集結する光の軍勢~迷宮から出でて白から光へ

    作者:草薙戒音

     薄暗いダンジョンに、突然まばゆい光が差す。
    『な……!!』
     予期せぬ事態に玉座を思わせる椅子に座っていた『女』が声をあげ、慌てた様子で立ち上がった。
    『これは……』
     女の目が大きく見開かれ、水晶を思わせる硬質の輝きを放つその両手が口を覆う。
     『屍王』ノーライフキング。自ら築き上げたダンジョンにあって、多くの眷属を率いるダークネス。
     彼女はその1人だった。ノーライフキングとなって幾星霜、白の王をずっと崇め続けてきた。
     そんな彼女が、何かに魅入られたように歩き出す。

     どれくらいの時間がたっただろうか。
    『東京へ、向かいなさい』
     とある地方都市の一角で、タクシーの運転手の首筋に冷たく尖った指先を宛がう異形の女の姿があった。
    『新宿へ……新宿橘華中学まで』
     断ることなど、許さない。

    「クロキバが灼滅されたのは、皆もう知っているよな?」
     集まった灼滅者を前に、一之瀬・巽(高校生エクスブレイン・dn0038)が口を開いた。
     光の少年『タカト』とアンデッドと化し白の王の配下となった『クロキバ』との戦い。そこに介入した灼滅者がクロキバを討ち、白の王セイメイの計画に致命的なダメージを与えた。
     今際の際に正気を取り戻したクロキバの言葉――『新たなクロキバの継承者』が誰になるのかはまだわからないが、大殊勲と言っていい成果である。
    「……ただ、白の王の弱体化が『タカト』達の積極的な攻勢を招いてしまったらしい」
     数秒の間の後そう言って、巽はやれやれといった様子で頭を軽く振った。
    「彼らは拉致したラブリンスターの無差別篭絡術を利用して多くのダークネスを配下に組み入れようとしている」
     集結させた軍勢を利用して何らかの大きな作戦を行おうとしていると思われるものの、『タカト』の力なのかこの作戦についての予知は断片的で全てを阻止することは難しいのだ、と巽が続ける。
    「それでも学園と何らかの『絆』があるダークネスについてはかなりの確率で予知が可能だ。だから皆には学園と何らかの形で関わりがあり、光の軍勢に加わろうとしているダークネスを灼滅してほしい」
     軍勢に加わるダークネスを減らすことが出来なければ、『タカト』の作戦を阻止できなくなるかもしれない――。
    「皆に灼滅してほしいのは女性型のノーライフキング1体」
     彼女は白の王『セイメイ』配下の1人だという。武蔵坂学園との『絆』がいつ結ばれたのかははっきりとしないが、白の王の勢力と武蔵坂学園はこれまでも度々接触し争ってきた……それらに何らかの形で関わっていたのかもしれない。
    「『彼女』は自らのダンジョンを出てたまたま目に付いたタクシーを襲う」
     人気のない通りの路肩に駐車しているタクシー。仮眠を取る運転手に迫る、ノーライフキング。
     硬く変質した腕と人外の力とでタクシーの窓を叩き割り内側からロックを解除。悠々とタクシーに乗り込み驚きと恐怖で動けなくなっている運転手を脅し『新宿橘華中学』へ向かうよう命令する。
    「皆がノーライフキングと接触できるのは、『彼女』がタクシーの窓に手をかける直前だ。それ以前だと向こうに察知される可能性があるし、それ以後だと運転手の命の保障がない」
     おそらくは何らかの方法で運転手を救出なり逃がすなりしてから本格的な戦闘を開始するような形になるだろう。
    「幸い、タクシーの運転手以外の人気はない。それなりに広い道路上だし、問題なく戦えると思う」
     最後にノーライフキングが現れるであろう場所の地図を手渡しながら、巽が口を開く。
    「多くの眷属を有するノーライフキングがダンジョンから出てくることは滅多にない。それが眷族も連れずにダンジョンを出て姿を現しているんだ、ノーライフキングを灼滅するチャンスともいえる」
     ノーライフキングはダークネスの中でも高い個体戦闘能力を有していると言われているが、それでも。
    「皆ならやってくれると、信じてるよ」


    参加者
    森田・供助(月桂杖・d03292)
    東堂・イヅル(デッドリーウォーカー・d05675)
    オリキア・アルムウェン(翡翠の欠片・d12809)
    桜井・夕月(もふもふ信者の暴走黒獣・d13800)
    廣羽・杏理(ソリテュードナルキス・d16834)
    セレスティ・クリスフィード(闇を祓う白き刃・d17444)
    深草・水鳥(眠り鳥・d20122)
    饗庭・樹斉(沈黙の黄雪晃・d28385)

    ■リプレイ


     とある地方都市のとある道路。物陰で息を潜めるようにして灼滅者たちは「その時」が来るのを待っていた。
     彼らの視線の先には、路肩に駐車された一台のタクシー。仮眠でも取っているのだろうか、運転席には腕組みをしたまま制帽で顔を隠す男性ドライバーの姿がある。
    (「運転手を囮にするのは気が引けるが、やむを得ないか」)
     微かに眉を顰め、東堂・イヅル(デッドリーウォーカー・d05675)は心の中だけで呟いた。
     これから彼をダークネスが襲う。何としてでも守るし逃がすが、それでも本人の受ける衝撃は相当なものだろう。
     刻一刻と過ぎる時間に比例するかのように、灼滅者たちの緊張感も増していく。

     ――ゆらり。

     タクシーの向こうで、何かの影が揺らめいた。
     影がタクシーに近づく。それは人型をしていた。
     街灯の明かりの中を人型が行く。それは黒いシンプルなドレスを着た髪の長い女だった。
     タクシーに近づく女の姿をじっと見つめる灼滅者の間に漂うのは、これ以上ないくらいの緊張感。
     女がふらりと車道に出た。タクシーの運転席側のドアに歩み寄り、閉じられた窓を見下ろす。
     無造作に振り上げられる腕――その拳がタクシーの窓に叩きつけられようとした瞬間、廣羽・杏理(ソリテュードナルキス・d16834)の放った眩い光条が女に襲い掛かる。
    『!』
     外の異変に気付いたのだろうか、ビクリと体を動かした運転手の顔から制帽が転げ落ちた。
     間髪入れず、セレスティ・クリスフィード(闇を祓う白き刃・d17444)が『意思を持つ帯』を女目掛けて射出する。更にオリキア・アルムウェン(翡翠の欠片・d12809)がサウンドシャッターを展開。直後に饗庭・樹斉(沈黙の黄雪晃・d28385)の神秘的な歌声があたりに響く。
     女からすれば突然の攻撃だった。思わずその場から飛びのく女――機を逃さず、森田・供助(月桂杖・d03292)がタクシーと女の間にその身を滑り込ませる。
     タクシーを振り返った供助の瞳に、恐怖に引きつった運転手の顔が映った。
    「早く逃げろ!」
     半ば怒鳴りつけるような声で訴える。締め切った窓越しである、どこまで通じているかはわからない。それでもなんとなく言いたいことは伝わったのだろう、運転手が慌てて倒していたシートを戻す。
     しかし、なかなかタクシーは発進しなかった。運転手の顔に浮かぶのは恐怖と焦り……パニックのあまり普段当たり前にできていることができないでいるのだ。
    「ティン、行って」
     鋭利な刃物に変えた『影』を足元から伸ばしながら、桜井・夕月(もふもふ信者の暴走黒獣・d13800)は自らの霊犬『ティン』に指示を出す。
    「リデルもお願いっ」
     オリキアに頷き、彼女のビハインド『リデル』も動く。続くようにイヅルの霊犬『ワルツ』も駆けた。
     サーヴァントたちが供助に倣うようにタクシーを庇い女の前に立ちふさがる。
    (「こうなりゃ最後の手段か」)
     動かないタクシーに、供助がやむなく王者の風を使おうとした瞬間。
     ブオン! とタクシーが大きなエンジン音を立てた。タイヤが悲鳴を上げるのにも構わず、タクシーが走り出す。
     そのままものすごい勢いでタクシーは遠ざかっていく。その様を見て杏理は小さく安堵の息を吐いた。
     王者の風は相手を無気力な状態にしてしまう、そうなれば自力で逃げるのもおぼつかなくなる可能性があった。最悪力技で逃がす予定だったとはいえ、自力で逃げてくれたほうがいいに決まっている。
    「タクシーで登校しようだなんて良い御身分だな」
     イヅルのレイザースラストが女の腕を掠め、彼女は忌々しげな呟きを漏らす。
    『灼滅者……』
     女の半ば結晶化した顔が露になる。そこに浮かぶのは憎悪か嫌悪か。
    「おねーさん綺麗だけど窓割るとか暴力に訴えるなんて少年きっとびっくりしちゃうよ?」
     宇宙服の顔割られちゃわないかとか――茶化すように、煽るように。樹斉が女に話しかける。
    「あ、あの……あの人は、運転が無理……だか、ら……」
     イヅルの影から顔を出し、深草・水鳥(眠り鳥・d20122)も小さな声で告げる。
    「私たちが、貴女、を……送って、あげます……」
     もちろん――あちらの世界へ。


    『邪魔を、するな』
     言葉と共に顕現する十字架。そこから放たれた無数の光線が、前衛を務める灼滅者とサーヴァントに襲い掛かった。襲う痛みと自らの得物を襲った違和感に、セレスティが顔を顰める。
    「ここは……私、が」
    「うん、まかせたよっ」
     怯えつつも言う水鳥に頷き、オリキアは更なる攻撃に備えるべく自身の癒しの力を強化する。
     その脇で、水鳥は両手を広げ空を仰く。どこからか吹き込んだ風がセレスティの、供助の、サーヴァントたちの傷を癒し封じられた武器を解放する。
    「タカトに会いに行くんでしょう」
     女に駆け寄り、静かに語りかける杏理。その腕は巨大な異形と化している。
    「どうです、お土産に灼滅者の首。――君に出来ればの話だけどさ」
     久しぶりのノーライフキングとの邂逅に、杏理の口元が嬉しげに歪む。勢いよく振り下ろされた腕を両手を交差させることで受け止め、女は杏理を睨みつけた。
    (「このお姉さん、どこで絆があったんでしょう?」)
     女目掛けて走りながら、夕月はちらりとそんなことを考える。疑問に思ったのは彼女だけではないらしく。
    「どこかでお会いしたことがありましたか?」
     言葉ばかりは丁寧に――その手に携えた妖の槍を突き出すことはやめずに、セレスティが問いかける。
    『――知らん』
     意外なことに、答えが返ってきた……害意むき出しの口調ではあったが。
     螺旋を描く槍の穂先をギリギリで避けた女の体に迫るのは、夕月の異形化した腕。
     横合いからの攻撃をまともに受け、女が数メートルほど吹き飛んだ。それでも片手を地に着き倒れることなく踏みとどまった彼女に、夕月も疑問をぶつける。
    「セイメイの配下だったのでしょー? どうしていきなりタカトなんです?」
    『知らん』
     帰ってきたのは先ほどと同じ言葉。はたしてそれは『セイメイ』にかかっているのか、『どうして』にかかっているのか。
     狐の獣人姿を取った樹斉が操るのは体躯に似合わぬ巨大な刀。無造作に振り下ろされた鉄塊のような刃が、女を襲う。脳天への直撃を避けた女の腕が、ミシリと嫌な音を立てた。
     体勢を立て直した女が相手の動きに制約を加える魔法弾を放つ。
    「セイメイの配下であり、今はタカトの配下とは、随分と落ち着きがないと思わないか?」
     言いながら、イヅルは番えた矢に彗星を思わせる力を込める。引き絞られた弓から放たれた矢が女の体を貫くが……さすがノーライフキングというべきなのだろうか、微塵も堪えた様子がない。
     だがしかし、攻撃が決まっている以上ダメージは確実に与えられているはずで。動じない女の姿に構うことなく、供助もまた細身の槍を構えて技を繰り出す。
    (「お前らも意思に反して引っ張り出されて災難かもしれんが……合流させられんよ」)


     女の放つ光が灼滅者やサーヴァントの体を強かに痛めつける。指輪から放たれる呪いや弾丸が、その身を苛む。
     個別の戦闘能力ではダークネス一とも言われるノーライフキングの名に恥じぬその威力に耐え、灼滅者たちは得物を振るう。
    「水鳥、こっちでセイクリッドウインド使うよっ」
     オリキアが構えるクルセイドソードに刻まれた祝福の言葉が風に変わる。
    「あっ、は、はい」
     より深い傷を少しでも癒すべく、水鳥が天使のような声で囁くように歌う。
     戦う灼滅者を支えるのは、オリキアと水鳥が行使する癒しの力。けれど、それに気付かぬ相手でもない。
    『……邪魔な力だこと』
     女の攻撃はいつしか2人の癒し手に集中するようになっていた。ティンやリデル、ワルツそれに供助が懸命に2人を庇うものの『全ての攻撃から』というわけにはいかない。
    「あ……」
     癒しの力を行使しても、癒えぬ傷が少しずつ増えていく。他の7人よりも体力のない水鳥の体が、一瞬揺らいだ。
     それに気付いた女がここぞとばかりに水鳥に指輪を向ける。襲い来る石化の呪い――来るであろう痛みに水鳥がぎゅっと目を瞑った。
     ……が、痛みはこない。
    「ってぇ……」
    「……?」
     聞こえたきた声に、目を開ける。そこには供助の背中があった。
    「大丈夫か」
     ちらりと水鳥を見遣り、尋ねる。
     彼女が頷くのを確認すると、供助は絹布を裂くような叫び声を上げた。
     びくりと身を縮ませる水鳥。オリキアが供助目掛けて癒しの矢を放ち、水鳥に駆け寄る。
    「もう少しだよ、がんばろっ」
     怯える少女をフォローするかのように肩を抱き、オリキアは笑ってみせる。

     そう――癒えぬ傷が蓄積しているのは、女も同じ。その証拠に……ほら。

     セレスティが女の懐に潜りこむ。飛び退こうとした女の反応が、明らかに遅れた。
    (「色々事件が起こっているけれど、今は目の前の出来事に集中!」)
     思い切りよく振り抜かれた白銀のマテリアルロッドが女のわき腹に食い込む。それと同時に女の体内へと流れ込んだ魔力が爆発。
    『ぐ、ぅ』
     女の体が戦闘に入って初めてふらついた。口から漏れるのは、苦悶の声。
    「今です!」
     セレスティが叫ぶ。その声に反応し、樹斉が駆け出す。
    (「行動原理訳わかんないけどどうせ碌なことじゃないんだし、光の野望は邪魔しちゃうよ!」)
     女に駆け寄り『天雲』の名を持つ無敵斬艦刀を繰り出す樹斉。見出した女の急所を的確な斬撃で切断していく様は、それが巨大な刃によって行われているとは思えないほど鮮やかだ。
     供助のレイザースラストが決まり、女が再びよろめく。気付けば女の纏ったドレスはズタズタになっていた。
    「何を企んでいるかは知らないが、新宿橘華中学へ向かわせはしない」
     イヅルが女を殴りつけると同時、縛霊撃から放たれた網状の霊力に絡め取られ女がついに膝をつく。
     女が苦し紛れに放った光を悪しきものを滅ばす光条で打ち払い、杏理は女の前に立った。
    「残念だけど、君はもう何処へも往けないんだ」
     放たれた螺穿槍が、女の体を大きく穿つ。続くサーヴァントたちの攻撃すら避けられず、女の体がアスファルトの上に崩れ落ちる。
    「お姉さん、お名前は?」
     女を見下ろし、夕月が問う。
    『そんなもの……とうに捨てた』
    「――そうか」
     一瞬だけ、夕月の口調が変わった。彼女はそのまま、手にした巨大な刀を振り下ろす――。


    「んな風に使われるとは思ってなかっただろな、こいつらも」
     静けさを取り戻した夜の道路で、供助が呟く。
     ノーライフキングの女は灼滅され消滅した。彼女だけではない、今頃あちこちでタカトに……無差別篭絡術に魅了されたダークネスたちが灼滅されていることだろう。
    「もう被害受けてないとこなんて同じシャドウぐらいなんじゃないのかなー」
     見境無しだね! と続ける樹斉に『まったくだ』と呟いて、女が倒れていた場所を見遣る。
    (「縁を奪う、奪われる。たまったもんじゃないぜ、まったく」)
     無差別篭絡術はラブリンスターの能力である。
    (「できればラブリン救えないかな……」)
     彼女と武蔵坂学園の間にはそれなりの友好関係にあった。もちろんそれはあくまでも『利害関係の一致』を前提としたものであったが。
    (「ラブリンスターさん大丈夫かなぁ」)
     夕月もまた、ラブリンスターの身を内心で案じていた。
    (「今まではさほど脅威だと思っていなかったが、ラブリンスターの能力は実際に使われると非常に危険で厄介だな」)
     懸念するイヅルの視線の先、水鳥がじっと女がいた場所を見つめていた。
     何故そこなのか。タカトが何をたくらんでいるのか。わからないことばかりだ。
    「なんで、橘華中学に……?」
    「ダークネス版武蔵坂学園作ろうとかそんなこと考えてたりして。いや冗談だけどね!」
     漏らした小さな呟きに答える声に驚いて、水鳥がびくん! と体を跳ねさせた。
    「大丈夫だよー、落ち着いて。ね?」
     柔らかな口調でフォローするオリキア。
    「まあ、今回は個人的には愉しかったけどね」
     言いながら杏理は微かに笑みを浮かべる。タカトの企みに加担しようとするセイメイの配下……タカトの企みの阻止のみならず、結果的にセイメイの手駒を削る結果になったのだ。
    「やっぱりなんだか色々ややこしいですね」
     ほう、とセレスティが息を吐く。しかしまあ、この場であれこれ考えていても仕方がない。
    「とりあえず、学園に戻りましょうか」
     彼女の言葉に頷いて、灼滅者たちは帰路につく。

     ダークネスが目指した先……新宿橘華中学に何があるのか。あるいは何が起こるのか。
     ――今はまだ、誰も知らない。

    作者:草薙戒音 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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