集結する光の軍勢~這い出でる狂気の老婆

    作者:君島世界


    「ヒーヒヒヒ、ヒィーッヒッヒッヒ……開いて縫ってまた開く……イッヒッヒ」
     日の光は決して差さぬ地下迷宮、その最奥には、おびただしい数の屍蝋を灯明に、人知れず呻く狂った老婆がいた。
     その名は『ヤガロヅ・ミグレダ』。白の王セイメイの手先であるノーライフキングである。ひとたびセイメイの仰せあらば、己の手勢を、実力をもってして武蔵坂学園を苦しめ、その戦に大いに貢献するつもりであった。
     また数を増やした手持ちのアンデッドを強化すべく、ヤガロヅが迷宮内の霊安室へと向かう途中のことである。
    「……なんじゃ、このまばゆい光は!」
     突如として現れた謎の光を、ヤガロヅは正面から見た。その正体を知らぬままにヤガロヅは、手にした樫の杖を振りかざし、瞬く間に霊体打撃の術法をくみ上げる。
    「キェエエエイ! このヤガロヅを舐めたが報いよ、霧散するが良い……わ……ぁ?」
     しかしヤガロヅ渾身の一撃は、何にも命中することなく。
     カラン、と、樫の杖が落ちた。それをのろのろと拾い上げたヤガロヅの目に、新たな狂気の火が灯る。老婆の水晶歯がニヤリと輝いた。

     数時間後。
     あるタクシー運転手は信じられないものを見た。
    「お……お客さん!?」
    「口答えするな若造め! いいからさっさとオレを、タカト様のおわす場所へ、『新宿橘華中学』まで連れてゆけ! 急げェ!」
     それは自分の運転するワンボックスのタクシーを、文字通り片手で捕まえる老婆の姿である。
    「あ、は、は、はいィ……っ!」
     淀んだ、底知れぬ怖気を垣間見せるその目に、運転手はもはやなすすべなく、従うほかにない事を悟るのであった。
     

    「今回の作戦は、あの光の少年『タカト』と関係のあるものですわ」
     灼滅者たちを集めた鷹取・仁鴉(中学生エクスブレイン・dn0144)は、ざわめきを前に話を始める。
    「ベヘリタスの卵の件で暗躍していた『タカト』と、アンデッド化して白の王『セイメイ』の配下となった『クロキバ』との戦い。武蔵坂学園はこれに介入し、見事クロキバを討ち取ることに成功しましたわ。
     これはもう、紛れもなく大殊勲ですの。セイメイの計画には、致命的なダメージを与えることができたはずですわ。
     また、灼滅の直前に正気を取り戻したクロキバは、新たなクロキバの継承者が出現すると言い残しておりますの。これが何者になるかはまだ判りませんが、覚えておくべき情報ですわね」
     続ける。
    「さて、クロキバを失ったセイメイは弱体化し、これはタカト陣営の積極的攻勢に繋がってしまったようですの。
     タカトは拉致した『ラブリンスター』を利用し、その無差別篭絡術を利用して多くのダークネスを配下に組み入れようとしていますわ。おそらく、それらを元に何か大きな作戦を行おうとしているのでしょう。
     タカトの持つ力の影響でしょうか、この作戦についての予知は断片的でして、その全てを阻止することは非常に難しいと言わざるを得ませんの。ですが、我々武蔵坂学園と関わったことがあり、なんらかの『絆』をもつダークネスについては、かなりの確率で予知することが可能なようですわ。
     それらの動きを阻止することが、今回の作戦の目的ですの」
     と、仁鴉は資料をホワイトボードに張り出していく。ノーライフキング、ヤガロヅ・ミグレダ。本来なら大迷宮にて防御を固め、灼滅どころか接触すら厳しい難敵である。
    「ここでタカトの、光の軍勢の戦力を減らすことができなければ、彼らを止めることができなくなるかもしれません。ヤガロヅの灼滅を、皆様にはお願いいたしますわ」

     ヤガロヅ・ミグレダ。白の王セイメイ配下として、武蔵坂学園のことを強く敵視していたダークネスであった。
     ヤガロヅは己の拠点を捨てた後、神奈川県相模原市内でタクシーをハイジャックし、中央自動車道経由で『新宿橘華中学』へと向かっているようだ。その途中、府中四谷橋付近でなら、移動中のヤガロヅと接触できるだろう。タクシーを止め、運転手を救出してから、ヤガロヅとの戦闘を始めてほしい。
     ヤガロヅが使うサイキックは、エクソシスト・『殺人注射』・『神霊剣』に相当する。ポジションはクラッシャーだ。タカトとの合流を急ぐからか、今回は手勢のアンデッドを一切連れていないため、灼滅するなら千載一遇のチャンスと言えるだろう。

     話を聞いた柿崎・泰若(高校生殺人鬼・dn0056)は、珍しくシリアスな顔で腕を組む。
    「新宿橘華中学へのダークネスの大移動……これは放ってはおけないわね。私に手伝えることがあったら、なんでも言って頂戴」
    「でしたら私は、戦場へ向かわれる皆様のご無事を祈らせていただきますわ。タカトの思惑が何であれ、集合して終わりということには、ならなさそうな気がしますの。
     できれば未然に防げれば、それが一番良いのですけれど――」
     仁鴉はそう呟いて、窓から学園の外を見た。
     肌寒い風が吹きはじめている。


    参加者
    ポンパドール・ガレット(火翼の王・d00268)
    病葉・眠兎(紙月夢奏・d03104)
    小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)
    木通・心葉(パープルトリガー・d05961)
    太治・陽己(薄暮を行く・d09343)
    汐崎・和泉(碧嵐・d09685)
    逆島・映(中学生シャドウハンター・d18706)
    型破・命(金剛不壊の華・d28675)

    ■リプレイ

    ●橋上戦~停止要求
     府中四谷橋上に低く広く並べられた障害物は、首尾よくとは言い切れないが、タクシーを止めることには成功した。ダークネスの強制によって、信号無視法定速度超過で突っ込んできた車両は、視界外であった低高度ブロックに乗り上げスピンしかけるも、運転手の急ブレーキで減速、その車体をガードレールに擦り付けることで事なきを得る。
    「運転手さん!」
     潜伏地点から対向車線を突っ切って、小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)が運転席へと向かう。怯えた目の運転手はこちらに気付くと、助けてくれと、ドア越しでも聞こえる程の大声を出した。
    「(頑丈な車体に感謝ですね……)」
     思いつつ、車体とドアに手をかけ、ロックのかかったそれを力任せに引き剥がす。さらにシートベルトに阻まれ自力で出てこれない運転手を助け出すべく、優雨は車内へと身を入れて――。
     ――ヤガロヅ・ミグレダの視線に晒されることとなった。
     弾かれるように、優雨は運転手を引いて車外へ脱出する。バックアップに駆けつけた病葉・眠兎(紙月夢奏・d03104)が救出を引き継ぎ、優雨は頭痛と悪寒を堪えながら後退した。
    「小鳥遊さん……刀自はこちらに気付いておいでだ! 気をつけろ!」
    「ああ、あ、あああああ!」
     発狂寸前といった運転手を抑え、眠兎も間合いを離す。一気に膨れ上がった敵の殺意は、もはや一般人をかばいながら相手できるようなものではない!
    「――まずは運転手さんを、確保しましょう」
    「ひい、ば、化物ババアがーッ!」
     なおも暴れる運転手を持て余していると、欄干に立ってタクシーを見下ろしている型破・命(金剛不壊の華・d28675)が声をかけてくる。
    「待ちな眠兎。そこの旦那ァひどく怯えてるようだしよ、己れが少し眠らせてやらあ」
     と、命は魂鎮めの風で運転手を眠らせた。視線はタクシーに注いだまま、口元を隠す。
    「愛車がオシャカにされてるトコは見たくねぇだろうしな」
     既にヤガロヅの乗ったタクシーは、灼滅者たちに包囲されていた。未然に強行突破を防ぐため、まずはその足を奪うつもりだ。
    「…………」
     穏やかに寝息を立てる運転手を、眠兎が仲間に預けようとしたところで、逆島・映(中学生シャドウハンター・d18706)が彼の身体を支えた。
    「もう大丈夫ですよ。無関係の方には怪我をさせられません」
     優しく言って、速やかに退いて行く映。一方、タクシーを包囲している木通・心葉(パープルトリガー・d05961)は、ウィングキャットの天月にゃん葉に命じて遠距離からタイヤをパンクさせた。
    「これで、足止めはできましたけど――」
    「映たちは行って。大丈夫、戻ってくるまでにやられるたりはしない」
    「――はい!」
     橋を降りていく映たちを、心葉はしかし見送ることはできない。後部座席でじっと動かないヤガロヅの姿を、縫い付けるように凝視する。
    「下ごしらえは済んだ。ならば残るは、こちらにおいで頂くのみだ」
     太治・陽己(薄暮を行く・d09343)は車の後ろに立ち、するりと刃物を抜いた。よく手入れされたそれは、自動車ぐらいだったら真っ二つにできるであろう自慢の業物だ。
    「へへ、前門の虎後門の狼ってな。――タカトんトコに行こうったって、そうはさせねーぞ!」
    「そうそう、オレらを全員倒さねぇとここから先は行かせねーぜってなぁ!」
     資材を怪力無双で手早く積み上げたポンパドール・ガレット(火翼の王・d00268)は、即席のバリケードの上に立って宣戦布告する。汐崎・和泉(碧嵐・d09685)も同じようにして、タクシー内のダークネスに指を突きつけた。
     橋上に不気味な沈黙が訪れる。陽己の殺界形成で、周囲の一般人は全員遠くへと去ったのだろう――と。
    「ヒーヒヒヒ、ヒィーッヒッヒッヒ……」
     まるで地の底から響くかのような哄笑が、周囲の何もかもを震わせ始めた。

    ●橋上戦~妖婆跳梁
     タクシーの自動ドアが開く。取り囲む灼滅者たちが息を呑んで見つめる中、屍王ヤガロヅは意外にも優雅な体運びで下車した。猫背ながらもドアを静かに閉め、杖を突き、張り付いた邪悪な微笑で周囲を見回して。
    「首、七つ」
     ドス黒い声色でそう言った。
     おとなしくやられまいと、戦いの先手を取ったのは優雨だ。身を低くして駆け上がる。アスファルト上を走るクロスグレイブが、塵煙を巻き上げた。
    「御命、頂戴――!」
    「思いあがるんじゃないよ、若造が」
     全力の一撃を、持ち上げた杖のガードで受けるヤガロヅ。ヂ、と背筋を登る悪寒を敏く感じ取って、優雨は即座に身を翻した。足先に焦がれるような痛みが走るが――。
    「お前さんがヤガのババアだな!」
     ――欄干から前方宙返り、踵落としにグラインドファイアを叩き付ける命。ヤガロヅの脳天を割るつもりの一撃は、僅かにずらされ鎖骨に当たる。
    「……ま、聞くまでもねェか」
    「おやおや、ヤンチャな足だねぇ……もいで芋虫を繋いでやろうか!」
     ヤガロヅは本気だ。掴みにかかる指が届く前に、命はその位置を離れた。侮蔑の舌打ちが消える前に、心葉は視界外から縛霊撃をかち上げる。
    「当てた――!」
    「当てただけだねえ?」
     およそ肉というモノの見えない、枯れ木のようなヤガロヅの老体は……否。
     この感触は最早巨岩のそれである。心葉は数歩の間合いを保ち、穿つべき点を見定める。
    「ヒッヒヒ、オレに挑むとはどんな馬鹿かと思えば想像以上の馬鹿だねお前たちは。さあてそれじゃあご褒美の時間だよ……死んで苦しめェ!」
     開いた指先に赤黒い爪が伸びる。そこから染み出す黄色の液体ごと一舐めすると、ヤガロヅは何かに気付いたように反転し、橋のふもとを見た。
    「おったわ、馬鹿の筆頭が!」
     ましらのように橋上を跳ねるヤガロヅ。その行く先には、戦闘へ戻るべく急ぐ映の姿があった。
    「馬鹿め、何故逃げぬ小娘!」
    「――っ! 仲間を見捨てて逃げるなんて!」
     チ、と爪が映の肌を掠る。斬り返しのクルセイドスラッシュを受けヤガロヅは退くが、みるみる青くなる映の顔色を眺め、三日月に唇を歪ませた。
    「おおおおおおおぉ!」
     その背を一番に追ったポンパドールが叫ぶ。仲間を傷つける者への怒りに満ちた視線が、まばゆく輝いてヤガロヅを射た。
    「よくもやってくれたな、おれの仲間を!」
     その正しい怒りに応えたかのように、聖剣もまた力を発揮する。振り下ろされ、阻まれた刃筋を境に、邪悪なる魔女と聖戦士とが拮抗した。
    「ミグレダ刀自……やはり、主と仰ぐ相手を変えましたか」
     シールドリングを映のフォローに飛ばし、眠兎はヤガロヅに問う。刀自――すなわち年上の女性に対する敬称に込めた慇懃の心持ちを、巧妙に隠して。
    「あの白の王への忠誠はその程度だったので?」
    「白の王だぁ? ハン、何かと思えばそんなこと、オレの主は唯一タカト様のみよ!」
    「……左様ですか」
     問答に手応え無し。眠兎は口を閉ざし、すると待ち構えていた陽己が前に出る。
     ヤガロヅが牽制に振り払う長杖が、その膝の動きを遮った。しかし陽己はそこで止まることなく、杖の引きに合わせて自ら身体を投げ、間合いに割り込む。
    「小癪!」
     飛びかかるようにして、陽己は鬼神変を叩き込んだ。勢い余っての前転から立ち、残心に構える。
    「馬鹿はそちらだ、ミグレダ。俺たち程度相手にできないようでは、タカトの所に行っても大した役には立てまい」
    「まぐれ当たりの増上慢に舐めた口をきくでないわ、小童!」
    「それも違うさ――汐崎、行け!」
     と、和泉が相棒の霊犬ハルと息を合わせ、レーヴァテインと斬魔刀との重ね斬りを仕掛けた。縦列での接近から一気に左右へ別れ、判断を迷わせたことが決め手となる。
    「ぐぅうっ!」
    「ははっ――」
     斬音は一つ。遅れての悲鳴を、ヤガロヅは水晶歯で噛み潰す。
    「――これは、迷宮に引きこもってたアンタを灼滅する『チャンス』なんだ。つまりオレたちは、アンタを格好の獲物としてしか考えちゃいないぜ?」
    「そうかい」
     カン、とヤガロヅが杖で地面を叩いた。

    ●橋上戦~妖婆跋扈
    「同じことを2度3度言わせようだなんて、矢張り馬鹿だねェお前たちは!
     ならばこうして、生きたまま脳を腐らせて屍人形にしてやるわい……ヒーッヒッヒ!」
     杖の落ちたところから、地獄の釜としか言い様のない何かが迫り上がってくる。続いて噴出した瘴気の蛇が、まずあのタクシーを一瞬にして錆びた鉄屑へと変えた!
    「這い回れィ!」
     蛇は、バリケードもブロックも、何もかもを微塵に砕いていく。剣を構え、それに正面切って対するはポンパドールだ。まずの一合で弾き飛ばされるも、咄嗟に足場を蹴り、追いすがる!
    「ミャオン!」
    「だいじょうぶ、だいじょうぶだよチャル! こんどこそ守ってみせる!」
     ウイングキャットのチャルダッシュが心配そうに鳴くのを、笑みで返す。蛇が首をもたげるところを、再びポンパドールは立ちはだかり、身代わりの壁と化した。
    「ふわりん、お願い!」
    「ナノ!」
     主従阿吽の呼吸で、映はナノナノのふわりんにふわふわハートを頼む。自身は間合いを詰め、ヤガロヅに接近戦を挑んだ。
    「愚策! また毒を喰らいたいかえ!?」
    「それはもう嫌だけど!」
     爪のカウンターを振り切り、映はトラウナックルでヤガロヅを殴りつける。その衝撃を通じて、トラウマを引き摺り出した感触があった。
    「お返しっ。今度はあなたが、嫌な思い出に悩まされるといいよ」
    「そんな人生も後残りわずかだがな」
     ザザン、と。
     平らな橋上にできたほんの小さな死角を辿り、陽己はヤガロヅに肉薄していた。卓越した技術をもって刃を腱に対し精確に入れ、一息に断つ。
    「な、にィ!」
    「――――――ハ」
     笑みらしきものを浮かべて、陽己はヤガロヅの血をくぐる。その敵を挟んで反対側、符をかざして歩み来るは心葉。
    「成れ、五星結界符」
     手放された五枚の符は心葉の周囲を水平に旋回し、間に攻性防壁を形成する。
    「ヤガロツの言うとおりだ、当てるだけさボクは。外さないってことでもあるけど」
    「考えた……いや、ハナからそれが狙いかァ小娘!」
     さらに拡大した防壁は、触れた瞬間にヤガロヅを弾き飛ばした。重ねられてきたエフェクトが、目に見える形で灼滅者たちへと利する時が来たのだ。
    「そー、れっ!」
     和泉の飛び蹴りが、ふらつく老婆を強かに捉える。インパクトの瞬間、こちらを睨んできたその瞳には、前ほどの力はない……まだ十分に恐ろしいが。
    「油断無くいくよー、ハル!」
    「ワン!」
     跳ね返ってから、和泉は屈伸運動で呼吸を整える。
    「チィ……!」
    「これが、愚かと侮った私たちの戦術です。……続けましょう」
     言い終わると同時に、優雨はチェーンソー剣のエンジンをこれ見よがしに吹かして見せた。地を転がるようにして位置を変えるヤガロヅを、咄嗟の動きで追い詰めて。
    「あまり楽しい感触でもないですが」
     ギャリギャガギャギャギャ!
    「――――――!」
     袈裟切りに当てたチェーンソー斬りが、二重の悲鳴をもたらす。ヤガロヅの瞳に、すると起死回生を狙う炎が宿った。
    「へ、蛇共ォ! 最早死体などいらぬ! のた打ち回り万象打ち崩せェえええ!」
    「SGRRRRRRRR!」
     先ほどの釜から、今度は二匹の蛇が這い出してきた。見境なく暴れまわるそれらは、今度は止めようもなく、前衛の灼滅者ともども周囲を破壊しつくしていく……が。
    「イエローサイン!」
     進入禁止の標識。眠兎はそれをこそ再現し、橋上に掲げる。
    「……この道は通行禁止の袋小路。貴女は此処から進めない――というコトです」
     そう。眠兎は、灼滅者たちは、それ以上の狼藉を許さない。思いを力に変え、立ち塞がる!
    「く……クゥウウウウウウウ!」
    「かかか。そうカッカしてるとシワが増えるぜ、ヤガのババア」
     と、命は、断罪転輪斬のすれ違いざまに言った。ヤガロヅの背後から正面方向へと切り裂いていった命は、取って返して再度、老婆へと向かう。
     ――リン。
    「この秋風は木枯らしか。枯れ木のお前ぇさんにはちょいと厳しかろうよ」
     角にくくった鈴が鳴った。

    ●橋上戦~始末
     今度こそヤガロヅは打ち倒され、アスファルトに力なく伏した。立ち上がろうとあがく指先から崩れ始め、いよいよもって積年のツケを払う時が来たのだ。
    「ああ、ア――るじ様ァ、主様お許しをお許しをォォォォ……ああああ!」
     その目には涙。みじめに零れ落ちるそれは、わずかな憐憫の情を抱かせなくもない。
    「……おれ、ホントはさ。こいつはセイメイのために戦わせたげたかったかもしんない。だってそうだろ? 心からの思いをねじまげられるのは……その、何て言うかさぁ!」
     言いよどむポンパドールに、眠兎が言葉を繋げる。
    「ええ。生前のヤガロヅは不快そのものでしたが、その裏切りが能動的なモノではなく、強制的な洗脳に近いコトは、それにも増して不快です」
    「ま、そんなに気に病むなよポンパドール! オレたちとお前とで頑張ったってことで、少なくともこいつが悪さするのを止められたんだ。胸を張って誇ろうぜ――なあ!」
    「ワン!」
     ポンパドールに肩を組んで言う和泉。ハルも湿った空気を吹き飛ばすように。元気よく鳴いた。
    「面倒はまだまだ山積ですけどね……あ、いえ、別に水を差したい訳ではなく。
     今は、この勝利を喜びましょう。ノーライフキングを倒せたことは、まさしく僥倖でした」
     優雨はそう言って、表情から緊張を抜いていく。
    「…………」
     一方心葉は、消え行くヤガロヅを見つめていた。その涼しげな瞳の奥に、思うは何であろう。
     ヤガロヅはとうに胸の下まで砕けて消えている。怒りと、呪いと、蔑みの視線だけが、最期の最後までそこに残った。
    「――俺の殺界形成が消える。一般人への対処を始めようか」
     陽己は今度こそ刃を納め、ヤガロヅの形無し墓に背を向けた。
    「しかし派手にやったもんだ。人的被害がゼロなのは、不幸中の幸いって所か」
    「それにしたってタクシー壊す事ァねぇんだ、あのババア! あーあ、こりゃマジでオシャカになっちまってやがんのな……」
     元はタクシーだった錆鉄を撫でる命。内装を見れば、皮革は腐りプラスティックは溶け、まさに廃車を超えた廃車と言った風情だ。
    「あのー、皆さん? ボクのタクシー……どうなりましたかね? 事情が掴めていないのですが」
     と、救出したタクシー運転手が様子を見にきたようだ。灼滅者たちは一様に口を閉ざし、アレがソレなのだとは決して言う事はなかった。
    「ま、まあ……生きていればきっと良いことがありますよ。元気出して下さい、運転手のおじさん!」
     ぽんぽんと運転手の背中を叩く映。と、運転手は道の遠くを見やって。
    「そ、そうかな……あれ、あの塊、なんとなーくボクのタクシーに似ているような?」
    「違います違います違います! 違いますよー、あはは……」
     ごまかし笑いに、冷や汗を流すのであった。

    作者:君島世界 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ