赤色の妄執

    作者:飛翔優

    ●脱出不可能
     ――閉じ込められて、果たしてどれだけの時間が経っただろう?
     足を運べるのは校庭、校舎、体育館、プール……外壁と門でくくった学校内部だけ。
     脱出を試みていた者たちが諦めたのは、果たしてどれくらい前のことだっただろうか?
    「……」
     閉塞した環境の中、徐々に広がる絶望感。
     頭のなかをめぐる、最悪の未来。
     どうすれば出ることができるのか。
     どうすればあるべき場所に戻ることができるのか。
     戻る必要などあるのだろうか?
    「……そうか」
     男は口元に笑みを浮かべ、図画工作室へと赴いた。
     はさみを、糸鋸を、ありとあらゆる刃物を手に入れた。
     脱出できぬのなら、心赴くままに殺せばいい。
     この学校を、赤と赤で満たせば良い。
     そうすればいずれ……脱出の良案も湧くだろう。

    ●夕暮れ時の教室にて

     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(大学生エクスブレイン・dn0020)は、真剣な表情を浮かべたまま説明を開始した。
     神宮寺・柚貴(不撓の黒影・d28225)らの調査によって判明したことがある……と。
    「すでにご存知の方も多いとは思いますが、新たな六六六人衆の密室事件が発生していること……ですね」
     今までの密室と異なり、中にいる六六六人衆も閉じ込められていて脱出できないらしい。
     密室に閉じ込められた六六六人衆は、同じく閉じ込められた人間を殺戮しようとしている様子。
     密室は、中から外に出られないだけで外からは簡単に入ることができるし、予知も可能。
    「ですので、どうか密室に閉じ込められた六六六人衆を灼滅してきて欲しいんです」

     続いて……と、葉月は地図を取り出した。
    「皆さんに赴いてもらうのはこの、町中の学校ですね」
     この学校の中に、多数の人々が囚われている。
     そして赴く当日のお昼過ぎ、一人の男が……六六六人衆が行動を起こす。
     名は不明。男は考えた果て、とりあえず人々を殺していけば良案が浮かぶだろうと判断し、図画工作室へと赴く。人を殺すための武器を得るために……。
    「ですので、図画工作室内で待ち構えて下さい。そうすれば迎え討つ事ができるはずです」
     後は戦えば良い、という流れになる。
     男の力量は、灼滅者八人ならば十分に倒せる程度。
     攻撃面に特化しており、血に飢えた爪で敵を切り裂き己の傷を癒やす、癒やす事を許さぬ深い爪痕を刻む、守りすらも砕く引き裂き……といった攻撃を行ってくる。
     また、どれも殺傷力が高い。反面、威力そのものはさほど高いわけではない。その辺りを留意して戦いを挑むと良いだろう。
    「以上で説明を終了します」

     地図などを手渡し、締めくくりへと移行した。
    「危機的な状況ですが、今ならまだ犠牲者を出さずに解決できる事案でもあります。ですのでどうか、全力での灼滅を。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」


    参加者
    楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)
    清流院・静音(ちびっこ残念忍者・d12721)
    神楽・武(愛と美の使者・d15821)
    海弥・有愛(灰色の影・d28214)
    神宮寺・柚貴(不撓の黒影・d28225)
    不破・九朗(ムーンチャイルド・d31314)
    押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)
    上無・綾(束縛のヒト斬り・d35094)

    ■リプレイ

    ●決戦の舞台は図画工作室
     晩秋の冷気に抱かれ眠る、子どもたちの喧騒なき小学校。
     校庭に響くは風の音、体育館から聞こえる音は何もなく、校舎に満ちるは嗚咽と絶望。あるいは恐怖。
     重苦しい空気の中を歩いた灼滅者たちは、人気のない図画工作室へと辿り着いた。人払いの力を用いながら手早く内部に侵入し、機械の影、店の間、机の下……息をひそめられそうな場所を探していく。
     そんな中、神楽・武(愛と美の使者・d15821)が何気ない調子で口を開いた。
    「新しい密室ねぇ……」
     密室。
     人々を殺戮の舞台に閉じ込めるための力。
     この小学校を満たす絶望の原因。
    「自分たちの手駒っていうか、六六六人衆を使わずに密室にできるってことでちょっとインスタント感あるわネ。エクスブレインが予知するのも容易いらしいし。目的はよく分からないケド、とにかく血を集めるとかしてるのかしら」
    「そうだね。外から誰かが作った密室ってことかも……」
     押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)が頷き、肩をすくめていく。
    「ともあれ、今は六六六人衆を確実に仕留めるっす!」

     時計の音を聞きながら息を潜めること十数分。スキップでも踏んでいるかのような足音を響かせた後、一人の男が図画工作室の扉を開けた。
     目を爛々と輝かせ、口元に笑みを浮かべた男はキョロキョロと周囲を見回していく。
     工作用具が入っていると思われる棚を発見し、意気揚々と歩き出し……。
    「やァ、楽しィ工作の時間だよ! 材料はテメェの体、ゆッくり遊ンで逝ッてネ!!」
    「なっ!?」
     遮るように、楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)が飛び出した。
     呼応するように立ち上がった不破・九朗(ムーンチャイルド・d31314)は、淡々とした声音で言い放つ。
    「出る方法は分かっているよ。君が灼滅されるか……もしくは、君がこの密室内を殺しきるか」
     真実の言の葉を。
    「まぁ、僕らが来た以上結末はひとつだよ」
     確かな決意を。
     突然のことに頭が処理しきれないのか、固まる男。
     再び動き出したのは数十秒。
    「……なんだかよくわからねぇが、要するに殺しゃいいんだろ、お前達もよぉ!!」
     狂ったような笑みを浮かべながら、ゆっくりと身構え始めていく……。

    ●鋭き刃は何を狩る?
     一般人とともに密室に囚われていた六六六人衆。
     狂気に満ちる瞳にはもう、人であっただろう面影はない。
    「もう完全に堕ちて引き返せぬ状態でござるな。残念でござるが、被害を拡大させぬため灼滅するでござる。お覚悟あれ!」
     清流院・静音(ちびっこ残念忍者・d12721)は告げ、マフラーの位置を直しながら結界を放ち、男の体を包んでいく。
     さなかには霊犬の影千代が駆け出して、斬魔刀を閃かせた。
    「はっ!」
    「そこや!」
     斬魔刀が弾かれていく中、神宮寺・柚貴(不撓の黒影・d28225)が踏み込み槍による螺旋刺突を繰り出した。
     誤ることなく右肩を捉え――。
    「痛いじゃないか、なあ!」
     ――駆け抜けようとした時、左腕を掴まれた。
     空いている男の右手には、鋭い爪。
     男は狂気に満ちた笑みを浮かべながら、柚貴に向かい突き出して……。
    「ま、させないんだけどね」
     九朗が防衛領域を広げた盾を滑りこませ、爪による刺突を受け止めた。
     勢いのままに力を込めて押し返し、二人を引き剥がし体を割り込ませていく。
     だいたいのものは引き受ける。攻撃と治療は任せるよ」
     立ち止まると共に炎を広げ、前衛陣に抗うための加護を与えた。
     さなかにはハリマのニューファンドランド種に似た霊犬・円が瞳を光らせ、九朗の治療を始めていく。
     一方、海弥・有愛(灰色の影・d28214)は背後に踏み込み黒刃の長剣を掲げた。
    「隙ありだ」
    「ぐ……」
     勢いのままに振り下ろし、背中を斜めに切り裂いていく。
     剣を戻す勢いを体に乗せて退く中、落ち着いた調子で問いかけた。
    「質問がある」
     返答は聞かず、続けていく。
    「この密室はアツシか与えられた物か? それとも他の誰かに騙されてお前はここに放り込まれたのか?」
    「……知らねぇよ」
     ならば、寝てる間にでも運び込まれたというのだろうか?
     吐き捨てるように語られた返答を、有愛は頭の片隅に留めていく。
     さなかにも灼滅者たちは攻撃を重ね……。
    「しゃらくせい!」
     時にいなし、時にかわし、時に受けていた男が、殺気を振り払いながら上無・綾(束縛のヒト斬り・d35094)に向けて右腕を振りかぶった。
     すかさずハリマが飛び込んで、右腕で爪撃を受けていく。
     深い傷痕が刻まれ、表情を歪め……。
    「っ……こっちも通さないっすよ!」
     おびただしい量の血を流し始めながらも言葉は強く、笑みを浮かべながらその場に留まった。
     腕を引き戻し退いていく男の後を追い、右足に炎を宿していく。
     円の治療を受ける中、側頭部めがけてハイキックを放っていく。
     頬を掠めさせ燃えていく光景を前に、綾はハリマの横を駆け抜けた。
    「ありがとうございます!」
     すれ違いざまに礼を述べるとともに跳躍し、斬艦刀を高く、高く振り上げる。
     口元に笑みを浮かべながら、思いっきり振り下ろす!
     ――嗚呼、その首を落とせたらなんて嬉しいんでしょうか。
     思いを込めた斬撃は、男の右腕を切り裂くことに成功した。
     男は苦痛に表情を歪めながらも、動きは淀ませることなく戦場を駆けまわり始めていく……。

     生命力を盗むという、爪刺突。
    「はっ!」
     たくましい肉体で受けた武は、気合一つではねのけた。
    「ハッ、堕ちたてのくせしてやるじゃねぇのよ。でも、はしゃいでられんのも今のうちだ、ウオラァァッ!」
     勢いのままに帯を放てば、退こうとした男の右足を浅く切り裂いた。
    「くっ」
    「休む暇などあたえないでござるよ!」
     武から離れようとバックステップを踏んでいく男を、静音がマフラーの位置を直しながら追いかけた。
     牽制とばかりに振るわれていく爪を刃でいなしながら距離を詰め、壁際へと追い詰める。
    「くそっ!」
    「っ!」
     破れかぶれに振るわれた爪撃が、誤ることなく右肩へと食いこんだ。
     即座に円からの治療を受け取った。
    「感謝するでござる。これだけで十分でござるよ」
     男の振るう爪の傷は深く、長く残る。
     ただそれだけで治療は終わった。
     傷が重なると厳しいから早々に……と、静音はしゃがみ込む。
     右側へ抜ける勢いで足を切り裂いたなら、後を追いかけてきた影千代が得物を打ち込んだ。
     更には盾衛が机を足場に高く飛び、天井を蹴り、半ばにて軌道を変えながら距離を詰め、鋭き刃を振り下ろす!
    「上手に爪を斬れたらご喝采ッてなァ!」
     つま先へと振り下ろされた刃は、硬い何かを強く打ち据えた感触を返してきた。
     動きも鈍っただろうと直感で感じ取ったのか、綾が踏み込み斬艦刀を振り下ろす!
    「はっ!」
     男は体を丸め、斬艦刀を回避し壁際から退避。
     直後、柚貴が声を駆けた。
    「綾ちゃん、勢いは良いから別の技も挟んで!」
    「あ、は、はい! す、すいません先輩!」
     表情をはっとさせながら退く綾。
     入れ替わるように柚貴が走りだし、中央に戻ろうとしていた男の前に立ちふさがる。
    「ちぃ」
    「おっと」
     繰り出された爪撃を、オーラで固めた左腕で受け止めた。
     受け止めてなお感じる痛みに瞳をh曽於目ながら、光の剣を構えていく。
    「治療が満足にできないなら、いっそ……」
     やはり重なると危ういけれど、逆に捉えれば重ならなければ大丈夫。
     確信めいた思いとともに踏み込んで、左肩に光の刃を突き刺した。
    「ぐ……」
    「有愛ちゃんッ! このまま、一気に畳み掛けるでッ!」
    「ええ、神宮寺殿!」
     即座に有愛が呼応し、光の刃を引き抜こうとしている男の背中を斜めに切り裂いた。
    「が……」
     悲鳴を上げながらも光の刃を引き抜き、転がるように柚貴の横を抜けていく男を見据えながら、有愛は静かな言葉を紡いでいく。
    「順調だな、この調子で行こう」
     可能ならば早々に。
     誰ひとりとして倒れないうちに……。

     呪縛も織り交ぜながら攻撃していたからだろう。戦いが長引くに連れて、男の動きはみるみるうちに鈍くなっていった。
    「この、この、この……!」
    「おっと」
     やぶれかぶれといった調子で振り下ろされた爪撃を、武はひらりと避けていく。
     腕を肥大化させながら、にこやかな笑みを浮かべていく。
    「あら、最初の勢いが随分と可愛くなったじゃないの? ま、それでも手加減はしないけどね!」
     告げながら真っ直ぐに拳を振るい、男を壁際まで殴り飛ばした!
    「あん、アタシったら興奮しすぎちゃった♪ 闘いは美しくエレガントが一番よ☆」
     武がポージングを取り現状を取り繕う中、九朗が一跳躍で距離を詰める。
     何とか倒れず床に立ち、体勢を整えようとしている男の懐へ入り込むなり、蛇腹剣に炎を宿して横に薙ぎ払った。
     横一文字の斬撃を加え蝕む炎を与えた時、円が六文銭の射出を開始した。
     治療役が攻撃に回り始めることができたほどに、今現在の被害はない。
     恐らくは、あと少し。
     けれども焦ることなく、ハリマは六文銭の間を駆け男の体に抱きついた。
    「いったいいつから閉じ込められてたんっすか? 技の切れがなまってるような……」
     煽りながら持ち上げて、中央部に向かって投げ飛ばす。
    「ぐ……」
     空中にて身動きが取れない男が向かう先、刀を鞘に収めた盾衛が立っていた。
     ならばとばかりに突き出された爪を、盾衛は左肩で受け止める。
    「……随分と軽くなったなぁ」
    「く、くそ……」
     飛んできた勢いを乗せてなお、食い込ませる程度の威力しか持たない男の爪。
     にやりと笑みを浮かべた後、刀の柄で男の体を押し返し……居合一閃!
    「が……」
     首を切り飛ばし、背を向けた。
    「コレにて楽しいお絵描き工作の時間はオシマイ。ま、赤の絵の具はオレらとテメェの血ダケで勘弁しとけや、な?」
     返答はない。
     あるはずがない。
     男は中央部と壁際の二箇所に散り、驚愕に目を見開いたまま姿を薄れさせていく。
     十秒もの時が経つ頃には消滅し、小学校はあるべき姿を取り戻すために動き始めた……。

    ●休息の時
     なんとなく状況を察知したのか、校舎のあちこちから戸惑いの声が聞こえてきた。
     喜びに変わるのに、さほど時間はかからない。
     次々と校庭を抜け門から脱出していく人々を眺めていた有愛は、十数分ほど経っても何も起きない様子に静かな息を吐き出した。
    「どうやら、これ以上のことはないみたいだな」
    「せやね。何もなくてよかったわぁ」
     柚貴もまた肩の力を抜き、朗らかな笑みを浮かべていく。
     一方、綾は安堵の息を吐き出した。
    「みんな無事で良かった」
     深い傷痕を残す技の数々。されど、意識を刈り取るまでは至らなかった男の技。
     一人振り返る静音は、マフラーの位置を直しながら男の消えた場所へと視線を向けた。
    「この密室の中心になっているというのに、何も知らぬと見えたでござる。奴らにとっては使い捨ての道具ということでござるか」
     瞳を細め、続けていく。
    「大きな事件が起きなければよいが……」
     未来はどうなるかわからない。
     だからこそ、今は体を休めよう。
     ゆっくりと傷を癒やしておこう。
     次なる戦いに備えること。それこそが、今やるべきことなのだから……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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