集結する光の軍勢~『雷娘』、再び

     そのアンブレイカブルは、『雷娘(いかずちむすめ)』と呼ばれていた。
     何かに導かれ、北を目指していたはずだった。道中、敵であるはずの灼滅者の助けさえ得ながら。
     しかし、その目的を果たすより先に……その身は、まばゆい光に飲み込まれた。
     反射的に抗おうとするも、光は、『雷娘』の心にするりと滑り込んでいく。
    「私が拳を振るうのは……タカト……様のため……」
     その意識が書き換えられる。まるで、何かに憑かれたかのように。
     それから程なくして。
    「うおっ!?」
     近くを通りがかった路線バスの正面に、立ちはだかる『雷娘』の姿があった。
     ドアを蹴破り、運転手の胸ぐらをつかむと、
    「命が惜しければ、これから私が指示する場所に行け。いいな?」
     尋常でない膂力の前に、断れば命がないことを、運転手も本能的に察していた。
    「そ、それで、どこに行けば?」
    「……『新宿橘華中学』」
     ぽつりと、しかし明確に、その名は告げられた。

    「光の少年『タカト』とクロキバとの戦いに介入した灼滅者たちが、クロキバを討ち取る事に成功した」
     そう報告する初雪崎・杏(高校生エクスブレイン・dn0225)の心情は、少し複雑なものだった。
    「配下であるアンデッド化したクロキバを失った事で、白の王の計画は致命的なダメージを受けたに違いない。しかし、その反面、白の王と敵対していた光の少年『タカト』が動きを活発化させてしまうようだ」
     『タカト』は、先日拉致したラブリンスター……その『無差別篭絡術』を利用して、多くのダークネスを洗脳、配下に組み入れようとしている。 その軍勢を使い、何か大きな作戦を行うつもりらしいのだ。
     だが、『タカト』の力によるものか、この作戦に関する予知は断片的で、全てを阻止する事は難しい。
     ただし、以前武蔵坂学園に関わった事があり、なんらかの『絆』があるダークネスについては、かなりの確率で予知する事が可能なようだ。
    「今回予知できたのは、以前、日本海の北側へ向かおうとしていた格闘家アンブレイカブル、通称『雷娘』だ」
     羽虫型ベヘリタスの襲撃を受けて窮地に陥っていたところを、灼滅者が救出したという経緯がある。
     元々業大老の配下だったが、今や『タカト』の下僕だ。
    「『雷娘』との接触可能地点は、埼玉県内のガソリンスタンド。給油のため停車しているところだ」
     幸い乗客はいないので、運転手1人の安全を確保してくれればいい。
     ガソリンスタンドでの戦闘は危険を伴うため、近くにある公園まで誘導するのが望ましい。誘導手段は、皆に一任する。
     以前の『雷娘』は弱体化していたが、今回はストリートファイター、そしてバトルオーラのサイキックを自在に操る万全の状態である。
    「以前『雷娘』を助けた灼滅者たちは、正々堂々の戦いを望んでいたが、まさか洗脳という形となるとはな……」
     灼滅者とダークネス。
     相容れぬ者同士だとしても、横やりが入るのは納得できない……杏はそんな表情をしていた。
    「だとしても、『タカト』の行動は阻止しなければならない。しかし、ここで戦力を削いだとしても、『タカト』が黙っているはずもないだろうが」
     大きな戦いの予感が、杏の胸中で渦巻いていた。


    参加者
    森野・逢紗(万華鏡・d00135)
    古室・智以子(花笑う・d01029)
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    伊勢・雪緒(待雪想・d06823)
    赤松・鶉(蒼き猛禽・d11006)
    分福茶・猯(不思議系ぽこにゃん・d13504)
    石神・鸞(仙人掌侍女・d24539)
    陽乃下・鳳花(高校生ストリートファイター・d33801)

    ■リプレイ

    ●接触
    「卑怯な手を好まないのに乗っ取りなんて……もしも凄く急いでいたせいなら、作戦決行が近いのでしょうか?」
     いぶかる伊勢・雪緒(待雪想・d06823)が『雷娘』の姿を認めたのは、バスの中。
    「しばらくぶりなの」
     給油中のバスに近づくと、古室・智以子(花笑う・d01029)が運転席の横に立つ『雷娘』をねめつけた。
    「いつぞやの貸し、返してもらいに来たの」
    「何の事? 貸しなどないわ」
     相手の反応に、眉根を寄せる智以子。
    「覚えていないの……?」
    「これも『無差別篭絡術』のせい? まあとりあえず、ちょっと一発勝負しよっか。正々堂々、力比べと行こうよ」
    「なあに、時間は取らせんのじゃ」
     陽乃下・鳳花(高校生ストリートファイター・d33801)や分福茶・猯(不思議系ぽこにゃん・d13504)の呼び掛けに、『雷娘』は一歩踏み出しかけて、
    「……いや、私には目指す場所がある。私の勝手で遅れるわけにはいかないの」
     私の勝手、という言葉に『雷娘』の本心を感じたギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)が、恭しく一礼する。
    「初めまして、マドモアゼル『雷娘(フィーユ・ド・フードル)』。自分は武蔵坂学園所属の、『黒風暴(カラブラン)』っす」
    「倒す相手の名前以外、覚えるつもりはないわ」
    「ま、そう言わずに。こうして出会ったのも何かの縁。含むところも恨みも何にも無いっすけど、綺麗さっぱり後腐れ無くやり合いやしょうや。それがアンブレイカブルの本懐っしょ?」
     ギィ、そして他の灼滅者の意志の固さを察したか。
     『雷娘』は、はあ、とため息1つ。
    「先に進むには、いずれにしても戦わなければならないようね。……いいわ。私も拳で語る方が性に合っているし」
    「一般人がいては、私たちは心配で力を発揮できませんわ。あくまで堂々と勝負をしたいのです。――場所を変えましょう」
    「構わないわ」
     赤松・鶉(蒼き猛禽・d11006)の誘いに乗り、『雷娘』が構えを解いたのを見て、運転手との間に割って入る石神・鸞(仙人掌侍女・d24539)。
    「お怪我はありませんか?」
    「あ、ああ……よくわかんねえけど、助かった、でいいんだよな?」
    「ええ、もう心配無用です。お騒がせしました」
     雪緒に優しく話しかけられると、運転手が安堵でへたりこんだ。
    「さあ、こちらよ、『雷娘』さん」
     森野・逢紗(万華鏡・d00135)に招かれ、後を追う『雷娘』。
    (「灼滅せずに済むならそれもいいのだけど……しかしまあ、つくづく狙われやすい子なのねぇ」)
     背後のダークネスを振り返り、逢紗は思っていた。

    ●相対
     無人の公園で、改めて向き合う灼滅者と『雷娘』。
     二者を中心に、殺気が広がる。
    「それじゃ、一つ手合わせ申し込むっす。……『殲具解放』」
    「さぁ、試合開始です――『雷娘』!」
     ギィが無敵斬艦刀『剥守割砕』を抜き放ち、鶉がリングコスチュームに身を包む。
    「『雷娘』の名に懸けて、砕いてあげるわ。雷の如き速さで」
    「それでは……いくのじゃ!」
     相手の名乗りを受け、猯が戦端を開いた。
    「貴女にとって、タカトって何?」
     智以子の拳に、問いが重なる。
    「我が主。それ以上でも以下でもないわ」
     腕を弾く『雷娘』に迷いはない。
    「急に上司が変わっても、そのことにすら疑問を持てない……怖いねー大変だねー」
     ウイングキャットをそばに呼び出し、鳳花が肩をすくめる。
    「ま、安心しなよ。ここでちゃんと終わりにしてあげられるように、頑張るからさ。嫌じゃん、心を弄られたまま生きるなんて」
     後方支援に回る鳳花の前に、鸞が進み出る。
    「このような対決は不本意かもしれませんが、対峙する以上は全力を尽くさせていただきましょう」
     至近距離からのオーラキャノン。
     しかし、上体をそらし、回避する『雷娘』。その前髪の幾本かが、宙を舞う。
    「揺るがぬ生き方のアンブレイカブルには、敬意すらあるのだけど……それさえ変えてしまうのだから、『無差別篭絡術』の力は恐ろしいものね」
     逢紗の髪の両脇、白毛部分が、耳のようにぴこぴこ動く。気合の入った証拠だ。
     それは腕にも伝播し、鬼神の力を宿して振り下ろされる。
     どぉん!
    「この程度!」
     土煙の中から飛び出す『雷娘』。逢紗のナノナノのしゃぼん玉を、腕で強引に薙ぎ払う。
     だが、間髪入れず、ギィが斬りかかる。
    「せめて、最期に満足出来る戦いを贈るっすね」
     黒の軌跡を描き、斬艦刀が振り下ろされる。
     しかし寸前で、『雷娘』の両手が、その分厚い刃を挟み込んでいた。白羽取りだ。
    「バスを乗っ取り行った先で、何をする心算だったのです?」
     そこへ雪緒が、ガトリングガンを突きつける。
    「知ったことじゃないわ。でも、武を誇るダークネスを集めているのだもの、大きな戦を起こすに違いない。獄魔覇獄の再来よ!」
    「アンブレイカブルらしい答えですね……!」
     礼の代わりとして、弾丸をばらまく雪緒。
     その隙に死角を突き、鶉のドロップキックが炸裂する。
    「どうです……なっ!?」
     『雷娘』が、鶉の足を掴んでいた。
    「この程度の技で私を倒すつもり?」
    「ドヤ顔しとる場合か?」
     『雷娘』の背後に、猯が回っていた。手のひらに蓄えたありったけの闘気を叩きつける。
    「虫に追われたり洗脳されたりと同情に値するが、所詮は敵じゃしな」
     それに対する『雷娘』の判断は、一瞬。
     鶉を放り投げた遠心力で向きを変えると、オーラキャノンを両手で弾く。
    「次はこちらの番!」
     『雷娘』が、猯との間合いを詰める。その右腕には、雷撃がまとわれている。
    「むっ!」
    「させません」
     拳が触れる寸前、猯の体が突き飛ばされる。
    「石神どの……!」
     抗雷撃が、鸞にヒットした。雷がその全身を貫く。
     鸞とともに宙に舞い上がる『雷娘』の姿は、地より立ち上る雷の龍。
    「力とは自身の想いを形にする手段であり、その先にある物によって変わる物でごさいます」
     空中に押し上げられながら、問う鸞。
     かつて力及ばず今の身となった鸞は、
    「『雷娘』様が、何を望んで力を求め振るうのか、今一度お聞かせ願えますか?」
    「自らが武の頂点に立つこと! それ以外に興味はないわ!」
     着地する『雷娘』の背後で、鸞が地面に叩きつけられた。
     傷ついたその体に、光の輪の列が飛来した。
     鳳花からサイキックエナジーが注がれ、ダメージを癒していく。
    「いいわ、何度でも立ち上がりなさい。同じだけ叩きのめしてあげる」
     『雷娘』の腕が、ばちり、と帯電した。

    ●死合
    「絆を奪われて、偽りの絆を植え付けられて……貴方の行いは、傍から見ると酷く滑稽なの」
     智以子の蹴撃が、『雷娘』のガードを崩し、炎となってその身を焼く。
     まだまだ倒れるには早い。仲間の奮戦を目の当たりにした鸞が、ありったけの薬を飲み込む。身を焼くような熱とともに、再び前線へと走る。
     その横を、逢紗のダイダロスベルトが、追い越す。
     空中を無尽に翔け、弾かれてもいなされても、『雷娘』の身を執拗に切り裂く。
    「格闘家としては武器に頼るのは好ましくないけれど、あなたたちのそれは、体の一部のようね!」
    「アンブレイカブルからそう言ってもらえると、灼滅者冥利に尽きるわ」
     応えた逢紗と入れ替わるようにして、ギィが、斬艦刀で十字を描く。それは相手の肉体のみならず精神さえ切り裂く技。
     だが、『雷娘』が目を見開いた瞬間、十字光が霧散する。
    「ははっ、そうでなくっちゃ面白くないっす!」
     血がたぎるのを感じ、ギィが笑う。
    「なら、真っ向から攻めるまでです……!」
     雪緒の拳が、『雷娘』へと降り注ぐ。横殴りの雨のように。
     さらに、八風の六文銭射撃が加わり、嵐のごとき様相となる。
     徐々に後退していく『雷娘』に、鶉が追いすがった。握った五指に、これまでの研鑽をこめ、放つ。まっすぐな拳が、加護を砕く。
     そして、仲間が傷つくそばから、鳳花とウイングキャットのコンビが、治療していく。
    「自分の行動に疑いなど微塵もないようじゃが、宇宙服着て『Standby……』とか機械音声が出る玩具っぽい物を取り付けた人のセンスってどう思うかね?」
     猯の連打を浴びつつ、『雷娘』は怪訝そうに眉をひそめる。
    「よくわからないけど……力の強さは、外見とは無関係よ」
    「ふむ。お前さんにまだ正直な心があって安心したぞい」
    「どういう意味かしら?」
     カウンター気味に、『雷娘』がオーラを撃ち出す。狙いは、猯の背後にいた鶉。
    「来なさい! あなたの技、受けきってあげますわ!」
     闘気の奔流に飲み込まれても、膝をつくことはしない。

    ●解放
     智以子のバベルブレイカーや、逢紗の妖の槍が、体を次々貫く。
     それでも『雷娘』の挙動は、衰えない。少なくとも、そう見えた。
    「拳は砕けないわ……!」
    「こっちだって、この程度じゃまだ倒れないっすよ」
     斬艦刀を盾に、拳を受け止めるギィ。返す刀で『雷娘』の腕を裂く。
    「負けません、勝って帰るのです! 八風、援護を!」
     雪緒の不可視の刃、そして八風の実体の刃が、左右から『雷娘』を切り裂く。
    「皆様もう少しなのですー!」
     猯の祭霊光や鸞の集気法が、『雷娘』の猛攻をしのぐ。
    「ボクがいる以上、誰も倒れたりしないから!」
     癒す鳳花の視線の先では、ウイングキャットが、『雷娘』とパンチの応酬を繰り広げる。
    「猫と殴り合う日が来るなんて! ……ぐっ!?」
     鶉が『雷娘』をつかむと、そのままローラーダッシュで走り出した。
     加速がついたところで『雷娘』を離すと、跳び上がる鶉。
     とっさに『雷娘』が全身をバネのように使い、抗雷撃を放つ。
     空中で交錯する二者……しかし、着地と同時、倒れたのは『雷娘』の方だった。
    「これで……少しでも満足できましたか?」
    「戦いの中で倒れるなら本望だわ」
     大の字に伏した『雷娘』を、炎が包んでいく。
    「以前会った時、灼滅せずに見逃した事、間違いだったとは思わないの。でも、甘いと批難をされても仕方がないとも思う」
     智以子は言う。そのせいで、今回の件が起こったのもまた事実だと。
    「だから、きっちりと落とし前は付けたの」
    「それでいいわ……2度も情けをかけられるなんて、まっぴらだもの」
    「『2度』……? 貴方、記憶が……!?」
     驚く智以子に、力ない笑みをのぞかせる『雷娘』。
     ならば、と猯がたずねる。
    「最期に1つ確かめさせてくれ。北を目指した理由を」
    「業大老様の、元に……」
    「なるほどの。奴はサルベージされたと聞くぞ」
    「そう……一目お会いしたかったわ」
     そして『雷娘』は炎の中に消えた。道着の一片も残さずに。
    「できれば灼滅などしたくはなかったのだけれど」
     『雷娘』のいた場所を見つめながら、逢紗は思う。『タカト』との戦いで力を貸してほしかった、と。
     智以子の心にも、『タカト』を止めるという新たな決意が生まれる。
     もう少し話したかったのぅ、と思いつつ、公園の後片付けに勤しむ猯。鸞が、それを手伝う。
    「『雷娘』の行先は『新宿橘華中学』、でしたか、ラブリンスターさんもそこに?」
    「こう直接的かつ強制的に配下を増やせる術を手に入れた『タカト』って、厄介だね」
     雪緒や鳳花は、次なる戦いの予感を感じ取る。
     そしてそれは、もう間近に迫っているのかも知れない。

    作者:七尾マサムネ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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