それはひどく唐突だった。
音もなく眼前でどこか暴力的にも思える閃光が爆ぜて、桐島・薫(きりしま・かおる)は目を瞬かせる。……ゆらり、と世界が揺れた気がしたものの両脚はしっかりと地面を踏んでいた。
いかなきゃ、となかば呆然と自分の口が語ったのをまるで薫は他人事のように聞く。
行かなければ、新宿へ……そう、新宿橘華中学へ。
自分はあの宇宙服の少年のために働かなければならない。
通学カバンとして使っていた紺色のデイパックをその場へ放り出して、薫は南へ脚をむける。朱雀門という単語はもはや薫のどこにも、忠誠を誓うべき組織の名称としては存在していなかった。
●集結する光の軍勢~昼下がりの凶変
「もう聞いているとは思うけど、光の少年タカトとクロキバの戦いに介入した結果、クロキバの灼滅に成功した」
かつて協力関係にあったと言ってもいいダークネス灼滅の報を、成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)はごく端的に語るにとどめた。
最後に彼は新たなクロキバの継承者が現れるはずだとも語ったようだが、それが誰であるかは今の所何もわかっていない。かつ白の王・セイメイの弱体化は避けられないことを考えれば、大殊勲と言っていいだろう。
しかしセイメイと敵対関係にあったタカトはこれを好機と捉えたようで、拉致したラブリンスターを利用し、多くのダークネスを無差別籠絡術によって配下に組み入れんとしているようだ。
「まあ、集めた配下で何か大きな作戦を行おうとしているんだろう……って想像はすぐにつくかな」
タカトの力によるのか、今回エクスブレインの予知は断片的にしか効かなかった。ただ以前武蔵坂学園の灼滅者に関わった、なんらかの『絆』を持つダークネスに関してだけはかなりの確率で予知ができたため、タカトに合流する前にこれを灼滅する必要がある。
「ここで戦力を減らすことができなければ、タカトの今後の目論見を阻止することは難しくなると思う」
このたび光の軍勢に参入しようとしているのは、かつてとある学校を乗っ取ろうと暗躍した朱雀門のヴァンパイアだ。かつ、無事このヴァンパイアの企みも阻止されている。
名前は桐島・薫。中性的な名前に白い肌、小柄な体躯と甘い顔立ち。そのせいでなかなか男と信じてもらえない、そういう容姿をしている。
「何か新しい指令を受けていたかどうかは不明だけど、都内の別の高校に潜伏していた所をタカトの無差別籠絡術にひっかかったらしい」
現在薫は、埼玉との県境に近い学校から、鉄道の線路に沿って徒歩で新宿方面に向かっている。
目的地は新宿方面のどこかのようだが、そこに到着する前の任意の地点で迎え撃てる余裕があるので、線路のガード下や沿線の公園などなど、周囲に気を使わずにすむポイントには困らない。
薫は影業で武装しており、ダンピールのものと影喰らい、影縛りに酷似したサイキックを駆使してくるようだ。外見に似合わずなかなかの強敵のはずなので、相手は一人と侮ることは避けるべきだろう。
「タカトそのものが何者なのかほとんどわかっていない上、何を狙って何を企んでいるのかもよくわかっていない。情報が欲しい所かもしれないけど、とりあえず今は目の前の戦力を削ぐことに集中してほしい」
参加者 | |
---|---|
偲咲・沙花(サイレントロア・d00369) |
レイン・ティエラ(氷雪の華・d10887) |
木嶋・央(此之命為君・d11342) |
九十九坂・枢(飴色逆光ノスタルジィ・d12597) |
クラウディオ・ヴラディスラウス(ドラキュリア・d16529) |
水野・真火(水炎の歌謡・d19915) |
莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600) |
ブリジット・カンパネルラ(金の弾丸・d24187) |
こつりこつり、薄暗く、湿ったガード下に靴音が響く。
本来ならば授業中であろう平日昼間だが、傍目にはどこかへ向かってただ歩いている小柄な高校生、にしか見えない背中。ただその甘い顔立ちにはどこか人の身に過ぎた、人外めいた美がある。
「……綺麗な人」
「そうね。でも、ああはなりたくないものだ、わ」
高架になっている線路脇のコンクリート壁に腰をおろし、莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)とクラウディオ・ヴラディスラウス(ドラキュリア・d16529)は足元を見下ろした。その視線の先では、件の制服姿の美少年がガード下へ踏み込もうとしている。
「あらやだ、ワタシのシュビドゥビが一番バカっぽい顔してる、わ」
クラウディオの声を聞きながら想々はあらためて、小柄なヴァンパイアの背中を眺める。忘れてしまうことと忘れられることが恐ろしい彼女にとっては、今の薫はひどく空虚に見えていた。
……まあ、そうだとしても宿敵である彼は灼滅する、それだけだが。
彼女らと線路を挟み、背中合わせに反対側のコンクリート壁へ立っていた九十九坂・枢(飴色逆光ノスタルジィ・d12597)、それに木嶋・央(此之命為君・d11342)と偲咲・沙花(サイレントロア・d00369)がそれぞれ宙へ身を躍らせた。
ほんの一瞬の短い自由落下。
ちょうどガード下の中央ほどにさしかかっていた、小柄な少年の姿をしたヴァンパイアへ待ち構えたレイン・ティエラ(氷雪の華・d10887)が間髪いれずアスファルトを蹴り、迫る。その後方には今し方高架からおりてきた三つの影。
君に、誓う、と小さく鋭く呟かれた言葉に従い、雪の結晶と炎の陽炎が白く白く舞った。その下からやはり白の毛並みのターキッシュアンゴラが、尾や脚先の毛だけが炎じみて赤い白の霊犬が、それと反転したように黒の毛色の霊犬が次々躍り出る。
「イヤーッッ!!」
「!」
きりもみに似た激しい空中回転からのブリジット・カンパネルラ(金の弾丸・d24187)の鬼神変を、桐島・薫はとっさに繰った影業で防いだ。しかし衝突の瞬間の衝撃までは殺しきれず、黒いモンクストラップの靴の踵が盛大にアスファルトを削る。
壁際までそのまま後退し、ぎらりと殺気立った顔を上げた小柄なヴァンパイアへ、ツインテールへ飾った赤いリボンを両腕へ巻き取りながらブリジットは笑う。
「どーも、ヴァンパイアさん」
武蔵坂です、と長く踊る赤いリボン――否、赤いダイダロスベルトの先を持ち上げた。退路は、と背後を確認した薫の視線の先には、想々とクラウディオ、そして水野・真火(水炎の歌謡・d19915)が立つ。
「悪いけど、ここで消えてもらうよ!」
少女かとも見紛うような甘い顔立ちが苛立ちに歪むのを、央は複雑な思いで眺めていた。
比較的友好的だったとも言えるダークネスが減ったことにより、今の武蔵坂の立ち位置は少々危うくなっているのではないかと央は考えている。タカトも横から面倒なことをしてくれる、と眉を寄せながら大きく一歩を踏み込み、赤く輝く殲術道具を叩き下ろした。
すぐさま回復に入れるよう薫の様子を伺いながら、真火はじりじりと立ち位置を変える。
「あなたは……なぜ新宿橘華中学に向かうのですか。それは誰の指示ですか」
「それに僕が答えなきゃいけない義務はないよね」
答えてあげてもいいけど、と薫は頬をゆがめるようにして笑った。
「ま、その前に通せんぼ、や」
言いざま、枢の縛霊撃が薫の制服の上着をかすめる。バックステップで一度間合いを取り直し、薫は足元にひろがる闇を格子状に立ち上がらせて灼滅者を見回した。
「できると思ってんの? ……灼滅者風情が、このダークネスの貴族たるヴァンパイアの僕を!!」
甘い顔立ちが凄惨な笑みを浮かべ、次いで格子状の影業へ赤いつるバラが巻きついた、ように枢には思われた。
次の瞬間、つるバラと思われた赤いものは爆発するように赤い霧となって広がる。薫の眼が爛々と輝きだしたのを見てとり、クラウディオは淡々と霊犬のシュビドゥビへ前に出るよう指示を出した。
朱雀門への忠誠すらも崩すだなんてタカトの籠絡術は恐ろしい、と想々は激しく薫と切り結ぶブリジットと枢の背中を見ながらごくりと喉を鳴らす。
「さっきも尋ねたけど……いったい、何の為に新宿へ向かうの? 貴方が忠誠を誓っていたのは、最初から彼だった?」
「喚ばれてるから!」
二つ目の質問には答えず、薫は笑ったまま、踊るように至近距離から枢が放ったフォースブレイクを躱した。間髪入れずそこへ滑り込んだレインの蹴りを掌底で弾き返すように受け流し、さらに沙花の【夢ニ霧散】の斬撃を身体をねじるようにしてやりすごす――さすがに四撃目を避けるのはどう考えても無理な体勢になったことを、沙花は見逃さない。
「ナツ!」
長く長く尾をひくように揺れた沙花の影の下、矢の様に飛び出した霊犬が薫の足元へ刃を突き立てる。
黒のモンクストラップをアスファルトへ深々と縫いつけた霊犬は、無闇に追いうちをかけようとはせず素早くそこを離れた。
アアアアッ、と身を傷つけられた怒りとも苛立ちともつかぬ絶叫をあげて薫は灼滅者をふりほどき、勢いよく右手を振りあげた。その動きに従って、蛇の様に路面をすべった影がブリジットを庇った央の相棒、ましゅまろの毛並みを大きく切り裂く。
「このリボンの変幻自在の動き、受けてみな!」
果たしてそれで当たるのかと心配になるほど色々とモーションが大振りなブリジットも、レイザースラストによる命中精度の底上げで事なきを得る。波のようにうねる真っ赤なリボンをくぐりぬけるようにして、枢が鬼神変の構えに入った。
「ちょい痛いよ、覚悟しぃ!」
その発言通り、異形の鬼の腕と化した枢の右腕が薫へ迫る。咄嗟にあえて前へ踏み込むことで躱そうとしたヴァンパイアの動きを、想々の残した緋牡丹灯籠の炎が遅らせる。
燃え上がる炎に思わず身体を固くした薫を、尋常でない膂力が強かに打ち据えた。
すかさずグラインドファイアを叩き込もうとしたレインの口から、央、とまるで違う声が出る。摩擦熱で噴き上がる新しい炎の向こう、赤い瞳をぎらつかせて薫が吼えた。
「……灼滅者ごときが、うるさいよっ!!」
「別に俺はお前に何も言ってないけどな」
苛立ちに乗せ上段から振り下ろされてきた、赤いオーラを纏う影業の斬撃でなかば吹き飛ばされかけながらも、央はなんとか堪える。想像を絶する重さに砕けかける膝を支え、ちかちかと明滅を繰り返す交通標識を力任せに足元へ突き立てた。
どこか聖歌に似た柔らかな真火の歌声がじわりと、斬りつけられた肩口から暖かく染みいってくる。他にも、ナツやギンの浄霊眼らしき清浄な力が身体を洗うようだ。
ごうごうと炎をあげてもなお、ふらつく気配もなく両脚でしっかり立ち続けている薫はなるほど、ダークネスの貴族たるヴァンパイアの風格を備えているように見える。
「すまないね。もっと楽しませてくれるとありがたいかな」
内心、レインは舌を巻いていた。さすがダークネスの貴族を自称する種族だけはある。ブリジットはもちろん枢のサイキックをまともに受けてもなお、さほど消耗した様子を見せないとは。
「……君には恨みも何もないのだけれど、これが仕事だから」
しかし煽るようなレインの物言いに薫は笑みを強め、血を流したままの足を踏み出し再度赤い霧を展開させる。
「桐島・薫。あなた、は」
ことりと小首を傾け、クラウディオは続けた。
「自分の意志を捻じ曲げられて、しかもそれに気づいていない、だなんて。なんて憐れなの、かしら」
「意味わかんないよっ!!」
ひとつ嘲笑してから薫は周囲に展開した格子の檻のように見える影業を駆り、最前列に並ぶシュビドゥビをはじめとした邪魔なサーヴァントを排除しにかかる。青いマントかケープを羽織ったように見える、真火のミシェルが毛を逆立てた。
「タカトとやらが、絆を奪ってこうして仲間を集めて何をしようとしてるのか、わからない事はあるけど」
薫が目指す新宿には橘華中学がある。沙花が聞くかぎりそこのブレイズゲート内でなにやら異変があったらしいが、果たしてそれと関連があるのかどうか。
あるのかないのか、それさえ今はまだわからないが、これだけは確かだ。
「それでも君を放置して、それでこの先いい事は決してないだろうからね」
ここでその、盲目的なタカトとの絆にケリをつける。悪く思ってくれていいよ、と低く呟き沙花はふわりと宙へ身を躍らせた。死角から、ずらりと並んだ影色の格子がほどけて槍じみた鋭さと回避困難な速さで突き出されてくるのを、他人事のように眺める。
いわゆる槍衾、とはこの事を言うのかもしれない。次々身を穿つ影色の穂先に眉をゆがめ、それでも沙花は殲術武器の踵を鳴らした。火打ち石のように火花が走り、エアシューズの軌跡が赤く輝く。
何の奇もてらわない回し蹴り。しかし正確にヴァンパイアの胴を狙った沙花のその蹴りは、ついに薫の足元をふらつかせた。轟、と雪の結晶をふりまくように背後から迫ったレインの一撃がそこに追い打ちをかける。
先刻から酔ったようにぎらついていた薫の目が正気を取り戻したように見えたが、籠絡術から目覚めたわけではない事くらいは、すぐに想像できた。
「せっかく得た良縁も悪縁も、まさかこうなるとはね……」
タカトが何を目的にし何を画策しているのかは、レインも知らない。
しかしこんな風に意志もなにもない方法で有無を言わさず従わせて招集して、そんな方法でやらかすつもりの計画などろくでもない物に決まっている。光の軍勢だか何だか知らないが、あちらから一方的に押しつけられる光など、ただ眩しく邪魔なだけだ。
光は、道を照らすことを望まれてこそ光たりえる。押しつけの光などまぶしさに目を閉ざすばかりで、そんなもの闇とさして違いはない。
央とましゅまろが、流石と言うしかないコンビネーションを見せて防戦から攻勢へ映る。元々強敵と表現されていた相手だが、サーヴァントの数にものを言わせこちらが圧倒的に勝っている手数で攻めれば、消耗こそ避けられないものの追い詰めることは十分に可能なはずだった。
「さぁギン、もう一息頑張ろうか」
「これが終わったらギンもふらせろ」
代わりにましゅまろをレインに差し出すのかと思えばそうでもないようで、央は涼しい顔でましゅまろはうちのこだもんなー、と呟くものの当のましゅまろは実に素っ気なく、主人を振り返る気配もない。
「ましゅまろの愛がわかりにくい……」
まあ、だいたい世の中そんなものだ。
何言ってんだか、と親友に苦笑してレインは再度赤い霧を展開しようとしている薫へ巨大な獣爪を備えた左腕を振り上げた。バックステップで躱そうとしたものの、いつのまにやら劣勢に追い込まれている状況がその判断を狂わせたのか、どんっと音を立ててコンクリート壁に背中が激突する。
まるでそこへ小柄な体躯を縫いつけるように、レインの銀色の爪が学生服の腹部を貫いた。身体をくの字に折り曲げた薫は、その秀麗な白い顔を苦痛にゆがめて血を吐く。
「くそッ、調子に乗るなよ……!!」
恨み言を叫ぶものの、もはや灼滅者の優位はゆるぎないように思われた。
負傷が折り重なりつつあるミシェルを下がらせるべきかどうか一瞬悩むものの、真火は天魔光臨陣を張り直しここは押し切るべき、と攻勢に舵を切る。
沙花のナツの補佐もあるとは言っても、最前列のシュビドゥビとましゅまろ、そしてミシェルを突破されれば次は攻撃の一角も担う央と沙花だ。主要なダメージディーラーであるブリジットと枢を落とされる前に決着をつけなければ、一撃の重さで勝る薫へ再び天秤が傾くのは避けられない。
想々が長いこと、着実に積み重ねてきた炎と氷が容赦なく薫の体力を削っていく。
「もう、空っぽなのね」
冷めた瞳でそんなことを呟き、想々はまたひとつ、哀れなヴァンパイアへ向けて手元の燭台から赤い大輪の花を模した炎を蒔く。心からの忠誠のままに朱雀門にのみ跪く彼を灼滅したかったけれど。
ついに、初めて宿敵を灼滅できる高揚に想々は胸を高鳴らせるものの、例え相手がダークネスであっても絆という無二のものを横から奪いさるタカトが許せなかった。
もうどれだけ薄暗いガード下で切り結んだか、ブリジットはもちろんクラウディオもまた、覚えていない。
背後にしたそれぞれの主人をはじめ、灼滅者を守り通したことを誇るように力尽きたサーヴァントを憎々しげに睨み、もはや満身創痍の薫は血反吐を吐き捨てる。
「……っふ、くく、まさか灼滅者に僕が遅れを取るとはね」
力を失ってだらりと片腕を下げ、薫はひゅうひゅうと喘鳴を漏らしながら小さく笑った。
「ま、吸血鬼は杭打機で貫かれるのがお似合いだよね」
赤いリボンの端はすりきれ、頭の両側で結ったブリジットの髪には所何処、焼け焦げのような跡もある。
断罪の聖歌という言葉がもしも存在するなら、まさに真火の歌声がそれだっただろう。ガード下に厳然と響く声音に眉を歪め、薫は両膝をついた姿勢からブリジットを見上げる。
無造作にバベルブレイカーから射出されてくる杭をヴァンパイアがどんな気分で眺めていたか、知る者はいない。血にまみれてもなお、薫の白い顔は秀麗なままだった。
作者:佐伯都 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年11月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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