花酔ローズガーデン

    ●Giovanna Redi.
     日常はありふれていて、毎日が特別。
     一日一日はいつだって、何処かの誰かにとっての大切な日だと云う。
     秋めく季節に深まる薔薇を愛でる一日だって――とある誰かの、或いはあなたにとっての特別なひとときになるかもしれない。

     霜月。冬を呼ぶ寒風が増してきた頃。
    「もうすぐ、廃園になってしまう薔薇園があるの」
     ジョバンナ・レディ(中学生サウンドソルジャー・dn0216)は、羽織ったストールの裾をキュッと握りしめた。
     都内近郊で古くから営まれていた庭園なのだが、今年で経営者が亡くなってしまったことで、この秋いっぱいで門を閉じてしまうのだと云う。
    「ずっと気になっていたのだけど、どうしてもタイミングが合わなくて……廃園する前に、行ってみようかと思うの」
     あなたもいかが? と、ジョバンナは薄紅の瞳を細めて微笑んだ。
     曰く、今年も沢山の薔薇が咲き揃い、花壇の手入れもめいっぱいに施されているという。まるで、今年で廃園してしまうとは思えない程にだ。
     薔薇の品種も様々。華やかなイングリッシュローズから、香り高いオールドローズまで、数多くの花が揃っている。パンフレット片手に、お気に入りの薔薇を探してみるのも良いだろう。
     街外れで騒音もなく、昼でも夜でものどかに過ごせるという。
     特に夜は最終日の記念にライトアップされ、数多の光が薔薇たちを艶やかに飾るのだ。
    「薔薇園の中には屋内カフェもあって、薔薇にまつわるメニューが数多く取り扱われているのよ。
     スコーンやフレンチトーストには薔薇のジャムを添えて……ローズフレーバーの紅茶もあるみたいだから、寒い今の季節にはぴったりね」
     廃園前日ということである程度の自由が許されており、自作のお菓子やお気に入りのフレーバーを持ち寄って、お茶会を開いても良いのだという。
     カフェテラスからは、薔薇園一帯を見渡せる。この風景を眺められるのも、今日という一日限り。
     この庭園の薔薇たちには、もう今年にしか出逢うことはできない。
    「だからこそ……この目に焼き付けておきたいの。出逢うことは一度きりでも、覚え続けている限り、薔薇たちは心の中で咲き続けるから」
     声音は静かに、けれど薔薇にも負けないめいっぱいの笑顔を咲かせて、ジョバンナは語る。

     ――春よりも深みを増した薔薇たちの住処へ、あなたも遊びに来ては如何だろう?


    ■リプレイ


     ゆっくり優雅に、静かなティータイムを嗜むのはせりあと九十九の二人。
     お転婆なせりあにしては珍しく、今日は上品な佇まい。ふと九十九が呟いたのは、ちょっとしたからかいの言葉。
    「なんだかせりあさんがお嬢様みたいに見えてきました……。これが薔薇園の魔法……?」
    「も、もう! 九十九ちゃん、ボクれっきとしたお嬢様なんだからね!?」
     思わず地を出し、頬を膨らますせりあ。
     でもこうして仲直りもできて、九十九と楽しくお茶会ができて。楽しい時間はゆるやかに過ぎてゆく。

     ふわり、秋風がワンピースのフリルを揺らす。
     どちらがお好き? と雛がジョバンナへ薔薇の好みを訊ねれば、彼女も目移りして悩んでいる様子。
     一方のエステルは、大好きな雛へぎゅーっと抱きついてデートを楽しんで。
     そして、優雅な御茶会の時間。雛お手製のスコーンに、薔薇の炭酸水。ジャムに合わせれば、舌にも花咲く薔薇の味。
     すると突然エステルが、雛の頬へ口づけた。
    「ん、雛ちゃんほっぺ付いてるの♪」
    「きゃっ……もう、エステル。そういうのは二人きりの時に、ね?」
     仲睦まじい二人の姿に、「まあ、お二人とも仲良しなのね……!」とジョバンナは顔を真っ赤にさせた。

    「お誕生日、おめでとう。元気そうで、なによりっす」
    「千結さん……! ありがとうっ。久しぶりに逢えて嬉しいわ」
     贈り物を大事そうに受け取ったジョバンナと別れ、千結と銘子は園内のカフェへと訪れる。
     銘子が注文したのは、ジョバンナから勧められた薔薇のタルト。
     タルトの上に薄くスライスした林檎を花弁のように重ね、そこにジャムを加えた贅沢な一品だ。
    「ねえのっち、分け合いましょ。なっちゃんも食べる?」
     そう訊ねながら切り分けると、なっちゃんは上機嫌に大きく口を開ける。
     図々しいっすよ……! と千結は窘めるけれど、銘子は折角だから共有しないとねと微笑んで、足元の霊犬『仙』を優しく撫でた。

     この見事な薔薇達とも、今日がお別れとは何とも惜しい。
     陽だまりに咲く薔薇達を眺めるティノの傍らで、ふと伊織は訊ねる。
    「ティノさんはどの薔薇が好みなんだろう。ダマスクス、センチフォリア、アルバとか色々あるけれど」
    「好みですか……その中だと、アルバでしょうか」
     他に挙げるならばブルームーンもであろうか。ティノの答えを聞き、伊織も成程と納得したように頷く。
     華美過ぎず、楚々とした風情は確かにあの庭園に相応しい。
     伊織は思いつく。後で薔薇の大苗を頂けないか、訊ねてみようと。
     花檻さんが育てて下さるなら歓迎しますわよ? ――そう、ティノも微笑む。

     晴れ晴れとした秋空の下、仲睦まじく庭園を歩くのはミルドレッドと瑠羽奈だ。
     仲良く手を繋いで、まるで本当の姉妹のよう。掌から伝わる温もりは、陽だまりよりも朗らかで。
     ミルドレッドは妹分の瑠羽奈へと優しく微笑みながら、薔薇の品種や花言葉を分かりやすく説く。
     そうして楽しく会話をしているうち、趣味の読書の話題へ。
     薔薇園の姫に恋する、一人の少年の物語。夢中になって話す瑠羽奈が愛らしく見えて、二人の時間はゆっくりと過ぎてゆく。
    「ボクも読んでみたいかな。貸してくれる?」
    「ええ、お貸しいたしますね。今度、感想を話し合いましょう♪」

    「誰かに誰かがいるように、君にも君が良い誰かがいる――僕はその一人。……それだけ」
     ぱちり、瞳を瞬かせ。セーメの言葉に、何処か拍子抜けした様子で昴は狼狽える。
    (「え……っと、怒ってるとかじゃなくて、そういう話なのか?」)
     闇堕ちから救われて数ヶ月。迷惑も手間も掛け、改めてそれを咎められるのかと思いきや。昴へと告げられたのは思いやりの言葉だった。
     セーメは話を区切るように「さあ食べよう、冷めてしまうよ」とトーストを切り分けて微笑む。
     今日はご馳走になるけれど――また一緒に出かけるその時は割り勘でも良いよ、と。

     カフェの中でも最も見晴らしの良い席で、景色を眺める霧夜と巽。
     こうして居ると懐かしく想う。己の実家の庭にも、立派な薔薇園が広がっていたと、故郷を懐かしみながら巽が紡げば。
    「……それは羨ましいな」
     霧夜からのその言葉に、若き執事は微かな驚きを胸に秘め、常の穏やかな微笑を湛えて。
    「宜しければ後ほど園内を散策致しましょう。是非、私に案内させて下さいませ」
     いつか貴方を故郷へご案内したい――この願いは、我儘だと心に仕舞い込んで。
    「時間はある……ゆっくり回るとしよう」
     その前にまずはティータイム、だが。そう霧夜が呟いた所で、温かな紅茶と薔薇ジャムのスコーンが運ばれる。

     薔薇のジャムとクラッカーを手にとる銀次を見やり、凍氷は溜息混じりに一言。
    「お前、本当に甘いもんが好きだな」
     そんな彼に「あぁ」と軽く返して前を見れば、凍氷の鞄から覗く水筒に着目する銀次。
     それ、と指差して問いただせば、それは凍氷お手製の汁粉。だが彼としては、この場に相応しくないと出し渋っていたものだ。
     銀次にひょいと水筒を奪われて焦る凍氷。けれど汁粉を味わった後に銀次が呟いた言葉は。
    「有難う。これが一番うまい」
     小さく零したそれを聞き、凍氷は驚きで目を丸くして閉口する。
     徐々に熱くなる頬――嗚呼、無意識でこれだから、質が、悪い。

     こんなに素敵な薔薇園が廃園だなんて勿体無いと、安寿は残念そうに呟く。
     すぐ向かいの席に腰掛ける陽己も、今日はこの庭園を目に焼き付けておこうと微笑む。
     勿論、カフェのメニューも堪能して。安寿はフレンチトーストを切り分け、陽己へと差し出す。
    「太治くんも食べてみる? はい、あーん!」
     周りを確認したのち、陽己は気恥ずかしげに「あ、あーん……」と口を開ける。
    「ん、うん、うまいな。水沢も食べるか? このクッキー」
     味わってみると、中々の美味。お返しにと安寿にも自分のクッキーを口許へ運んで。
     薔薇の香りと共に、時間は甘く緩やかに過ぎ行く。

    「今日こそアイツと白黒つけてやるわ! 必殺☆クリスボディブロー!!」
    「だああーっ!? お、おのれ肉焼き少女……!」
     ジョバンナへ誕生日を祝ったのち、クリスは普段のノリで花深めがけて突撃(物理)をかます。
     本日も絶好調である。二人のやり取りを微笑ましげに眺めているジョバンナへ、声をかけたのは恵理だ。
    「ねえ、ジョバンナ。お誕生日に自分が贈物をしてみるなんて趣向は如何かしら」
     私からの贈物でもあるのだけれど、と笑みを添えて。ドレスをまとい、バイオリンを構える恵理の姿は優美なる令嬢そのもの。
     カフェテラスで恵理が口上を述べたのち、高らかな歌声と、バイオリンの豊かな音色が織り重なる。

     ――また、お菓子を手作りしてきました。
     香乃果がそう声を掛ければ、花深は待ってましたとばかりに笑みを湛える。
     今回の菓子は、庭園に因んで薔薇を型どったマドレーヌ。礼を述べて花深が一口頬張ると、バターの優しい甘味が口に広がる。
     美味しそうに食べるその姿に、香乃果は嬉しそうに口許を緩める。
     楽しい会話の最中、窓から見える一面の薔薇をふと見る香乃果。
     やはり、今日で廃園になることが惜しいと想う。
    「でもこうして気高く鮮やかに咲く薔薇達と出逢えて良かった。今日の事、忘れないです。ずっと……」
    「そうだな……今日限りの出逢い、大切に覚え続けていようぜ。明日には門が閉じてしまうからこそ、な」

    「ジョバンナさん、お久しぶりですわっ!」
    「まあ! 洋子さん、エリザベートさん。来て下さってたのね……!」
    「お誕生日、おめでとうジョバンナ先輩!」
     カフェの席に着き、洋子とエリザベートはジョバンナの誕生日を祝う。
     エリザベートが照れ臭そうに笑いながら差し出してくれたのは、二人で頑張って作ったケーキ。
     宜しければ一緒に食べません? と洋子が訊ねれば、「もちろん大歓迎よっ」とジョバンナも満面の笑みを湛えた。
     テーブルに広がる甘い香り、そして窓から見える薔薇一面の景色。そして傍には大切な友達。
     こんなに贅沢な誕生日はないわ、とジョバンナが幸せそうに笑えば、洋子もエリザベートもほっと満足した。


     陽が緩やかに傾き始める。
     黄昏色を花弁に滲ませた白い薔薇を愛でるのは夜音だ。
    (「白いお花……夕方の、お空の色になってる。先生も、白い花が好きだったの」)
     記憶の中に息衝く『先生』を想いながらも、心に深く仕舞って。
     庭園をもう一周しようと夜音は緩やかに歩むと、見慣れた一つの人影がこちらへ手を振ってくれている。
     その姿に、花深くんだと安心して微笑み、夜音は手を振り返した。
     おしまいの薔薇園さん、夢見心地なこの空間を抜けるには、まだはやい。

     剪定した枝を何本か分けてもらいたいというのが、智以子の願いだった。
    「ここの薔薇たちの子供を、すこしでも残せる手伝いがしたいの。どうか、お願いしますなの」
     ぺこりと頭を下げ、頼み込む智以子。
     花達を大切にしたい智以子の強い想いが通じ、管理の代理人は剪定した蕾の枝を何本か彼女へと託す。
     己の掌より更に小さな、命の欠片。大事に育てようと心に決めた。
     そして、薔薇達が庭園で迎える最後の夜。
     この幻想的な庭園に言葉は無粋。流希は静かに、薔薇を眺めて夜を過ごす。

     まり達二人が贈り物として選んだのは、彼女の名に因んだジャンヌダルクという薔薇の苗。
    「とっても素敵……あたしには勿体無いくらい」
    「いいえ、そんなことないですよ。頑張る女の子は眩しくて、可愛くて、素敵だって私は想うんです」
     不安や悪い事を全部抱えたとしても、希望を忘れないままならば、きっと闇にも囚われない筈だと。
     まりが紡ぐ優しい言葉を受け、ジョバンナは嬉涙を滲ませる。
     薄紅の眸は、夜露を孕んだ薔薇のようだとまりは感じた。
     門扉が閉じられる、今宵の花園。
     もう出逢えなくとも、記憶の底で抱き留めたなら――ずっと薔薇達と共に居られる気がした。

     メルキューレとリノに呼ばれ、席を共にするジョバンナ。こうしてお茶会をするのも、学園祭以来であろうか。
     二人で一緒に選んだという贈り物は、枯れぬ赤薔薇を閉じ込めたプリザーブドフラワードーム。
     内蔵されたオルゴールが奏でる音色は、薇を巻いてからのお楽しみ。
    「まあ綺麗……! どうもありがとう。今日と云う一日にぴったりね」
    「改めてお誕生日おめでとうございます。これからも、貴女が歩み、歌う道に、春の陽だまりのような優しい光が照らしますよう」
     メルキューレはそう穏やかに、祝福の言葉を贈る。
    「えへへ、ジョバンナちゃんお誕生日おめでとうやんね。あとね、もう一つ!」
     テーブルに一つの小箱を置くリノ。そっと中を開けてみると――そこには愛らしいベリー味のマカロン。
     憶えててくれてたの? とジョバンナは感激と共に瞳を細める。
     枯れぬ薔薇のごとく、咲き続けるは笑みと会話の花。

     ガーベラにも劣らぬほど色彩豊かな薔薇達。
     一つ一つの薔薇の品種や花言葉を見事に言い当てる瞳へ、陽桜は目をキラキラ輝かせ。
     携帯を取り出すと――はらり、舞い散る一枚の花弁。それを拾い上げ、瞳は優しげに呟いた。
    「今日の想い出に押し花もイイかしら……ね?」
    「すごい良いアイディアなの! 散った花弁からならお花を傷つけることもないし、綺麗なの選んで、だね」
     庵胡ちゃんも一緒に探そー? と陽桜が声を掛ければ、瞳の相棒たる霊犬・庵胡も元気よく一鳴き。
     今宵という日の思い出を美しく、押し花として形に残して――。

    「お姉様、家族ってどんなものですか?」
     静かな夜の御茶会を過ごすうち、緋頼はりんごへそう訊ねる。
     一考し、りんごが一言で表した家族とは『帰る場所』であった。離れていても通じ合える、心の帰る場所だと。
    「わたくしは、貴方の帰る場所になれるかしら?」
     りんごはくす、と微笑んで緋頼へ訊ね返した。
     ――貴方が望むなら、わたくしはいつだって共にいますよ。
     不安さえも全て包み込むように、りんごは『妹』を優しく抱きしめる。
     ――ありがとうございます。
     仄かに生まれた安心感を憶え、緋頼は『姉』の胸の中でそっと瞳を伏せた。

     折角のデートだけれど、もうこの美しい庭園には二度と来られない。その寂しさに、顔を曇らせる曜灯。
    「確かに勿体ないけど、大丈夫だよ。俺達が一緒に居る限り、いつでも思い出せる。だから終わらないよ」
     ――これからもたくさん、見ていこう。綺麗な景色を。
     勇介は、曜灯の小さな肩をそっと抱き寄せる。
     にこりと笑った勇介の顔は、何だか頼もしく感じた。彼はいつもそうだ。その瞳は、いつだって真っ直ぐで。
    「うん、ゆうすけがそう言ってくれるなら、あたしも嬉しいわ」
     さあ、薔薇を目で堪能したなら、気になる薔薇の紅茶を楽しみにカフェへと向かおう。

     光を身籠り、咲き溢る秋薔薇達。
     テーブルには温かなミルクチャイに、依子とイコは互いに茶菓子を持ち寄って。
     わたしベリーが大好きなんですと、イコは依子のパウンドケーキを頬張り笑みを綻ばせ。
     林檎のクラフティはこの秋の時期にぴったり。頬を緩めて依子も舌鼓。
    「ねぇ、イコちゃん。今日を覚えていましょうね」
     依子はそう語りかける。庭の門が閉じてしまうのは寂しいけれど、この出逢いは胸にずっとしまって。
    「――はい、二人で見送るこの庭は記憶に咲かせるの」
     そう囁くイコの星色の眸は柔らかに細まり、きらめきを帯びる。
     解けない魔法のように、今宵の想い出はいつまでも花開くと――。

     薔薇を眺めながらふと、迦月は遥香へと好きな薔薇の品種を訊ねる。
     手は繋いだまま、うーんと遥香は悩んだ末、
    「……あ、でもこういうのが好き! これ、すごく『薔薇!』って感じ、しませんか?」
     指し示したのは、真っ赤に色づくオールドローズ。
     迦月曰く、色々と参考にさせて貰うとのことだが――何の参考かは未だ秘密だと云う。
     散策の最中にジョバンナを見つけ、二人は祝いの言葉を送る。
     手ぶらな迦月に悪戯っぽく微笑み、「じゃあこれ、二人からってことでー♪」と遥香が贈ったのはクッキーを包んだ小袋だ。
     贈り物を大事そうに受け取り、「まあ……! 迦月さん、遥香さん、ありがとうっ」と娘は声を弾ませる。
     そしてジョバンナへも品種の好みを問うと、彼女は愛しげに花壇へと視線を送る。そこに咲くのは、亡きオペラ女優の名を冠す大輪の薔薇。
    (「こっちは将来、舞台に立った彼女に渡す為の……気が早過ぎるかな」)
     けれど迦月が遥香達へ花を届ける時は、きっと遠からず訪れるだろう。

     ひとしきり薔薇を愛でたのち、京哉は霞をダンスへと誘う。
     庭園の開けたスペースに、降り注がれる月光は照明のようで。
    「……えっと、踊ったこと無いのですが大丈夫でしょうか?」
     霞は戸惑の色を顔に滲ませるが、京哉は常の飄々とした笑みを浮かべ。
    「大丈夫、オレもダンスは全然だから。でも霞ちゃんとなら、素敵なステップが踏めるよ」
     霞は先輩に楽しんで貰えるよう、緊張を胸に抱きながらもその誘いに応えた。
     彼女に合わせ、ステップを刻む京哉。ふわり、霞の淡色の緩やかな髪が夜風に踊る。
     二人きりの舞踏は、静かに、ゆるやかに続いてゆく――。

     繋いだ手から伝わる温もり。その嬉しさに思わず瑠璃の唇から、笑みが毀れる。
     ――桜も、とても美しいけれど……薔薇も神秘的、なのね。
     瑠璃が零す吐息は、神秘的な美しさへの感嘆だ。
     蒼妃も彼女の言葉に、改めて庭園を見渡す。どの薔薇も色彩に溢れ、見惚れてしまうものばかり。
    「とても綺麗だけれど……瑠璃さんも負けてないよ」
     瑠璃の宵の黒眸を真っ直ぐ見つめ、蒼妃は確りと告げた。彼の想いを受け、瑠璃の頬は薔薇にも似た色に染まって。
    「貴方に……そう、言って頂けるのが……瑠璃、一番幸せ、よ」
     繋いだ手に小さな力を込めてそう囁やけば、蒼妃も頬を緩めて。
     握り返した互いの手は、いつまでも離れることはない。

     今回は俺がゆーさんの手を引く番だと、紫月は彼女の手をそっと握る。
     柚羽は彼に手を引かれ、静かな足取りで庭園を歩む。目に映るのは、光に愛された赤薔薇達。
     花弁の色で様々な意味を持つのだと柚羽が語ると、紫月は関心を持って耳を傾ける。
     赤は、柚羽がよく身につける色。なので紫月は赤薔薇の花壇を選んで歩んでいたのだ、が。
    「もし好みじゃなかったら、すまない……」
    「赤い色、好きですよ。不安そうな顔しないでください」
     柚羽は空いた片手で紫月の頬に触れて微笑む。
     彼女の言葉を聞き、ホッと息を吐く紫月。触れられた手はひんやりとしていた。
     ――あと一歩がまだ進めない。もどかしさは、夜風と共に二人の心を震わせて。

     緩やかに薔薇園を巡るのは、エアンと百花だ。
    「もも、薔薇図鑑のあぷりを入れてきたの♪」
     片手には携帯、もう片方には、愛する彼の掌を重ねて。
     薔薇と図鑑を見比べながら、百花はエアンと会話の花を咲かす。
     お気に入り見つかった? と訊ねる百花へ、エアンはにっこり微笑み彼女を見つめて。
     ――柔らかなローズブラウンの髪へ、そっと優しい口づけを落とす。
    「俺の一番、かな。ももは俺だけのバラだから」
     エアンの言葉に、心も頬も薔薇のように色づく百花。
    「ももだって、どんな薔薇よりも……何よりもえあんさんが一番なの」
     勿論、彼と共に見たこの薔薇達も、ふたりの大切な想い出。
     いつまでも色鮮やかに――。

    作者:貴志まほろば 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月29日
    難度:簡単
    参加:48人
    結果:成功!
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