仇葬アクアリウム

    作者:菖蒲

    ●aquarium
     ぽこり、と水泡がひとつ。生きているという証が昇ってゆく。
     茫と見上げた少女は水槽の中で息を止めた魚へと付き立てたシャープペンシルをゆっくりと抜いた。微かに色付く水と覗いた桃色が心を鎮めてくれるようで。
     赤と桃色は、嫌いな色だった。
     血と肉の色だから。
     赤と桃色は、大好きだった。
     衝動が抑えられる気がするから。
     幾日もこの場所にいると気が可笑しくなったかのように感じて仕方ない。
     他の人たちは皆、別室に閉じ込めた。巨大水槽の前に居るのは自分只一人だけ。
     殺してしまいそう。みんな幸せなんて許せない。お兄ちゃんは、死んだのに。
     ぽこり、ぽこり。生命の気配が昇ってゆく。
     
    ●introduction
    「かくれんぼが好きなんだね」
     新たな六六六人衆の密室事件の発生を掴んだのは、水族館を調査したいと言う椋來々・らら(恋が盲目・d11316)の希望からなのだろう。
     中に居る六六六人衆も密室に閉じ込められ脱出できない――外からは簡単に入れども、中からは出る事が出来ない。それを称してららは「かごめかごめみたい」と例えてみせた。
    「密室に閉じ込められた六六六人衆は、死ぬか密室殺人鬼になって密室を解除しなくちゃいけないそうなの」
     不破・真鶴(中学生エクスブレイン・dn0213)は闇堕ちしたばかりの六六六人衆の身を案じる様に云う。
     水族館の密室に居るのは高校二年生の少女なのだという。現状では殺人衝動に抗い、生きている人間を全て別室に隔離し、自分ひとりだけ巨大な水槽の前にへたりこんでいる。
    「殺しちゃいけないって、シャーペンで魚を殺す事で人殺しを免れてるらしいけど、そろそろ限界も近いの」
     闇堕ちから救出する事が出来るかもしれない。救えるなら救いたい――それこそハッピーエンドなのだから。

    「小さな水族館なんだけどね、中央エントランスに大きな水槽があって、そこにいるらしいの。
     あと、一般人はレストランに押し込んで閉じ込めてるみたいなの。殺さない様に……」
     真鶴の補足は少女の『抵抗』を感じさせるものだった。殺したくないから動物などでその想いを発散させる殺人鬼達は多く居る事だろう。彼女もその一人ということだ。
    「瑞帆・まみずさん。高校二年生なの。闇堕ちしたばかり――救う手立てはあるの」
     一般人の救出はレストランへ隔離されている為用意だろう。
     それ以上に、まみずの心を蝕む『苛立ち』と『衝動』をどうにかする事が目的だ。
    「この水族館はまみずさんの思い出の場所らしいの。
     魚達が好きなまみずさんはこの場所で大切なお兄さんと一緒に来ていたけれど、ある日、お兄さんはここでの待ち合わせの途中――」
     不幸な事故だったのだという。この場所で待ち合わせしたばかりにと自分を責めた。やり場のない憤りと後悔が胸の内を巡って巡って堪らないと。
    「苛立ちは、きっと、お兄さんが亡くなった理由が自分にあると思ってるの。
     誕生日に、お兄さんに無理を言って此処へ来てっていったことが事故を招いたって」
     故人は戻らない。憤っても意味がない。苛立ちをぶつける場所が衝動に繋がってしまって。
     ――皆、死ねばいい。幸せでいるなんて許せない。
     そう思ってしまったのだろうと、推測された。

    「誰かが何かの目的で此処を作ったのかもしれない。
     意図は解らないけれど、救えるなら救ってあげて欲しいなって、マナは思うのよ」


    参加者
    森田・供助(月桂杖・d03292)
    住矢・慧樹(クロスファイア・d04132)
    椋來々・らら(恋が盲目・d11316)
    鈴木・昭子(金平糖花・d17176)
    白石・翌檜(持たざる者・d18573)
    香坂・翔(青い殺戮兵器・d23830)
    冬青・匡(ミケ・d28528)
    依代・七号(後天性神様・d32743)

    ■リプレイ


     そこはまるで、海の底だった。

     重たい硝子扉の向こうに広がる広いエントランスホール。チケットカウンターと受付を通り過ぎれば、案内表示板が歓迎する様に点滅し続けている。
     入ってすぐの場所に広がる巨大水槽の前には、展示物として小さな水槽が設置されていた。優雅に泳ぐ魚達とは対照的に――ぷかり、と水面に沿って体を横たえた小さな魚が印象的にも見える。
    「彼女が、まみずちゃん」
     曇り硝子の瞳をぱちくりと動かした鈴木・昭子(金平糖花・d17176)は水槽の前で座り込んだ少女の背中を見詰める。猫毛で癖毛の長い白髪を柔らかく撫でた超時間稼働のヒーターの煤けた匂いに花を鳴らし、青いケープをきゅっと握りしめる。
     幾重にも重ねた白いスカートが足にまとわりつく感覚に昭子は『海の中』を歩く様な感覚を一人感じていた。
     ちりりんと鳴る鈴に耳をぴょこりぴょこりと揺らしながら歯車の輪を尻尾に飾ったにぼしが嬉しそうに目を細める。甘える様な仕草にベルトに飾ったひよこの玩具が笑う様に揺れていた。
     冬青・匡(ミケ・d28528)は猫の様にぴんと立った大きな狼の耳に飾ったゴーグルを指先でくいと弄る。碧藍の瞳は海の色を映す様に、何処までも鮮やかだった。
     へたりこんだ少女の耳に入る鈴の音。びくりと振り仰いだ制服姿の彼女のスカートがフロアに擦れる。髪に飾られたヘアアクセサリーさえも巨大な『海』の色を受けて何処か青く輝いて見える中、鮮やかな青の肢体を己の身に隠した香坂・翔(青い殺戮兵器・d23830)はその蒼に見覚えがあると唇を引き結んだ。
    「――はは」
     ぽつり、ぽつりと。
     浮いた笑いに翔は耳を傾ける。何処か自嘲的な笑い声は「いたんだ、皆閉じ込めたのに」の言葉と共に続いた。
     時の流れさえも可笑しくなる様なその場所で、殺人衝動に胸を苛まれた『密室殺人鬼未満』はぎょろりと血走った眸で依代・七号(後天性神様・d32743)を見詰める。
     何処となく気だるげな瞳を見せた『七人目の教祖』は普通の少女の皮を被ったままの殺人鬼未満を眺めながら普通の少女の振りをする。
    「昔の名残か解りませんけど、なんとなく、こういう追い詰められてる人を見ると、放ってはおけませんね……」
    「神様にでも、なったつもり?」
     ペン先が錆び付いたシャープペンシルを握りしめた少女、水帆・まみずは七号の求めて已まない『平穏』をもう一度取り戻したいと縋る様に声を発し、怯えた様に拒絶する。
    「神様――ですから」
     曖昧な言葉と、『冗談』なのか本気なのかも想像もいかぬ様な言葉を漏らした七号の掌をきゅっと握りしめた椋來々・らら(恋が盲目・d11316)は丸い新緑の瞳を細めて笑う。
     丸く削られたシーグラスを御守りとして持ってきた彼女は深い青を光に翳し、揺蕩う海の色へと瞳を細める。
    「籠の中の鳥よりも、群れの中を一人ぼっちで泳ぐお魚みたいだね。ずぅっと独りで待ってるの?」
    「ッ、違」
     キャロラインがにぼしに擦り寄り、ららは仲間達の存在を確認した様に小さく息を付く。魔法使いはお姫様にはなれない――シンデレラは普通の女の子だったから、人間の様な人殺しはシンデレラに為る事を諦めて使えない魔法を使える振りをする。
     だから、今日だって、彼女を見つけた。
     使えぬ魔法で手探りで。
     白石・翌檜(持たざる者・d18573)は云う。「立派なもんだ」と。
     そこに存在する青色は、ゆっくりと揺れる、蕩ける、魅せる――


     住矢・慧樹(クロスファイア・d04132)の瞳は楽しげに細められている。武蔵坂学園の学生服を身に纏い、水族館の巨大な水槽を眺めていた慧樹はあっけからんとした雰囲気で「まみずサン」と微笑みかけた。
    「こんにちはー! 俺、水族館巡り好きなんだケド、ココ知らなかったなー。まみずサンは結構此処にくるの?」
    『レストラン →』と描かれた方向板を視界に収め、背を向けた慧樹は『普通の友人』の様に語りかける。
     灼滅者の言葉の中でも、何処か毛色の違う彼に瞬いたまみずはその雰囲気にも気圧されたように小さく頷いて見せる。足元でクールダウンしたエンジンの音を響かせない様にと抑えたぶんぶん丸は主人の楽しげな雰囲気に嬉しそうにペダルを動かして居る。
    「あ、スミケイって呼んでくれよなー! まみずサンは? まみずサンでいい?」
    「さっきから、どうして、名前」
    「この『密室』に居て、この場所に居るって事はお前が水帆・まみずだろ?」
     釣り上がった赤い眸に、硬い髪を染め上げた赤が青を侵食する様に揺れている。取り繕う訳では無く、只、真実を述べた森田・供助(月桂杖・d03292)に『密室』――閉じ込められたこの場所の主が己なのだと彼女は気付く。
     紅潮した頬に握りしめたシャープペンシルがかた、かたと揺れた。
     きっと、あの冷めた赤い瞳には真っ赤に燃え盛る様な衝動が見透かされている気がして。
    「わたしは、『まみずさん』だけど、あなたは、何、邪魔しに来たの」
     自虐的な笑みに、挑発的な眸に、不安が揺れる。
     まみずの言葉に昭子が首をふるりと振る。その仕草と共にちりんと鳴った鈴の音を追い掛けたにぼしが泳ぐ様に宙を往く。
    「あなたとおはなしを、しに来ました」
     まみずちゃん、と。名を呼んだのは彼女を認識しているという証左。
     昭子の言葉にぐっと息を飲んだまみずは戸惑いの中、水槽の中で体を横たえた魚を隠す様に歩み出る。
     膝を擦る学生服のスカートに、頬を撫でた冷たい空気を振り払いながら疑心暗鬼の瞳はららと七号を守る様に立った翌檜を見詰める。
    「大事なんだ? その子。そやって、守るの……わたしの、お兄ちゃんみたい」
     ――憎たらしい。
     言葉を飲みこめど、表情と仕草から物語られる彼女の想いを感じとり翌檜は魚の死骸を隠す少女の細い肩が微かに震えている事に気付いた、否、気付いて、しまった。
    「魚を殺して、気分は晴れたか?」
    「やめて」
    「魚を殺そうが、人を殺そうが、本質的には何も変わりはしねぇよ」
    「やめッ」
     ぐっと息を飲みこんで、まみずが苛立つ様に地面を蹴る。身長差は幾許か、それでも幼い匡には衝撃は確かなもので。緩衝材の様に合間に滑り込んだにぼしの拉げた声に眉根を寄せる。
    「まみず、どうしてそんなに悲しそうなの? 僕達はね、君の事を知りたくてここにきたんだよ」
     匡の言葉にまみずが唇を噛む。解らない癖にと漏れた言葉に匡は小さく頷いた。
     何も知らない、想像しかできない――大切な人が居なくなったその瞬間を。例えば、クルセイドソードを手にのらりくらりとした雰囲気の魔法少女。
    「大切な人を亡くした時、ららは悲しいを知らない、変わらない世界が虚しかった……。
     ららがららで居られるのは何度も大好きをくれた匡くんや応援してくれる翌檜先輩や皆がいたから」
     心の中に何かぽっかりと穴を開いた様な。言葉の通りの想いをららは知っていた。
     兄を喪う恐怖を、翔はよく理解していると後ろ手に握りしめたスレイヤーカードを開放する。唇が刻んだコード――蒼の力は、敵を砕くだけではない、と。
    「オレにも年の離れた兄ちゃんがいる。オレは兄ちゃんしか家族が居ないから、兄ちゃんが死んだらって思うと……それが、自分の所為だって思うと、オレはオレを許せない」
     ぽつり、ぽつりと零す呪詛は。周り全ての幸福を呪う言葉。地面を蹴ってぐんと近づく。
     振り翳した刃に翳る曇りは恐怖心にも起因している。
    (「兄ちゃんが死んだら――あの人はそれが現実になっちゃったんだ。オレなら、どうするかな……」)
     受けとめたまみずが苛立ちを露わにした様に注射器を振り翳す。
    『兄』の話しが心を揺さぶる。不運な交通事故だった。年の離れた兄は雨の中をまみずの為に走った。その日は、両親の命日だったから――奇しくもその日に、たった一人の家族を亡くした『可哀想なおんなのこ』
    「みんな、みんな死ねばいいのよ――幸せそうでばかみたい」
    「皆死ねばいい……その勘定に、自分もいれてるみたいな面してんな」
     供助が言葉を零す。自分を責める方が悲しみの行き場を付けやすいのだろうと。

     ――会いたい、会えない、どうして。

    「まみずちゃんの『せい』では、ありません。
     たいせつにされていたのなら、その無理は、きっとお兄さんの愛情です」
     孤独に、耐えきれない哀しみに抗うように縋ったのは殺人衝動。どうしようもなく抑えきれなくて大好きだった魚へとシャープペンシルを突き立てた。
    「お兄ちゃんが死んだのはわたしの、わたし、わた――ッ!」
    「まみず、分かってんのか。
     今のまま堕ちたら、お前は『兄貴のせいで』人殺しになっちまうんだぞ? お前の殺しに、お前の弱さに、兄貴を巻き込むな」
     苛立ったように言う翌檜の言葉に駄々を捏ねる子供の様に大きく両の手を振り翳す彼女の一撃を重く受け止めた供助は「息を止めるな」と叱咤する。
    「お前が生きてることを祝ってた誰かの気持ちを抱いて、息をするためにあがけるのは自分しかない――息を止めるな、足掻け、手を伸ばせ!」
     ぐん、と引き付けられる様に縫いとめられる足に七号は固いコンクリートのフロアを蹴って『水槽』に吸い込まれる様に身を委ねる。
    「人は誰だって幸せになる権利がある。私達にも、勿論瑞帆さんにも。
     あなたのお兄さんはあなたに幸福になってほしかった。『ソレ』の行き場が無いならば私達にぶつけて下さい。私達は倒れませんよ、残念ながら」
     唸るような声を零して地面を蹴る。慧樹が小さく息を付き「熱いけどごめん!」と声を掛ける。温度の高い焔が身に触れて、思わず後ずさった彼女の手を掴み昭子が「にげないで、ください」と小さく言う。
    「そのまま闇に飲まれたら、たいせつなものまでなくしてしまう
     起こったことは取り戻せなくても、いまその思い出を、お兄さんをまもれるのは、まみずちゃんだけなのですよ」
     まみずちゃん、と呼ばれた声に、首を振り続ける。
     いやいやと溢れだしそうな涙を堪え、上手く息の出来ない子供の様に幾度も口をぱくぱくと開閉する。
    「一緒に行こう、まみず。僕は君と友達になりたい。
     君の悲しい顔じゃなくて笑顔が見てみたいんだ」
     差し伸べた手を払う様に身を捩ったまみずに抵抗の意思は弱くなる。
     兄を喪った後悔の攻撃を受けとめて。
     衝動と、後悔が入り交じったジレンマを振り払う様に幾度も放った攻撃が身も心も軽くする様で。
    「でも――もう、戻れないじゃないッ」
    「かなしいで溺れてしまうのは止めろよ。息の仕方なら教えてやる」
     大きく息を吐いて、吸って。子供の様に繰り返して、ひとつずつ。
     教えてやると供助の呟く言葉に大きく見開かれた眸が揺れる。
     水槽の青を映したその眸にららは「……知ってあげるしかできないから」と小さく囁いた。
    「それでも、ららの身体は治るけど、キミの心は壊れたら治らない。
     壊れる前に――ららたちと一緒に居る決断をして欲しいんだ」
     差し伸べる手は、ふたつになって。戸惑う彼女の視線と克ち合った、刹那に。
    「たった一人で前向きに生きるのは難しいけど、誰かと一緒ならきっと――だから、行こう? オレ達と新しい居場所を作りにさ」
     照れ臭そうに翔は笑って手を伸ばす。戸惑いの色を孕んだ瞳は周囲を見回して逸らされた。


     戸惑いと共に弾かれた攻撃に、巨大な弧を描いた三日月が笑っている。秋色のそれが弾くと共に、柔らかな紅葉色の袖が大きく揺れる。
     からんと下駄を鳴らした七号が体を捻り上げ、まみずの手にした巨大な注射器の針を折る。腰を強かに打ち付けて、起きあがらんとした彼女が「どうして」と声を震わせ強く噛み締めた奥歯同士から血が滲む。
    「言ったでしょう。私達は倒れないんですよ」
     へら、と唇に笑みを乗せた七号にまみずは噛みつく様に言葉を吐き出していく。嫌だ、やめて、と駄々を捏ねる子供の様に。
     それでも体から力が抜けてゆく。乱れた髪に、赤く染まった白目が痛々しい。武器を取り落としたのは反撃の気力を喪ったから。
    「ぶつけたいおもいが晴れるまで、晴れても――ずっと、そばにいます」と囁く様に告げた昭子の言葉にまみずの膝がゆっくりと折れてゆく。
     掌から毀れ落ちたシャープペンシルを拾い上げた慧樹は「まみずサン、閉じ込められた時の事は覚えてる?」と何処か探る様に問い掛けた。
     ふるりと首を振った彼女は思い出せないと地面へ蹲る様に体を折って唇を噛み締めた。
    「まみず、まみず、もう大丈夫だよー!」
     へたりこんで肩で息をした彼女を支える様にぎゅうと抱きしめる匡ににぼしが自分も、と言う様にまみずを抱き締める。
     震える膝が、立てもしないと幼い少年にしな垂れかかる様にまみずは匡の背に手を回し息を詰める。
     98%の水分に、アルブミンやグロブリン、リゾチームとリン酸塩を含有する液体が目尻を通り過ぎて頬を撫でる。
    「匡くん、ずるい! ららも!」
     ぷうとワザとらしく頬を膨らませ、翌檜を手招きながらまみずの背へと跳び付いたららは立つことが怖いと震える彼女の頭を優しく撫でる。
    「人魚姫は『足』を貰った時、声を失くしちゃったの。でも、まみずちゃんには足も声もあるんだ。
     だから、大丈夫だよ。声を上げて沢山泣いて泣いて、それからららたちと歩いて行こうね」
    「ッッ――」
     ひ、と漏れた声は濁流の様に漏れだした。子供の様に泣きじゃくる彼女の頭を乱雑に撫でた翌檜はららと匡の見上げる眸に息を付く。後天性の神様は巨大な鎌を掌から光の粒子に変え、唇だけで小さく笑った。
    「これは、お腹が空いちゃいますね。翌檜さん、奢りですか?」
    「は?」
     プロフィールに『実家は金持ち』と有りましたよねと冗句めかして告げた七号に慧樹が「マジで!?」と嬉しそうに跳びこんでくる。げんなりした表情の翌檜を見詰め、翔子と供助は面白そうに瞳を細めて顔を見合わせた。
     青は心を落ちつける色、そんな色の中でさえも『蒼に紛れる』様に悲しみを漏れ出す彼女が息が出来る様にと供助は「まみず」と呼んだ。
    「誰かがいなくなって開いた穴は埋まらないかもしれない。でも、少しだけ埋めてやることはできる」
    「そうですね……。まみずちゃんを満たす、さいわいをねがうこころはここに溢れているでしょう?」
     昭子の言葉にららと匡が嬉しそうにまみずの瞳を覗きこんでへらりと笑った。柔らかな桃色が頬を擽る感覚にまみずが猫の様に眸を細める。
     ゆっくりと立ち上がった彼女に手を伸ばした翔が「いこう」と外に広がる青空を見上げた。
     ぽこり、ぽこりと登って行く生命のしるし。息ができなくならないように、供助を振り返ったまみずは困った様に眉でへの字を作る。
    「お誕生日おめでとう、なんて言っちゃいます」
     可笑しそうに笑う七号は息の仕方を思い出した『魚』を祝福する様に手を打ち鳴らす。
     今日は『きみ』が灼滅者(きみ)となった日だ。

    作者:菖蒲 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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