秋の味覚に潜むモノ

    作者:J九郎

     杜の都・仙台にほど近い小村の一角に、廃墟と化した農家があった。かつては豪農のものだったに違いないその大きな屋敷には、庭に一本の立派な柿の木が生えていた。
     その柿の木の根元に、一匹のスサノオが舞い降りた。かなりの年を経ているのか、その灰色の毛並みは薄汚れ、目は長く伸びた毛に隠されて、うかがい知ることは出来ない。
     スサノオは大儀そうに柿の木の下で一声高く吠えると、そのままゆっくりとその屋敷を後にしたのだった。

     スサノオが去った後。
     柿の木に実った一際大きな実が一つ、ドサッと庭に落ちた。と見る間に、その実は見る見る法師の姿に転じていく。
     その顔は、熟れた柿のように真っ赤であった。
    「たんたんころりん、たんころりん……」
     法師が低い声で歌うように拍子を取ると、次々と柿の木から実が落下し、まるでそれぞれが意思を持つように、跳び回り始めたのだった。

    「嗚呼、サイキックアブソーバーの声が聞こえる……。年を経たスサノオが現れ、『古の畏れ』を生み出したと」
     集まった灼滅者達に、神堂・妖(目隠れエクスブレイン・dn0137)は陰気な声でそう告げた。
    「……今回スサノオが生み出したのは、たんころりんと呼ばれる柿の実の妖怪」
     妖が告げると、叢雲・ねね子(中学生人狼・dn0200)が首をひねった。
    「その、『たんころりん』っていうのはどんな妖怪なんだべか?」
     その問いに、妖は手にしていた妖怪図鑑を開く。
    「……たんころりんは、収穫されずに放置された柿の実が変じた妖怪。……本来は特に悪さをする妖怪ではないけど、古の畏れと化した今、無差別に出会う人に襲いかかる存在と化してる」
    「それは、迷惑な話ずら」
     妖の説明に、ねね子が顔をしかめた。
    「……たんころりんは、30体の柿の実を引き連れてる。……柿の実は一体一体は強くないけど、なにしろ数が多いから気をつけて。……もし一体でも討ち漏らすと、その柿の実が新たなたんころりんとなってしまうみたいだから」
     たんころりんと遭遇できるのは夕刻、スサノオが去った直後の廃墟の庭でになる。幸い周囲には民家もなく、人払いなどは必要ないだろう。
    「……静かな農村の平和を守るために、みんなの力を貸して。……それから、たんころりんは収穫されなかった柿の実が化けた妖怪。……だから、戦いが終わったら残った柿の実を収穫してくれば、もう二度とたんころりんは現れなくなると思う」
     妖はそう告げると、ねね子達灼滅者を送り出したのだった。


    参加者
    シオン・ハークレー(光芒・d01975)
    九凰院・紅(揉め事処理屋・d02718)
    天城・優希那(の鬼神変は肉球ぱんち・d07243)
    太治・陽己(薄暮を行く・d09343)
    ハリー・クリントン(ニンジャヒーロー・d18314)
    日輪・ユァトム(汝は人狼なりや・d27498)
    鏡峰・勇葵(影二つ・d28806)
    干支咲・巳織(蛇の巣ごもり・d35209)

    ■リプレイ

    ●柿の木の下で
    「たんたんころりん、たんころりん……」
     法師姿のたんころりんが、跳ね回る柿の実を引き連れて夕焼けに染まる廃屋の庭から足を踏み出そうとした、その時。
    「うわー、沢山の柿の実軍団だね。でも数さえ多ければ良いって訳じゃない事を身をもって教えてあげるよ」
     鏡峰・勇葵(影二つ・d28806)の声と共に飛んできた風の刃が、跳ね回る柿の実を一つ、引き裂いた。
    「たんたんころりん、何者か? たんたんころりん、ほおみんぐ!」
     勇葵の姿を認めたたんころりんは、懐からまだ色づいていない柿の実を取り出すと、その実を勇葵目掛けて投げつけた。
    「おおっと! 人を無差別に襲うとなれば放っては置けぬでござるな」
     まるで誘導されたかのように不自然な軌道で飛ぶ柿の実を、蹴り落としたのはニンジャ装束のハリー・クリントン(ニンジャヒーロー・d18314)だ。
    「たんたんころりん、人の子よ。何故我が行く手を阻むのか」
     たんころりんがゆるりと首を巡らせれば、いつの間にか9人の灼滅者が周囲を包囲している。
    「何故って、一般人に被害を出すわけにはいかないからね。しっかり倒させてもらうよ」
     そう応じたシオン・ハークレー(光芒・d01975)は、周囲に展開させていた魔法の矢を解き放った。
    「たんたんころりん、たんころりん。放置された柿の実の無念、思い知らせてくれようぞ」
     同時にたんころりんが手をかざせば、一斉に柿の実達も動き出す。そのうちの一体にマジックミサイルが直撃するが、それでも柿の実の勢いは止まらない。たちまち灼滅者達に無数の柿の実がまとわりつき、乱戦となった。
    「たしかに、美味しい柿が収穫されずに放置されるなんて、なんて勿体ないのでしょう! とはいえ、誰かが怪我をしてしまうのもヤなので頑張って戦わなくては……ですね」
     天城・優希那(の鬼神変は肉球ぱんち・d07243)は、柿の実が古の畏れと化した理由に理解を示しつつも、清めの風を吹かせて傷ついた仲間達を癒していく。
    「それにしても、こんなところまでご足労だなんてスサノオも楽じゃないのねぇ」
     干支咲・巳織(蛇の巣ごもり・d35209)が蛇のようにくねるウロボロスブレイドを高速で振り回せば、近づいてきた柿の実達がまとめて切り裂かれ、吹っ飛んでいった。
    「つまり、それだけ古の畏れがある場所も限られてきているのか?」
     九凰院・紅(揉め事処理屋・d02718)はそう呟くと、傍らの叢雲・ねね子(中学生人狼・dn0200)に視線を送る。
    「これで何度目だったか……まあ、いつも通り後ろは任せた」
    「おう! 任せるずら!」
     ねね子が後方に飛び退くのを見て取ると、紅は逆にガトリングガンを構えて前進を開始した。正面から柿の実達が一斉に飛びかかってくるが、ガトリングガンから無尽蔵に吐き出される弾丸は、柿の実達を次々に撃ち落とし、その場に釘付けにしていく。
    「か、数が多い、けど……頑張らなくちゃ……」
     柿の実の数に圧倒されていた日輪・ユァトム(汝は人狼なりや・d27498)はそう気合いを入れると、『朝曾禰烏巌・水爪二哮』を構え、自ら柿の実の群れの中に飛び込み、その内一体に高速回転させた槍先を突き付けた。既に傷ついていたその柿は、その一撃で弾け飛ぶ。
    「そうか」
     妖の槍で柿の実の攻撃を捌いていた太治・陽己(薄暮を行く・d09343)は、
    (「動きは身軽だが、当たると脆いタイプと見た」)
     内心でそう呟くと、除霊結界を展開し、柿の実の動きを封じにかかった。
     
    ●柿の実削り
    「たんたんころりん……ばあにんぐ!」
     たんころりんが懐から取り出した真っ赤に熟した柿を投げつけると、たちまち大爆発が起こり周囲に炎を撒き散らした。
    「たんころりんとか、なんか可愛い名前なのに無体な攻撃をするでござるな!」
     ハリーは咄嗟にダイダロスベルトを展開し、盾代わりとして炎を防ぐ。
    「大丈夫ですか? 今回復しますねっ」
    「こっちの炎は熱くないから安心するずら」
     回復役の優希那とねね子が火傷を負った仲間達を回復する間にも、
    「ならば、こちらも炎で焼き柿にしてやろう」
     紅の掌から放たれた炎が、柿の実達を焦がしていき、
    「え、えい……!」
     ユァトムのオーラキャノンが、飛び跳ねる柿の実を追尾し、叩き落としていった。
     いつしか柿の実は半数まで数を減らしていて。
    「残り15体……。そうか」
     柿の実の数を数えていた陽己が仲間達に目配せしつつ、影の刃で目の前の柿の実を一体、真っ二つにする。エクスブレインの予知通りなら、柿の実は10体以下になると逃走を開始するという。ならばここからは、慎重に数を減らさなくてはならない。
     灼滅者達の動きが変わったことに気付いたのかどうか、柿の実達は一斉につむじ風を巻き起こし、反撃に出た。
     と、そんなつむじ風を切り裂いて、勇葵の銀色の爪が柿の実を一つ捉える。
    「せっかくの柿の実なのに、倒しちゃうのはもったいないけどね」
    「……動き出した柿の実も、食べられるのかしら?」
     巳織は一瞬思案する様子を見せつつも、大蛇を模した寄生体の口蓋から溶解毒を柿の実目掛けて浴びせ掛けた。
    「もっとも、これではもう食べられないわね」
    「動いてる柿を食べるのは、諦めた方がいいんじゃないかな」
     シオンは軽快に跳ね回る柿の一体に狙いを定めると、柔らかな動きでそっと手を触れた。そして、一気に魔力を解放すれば、柿は内側から弾けたように果汁を撒き散らしながら爆発四散していく。
     これで、残りは11体。
    「さて、やるか」
     陽己は、これまで敢えて放置していたたんころりんに向き直った。

    ●一気呵成
    「さあ、美味しい柿を収穫するためにも、まずたんころりんを倒してしまおう」
     まずは勇葵が風の刃で、たんころりんに仕掛ける。
    「たんたんころりん、喰らいはせぬぞ」
     見た目に似合わず機敏な動きで避けようとするたんころりんだったが、
    「逃げる隙は与えん」
     紅のガトリングガンが撒き散らす弾薬が、たんころりんの逃げ道を奪っていき、やがて風の刃と弾丸の嵐が、ほぼ同時にたんころりんを捉える。
    「たんたんころりん、我が分身達よ」
     傷ついたたんころりんの呼びかけに応じ、柿の実達が一斉に果汁を飛ばしてたんころりんに吹きかけると、たんころりんの傷が見る見る癒えていった。
    「たんころりん……。あんまり綺麗じゃないお話が有名だけど、そこまで再現されてたりするのかしら」
     絵的に余り美しくない回復を見て、巳織がそんなことを呟く。その呟きを聞いて、そのお話を知っていたらしいユァトムは、
    「お、思い出さなければ……よかった……」
     なにやらゲッソリとした様子だったが、巳織はその間に、無造作にたんころりんに近づいていき、
    「たんころりんも元は柿の実。食べられる可能性はゼロじゃないはずよ、うん」
     そして、いきなりたんころりんの頭に齧り付いた。
    「!?」
     たんころりんも、灼滅者達も驚きのあまり、動きが止まる。
    「たんたんころりん、しゃいにんぐ!!」
     次の瞬間、たんころりんの頭が目映い光を発した。巳織は咄嗟に飛び退いたが、近くにいたユァトムはその光に目をやられ、動きが止まってしまう。
    「使う技がなんだか名前がカッコいいような、気が抜けちゃうような不思議な感じだけど、油断しない様にしないとだよね」
     我に返ったシオンがたんころりんの影にそっと手を触れると、発した影の刃が、足下からたんころりんの法衣を裂いていく。
     思わずたたらを踏んだたんころりんを、陽己の放った冷気のつららが貫き、その身を見る見る凍り付かせていった。
    「そろそろ止めといくでござる!」
     そして、ハリーのクルセイドソードの白光を纏った強烈な斬撃が、凍ったたんころりんを粉々に砕いたのだった。
     攻撃の起点であり司令塔でもあったたんころりんが灼滅されたことで、戦いの趨勢は決した。だが、まだ油断は出来ない。
    「ねね子殿、拙者達とともに柿の実が逃走しないよう囲むようにして中に押し込んで欲しいでござる」
    「分かったずら!」
     柿の実が逃げないように、包囲網を形成していく灼滅者達。
    「逃がさないよ、他の地に移らせない為にも、此処で全部倒してしまうからね」
    「あと、少し、だよね……!」
     勇葵とユァトムが放った暴風の如き回し蹴りが、残った柿達をまとめて薙ぎ払い、
    「収穫して貰えなくて寂しかったですよね……ごめんなさい」
     優希那が、謝りつつも発した結界の内側に柿の実達を封じ込め、
    「これで冷凍柿になっちゃったり……しないよね」
     一塊になった柿の実へシオンが氷の魔法を放つ。
     そして、全ての柿の実にほぼ均等にダメージが入り、あと一息で倒せるところまで追い詰めたところで、
    「これで、一気に殲滅する」
     紅のガトリングガンが全弾放出され、全ての柿の実は木っ端微塵と化していたのだった。

    ●収穫の秋、味覚の秋
    「せっかくだから、残った柿の実を収穫しようよ」
     夕焼けに赤く染まる柿の木を見上げながらのシオンの提案に、勇葵が目を輝かせる。
    「柿の実の収穫かぁ、楽しそうだね。沢山実ってるし、お土産に持って帰ろうっと」
    「そういうことなら、良いもんがあった。まだ使えるだろ」
     いつの間にか寂れた納屋を探索していた紅が持ち出してきたのは、竹ひご製の籠と、錆が浮いているもののまだ使えそうな摘果鋏だった。
    「木登りなら任せるでござる。拙者、ニンジャでござる故!」
     鋏を受け取ったハリーが早速柿の木に登っていき、続いて巳織も着物姿とは思えないほど器用にするすると木を登っていった。
    「はい、落としますよー。潰さないようにね?」
    「えへへ~。おじいちゃんとおばあちゃんも柿大好きなので、いっぱい貰って帰りたいのです~♪」
     木の下では、優希那とねね子が落ちてきた柿の実を受け止めて、次々と籠に放り込んでいく。紅は少し離れたところから、木に登っている二人に実の残っている場所を指示していた。
    「柔らかい柿はこの場で食べてしまった方がいいだろう。固めの柿は帰ってからなますにするのもいいな。胡麻ダレと合わせても美味いんだ」
     果物ナイフを取り出して手慣れた様子で柿を剥いているのは、料理が得意な陽己だ。普段の無口さはどこへやら、饒舌に柿料理について語りながら、次々と柿を剥いていく。
     やがて、大方柿を採り終えた一同は、一斉に陽己の剥いた柿に手を伸ばしていった。
    「か、柿……食べるの、はじめて……」
     ユァトムは初めて食べる柿の味に感動した様子で。
    「たんころりんの顔も中々美味しかったけど、こっちも美味しいわねぇ」
     巳織の発言にびくっとしながらも、シオンが隣で柿を頬張るねね子に目を向ける。
    「そういえばねね子さんも料理得意だったよね。この柿も、何か素敵なお料理とかに変わるかな?」
    「柿料理はまだやったことないんだべ。帰ったら、陽己が言ってたなますっていうのを試してみるずら!」
    「ねね子様、柿のジャムはお好きですかねぇ? もし宜しければ、完成したらお裾分けしましょうか~?」 
     話を聞いていた優希那もそう声を掛け、ねね子は嬉しそうに「お願いするずら!」と応じた。
     皆の会話を聞きながら、勇葵がふと収穫の終わった柿の木を見上げる。
    「これでもう、二度とたんころりんは出て来ないかな」
     そうであればいいと祈りつつ、勇葵は秋の味覚を噛みしめるのだった。

    作者:J九郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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