集結する光の軍勢~暴食奇譚 狼之巻

    作者:灰紫黄

     それはオオカミであった。今もオオカミであるはずだが、行き過ぎた食欲はその姿を醜悪に捻じ曲げていた。丸々と太った胴は楕円、四肢は短い。顎はその性質を表すように長く伸び、まるでワニとオオカミの合成獣のようであった。
     紅葉で染まった山中で、狼鰐は空腹に耐えながら獲物を待っていた。余計な動きなど一切せず、ただ、じっと滝に打たれる修行僧のごとくに時の経るのを浴びていた。
     と、その頭上に閃光が散った。
     刹那の刹那、ほんの短い間の光は何色ともつかぬ。だが、それを見た暴食狼は短い脚をばたばた動かして走り出した。その姿は一歩ごとに小さくなり、やがて人とも狼ともつかぬ怪物となった。
     人間であれば、それを天啓とでも呼ぶかもしれない。けれど、獣にそんな知識などない。頭も心もあるのは食欲だけだ。だから、白狼はそれが何かも分からぬまま走り出した。そこに、何か美味いものがあると信じて。

     灼滅者が教室に着くころには、すでに口日・目(高校生エクスブレイン・dn0077)と猪狩・介(ミニファイター・dn0096)が待機していた。二人とも緊張した面持ちだ。
    「集まってくれてありがとう。まずはこれまでの状況を説明するわ」
     宇宙服の少年とアンデッドとなったクロキバの戦いに介入した灼滅者が、後者を討ち取った。『黒牙』なる力の転生を阻もうとしたセイメイの計略は打ち砕かれたのだ。
    「まずはみんな、お疲れ様。でも、すぐに次の動きがあったわ」
     宇宙服の少年『タカト』は拉致したラブリンスターの無差別篭絡術を利用し、配下に加えようとしている。大きな事件の前触れと見るのが自然だろう。
    「申し訳ないだけど、予知はあんまり有効じゃないみたい。けど、抜け道はあるわ」
     タカトの力なのか、エクスブレインの予知は断片的にしか行えない。だが、灼滅者と何らかの『絆』を持つダークネスに対しては予知は機能するらしい。
    「……ここからが本題よ。みんなに対処してもらうダークネスは、『暴食狼』。すでに十体の古の畏れを生んだスサノオよ」
     スサノオは古の畏れを生み出すほどに強くなるダークネス。暴食狼はここ一年ほど古の畏れを生み出し続け、その能力はかなり強化されているはずだ。
    「暴食狼は獣人化しながら山の中を走って『新宿橘華中学』に近づいてるわ。街に出る前に迎撃して」
     スサノオが出現するのは関東近郊の山中。進路上で待ち伏せする形になる。扱うサイキックは人狼に似たものに加え、体力を奪う牙や毒性の炎による攻撃、脱皮による回復がある。見た目に反して俊敏だが、逆にそれほど体力はないのが救いか。
    「古の畏れを十体生んだスサノオか。勝てるかな?」
    「手強い相手には違いないけど……むしろ古の畏れがいない今が好機よ。タカトの配下にさせるわけにもいかないし、お願い」
     タカトの下に付いた後、新たな古の畏れを生むことも考えられる。ようやく捉えられたのだ。この機を逃す理由はない。


    参加者
    館・美咲(四神纏身・d01118)
    倫道・有無(振り向かずの門番・d03721)
    柏木・イオ(凌摩絳霄・d05422)
    南風・光貴(黒き闘士・d05986)
    シグマ・コード(フォーマットメモリー・d18226)
    九形・皆無(僧侶系高校生・d25213)
    日輪・ユァトム(汝は人狼なりや・d27498)
    牧原・みんと(象牙の塔の戒律眼鏡・d31313)

    ■リプレイ

    ●道を遮る
     秋風が森の中を吹き抜け、生き物の鳴き声のような音がした。それ以外は聞こえない。灼滅者達は息を潜め神経を研ぎ澄まし、ただ時を待った。
     今回のスサノオとは直接の接触はない。生み出した古の畏れを倒し続けただけだ。だが、タカトに呼び寄せられてしまった。絆、あるいは因縁。それらの力はよほどのものだろう。無論、それを奪い去るタカトの力も。
     現場に着いてから、どれだけ時間が経ったろうか。木々の間に白い光が見えた瞬間、緊張が雷光じみて走った。
    「来ましたね。……メイガス!」
     ビハインド、知識の鎧を前衛に向け、牧原・みんと(象牙の塔の戒律眼鏡・d31313)自身は後衛から敵の姿を捉える。青い瞳に幻狼が移り、驚きに目が見開かれた。
    『グウウウウゥゥゥッ!!』
     灼滅者の目の前に現れた獣人が、唸りを声を上げる。変化したためか大きさは人間より少し大きい程度で、体形もいくらか細くなっている。けれど、その長い口だけは変わらず。食欲の象徴であったなら、変わるはずもない。
    「人じゃないかあ!」
     倫道・有無(振り向かずの門番・d03721)は思わずそう口にしていた。想像していたものとずいぶん違っていたのだろう。以前より転がっている姿を見たいだとか言われていたスサノオだが、しかしこうなってはもはや叶うまい。この場合、責を負うのはタカトだろうか。
    「いや、んなこと言ってる場合じゃねぇだろ」
     苦笑するシグマ・コード(フォーマットメモリー・d18226)。呑気ともいえるが、逆にそれが頼もしいかもしれない。およそ一年前、彼は闇堕ちし、そして多くの仲間に救われた。その中に有無もいた。その前からも既知であり、付き合いは長い。
    「ここで決着、つけるよ……っ。絶対に逃がさない……っ」
     白炎の獣人を見据え、日輪・ユァトム(汝は人狼なりや・d27498)はそう宣言した。これまで何度も古の畏れと戦い、倒してきた。それが血の宿命であるがゆえに。そして彼自身の意志でもあった。カードから武装を解放し身に纏う。
    「くくく、貴様が暴食狼か。腕が鳴るのぅ!」
     スサノオの力の波動に、不敵な笑みを浮かべる館・美咲(四神纏身・d01118)。スサノオは古の畏れを生むたび強くなるという。ならば、この獣人の力はいかほどか。期待も高まるというものだ。
    「見るからに空腹って感じだな。待ってな、今すぐたらふくにしてやるよ」
     舐めていた飴を噛み潰し、柏木・イオ(凌摩絳霄・d05422)は武器を構えた。同時、背後に意識を向ける。ほぼ直線上に『新宿橘花中学』がある。ここを通すわけにはいかない。
    「みんな行くよ! キャリバーも!」
     主である南風・光貴(黒き闘士・d05986)の指示に従い、バトルキャリバーは前衛で盾となる。彼には、古の畏れとの因縁はない。だが、ヒーローとして人々の平和を乱す存在を倒すのは当然であった。正義の血が熱くたぎる。
    「嘆き叫べ、慟哭せよ!」
     その身は漆黒。髪は対照的に、不吉なまでの白。肉体は隆起した筋肉で一回り大きくなり、いつにないほど九形・皆無(僧侶系高校生・d25213)は鬼だった。人造灼滅者である彼の、本来の姿。それでも、芯は人の心であると信じて、錫杖を握る。
     灼滅者の士気は高い。むしろそれが美味そうに見えるのか、赤い眼がぎらりと輝きを放っていた。

    ●暴食の牙
     暴食狼一体に対し、灼滅者は支援に来た者も合わせて十余名。数の上では勝っているが、それでも勝利は確実ではない。このスサノオは、いやそもそもダークネスはそれだけの力を持っているのだ。
     灼滅者達の目の前で、スサノオの姿がかき消えた。次の瞬間には後衛の後ろに現れていた。毒々しいまでの白い桜の炎を吐く。
    「させっかよ!」
     刹那、黒が動いた。シグマだ。影が走り、そのあとを追うようにして彼自身が炎の前に身を投げ出す。交差する両腕にまた影を纏わせ、攻撃を受け止める。熱さと痛みがいっぺんに前腕の感覚を奪う。だが、まだまだ程度、と三日月みたいに笑う。
    「サンキュー! お返しだ、受け取れ!」
     赤い光の矢を番え、放つイオ。仲間の胸を貫いた閃光は傷付けるのではなく、回復のため。心臓を通してエナジーが全身を駆け巡り、眠っていた能力を覚醒させる。どくん、と全身が昂ぶるのを感じた。
    「猪狩、前は世話になったね。実に頼もしいよ」
    「まぁ、成り行きだよ。そっちこそ頼りにさせてよ?」
     有無は介に世辞をやりつつ、やたら文様の刻まれた護符を投げ、傷を癒やすとともに耐性を高める。いつもの不気味さ軽薄さは鳴りを潜め、緊張が表情に見て取れた。紫の瞳は絶えず敵を観察し、仲間の状況を確認する。
     肩をすくめ、介も前衛に癒しの光を飛ばす。命中精度が覚束ないなら、回復の方が役に立てると考えた。
    「顕し給え、ミナカタの意志……っ!」
     ユァトムの腕が、鬼のそれへと変わった。巨木のごとき力の塊を、敵の真上に叩き付ける。その因縁ごと断ち切る、ギロチンじみた一撃。だが、スサノオは腕が振り下ろされるより早く動いていた。空を切った腕が大地を揺らす。
    『グブゥアアアアアアアアアアアッ!!』
     欲と殺意にまみれた咆哮とともに、暴食狼が大口を開けた。小型化していはずの頭部が元の大きさに戻り、顎も伴って大きくなる。人の頭ほどはあろうかという牙の群れが、前衛を飲み込まんと波打った。赤い血肉が奈落に飲み込まれていく。攻撃が分散しようとも、やはりその暴食は脅威。
    「さすが、とでも言うべきでしょうか。ですが、勝つのは私達です」
     肩口から血を流しながらも、皆無は悠々と立っていた。暴力の体現者、羅刹の姿を借りた彼は、鬼以上に鬼らしく、雄々しく捕食者に立ち向かう。吸い込んだ大気を吐き出して加速するバベルブレイカー。それを力づくで制御して、胴を打ち抜く。
    「まだまだぁ! 浪花キィィィィック!」
     枯葉色の森を、赤い光が走った。光貴だ。加速に加速を重ねた脚は大気との摩擦で真っ赤に燃えていた。それは彼の心に燃える、正義の炎でもあった。速度のまま、長く伸びた顎を下から蹴り上げる。
    「どうじゃ、妾らもなかなかのもんじゃろう? ほれ、喰えるもんなら喰ってみい」
     と美咲。打ち上げられた頭を、今度は上から叩き潰す。光の盾と白炎の毛皮がせめぎ合い、激しい光の反発が起きた。びりびりと腕が痺れるのも構わず、力ずくで押し通す。
    「ところで、あなたは名前とかあるんでしょうか」
     ロッドを構えたみんとが接近戦を挑む。視線が間近で交錯したとき、ふとそんな疑問が湧いた。攻撃は尾によって弾かれるが、知識の鎧が彼女の体を受け止めた。
    『な、まえ? うまい、の、か』
     問いに、拙い言葉で答えるスサノオ。口は動いていない。念波のようなものだろう。けれど、答えは答えになっていなかった。獣の世界にあるのは、喰えるか喰えないか、そして美味いか不味いかだけだ。己が名など、要らぬ。

    ●刃重ねて
     傷を負ったスサノオは体表を覆う炎を脱ぎ捨てた。すると、すぐまた新しい炎が噴き出し、同時に傷がいくらか塞がれる。ダメージは確実に蓄積されているが、まだ倒れるほどではない。
    「こいつも持っていきな!」
     シグマの短剣が、赤紫の軌跡を描いて暴食狼に迫る。白い体毛を削ったかと思ったのも一瞬、しかしそれは残像であった。すでにスサノオは背後。純粋な速度は、遥かに灼滅者を凌駕していた。
    「破邪の光を、今ここに。闇を斬り裂け!」
     獣の征く手を遮るように、白い閃光が走った。非物質化した光貴の剣がスサノオを捉える。肉体ではなく、魂をこそ切り裂く斬撃。魂と直結しているのか、炎が一瞬だけ揺らめいた。
     だが、それだけ。スサノオは止まらない。長い尾の先端が硬質化、死神の鎌にも似た刃がユァトムを狙う。
    「おっと、通さんぞ?」
     尾がユァトムの首をはねるより早く、美咲が動いた。縛霊手と光盾とを重ね、斬撃を受け止める。防御を固めていても威力は高い。衝撃で吹き飛ばされ、傷口を白い『畏れ』が蝕む。
    「ちょっと待っててね」
     介の手がピストルのジェスチャーを作り、そこから癒しの光が放たれる。レーザーメスのように畏れを切り取った。
     敵は速く、攻撃は重く鋭い。骨の折れる相手だと、心中で嘆息する。けれど、どんな状況でも己のやることはあると、有無は知っている。
    「受け取りたまえ」
    「ありがとうっ……引き裂け、日輪の爪……っ!」
     和弓から矢が放たれ、ユァトムを覚醒させる。ピンと耳と尾が立ち、まさしく野獣となって突撃。片腕も同じく獣と化し、銀爪が炎の毛皮を切り裂いた。
    『グルウウウウッァアアアアアア!!』
     スサノオのなり損ないともいえる人狼が歯向かうのが気に入らないのか、自らも爪を肥大化させ灼滅者の頭上から振るう。だが、支援に来ていたレイフォードが仲間を庇った。煩わしいのだろう、狼の表情が歪む。
    「戦いにくいでしょうね。でも、それも私達の武器なのです」
     くいと上げた眼鏡がきらりと光った。知識の鎧が先行して殴り、出来た隙を狙って雷が走った。閃光は虚空を切り裂き、文字通り光の速度で獣人を射抜く。スサノオも回避を試みるが、それよりも早く届いた。
    「そりゃ一人だけなら勝ち目ないだろうけどさ。俺達、悪いけど一人じゃないから」
     イオは黄色にチェンジした交通標識を掲げ、仲間へ警戒を促す。画は『暴食注意』。ディフォルメされた鰐狼が描かれている。攻撃、防御、回復。それぞれを灼滅者が担っている。ひとつひとつは弱くても、合わされば数以上の力となるのだ。
    「そういうことです。覚悟していただきましょう」
     瞬間、スサノオの頭上が暗くなる。皆無の鬼の腕が光を遮ったからだ。プレス機のように真上から圧力を叩き付ける。反動で筋繊維がちぎれる音がしたが、構うものか。痛みなどとうに受け入れている。
     深手を負った獣人はすぐに炎毛皮を脱ぎ捨てる。だが、その下には癒やしきれない傷が多く刻まれていた。

    ●散るは白炎
     灼滅者は少しずつ、けれど着実に暴食狼を追い詰めていった。それぞれが、己の役割を十分に果たした結果だろう。
    『ブルアアアアアアッァアアアア!!』
     顎が巨大化し、前衛を覆う。だが、美咲とシグマが矢面に立って仲間を庇った。
    「ここが正念場じゃ。踏ん張るんじゃぞ」
     仲間達に後を託し、美咲は力尽きた。全身血塗れ。しかし額だけはなぜか無傷で夕日を反射していた。
    「すまねぇ、後は、頼んだ……」
     時を同じくして、シグマも倒れた。広がっていた影が足元に集まり、元の人型に戻る。
    「紫月くん、お願い」
     すかさず、介と支援に来た紫月が気を失った二人を戦場から遠ざける。
    「請け負ったよ、影使い」
     目の前から消えた背中に言う。あまり狙われなかったのもあるが、有無がまだ立っているのはやはり盾となった者の献身あればこそだ。なれば、託された仕事を全うするのみ。傷だらけの獣人を、凶札が貫く。
    「みんとさん、合わせます! バトルキャリバー!!」
     機銃の掃射がスサノオの動きを一瞬だけ止める。さらに、そこに知識の鎧が残った霊力をぶつけた。
    「はい、そろそろ終わりにしましょう」
     左から光貴の光剣が、右からみんとのロッドが敵を捕らえた。非物質化した刃と流し込まれた魔力が内側でスパークし、激しい光を放った。大きな口から血でも吐くように漏れる。
    「僕達も……っ!」
    「ええ」
     暴食狼はもはや足元も覚束ない。けれど、その眼はまだ食欲に燃えていた。灼滅者の血肉や魂の味を想像してやまない。その欲の炎が消えるのは、命が潰えるときだけだ。
    「「うおおおおおおおおおっ!!」」
     大小の物の怪が咆哮した。ユァトムは素早さを活かして背後から、皆無は堂々と正面から、それぞれ濡羽の刃と錫杖を見舞う。
    「これで、トドメだ!!」
     イオの両腕から、闘気の砲弾が放たれた。それは真っ直ぐ最短距離を飛び、暴食狼の胸を穿った。
     それが致命となった。獣人は倒れ伏し、やがて小さな火の粉になって消えていく。桜の花弁に似ていたが、それと違って天に墜ちるように舞い上がる。
     これが、暴食奇譚の終章だ。暴食の狼は潰え、古くも新しい奇譚が紡がれることはない。
     だが、同時にこの戦いはタカトとの戦いの序章であるかもしれない。得体のしれない、けれど強大な力を持つことだけははっきりしている難敵。いつか雌雄を決するときも来るだろう。
     はらりはらりと昇っていく白い火桜を見上げながら、灼滅者達はぼんやりとそんなことを考えていた。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ