殺人鬼はこの中にいる！

■リプレイ

●接触
　自分が刺してしまった子がまだ生きていると聞いたときに彼が感じた安堵、それはきっと大切な感覚。それを守ってあげられるように。そんな祈りを込めて月雲・彩歌（幸運のめがみさま・d02980）は密室の扉に手を掛ける。
「私達に出来るだけは、やってみませんとね、行きましょう」
（「特に変わった所は見つけられない、か」）
　水之江・寅綺（薄刃影螂・d02622）は周囲を確認した後、皆に続いて、密室に入っていく。
　中の学生たちが灼滅者らに気づいた。
「お、人が来た。あのー僕らここから出られなく……」
　来栖・律紀（ナーサリーライム・d01356）は彼らの言葉を遮り、満面の笑顔で告げる。気さくな口調で。
「隣の準備室まで避難してもらえるかな、ここは危険だから」
　だが、学生たちはそんな彼を恐れるように俯くとおとなしく準備室に入っていく。王者の風の力だ。
　とはいえ準備室は物置のような場所だ。戸惑いがちにのろのろと入っていく彼らに、
「はいはい、ちゃっちゃと入る。狭いんだから奥までギュッと詰めな」
　大須賀・エマ（ゴールディ・d23477）少々乱暴な口調で指示する。そして人数を確認すると、
「全員いるな。なら、しばらく寝てな。目が覚める頃には事を済ませてやるからさ」
　魂鎮めの風を起こし眠らせる。
「カミナガもだけど、こいつらもきちんと救ってやらねぇと」
「そうだね、皆が起きてしまう前に早く片付けヨウ、殺界形成はカミナガを刺激するかも知れナイかな」
　エルメンガルト・ガル（草冠の・d01742）がエマの呟きを聞き、殺界形成を掛けようとした手を止めた。
「では音が届かぬようにしておきましょうか」
　彩歌が代わりにサウンドシャッターを使った。
「まずはトオルに話を聞いてほしいですからね」
　そう言って振り返り、四季・彩華（白き探求者・d17634）とカミナガ・トオルを見やった。
　はじめに寅綺が話しかけてみる。
「ここから出れないみたいだね……君は何かしてみた？」
　その問いにカミナガ・トオルは首を横に振り、灼滅者たちを睨むように見回す。
「僕は何も。君たちはどうして僕だけをここに残したのかな？　言う事を聞きそうにないから？　それとも何か知ってるのかな……」
　寅綺はその様子にカミナガ・トオルは殺気立ってはいるが、まだ話は通じると判断した。
　四季・彩華（白き探求者・d17634）が首を傾げ、穏やかな口調でトオルに言う。
「僕たちの事も気に入らないから消し去りたい？」
「やっぱり知ってるのか」
　トオルの言葉には答えずに彩華は続ける。
「そうやって殺して、排除して……それで何が手に入るの？」
「何が、なんて」
　彩華の言葉に彼は俯いて手のひらを見つめる。
「気に入らないものが全て排除できる相手じゃないかもしれないし、戦いは怖くて痛い事。今から始まるそんなことが、今引き返さなければずっと続くんだ。それでも、いいのかい？」
「引き返す？　僕がこんなことできるようになってもまだ戻れるって言うの？」
　トオルが顔を上げると手袋をつけた右手を見せる。甲のエンブレムが鈍く光り、その光が彼を守るように覆う。
「戻れるよ、此処から出る為にキミが誰かを殺す必要は無い」
　律紀が気負う事なく答える。トオルににゃははと笑い掛け、
「傷つけてしまったことを少なからず後悔してるんでしょ？　でも彼は生きてる。生きてる限り彼も、そしてキミもまだやり直せる。キミはこれ以上誰かを傷つけなくていいんだ」
　彩華と律紀の言葉にトオルは口角を上げ、笑みらしきものを見せた。それが安堵から来るのか、彼らを侮蔑しているのか、まだ判断はつかない。だが、人の心を残したまま彼は吠える。
「なら証明してみせてよ、そうしてくれなきゃ、お前らも隣の部屋のあいつらも皆、死んでもらうからな！」
「死ぬわけにも死なせるわけにもいかないな」
　彩華がスレイヤーカードを解き放ち、戦闘態勢に入る。黒いロングコートを翻し、首には白いスカーフ、手には白銀の両刃剣。
（「救ってみせるよ、準備室にいる学生たちだけじゃない、トオル、君自身も」）

●戦闘　
　ジンと自分にとって今日は守る戦い、寅綺はそう心に決めた。痛みは覚悟の上だ。
「ジン、入口を守って」
　寅綺が彼の霊犬に指示を飛ばし学生たちを守るよう、準備室の入り口の前に立つ。そして自身もディフェンスの位置に立つ。
（「初撃は僕が意地でも受ける」）
「何だよ、早速食らいたいか」
　寅綺の懐に飛び込むと、防御の姿勢を取る寅綺に構う事なく、その身を四方から切り刻む。
（「確かに六六六人衆の力、だが完全じゃない……まだ間に合う」）
「見たかよ、僕の力を」
　トオルが声を上げる。
「まだだよ」
　エルメンガルトが彼の油断の隙を突き、レイザースラストで攻撃する。より命中率を高めるため、トオルが傷つける快楽を目覚めてしまう前に終わらせる。
　トオルは自分で手をかけた男が生きていて安堵したと聞いていた。
（「死んでいなくてホッとした……殺したくない、のかな。あんまりそういうのは感じたことナイから分かんないな」）
　灼滅者より以前から殺人者であったエルメンガルトにとってターゲットの生死はさほど心動かされる事柄ではない。けれど彼の苛立ちが全く理解できないわけでもなかった。
「イライラの素を黙らせることって、やってみたら簡単だと思うんダヨね」
　今のトオルの力があれば、本当にたやすく。
「そうだろうね」
　トオルも素直に肯定する。寅綺に仕掛けた攻撃だって今までの自分の力をはるかに超えていた。
「でも、簡単だからってスッキリするワケじゃない。今度は自分の中が煩くなって、きっと落ち着かなくなる」
　続くのは自分の中に巣食う元凶を紛らすための暴力、殺人。
「キリがないっていうのかよ」
「そうだね、でも。君がそのキズツケルモノを置く手助けなら、オレたちにも出来ると思うんだ」
　エマは片腕を異形化させながらトオルに言う。
「エマ、聞いたけどさ。塚本とかいうクソみたいなヤツを刺したんだって？　ザマぁってとこだな」
　彼が自分の方を見たのを確認し、言葉を続け、
「でもくたばってなくてよかったよ」
「それはどういう……」
「おかげでお前は完全な殺人鬼になっちゃいねぇんだから」　
「どっちがいいかなんてわからないだろ！」
　声を荒げるトオルにエマは腕を振り上げ、
「わかるまで付き合うよ、まずは一発！」
　鬼神の腕で殴りつけた。
　斎・一刀（人形回し・d27033）が他の灼滅者たちの様子を見ながら、ふと思う。　
（「この依頼を見つけ出したジェレミア・ヴィスコンティ、彼ならこの中に混ざり、飄々と諭したのでしょうね……僕には出来ない算段だけど」）
「ククク、とはいえ今は僕らでお相手しなけりゃね」
　一刀はディフェンスの位置に着く彼のビハインドの影から前に詰める。それからトオルが彼の狙いに気づくよりも早く鋼糸を振るう。ティアーズリッパー、先程寅綺に仕掛けた技を今度は自分の身に受ける。
「ちっ！」
　悔しそうに一刀を睨むトオルを見て、カカカと楽しげに笑い、それから言葉を吐き捨てる。
「この程度が六六六人衆？　冗談なんだよねぇ？　殺人鬼をなめてるんだな」
（「閉じ込めといてほったらかしなのかな。何か状況がよく分かんないね…」）
　そんな事を考え、栗元・良顕（雨の・d21094）は着ぶくれした身を震わせた。ぞっとしたからか単に寒気がしたからか、どうも表情からは読み取れない。いや、本人すらも多分わかっていない。
「死んじゃうのはあんまり熱が感じられないし……」
　殺人注射器をトオルに突き立て、彼の生命エネルギーを吸い取る。
「なるべくみんな生かしてく方向で行きたいかな」
　良顕は誰に言うでもなくただ、呟いた。
「戦いなんて初めてですよね？」
「そうだよ、お前らは違ってそうだけどさ！」
　問うた彩歌に答えながらトオルは攻撃を加える。ディフェンダーの彼女はダメージは抑えられている。さりとて平気なわけでもない。だが彼女は憎しみの表情を見せる事なく彼に穏やかに話しかける。
「……痛い、ですよね。お互いに。このままの道を進めば、こんなことがずっと続きます。それでいいんですか？」
　彩華が周囲を軽く見まわす。会議室の中はただの戦闘空間であるだけでない、このままでは脱出が叶わない密室。灼滅者たちですら息苦しさを感じるほどの。
（「気に入らない人間を傷つけ、密室に閉じ込められてうんざりしたから密室殺人鬼になる、か……」）
「カミナガ、君がどう思ってるか分かるわけじゃないけれど闇におとしきるわけにはいかない、だから！」
　彩華が鬼神変の腕で彼を殴る。
　律紀は前衛にイエローサインを掛けると、小さく息をつき、やれやれと言った感じで首を振り、トオルに話しかける。
「キミも訳のわからないままヘンテコな力を手にして、挙句の果てに閉じ込められて混乱するよねェ、早く出たくないかい？　ほんのちょっとの協力でいいんだ」
　そう言って親指と人差し指で『ほんのちょっと』のジェスチャーをしてみせる。
「何であんたらは構ってくれるんだよ、僕なんかにさ。別にいいじゃないか。このまま人じゃなくなったって、ほっとけよ……！」
　一刀がたまらず笑い声を上げる。
「カカカ！　結果、誰も死んでいないというのにダークネスになろうなんて」
　簡単に堕ちすぎだ、そんな言葉は流石に飲み込む。
「今、憎むべき、灼滅すべきはカミナガ少年を巻き込んだ者なんでしょうけどね」
（「皆は彼を救おうと懸命だけれど。彼の悩みはどうせ消えない。なら、いっそ、その身を消してしまえばいいものを」）
　いやいや、これも口に出すべきものじゃない。彼は首を振り、それからトオルの顔を見、言う。
「灼滅は慈悲なんだよねぇ～」
　一刀の封縛糸が彼を締め付ける。
「……灼滅って殺すって事かよ、あんたの方が先に死ねよ」
　トオルの身体から闇の色をした殺気が吹き出し、後衛にいる一刀と律紀を包み込む。鏖殺領域。二人が苦しむ姿を確認しつつ、トオルが一刀に向かって駆け寄っていく。
　ビハインドが行く手を阻もうと霊撃を浴びせるがトオルを取り巻く殺気がダメージを和らげる。
「普通なら人を殺すのには心身共に相当負担がかかる……それを苦に思える内なら、まだ戻れる」
「どうかな、もう遅いかもしれないだろ！」
　寅綺の神霊剣すらいなしトオルの足は止まらない。
「……っ。こうなったら……闇堕ちしてでも」
　仲間は殺らせない。そんな覚悟をする寅綺の肩を彩華がポンと叩いた。
「大丈夫、皆がいるから」
「他の奴らに殺られるにしたって……てめぇだけでも地獄に落とす！」
　トオルが一刀の前に立ち、拳を振り上げ殴りつけようとする。
　しかし、その打撃は決まらない。間で彩歌がその拳を自身のクロスさせた両腕で受け止めていたからだ。
「ちっ、邪魔が。どけよ」
「痛い、ですか？」
「当たり前だ」　
　彩歌の問いに不快気に答える。
「痛みに、決して慣れないでください。あなたが、自分のしてしまったことに対して感じた痛みにも。それは、忘れてはいけないことです」
　トオルの顔がゆがむ。傷の痛みよりもその言葉に痛みを感じたように。
「……くっ。どかないなら、こっちから」
　トオルの手の甲のエンブレムが光る。身を沈め、斬りつけようとするが、またも阻まれる。今度はエルメンガルトに。
「どけよ、そんなに誰かを守りたいのかよ、死ぬほど痛いだろうによ」
　確かに。彼の両足、腱の辺りから血がしとどに流れている。立っているのもつらいはず。だが彼は言う。
「大したコトないね」
「嘘だ」
「嘘じゃない。これぐらいの事でやられてなんかあげられナイよ！」
　エルメンガルトは言い切る。傷つける事に愉楽をもたらせぬために、殺しが楽じゃないものと思い知らせるために。
「それならお前を始末してやるよ！　うっ！」
　エマが妖冷弾を放つと同じタイミングで良顕が紅蓮斬をくらわせた。膝をつくトオルを見ながら良顕が呟く。
「もっと寒くなるのは嫌だし」
　トオルの動きが一瞬止まった所で律紀が素早く傷ついた仲間を癒していく。それから笑顔のままで話しかける。
「ねぇ、いい加減、ここから出ないかい？　此処は居心地が悪いよ」
　その言葉に何故だかトオルも口元を歪めるようにして笑う。
「居心地か確かにね。でもここ以外だって大して変わらないかもしれない」
　そこへエマが声をかける。
「なぁ拘るのなんかやめちまえよ、塚本の事もクラスメイトの事もこの場所も」
　そんなの出来る訳、そう言いたげな彼にエマは乱暴な口調で、けれど彼に向かって真っすぐに言う。　
「今はいないかもしれないけどお前のことを認めてくれる人がこの先きっといる。狭い街だから息が詰まるんだ。腐り続けてる必要なんてない、何か夢を持って将来こんな田舎出ちまえよ」
「そんな未来あるのかな」
「必ずあるとも。だから、今は一度倒れてもらおう、いいな」
　身が弱っているからか、確証が持てないからかトオルの声はか細い。そんな彼を勇気づけるように彩華は力強く言う。そしてクルセイドソードを構え、彼を躊躇いなく斬り伏せた。

●それから、これから
　やがてトオルが目を覚ます。しばらくぼうっとしていると、人々のざわめきが聞こえだした。
　エマが言う。
「準備室の奴らも無事に起き出したな」
「なら退散ですかね、特にこの現場に気になるものは見つけられませんでしたし」
「うん、帰る」
　一刀の言葉に良顕は早々に背を向け、出口に向かう。
「キミはどうする？　適当に混ざれるとは思うけど」
　律紀が尋ねるとトオルはのろのろと立ち上がり、答える。
「僕も君たちとここを出るよ」
「トオル」
　彩歌が声をかける。
「あなたが無事なのは、あなた自身の強さの証でもあります。私達は、それを手助けしただけですからね。殺人鬼でありたくないと思った自分を、忘れないでください」
「僕の強さ？」
　問い返すトオルに、
「ああ、それを誇りに思えれば、きっとまだ正しく生きられる……負けないで」
「大丈夫、お前はまだまだこれからだよ」
　寅綺とエマが励ますように言った。
　こうして彼は灼滅者らによって救われ、また自らも新しく灼滅者となった。

作者：八雲秋	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2015年12月4日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 2／感動した 0／素敵だった 2／キャラが大事にされていた 1
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