私が娘を守ります、私の娘を助けて下さい

    作者:飛翔優

    ●心の中に住む獣
     少女が一人、震えていた。
     自分の部屋のベッドの上、膝を強く抱きながら。
     傍らには、腕のちぎれたぬいぐるみ。引き裂かれたシーツに破かれたお気に入りのワンピース。壁には数本の爪あとや、砕かれ崩れた跡もある。
     全て、自分がやったこと。心から沸き上がってくる衝動に狂わされ、全ての記憶も無いままに。
     ――扉をノックする音がした。
    「……ママ?」
    「うん、そうよ。ママよ。ご飯を持ってきたから……開けるわね?」
    「……」
     返事をせずとも、ドアが開く。
     シチューの芳しい匂いが香ってきた。
    「私のも持ってきたから、一緒に食べましょう?」
     傷跡を隠すために真新しいテーブルクロスが敷かれた机に、幾つかの食器が置かれていく音がした。同時にお腹がくぅ、となり、少女はのろのろと顔を上げていく。
     変わらない笑顔が、癒えない傷跡がそこにはあった。
    「……ママ」
    「ん?」
    「わたし、どうなっちゃうのかな」
     一度口を開けば、言葉が止めどなく溢れてきてしまう。こらえる術もない涙も誘われ、指で拭って泣きじゃくる。
    「わかんないうちに、わかんないことになって、でもわたしはわたしで、わたしのなかにはわたしじゃないわたしがいて、けど……」
    「……」
     優しく抱きしめられても、少女はただ泣き続けた。母親の温もりがせめてものやすらぎだった。
    「大丈夫、大丈夫……私が守るから。あなたのことは私が守るから。だから大丈夫、大丈夫よ……」
     ――いつまでも続かないことを、母親は予見していた。けれど打つ手も無いのだと、ならば最期まで守り抜こうと決意した。
     泣き続ける少女に宿りし力はイフリートという名のダークネス、知性無き獣。母親の予見した通り、このままでは、いずれ……。

    ●夕陽差す教室にて 集まった灼滅者を前にして、倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は口を開いていく。
    「皆さん、お集まりいただき誠にありがとうございます。早速ですが、依頼の説明を始めさせてもらいますね」
     埼玉県南部の住宅街。そこで、柴・美郷という小学一年生の少女が闇落ちしてダークネス・イフリートになる事件が発生しようとしている。
     通常なら、闇落ちしたならばすぐにダークネスとしての意識を持ち、人間の意識はかき消える。しかし、彼女は元の人間としての意識を遺しており、ダークネスの力を持ちながらも、ダークネスになりきっていない状況だ。
    「もし、美郷さんが灼滅者の素養を持つのであれば、闇落ちから救い出してきて下さい。ですが、完全なダークネスになってしまうようであれば……」
     その前に、灼滅を。葉月は目をそらし、改めて小さく頭を下げた。
    「……さて、それでは状況などについて説明しましょう。まずは美郷さんについて、ですね」
     柴美郷。近所の小学校に通っていた小学一年生。若干人見知りの気がある代わりに懐いた人には積極的な一面も見せる、健気で大人しい少女。しかし、何の因果かイフリートに覚醒してしまい、今は母親である柴里美に匿われる形で暮らしている。ちなみに、父親は現在単身赴任をしているようだ。
    「里美さんは非常に子供思いで優しいお母さんなのですが、美郷さんがこんなことになってしまい、とても追い詰められてしまっているみたいです。娘を守る、との意思だけはゆるぎませんが……」
     そこまで説明し、葉月は一旦言葉を区切る。メモをめくると共に地図を広げ、次の説明へと移っていく。
    「現場はこの二階建ての一軒家。皆さんにはまず、この柴家を訪問していただく事になると思います」
     その際には、まず間違いなく里美が応対に出てくる。そこで彼女を説得し、美郷と相対。言葉を交わした後、イフリートと化した美郷を打ち倒す……といった流れになる。
    「説得の内容はお任せしますが……そうですね。美郷さんと元に戻す方法を知っていること。それを信じさせるために、美郷さんの状態が決して特別なことではないこと、この二点は踏まえる必要があるかと思われます」
     後はその二点をいかに伝え、礼を尽くすか。それが鍵となる。
     もちろん、後々の事を考慮しなければ強行突破も可能だ。だが、柴家の心情などを考慮するならば、やはり最終手段としておくのが良いだろう。
    「そして、美郷さんのイフリートとしての力量ですが……皆さん全員で戦えば、十分に倒せるかと思います」
     姿は禍々しい犬。主な攻撃方法である牙は、追撃やドレインの力を持っている、といった塩梅である。
    「ただ、戦場が狭い寝室になりそうな点ですので、前衛役は少なめにした方がよいかもしれません」
     以上がこの度の依頼の説明と、葉月は深々と頭を下げる。
    「皆さん、どうか油断せず……そして。願わくば美郷さんを救って下さい。彼女の、そしてご両親との未来が幸いであるように……」


    参加者
    九湖・奏(中学生ファイアブラッド・d00804)
    不破・聖(壊翼の楔・d00986)
    龍堂・飛鳥(紅蓮の申し子・d01451)
    峰・清香(中学生ファイアブラッド・d01705)
    十三屋・幸(影牢・d03265)
    華鳴・香名(エンプティパペット・d03588)
    木通・心葉(中学生魔法使い・d05961)
    フィルギア・アストレド(猛攻の兵・d08246)

    ■リプレイ

    ●傷など見えない一軒家
     暗雲漂う空の下、人々が日々の営みを終えて休息を取り始める夕刻頃。イフリートと化そうとしている柴美郷を救うため、彼らは柴家に辿り着いた。
     主に母親たる里美と二人で暮らしているのだという二階建ての一軒家。雲に遮られていてなお世界を照らしてくれている光の中、未だ真新しく感じられる白い壁が、赤い屋根が静かに輝いている。手入れも欠かされていないのだろう、花壇では秋の花が可愛らしく咲いていた。
     けれど……と、九湖・奏(中学生ファイアブラッド・d00804)は胸の前で拳を握る。悲しげに瞳を伏せていく。
     綺麗な外観とは裏腹に、家の中は傷ついてしまっているはずだから。もっと、もっと胸が痛くなるはずだから。
    「……それじゃあ」
     踏み出さない訳にはいかないから、奏は前へと歩み出る。皆に確認をとった後、インターフォンを鳴らしていく。
     しばらくして、小さな雑音が鳴り響いた。遅れて、里美と思しき女性の声が問いかけてくる。
    「どちら様でしょうか」
    「こんばんは、突然すいません。俺たちは――」
     ――美郷ちゃんを元に戻す方法を知っている者。
     インターフォンの奥で息を呑む音が聞こえてくる。
     三十秒ほどの時を経て新たに紡がれた声音もまた、耳を澄まさなければ聞こえないほどに弱々しい。
    「え、ええと。それはどういう意味で」
    「順を追って説明します。まず……」
     同じような能力を持っていること、奏自身も同じような境遇だったこと。
    「僕も、美郷ちゃんと同じ境遇だった。戦って、倒してもらうことで、元の僕に戻れたんだ」
     龍堂・飛鳥(紅蓮の申し子・d01451)もまた同様に救われたのだと言葉を重ね、仲間とともに一旦説明を打ち切った。
     悩んでいるのか、半信半疑なのか、一分、二分と時を重ねても、里美は反応を返さない。
     今一歩踏み込んでみる必要があるのだろうと、飛鳥が静かな声音を響かせる。
    「ええと……それじゃ、その、顔を出すだけでもいいから僕たちを直接見てくれないかな? 色々と証明できると思うんだ」
     ドアにチェーンでもかけておけば決して損はしないだろう、簡単な提案。
     言葉が返ってきたのは、三十秒ほどの時が経った後。
    「本当、ですか?」
    「不安なのはわかります。でも……」
     聴く素振りを見せてくれたから、朗々を声を響かせる。
    「お母さんには敵わないけど、僕らも命をかけて助けたいんだ。何より美郷ちゃんと友達になりたいしね!」
     不安げな里美の想いは否定せず、己の想いを伝えていく。誠心誠意、相手が見えていなくても頭も下げて。
    「……わかりました」
     悩みに悩み抜いたのだろう。一分か、二分か、どのくらいの時が流れたのかわからなくなってきた頃、インターフォンの接続が切れていく。
     本当に出てきてくれるだろうか? 不安げな眼差しを向けること十数秒、不安げに瞳をふせている里美がドアの隙間から顔を出した。
    「まずは……俺から……」
     一呼吸の間をおいて、不破・聖(壊翼の楔・d00986)が前へと歩み出る。
     前触れもなく狼に似た犬へと変身したならば、里美の口から小さな声がこぼれて行く。
    「続いて、こんなのも」
     箒に跨り、木通・心葉(中学生魔法使い・d05961)は飛び上がった。
     足の届かぬ高度まで。
     トリックなど無い、全て現実のできごとなのだと、里美の心に刻むため。
    「……僕たちも、姿や能力は違うけど同じなんです。……ただ暴れるだけになるか、人のために力を使えるかどうかだけが、違い」
     パニックに陥ってしまわぬよう、十三屋・幸(影牢・d03265)が話を先に進めていく。
     里美は戸惑いの混じった視線を向けてきたけれど……瞳には確かに、先程にはなかった光が宿っていて……。
    「……本当に、本当に、美郷は治るんですか? 元の美郷に戻るんですか?」
    「はい。ただ……」
     たとえ一時の絶望に叩き落すことになったとしても伝えなければならない最悪。美郷の死を、飛鳥が真っ直ぐな眼差しとともに付け加える。
     息を呑む里美を前にして、幸は静かなほほ笑みを浮かべ、力強く呼びかける。
    「……最悪の終わり方を防ぐために僕達は来たんです。だから……信じてみて、くれますか?」
    「……」
    「私達、全員が助けるつもりで来ました。どうか……よろしくお願いします!」
     沈黙する里美。
     同じ想いを抱いているのだと伝えるため、深く頭を下げていく華鳴・香名(エンプティパペット・d03588)。
     時は過ぎ、世界はどんどん暗くなる。玄関灯が目覚め、震えている里美を照らしていく。
     だから……。
    「この中では私だけが戦いたがりでね。しくじったときは私のせいだ。遠慮無く恨んでいい」
     迷っている背中を押すために、峰・清香(中学生ファイアブラッド・d01705)が約束した。少しでも心が軽くなるような逃げ場となるよう申し出た。
     唇を震わせた後、里美は小さく首を振る。顔を上げ、まっすぐに彼らを見据えていく。
    「いいえ……恨まない……と言ったら嘘になりますけれど、恨みません」
    「っ! それじゃあ……」
    「はい、お願いします……美郷を、救って下さい」
     幸の言葉を受け、里美は大粒の涙をこぼしながらも玄関扉を開いていく。
     決意を宿したがゆえに力強い。そんな腕に導かれ、彼らは救うための一歩を踏み出した。

    ●傷だらけの世界
     壁に刻まれた爪跡、剥がされた床を塞ぐためか不規則に配置されている絨毯。不自然なほどに物が置かれていない廊下が、何よりも家で着るにはまだやや暑い長袖の服を里美が着込んでいたことが、暴走の激しさを物語っていた。
     それでも美郷が不安にならないよう必死に修復したのだろう。みさと、の看板がかかっている部屋の扉は綺麗な形を保っていた。
     扉を前にして、先頭を歩いていたフィルギア・アストレド(猛攻の兵・d08246)は振り返る。
     無言のまま里美を促して、扉を二度ノックした。
    「……ママ?」
    「うん、ママよ。あのね、良いお知らせがあるの」
     ――ここから先は我らの役目。フィルギアが扉を引き開けて、女性陣と共に中へと入り込む。
     ベッドに座ったまま瞳を見開いていく美郷へと歩み寄り、しゃがみこんで目線を合わせた。
    「頑張ったな。辛かったな。姉ちゃんたちが助けてやる。だから、後少しだけ、一緒に頑張ってくれ」
    「おねえちゃんたちは……?」
    「ボク達は、君を救いに来たんだよ」
     心葉も傍へと歩み寄り、優しく美郷の手を握る。人と変わらぬ温もりを感じながら、更に言葉を重ねていく。
     今の状態、最悪の未来。これから起きること、これから起こす奇跡。
     驚きを越えた後に訪れた不安な表情は変わらずとも……少しでも笑顔になって欲しいから、静かな笑顔をフィルギアは浮かべていく。
    「お母さんのとこに人間の美郷が帰る。今度は美郷がお母さんを守ってやる。ただ、それだけ。そのことを、何があっても忘れなければ、大丈夫」
     大丈夫、あんなにお母さんに想われているのだから。美郷も、お母さんの事を思っているのだから。
     脳裏をよぎる記憶に表情が変わりそうになるのを必至に抑えながら、フィルギアは美郷の返事を待つ。
    「わたしが……ママを?」
    「ああ、そうだ。このまま中に籠っていてはいけない。外の空気も吸いたいだろう? それに、このままではいつかお母さんをこの手にかけてしまうかもしれない。それは、とても悲しい悲劇だ」
     表情の変化を切っ掛けに、心葉が言葉を畳み掛けた。
    「いや! そんなのぜったいや……あ……あぅ……」
    「なら!」
     荒く間断なく紡がれるようになってきた呼吸に変化の前兆を感じ取り、飛鳥が声を響かせる。
    「つらいかもしれないけど、もう少しだけ頑張って!」
    「お前の」
    「あ……あ……」
     更に重ねられた清花の言葉をまたずして、美郷は勢い良く立ち上がる。苦しそうに胸を抱きながら、大粒の涙をこぼしていく。
     香名は武装する、全てを幸いな形で終わらせるために!
    「帰りましょう、こちら側に……。心配してくれるお母さんが居るなら、貴方は闇堕ちする必要なんて無い筈です」
    「ああああああ!!」
     ――はたして、彼女たちの言葉は全て届いたのだろうか?
     いずれにせよ……美郷は禍々しきオーラを立ち上らせる獰猛な犬……イフリートへと変化した。後はこの偽りの姿を打ち倒し、本来の姿を取り戻させるだけ。
     男性陣も部屋の中へと突入し、各々のポジションへと移動した。
     狭き部屋、狭まっていた彼女の世界があるべき姿で在るように、閉ざされるべき戦いが、ただ静かに開幕する。

     ベッドから飛び上がり、美郷は幸へと襲いかかる。
     少しでも軌道をずらせればと、奏が斧を片手に前進した。
    「イフリート、美郷ちゃんを返せ!」
     声に呼応し、ぎろりと睨んでくる瞳。己の内にも潜んでいるのだと考えると足がすくみそうにもなるけれど……。
    「はあああ!」
     恐怖は全て勇気に変えて、正しき炎を刃に宿す。横合いから斬りかかり、禍々しき姿を削り取る。
     軌道もわずかにずれたから、幸は牙を容易く受け流した。
     お守りであるバスケットボールを抱いたまま、二対の腕の形をした影を美郷へと伸ばしていく。
    「美郷ちゃん。今ならまだ戻れるよ。大丈夫。僕達も君と同じだから」
     優しい言葉を投げかけながら、決して最悪にはならぬよう。
     尻尾で影を弾き返し、美郷は小さな唸り声を上げていく。ぎょろりと瞳を巡らせて、聖の前で動きを止めた。
    「怖かったと、思う……けど、……大丈夫。ちゃんと、元の自分に、戻れる。……その為に、俺達が助けにきた」
     強い視線を受け止めて、なお聖は投げかける。
     自分のペースで、優しい言葉を。家族が消える悲しみ、自分が消える悲しみ、どちらも無いほうがいいのだから。
     だから……。
    「俺も、同じ風に……自分の中の闇から、助けて貰った、から」
     決して言葉を絶やさずに、刃に炎を宿らせる。偽りの姿を消すために、禍々しき体を照らしていく。
    「大丈夫、……お前の中にいるのは、暴れる悪い闇だけじゃ……ない。ちゃんと、お前自身の強さが、あるんだ。今度は、お前が、……母さんを守れる位の、強さが」
     一歩、二歩と歩み寄り、斧を大きく掲げていく。
     美郷は一歩、二歩と後退り、戸惑うように咆哮した。
    「……だから、負けるな」
     浴びてなお怯まずに、聖は斧を振り下ろす。
     破れかぶれの突撃は、峰を用いて受け流した。
    「あたしらの言ったこと、忘れてねえよな!」
     不敵に笑い、フィルギアは叫ぶ。
     弓に彗星にも似た軌跡を描かせるだけの矢をつがえて。
     一呼吸の間を置き発射して、燃え盛る肉体を貫いた。
     怯むと見るや清花が歌の質を切り替えて、美郷にその想いを向けていく。
     今はまだ、前奏から。
     それでも美郷の耳はぴくりと動いた。
     ならば……と、彼女は更に声を張り上げる。紡ぐべき歌声が、偽物の姿の中で眠る美郷に届くよう……。

    ●未来への約束
     ――それは、里美が教えてくれた歌。美郷が好んでいるというアニメの歌。
    「お前の中の獣を驚かして外に追い出すつもりで思い切り歌え」
     説得の際、紡ぐことのできなかった調べを紡ぎ、力に変えて伝えていく。動きが鈍りゆく様に目を細めつつ、美郷の分まで声を高らかに響かせる。
     無意識の内にリズムを刻みつつ、香名は美郷に照準をセットした。
    「ほら行くぜぇッ! いぃ~声で鳴き喚けよぉ、このメス犬がァッ!」
     放つ力は灼くための、禍々しき肉体を貫く強き光。
     全ては美郷を救うため、姿も偽りと知っているから。
     傷ついてなお暴れまわる美郷を眺め、香名は光輪を浮かべていく。やはり瞳を細めたまま、ただただ切り裂けと命じていく。
    「いつまでもみっともなく足掻いてんじゃねぇぞ、犬ッコロォッ! テメェはさっさとスッこんで、美郷を返しゃいいんだよ!!」
    「辛いんなら開放しちゃえばいい、僕らにぶつければいい! だから……」
     飛鳥も呼びかけを続けつつ、斧に紅蓮を走らせ斬りかかる。
     更に盛る炎の中心へと、心葉が鋭き光条を撃ち出した。
    「帰ろう、美郷、お母さんのもとに。そして、ボク等と一緒に楽しいことをしていこう?」
    「負けないで、美郷ちゃん!」
     斬られ、貫かれ、判断能力が鈍ったか、美郷は闇雲に暴れだす。
     奏が炎を重ねても変わらずに、霊犬の鼓が、口に加えた剣で切りかかっても変わらずに……。
     ……被害はない、治療の必要など存在しないと、香名は小さな息を吐くとともに身構えた。
     再び放たれていく光条に付き従い、幸が前へと歩み出す。
    「お母さんが待ってるよ。だから――帰っておいで……!」
     光が貫きし後に繰り出される、決して命は奪わぬ優しき一撃。
     美郷は沈黙する。暴れまわっていたのが嘘のように。
     万が一を考え、清花が剣に手をかけた。変わらぬのならば切り捨てるため、腕にも力を込めていく。
    「……」
     瞳を閉じ、力を抜いた。
     偽りの姿が消えたから。
     最悪は訪れない、明るい未来が開けたから……。

    「はぁ……はぁ……よかった……」
     耳に届く安らかな寝息を受け止めて、聖は息を切らしながらも微笑んだ。
     フィルギアは里美に合図を送った後、眠る彼女をベッドに運ぶ。
     頭をなで、優しげに眼を細めていく。
    「よく頑張ったな」
     救うことができたのは、彼ら同様美郷も頑張ったからだろう。だからこそ、最悪を振り払う事ができたのだ。
     その証として、走ってきた里美がいる。
     優しく美郷を抱きしめていく里美がいる。
     彼女は紡ぐ、感謝の言葉を。夫にも伝え、家を直し、これからも美郷を守っていくと。
    「もっとも、私が守られる方かもしれませんけどね」
     浮かぶ笑顔が、その証。
     最後に、学校へ通わせてみると約束するための。
     聖もフィルギアもしっかりと頷いて、皆と顔を見合わせる。後は二人の時間だろうと、挨拶と共に帰還を開始する。
     晴れやかな思いを胸に抱き、意気揚々と歩調を弾ませて。
     気づけば空に切れ目があった。夕焼けが仄かに差し込んでいた。
     紡がれた悲劇には黄昏を、紡がれゆく未来には光明を。そう、願ってくれているかのように……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 4/素敵だった 15/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ