森の守護者、再臨し

    作者:飛翔優

    ●古の森を守護していたモノ
     乏しい木漏れ日が鮮やかに染まりゆく紅葉を薄く映し出す、街中にある森の中。額に十字傷を持つ一匹の狼が、相当な年月を重ねてきただろう巨木を見上げていた。
     鋭く細められた双眸から、感情はあまり読み取れない。
     鳴くこともなく、冷たき風の音だけが響く静寂が世界を支配していた。
     枝葉が擦れ、響くはざわめき。
     落ちるは紅に染まりし枯れ葉の群れ。
     時を経るたび、埋もれていく狼。
     どれほどの時が経っただろう。腐葉土に沈む足のくるぶしまで枯れ葉が覆い隠した時、狼は雄叫びを上げた。
     森中に響くと共に、巨木が強く揺れていく。
     口を閉ざした狼はしばし大樹を見つめた後……不意に背を向け、立ち去った。
     ――狼が……スサノオと呼ばれる存在が立ち去った後に残されたのは……。
     薄暗い森の奥。地面に鎖で繋がれた、枯れ葉や樹木を集めて作られたようなライオンサイズの四足獣だけで……。

    ●夕暮れ時の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(大学生エクスブレイン・dn0020)は、いつもと変わらぬ笑みを浮かべながら説明を開始した。
    「とある街にある森の奥、スサノオが古の畏れを呼び起こすことを察知しました」
     本来、ダークネスにはバベルの鎖による予知能力があるため、接触は困難。しかし、エクスブレインの導きに従えば、その予知をかいくぐり迫ることができるのだ。
    「もっとも……今回はスサノオが立ち去った後。古の畏れが本格的に動く前に叩き、打ち倒す……そんな形となります」
     続いて……と、葉月は地図を取り出した。
    「皆さんに赴いてもらうのはこの森の奥。相当な年月を重ねてきただろう大樹がある場所……ですね。多少は獣道を通らなければなりませんが、そこまで時間がかからずにたどり着けるはずです」
     時間帯としては午後一時ごろ。それまでに到達できれば、古の畏れが活動を始める前に戦いを仕掛ける事ができるだろう。
    「スサノオが呼び出した古の畏れは、一言で表すならば森の主。かつては生け贄をもらう代わりに森を守っていた。生け贄がない場合は暴れだす……そんないわれのある存在なのではないかと思います」
     今回も、古の畏れはスサノオに呼びだされた後、生け贄を待っていた様子。しかし、生け贄は来なかったため暴れだそうとしている……そんな形と思われる。
    「暴れだしてしまえば、どんな被害が出てしまうかわかりません。ですのでどうか、全力での戦いを……」
     敵戦力は古の畏れのみ。姿は枯れ葉や枝を組み合わせて作られたような、ライオンサイズの四足獣。力量は、灼滅者八人と同等に渡り合う程度。
     防御面に特化しており、植物の壁を作り出して防御を固めるとともに近づいてきた者たちを押しつぶす。様々な植物を纏い毒などに侵された部分を切り捨てながら戦場を駆け回り複数人に体当たりをかましていく。雄叫びによって複数人を震わせると共に自らの力を高める。号令を放つことにより様々な獣のオーラを呼び出し加護ごと敵陣を食らわせる……と言った攻撃を使い分けてくる。
    「以上で説明を終了します」
     地図などを手渡し、締めくくりへと移行した。
    「古の畏れのいわれについては、色々と思うところもあるかと思います。しかし、その言い伝えが何らかの形でその地を守ってきたことも事実、そう思います。言い伝えとはそういうもの、なのですから。ですのでどうか、無理に呼び起こされた存在に安らかなる眠りの時を。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」


    参加者
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    比良坂・八津葉(天魂の聖龕・d02642)
    霧島・絶奈(胞霧城塞のアヴァロン・d03009)
    志賀野・友衛(高校生人狼・d03990)
    楠木・朱音(繋ぐ鎖・d15137)
    風間・紅詩(氷銀鎖・d26231)
    木津・実季(狩狼・d31826)

    ■リプレイ

    ●大樹のたもとに眠るもの
     彩り豊かな紅葉が世界を懐き、僅かな木漏れ日を浴びて淡く輝く街中の森。繁茂する植物の間、小動物の通り道となっているのだろう獣道を歩き、灼滅者たちは奥へ、奥へと進んでいた。
     進むに連れて薄暗さは増すけれど、灯りが必要なほどではない薄明るさ。合間をくぐり抜け厳しさを増す風を浴びながら、運ばれてくる土と草の香りを感じながら、比良坂・八津葉(天魂の聖龕・d02642)は一人静かに呟いた。
    「自然に関わる畏れは多いわよね。ただ……それが使役されている者だと思うと、少し悲しくなるのは何故かしら」
     今回の相手は、ダークネス・スサノオが呼び起こした古の畏れ。
     かつては生け贄を対価にこの地を守護していたと伝えられている存在。
     霧島・絶奈(胞霧城塞のアヴァロン・d03009)は静かなため息を吐きだした後、語った。
    「知性や理性を持たぬ獣であろうと……ましてや、あくまで謂れに過ぎぬ存在であろうと……時に神と崇められ畏れられた存在です。獣の姿を取り、言葉を話さぬのだとしても軽んじて良い相手ではありません」
     言葉を区切ると共に、立ち止まった。
     視線の先には、長い年月をかけて成長してきたのだろう大樹を中心とした広場。
     大樹のたもとにて伏せている、枯れ葉や枝を組み合わせて作られたようなライオンサイズの四足獣……古の畏れ。
     古の畏れは灼滅者たちの到来を敏感に察知したのか、ゆっくりと顔を上げていく。
     瞳の在り処などわからない、樹木の獣。されど感じる視線を受け止めながら、木津・実季(狩狼・d31826)は拳をギュッと握りしめた。
     古の畏れとの戦いは、これが初めて。
     宿敵の生み出したものなのだから、少しは頑張らなくてはならない……と。
    「……」
     一方、華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)は前線へと踏み出した。
     紫がかった深い赤のオーラを巡らせながら、ただ静かに告げていく。
    「華宮・紅緋、これより調伏を開始します」
     ここに至っては、多くを語る必要はない。
     ただ、荒魂を鎮めるだけ。
     戦意を悟ったか、はたまた灼滅者たちが生け贄ではないことに怒りを抱いたか……古の畏れは枝葉がこすれる音を奏でながら、ゆっくりと立ち上がる。
     重々しい鳴き声を響かせる……。

    ●望まれぬ守護者との戦いは
     鳴き声が森中にこだました後、訪れたのは静寂。
     互いに仕掛ける機会を伺い合う時間。
     機先を制すると、狼耳と狼尻尾を生やした志賀野・友衛(高校生人狼・d03990)が銀色の槍を片手に駆け出した。
     迎え討たんと言う風に低い姿勢を取っていく古の畏れは、その名の通り畏れられ、崇め奉られた存在。
     けれど……。
    「かつては、そして今も森の守護者として在り続けていたのだとしても、生贄になってやる訳にはいかないな」
     決意の言葉を口にすると共に、勢いを乗せた螺旋刺突を繰り出した。
     額と思しき場所をえぐるも、感触は軽い。
     有効打にはなっていないと、すぐさま槍を引き抜きバックステップ。
     その頭上を、ブランシュヴァイク・ハイデリヒ(闇の公爵・d27919)が飛び越えた。
     更には回転を加えた上で、ジャンプキックを放っていく。
     額へと突き刺していく。
    「同じスサノオを根源に持つものとして、貴方の我儘を見過ごすわけにはいかないのですよ。申し訳ありませんね」
     想いを語りながら、口元には小さな笑み。
     瞳に浮かんでいるのも愉しそうな色。
     どことなく弾んだ調子な主に合わせるかのように、霊犬のスコルもまた意気揚々と踏み込み斬魔刀を浴びせかけた。
     枝葉が砕け腐葉土に埋もれていく中、古の畏れは軽く地面を叩いていく。
     ブランシュヴァイクとスコルは即座に飛び退り、距離を取った。
     両者がいた場所を弾き飛ばすかのように、大量の植物を組み合わせて作られた壁が生み出された。
     古の畏れが再び地面を叩いた時、植物の壁は前衛陣に向かって倒れ始めていく。
     絶奈が、紅緋の前へと移動した。
     オーラで固めた腕をクロスさせ、二人分の衝撃を受け止めた!
     余程の質量があるのか……あるいは込められた力の強さか、絶奈は自らを支えきれずに膝をつく。
     鋭き枝や葉による痛みを感じながら、唇を噛み締めていく。
     今、相対している古の恐れは、勝手な都合でいつしか不要とされて時代の流れに殺され……そして今、勝手な都合で呼び起こされる……そんな存在。
    「……さあ」
     抱いたのは、小さな決意。
    「その哀しき在り方に幕を引きましょう。せめてその謂れを穢さぬ様、全力を持って相手仕ります」
     口にするとともに植物の壁を砕き、古の畏れの元へと踏み込んだ。
    「さあ、獣殿。私と踊って頂けますか?」
     尋ねると共に鋏を振るい、枝葉で作られている頬を切り裂いていく。
     枝が砕け落ちる音をリズムに変えて、風間・紅詩(氷銀鎖・d26231)はギターを掻き鳴らす。
     最も傷ついた絶奈を癒やすため、調べに癒しの力を込める。
     治療が終わっても、演奏が止むことはない。
     優しい旋律を、古の畏れに届けるため……。
     ――!
     かき消すかのように、古の畏れが雄叫びを轟かせた。
     力の影響範囲外に立っていてなお肌がひりつくような感触を得ながら、実季はバベルブレイカー片手に走り出す。
     ドリル状に回転させた杭を、真っ直ぐに突き出していく。
    「弾力のあるものとは違って、固い枝なら容易くねじ折れるんですよ」
     杭は誤る事無く頬のあたりを穿孔し、古の畏れの肉体を巻き込み砕いた。
     されど動きを乱す事なく、古の畏れはかけ始める……。

     中央部に大樹を抱く、少しだけ開けた場所。
     楠木・朱音(繋ぐ鎖・d15137)は空を覆う枝を足場に右へ左へと飛び回りながら、戦場を駆ける古の畏れを追いかける。
     ブランシュヴァイクの爪を受け止め止まった殺那を見逃さず、背中に向かって落下した。
    「背や尻尾にも目があるか、ちょっとした賭けかもな」
     無防備に見える背中に、放つは閃光の如き拳の雨。
     五発六発と刻んだ果て……最後の一撃を加えた反動を活かして再び飛び上がった。
    「もう一発……っと」
     空中にて白鋼棍にも等しい槍を抜き、虚空を切り裂き風刃を放っていく。
    「合わせます」
     時、同じくして、至近距離で戦い続ける紅緋も風刃を生み出した。
     風刃は古の畏れの中心にてぶつかり合い、渦へと変化し古の畏れの内部を破壊する。
     悲鳴を上げることなく、古の畏れは再び駆け出した。
     一歩、二歩と地面を踏みつける度に新たな紅葉を枝を纏いながら、紅緋に向かって突撃した!
     紅緋を跳ね飛ばした古の畏れは絶奈へと……前衛陣へとその重々しいボディをぶちかましていく。
     止む頃には、炎の燻っていた枝がなくなっていた。
     切り開かれた箇所もまた、別の植物によって塞がれていた。
     ならば再び刻めば良いと、すでに破壊の力を宿している八津葉は帯を放つ。
     新たに古の畏れを形成する存在となった枝葉を切り払いながら、足には炎を宿していく。
    「全てを砕くとはいかないけれど……でも、重ねていけば……」
    「その為にも、支えていきましょう」
     仕掛ける機会を増やすため、紅詩はギターを奏で続けていく。
     音色に込めるのは癒しの力、あるいは自然への敬意。
     古代においては信仰対象でありいふの対象でもあった自然。
     今はただ、静かに自然として眠って欲しい……そんな想い。
     優しい旋律は森中に響き渡り、木々がざわめきによるリズムを取り始める。
     暴れ続ける古の畏れを鎮めんとでも言うかのように、戦場をも抱いていく。
     優しい音色を聞きながら、友衛は氷の塊を撃ち出した。
    「……右の脇腹あたりを狙ってくれ」
     氷の塊は、古の畏れの右脇腹辺りを打ち据え凍てつかせる。
     新たな弱点を生み出した!
     気にした様子もなく、古の畏れは低く唸る。
     狼が、熊が狐が狸が猪が……様々な動物の形をしたオーラが、戦場全体に生み出された。
     獣のオーラたちは古の畏れに命じられるまま、前衛陣へと襲いかかる。
     時にかわし、時に受け止めながら、灼滅者たちは抗い続けていく……。

     逐一加護を砕いていく事ができたからだろう。灼滅者たちはその巨体に、その力に押し切られる事なく、攻撃を重ねることができていた。
     まるで再生しているかのように新たな肉体と化していく植物も、纏う先から炎に焼かれ消し炭へと変わり消えていく。
     更なる火力を足すのだと、ブランシュヴァイクはスコルと共に踏み込んだ。
    「名残惜しくはありますが、そろそろ終幕……ですね」
     斬魔刀がひらめくタイミングに合わせ放つ、炎の回し蹴り。
     額に斜め傷が刻まれた時、古の畏れは更に激しく炎上する。
     炎すらも飲み込まんと枝が、葉っぱが古の畏れを覆い、肉体と同化した。
     新しくなった体が焼け落ちてしまう前に……と言った勢いで大地を蹴った。
     紅緋は正面から、その体当たりを両手で受け止め抑え込む。
    「……」
     随分と勢いがなくなった。
     それでも重みを感じるのは、古の畏れが持つ力が故。あるいは……そう。言い伝えられ、込められてきた想いが故。
     一度神格化された荒々しい自然に最後まで敬意を持って戦うため、古の畏れを掴み膝蹴りを放って勢いを削ぐ。
     右手を離し拳を握り……なおも突撃せんと大地を蹴る古の畏れに連打した。
     一撃、二撃と重ねるたび、古の畏れの力は緩んだ。
     駆け出す気配もなくなった。
     故に、絶奈は側面へと踏み込んだ。
     ドリル状に回転する杭を、ただまっすぐに突き出した!
     杭は枝葉の間をくぐり抜け、周囲を打ち砕きながら中心へと到達する。
    「これで……」
    「少々伐採すれば、畳みかけていけますね」
     実季がチェーンソー剣で古の畏れを形成する枝葉を払った。
     増幅された呪縛が古の畏れを抱き、動くことを禁じていく。
     なおも抗わんというのか小さく鳴いていく古の畏れを見据え、実季は言葉を投げかけた。
    「今の時代は昔と違って平和で生贄なんて捧げる必要がなくなったんですよ。だから暴れたりなんてせずに静かに山を見守っていて下さい。そして静かに眠って下さい」
     言葉とともに、描くは炎の蹴り。
     さらなる炎に導かれ、八津葉も足に炎を宿して跳躍する。
    「さあ、終わらせましょう。この古の畏れを、あるべき場所へ還すため」
    「ああ、これで……」
     呼応し、朱音が踏み込んだ。
     古の畏れの中心目掛け、白鋼棍を振り下ろした。
    「デッドエンドだ!」
     言葉と共に魔力を爆発させ、古の畏れを打ち砕く!
     破片は、葉は風に乗って世界を巡る。
     森中へと散らばっていく。
     或いは、そう……欠片となってなお、この森を見守っていくために……。

    ●守護者は眠る護られて
     戦いが終わり、木々のざわめきだけが聞こえる静寂が訪れた。
     友衛は得物をしまうとともに振り返り、静かな息を吐いていく。
    「皆が無事なら何よりだ」
    「皆さん、お疲れ様でした」
     ブランシュヴァイクもまた労いスコルの治療を受けた後、新たな愉しいことを探すために一足先に立ち去った。
     一方、紅緋は再び眠りについた古の畏れのために、大樹のたもとに小さな社を建てていく。
     治療などの事後処理も終わった後、朱音は社に小さな白菊を一輪供え手を合わせた。
    「無理矢理叩き起こされたのは、お前の所為じゃないからな……」
     自らの役目を果たすために生け贄を欲し、暴れんとしていた古の畏れ。
     スサノオによって呼び起こされなければ、こうして止めるために戦う必要もなかった存在。
     あるべき姿へと還った獣に、安らかなる眠りの時を……。
     ……朱音が祈りを捧げ終わった時、紅詩は周囲へと視線を向けた。
    「終わってみれば美しい場所ですし……恐れではなく感動なら喜ばしいのですが」
     紅葉に染まりし森の中。乏しい木漏れ日を浴びながら輝く植物たちに、毅然と佇む木々の群れ。
     獣が守り続けてきた場所。
     あるいは、そう……今なお人があまり手を付けずに守り続けられて来た、大切な場所……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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