私の大事なお人形

    作者:高遠しゅん

     嬢ちゃんたち。あのお屋敷に近づいちゃいけないよ。
     あそこには、怖いこわい人形がいるんだから。
     昔、あのお屋敷にはね、嬢ちゃんたちと同じくらいの女の子が住んでいたんだ。
     でも体が弱くてね、外に出られず友達もいなかった。それを可哀想に思った父親が、大きな人形をこしらえてやったんだよ。
     娘さんはそりゃあ喜んで、大切に可愛がったんだそうな。
     でもね、娘さんの体は悪くなるばかりで、家族で遠い大きな町の病院に入ることになった。人形は置いて行かれたんだよ。だって荷物になるからね。
     そして、誰も帰ってこなかったんだ。
     お屋敷の中じゃ、今も人形が娘さんを探して歩いているんだってさ。
     人形に見つかった女の子は、どこかへ連れて行かれて戻ってこられなくなるんだよ。
     本当かって? それはわからないねぇ。
     この婆ちゃんが嬢ちゃん達くらいの年の頃に、聞いた話だからね。
     さあ、もう日が暮れるよ。早く家にお帰り。
     

    「揃ったようだな、灼滅者たち」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)が、女の子の人形を手にして振り向いた。
    「……いや待て、誤解するな。都市伝説の説明に必要なだけだ」
     誰もまだ何も言っていない。
    「ある町の古い洋館に、都市伝説の事件が発生する。まだ犠牲者は出ていないが、放置したなら遠からず犠牲者が出ることは間違いない。その前に潰してきてくれ」
     都市伝説。地域で囁かれる小さな噂だったものが、サイキックエナジーを得て実体化する厄介な事件だ。
     今回の事件は、古い住宅街のはずれに建つ、管理されることもないまま朽ちていく洋館と少女と人形の言い伝え。
    「人形は長い金髪に青いガラス玉の目、大きさは子供の背丈くらいある。あと、こんな……」
     手にした人形を教卓の上に置き、
    「お姫様みたいな、っていうのか。豪華なドレスを着ている」
     少女人形は一体だけ。サウンドソルジャーに似た力を持っているという。女性を狙って攻撃する。
     ネズミの頭をした小さな兵隊人形が8体。半分は鉄砲を持ち、半分は剣を持っている。
    「娘を連れて行ったのが、父親だったからかは知らないが。ネズミ兵隊は素早く、優先して男性を狙う傾向がある。そう強い相手ではないが、気をつけてくれ」
     洋館に鍵はかかっていない。塀を乗り越える必要があるが、灼滅者であれば簡単だろう。
     正面の扉を開けたすぐのホールに女性がいれば、人形が出てくるようだ。別に、男性が隠れる必要は無い。ホールは広く、戦いにはちょうどいい。
    「もし女性がいなかった場合は……一人でも何人でもいい、覚悟してくれ」
     ふんわりした服を、人形の隣に置く。女装しろ、とのことだ。
    「人の形をしているぶん、やりにくいかもしれないが。帰れなかった娘さんの為にも、終わらせてやってくれ」
     ヤマトは最後まで人形から目を離さなかった。


    参加者
    ジュジュ・ジッフェ(灰冠・d01464)
    鏡水・織歌(ソマリの鏡・d01662)
    アル・マリク(炎漠王・d02005)
    御藤・タバサ(中学生魔女・d02529)
    紫堂・紗(ドロップ・フィッシュ・d02607)
    浅凪・菜月(ほのかな光を描く風の歌・d03403)
    イングリッド・レーンクヴィスト(中学生ダンピール・d04363)
    月見里・月海(元気あふれる太陽娘・d07093)

    ■リプレイ


     その館は、かつてはどんなに見事なものだったのだろう。
     古くからある住宅街から、ほんの少し脇道に逸れただけであるのに。緑で深く覆われた館は、ひっそりとそこにあった。
     塀を越えた前庭も荒れ放題に荒れてはいたが、かつては手の込んだ庭園であったことを偲ばせるように、ひび割れた煉瓦で区画割りされ、野生化した季節の花が咲いている。
    「人形も寂しかったのかな……」
     鏡水・織歌(ソマリの鏡・d01662)は耳にかけたヘッドホンに指先で触れ、ぽつり呟いた。待ち人は帰らず、人形は時間のことわりを外れて待ち続ける。永遠に帰らないことを教えることが非情であろうとも、それが自分たちがここを訪れた理由だ。
    「止めるほうが大事、だよね」
     扉を開ける前に気持ちを切り替えなければと、ジュジュ・ジッフェ(灰冠・d01464)は胸に手を当てた。これから起こることに、祈りと救いを求め。
    「さっさと倒しちゃいましょう? 人形って、気味が悪いわよ」
     きっぱりと口では切り捨てる御藤・タバサ(中学生魔女・d02529)。だがその視線は遠く、どこか悲しげに揺れている。
    「私も……人形、少し怖いかな。可愛いとは思うんだけれど」
     ふわり漂うナノナノのヴァニラを呼び、抱きしめる紫堂・紗(ドロップ・フィッシュ・d02607)。ヴァニラもきゅうっと身を縮める。主の思いをくみ取るかのように。
     置いて行かれたなら、きっと寂しい。それが人でも、物であっても。早く助けてあげたいと、浅凪・菜月(ほのかな光を描く風の歌・d03403)は思う。甘さの無い少年の服は、少女ではないものを狙う敵への対策だ。
     同様に月見里・月海(元気あふれる太陽娘・d07093)も少年の姿。敵の一点集中攻撃を防ぐための策のひとつ。
    「可哀想だけど、それで他の子が死んじゃうのはダメだよ。ボクはそう思う」
     口調も少年を意識する。それで仲間を守れるのなら。
    「都市伝説と割り切り、倒してやるのが慈悲だろう」
     イングリッド・レーンクヴィスト(中学生ダンピール・d04363)は、人の形した物を壊すやりにくさを感じてはいるものの、倒すことにためらいは無い。
     七人の少女たちの後ろで、小さく毒づく声が聞こえた。
    「……なぜ男は余ひとりなのだ」
     着慣れない少女の服に手間取りながら、アル・マリク(炎漠王・d02005)は柔らかな布の衣装を引っかける枯れた木枝を乱暴に払った。
     集った灼滅者は八人、偶然にも少年はたった一人。
     エクスブレインの情報には、敵のほとんどは男性を狙って攻撃を仕掛ける特性を持っているという。それゆえの策。彼のナノナノ・ルゥルゥも、心配そうに周囲をゆらり旋回する。
     さあ、行こう。
     誰かが言い、全員が頷く。陣形を確認して、館の扉を開く。
     悲しい伝説を、壊すために。


     館の主人在りし日々には、この広間で舞踏会でも開かれたのだろうか。
     吹き抜けの天井、屋根や壁の一部は崩れ床も所々傷んで落ちてはいるものの、戦闘には充分な広さがある。床材はよほど上質な木材を使用していたのか、落ちる心配も無さそうに見える。割れた窓から入る光で、視界を遮る闇はない。
     存在したと噂される『少女と人形』は、広すぎるこの館で何を思ったのか。
     灼滅者たちの物思いは、どこかから聞こえてきたラッパの音で中断した。
    「……あれは」
     ざっ、ざっ、ざっ。
     足音がホール中央奥の暗がりから聞こえてくる。
     赤い上着の兵隊人形、胸に剣を、肩に鉄砲を、ネズミの頭には黒い帽子。進軍のラッパに合わせ、足並み揃え現れた。
    「来やがった」
     目を細め、織歌はずっと付けていたヘッドホンを外して低く唸る。
     そして人形達が整列した向こう側。
     まるでつい昨日箱から出したかと思わせる人形が、いた。
     蜂蜜色の波打つ髪、ガラスの瞳は澄んだ青。淡い桃色の絹で作られた繊細なドレスは、陽光に柔らかく光る。陶磁器の肌もつ『人形』。
    「うぁ……でも、そんな。ありえない」
     イングリッドがどこか気落ちしたような口調で呟くが、明らかに目の前の光景はおかしいのだ。子供が遊ぶ人形が子供と同じほどの大きさであることなど、通常では考えにくい。
    「人形風情が民を脅かすとは、良い度胸ではないか。焼き尽くしてくれよう!」
     アルの上げた声が、戦いの幕開けとなった。
     迸る炎をマテリアルロッドに纏わせ、一瞬で距離を詰めて剣の兵を灼き焦がす。レーヴァテインの炎は剣の兵に燃え移り燃え続ける。
    「ボクだって!」
     オーラを放つ月海の拳にも炎が宿った。半ば焦げ付いた剣の兵に続けて叩き込むと、衝撃のまま床に崩れ焼け焦げた木ぎれと化し、動かなくなった。
     至近で弾けるような音が聞こえた。
     火薬が爆ぜる、玩具のような軽い破裂音。しかし受けるダメージは本物。
     ネズミ兵隊人形は男性を狙うとは、エクスブレインの言葉通り。もしこの場にいる者全員が男性だったとしても、女装で呼び出せるほど遭遇条件は低かった。ゆえに、男装した月海と菜月にネズミ兵の攻撃が集中する。
     少女人形は少女の姿を求め、兵隊人形は少女の姿したものを狙わない。策は成功した。
     剣持つ兵の攻撃は、最も近くにいた月海に。銃掲げる兵の攻撃は、後方の菜月に集中する。
    「平気。まだ、始まったばかり!」
     傷の痛みを堪え唇に乗せた菜月の歌声が、月海の傷を癒していく。自分よりも誰かを先に、前で戦うものを癒す。そう決めたから。
     アルのナノナノが命じられ、ふわりハートを飛ばし菜月の傷を塞いだ。
    「ネズミ野郎、余所見してんじゃねぇよ。相手はアタシだって言ってるだろ!」
     戦闘開始時から別人のように豹変した織歌が叫んだ。迸るどす黒い殺気は、菜月の周囲に集まっていた剣の兵をまるごと呑み込み。
    「……まぁ、さっさと倒されてくれ」
     イングリッドの不機嫌そうな声と共に、放たれた紅蓮の斬撃がもう一体の剣の兵を微塵とする。
     少女人形が、両手を広げたのはその時だった。


     きりきりと螺子がまかれゼンマイが軋む音。どこか物悲しげな旋律は、かつて少女に歌った子守歌だろうか。幾重にも重なったオルゴールの音が広間に流れた。
     音楽に合わせくるり踏むステップに揺れた裾が衝撃波を生み、ジュジュとタバサに襲いかかる。
    「(ジュジュもお人形さん、大好き。だけど)」
     傷の痛みを意識の外に置き、足元の影を弾丸にして少女人形に飛ばす。
    「誰かを傷つけてしまう前に止めてあげなきゃ、そのほうが可哀想」
    「私だって、気にならないわけじゃないわ。けれど」
     タバサも弾丸を創りあげ、少女人形へ。
    「気味が、悪いのよ!」
     柔らかな絹に包まれた少女人形の胸に、無残な穴がふたつ空く。苦いものを噛みしめたかのように、タバサの表情が泣きそうに歪む。
     その後方で、きりりと弓引くのは紗だった。青いハートを胸元に、強度を上げた矢は漆黒の弾丸となって人形の腕を打ち抜いた。彼女のナノナノ・ヴァニラが起こした竜巻は、鉄砲のネズミ兵を巻き込み吹き荒れる。
    「貴女の大好きな人は、もう帰ってこないんだよ。わかって……!」
     訴えるも、瞬きしない青い瞳は何も映さず。
    『哀れなものだ。なんとも、物悲しい』
     三体目の剣の兵を、魔力を流し込んだロッドで爆破しながら。アルは胸の内で呟いた。
     叶うなら少女人形の主がしたように、哀れな人形を抱きしめてやりたいとも思う。
    「だが、今は情けはなしだ」
     剣の兵が微塵と散る。
    「ボクや、ボクの仲間を傷つけるなら……敵でしかないよ。呪いの人形!」
     鉄砲兵の射線を遮る位置に立ち、自分に言い聞かせるように月海が叫ぶ。オーラを纏った鋼鉄の拳が、最後の剣の兵を打ち砕いた。
    「人形に情かけられるほど、アタシも優しくはねぇんだよ……」
     渾身のトラウナックルが、鉄砲の兵を一撃で粉砕する。織歌の声もどこか苦しげで。
     人のかたちをした、かつて愛されたもの。事実でも作り話でも、喜んで手にかけようと思う者は、ここにはいない。
    「今のうちに……やれ!」
     叫ぶイングリッドの周囲を旋回していたリングスラッシャーが、七つに分離する。不規則な軌跡を描き、鉄砲の兵を切り刻んでいく。
     行動予測力を上げたタバサが狙うは、少女人形。練り上げた力で放つ魔力の弾丸は、少女人形の左腕を吹き飛ばした。
     床に落ちた人形の腕は、二三度転がって動かなくなる。
    「できれば……助けてあげたかったよう……」
     菜月が投げた護符は風を絡みつかせて少女人形へと飛ぶ。
     オルゴールの音が不意に高くなる。少女人形が、己の傷を癒すために歌っているのか。
    「代わりに家にいて欲しかったのかも、しれないよ」
     ジュジュの影が長く伸び、少女人形を包み込む。どんな心の傷を引きずり出されたのか計る術は無いが、人形は突然暴れ出した。オルゴールの音が不協和音に変わっていく。
    「あと、ひといき!」
     紗はふたたび弓を引き、彗星の力宿した矢を人形へ向けて放った。きらめく尾を引いた矢は少女人形の胸の中心を貫く。人形の頬にひとすじ、亀裂が入った。
     ぎりぎりと絞り上げられていくような不協和音は、少女を模した人形の苦痛を代弁しているかのよう。それでも、倒さねばならない。
     紗のナノナノ・ヴァニラもしゃぼん玉を吹かせて応援する。至近で弾けたしゃぼん玉も、陶磁器の肌に細かな傷を付けた。
     鉄砲の兵が撃つ攻撃は、既に灼滅者に決定的な傷を負わせるには至らない。
    「ルゥルゥ、合わせるぞ!」
     ナノナノ! と後方からの返事を聞くまでも無い。アルのオーラに包まれた拳が、目にもとまらぬ速さで少女人形に叩き込まれた。同時にナノナノのしゃぼん玉が弾ける。
     ぴしり、ぴしりと陶器の肌に亀裂が走り、剥がれ落ちてゆく少女人形。目元から頬に走る亀裂がまるで涙の跡のようで。
    「ごめんね……!」
     菜月の投げた護符が刃となって胴を薙ぎ、ゆっくりと少女人形は崩れ落ちた。
     それまで鳴っていたオルゴールの音は、ぷつり途切れた。


     からりと軽い音を立てて、ネズミ兵だったものが床に転がる。
     乾いて朽ちた、木の破片だった。元は少女人形と共に飾られていた、兵隊人形であったのかも知れないけれど、想像することもできない。
     少女人形が倒れた場所には、ぼろぼろの布が落ちていた。人形が唯一残したものであるのか、これもわからない。
    「だから、嫌なのよ……」
     タバサが布を拾い上げ、埃を払おうとしたが。風雨にさらされた布はほろほろと崩れるばかりで残らない。
     図書館の古地図で調べられたのは、数十年も前からこの屋敷には人が住んでいないということだけ。持ち主に人形を返してあげたかった。言葉にはせず、タバサは踵を返す。
    「……これで解決、だよね?」
     紗がぽつりと呟く。寄り添ってくるナノナノをそっと抱きしめ。
    「助けてあげられなくてごめんね……」
     大粒の涙を溢れさせる菜月の背を、月海がそっと支えた。
     外していたヘッドフォンを着けなおし、織歌もまたうつむいたまま。
    「帰るぞ。生者には生きて記憶する義務があるのだ。悲しみに引きずられては、娘も人形も浮かばれまい」
     アルはナノナノを連れ、扉を大きく開け放った。
    「見よ、よい空だ。旅立ちには相応しいと思わぬか!」
     見上げた先には、人形の瞳の色に似た初秋の青空が広がっていた。

    作者:高遠しゅん 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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