげだろう。しかし嵩んだダメージは確実に灼滅者を窮地に追い込んでいた。
そうこうしているうちに、敵の守り手の二体は叩きに叩かれ耐えきれなくなったのかヨロヨロと力なく飛ぶ。ここは確実に叩いておく他道はない。
士元は再度、鸞を帯の鎧で守る。灼滅者側唯一の盾である彼女に倒れてもらうわけには行かないからだ。
「ヤミ、ユウラ!」
疲労で掠れ気味の声で七星が呼んだのは、猫と鴉の影。彼らを敵前へ向かわせると、その黒く禍々しい体を一気に斬り裂かせた。
散り散りになった黒い皮膜はどろりと地面に落ち。その横にいる個体目掛けて久良は、燻された真鍮のハンマーを振るう。
「絶対にみんなを助ける!!」
下段から思いきり掬い上げるように振り上げた一撃で、最後の盾も空高くで原形をとどめなくなった。
あと、六体。残るは狙撃手のみ。
後から配置についた個体が妨げ手でなかったのは、本当に幸いと言えよう。
「これは、どうだ!」
鋼の拳を今一度握った討魔は、今まで攻撃が届かなかったタトゥーバットを思いっきり殴りつけた。どろりと溶けていく黒い体。
一方、逃げ惑う黒い姿にぴったり張り付いたのは、歌音で。
「鉄槌をくらいやがれ!」
激しい殴打に力尽きたタトゥーバットは、どろりと解けて消える。
翔也は静かにタトゥーバットに歩み寄る。満身創痍のその足取りは重い。歩みを止めたその手元には、ゆらり。
現れたのは、南瓜の頭に黒いマントの、ジャック・オ・ランタン。
「蝙蝠も焼いてしまおう」
炎は毒の煙。逃げようと飛ぶ蝙蝠を執拗に追いかけ、毒していく。
その蝙蝠たちが滑空して標的にしたのは、攻撃手を担っていた歌音と討魔。
「……!!」
幾度も浴びた超音波を回避しようとするも、蓄積されていたダメージが二人の意識を遠のかせ――。
鸞は二人を倒した二匹のうち、片方にターゲットを絞った。細めた目で標的を見据えると、素早い斬撃はタトゥーバットの翼を引きちぎり、落下していくそれを和弥は構えた手刀で叩き斬った。
だが、残された三匹の残敵は、同じように超音波を発し、ダメージ量が多い翔也と士元を次々に陥落させた。
戦闘不能は、四名。半数だ。
「……、さて、どうなさいましょうか……」
呟く鸞は、肩で息をしながらまっすぐ蝙蝠たちを見据える。
――闇に意識を傾ける用意はあった。
あの親子を守れないなら、闇に意識を傾けてでも……。
久良は口の端の赤を拭いながら悔しそうに歯を軋ませる。
この家の人たちは絶対に守ると、心に強い輝きを灯していたから。その炎はまだ消えていない。
それぞれが体感で長いこと思考を巡らせ、一つの答えを導き出す。
「……一旦引こう」
それは和弥の一言だった。
立っている者も倒れた仲間も、この市を守りたいし、誰も死なせたくはない。だけどこのまま戦っても勝算は低いことを、灼滅者は知っていた。
ある者は歯を軋ませ、またある者は、拳を握り締める。
この戦場を放棄せざるをえないのか……。
だけど、これ以上の犠牲は……。
と、目前のタトゥーバットの目線が少しあがった気がして、敵を睨み見据えていた七星は思わず後ろを振り返った。
その先にいたのは、八人の灼滅者たち。
「まあ七星さん、大丈夫ですの?!」
「和弥、ここにいたとは思わなかったさね」
中には見知った顔もある。同じクラブの先輩・さくらだ。和弥も共闘しあった仲間・ゼアラムの顔を見つけて、小さく声を上げた。
皆、多少のダメージは負っているものの、まだ十分に戦える力は残しているように見える。
このチームになら、託すことができるかも知れない。自分たちが守ってきた物を引き継いでくれるかもしれない。
七星はふと、斜め下に顔を背けた。
「……葵先輩、……悪いが、後を頼めないか?」
「ええ、お任せを。皆さまはひとまず退いて、お怪我を治さなくてはいけませんわ」
間髪入れずに返ってきた声に、悔しさに握っていた拳が緩むのを感じた。
「みんなの尽力は絶対無駄にしないさよ」
力強いゼアラムの声に、和弥は一つ頷いた。
「悪いけど、よろしくお願いするよ」
四人の灼滅者は倒れているものをそれぞれ抱え上げると彼らの背中を一瞥して、戦場を後にしたのだった。
残敵を、無事に倒してくれるよう。
そして自分たちが守ってきたあの家の母子が、この街が、この市が、人々が無事に朝を迎えられるよう。
そう祈りながら……。
作者:朝比奈万理 |
重傷:白峰・歌音(涼風のカノン・d34072) 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年11月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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