密室で、まずはドーナツ食べてから

    作者:雪神あゆた

     大阪の郊外にある大型スーパーマーケットの一階。そこは大混乱になっていた。
    「なんで自動ドアがひらけへんねん」
    「どないしょ、でられへんー」
     お客や店員たちが扉をあけようと躍起になっている。
     そんななか、二階のお菓子コーナーに少女が一人だけ立っていた。
     ややぽっちゃりした体格に中学の制服を着た彼女の名は、『マユ』。
     彼女は好物のドーナツを口に詰め込んでいた。
    「おいしい~~。やっぱり、お菓子は最高やー」
     声を上げるマユ。けれど、すぐに暗い表情になり呟く。
    「でも、どうしてやろ。お菓子を食べてる場合じゃなくて、人を殺さなあかん気がする……殺したら、ここから出られるきがする……」
     ぶつぶつと呟く少女。
    「こ、殺したらあかんけど、殺すにしても……とりあえず、もう一個ドーナツ食べてからー」
     
     学園の教室で、姫子は灼滅者たちに話を切り出した。
    「神宮寺・柚貴(不撓の黒影・d28225)さんたちの調査で、新たな六六六人衆の密室事件が発生していることが判明したのはご存知でしょうか
     この密室は、それまでの密室と異なり、中にいる六六六人衆も密室に閉じ込められ脱出できないようです。
     密室に閉じ込められた六六六人衆は、同じく閉じ込められた人間を殺戮しようと考え始めています。
     もっとも、この六六六人衆は闇に堕ちたばかり。人の心が残っていて、すぐには人を殺そうとはしていません」
     灼滅者の活躍次第では、この六六六人衆を灼滅、あるいは救出することができるだろう。
    「密室は、中から外に出られないだけで、外からは簡単に中に入ることができます。また、六六六人衆を戦闘不能にすれば、密室から出れます。
     現場に赴き、密室に閉じ込められた六六六人衆に戦いを挑んでください。そして、灼滅或いは救出を。よろしくお願いします」 
     密室となったのは、とある二階建てのスーパーマーケット。
     客や従業員は一階にいるが、六六六人衆になったマユという少女だけが二階にいる。
     マユは中学生で、食べることをなにより愛する少女。
     今は、お菓子コーナーの前でドーナツをふんだんに食べている。
    「マユさんは、ドーナツを食べることで、六六六人衆の殺人の欲求をごまかしていますが――ドーナツが手元からなくなったら、人を殺しにいってしまうでしょう。
     みなさんが、密室のスーパーマーケットに入り、スムーズに二階に移動すれば、マユさんがドーナツを食べ終わるころに、マユさんと遭遇できます」
     マユに遭遇したら、戦闘を仕掛けなければならない。
     マユは戦闘では、殺人鬼の三つの技を使いこなすが、他に次のような技を使う。
     ものすごく硬いドーナツをたくさん召喚し、近い列の者に振らせる術式の技。ブレイクの効果がある。
     また、大き目のドーナツを一つ召喚し、相手の首に引っ掛けて引きずり回す、気魄のこもった技。これには捕縛の効果がある。
    「マユさんは強い相手ですが――皆さんが心を込めて説得し、人の心を刺激すれば、弱体化させることができるでしょう」
     食べることを愛するマユ。どうすれば説得できるか、考えてみるのもいいかもしれない。
     とはいえ、説得だけではマユを弱体化できるだけで、助けることはできない。
     弱体化させた場合も、彼女を戦闘不能にさせるまで戦う必要がある。

    「この密室は、マユさんが作成したものではないようです。何者かがマユさんを何らかの目的で閉じ込めたのでしょうか。もしかしたら、新たな密室殺人鬼を生み出すため?」
     姫子はわからない、と首を横に振った。そしてあなたたちを見る。
    「ともかく、まずはマユさんを倒してください。可能ならば救出を。よろしくお願いします!」


    参加者
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    エルメンガルト・ガル(草冠の・d01742)
    佐久間・嶺滋(罪背負う風・d03986)
    リディア・キャメロット(贖罪の刃・d12851)
    海川・凛音(小さな鍵・d14050)
    月居・巴(ムーンチャイルド・d17082)
    十文字・瑞樹(ブローディアの花言葉のように・d25221)
    霧亜・レイフォード(黒銀の咆哮・d29832)

    ■リプレイ


     人々のざわめく声。大人達が困惑顔で立っている。
     ここは大阪府のスーパーの入り口。密室となったここに、灼滅者達はつい先ほど侵入したばかり。
    「無事入れたね」
     エルメンガルト・ガル(草冠の・d01742)が呟くと、
    「ええ。本当に外からは簡単に入れるのね。どんな仕組みに――いえ、考えるのは後ね。すぐ二階にいきましょう」
     リディア・キャメロット(贖罪の刃・d12851)が返し、視線で仲間を促す。リディアに仲間達は頷いた。
     エルメンガルトが早緑色のスニーカーで床を蹴る。彼を先頭にして、灼滅者達は店内を移動。混乱する客や店員を殺気で遠ざけ、階段を上がる。音を消しお菓子コーナーへ。
     霧亜・レイフォード(黒銀の咆哮・d29832)は周囲を見回した。
    「お菓子コーナーにいるんだったな……終わったらいくつか買っていくか。おっと」
     レイフォードの目が細くなる。前方に丸みを帯びた体の少女を発見したのだ。
    「ドーナツがなくなってしもた。どうしよう。どうしよう」
     呟くその少女が、六六六人衆の力を持つ、マユ。
     十文字・瑞樹(ブローディアの花言葉のように・d25221)は袋を手に、マユに近づく。饅頭を一つ出し、手渡した。
    「くれんの? ……ありがと」
     マユは饅頭を受け取り、お辞儀。あげた顔に瑞樹は問う。
    「キミに聞きたい。体や心の中に、何か違和感はないか……?」
     マユは答えないが、否定もしなかった。瑞樹は告げる。
    「このままでは、今のように美味しく食べられなくなるかもしれない。けれど、私達なら君を助けられる」
     月居・巴(ムーンチャイルド・d17082)は仮面の顔をずいっと前へ出した。巴は仮面越しにマユを見つめ、言葉をつなぐ。
    「そう。僕らは君を助けるよ。これからも好きなことを成したいならば、僕らを信じてくればいい」
     マユは瞬きする。
    「助けてくれるん? でも」
     マユの表情が緩みかけ、そして険しくなる。
    「でも、助かるためにはうちが殺さな。そうや殺して、殺さな」
     体から殺気を迸らせる
     アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)と海川・凛音(小さな鍵・d14050)は視線を交し合った。今は戦わねばならぬと。二人はマユに向き直り、
    「あなたの中の闇を斬ってあげる。少し怖い思いをするけど、我慢して。――Slayer Card,Awaken!」」
    「すぐ助けますから、マユさん。――今日よりもよい明日のために」
     封印を解く。アリスは淡い光でできた刃の剣を構えた。凛音は装着したシールドを輝かせる。
     佐久間・嶺滋(罪背負う風・d03986)も封印を解いた。弓の弦を強くひきつつ仲間へ、
    「行こう。今の彼女は六六六人衆。油断はしないようにな」
     響く嶺滋の声を、仲間達はそれぞれの表情で聞く。


     一方、マユは苦しげに顔を歪めた。両手をあげる。
    「ころころころころおおおおっ、ころおすうっ!」
     巨大な輪――ドーナツが出現。マユはドーナツを掴むと凛輪の背後に回る。輪で凛音の首をひっかけ、強引に引きずる。
     凛音は首に激痛と息苦しさを感じつつ、それでも輪から脱出。
     後衛で、嶺滋は息を吐く。さらに吐く。止める。精神を集中。
     嶺滋は矢に癒しの力を込めて放つ。矢は凛音に届き、痛みを取り払う。
     マユはさらに凛音へ攻撃しようとしたが――リディアが、金髪を靡かせながら跳びかかる。ナイフの肌を、マユのセーラ服に突き立て、斬る。布と血が飛んだ。
     レイフォードはゼファーに突進を命じながら、自身はマユの側面に回り込む。アズライト・エッジのロングブレードを一閃。肌を裂いた。
     二人が攻撃している間に、凛音は体勢を立て直した。凛音は腕を横に振る。シールドで、マユの肩を強打。
     三人の攻撃に、マユは体をふらつかせる。けれど目はぎらついていた。
    「やっぱり、ころさなぁ、ころ」
     絞り出す声。凛音がその声を己の声で遮る。
    「マユさん、殺意なんかに負けないでください」
     こちらを見るマユを、凛音は銀の瞳で見返し、
    「美味しいお菓子を食べるには、美味しいお菓子を作る人が必要です。殺意に身を委ねれば、作る人まで殺してしまうでしょう」
     嶺滋は、凛音の言葉を引き取った
    「作る人を殺すと、同じお菓子は『二度と』作れなくなるかもしれない」
     そして、淡々と問う。
    「お前の本当の望みは、美味しいものを作る人を『殺す』ことか、その人が作ったものを『食べる』ことか?」
    「そ、それは……食べたい……ドーナツ」
     弱弱しく答えたマユの前に、リディアが立つ。ブルーサファイアのような瞳で、しっかりとマユの顔をとらえる。
    「ドーナツが好きなのね。でも闇堕ちしてしまうと、人殺しのために生きることになる」
     リディアの声は穏やかで且つ真剣。
    「大好きなドーナツの楽しみも減ってしまうわ」
     レイフォードはリディアに続け、
    「楽しみが減るどころか、二度と食べられなくなる」
     きっぱりと断じた。
    「一人でも殺したら、殺すことしか考えられなくなるのだからな。それでも良いのか?」
     力強い声で問いを突き付けるレイフォード。

     マユは、頭をかきむしる。頭皮を爪で傷つけるように。
    「ようはないけど――でも――そうや、ようはない、ドーナツたべたい――でもでもっ、ああ、もーっわけわからんっ」
     マユは掻く手を止め、灼滅者に接近。
     瑞樹めがけて蹴りを放つ。瑞樹の足にマユの爪先が当たった。
     瑞樹は足から血を流すが、倒れない。
     瑞樹は半歩前に出、しゃがむ。膝を伸ばし、拳をマユの顎に打ち付ける!
     マユの体が宙を舞い、落下。
     落下点から一歩の距離に、アリスはいた。
     アリスは人差し指をマユの額につけ、白き魔力の矢を放つ。
    「いたぁ!」悲鳴。マユは後退する。灼滅者との距離を取ろうとする。
     そのマユの足に、巴が深緑の色やどす杭打ち機を向けた。杭を撃ち出し、マユの足を貫く! 黒死斬。
     マユは動きを止めた。
    「あかん。殺さなあかん……殺したらあかん、やった? どっちかわからんー」
     殺すべきか殺さざるべきか、困り顔のマユ。
     巴は彼女の前に移動。爪先立ちになり、体を一回転させる。そして、巴は再びマユを見た。朗郎とした声で、
    「殺人鬼として、気持ちは心からお察しするよ。殺人衝動と食欲は似ている。飢えを満たしたいという欲求だ。けれど」
     そこで、巴は首を左右する。
    「けれど、殺戮衝動に身を委ねれば、好きな甘味を食べるのもままならなくなる。衝動から為すことと、自分の意志で好きなことを成すこととは、明確に違うんだ」
     アリスは、
    「そう。はっきりと違うもの。だからあなたは、今、人と闇との境界線上にいるあなたは、選択しなくてはいけないわ。美味しいもののある世界を選ぶか、果てしない屍山血河の道に墜ちるか」
     と、マユの胸を指し、そして自分の胸に手を当てる。
    「私はできれば、あなたとお茶を片手に語らいたいわ。出来立てのドーナツを側において。――あなたはそういう世界を捨てたいの?」
    「わ、わたしかて」
     と、マユは言う。目はうるみを帯びていた。
    「わたしかて、みんなと、お茶、したい。ちゃんとお話し、したい。でも、でも――」
     手が震えている。殺人衝動が彼女を襲っているのだ。
     瑞樹は声を張る。
    「闇に負けるな。抗え。私達はキミを助けたいんだ!」
     ぽろり。マユの目から涙。
    「ごめんー。体がとまらへんーっ」
     マユは再び灼滅者を攻撃してくる。手刀を振り回す。標的となったのはエルメンガルト。
     エルメンガルトは肌や防具を斬られつつも、冷静。
    「威力は落ちている。これなら――」
     軽快に一歩下がり、一輪花の枝のような柄を握る。そして渾身の突き。体をのけぞらせるマユ。


     その後、マユは姿勢を整え、必死で反撃してくる。
     今も、アリス達前衛が、マユの振らせた鉄のように硬いドーナツの雨に、打たれた。
     だが、アリスはダメージが少ないのを確認する。
     エルメンガルトの指摘通り、マユの技の威力は戦闘開始時より落ちていた。説得が届いたか。アリスは、
    「食べ物で遊んじゃダメって、教わらなかった? もう少しお仕置きが必要ね」
     銀色の粒子のオーラを体から立ち昇らせる。アリスは踏み込んだ。マユの懐に潜りこみ、零距離でのオーラキャノン。
     苦悶の表情を浮かべるマユに、リディアが声をかける。
    「痛いかもしれないけど、貴女の為でもあるから、我慢してね。大丈夫よ、必ず救ってあげるから」
    「うう……」
     返事は呻き声。リディアは足元を爪先で叩く。影を立体化させ、刃に変化させる。その刃でリディアは、マユを斬る。
    「うう……うううあああああ!」
     マユはドーナツを作り出し反撃しようとするが、
     そのマユの体に、巴の腕が迫る。
    「僕の方がわずかだけ、早いようだね」
     巴は腕を巨大化させ、マユの鳩尾に拳をめり込ませた。巴の打撃に、マユは体をくの字に折り曲げる。

     攻め続ける灼滅者。が、マユも弱体化したとはいえ、ダークネスの力を振るい続ける。灼滅者も、無傷ではない。
     瑞樹も肩や足に複数の傷をつけていた。
     それでも瑞樹は仲間を庇い続ける。今もマユの手刀を、己の体で止めた。
     マユの技は直撃し、瑞樹はさらに血を流す。
    「くっ……だが、ここで倒れるわけには」
     嶺滋は後方から彼女に声をかける。
    「大丈夫だ。すぐに治療する。もう少し耐えてくれ」
     嶺滋は癒しの矢で瑞樹の傷を塞ぐ。出血を止めた。
     瑞樹は目だけで嶺滋に礼をし、愛刀「十文字」の柄を握る。その切っ先から炎を噴きださせた。マユの体を焼く。炎に包まれながら、睨んでくるマユ。

     メディックの嶺滋とディフェンダーの瑞樹達が戦線を支える間に、灼滅者達は粘り強くマユの体力を削っていく。
     今も、凛音が両腕を振り上げていた。サイキックソードの柄を強く握りながら。
     凛音は剣を振り落とす。刃が肩にあたる。確かな手ごたえ。
     凛音は視線を仲間へ走らせた。
    「ガルさん、畳みかけをお願いできますか?」
    「任せて」
     エルメンガルトが笑顔で頷いてみせる。そして、腕の筋肉を盛り上げた。杖を両手で握り、フルスイング。打撃と魔力で、マユの体勢をより崩させる。
     マユは両膝を地面につけた。
    「わあああああああ」
     悲鳴を上げながら、ドーナツの雨を降らせる。
     レイフォードもドーナツの雨に体を打たれた。だが、それでも、レイフォードはゼファーとともに前進する。
     ゼファーが両膝を突いたマユに体をぶつけた。激しい音。レイフォードもマユの前に立つ。斬艦刀・孤狼をマユの足に刺し、
    「行くぞ、この一撃に勝負をかける!」
     そして斬る!
     はたして、マユは仰向けに倒れた。目を閉じる。意識を失ったようだ。


     エルメンガルトとレイフォードは、マユの体からダークネスの力が抜けていることを確認。
    「終ったようだね」
    「ああ、彼女も息をしている。無事助けられたようだな」
     と、それぞれ腕を下ろした。

     しばらくして、マユは目を覚ます。マユは「ごめんなさーい」と頭を下げるが、
     リディアは、首を振る。大丈夫よ、と微笑。
    「それより、マユは怪我とかないかしら?」
     マユは恐縮しつつも、怪我はないと、応えた。
     瑞樹がマユの前に立つ。彼女と視線を合わせ、
    「聞いておこう。キミは今後どうするつもりだ? もし、力について学びたいなら、私達の学園に来てもいいだろうな」
    「で、でも、うち……今日みたいなことしたのに……」
     声を震わせるマユの肩を、巴がぽんと叩く。
    「繰り返さないためには、衝動を認識し、直視して、制御するんだ。きっと、きみならできる」
     マユはしばらく灼滅者達を見つめた後、「ありがとう」と小さく呟き、頭を下げた。
     
     一階からは人々が「開いたぁ」「でれるやん」などと言い合う声。密室が解けたようだ。
     凛音は眉間にしわをかるく寄せていた。
    「だけど、なぜ密室が? 中にいる六六六人衆ごとですから、別の誰かが閉じ込めた、ということですよね?」
     アリスが凛音に答える。やはり悩ましげな顔で。
    「ええ、誰が密室づくりを続けているのかしら? まさかこれ、針村委員会じゃないでしょうけど……」
     嶺滋は二人に、そして皆に呼びかける。
    「考えることはたくさんあるが、まずは出ないか? 俺も鯛焼きを焼きたくなったしな」
    「鯛焼き?」
     おもわず、声を上げたマユ。ドーナツ好きの彼女は鯛焼きも好きなようだ。灼滅者のうち数人がくすくす笑う。
     灼滅者たちは移動し始める。自分たちが救った少女をつれて、惨劇が起こらなかったスーパーの中を。冬ではあるが暖かい日差しの外に向かって、ゆっくり歩いていく。

    作者:雪神あゆた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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