石ころdesire

    作者:一縷野望

    ●石ころ
    「――ねえ、どうして? どうして私のコトを無視するの?!」

     授業がはじまるまでの時間、昨日のドラマで盛り上がる女子とふざけあうように仲良く絡む男子。
     それはいつもの光景。
     自分だってその中にいるはずなのに……鷹野・美空(タカノ・ミク)は、どうしても混ざれず恐ろしい孤独に蝕まれる。
     声をかけても肩を叩いても彼らは振り返りはするが、すぐにまた自分達の話に戻る。
     ……最初は、なにかヤバイ事をしてしまい、クラスからいじめを受けてるんだろうかと背筋が冷えた。
     でも違う。
     彼らは美空の存在を完全に『どうでもいいモノ』として扱っている。
     話しかけてもなんの感情も向けてくれない、表情がゆらぎもしない。そう、マイナス感情すら一切ない。

     ――まるで、道ばたに転がる石ころ扱い。

    「どうして、どうしてなの……」
     能面に『無関心』と記されているどうでもいいモノへ向ける顔達へ、何をどう訴えようとも事態が動くことは、ない。
     噛みしめた唇から嗚咽を零さないのは、最初は「泣けば良いと思ってるの?」「アイツウザイ」とよりイジメを深めてしまいそうと怯えたから。
     でも、状況を把握した今は違う。
     泣き喚こうが存在を無視されるのは確定だ。涙をこぼしたが最後精神が折れてしまうだろう。
     でも、悔しさ寂しさ哀しさが、小さな鋏となり心をチョキリチョキリと刻んでくる。

    「――」
     そんな絶望感に苛まれる美空を淡々と眺める影が1人。美空のソウルボードにこの悪夢を構築したシャドウだ。
     
    ●欲
    「ある女の子のソウルボードが壊されかけてるんだ。みんなには彼女を救いに行って欲しい」
     灯道・標(中学生エクスブレイン・dn0085)の説明によると、対象者は中学2年の鷹野美空。穏やかながら笑顔が素敵で聞き上手。クラスの輪の中にいつもとけ込んでいる、隠れ人気が高いタイプ。
     そんな彼女は、同じくクラスメートの少女『根室・楸(ネムロ・ヒサギ)』が闇堕ちしたダークネスにより悪夢を見せられているのだという。
    「楸さんは闇堕ちしきってないんだけど……彼女についてはまた後で」
     後に回したのはややこしいからではなくて、事件解決の重要度として低いから。
     それ程までに美空の精神状態は危険であり、楸の強い力を削ぐのが最優先目的という事だ。
     
    「美空さんは勿論ここが悪夢とは気がついていないよ。ただクラスメートからは『無関心』を徹底されてて、理由がわからず心が折れそうになってる」
     だからまずは皆が美空の支えとなり、これが悪い夢なのだと気付かせてやって欲しい。
    「さっき説明した通り、美空さんは控えめながらクラスメートからは好かれてる、非常に健全な中学校生活を送ってる人なんだ」
     その優しい共感に心を癒された人は数多い。
     誰にとっても他愛もない日々を構成するとても大切なピースたり得る少女、それが美空。
     幸いにも舞台は夢の中、クラスメート以外のキミ達が入ってきても違和感はないし、話も聞いてくれる。
    「なんにしても美空さんが立ち直らないと、シャドウの力が強すぎて話にならないんだ。だから頑張ってね」
     美空が悪夢を否定し抗う気概を見せれば、シャドウとの戦いとなる。
     シャドウ楸は断斬鋏とシャドウハンターのサイキックを使用する。美空の説得が上手くいっていれば、逃がさずの灼滅が充分可能なはずだ。
    「……うん、灼滅可能だね」
     歯切れ悪くそう言った標は、皆に向き直ると俯いた。
    「実はね、堕ちかけている楸さんを救う具体的な手立てを、ボクからは提示できないんだ……」
     もし、シャドウの力に振り回されて悪夢を見せるコトに耽っているならば、そこを突き崩し元の人格に訴えかけるのも可能だろう。
    「よくあるパターンはそれだけど……楸さんの心は淡々としててさ、力に溺れてる風はない。悪夢に堕としてるのを愉しんですら、いない」
     ただ美空に悪夢を見せて、いつも座っている教室の片隅の席から静かに事の推移を見守っているだけ。
    「ボクが辛うじて見いだせたのは、美空さんの悪夢が楸さんが置かれてる日常だってコトだけだよ」
     誰かにとって悪夢たり得る絶望が、自分の世界を構成する全て。
     だから楸はそんな日常には未練がない、戻りたいという欲求が希薄なのも妥当な話か。
    「戦闘前に楸さんに話しかけるコトはできるけど……美空さんをおろそかにしたらこの依頼は失敗するよ」
     だからまず第一に美空さんの悪夢を祓うコトを頭に置いて欲しいと、標は念を押すのである――。


    参加者
    無道・律(タナトスの鋏・d01795)
    望月・心桜(桜舞・d02434)
    月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)
    ゲイル・ライトウィンド(ホロウカオシックコンダクター・d05576)
    御影・ユキト(幻想語り・d15528)
    花衆・七音(デモンズソード・d23621)
    地鉛・要(虚構型永久機関駆動中・d31058)
    ミレイ・クローディア(紅焔の邪眼・d32997)

    ■リプレイ

     ――テストケース1:混乱と錯乱による急速な精神消耗。放課後まで持ちこたえる可能性は著しく低く思える。観測継続。

    ●助けて助けて助けて
     なんと澱み濁った教室風景だろうか。
     虫食いのように散らかる黒に髪越しの瞳眇め、地鉛・要(虚構型永久機関駆動中・d31058)は自分をかき抱く鷹野美空へ躊躇わずに声をかけた。
    「……え?」
     弾かれあがる顔に浮かぶは驚愕。
    「美空嬢」
     自分を無視し続けた群れの中から明らかに一点――『自分』へ向いた声が嬉しくて、美空は涙を零しそうになる。
    「何も悪いことをした記憶はないのじゃろう?」
    「ナノ~」
     優しい髪色そのままな望月・心桜(桜舞・d02434)の言葉に、ここあも頷くように羽を揺らす。
    「不安そうな表情は心にも良くないと思いますよ?」
     切れ長で印象的な瞳に労りを宿し、御影・ユキト(幻想語り・d15528)は美空が失った日常の再構築するかの如く自然に話しかけた。
    「何があったか話してみい。美空ちゃんがそんなやとうち心配やし」
    「あ」
     すぐ傍の声に振り返れば、腰掛ける花衆・七音(デモンズソード・d23621)が人好きのする笑みで手を振った。
    「サリュ、こんにちは。状況を整理しようか」
     ほぐれた表情に進み出たのは、眼鏡越しの明晰瞬かせる月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)道化めいた振る舞いは相手の心を更に落ち着かせた。
     傍らには様子見のゲイル・ライトウィンド(ホロウカオシックコンダクター・d05576)
     千尋と一緒の依頼は嬉しいけれど、苦情はこちらまでにはちょい不機嫌。切れ長の瞳は拗ねたようにやや尖る。
    「――落ち着いて……思い出して御覧なさい」
     日常を失った時、人は心を乱す。己の身の上すらなくしたミレイ・クローディア(紅焔の邪眼・d32997)は其れを身に染みて知っている。
     混迷は全てから目隠しをする、だからまずは落ち着いて欲しいと柔らかに。
     ……灼滅者達が介入しても全く変わらぬ風景に、無道・律(タナトスの鋏・d01795)は睫が彩る異国めいた瞳を伏せた。

    ●彼女の日常は誰かの絶望
     ――どうだ面白いだろ? そう囁き続けていた『闇』が闖入者を前に面倒くさげにうねる。しかし彼女の瞳は相も変わらず無機質な透明、放り出された実験機材のように。

    「あ、あなた達は、おしゃべりしてくれる……の?」
     不安に震える美空の手を取って心桜は頷いた。
    「美空嬢、いつだって人のことを考えてたそなたが無視されるなんてありえんのじゃ」
    「そう……よ」
     ミレイが不器用に口元を緩めれば、さらり真っ直ぐな金が繊細に謳う。
    「いきなり嫌われるほど貴女は悪い事なんてしていないはず……よ」
    「何もしてないのに友だちじゃなくなるなんて可笑しいんです」
     クールで表情の硬いユキトだからこそ、向けてくれる微笑みは真実味があるよう感じられた。
    「普段の自分を思い出してみ」
     背を叩き励ます七音に合わせ頷く少女達。
    「そーんな他人の態度が何事もなく急に変わるなんてあるわけ無いじゃ無いですか」
     頃合いかと、ゲイルは妙に軽い口調でキーワード踊らせる。
    「夢、夢ー」
     しけった空気を追い払うようにゲイルは大仰な仕草で肩を竦めた。
    「そ、これは夢」
     くるりと中空に指で円を描き、千尋が引き継ぐ。
    「ボクらに任せてグッと目を閉じ目覚めれば、きっと元通りさ」
    「……ゆ、め?」
     虚を突かれたように瞬く美空へ易しい言葉を選ぶミレイ。
    「……この冷たい教室は悪い夢。寂しさや不安が生み出したもの……よ」
     果たしてその寂しさと不安は誰のモノ?
    「それでもなぁ、美空嬢」
     心桜は一歩踏み出すとぎゅうと小さな肩を抱きしめた。
    「悲しかったら泣いてもいいんじゃよ」
    「あ、ぁぁ、わたっ、わたしっわたしっ……」
     泣き声響く教室の最後方、ダークネスの胸元がほつれ闇が編まれ射出される。
    「おっと、させないよ?」
     緋の五線譜が翻り、闇は音為す前に千尋により砕かれる。
     阻まれて舌打ちする『闇』と、あくまで観察の態度を崩さない『人』と――分離はまだダークネスになりきっていない証拠、そう見定めた要は口火を切った。
    「一人、殻に篭って何がしたい……」
    「――」
     観察を遮るように回り込み、視線を絡める要。叱咤激励にならぬよう気遣い、日常のぬくもり感じさせる言葉を幾つも差し出してみる、が――それは楸の躰を通過していくようで。
     そんな楸の躰を使い、シャドウは何処にでも転がっているような鋏をくるり指で回す。
     つッ――。
     鋏は果たして肉を喰み床は血で汚れた。
     切っ先を握りつぶし楸のフレームに入り込んだ律は、こんなモノは痛みでも何でもないと胸で断ずる。
    「悔しかったろう」
     鋏をしまうように斜めに流し落とし、
    「寂しかったろう」
     この疵より遥かに深い楸の虚ろへ、
    「哀しかったろう」
     ……手を伸ばしに掛かる。

    ●石ころは『  』ない
    「いいんだよ」
     怒っていい、
     嘆いていい、
    「苦しかったら、叫ぶんだ」
     律の連ねた言葉にぴくり、と楸の躰が引きつった。
    「……苦し、い? 叫んで……いい?」
     それは石ころの呟き独り言、人に聞かせる志向性は全く無い小さな小さな自問自答。
    「……で、キミは自分の日常を彼女に見せてどうしたかった?」
     鋏握る手首に千尋の糸が絡みつき、
    「似てるけど人気者な人に自分の状況を追体験させるなんてのは、憧れや妬みがぐっちゃんぐっちゃんなんだと思うわけですが」
     ゲイルが髪色のサインで災い避けを施した。
    「え……」
     七音と心桜の背で息を呑む美空を気遣いつつも、要は仲間へ迷宮鎧を施す。
    「落ち着いていてください、鷹野ちゃんに危険が及ばないようにしますから」
     恐怖でシャドウの力が高まらぬようにと穏やかに言い含めるユキトは、頷く美空へ笑みを返し槍で闇を穿つ。
     一方――。
    「どうして彼女を? 悪夢に堕せるクラスメイトなら、他にも居たさ」
    「ずっと昔の自分を見とったのは何でや」
     律と七音の問いかけにも、
    「諦観してる風でも、自分に気づいて救って欲しかった。違う?」
    「ああなりたいのなら、ニーズに応えられるかと」
     ゲイルと千尋の呼びかけにも反応はない。
    「君は鷹野さんと、友達になりたかった」
     関心を呼び覚ますように律が紡いだ声は虚しく届かない。
     ……友達。
    「友達になりたいって言ったら信じてくれるかえ?」
     幼い頃は死んでしまいたかった、多分、同じように――そう紡ぐ心桜にもやはり無反応。
     閉じた扉は斯様に重たくて、それでも諦めきれないから力尽く。
    「一緒に死のうか? 死ぬと……生きてたいと思うかもしれないのじゃよ」
     鋏を自分の喉元へあてがわせれば、翻る刃先。
    「わらわが話したいのは楸嬢じゃよ」
     ――嗚呼、これはシャドウだ。
     でも彼女の心はまだ確かに存在している。だって刺を誘った刹那、指は震えた、錯覚じゃないと信じたい!
    「何やずっとこっち見とったな」
     楸の後ろに立ち、七音はなるべく正確に見ていた風景を瞳に映す。
    「流石にこんな日常やったら戻りたいとは思わんやろな」
     自分を一切無視して進む、ありきたりな日常。
    「あなたは……こんな冷たい教室の片隅で、いったい何を待っているの……?」
     鈍い反応に呼びかけへと舵を切り、ミレイも視線を合わせて覗き込んだ。
    「悔しい想いを理解してくれる人? 寂しさを和らげてくれる人? それとも……哀しみを共感してくれる人かしら?」
     ミレイの台詞に合わせて律がそっと掌を包み込む。
    「楽しくも、不快でもなく、虚しい転がる世界はどこまでも無色だと君は絶望したんだね」
     まるで虚ろに手を差し入れるよう。だが反応している瞬間があった以上、キーに届いた言葉はあるはず――。
     瀬戸際の覚悟を固め楸を影で覆う。トラウマがもし何かを呼び覚ましてくれたなら……。
    「ッ……は、い。私は石ころ、です。でもご飯食べます……お腹、すきました……」
     引き絞られた声に心桜は哀しみで胸元を握りしめた。
     やはり彼女は養育者に当たる者に粗末に扱われて、いた。
    「なあ」
     要は思い切って手を取り語りかける。だが連ねた言葉には目立った反応は、ない。
     楸の求めるモノが日常だと信じたいのにと途方に暮れ心桜に癒しの帯を巻く。そう、まだ諦めない、戦線を支えねば。
    「目の前だけが世界の全てじゃない、生き直したいと言うなら手伝うよ」
     千尋が差し伸べた手に微動だにしないのに、ゲイルは聞こえよがしの溜息を吐いた。
    「望む事すら放棄するのであれば、僕はこの場で貴方を滅します」
     果たしてそんなモノが生きていて『ナニカ』を見いだせるのか? 厭世観を隠すのも莫迦らしくなってきた。
    「根室ちゃん」
     天籟の柄をから視線を外し切っ先を納める。囁きめいた空気の流れを耳に、ユキトは架空の級友を押し退けて楸の元へ歩み寄った。
    「……言わなきゃわからない、所詮他人にとってはそんなものです」
     何故問いかけを無視するのか? 暗にそんな疑問を籠めてそう口ずさむ。だが、それには反応が返らず――。
    「根室ちゃんの口からしっかり答えを聞きたいですね」
    「……私の、答え?」
     ――これには、返った。
    「そう、あなたが自分から動かなければ得られはしない……ものよ」
     そしてミレイの台詞には反応が返らない、この違いは?
    (「叫んでいい、答えが聞きたい……」)

     ――何故彼女は周りから無視されても異を『唱え』なかったのか。

     ああ、と弾かれたように顔をあげる律の前で、業を煮やした七音が楸の頭を掴み真っ向から顔をつきあわせた。
    「話してみあんたのこと。話さへんからうち興味が湧いて来たで」
    「………………」
     楸は首を65度程傾けると、ぽつり。
    「私、しゃべっても、いーの?」

    ●欲
     ――その声は長年押し殺されていたせいか、ハリがなく聴覚を研ぎ澄まさねば拾えぬ微かなモノだった。
    「えっと、私……辛いとか苦しいとかよくわかんなくて」
     前髪にほぼ隠れた瞳は確かに律へ。
    「でも死ぬのは痛いみたいよ? あの人の最期苦しそうだったし……でも、ごめんね? 鋏、止められなくて」
     心桜の首筋を見て小さく俯いた。
    「あとなんだっけ……鷹野さん? と友達は、特には」
     と、ゲイル、千尋、七音順繰りに顔を向ける。
    「ああでも……なーんで黙ってるのに人が寄ってくるんだろう? ぐらいは思ってたよ」
    『だから一番目のテストケースに『お前が』選んだんだ』
     全身を覆うスペードの群れ、無表情な楸に歪み嗤いを重ねた様はまるでデキの悪いCG。
    「ぐッ」
     だが繰り出す悪夢の弾は強烈な力で要をたたき伏せる。更に焦る灼滅者が立て直す前の攻撃が律を襲った。
    「……うぅ」
     剣に変じた七音が庇う間もない。辛うじて膝を折らずに済んだものの、一撃で体力をほぼ持っていくなんてデタラメすぎる。
     異変の理由に気付けたのは、美空を気にかけていた心桜とユキトだ。
    「みんなその人ばっかり……やっぱりわたしなんて……」
     律と要が美空をほぼ気にかけず対応に物量的な差ができた。皆が楸へ向いたのを糧にシャドウは力を取り戻す。
     なんという意地が悪いシーソーゲームだと、ゲイルは投げやりに苦笑する。似ている二人は当然の事ながら――嫉妬が生じやすい。
    「美空嬢、美空嬢、泣いていいと言ったのに手を離してごめんなのじゃよ」
     抱きしめる心桜に寄り添い、ユキトも伸ばした指で髪を梳る。
    「そうですよね。こんな状況で一人にしてしまって、ごめんなさい……」
     裏切ったわけではないのだ。
     どちらも助けたくて、でも、状況は楸の方が遥かに大変だと思っていたから。
    「わた、わたしを無視しないで……わたし、わたし……わぁあああああ!」
     美空を宥めきるまで二人の戦線復帰は難しい。だが今のでシャドウが再び弱体化した。
    「ああやって感情を出した者勝ちだと僕は思うんですけど」
     畳みかけ時とゲイルが出した赤サインに続き、千尋は蹴打で影を切り裂く。
    (「成程、声をかけ続けるじゃなくて、話していいって許可から必要だったとはね」)
     救出対象者に呼びかけるのが正道、本案件は余りに邪道。確かに危ない橋、エクスブレインが解法を見いだせないわけだ。
    「黙らないで根室さん」
     ――例え、場のバランスを崩す行為だとしても、彼女を助けたかった。
    「君も叫べばいい、泣いていいんだ」
     トラウマから察するに「主張するな」どころか「喋るな」とまで命じられてコミュニケーションを奪われ生きてきたのだろう。
     それは、なんという理不尽か。
    「一緒に、行こう」
     差し出された浅黒い指の意味がわからず瞬き、そこで楸はふと思い出したので、視線をミレイへ移した。
    「私、待っていたわけじゃない、かな。待っていても誰も来ないの知ってるし」
     母に置いていかれた楸を世間体を考えて引き取った祖母は、徹底的に楸を石ころ扱い。そして先日この世を去ったらしい。
    「無視するの? って聞いても、怒ってすらくれなくてね。しゃべっちゃダメなんだな、私は石ころだから」
     此からもずっと。
     でも『闇』は私を石ころ扱いせずに、同じ立場に堕としてみれば? と、提案してくれた。
     ……なんて、熱が籠もって話す度、シャドウは最期の足掻きとスペードで固めた拳を振りまわす。
    「――そう……なのね」
     つけられた鎖が外れてもそれに気付かず離れられない、憐れな飼い殺しのペット。
     楸の見ていた日常は、想像よりずっと絶望に彩られていたのだと身動ぎするミレイの足元、影が、ゆらり。魔導書寄越せと、ゆらりゆらり。
     力の抜けた指から落ちる魔導書は、とぷん、と波打つような黒に喰われる。
    「…………あ」
     語られる陰鬱な育成歴に沈み込んだ空気に気づき、楸は言葉を呑む。
    「うちは言ったはずやで。話してみって」
     七音は姿を取り戻すと再び屈託なく笑いかけた。
    「あんたのこともっと知りたいわ」

    「――私のコト、話していーの?」

    「羨ましい」
     美空が身動ぎしたのに心桜は「美空嬢だって、いいんじゃよ?」と前髪を撫でる。魂を闇に喰わさなくても上手に幕が落ちる安堵に頬緩め。
    「ええよええよ、話しあって友達になろ」
     シャドウから引きはがすように七音に引っ張られる楸。はじめて歩くようにたたら踏む足は律が手を取り支えた。
    「君は今も、生きているんだよ」
     どうしようもなく。
     そんな彼らを掠め真っ直ぐに奔るは影の残滓を連れた縛霊手。やがて全てを白にする雪糸へと変じ、剥がれて揺らぐようなシャドウに絡みつく。
    「あなたがあきめない限り」
     わたしは手を貸そう。
     そう囁いて、ミレイは影に雪を押しつける。絡まり天井にあがるスペードは果たしてどちらのモノなのか。
     錐もみし消える影の断末魔、消えゆく教室の光景、悪夢から解放されてなお心桜とユキトの手を忘れないと握る美空。
     そして、
     あとには、何がはじまるかもわからぬ石ころだった娘がひとり――これから色々取り戻していくのだと、胸に残った『欲と望』を握りしめて。

    作者:一縷野望 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年12月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 8/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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