剣鬼は彷徨う

    作者:波多野志郎

     夜の街――その剣鬼は歩いていた。
     古ぼけた袴に腰に刀を差した姿は時代劇の撮影現場から抜け出たようないでたちだが、これが彼の普段着である。ようするに、根本的から時代錯誤なのだ。
    「……夜の街には危険が一杯、と聞いたでござる」
     剣鬼が低く呟く。危険が一杯――と言いながら目を輝かせて続けた。
    「危険! いいでござるな! 危険をたらふく斬って斬って斬りまくるでござるよ!!」
     剣鬼――アンブレイカブルにとって危険とはご褒美であり、斬るべき敵が向こうから寄って来てくれるボーナスステージのような認識なのだ。
    「参るでござるよ、夜の街! いやいや、楽しみでござるな!!」
     剣鬼が軽い足取りで歩き出す。剣鬼という足の生えた危険が夜の街へと……。
    「――明らかに、こいつの方が危険なんだが」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)はそう呆れたように呟くと気を取り直して言葉を続けた。
    「今回は俺の未来予測がダークネス、アンブレイカブルの行動を察知したぜ?」
     もう知っている者もいるだろうが、ダークネスにはバベルの鎖の力による予知がある。しかし、エクスブレインが予測した未来に従えば、その予知を掻い潜ってダークネスへと迫ることが出来るだろう。
    「ダークネスはかなりの強敵だ、厳しい闘いが予想される。覚悟して挑んでくれ」
     このアンブレイカブル――通称剣鬼は「夜の街は危険が一杯! 危ない事に巻き込まれないように気をつけよう」という話をこう取った。
    「ようするに夜の街をぶらつけば危険が自分の方へやってきてくれると思っている。寄ってきた者だろうから危険だから斬ってみたい――何と言うか、そういう思考回路だから近づいてくる者を片っ端から斬り捨てるつもりだ」
     言葉にすると馬鹿らしい事この上なく聞こえるが、一番の問題はその馬鹿を押し通すだけの暴力を持っている事だ。
    「なんで、こいつが夜の街にたどり着く前に絡んでくれ!」
     ヤマト曰く――剣鬼はそれで灼滅者達を危険と判断してくれる。そこで倒してしまえば良い――そういう話だ。
    「あいつのきちんと移動ルートは掴んでるぜ? この繁華街の手前にある公園ならば街灯もあるし広さも手頃だ。ここで待ち伏せて喧嘩を売れば必ず剣鬼は買う――後は実力で叩き潰すまでだ」
     シンプルイズベストだな、とヤマトは満足気に言うと、表情を引き締めた。
    「こんな奴だが実力は高い。お前達全員で力を合わせてようやく勝機が見える敵だ、充分に作戦を練って当たってくれ」
     頼むぜ、灼滅者――ヤマトはそう締めくくり、灼滅者達を見送った……。


    参加者
    八千穂・魅凛(シャドータレント・d00260)
    月見里・月夜(きゃりーもにゅもにゅ・d00271)
    黒白・黒白(パステルカオス症候群・d00593)
    草壁・那由他(小学生魔法使い・d00673)
    殿宮・千早(行雲流水・d00895)
    フリーデリンデ・ビッテンフェルト(粗にして野だが卑にあらず・d01216)
    葉月・十三(高校生殺人鬼・d03857)
    クリムヒルト・ドロッセル(小学生エクソシスト・d03858)

    ■リプレイ


     ジジジジ……、と電灯から小さな音が聞こえる。
     ここは繁華街の手前、小さな公園である。時刻は夜――周囲には彼等以外の人の気配はなかった。
    「ふにゅ……」
     ベンチの上で猫のように丸くなり居眠りするクリムヒルト・ドロッセル(小学生エクソシスト・d03858)に月見里・月夜(きゃりーもにゅもにゅ・d00271)は小さく苦笑、呟く。
    「好きだね、こういうの。これもストリートファイターの『さが』ってやつだな」
     危険でイカれた戦い、楽しませてもらおうか、と月夜は楽しげな笑みを浮かべた。ここに姿を見せるダークネスは宿敵、アンブレイカブルだ――しかも強敵だと言うのなら、ストリートファイターとして血が滾らないはずがない。
    「よっし!! いっちょかましてやるかっ!!」
    「んにゅ?」
     フリーデリンデ・ビッテンフェルト(粗にして野だが卑にあらず・d01216)がバシィと自身の頬を叩く音に驚いてクリムヒルトが目を覚ました。
     そして、気付く――公園の入り口からこちらにやって来る時代錯誤な格好をした人物に。
    「あれが剣鬼ですか? ……確かに、珍しい服を着てますよね」
     草壁・那由他(小学生魔法使い・d00673)がそう小首を傾げる。浪人のようなザンバラ髪に薄汚れた着物。加えて腰に刀を差しているのだ、ここまで来ると時代劇の撮影中に迷子になった、とでも言ってくれた方が納得出来る。
    「ん? 何事でござるか?」
    「よぅ、剣鬼さんよ……一戦交えてみねぇか?」
     フリーデリンデが己の槍を手に剣鬼へと言い放つ。そして、チェーンソー剣を肩に担ぐように構えた月夜もそれに続いた。
    「よぉ兄ちゃん。そのアホ面に似合わずいいモン持ってんじゃねぇか。 ンー? 時代錯誤の侍さんよぉ……その良さげな刀、テメェみてぇな奴には似合わねーよ」
     もちろん挑発である――だが、それに剣鬼は考える事しばし、やがてポンと一つ手を打った。
    「ああ、これが絡まれる、という奴でござるか!? 拙者初めての経験ゆえ――」
    「その恰好、その口調。このご時世に剣客気取りか? 笑わせる。お前のやってることは、ただの辻斬りだ」
     剣鬼のボケを遮るように、殿宮・千早(行雲流水・d00895)が言い捨てる。剣鬼はキョトン、としながら自身の刀の柄に手を置くと臆面もなく言ってのけた。
    「当然でござるよ? 辻斬りでござるから。それに、お主等も武装しておる様子――ようするに、危険でござるな?」
    「そうだな、キミの好きな危険を提供しにきた。正々堂々と勝負したまえ、背中を向けて逃げ出すというならばそれも面白いがな」
     八千穂・魅凛(シャドータレント・d00260)の言葉に剣鬼は朗らかに笑う。まさか、と笑みと共にこぼすと剣鬼は続けた。
    「火の粉は払うものでござる、避けるものではござらん」
    「寄れば斬る! 寄らなければ寄って斬ります! とか迷惑極まりないですよねぇ」
     葉月・十三(高校生殺人鬼・d03857)はその感情のない瞳で肩をすくめる。ならば、と声を張り上げた。
    「私達を倒せるものはあるか!!」
    「ここにおるでござる――この刃は斬るためにあるゆえに」
     十三の問いに剣鬼は刀を抜く――その動作に千早の背筋が凍りついた。剣道や剣術をかじった者なら気付くだろう、刀を抜くという動作一つでもその技量は現れるのだ。
     安物の街灯の明かりの下、刀を抜いた剣鬼へと黒白・黒白(パステルカオス症候群・d00593)が問いを投げかけた。
    「何故戦うッスか? ……人を殺しても何とも思わなんスか?」
     黒白の問いに剣鬼は一瞬キョトンと目を丸くした。まるで、想像もしないモノと出会ってしまった、そんな驚きの表情だ。しかし、そこに理解の色が混じると笑みへと変わる――血の匂いのする、壮絶な笑みだ。
    「では、無礼を承知で問い返すでござる――何故、戦わないのでござるか? 殺さないのでござるか?」
    「な……ッ」
    「これもそれも、人を殺す技でござろう? ならば、殺さぬ方が異常でござる」
     剣鬼の言葉に息を飲んだ黒白がなお言葉を叩き付け返した。
    「それが人間のやる事ッスか! 人は人を殺さない、殺してはいけないッス!」
    「これは異なことを――拙者のどこが人に見えるでござる?」
     言葉遊びだ――剣鬼はそれを心底楽しんでいる、それが黒白にはよくわかる。だからこそ、その言葉を肯定するように続けて言った。
    「そうッスか……あんたはもう、人じゃない……鬼だ」
    「然り――ゆえに、剣鬼と名乗るのでござる」
     満足したでござるか? と笑う剣鬼。そんなやり取りの間に、クリムヒルトはふと震える手でマテリアルロッドを握る那由他に気付いた。
    「だいじょうぶ?」
     実戦経験がまったくない那由他は、それでも気丈にうなずいた。
    「大丈夫です。やります。こういう時のための、私の力ですもの」
     この力は殺すためではなく守るためにある――その言葉こそきっかけだった。全員の表情が変わる。それに剣鬼も満足気に目を細めた。
    「結構、飲まれないのは天晴れにござる」
    「俺、お前みたいに身勝手な理屈を振りかざすヤツ嫌いなんだ。お前がそうして自分の論理で暴れるなら、俺は俺の基準でお前を排除する……いいよな?」
     問いと共に千早が地を蹴る――答えはない、全ては刃に込めると剣鬼もまた地を蹴った。


    「俺はフリーデリンデ・ビッテンフェルト!! 正々堂々と勝負だ!!」
     フリーデリンデが名乗りを上げる――剣鬼を迎え撃つ灼滅者達のポジションはこうだ。
     前衛のクラッシャーに月夜とフリーデリンデ、ディフェンダーに十三、中衛のキャスターに千早とクリムヒルト、ジャマーに黒白、後衛のメディックに魅凛、スナイパーに那由他といった布陣だ。
    「――ジャッ!!」
     剣鬼が刀を横一閃に薙ぎ払う。それと同時、衝撃が前衛の三人を深々と切り裂いた。
    「こん程度!!」
     しかし、フリーデリンデはそれにも怯まず駆け抜ける。そこに千早も生み出した漆黒の弾丸、デッドブラスターを重ねた。
     フリーデリンデの螺穿槍を剣鬼は柄頭で軌道を逸らし、返す刃でデッドブラスターの弾丸を切り伏せた。その隙にクリムヒルトが十字を切った指先で剣鬼を指し示す。
    「主よ。哀れな魂に憐れみを……」
     そして放たれたクリムヒルトのジャッジメントレイに剣鬼は刃で薙ごうとするが、間に合わない。
    「逃がさないッスよ!?」
     そこへ黒白が放つどす黒い殺気、鏖殺領域が迫った。剣鬼は体勢を整え、その殺気を大上段の一撃で切り捨てる!
    「――やるでござるな!」
    「全部見てから判断しやがれ!」
     剣鬼の賞賛に月夜は左手一本で握る唸りを上げるチェーンソー剣を振り下ろした。ギギギギギギギギンッ! とチェーンソーの刃と刀が小さな火花を散らす。それを見て、月夜がガリッ、と咥えた棒付きキャンディーに歯を立てながら笑った。
    「チェーンソーもいいもんだろ? 斬る道具というより斬り落とす道具だかンな」
    「まったく、いい年してはしゃぎすぎだ。中学三年」
     まるで玩具を自慢するような口調の月夜に、魅凛が子供を嗜めるお姉さんの口調で防護符によって回復させる。実際、背は月夜の方が高いが魅凛の方が年上であるのだが。
    「…………」
    「武蔵坂学園が高校生殺人鬼。葉月十三推して参ります」
     そこへ那由他と十三のマジックミサイルが撃ち込まれる。剣鬼は十三のマジックミサイルを切り捨てる事に成功するが、その隙間を突いた那由他の矢が脇腹に突き刺さった。
    「一応、名を聞いておきましょうか? あるならばですが……」
    「……つまらぬ名でござるよ。聞かせるに値せぬ。ゆえに剣鬼、刃で名乗るでござる」
     十三の問いに、剣鬼は上段に構え間合いを詰めた。氷の上を滑るような滑らかな踏み込みからの一閃――雲耀剣が十三の胸元を袈裟懸けに切り裂いた。


    「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
     夜の公園に哄笑が響き渡る。命を賭けた戦いの最中である――激しさを増す度に、そこには愉快痛快と言いたげに剣鬼の笑い声があった。
    「何がおかしいッスか!?」
     黒白が言い捨て、片膝で地面に手を触れる。すると、街灯が生み出す薄い影が濃い漆黒となり影の触手を剣鬼へと走らせた。
     剣鬼はそれを刃で切り払うが、その刃を掻い潜り一本の影がその足へと絡みつく。それを見て、剣鬼は答えた。
    「命を削り、戦える! これほどの至福が他にあるでござるか!? いや、ない!」
    「強いヤツと戦いたかったんだろ?」
     千早が鋭い風の刃を撃ち放つ――神薙刃だ。激しく渦巻くその風の刃に切り刻まれる剣鬼へと千早が言い捨てた。
    「仕方ないからその願いを叶えに来てやったんだよ。お前の最後の願いだからな!」
    「それは忝い――気にいらぬでござるか?」
     剣鬼は目を細め、小さいがよく通る声で吐き捨てる。
    「まるでいつかの自分を見るようで気に入らない――そういう目でござるよ?」
    「――ッ」
    「あーいうちょうはつは無視ですょ?」
     千早が激昂するより早く、クリムヒルトの緩い言葉がそれを遮った。そして、クリムヒルトはジャッジメントレイを繰り出す。
    「主よ、哀れな子羊を救い導きください……」
    「っらあああ!!」
     その反対側から月夜が迫る。雷をまとう右拳のアッパーカット――抗雷撃だ。
     剣鬼はジャッジメントレイの光条を切り捨てるものの、抗雷撃はかわしきれずにその肩で受け止め、後方へと跳んだ。
    「ああ、ああ、いいでござるよ! これこそが闘争でござる!!」
    「ははっ!! いいなっ!! もっと、もっとやろうぜ!!」
    「本来近接戦闘は苦手なんですがね。まぁたまには悪くないものです!」
     その笑いにつられたのか、それとも素か、フリーデリンデは真正面から突っ込み、十三もガンナイフを手に零距離格闘へと挑んだ。
    (「……さすがに強いな」)
     魅凛はその光景を観察しながら内心でそう評した。
     魅凛は正直に言えばあのアンブレイカブルとは対極にある者だ。最強の逆――ようするに、彼女の目指すべくは最弱だ。
     最弱は最強に勝てないか? その自問に魅凛はすぐに答えを得た。
    (「否、勝敗は別だよ」)
     物事には往々にして事故はあるもの――だからこそ、その勝敗は強弱で決まらない。
    「キィエエエエエエエエエエエエエエッ!!」
     剣鬼が跳ぶ。猿叫――そう呼ばれる叫びと共に全体重を込めた雲耀剣の一撃をクリムヒルトへと振り下ろした。
     だが、そこへ十三がその身を滑り込ませる!
    「……賭けですッ!」
     十三がガンナイフの引き金を引く。銃口はあさっての方向だ――しかし、剣鬼はそれに素早く反応した。
    「く――!」
     ホーミングバッレッドの銃弾は不規則な軌道を描き、剣鬼の右肩を撃ち抜く。そして、クリムヒルトも渦巻く風を巻き起こした。
    「報復には許しを、裏切りには信頼にを、絶望には希望を、闇深きモノには光と救いをっ」
     ザン! と切り裂かれ、剣鬼は着地する。今までの積み重ねが、着地の体勢を崩し隙を生み出した。
     マジックミサイル――那由他のその一撃が剣鬼の胸元に深々と突き刺さる。グラリと揺れる剣鬼に、しかし、その声は響き、届いた。
    「構えろ!」
     そこにはフリーデリンデがいた。自分に剣鬼が気付くと満面の笑みで右の握り拳を作り、真っ直ぐに突っ込んだ。
    「真っ直ぐ行って――ぶん殴る!!」
     剣鬼は反応する。だが、フリーデリンデの鋼鉄拳がその頬を殴打するほうが半瞬早い!
     そして、回り込んだ黒白が影を放つ。手応えはある――しかし、それは加減した一撃だった。
    「……ゴメン、無理…ッス」
    「――それでよい」
     黒白の独白に、魅凛は微笑と共にこぼした。
    「まだ名を名乗って無かったな。八千穂魅凛、最弱だ」
     魅凛の斬影刃を剣鬼は刀を閃かせ受け流す――その顔には、苦々しいものが浮かんでいた。
    「……さ、い……弱?」
    「あぁ、だから勝ったのはたまたま偶然だよ」
    「……ッ! 愚弄するでござるか!」
     激昂した剣鬼は、ガリ、という音に息を飲んで振り返る。
     そこには棒付きキャンデーを噛み砕いて笑う月夜が、炎に包まれたチェーンソー剣を振りかぶっていた。
     剣鬼が刀を切り返す。月夜は渾身の力でレーヴァテインの炎を振り抜いた。
    「何にせよ、俺達の勝ちだ」
     ガシャン、とチェーンソー剣を肩に担ぎ、月夜はキャンディの棒を吐き捨てる。
     思うがままに戦った剣鬼が、燃えたまま膝から崩れ落ちた……。


    「こ、こういう人をする人が、いるんですね」
     那由他が深い溜め息と共にそうこぼすと、ようやく仲間達も緊張を解いた。出来ればあまり頻繁に出現して欲しくはないが――確かにいるから困りものだ。
    「夜の街は危険だったでしょう?」
     倒れて消えた剣鬼へ十三は小さく言った。この結果が満足がいくものだったのかどうか――その答えはもうわからない。
    「できれば、助けたかったッス……ごめん」
     黒白はそう手を合わせ、心の底からそうこぼした。どんな相手だろうと人は人を殺していいはずがない――それが、彼の信条だから。
     そんな仲間達を見回し、フリーデリンデはぐいっと背筋を伸ばし服の乱れを直すと笑いかけた。
    「よしっ!! 皆で何か食べにいかねぇか!? 屋台かどこかでラーメンってのもいいかもな。ほら、運動の後は腹が減るしなっ!!」
     フリーデリンデの言葉に全員は顔を見合わせ――そして、微苦笑した。あの戦いの後、確かに体は正直に空腹を訴えていたからだ。
     こうして、剣鬼の凶行は食い止められた。今夜も繁華街では多くの人々で賑わうことだろう――その中へ、戦いを終えた灼滅者達は笑い合いながら消えて行った……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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