月があんなに綺麗なのに

    作者:飛翔優

    ●さよならは突然に
     冷たい風が吹き抜けていく夜の公園に、少女が一人。
     肌寒くなってきたというのに上着も羽織らず、サンダル履きで靴下すら履かず……ベンチに腰掛け、呆然と空を眺めていた。
     名を、青原灯(あおはら・あかり)。高校一年生の女の子。
     幼いころに母を亡くし、父に男手一つで育てられてきた。
     優しく、暖かかった父の笑顔。
     時には厳しく、怖かった父の愛。
     とても慕っていた。今でも、冗談めかして結婚するならお父さんと、とうそぶいていたくらいに……。
    「……」
     ……そんな父の変貌を、なんとなく察知した。
     二度と会えないのだと確信し、家を飛び出した。
     思い出は巡る、思考はまとまらない。ただ、溢れ出そうになる思いを押さえつけ、ただただ空を仰いでいく。
    「……」
     ――月はあんなに綺麗なのに、私の心は……。

    ●夕暮れ時の教室にて

     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(大学生エクスブレイン・dn0020)は、真剣な表情のまま説明を開始した。
    「青原灯さんという名前の高校一年生の女の子が、父親の闇堕ちに巻き込まれてヴァンパイアとなる……そんな事件が発生しようとしています」
     本来、闇堕ちしたならばダークネスとしての意識を持ち、人としての意識はかき消える。しかし、灯は闇堕ちしながらも人としての意識を保っており、ダークネスにはなりきっていない状態なのだ。
    「もし、灯さんに灼滅者としての素養があるのならば、救い出してきて下さい。しかし……」
     完全なダークネスとなってしまうようならば、灼滅を。

     続いて……と、葉月は地図を取り出した。
    「皆さんが赴く日の午後七時頃、灯さんはこの公園のベンチに一人座っています。理由を含め、灯さんについて説明しますね」
     青原灯、高校一年生。本来は勝ち気で強気な女の子。幼いころに母親を亡くし、父親に育てられてきた。
     父親の優しさと暖かさ、厳しさに抱かれて成長してきたからだろう。父親をとても慕っていた。友人に、冗談めかして結婚するなら父親……とうそぶくくらいに。
     そんな父親が、突然ヴァンパイアに闇堕ちした。
     自宅にいた灯はそれを察知し、父親の形をした父親ではない何かから逃げるようにして公園へとやって来た。しかし、どうすればいいかもわからず途方にくれている……と言った状態だ。
    「ですので、灯さんを慰めてあげて下さい、導いてあげて下さい。灯さんが、灯さんのまま生きていくことができるよう……」
     そうして、説得の成否に関わらず戦いとなる。
     敵戦力はヴァンパイアと化した灯のみ。力量は、八人で挑めば十分に倒せる程度。
     攻撃能力に特化しており、暴れまわる複数人を何度も殴る、牙による吸血、魔力のこもった視線による束縛……といった攻撃を仕掛けてくる。
    「以上で説明を終了します」

     葉月は地図などを手渡し、締めくくりへと移行した。
    「避けられない悲劇。そう呼んでしまうにはあまりにも重い状況なのかもしれませんが……それでも、まだ希望はあります。あるはずです。どうか、全力での行動を。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」


    参加者
    久瑠瀬・撫子(華蝶封月・d01168)
    黒咬・翼(ブラックシャック・d02688)
    小沢・真理(ソウルボードガール・d11301)
    船勝宮・亜綾(天然おとぼけミサイル娘・d19718)
    琶咲・輝乃(あいを取り戻した優しき幼子・d24803)
    ヘイズ・フォルク(青空のツバメ・d31821)
    藤花・アリス(淡花の守護・d33962)
    カーリー・エルミール(元気歌姫・d34266)

    ■リプレイ

    ●月の光に導かれ
     瞬く星々に抱かれた月が世界を優しく映し出す夜。静寂を潜り抜け冷たさを増していく風が辿り着く公園に、灼滅者たちもまた導かれた。
     語らうこともなく公園を探索すること一分足らず。円形の花壇を中心とした中央広場のベンチに一人腰掛けている、サンダル履きで上着も羽織っていない高校生ほどの少女……青原灯を発見した。
    「それじゃ、はじめようか」
     黒咬・翼(ブラックシャック・d02688)は殺気を放ち、公園を閉ざされた空間へと変えていく。
     されど風は吹き荒ぶ。
     灯を蝕んでいく。
     少しでも早く熱を与えるため、光ある場所へと導くため、灼滅者たちは歩を進めた。
     久瑠瀬・撫子(華蝶封月・d01168)は灼滅者たちの到来に気づく事なく俯いている灯の正面に立ち、落ち着いた調子で声をかけた。
    「こんばんわ。こんな夜にどうしましたか?」
    「……え」
     顔を上げていく灯に、ヘイズ・フォルク(青空のツバメ・d31821)も言葉を投げかけていく。
    「こんな寒空の下でそんな格好じゃ風邪を引きますよ?」
     ……唇は青ざめていた、体も細かく震えていた。肌も、とても白かった。
     力ない様子で、灯は灼滅者たちを見回していく。
    「あなたたちは……」
     問いを受け止めながら、撫子は隣に腰掛けた。
    「そうですね……一言で表すならお節介、といったところでしょうか」
    「……」
    「よければお話をお聞かせ願えませんか? 話すことで、気持ちの整理がつくといったこともあると思いますよ?」
     撫子はさり気なく着ていた羽織を灯に被せながら、真っ直ぐに瞳を見つめていく。
     震える瞳の奥にあるものを、見つめていく。
    「……」
     迷うように視線を逸らしながら、灯はポツリ、ポツリと語りだした。
     幼いころに母親を亡くし、父親と幸せな生活を送っていたこと。そんな父親が変貌したこと。もう会えないだろうこと。
     不思議な力が、それを教えてくれたような気がしたこと。
    「……」
    「そうですか、それは大変な事です」
     語り終えると共に沈黙した灯を、撫子は優しく抱きしめた。
     少しでも体を暖めるため。
     少しでも心を落ち着かせることができるように……。

     時間に直せば、十分ほどの時が流れたころだろうか。
     灯の体から、震えが止まった。肌も唇も色づき始めていた。
     言葉を受け入れる準備もできただろう、と、船勝宮・亜綾(天然おとぼけミサイル娘・d19718)は切り出していく。
    「もしかしたら、闇に堕ちたお父さんを救うてはあるかもしれませんよ」
    「……えっ」
    「そのためには自身が強くなり、お父さんを超えた力で説き伏せる。私達の学園なら、その答えがあると思います」
     驚きと困惑が入り混じったような表情を浮かべていく灯に、亜綾はパンフレットを示していく。
     傍らに立つカーリー・エルミール(元気歌姫・d34266)もまた、頷きながら口を開いた。
    「そうだね、お父さん救える可能性があるかもしれないね。ボク達と一緒に来ない?」
    「……」
     灯は二人を見回した後、首を横に振っていく。
    「理屈じゃない。でも分かるの、もう会えないって。お父さんはもう、いないんだって」
     確信めいた調子で語られる諦観の言葉。
     受け止めた上で、藤花・アリス(淡花の守護・d33962)は語りかける。
    「大切な人が、急にいなくなるのは……とても寒くて、悲しくて、怖いです、よね。でも、青原さんのおとうさんは、青原さんが自分を見失ったら……悲しむと思います、です」
    「……」
     灯が幼いころから二人で生きてきた、青原父娘。娘が想っているのと同じくらい、父親も娘の事を想っているはず。
    「……自分を、見失わないで、です。おとうさんが居なくなって、寂しいなら……一緒に探しましょう、です」
     きっと、本当の父親は灯が灯のままでいて欲しいと願っている。
     成長して欲しいと願っている。
     祈りを繋げるかのように、翼も告げた。
    「君の父親を助けてあげられるのは君しかできないことだ」
    「……」
    「だが、そうやって逃げ出すことが慕って来た父親に対する親孝行ではないだろ?」
     父親の変貌を察知し、逃げ出してきた灯。
    「現実から目をそらすな、一人では難しいというのなら俺達が助力しよう」
     言葉を前に、揺れる瞳。
     影がさしていく横顔。
     冷たい風の訪れとともに、灯は首を横に降る。
    「私、そんなに強くない。助けられるなら助けたい。でも、不可能だって知ってる、わかってる。もしも仮に、多くの力を得たって、お父さんは戻って来ない。だから……」

    「私もね……」
     否定の言葉を語らせぬため、小沢・真理(ソウルボードガール・d11301)が口を挟んだ。
     すがるような視線を受けながら、小さく頷き続けていく。
    「私もある日突然にで……その時は悲しくて泣いちゃった。だから灯ちゃん、我慢しないでいいんだよ」
     必要なのは、救い。
     父親の闇堕ちに巻き込まれ混乱している灯に届ける、ストーリー。
    「最後の力を振り絞ってお父さんは灯ちゃんを逃がしたんだよ。だから灯ちゃん、生きて。私も灯ちゃんに生きて欲しい」
     灯自身が、父親の形見。
     灯として生きることが父親の思いを継ぐこと。そして……。
    「今はまだ、強くなくてもいい。最初から強い人なんていないんだから。でもね、これだけは覚えていて欲しいの。お父さんを殺したお父さんの形をしたお父さんではない何かは、これからいろんな場所で悪事を働く。そういう存在なの、奴らは」
     説明したのはダークネスのこと、世界のこと。そして……。
    「だけど、灯ちゃんなら止められる。お父さんから引き継いだ力と一緒に、お父さんの形をしたお父さんではない何かを打ち倒せる。そのための力を……秘めてるの」
    「……」
     灼滅者の事を聞かされて、灯はじっと手を見つめていく。
     小さく、瞳を伏せていく。
     灯の時が、動き出す。
    「……ボクもね」
     働き始めた思考を導くため、琶咲・輝乃(あいを取り戻した優しき幼子・d24803)もまた語りかけた。
    「お父さん大好きだったんだ。でも……もう、この世にはいないけど」
    「……」
    「あなたと似たような感じでね、いなくなっちゃった」
     ずっと大好きだった父親がいきなり変わって、どうすればいいのかわからないままに闇に堕ちようとしている、灯。
    「でも、ボクはここにいる。学園の皆に会うことができたから」
     かつて、闇の中で輝きに導かれた、輝乃。
    「灯も、大丈夫だよ。ボクらが、あなたを助ける。助け方は乱暴だけど、ね」
     苦笑いを浮かべながら締めくくり、両手でそっと灯の手を包み込んだ。
     灯は唇を閉ざし、小さくうつむき……けれど、瞳には強い光が宿っていて……。
    「改めて言うと……俺達は君と似たような境遇を持つ人達が集まる場所から来たんだ」
     光の指すべき場所を示すため、ヘイズが導いていく。
    「俺は養子だけど、拾ってくれた親父には感謝もしてるし尊敬もしてる……だから君の気持ちも理解できる」
     同じであることを伝えながら。
    「お父さん……大好きだったんだな。だからこそ変わり果てた姿を見るのが辛かったんだだろ?」
     推測できる想いを問いかけながら。
    「辛いことがあった時は泣いて良いんだ、叫んで良いんだ。おもいっきり吐き出すと良い」
     まだきっと、灯は吐き出しきれていない。
     想いも、涙も。
    「私、は……」
     灯は、言葉をつまらせながら顔を上げた。
     頬を一筋の雫が伝った時……闇が満ちた。

    ●顕現した闇との戦い
     闇に抱かれ、ヴァンパイアへの変貌を遂げていく灯。
     翼は素早く武装し、機先を制するとヴァンパイアの懐へと踏み込んだ。
    「……さて、一戦つきあってもらうぞ。先達として見過ごすわけにはいかないんでな」
    「お姉ちゃん! その力に惑わされないで!お父さん助けたいんだよね!?」
     槍による螺旋刺突を放っていく翼に合わせ、カーリーは魔力の弾丸を撃ち出した。
     穂先を肩に掠めさせた直後、脇腹には魔力の弾丸が突き刺さる。
     動きを鈍らせながらも、ヴァンパイアは撫子に手を伸ばし……。
    「……大丈夫」
     間に、真理が割り込んだ。
     抱きつかれ、首筋に牙を突き立てられながらも、優しく抱きしめ背中をポン、ポン……と叩いていく。
     ――大丈夫だよ。私は灯ちゃんを助けに来たんだよ。だから安心して。
    「……」
     言葉なき想いが届いたか、力が緩んだ。
     そのまま腕を振りほどき下がっていくヴァンパイアを、真理は優しい眼差しで見送った。
     血は流れ続けていたから、アリスが真理を優しい光で照らしていく。
    「支えます、皆のために、灯さんの、ために、です……」
    「そうだね。誰ひとりとして倒れることなく、そして可能な限り早くこの戦いを終わらせよう」
     輝乃が頷きながら、扇に魔力を宿しながら跳躍。
     体を丸めながらヴァンパイアの懐へと飛び込んで、右足に扇を叩きつけた。
     乾いた音が響いた直後、爆発する魔力。
     ふっとばされたヴァンパイアは、起き上がると共に暴れだす。
     一撃一撃は確かにそれなりダメージかもしれないけれど、大ぶりならば避けるに容易い。
     撫子は優雅な足取りで拳を蹴りをさばいた後、刀に炎を宿して踏み込んだ。
    「大丈夫、灯ちゃん。必ず助けますし力に慣れます。だから迷わないで」
     そのためにも……。
    「一度眠りましょう。そして新しい貴女を始めましょう」
     真っ直ぐに炎の刃を振り下ろし、ヴァンパイアを炎上させていく。
     赤々と燃える炎が導となり、灼滅者たちの攻撃も集っていく。
     ヴァンパイアが足をもつれさせた殺那を見逃さず、翼が即座に距離を詰めた。
    「最大火力。一気に畳みかけさせてもらうぞ!」
     魔力を込めた杖を振り下ろし、右肩へと叩きつける。
     魔力を爆発させたなら、ヴァンパイアは地面に膝をついていく。
     ふらつきながらも、震えながらも立ち上がろうとしていくヴァンパイアの左肩には、カーリーの放った魔力の弾丸が突き刺さった!
    「これで……」
     カーリーが見つめる先、ヴァンパイアは動きを止めていく。
     体中を震えさせていく。
    「今だよ!」
    「行きますよぉ、烈光さん」
     亜綾が霊犬の烈光さんを呼び戻し、その体をむんずと掴んだ。
     的確なフォームで投球し、烈光さんをヴァンパイアの顔へとかぶせていく。
    「必殺ぅ」
     即座にほうきに乗って上空へ。
     かと思えばヴァンパイへへと向かい、真っ直ぐにバベルブレイカーを突き出して……。
    「烈光さんミサイル、グラヴィティインパクトっ」
     杭を突き刺すと共に、一呼吸の間を起き……。
    「ハートブレイク、エンド、ですぅ」
     トリガーを引き、更に深く撃ち込んだ。
     ヴァンパイアは体を激しくはねさせた後、全身から力を抜いていく。
     杭を引き抜いた亜綾はヴァンパイアを抱き留め……笑っていた事に気がついた。
     笑顔は、灯に戻っても変わらない。
     あるいは、そう。最後の一撃がコミカルさも多分に含んだものだったから……。
    「……」
     亜綾が静かな表情で灯の横顔を見つめる中、烈光さんもしかたがないといった表情で静かな息を吐いている。
     静寂が訪れた公園で、灼滅者たちは介抱を含む事後処理へと移行した……。

    ●泣いて泣いてまた明日へ!
     治療などの事後処理が終わったころ……撫子の膝を枕にする形でベンチに寝かしていた灯が、小さく身じろぎした。
     薄目を開いていく灯に、撫子はにっこり笑いかけていく。
    「答えは出ましたか?」
    「え……あ……」
     状況を理解したのだろう。灯は目を見開き、再び伏せながら起き上がった。
     撫子の隣に腰掛けると共に、撫子に抱きついて……。
     涙と共に、言葉がこぼれた。
     想いは奔流へと変わり、公園中に響き渡っていく。
     落ち着いたのは、数分後。
     紅葉が小さく揺れた時。
     目を腫らしながらも灼滅者たちに向き直ってきた灯に、ヘイズは確信めいた声音で問いかける。
    「気分は晴れたか?」
    「……はい」
     力強く頷く灯。
     そこにはもう、孤独に震えていた少女の姿は存在しない。
     だから、輝乃は手渡した、
    「サイズがわからなかったから、全部フリーサイズなのは勘弁してね」
     上着と靴下と靴……灯が今、必要な物を。
    「あ、ありがとう……」
    「あ、それから……」
     礼を受け取りながら、静かな口調で伝えていく。
    「おかえり、灯」
    「……ただいま!」
     言葉がかすれているように聞こえるのは、きっと想いを吐き出したから。
    「それにしても、さ」
     受け止めながら、真理はたたえていく。
    「普通は助からないんだけど灯ちゃんは無事だなんて、さすが灯ちゃんのお父さんだね。灯ちゃん、お父さんの為にも頑張って」
    「……うん」
     照れくさそうに頬を染めながらも、灯は力強くうなずいた。
     だからカーリーは手を伸ばす。
    「さあ、お姉ちゃん戻って作戦会議だよ!」
    「……はいっ」
     握り返してくれた手は、力強くて温かい。
     立ち上がっていく灯を眺め、うさぎのぬいぐるみを抱きしめていたアリスは優しく微笑んだ。
    「良かった、です」
    「それじゃあ……」
     亜綾は改めて、歓迎の言葉を投げかけた。
    「どうかよろしくですぅ」
    「……よろしく!」
     ……こうしてまた一人、灼滅者が誕生した。
     その先にある未来はわからないけれど……きっと、より良い未来へとつながっている。
     より良い未来を目指している限り、いつかはきっと……!

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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