灰燼に帰す、そのために

    作者:波多野志郎

     ――天には月と星が輝いていた。澄んだ山の自然は、都会では見られない夜空を見せてくれる。
     しかし、その夜の一角が赤く赤く焦げていた。山間の小さな村、そこが炎に包まれていたからだ。
    『グ、ル――』
     その炎の中から、一つの巨大な影が姿を現わす。体長は、五メートルほど。ねじくれた黒い山羊の角を持つ猫科の大型肉食獣のフォルムを持つ巨獣は、緋色の毛並みを炎を赤で煌々と照らしながら歩んでいく。
     その獣にとって、そこで失われた命に何の感慨もなかった。殺戮と破壊の衝動のまま、本能に従い殺し破壊するだけ――炎はただ燃える、それに等しくその巨獣にとって当然の結果だからだ。
     だからこそ、未だ燃える村を後に巨獣は闇の中へと消えていく。その炎が次に何を燃やし尽くすのか? それは、獣自身も知らない……。

    「イフリートってのは、そういうものだって言えばそれまでっすけど」
     本当、災害みたいなもんっす、と湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)はそうため息をこぼす。
     今回、翠織が察知したのはダークネス、イフリートの存在だ。
    「とある山村へとたどり着いたイフリートが、その村を燃やし尽くすんすよ。もちろん、そうなってしまえば多くの人命が失われるっす」
     不幸中の幸い、今ならまだ村は襲われていない。だからこそ、犠牲者が出る前に対処可能なのだ。
    「夜、この山村に至る前の道で待ち構えて倒してほしいんす」
     申し訳程度にアスファルトで舗装された道だ、一応広さはあり戦う分には問題ない。山奥なので、光源は必須。山村の近くなので、ESPによる人払いも必要となる。
    「問題なのは、へたに不意を打とうとしたりすると向こうのバベルの鎖に引っかかるって事っす。真っ向勝負になるっすね」
     イフリートは、強敵だ。特に、遮蔽物もなく広い場所で格上の相手と戦う事になるのだ。そういう相手と真っ向から勝負するには、こちらは数の利――連携によって対抗するしかない。
    「犠牲が出るか否かの瀬戸際っす。どうか、よろしくお願いするっすよ」


    参加者
    米田・空子(ご当地メイド・d02362)
    松苗・知子(退魔ボクサー・d04345)
    片倉・光影(鬼の首を斬り落す者・d11798)
    北条・葉月(独鮫将を屠りし者・d19495)
    フェリス・ジンネマン(自由謳う鳥の娘・d20066)
    花衆・七音(デモンズソード・d23621)
    美堂・刹那(居合系焔使い・d25237)
    霞・闇子(小さき闇の竹の子・d33089)

    ■リプレイ


     夜の山道、そこで白い吐息と共に、北条・葉月(独鮫将を屠りし者・d19495)がこぼす。
    「流石に、この時期になると夜は冷えるなぁ。温かい飲み物でも用意すりゃ良かったか」
     冬が間近に迫った夜の山は、体の芯がかじかむほどだ。しかし、寒さに震える者は、そこにはいない――視線を上げて美堂・刹那(居合系焔使い・d25237)は言った。
    「イフリート……。多くの人命が失われる前に早急に灼滅しないといけませんね」
    「正義のメイドとして、この状況を見過ごすわけにはまいりませんっ! 村に被害が及ばないよう、微力ながら全力を尽くさせていただくのですよ♪」
     背後に守るべき山村の存在を意識して、米田・空子(ご当地メイド・d02362)がそう告げた瞬間だ。今までとは違う、熱気を帯びた風が灼滅者達の元へと吹き抜けた。
    「来おったで?」
     花衆・七音(デモンズソード・d23621)の言葉に、その場に緊張が走る。体長は、五メートルほど。ねじくれた黒い山羊の角を持つ猫科の大型肉食獣のフォルムを持つ巨獣が、ゆっくりと道の先へと姿を現わしたのだ。
     その姿と威圧感に、片倉・光影(鬼の首を斬り落す者・d11798)は言い放つ。
    「真っ向勝負か……キツい内容だが気合いと覚悟が入る状況だな。一つ全力を尽くして巨獣の進行、止めてみせるぜ! 真風招来!」
    「Are you ready?」
     黒龍を引き抜く光影に、Cassiopeiaをバトンのように回転させ構える葉月――戦闘準備を整えた灼滅者達に、イフリートはその視線を走らせた。
    「真っ向勝負ね、悪くないわ」
     ファイティングポーズを取る松苗・知子(退魔ボクサー・d04345)に、フェリス・ジンネマン(自由謳う鳥の娘・d20066)は深呼吸を一つ口を開く。
    「真正面から戦うのは少し緊張しますですが……きっと大丈夫ですのです。こんな時こそ歌いましょうですよ……うん、行くよ! リオ!」
     フェリスに応えるように、霊犬のリオライーシャが低く唸った。タタン、と軽い足音と共にイフリートが駆け出す。数十メートルの距離も瞬く間に詰まる、その疾走に仮面を手に霞・闇子(小さき闇の竹の子・d33089)が言った。
    「さて!ここは、気合入れていこう!師匠見ててよ!」
     闇子が、己の師匠に誓い仮面を装着する。そして、地面を蹴った。
    「さあ! 行くぞ」
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     同時、イフリートの緋色の毛並みから吹き出した炎は翼のごとく広がり、灼滅者達を薙ぎ払った。


    「イフリートとの真っ向勝負、依頼としてはシンプルなんやけどな――その分誤魔化しがきかへんし、気い引き締めて行くで!」
     闇が滴り落ちる黒い魔剣の姿となった七音が、その身の刃で周囲を切り裂いた。発動したイエローサインが、イフリートの炎によるイカロスウイングを斬り飛ばす。風に散らされる炎、その中を霊犬である一刀が駆け出した。
    「行きます!」
     ガシャン、と突き出した縛霊手を展開、刹那が結界を発動させる。ヴン! と刹那の除霊結界がイフリートの動きを抑えた瞬間、一刀の刃が突き立てられた。
     そこへ、メイド服のスカートをひるがえした空子が跳躍。スカートの端を両手で摘み、鋭い跳び蹴りを叩き込んだ。
    「――メイドキック!!」
     ドォ!! と鈍い爆発音が、轟く。空子のメイドキックが、命中した瞬間、爆発が巻き起こった。イフリートの炎が、キックの一撃の威力を緩和したのだ。空中で、空子はスカートを押さえバク宙、すかさず着地する。そんな空子へ、ナノナノの白玉ちゃんはエプロンのリボンを揺らしながらふわふわハートで回復させた。
    『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     イフリートが、地面を蹴って加速する。それをカウンター気味に迎え撃ったのは、知子だ。
    「ここは行き止まりなのよ」
     牙を剥こうとしたイフリート、その鼻っ柱へまず知子は左のジャブを叩き込んだ。その鋭い左に、イフリートの動きが一瞬鈍る。鈍ってしまえば、そこからは知子の独壇場だ。
    「そりゃそりゃそりゃそりゃ――」
     左で距離を測ってからの、腰を入れた右ストレート。そこから左のジャブを二つ繋いで、嫌がって顔を振ろうとしたところへ踏み込んでの右のショートアッパー。のけぞった顎へ、体重を乗せて被せるような左フック――。
    「そりゃあ!」
     そして、左の拳を引き戻す勢いを利用した右フックが、イフリートを強打する。知子の閃光百裂拳に突進の止まったイフリートへ、バベルブレイカーを構えた葉月が駆けた。
    「夜を彩る焔の舞、ってか。こんな状況で無きゃ見取れていたい所だけれど、こっから先には一歩たりとも行かせねぇぜ」
     ドン! というジェット噴射による加速を得て、葉月の蹂躙のバベルインパクトがイフリートへと突き刺さる。吹き出した血が、炎となって吹き上がる――その炎の中を強引に葉月は押し切った。
    『ガ――アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
    「おおっと」
     イフリートの口から吐き出された炎を、葉月は横へ跳んで回避する。葉月の視線、その意味をイフリートが理解するよりも早く、その間隙に懐へ潜り込んだフェリスが殺人注射器をイフリートの脇腹に突き刺していた。
    「よそ見していては痛い目見ますですよ?」
     そして、フェリスを守るように駆け込んだリオライーシャの斬魔刀が、イフリートを斬り裂く!
    「貴様をこの先に行かせるわけにはいかない。ここで討ち取らせて貰うぞ!」
     そこへ、ロングソードを振りかぶり一直線に闇子が駆けた。聖剣の輝きを帯びた非実体化した斬撃が、イフリートを捉える。が――構わず、イフリートはその前足を闇子の頭上へ振り下ろした。
     その前足を邪魔したのは、ライドキャリバーの神風だ。突撃し、一瞬の淀みが生まれたのを見切って闇子が横へ回り込んだ。ダン! と一瞬送れてアスファルトに亀裂の入る踏み付けが、響き渡る。
    「呆れ返る化け物振りだな」
     戦神降臨で自己強化を施し、光影が言い捨てた。今の攻防、イフリートにとってはじゃれ付いているようなものだったのだろう。だからこそ、苛立たしげに唸りを上げて視線を走らせたイフリートの圧力が、増していくのを感じた。
    「ここからが、本番やで?」
    「そのようですね」
     七音の言葉に、ギシリと刀の柄を握る手に刹那は力を込める。
    『グル――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     イフリートの咆哮が大気を揺るがし、炎の刃が群れをなして灼滅者達へと降り注いだ。


    (「天をも焦がすほどの業火って表現はあるけれどな――」)
     葉月は、目の前の獣を見やる。美しい、そう思うのは獣特有の躍動感と溢れる生命の力強さを感じるからだろう。機能美、そう言ってしまえばいいのだろうか? その爪先に至るまで狩猟のために形成された美しさは、まるで全てを燃やし尽くした炎に似た、同種の美があった。
    「いいね。熱く、血が燃えるような戦いを楽しもうぜ、イフリートさんよ。もっとも、最後に笑うのは俺達だけどな!」
     イフリートへと、葉月が笑みと共に踏み出す。オーラを宿した連打、連打、連打――しかし、その拳の弾幕を、イフリートはものともしなかった。
    「ハハッ!!」
     ガキン! ガキン! とイフリートの歯が、剣呑に鳴る。葉月を食い千切ろうと牙を剥くイフリートを、葉月は舞うように紙一重で読み切って掻い潜ったのだ。まさに、ダンス・マカブル――ただ一つの踊り損ねも死を意味する舞踏だった。
    「こんのおお!!」
     そこへ、一気に真横から間合いを詰めた知子の右ストレートが放たれる。拳がめり込んだのはこめかみの下、しかし、四足獣の太い首は横からの打撃にも強い、拳が振り切れなかった。
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
     ボォ!! とイフリートが吐き出したバニシングフレアが、赤く赤く周囲を染め上げていく。その炎の中で、白玉ちゃんのふわふわハートの回復を受けて、空子が右手をかざした。
    「それ以上のおいたは、いけません!」
     ヒュガ! と一直線に放たれた空子のメイドビームが炎を撃ち抜き、イフリートを貫く。そして、空から舞い降りた大剣――七音が、炎を蹴散らしイエローサインを発動させた。
    「一発一発が重いな、でも、回復はお任せや!!」
    「助かる!」
     刹那が、一気にイフリートへと駆ける。ザザン! と炎をまとった居合いの一閃、レーヴァテインがイフリートを斬った。
    「一刀!」
     そこに重ねるように斬撃を放ったのは、一刀だ。立て続けの連撃にイフリートの足が縺れたタイミングで、ガガガガガガガガガガガガガガガガガ! 神風の機銃が、掃射された。
     その銃弾の雨の中を、まるで撃ち込まれる場所とタイミングを知っていたかのように光影が突っ込む。オーラを宿した硬く握った両の拳で、光影は連打した。
    「やってくれるぜ……!」
     一撃一撃が体重を乗せた、渾身の拳打だ。光影には、その自覚がある――だというのに、イフリートは少し雨脚が強い中を歩むように、悠然と前に出た。
    「くぅ……チャントの祈りを……あ、今回は歌わないって決めてましたです……頑張れ、リオー! 負けちゃダメ!」
     フェリスはリオライーシャを殉教者ワクチンによって、回復させる。そして、リオライーシャは大丈夫だと安心させるようにその尾を一振り、イフリートへと回り込みながら六文銭を射撃する。
    「さすがに一筋縄では、行かないな。だが負けるわけにいかないね」
     ロングソードを振るい、セイクリッドウインドを吹かせた闇子が呟いた。フェリスもリオライーシャが持ち直したのを見て、冷静さを取り戻して呼吸を整える。
    「一人でも崩れたらあっという間ですですよ」
    「確かに、持っていかれるやろな」
     フェリスの言葉に、七音が同意した。互いに一歩も退かない乱打戦は、いつの間にか一歩たりとも退けない持久戦になっている。一人が倒れれば、二人、三人と一気にこちらが崩壊に追いやられるだろう――そういうパワーバランスの敵なのだ、このイフリートは。
     しかし、これはイフリートにも言えた事だ。手を緩めれば、自分が押しやられる――互いに退けないところへ追い込まれた状態で、ついにその時は訪れた。
    「攻撃、来るで!」
     七音の警告に、光影が身構える。炎をまとった角による突撃――イフリートのレーヴァテインに対して、光影は異形の怪腕による一撃で応じた。
    「――ォ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
     ガギン! という金属同士がぶつかったような、轟音が鳴り響く。鬼の拳と獣の角、その一瞬のぶつかり合いはアスファルトを踏み砕きながら前に出た、光影が勝った。大きくのけぞったイフリート、それを神風のキャリバー突撃が襲う!
    『グ、ガ、ガ!!』
     イフリートの巨体が、地面から引き剥がされた。浮いたそこへ、白玉ちゃんのたつまきが放たれ――むんず、とその背に空子が跳び乗った。
    「参ります!」
     ヴオ! と空子のメイドダイナミックが、イフリートの巨体が大きく投げ飛ばした。体長五メートルが垂直に、それこそ二階建ての建物並みの高さに放り投げられるイフリート――その着地点に待ち構えていたのは、知子だ。
    「ぶち破るのよ! カウンターブロウ!!」
     知子の、渾身の右ストレートが、爆音と同時にイフリートを捉えた。そのまま吹き飛ばされるイフリートが、一回、二回、と地面を跳ねる。
    「てめぇの土手っ腹に穴が空くぐらい、全力で行くぜ!」
     ズダン! と強く地面を蹴って跳躍、葉月がCassiopeiaを振り下ろした。ドゴォ! とイフリートの腹部を強打したフォースブレイクに、イフリートの体がアスファルトに叩き付けられ、大きくバウンドする。
    「まだまだ――!」
     そして、そこへ闇子が駆け込む。目映い聖剣の輝きの軌跡を夜に刻んで、闇子はイフリートを切り裂いた。
    「今だ、やれ!」
    「おう、任されたで!」
     闇子の言葉に答え、七音が飛ぶ。その闇の大剣が、ズガン! とイフリートを地面へと串刺しにして縫いとめた。
    「さぁ、覚悟はええか? イフリート」
     七音の呟きと共に、左右からリオライーシャと一刀が同時に斬魔刀を突き立てる――それに重ねるように、バベルブレイカーのジェット噴射で飛んだフェリスと居合いの構えで刹那が踏み出した。
    「行くですのです!」
    「これで、終わりです」
     フェリスの蹂躙のバベルインパクトが打ち抜き、刹那の居合いが両断する。ドン! と立ち上った火柱、その一瞬の輝きだけを残してイフリートが消滅した……。


    「強敵だったよ……。何とかなったがまだまだ修行が足りないね」
     仮面を外して、闇子が息をこぼす。終わった、その事を自覚すればどっと疲労が押し寄せてくる――そういう、一歩間違えば結果がまったく逆だったろう強敵だったのだ。
    「お疲れさんっと。七音ちゃんのお手当タイムやで!」
    「へぇ」
     大剣から人の姿に戻った七音の満面の笑顔の宣言に、葉月が感嘆の声を漏らした。
     戦いは、終わった。村も夜空も燃える事無く、何事もなかったように村人達は朝を迎える事となるだろう。その未来を勝ち取った、そのささやかな誇りこそが灼滅者達への最大の報酬だった……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月11日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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