元ラブリンスター派のアイドル淫魔・なこ。
拠点としている川口駅前の公園で、今日も空想上のオーディエンスの声援を受けて路上ライブの真っ最中。
「なこのライブに来てくれて、ありがとう! なこ、今は無所属だけど、もっともっと有名になるために頑張りますっ!」
太陽燦々、麗らかな秋空の下、空想上のオーディエンスは大喝采。
なこー、がんばれー!
なこ、愛してるー!
結婚してくれー!
そんな声ににっこり笑んだ。
「みんな、ありがとっ。なこはひとりじゃないんだねっ」
その時、突然なこを照らしたのは、まばゆい光。
「えっ、なにーー」
光が消え、呆然とするなこ。今までなこに見えていたオーディエンスは誰一人見えなくなり。
代わりに見えるのは、たった一人の……。
「呼んでる……。なこを呼んでる……。なこを待ってる……!」
そう呟いてなこが向かった先は、駅のタクシー乗り場。
乗り込んだタクシーの運転手に、異形の姿を露にして告げた。
「『新宿橘華中学』へ向かって。でないと、おじさんを食べちゃうんだから……」
「ベヘリタスの卵の事件で暗躍していた光の少年と、アンデッド化して白の王配下となったクロキバとの戦いに介入した灼滅者たちが、見事、クロキバを討ち取る事に成功したようだ」
浅間・千星(星導のエクスブレイン・dn0233)は淡々と説明する。
これにより、白の王セイメイの計画に致命的なダメージを与えたことは確実だ。
「最後に正気を取り戻したクロキバは、新たなクロキバの継承者が出現すると言い残している。それを継承する者が誰になるかは判らないが、これは大殊勲に値する」
と、灼滅者の健闘を小さく笑んでたたえた。
「だがその結果、白の王と敵対していた光の少年『タカト』達の積極攻勢にも繋がってしまったようだ」
クロキバを失った白の王の弱体化が原因だと言う。そして千星は光の少年『タカト』の目論見を静かに告げる。
「『タカト』は、拉致したラブリンスターを利用し、多くのダークネスを『無差別篭絡術』を利用して配下に組み入れようとしているらしい」
おそらく集結させた軍勢を利用して、何か大きな作戦を行おうとしているのであろうが、この作戦についての予知は断片的で、全てを阻止する事は難しい。
現に千星をはじめ、多くのエクスブレインの能力を持ってしても、全てのダークネスの動向を察知するのは困難。
おそらく、光の少年『タカト』の力が働いているのであろう。
すまない。と千星は申し訳なさそうに呟いたが、ぱっと顔を上げる。
「それでも皆と関わった事があって、皆となんらかの『絆』があるダークネスについては、かなりの確率で予知する事が可能だったんだ」
そう告げた千星は、無意識に表情をきゅっと硬く締めた。
「皆には、かつて皆と関わり、今、光の軍勢に加わろうとしているダークネスの灼滅に向かって欲しい」
と、千星は子うさぎのパペットを掲げるとぱくぱくと操り始めた。
「なこのライブにきてくれて、ありがとう! なのであります」
それはかつて、灼滅者が羅刹の襲撃から守ったラブリンスター派の淫魔・なこ。
羅刹の襲撃からライブを守ってもらった事で、なこは灼滅者にいい印象を持っている。そして彼女と一部の灼滅者との間に小さな友情が芽生えた。
「皆には川口駅の西口で、なこがタクシーに乗り込む前に運転士を救出した上でなこを灼滅してほしい」
昼間の駅前という事もあって、人通りも多い。それも踏まえてほしいと千星は付け足す。
なこのポジションはメディック。サウンドソルジャーとマテリアルロッドに似たサイキックを操る。
千星は子うさぎのパペットをすっと降ろす。
そして真剣な表情で教室を見渡した。
「今、戦力を減らすことができなければ、光の少年『タカト』を阻止する事ができなくなるかもしれない。だから皆も、なこを灼滅してほしい」
そう言うと。いつものように自信満々に笑んだ千星は、再び子うさぎのパペットを掲げて、
「……皆の心の星が強く輝きますように」
と、小さく祈るのだった。
参加者 | |
---|---|
結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781) |
八握脛・篠介(スパイダライン・d02820) |
ファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954) |
秋山・清美(お茶汲み委員長・d15451) |
綾町・鈴乃(無垢な純白・d15953) |
藤川・公(リコリスの花を貴方へ・d20024) |
フィアッセ・ピサロロペス(睡蓮の歌姫・d21113) |
風間・小次郎(超鋼戦忍・d25192) |
●
川口駅西口。
灼滅者が現場に到着したとき、すでに淫魔の姿はあった。
歩くたびに桃色の縦ロールツインテールとチュールのスカートは大きく揺れている。
はっきりとした表情と足取りの先にあるのはタクシー乗り場。そこにはタクシーが一台、客待ちをしている。
(「光じゃろうが闇じゃろうが、やっとる事は他のダークネスと何も変わらん」)
好きにさせるわけにゃいかんよな。と八握脛・篠介(スパイダライン・d02820)は一般人を装い、スマートフォンを片手にちらと淫魔を見た。
光に導かれた淫魔・なこ。
彼女が向かう先は、有象無象が集まりつつある新宿橘華中学。
招集者は――。
(「知らぬ絆に、疑いもない。それはなんだかぞっとしない話ですねぇ」)
もしも自分がと考えてしまったら……。物陰に隠れて彼女の動向を見守る藤川・公(リコリスの花を貴方へ・d20024)は、ほんの小さく息をついた。
その隣の綾町・鈴乃(無垢な純白・d15953)の表情は硬い。
以前、羅刹の襲撃からなこのライブを守ったことから、なことの間に友情が芽生えた。
そんな彼女の灼滅を依頼された彼女のつらさはいかほどか。
結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)は、今にも揺れそうな彼女を見、そして散ったクロキバを思い。
(「私達が奪い得ない縁も絆も持っているなら、少しでも可能性にかけるのが灼滅者です」)
そんな可能性があるのなら、なこを救いたいと願う。
(「友好的な形で絆を結ぶことができた淫魔さんを、同士討ちのような形で灼滅したいとは思いません」)
フィアッセ・ピサロロペス(睡蓮の歌姫・d21113)も、自分たちの言葉でなこが思い留まってくれたらと願う。
なこの気配に、タクシーの後部座席の扉が開く。運転手のおじさんは小柄で小太り。お世辞にも逃げ足は速そうとは言い難い。
このまま車で逃げてもらうほかない。
一歩踏み出したのは、なこのイメージカラーである黄緑色のシャツを着た静菜。車内に乗り込もうと身を低くしたなこの顔を覗き込む。
「あ! なこさん!! 本物!?」
縦ロールを揺らして振り返るなこの姿に、感嘆の声を上げてはしゃいでみせる。
「応援しているアイドルの子がいるって友達に教えられて。最近ファンになりました。写真よりもずっと可愛いですね!」
そう言って、思い出したかのように息を呑むと、鞄から取り出したのはサイン色紙とマジックペン。鞄からはモールで飾られたうちわや黄緑の新品サイリウムが覗く。
「あの、オフの時にすみません! サイン、お願い出来ますか!?」
なこは色紙にさらさらっとサインを書いた。
「これでいい? なこ、急いでるから」
「なこさまっ」
踵を返したなこに鈴乃が声をかけた。
「……誰? なこにまだ何か用なの?」
なこはまるで初対面の人の声をかけられたかのよう。胸にちくんと痛みを覚えつつも、声を振り絞る。
「なこさま、お久しぶりです。こんな形で再会とは思わなかったのです……。すずのの事覚えていますか? ライブの時、友達になったのです」
これが無差別篭絡術の力なのか。なこは小首をかしげる。
なこの動きが止まった隙にと風間・小次郎(超鋼戦忍・d25192)は殺界形成を展開させて、周囲の人に逃げるように促す。
篠介はタクシーの後部座席から運転席へと顔をのぞかせる。
「駅から刃物持った奴が来るらしい、早くここから離れるんじゃ」
しかし運転手は小さく声を上げて、駅をちらと覗き込み始めた。
すかさず秋山・清美(お茶汲み委員長・d15451)が、運転手の目前で自身の指に傷をつける。燃え上がるのは、火。
「早く逃げてください、ここは危険ですので」
驚いた運転手にそう告げて後部座席の扉を閉めると、タクシーは早々に走り去っていった。
「あーあ、タクシー行っちゃった……」
心底がっかりして口を尖らせ、ため息をついたなこ。気がつくと、駅前から人っ子一人いなくなっていることに気がつく。
「誰も頼れないし、しょうがない、歩いていくか」
なこが足を向けたその先に篠介と小次郎、そして静菜が立ちはだかる。
「お前さんを心配して来た奴がおるのに何処へ行こうとしとるんじゃ」
「どこって、新宿よ」
「お前は何をするために新宿橘華中学へ向かう? なぜそうしなければならないと思うのだ?」
「なこさんのなりたかったものは本当に新宿橘華中学にあるのですか?」
「光が、あの人がなこを呼んでるの。何をするかはそこへ行って決めるわ」
黄緑色の法被を着たファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)はじゃらんとギターを爪弾いていた。それはなこの数少ない持ち歌のひとつ。
しかしその歌はお世辞にもうまいとは言えず、一緒に歌っていた公は、一歩引いたところでハミングしだす。この歌がなこに届けば……。
なこに清美は、初めまして。とお辞儀をした。
「今回はあなたを救いに来ました。あの光に騙されて新宿に行っていけません」
「その光の元に行ってはいけないのです。なこさまがなこさまじゃなくなります。歌えなくなってしまうのです」
「違和感を感じませんか? 知らない人についていくのは危険です」
「あなたたちだって、なこにとっては知らない人だわ」
鈴乃とフィアッセも続けて訴えるが、なこが言葉を返す。だけど、説得を続けることをあきらめない。
「真心込めて本当に貴方を呼んでいるのは、その人ではありません。鈴乃さんと私たちです。お願いします、行かないで下さい。光の少年は貴方を不幸にします」
フィアッセの後にファルケが続く。
「つまんない戯言に惑わされるな、自分を取り戻せ」
「なこは、惑わされてなんかいないわ! あの光が、なこを不幸にするなんてありえないっ!」
声を荒げるなこ。清美はさらに言葉を重ねる。
「あれはあなたの大切な人の力を敵が利用しているのです」
「なこに大事な人なんていないわっ」
「ラブリンスターさん。覚えておりますか? あなたが忘れている、大切な人です」
「ラブリン……、お姉さま……!」
その名を反芻したなこは息を呑んだ。一人だった自分をアイドル一派に誘ってくれた、大切なお姉さまの名前。
「なこはどうして忘れてしまっていたんだろう……お姉さま……」
大切な人を思い出し瞳を潤ませるなこに、ほんの少しの希望を見出す灼滅者。
しかしそんな希望も束の間。
ほんの数十秒でなこの記憶の糸はぷつりと切れ。
「しらない、なこはそんな人知らないわ!」
――無差別篭絡術の強力さが伺える。
なこを救い出す唯一の方法は、ただひとつ。
それはラブリンスターを救出だろう。
鈴乃は潤む瞳で、その腕にすがった。どうしたらなこを行かせずにすむのだろう……。
「なこさまの歌、大好きなのです。また聞きたいのです」
だけどなこの答えは、灼滅者たちの想いとは裏腹に、
「……どこまでもなこの邪魔をするなら、歌ってあげるっ」
自分にすがる体を生来の歌姫の声で惑わせた。
この歌が、戦闘の合図となってしまうなんて……。灼滅者たちは決断と覚悟を迫られていた。
●
「私達はなこさんと戦う事を望みません。お願いです、行かないでください。なこさんの大切な人は学園が必ず助けます。そして二人の絆を取り戻します」
清美は武装した縛霊手の指先から暖かな光を鈴乃に打ち出すと、霊犬のサムは六文銭を飛ばしてなこを威嚇する。
「いやよ、なこは行かなきゃならないのっ」
そう言ってなこは踵を返すが、その先にいたのはファルケ。
音楽で人を魅了するアイドル淫魔相手なら、自分も歌と音楽で語りかける。ファルケも音程はともかくとして、歌でなこを混乱させる。
「機甲着装!」
小次郎は武装して、
「傷を癒やす。備えておけ」
と、すぐさまシールドを大きく張って鈴乃を守る。
「あなたは知っています。楽しむファンの人達の笑顔を、それを作り出す喜びを!」
掲げた標識を黄色に点灯させて、静菜はさらに言葉を重ねる。
「アイドルとして輝くあなたを、次のライブを心待ちにしている人達を、本当に置いて行ってしまうのですか? あなたは、ひとりじゃないのですよ!」
「なこの今の一番は、あの人だものっ。他の人なんか知らないっ」
囲まれて、なこは大声で叫んだ。それは助けを求めているようにも聞こえ。
「お前さん達とワシ等武蔵坂の関係って、よう分らんよな。種が違えば絆ってもんの意味も違うじゃろうし」
サウンドシャッターを展開させた篠介は、なこの後ろに回りこむとその足元を切り裂いて動きを封じ。
「じゃが、人間でもダークネスでも死ななくて良い奴が死ぬのは気持ちの良いもんじゃねぇ……」
こうした戦いの中ででも言葉が届いて、なこの口からひとつの答えを聞きたいと思う。
光の下へは行かない。と……。
そんな可能性に賭けてみたい。
自分を攻撃したなこ。だけど鈴乃は再びその腕にすがる。
「本当になこさまを待ってるのは、ファンの人なのです! すずのも、なこさまともっと一緒にいたいのですっ!」
だけど、なこの意思は、いや、無差別篭絡術の力は硬い。
「あの光さえあれば、なこは何もいらないっ」
それが、絆との決別の言葉のよう。力なく鈴乃の手が、なこの腕から離れた。
揺れていた覚悟を決めるとき……。
鈴乃は拳を握ると、その鳩尾目掛けて殴りつけた。
タイルの地面に涙が落ちる。
友達を救う、最後の手段。それは、利用されてしまうであろう彼女をここで灼滅すること。
「やむを得ません.……」
フィアッセは呟くと、殺人鋏『Freisetzung』でなこを切り付け。
戦闘が始まってもなお、歌を止めなかった公も歌うのをやめた。
「灼滅、已む無しでございますね……」
突き出した両手に力をためて、なこ目掛けて放出。霊犬のイオも斬魔刀でなこを斬り付ける。
体のあちこちに傷を作ったなこ。怒り顔もどこか幼い。
「なこは、こんなところでやられたりしないっ。絶対にあの光の元へ行くんだから!」
なこのイメージカラーは黄緑。そんなエバーグリーンのロッドには、この季節には眩し過ぎる新緑の葉。
崩れた縦ロールを、破れたチュールスカートを揺らし、その新緑に雷を纏わせ撃ち放った。
その光の前には、小次郎。
「その攻撃は通さんぞ.……」
静菜はすぐさま符を飛ばして、小次郎の傷を癒しながらも、光の元へ行くというなこに掛かった術が、どうしたら解けるのかを模索し続ける。
「そんなに行きたいというのなら……後味は悪いが、生きていかせるわけにゃいかん」
息をつき、篠介はギターを振り上げてなこの脇腹を殴りつけた。
公がはめた指輪に祈ると魔法の弾が放出されて、なこを縛り付ける。その隙にイオが小次郎の残った傷を回復し。
「貴様に含む所はないが、それでも行くというなら止めねばならん……」
シールドに炎を宿した小次郎は、なこに炎を叩きつけると、続いたフィアッセも槍でなこの腹を穿つ。
せめて、光の元へは行かせはしない。
ローラーシューズに力をこめた清美は、その摩擦で生み出された炎をなこ目掛けて蹴りだせば、サムも食わえた刀を振るう。
「邪魔、しないでよっ」
叫ぶなこの消耗を見て、ファルケはロッドをマイクスタンドに見立ててくるりと回した。
「歌エネルギー、チャージ完了」
コンクリートのタイルを蹴って、飛び込む先は、その腹元。
「聴かせても心に響かないのならば直接叩きこんで響かせるのみっ。刻み込め、魂のビートっ」
撃たれたなこは悲鳴を上げて飛ばされる。
「堪能しな? これが俺の心のシャウト、サウンドフォースブレイクだぜっ」
その先に待つのは鈴乃。
「なこさまっ!」
飛んできたそのままの形でなこを掴むと、思いっきり投げ飛ばした。
コンクリートに叩きつけられたその小さな体は、起き上がることはなく……。
鈴乃はすぐさま、消え行くなこの手を取った。
「なこさまの歌、大好きだったのですよ……。助けられなくてごめんなさい」
その絆。
なこは、ラブリンスターの名を聞いたときのように一瞬だけ正気を取り戻し、鈴乃のこぼれる涙を、血まみれの手の甲でぬぐった。
「……ごめんね」
ありがとう。その口の形からは音は出ず。
光に導かれた淫魔はきらきらと星になって散ったのだった。
「すずの、忘れません……」
塵を握り締めて涙をこぼす小さな背の後ろで、七人の灼滅者も祈る。
「すまんな。お前さんが悪いわけじゃない」
「……せめて安らかに眠ってくれ」
篠介とファルケが呟き、フィアッセも頬を伝う涙をぬぐう。
南に流れていく星屑を見やり小次郎は、灼滅者は、光の少年を思った。
「俺達が阻止できたのは一部だけ。……残りの軍勢でタカトは何をしでかすつもりなのか……」
作者:朝比奈万理 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
|
種類:
公開:2015年11月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 6
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|