集結する光の軍勢~あの人は、雨と共にそこにいる

    作者:菖蒲

    ●rain
     あの人は、雨と共にそこにいる。
     鼻孔を擽る雨の臭いが、彼女の存在を強く認識させた。真白の膚に重なる真紅のドレスはどこまでも美しい。
     雲間から差し込む光の様に――何処からともなく現れた光りに彼女は「ああ」と小さく声を漏らす。

     ――きっと、『彼』の為に動かなくてはならないのだわ。

     武蔵坂学園に通う灼滅者の顔がちらりちらりと浮かぶ。ドレスの裾を持ち上げて、鴉の濡れ羽色の髪をゆっくりと持ちあげた彼女はヴェール越しに光を見詰め指を伸ばす。手袋に包まれたほっそりとした指先は、何も掴まずゆっくりと落ちた。
    「いきましょう」
     ぽつりと零される言葉は雨垂れのよう。ヒールでかつりかつりとアスファルトを踏みしめて、彼女はゆっくりと顔を上げる。
     楽しげに学生達が乗り込むバスの手摺に手を掛けて、女は赤い唇で笑った。
    「『新宿橘華中学』まで往きましょう、そうしましょう。タカトが待っているわ」
     手にした断罪輪が学生の首を切り裂いて、降り注ぐそれを浴びながら花瞼を閉じてせせら笑う。
     ――彼女は、雨と共にそこに居る。

    ●introduction
    『ベヘリタスの卵事件』は記憶に新しい。その事件で暗躍していた光の少年『タカト』とアンデッド化して白の王配下となったクロキバの戦いへと介入した灼滅者たちが、クロキバを打ち取ることに成功した。
     これにより、『白の王セイメイ』の計画に致命的なダメージを与える事が出来た。
    「最期にね、クロキバさんは『新たなクロキバの継承者が出現する』って言い残したらしいの」
     へにゃりと眉を下げた不破・真鶴(中学生エクスブレイン・dn0213)は白の王がクロキバを喪ったことにより、対立していた光の少年側の積極攻勢が目立つ様になったと告げる。
    「光の少年『タカト』はね、ラブリンスターを拉致したの。ラブリンスターの『無差別篭絡術』を使って色んなダークネスを配下に入れようとしてるの」
     大きな作戦に繋がる事は間違いない。
     ――この作戦は予知として断片的だ。武蔵坂に関わった事のあるダークネスであれば、高確率で予知する事が可能だ。
    「それでね、マナが予知できたのは六六六人衆の『レイニィ・レイディ』。
     今は光の軍勢に加わろうとしてる彼女を灼滅できれば、光の少年の目論見を阻止できるかもしれないの!」
     何処か、高揚した様に言う真鶴はレイニィ・レイディについて思い返す。
    『六月の花嫁』を模した雨の臭いを纏った女。灼滅者とは結婚式場で出会っている彼女は無差別に殺人を犯し、その場を後にしている。
    「レイニィ・レイディは『真っ赤な雨』が好き。……だから、血の雨を降らせるの。
     幸福なものは嫌い。結婚式を行ってその絶頂で殺してしまうの。そんな、人」
     惨い人なのだと真鶴は小さく呟いた。
     レイニィ・レイディは現在、『新宿橘華中学』に向けてバスをジャックし移動している。運転手や他の乗客を救出する事が火急速やかに必要になるだろう。
     目的が『タカトの為に』に擦れ違っている以上、『大好きな血の雨を浴びながら新宿橘華中学へ向かう』という考えに摩り替わっているに違いない。
    「移動するレイニィ・レイディを中学校に向かわせない様にして欲しいの。
     合流されちゃったら……きっと、まずいことになる気がするの。なんとしても喰いとめて欲しいの」
     断罪輪で頭ぱぁんなんてシャレにならないのとぞっとした様な顔で真鶴は続けた。
     嫌な予感がする――その言葉を残しながらもエクスブレインは俯く。
    「……喰いとめなきゃ、だめなの。だから、ここは正念場なの。みんな、がんばってなの!」


    参加者
    裏方・クロエ(リア獣を絶対狩る明王・d02109)
    森田・依子(深緋・d02777)
    楯縫・梗花(なもなきもの・d02901)
    烏丸・織絵(黒曜の識者・d03318)
    ルコ・アルカーク(騙り葉紡ぎ・d11729)
    ハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)
    鵠・裄宗(雪恋慕・d34135)

    ■リプレイ


     雨の臭いがする。どこか湿った様な、土に混ざった様な――そんな匂い。
     いけない、部活帰りでつい転寝してしまった。今はどのあたりだろう。もう降りる駅を通り過ぎたかもしれない。
     外は雨が降ったのだろうか、そんな予報は出て居なかった筈だけど……。
    「あら、おはよう。それから、おやすみなさい」


     赤信号はシグナルの様に点滅している。停止線上、ぴったりと止まったまま動かぬバスの呼び出しボタンを押したルコ・アルカーク(騙り葉紡ぎ・d11729)に『SOS』の仕草を見せた運転手の首筋にぴたりと宛がわれた断罪輪。
    「黙って」
     淡々と告げられた女のか細い声音にぴくりと耳を動かした裏方・クロエ(リア獣を絶対狩る明王・d02109)は噂に聞いた女の『凶行』に立腹した様に唇を尖らせる。『芸術的なエコー』が主人の気持ちを感じとったかのように困り顔を浮かべて見せる。
    「エコー、ボク達をお呼びの声が聞こえますですよ」
    「アハ、『招かれざる客』って感じだけどォ」
     間延びした口調の割に、表情は殺意を漲らせ――劈く叫声に高揚感を感じとったかのようにハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)が武器を手にする。彼女の目に映るのは窓硝子を叩き恐怖を訴えかける『物』達の影。
    「壊れちゃってる」
     へらりと浮かべた笑みに、底知れぬ恐怖を感じとり鵠・裄宗(雪恋慕・d34135)は目深に被ったフードを指先で引っ張る。肩口で揺れた柔らかな金の髪が、白雪の様な膚に触れ、生温い風と共に揺れている。
    (「雨のにおい――風流だと思いますけれど……」)
     ちらりと顔を上げたその向こう、窓硝子に押し付けられた男の顔が赤く染まってゆくのが見える。
     ドアの開け放たれたバスにゆっくりと足を踏み入れたガイスト・インビジビリティ(亡霊・d02915)は雨の季節に一度相見えた女の姿をその両眼でしかと見据える。
    「レイディ」
    「お会いしたかしら」
     冗句めかした女の手に握られた断罪輪がすでに息絶えた男の頭上に落とされる。果物が血に落ちる様に呆気ない音と共に周囲に赤を敷き詰めた男の姿に椅子に腰かけたままの子供が大声を上げて泣き出した。
    「レイニィ、私自身、以前交戦後、変更点、有」
     淡々と告げるガイストに女――レイニィ・レイディは可笑しそうに笑っている。その表情は陰鬱とした六六六人衆の物では無い、まるで愛を知った女の様な喜びが満ち溢れている。
     暴力相手(あくゆう)の纏うシフォンのドレスと同じ様に仕立てた真白なドレスを身に纏ったルコが、口を開くことなく楽しげな笑みを浮かべてガイストへと擦り寄った。
     二人とは逆方向――運転手へとゆっくりと近寄ってゆく森田・依子(深緋・d02777)は赤い縁の眼鏡のずれを直しそっと触れる。
    (「大丈夫ですか――動転しているでしょうが、静かに……そのまま聞いて下さい」)
     唇を動かす事無く、想いを伝えるのは師匠であり養父たる英国人魔法使い伝達の技だ。奇天烈な『伝達方向』に小さな叫びをあげかけた運転手の口をそっと塞いだ裄宗が小さく首を振る。
     何事かと通行人の振りをしてバスを眺める楯縫・梗花(なもなきもの・d02901)は鼻孔を擽る雨の臭いと、レイニィ・レイディの歪み切った『性質』を理解できないと眉根を寄せる。
    「たった一人の為に、世界を血に染めて……解せない」
     レイニィ・レイディも、タカトも――それは、最悪の八つ当たりだから。
     苛立ったかのような梗花に同意する様に頷いた烏丸・織絵(黒曜の識者・d03318)は、赤いコートを大きく翻し、鋭い殺気を周囲へと放つ。
    「全く……恋慕だか、何だか知らないが。覚悟も何も無き殺人に意味などあるものか」
     かつん、とヒールが音を立てる。バスを眺める織絵は内部でじりじりと距離を詰める仲間達の動向を見守り溜め息をついた。


     戦闘前に『俺達の日常を邪魔される訳にはいきません。頑張ります。……本当ですよ。頑張ります!』と常識人の様に振る舞って気合を入れていたルコは中性的なかんばせに何時も以上の営業スマイルを張り付けている。
     背の高い青年の女装であれど、それに劣らぬ長身を持ったガイストは『182.1cmの美女』の美貌をしっかりと受けとめられている。
    「気を抜かずに行きましょうねダーリン」
    「……唯一無二、拠り所、存在。現状、毎日、多福感」
     うふ、とガイストの手袋に包まれた手を取ったルコに包帯から覗く漆黒の瞳をきょろりと動かしたガイストが曖昧に笑う。
     対する、レイニィ・レイディは『幸福』という言葉に反応した様に苛立ち、怯え椅子に縋りつく様に座っていた子供の頭へと断罪輪を振り下ろす。
     果実が地面に落ちるかのように呆気なく破裂したソレに厭うことなく、真紅のドレスを更に赤く染め汚れた武器をしっかりと握り直す。
    「……幸福なのね」
    「……。雨、実感為らば、外推奨」
     屋根のあるこの場所は余りにも『雨』には向かぬ。面識ある彼の声にレイニィ・レイディは忌々しげに呟き、ゆっくりと彼へと近づいてゆく。
     ついで、ガイストやルコへと放った攻撃は狭いバスの中では確かな重みを持っていて。
     息を顰めた裄宗と依子は緊張に胸を高鳴らせ、バスの運転手は依子の指示を待つ様に『倒れた振り』をしながら時を待っている。
    (「外に追い出し自分達も外へ出ます。そしたら直ぐ車を発進させ逃げて……」)
     緩く結ったみつあみが揺れる。後方出入り口へと近づくレイニィが倒れた一般人をなぎ倒し、幸福絶頂のカップルへと狙いを定めるが動きと共に煩わしいと乗客たちへと害を為す。
     地面を踏みしめた織絵が唇に弧を描き、梗花へと視線を送る。頷く彼が怪力を使用し、一気に窓ガラスをその拳で叩き割った。
    「よう、お前の幸福を邪魔しに来たぞ」
     跳ね上がった織絵が六六六人衆の腕を掴む。金の瞳が鋭い色を灯し、彼女へ向けて振り翳された断罪輪を素手で受けとめたハレルヤが『痛み』を有さぬ己の身体を活用し、空いたもう片方の腕へと縋りつく。
    「手が千切れたって、喰らい付いてア・ゲ・ル♪」
     少女の様に笑ったハレルヤにとって負傷した『部品』はどうだっていいことだ。どうせまた、拾い集めて付ければ元鞘、今興味があるのは――『絆』という部品で狂った女の心境(パーツ)。
    「絆(それ)だけで、ダークネスも染まっちゃうってすごいよねぇ。
     すり替わった目的でボク達を殺せるかやってみてよお。勿論、外でねえ」


     バスのフロアを蹴り、レイニィ・レイディの身体を内部から押す様に身を投じた依子は唇を噛み締める。
    「タカトの所へなんて行かせるものですか。行かせればもっと雨が降る。それは、御免よ」
     雨の香りは好きだった。自然が生み出す其れは彼女の瞳の色と同じ新緑の香りをさせるから。鮮やかな赤色も好きだった。彼女にとっては例えるならば弟の色なのかもしれないが。
     背を押す力をより強く。彼女の声を聞き、クロエはにぃと唇に笑みを浮かべる。許せないと言う思いは誰とて、同じ。普段は『リア充爆発』とはしゃいでみせる彼女だが、レイニィ・レイディの事を許せるわけではないのだろう。
    「エコー!」
     守手たるエコーが尻尾を揺らし、喰らい付いて離さぬ灼滅者達の支援を行う。強力な力を持ってレイニィ・レイディを引っ張り出した梗花がちらりと顔を上げれば、バスのステップを踏みしめてシフォンのドレスを揺らしたルコが得意の獲物を手に『跳』んだ。
    「邪魔される訳にはいかないんですよ」
     幾ら外道を気取っても、お人よしはそう変わらない。『日常』が為に尽力するルコのクルセイドソードが体勢を崩したレイニィ・レイディの背を傷つける。
     バスから走り降りる依子に続き、ペインキラーで痛みを和らげる裄宗はこの場で『救う』事の出来ない不甲斐なさに切なげに瞳を揺らして溜め息を付いた。
    「鎮痛剤を投与したので、痛みは感じなくなるはず、です。
     ……後で、必ず……病院に行って下さい、ね」
     それだけを言い残してバスから走り降りるその先で、ゆっくりと立ち上がったレイニィ・レイディが断罪輪を手に灼滅者達を苛立った眼差しで見つめていた。
    「……邪魔をしないで」
    「するなと言われてしないわけにもいかないですよ」
     お調子者と言った風貌で笑って見せるクロエの足元から影が大きく伸びあがる。気分を反映する様に編みこんだリボンの色はブルー。何処か沈み切った想いを感じさせる。
    「雨を、降らせましょう」
    「私の赤は、貴女にはあげないわ」
     ゆっくりと近づく依子が武器を軋ませ、地面を蹴る。
     前衛を担当する依子、ガイスト、梗花とエコーとピリオド。後方での支援を優先するクロエ、織絵、ルコ、ハレルヤ。そして回復をメインに立ち回る裄宗の陣営は、守りに徹するかのようにも思える。
     ダメージを分散しながらも、攻撃を宛て撤退を促すには十分の布陣は、灼滅を行うには足りない印象も見受けられた。
    「――要は、ここから立ち去ってくれれば問題はないよぉ。
     死んでくれればもっと嬉しいけどお。ボクが全部咀嚼してあげるから」
     くすくすと笑ったハレルヤが妖の槍を器用に使い、その身を戦いへと投じる。黒い靄を背負った女の死角を付く様に、振り翳した槍の穂先を足場に遣い、ルコが蹴撃を落とす。
    「人の繋がりを断ち切る『絆』なんてのもの、許せないね」
    「ならば、何も背負わぬ雨女を此処で断罪してみせようか」
     梗花が薙ぐ意志を背に槍を器用に使ってレイニィ・レイディへと傷つける。その鋭い一撃に怯んだかのようにレイニィが体を逸らし、鋭い勢いで攻撃を放つ織絵が『一撃』の重みよりも命中を重視し己が使える業を相手へと付与せんと戦線へと望んだ。
     重き攻撃を受けとめて鳴くエコーに歯痒い想いを感じながら、クロエは「報いを受けて貰うですよ」と苛立ちを一気に放つ。


     八人と二匹。十分な数字に対するのは一人。しかし、強力なダークネスの脅威を良く知っている織絵は額から流れる汗を拭い、不和を感じる。
     戦闘を継続して時間の流れはやけに早い。
    「包囲網を緩めるな!」
     声を荒げた織絵が咄嗟に身を捻る。逃がす訳にはいかない、今、ここで――
    「オリオリ!」
    「ああ、解っている!」
     真逆の方向から放った殺人鬼としての一撃。梗花が云わんとする所は織絵にとっても感じられる。包囲を緩めずともそれが瓦解する可能性は十分に示唆されているようなものだ。
     相手は六六六人衆。序列付き。
     バスの中で行われた応酬で、戦闘を思う様に行えぬ中でレイニィ・レイディは自由に戦いを続けていたのだから。
    「忌々しいやつですよねえ」
     小さな舌打ちを一つ。クロエは地面を蹴り、女の動きを止めんと尽力する。低い音を立てた炉の動きを感じながら巨大な腕を振り翳す彼女の横面を叩くレイニィ・レイディの一撃を肩代わりする様に身を投じたエコーが霞みの様に掻き消えた。
    「エコー……!」
     はっと顔を上げたクロエが姿勢を建て直し、続きざまにハレルヤが「イイねえ」と幸福と、感情を振り翳す様に武具を握りしめる。
     地面を蹴り、レイニィ・レイディを蹴倒さんと死角を付いたルコが顔を上げれば、攻撃を受け流したガイストが姿勢をぐらりと揺らす。
    「ダーリン!」
    「!」
     ――流石に、182cmに呼ばれると顔を上げてしまう。
     回復を重ねる裄宗の額に浮かぶ大粒の汗は涼しげな風貌の彼からは余りにも想像がつかぬ。『雪』の様な青年はぎゅっと武具を握りしめ瞳を細めた。
    (「――倒さなくては、いけません……!」)
     喰いとめなくては駄目なのだ。己が、守るべきだと思ったその信念の為に。
     日常を護るべくルコは立つ。信念を武器に梗花は薙ぐ。
     そして、背負うべき者の為に織絵はそのコートを翻した。
    「此処が正念場だな、雨女」
    「……お互いさまね」
     ダウナーな女は織絵の言葉に笑みを深くする。瓦解した前衛の『最後』を付く様に依子へと狙いを定めた一撃に反撃として喰らい付く『牙』が剥かれる。
     擦れ違いざまに放った依子の一撃に、重なったのはハレルヤの槍。
     身を逸らす事の無かったレイニィ・レイディの左目を深く傷つけたそれは裂傷を来たし、大きな叫声へと変わる。
     まるで、血の涙の様にどくりどくりと流れだす紅き血潮に裄宗がびくりと肩を揺らす。
    (「泣いて、いる、様です……」)
     一つのパーツを喪った虚無感を覚えるのはハレルヤ特有の行動なのだろう。
     苛立ちに涙を零し、首をぶんぶんと振ったレイニィが「許さない」と低く囁いた。
     前衛はほぼ機能して居なかった。攻撃を受けとめ続けた依子とガイストは「無念」とも言える様に膝を付き、エコーとピリオドはその姿をかき消した。
     攻撃の命中を高めた後衛たるクロエや梗花が武器を構え、肩で息をしレイニィ・レイディによる『攻撃』に身構える。
    「……諦めましょう」
     ぴたり、と動きを止めたレイニィ・レイディが赤く色づく唇に笑みを含んでルコへと視線を送る。
    「男性であれど寵愛を受けられるなら――なぜ、わたしは」
    「男だと気付いてたんですか?」
     肩を竦め、ワザとらしく驚いたそぶりを見せる彼に六六六人衆は瞳を揺らし、小さく笑う。女は、案外『ズル賢い』生き物なのよ、と。
    「ここで灼滅(し)んだら意味が無いわ」
    「生に、意味を、感じるのですか」
     おずおずと問い掛ける裄宗に彼女はくすくすと笑みを漏らす。
     感情とは生に結び付く最も不躾で、最低なシステムだ。幸福もそのシステムから与えられる。彼女の感じた惨めさも、依子の感じる不快感も、ハレルヤの感じた虚無さえも、それから与えられるものだ。
     故に、彼女は云う。
    「生きていたいわ。でも、死んで貰うわ」
    「どうして」
    「……わたしが、生きているという証左を得る為に」
     武器を握り、包囲網を突破せんと走り出す。後衛位置から武器を構え、それでも尚と向かう彼女へと降り注ぐ無数の攻撃に怯んだ様にヒールの踵が鳴る。
     バスの走り去った方向を眺めた裄宗が小さく黙祷を一つ行い、死屍累々とした車内で少しでも生き残る人が多ければと祈る様に梗花が瞬いた。
     傷を負いながら、美しい美貌を歪めた女は灼滅者の前から姿を消した。
    「次は必ず、報いを受けて貰おう」
     ぐっと拳に力を込めた織絵は女の駆けだした方角を見据える。
     彼女は雨のにおいを連れてくる。

    作者:菖蒲 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:失敗…
    得票:格好よかった 6/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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