芸術の秋。
武蔵坂学園の秋を彩る芸術発表会に向けた準備が始まろうとしてた。
全8部門で芸術のなんたるかを競う芸術発表会は、対外的にも高い評価を得ており、武蔵坂学園のPTA向けパンフレットにも大きく紹介されている一大イベントである。
この一大イベントのために、11月の時間割は大きく変化している。
11月初頭から芸術発表会までの間、芸術科目の授業の全てと、特別学習の授業の多くが芸術発表会の準備にあてられ、ホームルームや部活動でも芸術発表会向けの特別活動に変更されているのだ。
……自習の授業が増えて教師が楽だとか、出席を取らない授業が多くて、いろいろ誤魔化せて便利とか、そう考える不届き者もいないでは無いが、多くの学生は、芸術の秋に青春の全てを捧げることだろう。
少なくとも、表向きは、そういうことになっている。
芸術発表会の部門は『創作料理』『詩(ポエム)』『創作ダンス』『人物画』『書道』『器楽』『服飾』『総合芸術』の8つ。
芸術発表会に参加する学生は、これらの芸術を磨き上げ、一つの作品を作りあげるのだ。
芸術発表会の優秀者を決定する、11月20日に向け、学生達はそれぞれの種目ごとに、それぞれの方法で芸術の火花を散らす。
それは、武蔵坂学園の秋の風物詩であった。
●Dance Dance Dance!
「……というものだ。まさに芸術の秋、心が躍るな」
満面の笑顔で長い長い説明を終えた櫻杜・伊月(大学生エクスブレイン・dn0050)は、途中から相づちも入れなくなった刃鋼・カズマ(高校生デモノイドヒューマン・dn0124)を振り返った。
「判ったか?」
「……いや」
「では要点をもう一度説明する」
伊月愛用の手帳には、芸術発表会その日付に大きく赤い花丸が描いてある。それほど楽しみにしているらしい。
「秋の芸術発表会に向けて、これから多くの生徒が練習に励むことだろう。その中の『創作ダンス部門』は、音楽と身体表現で芸術を表すものだ」
バレエ、ジャズダンス、ヒップホップに競技ダンス、日本舞踊のはてから体育の授業で習ったようなもの。ダンスと一言で言っても、数限りない種類がある。もちろん、音楽に合わせ心の赴くままに身体を動かすだけでもいい。
「体ひとつで心を伝える、それがダンスだ」
「……そうだな」
「衣装も演出の一つだが、ダンスにもっとも必要なものは心だ。即ち、誰に何を伝えるか。観客にアピールする何かが必要と思うのだ」
「……ああ」
「腕の上げ下げ、ステップの組み方、それら一つ一つに想いを込め、観客の視線を集めその心を喜びや楽しさで満たせたなら。これほど楽しいものはないと思わないか?」
「そうだな」
「だろう! そう言うと思って、エントリーしておいた」
「……そうか……え」
ぴしりと伊月に指を突きつけられるカズマ。今、目の前の眼鏡のエクスブレインは、何か大きな爆弾を目の前に落とした気がする。
「『創作ダンス部門』、参加決定だ。良かったな、カズマ」
「何、を。俺は、踊ったことなど!」
「体育の授業で多少は習っただろう? 心配ないさ」
「そういう問題ではない!」
珍しく声を上げるカズマに、伊月もこういう場面で珍しく真顔だ。
「人前で踊るのは苦手か? ならば練習あるのみ、だな」
「だから」
「初心者向けのダンスDVD等、準備は万端整っている」
「それは」
「逃げるのか、刃鋼・カズマ。記念すべき、高校生活最後の芸術発表会から」
そう言われると弱いことを伊月は知っていて、敢えてその言葉を選ぶ。カズマは数瞬黙ったのち、ぐっと拳に力を入れた。
「……逃げるものか」
「ならば今日からでも準備と練習を開始だな。迷っている時間などない」
ひらひらと後ろ手に手を振る伊月。
カズマが我に返った時には遅かった。また乗せられた。完全に。
「芸術発表会当日のステージに立てるのは、予選を勝ち抜いた一名だけだ。楽しみにしているよ、君の芸術がどんなものかを」
●Lesson
トレーニングウェアに着替えて体育館の扉を開けた、アリス・ドール(斬撃の人形姫・d32721)、時間は未だ授業が始まるには早すぎるほど。しんとした空気、張り詰めるような静寂の中、準備運動を終えて息を整え、持ってきた音楽プレイヤーのスイッチを押す。
軽快なダンスミュージックが流れる中、無機質な人形めいたアリスのステップは、次第に心を乗せた軽やかなものへと変化していく。学園に来て、仲間と会えて、温かい気持ちを持てたことへの感謝の気持ちを、伝えたい。たとえ拙くても、心をこめて。
体育館裏の渡り廊下。夜舞・リノ(星空に煌めく魔法使い・d00835)は夜空のような紺色の衣装を抱きしめた。夜に舞う、という自分の名にもある意味。このところ目の回るような忙しい日々を送る学園の皆に、包み込む星空のような、穏やかな時間を魅せてあげられたなら。願う心のまま小さく跳べば、爪先を包むバレエシューズの靴裏がきゅっと小さく鳴る。きらり、ふわり、くるりと心の赴くまま柔らかに軽やかに、舞う。
人前に出ること、ほんとうは恥ずかしくて逃げてしまいたい。けれど、いつまでもそのままではいけないから。井乃中・葵(魔本の射手・d01354)は若葉のような緑の衣装を体に当てて、全身を映す鏡を見た。バレエは初めてだけれど、基礎の動きはレッスンを続けてきた。挑戦を諦めることだけは、したくないから。自分に負けてしまうのは、嫌だから。
今のわたしは、雨空が好きな小さなカエル。雨が止んで空を見上げたなら、綺麗な青空が広がっていることに気がついた。高く高く手を伸ばす。空に届いたなら、最後までやり遂げられると信じて。
軽快なタップ音がリノリウムの床に響いた。スラップ&フラップ、スラップ&フラップ、基礎練習を繰り返し、身体が温まってきたところでアレンジを加えていく。
タップシューズから下駄に履き替えながら、水野・真火(水炎の歌謡・d19915)は作り物の曲刀を持った北条・葉月(独鮫将を屠りし者・d19495)を見上げた。
「慣れないと足がもつれますね、これ……」
「二人で練習すれば、もっと上達するさ」
いつかペアダンスを披露したいな、と葉月が笑う。かこん、と下駄の調子を合わせる真火の衣装は和装。戦化粧の紅も準備してある。曲刀を構えてポーズを取り、更に上級の技に挑戦する葉月は、中東の物語にあるようなゆったりした民族衣装を模してある。
「もうすぐ予選の時間ですね」
「負けないぜ」
「僕もです」
舞台に上がるのはいつぶりだろうか。心地よい緊張感の中、真火もまた笑みを返した。たたん、と床を踏みしめて。視線を合わせる。音楽を愛する者どうし、そこには戦士の顔があった。
舞台袖、最後の調整に入ったのはリギッタ・マクバーレン(スキエットソリスト・d29114)。体に行き渡るように覚えた音楽に乗せ、しなやかに腕を伸ばし天をあおぐ。体の曲線に沿って流れる衣装は、アンティークな人形のよう。
「リギーちゃん、ねえ、リボンずれてない?」
芳森・小晴(くもを追って歩く・d31238)が普段は見せない緊張した面持ちで背を見せてきた。小晴の衣装は凝ったもので、白のシンプルなものと思いきや時間と共に模様が変わり、舞台上で脱ぎやすく作られている。内側には目の覚めるような黄色の衣装が隠されているのだ。
「大丈夫だ、芳森。ずれていないぞ」
「よかった。衣装、かわいい」
リギッタにダンスを習っている小晴は、あまり着慣れていない様子のリギッタの衣装に暫し見とれた。共に練習してきたお師匠さまでも、今日はライバルのひとりだ。
「あたしにも、譲れないもの、あるから」
負けない。小晴の真摯な瞳がステージを見つめる。
「ああ。全身全霊で挑ませてもらおう」
いい所を見せたいからな、とリギッタ。舞台袖に小晴の名を呼ぶアナウンスがかかった。
「さあ、行っておいで」
「はい!」
輝くような笑顔を見せ、小晴が舞台に飛び出していく。ハードテクノの賑やかなリズムに乗り、軽やかなステップを見せ付ける。
勝負は、ここから始まるのだ。
●Stage
願うは鎮魂。舞うはたおやかな剣の舞い。上無・綾(束縛のヒト斬り・d35094)は淑やかな装束を翻し、右に魔を断つ剣、左に優しき風を切る扇を手にひらり舞う。未だ力弱い自分にも、できることがあるのなら。長きにわたる戦いの中で散ったひとの魂を、叶うならば敵である闇の者たちの心をも、鎮めて静かな眠りに就けるよう。
(「世界が、人々が安らかでありますように……」)
高く低く鳴り響く鼓とともに、綾のまとう純白の小袖が風をはらむ。ひゅんと空を切る刀が光を受けて弧を描く。ひいらり扇が命の化身と伝えられる蝶を模して羽ばたく。すべては、静かな祈りのために。
龍笛が高く低く奏でる燃えさかる秋。歌い上げるのは世の有情。西明・叡(石蕗之媛・d08775)が進み出る。秋の終わりの吹き寄せ柄、楓と銀杏の衣装も艶やかに、吹輪の鬘に縮緬細工の紅葉が揺れる。楓模様の舞扇、ひらりひらりと翻したならそこに茜に燃える秋が絢爛と描き出された。
いつでも、いつもこの世界に掛ける情熱は、本物だ。叡は紅引く唇に笑みを乗せ、裳裾を捌いて視線を集める。魅せられ、魅了され、水を打ったように静まりかえった観客席に、いっそう美しく秋が咲いた。
静かなピアノの調べと共に、舞台にひとすじの光がさす。飾らぬ姿、月原・煌介(月梟の夜・d07908)の腕が天にさしのべられた。肩にかけた布を手に、伸ばした爪先が緩急つけて床を踏めば、しなやかに翻る腕が翼となる。夜を往く金の翼持つ鳥。
学園に来てから今までの、心の移り変わりを表現したい。朔月から次第に充ちてゆく月相を連想させる煌介の演舞。転調の狭間に高い跳躍を交え、鳥は虚空から降りてくる姫君の手を取った。送る銀のまなざしは深く優しげな光を湛え。暫しの円舞ののちに天上へ解き放つ。ひらり描く布が尾を引いて月が満ちていく。静けさの中、床に広がった布の片端を手に深く礼をとる煌介に、惜しみない拍手が送られた。
アップテンポの軽快な音楽に、幸・桃琴(桃色退魔拳士・d09437)が駆けてきた。一礼し、気合の声と共に華麗な演舞を披露する。型に添った覇気のある突き、まっすぐ天を貫くような蹴りの一撃。とん、と軽く床を蹴ったなら、高い位置での鋭い回し蹴りで宙を駆ける。家の名に恥じぬよう鍛練を重ねてきた技を、最後まで見てもらえるように、拍手で飾れるように。桃琴は今の精一杯を演舞に重ね彩りにしていく。真剣な中にも時折輝く笑顔が、演舞に天真爛漫な少女らしい花を添えた。
転調。幡谷・功徳(人殺し・d31096)が端的な動きで手のカスタネットを鳴らす。フラメンコの足技を取り入れたステップは、直線的に、流動的に、ギターの音をかき消すほどの衝動を観客に伝える。それを見た観客席の灼滅者は直感する――功徳が体現しているのは、殺戮衝動を転じての情熱であると。
ダンスに情熱を傾けている相手には敵わない、ならば自分の中でもっとも滾る衝動を表現する。功徳は殺人鬼である己の本能でもある殺戮衝動を、ダンスへと昇華したのだ。最短の殺戮経路を撃ち貫く、カスタネットの鋭い音は銃声。学園の殺人鬼の視線を集めながら、功徳は最後まで見えない敵を薙ぎ払った。
鳴り響くフラメンコギターの音色に、夜神・レイジ(熱血系炎の語り部・d30732)もまた、情熱のサパテアードを踏む。この場の全ての心に届けと叫ばんばかりのステップは、会場を大いに沸かせ揺るがせた。
舞台に炎が燃え立つようだ。須野元・参三(絶対完全気品力・d13687)の真紅のドレス、袖を飾る金糸のフリンジが、アレグリアスのリズムによく似合う。カスタネットのリズムと大胆なダンスが、舞台を熱く熱く盛り上げていく。手の動きに合わせて翻るフリンジ、激しいステップに裾が閃き、気高き炎となった参三は視線を一身に浴びながら、気高い微笑みを唇に浮かべた。この勝負、魅せた者の勝利なのだ。
鍛えたリズム感と柔軟な体は、陸・舞音(高校生ご当地ヒーロー・d35449)の得意とするところ。日頃馴染んでいる音楽と切り替え、ヒップホップという新しい分野に挑むのは、内気な自分を克服するため。軽快なリズムと共に跳躍すれば、冷えていた体も自然と熱くなる。中途半端はしない、それが大切な友との約束だから、最後まで踊りきる。
舞台袖で見つめていた美波・奏音(エルフェンリッターカノン・d07244)が飛び出してきた。ハイタッチで交代し、次は奏音が魅せる番。
フラッグを掲げたカラーガードの衣装は、華やかな少女らしいアレンジが加えられている。ひらりフラッグを翻しリズムを刻めば、たちまち舞台は奏音の色に塗り替えられていく。練習で幾度も失敗した空中パワームーブも、観客の熱気に包まれて見事な成功。歓声が上がった。
エスニックな打楽器のゆったりとしたリズムに合わせ、漆黒の舞姫が舞い降りる。瀬戸内・新乃(トンボじゃないもん・d16858)は両手の平を合わせ、紗に包まれた素足をそろりそろりと揺らめかせ、ヴェールに隠した唇に艶やかな笑みを乗せ、柔らかな曲線を描く身体を魅せつける演技を取り入れる。空を仰いでしなる背中の曲線が、優美な弧を描いた。
賑やかなリズムが会場に溢れる。ラブリンスターの曲をバックに、エイミー・ガーネット(きゃぷてんエイミー・d31006)がトレードマークの海賊ビキニで現れた。会場を巻きこむような軽快なダンスは、トップアイドルを意識して試行錯誤したもの。両手を広げて会場を抱きしめる、何より印象的な笑顔が観客を一つにした。テーマとするのは『絆』、笑顔はこれほどにまで心を繋ぐのだと、エイミーはステップを踏みながら手を叩く。
対照的に、ストリートスタイルで現れたのは巽・真紀(竜巻ダンサー・d15592)。気負わず焦らず、自分らしさを追求するストリートのダンサーだ。
「オレのダンス、見てけよ!」
学園に来る前から、スタイルは変わっていない。激しいリズムに乗って繰り出す技は、どれも体力任せのパワームーブ。並の鍛え方などしていない、血が沸き立つほど熱いのがいい。床ぎりぎりで身体を支え、重力を端から無視したムーブが真紀を虜にしているのだ。
取って置きの大技のヘッドスピンを繰り出せば、観客席から歓声が上がる。この瞬間を待っていた、こんな快感は他にはない。タツミマキ、この名をくれてやってもいいほど回ってやる!
(「今日のオレはタツマキだ!」)
歓声が予選会場を揺るがせた。
●Dancing!
静かなステップから始まったダンスは、中盤の盛り上がりを迎え少しずつアップテンポに変わっていく。舞台を縦横無尽に駆け回るローラースケート、心地よい疾走感が巽・空(白き龍・d00219)を包み込んでいた。会場の視線を独り占めしながら、軽快なリズムに合わせてスピンターン、ジャンプを重ねれば観客が沸く。自然とあふれる笑顔は、踊れば踊るほど楽しさも溢れてくるから。真夏の青空に似た衣装の色が、空を爽やかな風にも似せる。
曲がメインに入ったなら、ダンスストームの到来だ。ローラースケートのタイヤをきりりと鳴らし、連続ジャンプからの宙返り。青いポニーテールが流星の尾のようだ。
「みんなも一緒に踊ろうよ!」
呼びかけたなら、ためらいがちだった観客の一部が立ち上がり両手を振ってきた。リズムに合わせた手拍子が、空のダンスをいっそう引き立てる。曲が最高潮に盛り上がったとき、スピンターンから高速の疾走、大ジャンプを華麗に決めた。
大歓声が会場を包みこむ。一体となった芸術発表会ステージの、全員が笑顔だった。
作者:高遠しゅん |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年11月13日
難度:簡単
参加:20人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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