●独りよがりな語り手は
寒々しい風が吹き抜ける星空の下、廃墟の柱に背を預けている男が一人。
白いタキシードを着込んでいるその男はステッキで小さなリズムを取りながら、小さく何かを語っている。風が吹くたびに口を閉ざし、ゆっくりと空を仰いでいく。
男の名は、四壁。かつて、武蔵坂学園の灼滅者と相対したタタリガミ。
四壁はふとした調子で瞳を閉ざし、小さな息を吐き出した。
「……すまない。お前達に聞かせられそうな物語はないみたいだ」
何処かへ向けて薄く微笑むとともに、壁から背を離して歩き――。
「っ!」
――不意に、四壁の視界を眩い光が覆った。
四壁はよろめき立ち止まる。
一呼吸分の間を置いた後、顔を上げ……。
「なるほど、確かにそれはあなたの物語に相応しい」
四壁は踵を返し、街の方へ向かって歩き出す。
目指すは新宿橘華中学。ここからではやや遠い。
ならば、何らかの足が必要で……。
●夕暮れ時の教室にて
灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(大学生エクスブレイン・dn0020)は、真剣な表情で説明を開始した。
「ベヘリタスの卵の事件で暗躍していた光の少年と、アンデッド化して白の王配下となったクロキバとの戦いに介入した皆さんが、見事、クロキバを討ち取る事に成功したようです」
これにより、白の王セイメイの計画に致命的なダメージを与える事ができただろう。また、最後に正気を取り戻したクロキバは、自分が灼滅される事で、新たなクロキバの継承者が出現すると言い残している。
「クロキバを継承する者が誰になるかはわからりませんが、大殊勲と言っても過言ではないでしょう。しかし、クロキバを失った白の王弱体化により、白の王と敵対していた光の少年タカトたちの積極攻勢にもつながってしまったみたいです」
光の少年タカトは、拉致したラブリンスターを利用し、多くのダークネスを無差別籠絡術を利用して配下に組み入れようとしている。
しかし、武蔵坂学園に関わった事があり何らかの形で絆があるダークネスについては、かなりの確率で予知する事が可能なようだ。
「皆さんには、かつて武蔵坂学園と関わり、今また、光の軍勢に加わろうとしているダークネスの灼滅に向かって欲しいんです。ここで戦力を減らすことができなければ、光の少年タカトを阻止する事ができなくなるかもしれませんので」
続いて……と、葉月は地図を広げた。
「ここに集まった皆さんに相対して頂くのは、タタリガミ・四壁。かつて、廃線となった路線の駅にて都市伝説・幽霊列車を作り出し、灼滅者を前に幽霊列車を吸収することなく逃亡した方……ですね」
姿は白いタキシードを着こみステッキを携えている男。
力量は、一人で灼滅者八人と同等程度。
戦いにおいては妨害を重視した立ち回りをしてくる。技は、無数の都市伝説を放ち複数人を何度も攻撃させる言霊百鬼夜行。複数人の動きを止める事実語り。一人に対して偽りの感情を植え付け行動を狂わす嘘語り。そして、自らの傷を癒やし攻撃能力を高める噂語り。
「そして接触位置ですが……」
葉月は広げた地図の一角。町外れの国道を指し示した。
「皆さんが赴く日の夕方ごろ。人払いを行った上で、この場所の車道を封鎖して下さい」
四壁は命令に従い新宿橘華中学へと向かうため、一台のバスをジャックした。故に、まずはバスを停止させる必要がある。
その上で四壁を抑えつつ、乗客や運転手を退避させる。
本格的な戦いはその後に……と言った流れとなるだろう。
「以上で説明を終了します」
葉月は地図など必要な物を手渡し、締めくくった。
「これはきっと、なにか大きな事が起きる前触れ。その大きな事に備えるためにも、敵戦力を削っておきましょう。より良い未来を目指すためにも……。ですので、どうか全力での戦いを。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」
参加者 | |
---|---|
銀・紫桜里(桜華剣征・d07253) |
桐淵・荒蓮(タカアシガニ調教師・d10261) |
穹・恒汰(本日晴天につき・d11264) |
東雲・菜々乃(読書の秋なのですよ・d18427) |
鳳仙・刀真(一振りの刀・d19247) |
日輪・義和(汝は人狼なりや・d27914) |
御伽・百々(人造百鬼夜行・d33264) |
サイレン・エイティーン(嘘月トリックスター・d33414) |
●町外れの国道を封鎖せよ
静寂に向かい、空が炎のような赤に染まり始めていく夕刻頃。町外れ、トラックを始めとする様々な車が行き交うはずの国道にエンジン音は響かない。
バスをジャックし新宿橘華中学を目指しているタタリガミ・四壁を迎え討つため、灼滅者たちは力を用いて周辺一帯を封鎖した。
無理やり突破されてしまう危険もあるだろうと、今は新宿橘華中学へと繋がる道にバリケードを設置している最中。
地面に張り巡らせ、上からプラスチック製ネットを装着。カラーコーンやセーフティーライトを設置して、交通整備員の衣装に身を包んでいる桐淵・荒蓮(タカアシガニ調教師・d10261)は満足気にうなずいていく。
「よっし、だいぶ形になってきたな!」
「これはこっちで良いんだっけ?」
穹・恒汰(本日晴天につき・d11264)が示したのは、封鎖を示すバリケード。
「ああ、それは鉄条網の奥に設置してくれ。そうすれば、バスは止まるハズさ!」
指示と共にサムズアップ。
頷き返して作業へと戻った恒汰は、それにしても……と静かな言葉を口にした。
「ラブリンスターはどうなったんだろう、ちょっと心配」
今回の件は全て、タカトがラブリンスターを拉致しその力を利用したことに寄って引き起こされたもの。
様々なダークネスに影響を与えるラブリンスターの能力の強さを感じながら、恒汰は気を引き締め作業に戻る。
時刻は夕刻、街の方角から夕食の匂いが香り始めていく時間。いつ、四壁の乗ったバスがやって来てもおかしくはないのだから……。
仲間たちからだいぶ離れた場所。四壁の乗るバスがやって来るだろう方角の側道で、一人自転車に腰掛けている鳳仙・刀真(一振りの刀・d19247)。
隙なくその方角を見据える中、二つほど先の信号にて止まった一台のバスを発見した。
他に、車の気配はない。
「ターゲットがきました。ESP解除を」
刀真は素早く仲間に連絡し、自転車で走り出す姿勢を取っていく。
数十秒後、信号を超えてきたバスが刀真の横を通り抜けた。
すかさず刀真は後を追いかける。
少しずつ、距離を話されても、問題はない。
いずれ止まるはずだから。
罠が止めてくれるはずだから……!
「……無事成功、だな」
程なくして、バスはタイヤをパンクさせてバリケード一歩手前で静止する。
刀真が自転車を乗り捨てて駆ける中、トラップ付近に隠れていた荒蓮はガッツポーズ。
「よっしゃ! DVDも役に立つな!」
次の段階へ移るのだと、素早く行動を開始する……。
●救出作戦
危険と感じたか、エンジン音も止まったバス。
鉄の箱と化した存在の出入り口、運転席に近い前側を、恒汰は力任せにこじ開けた。
視線の先には、恐怖に歪んでいる運転手。
傍らには、冷静に状況を把握しようとしているステッキを携えた白いタキシード姿の男……四壁!
恒汰は更に一歩踏み込んだ、制止を促す交通標識を四壁に向かって振り下ろした!
「っ!」
ステッキに阻まれながらも、力を込めて抑えこみにかかっていく。
「来いよ四壁、お前の相手は乗客じゃなくてオレらだろ? お前の物語とやら、ちょっとばかし付き合ってやるよ!」
「……成る程。しかし、今は時ではありません。君たちに物語を語る時では……」
言葉を遮るように、ウイングキャットのイチが魔法を放った。
更には荒蓮が踏み込んで、足に向けて光り輝く刃を突き出す。
「俺は鳴神抜刀流、霧淵荒蓮。……紛い物の術に籠絡されてホイホイ釣られた馬鹿というのはお前か?」
「久しぶりだね素敵紳士」
サイレン・エイティーン(嘘月トリックスター・d33414)はウイングキャットのアルレッキーノを向かわせながら、四壁に静かに微笑みかけて行く。
その間を、東雲・菜々乃(読書の秋なのですよ・d18427)は巧みに潜り抜けた。
逃げ道の少ない運転手を導くため、運転手の側から四壁に向かってドリル状に回転する杭を突き出していく。
「どこにいくのです? 逃げ癖のついた駒はどこでもいらない子なのですよ」
「さあて、君たちには関係のない……」
恒汰を跳ね除け、体を捻り逃れた先。
待ち構えていたウイングキャットの猫さんが、魔法を放つ。
僅かに動きを鈍らせていくさまを横目に一歩前へと移動して、運転手が逃げるための隙間を作り出した。
「今のうちに逃げて下さいなのです」
「は、はいっ!」
這い出るように、バスから逃げ出していく運転手。
横目で見送りながら、刀真は警告を促す交通標識を掲げた。
「後方援護はあまり得意ではありませんが、そうも言ってられませんね。そう簡単にはやらせはしませんよ」
一方、バス中央部の扉をこじ開け突入した三名は、乗客の避難誘導にあたっていた。
「急いで、だが注意して、外に出た後は街へと逃げてくれ」
「大丈夫だ、慌てる必要ない。僕たちが守る」
御伽・百々(人造百鬼夜行・d33264)が外へと導く中、日輪・義和(汝は人狼なりや・d27914)は視線で四壁を牽制しつつ声を上げていく。
一方、銀・紫桜里(桜華剣征・d07253)は老婆の手を引いていた。
「大丈夫、大丈夫ですからねー。落ち着いて、落ち着いて……」
優しい声音で語りかけ、少しずつ歩みを進ませていく。
避難誘導が終わったのは、突入してから約三分後。その頃、戦線は……。
●語り部は誰を聞き手に選ぶ?
灼滅者たちが自らに意識を向けさせるよう注意して行動していたからだろう。乗客、及び運転手に被害を出すことなく、四壁を押さえ込むことができていた。
避難誘導が終わった後、灼滅者たちは息を合わせてバスの外へと脱出。追いかけてきた四壁を、合流を果たした灼滅者たちは迎え討つ。
義和は一部に金色の飾りをつけた刀身長めの居合刀の切っ先を、四壁へと突きつけた。
「よりよい未来……ね。……ふん」
語りかけるわけでもなく呟きながら、ただ静かに告げていく。
「来い。日輪の金狼が相手になろう」
「……」
四壁は目を細め、ステッキで地面を軽く叩いた。
「本来なら君たちにも世界にも語る物語はないはずでしたが……よろしい! ならば聞かせて上げましょう。今、この時間に相応しい物語を!」
語りだしたのは、実在する事件の話。
心揺さぶり動きを鈍らそうとしてくる言の葉を、義和は鼻を鳴らしてはねのけた。
「……ふん。どろっこしいのは嫌いではないが、苦手でね。僕は分かりやすくいかせてもらう」
告げると共に踏み込んで、刀に紅蓮のオーラを走らせ振り下ろす。
ステッキに阻まれていく中、義和の影から紫桜里が飛び出した。
「……行きます」
自らを奮い立たせるような言葉とともに鋏を振るい、脇腹の辺りを切り裂いた。
痛みを感じる様子もなく、義和をはねのけていく四壁。
ならばと、百々は語っていく。
「四壁、物語を語るのは貴様だけではない」
手に持つのは、禁帯出の白紙本。
読んだ者を霊界に引きずり込むと言われている貸出禁止の本。
語るのは、怨霊武者。
仇を探して夜な夜な動きまわる怨霊を纏った鎧武者の物語。
語るうち、四壁が視線を向けてきた。
受け止めながら、百々は告げていく。
「これより始まるは物語の語り合い。さしずめ百物語と、でも行こうではないか」
「あんたが作った幽霊列車、ボクが頂いたから。自分が語りだした物語、自分で味わいな!」
提案に乗るかのように、サイレンもまた車掌帽をかぶりながら語り出す。
黄泉に魂を迷いなく導く列車の物語を。
かつて、四壁が作り出した物語を!
抗いきれぬ力の奔流を浴びた四壁は、それでも倒れる事も吹っ飛ぶこともなく、よろめきながらも立ち続けた。
「ならば、このような話はいかがでしょう。それは誰かが語り始めた――」
紡がれゆくは、噂話。
昇華すれば都市伝説となるかもしれない、傷を癒やし力を高めるための物語。
特に気に留めることもなく、菜々乃は足に炎を宿して踏み込んだ。
「ブレイクは任せましたです」
四壁が抱くだろう加護を砕いて欲しいと願いながら、自身は猫さんの放つ魔法に合わせ炎のキック。
右肩へと掠めさせ、その白きタキシードを炎上させて……。
前衛を厚くする一方で治療役も二人配置したからだろう。庇うに容易く癒やすのも楽な戦い……終始リードを保つことができていた。
呪縛も刻まれ、どこか語る勢いも失せているように感じる四壁。
体をひねった勢いを殺しきれずよろめいた瞬間を見逃さず、百々は影を放つ。
「サイレン、今だ」
促され、サイレンは影に飲み込まれていく四壁を見据えていく。
再び、幽霊列車の物語を紡いでいく。
「あんたの魂も導くよ。天国か地獄かは車掌に聞きな。でも、タカトの所へ寄り道はさせない」
「なるほど……」
浴びながらも、四壁は影をはねのけた。
「だが、生憎だが天国も地獄も俺が語るべき場所ではない。君たちを倒し、向かわねばならない」
宣言にも似た言葉の後、紡がれたのは偽りと明示された物語。
力の矛先は、サイレン。
恒汰は瞬時に読み取り、サイレンに向かって光を放った。
「誰ひとりとして惑わさせせたりなんかしない!」
「そうですね。最後まで全力を尽くせるよう整えましょう」
刀真が頷き返し、サイレンへと符を投げる。
さなかには荒蓮が大地を蹴り、大上段から斬りかかった!
「お前は何処にも行かせない!」
「荒蓮さん、屈んで下さいなのです!」
菜々乃に願われるまま、荒蓮は四壁を斜めに切り裂いた後にしゃがみ込む。
願った菜々乃は跳躍し、荒蓮を飛び越える形でキックを放った。
胸元をしたたかに打ち据えられ後方へとよろめくも、四壁の語りは止まらない。
「ならば、押し通るまで。さあ、語りましょう、世界へと向ける物語を! 俺のための物語を!」
一つ、二つと短い物語を紡ぐたび、戦場には歪な影が出現する。
前衛へと襲いかかっていくその歪な影。
勢いがないと、紫桜里は目を細める。
恐らくは、今まで刻んできたから。
動きを封じる技を、攻撃を鈍らせていく技を。
むろん、四壁を蝕む技も刻んできた。だから、きっと……。
「畳みかけましょう……!」
終幕へ導くのだと、紫桜里は影の合間を抜けるように駆け出した。
猫さんが、イチが、アルレッキーノが拘束の魔法を放ち四壁を捉える中、逃げ道はないと告げるかのように刀を閃かせる。
赤が紡がれたのは、四壁の後ろ足。
姿勢を崩していく四壁に、注がれていく打撃、斬撃。
徐々に勢いを弱めていく物語を聞きながら、紫桜里は振り向き上段の構えをとった。
「これで……、終わりですッ!!」
縦一文字に振り下ろし、四壁の頭を捉え地に伏せさせる。
うつ伏せになったまま動かなくなっていく四壁には、サイレンが近づき問いかけた。
「ねえ、最後にいい? あんた、結局誰の為に語りたかったの?」
いつもの笑顔を潜めたまま、ただ、真剣に。
四壁は薄く微笑み、唇を震わせた。
「さあな。俺も知らん、見たこともない。ただ、いるかもしれない、そんな存在に……」
言葉は半ばにて途切れ、風に紛れる頃には四壁自身も消えていた。
しばし消えた場所を見つめていたサイレンは、静かな息を紡ぐとともに顔を上げ……。
戦いを終えた灼滅者たちは各々の治療、及びバリケードなどの撤去を開始した。
バスだけはどうやっても動かせないからしかたない……そんな言葉を交わす中、義和は四壁の消えた場所へと視線を向けた。
「すまない――とも、思わないがね。光の少年タカトとやらと合流させるわけにはいかなくてね」
手向けにも似た言の葉は、風に運ばれ空へと向かう。
やがては散りゆき消えていく。
義和は鼻を鳴らし、仲間たちへと向き直った。
片付けが終わったら、帰還しよう。
ゆっくりと体を休めよう。
これから始まる戦いを、万全の状態で迎えるために……!
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年11月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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