集結する光の軍勢~銀閃花、燃ゆる生命

    ●銀の獣
     東京は夜になろうとも眠らない。
     街灯きらめく都内の大通りから外れた、細く狭い、暗がりの裏路地。
     誰も人が寄り付くことはないであろうその場所に、ひっそりと身を隠す獣が一匹。
    『クロキバ……クロ、キバ……』
     息を潜めて小さく鳴くその姿は、まるで臆病な野良猫のようだ。
     無論、猫ではない。その名は雪豹のイフリート、ギンセンカ。かつて武蔵坂学園と共闘した、幼くも勇敢なクロキバ派の炎獣だ。
     ちょうど2年ほど前には、クロキバ派はセイメイの企みを阻止すべく奮闘した。
     けれど今では仲間の多数はある派閥には籠絡され、憎きセイメイにはアンデッドにされ――ほぼ壊滅状態にある。
     運良く生き延びたギンセンカも、こうして鳴りを潜めながら逃げ続けるしかなかった。
     ――けれど、こんな状況下でも信じていた。
     クロキバはきっと、帰ってくると。

     そのとき。
     きらきらと、まばゆい光がギンセンカの前にあらわれた。
    『……!?』
     美しくも妖しいその光を目の当たりにした直後、ギンセンカの心はたちまち支配されてしまう。

     ――行かねばならない。『新宿橘華中学』へ。

     ゆらり、身体を起こして、ギンセンカは路地裏を飛び出す。
     その姿は誇り高きクロキバ派としては程遠く、『何者か』に操られているように見えた。

    ●予測者は斯く語る
    「学友諸君、緊急事態だ。落ち着いて聞いてくれ」
     白椛・花深(高校生エクスブレイン・dn0173)はそう告げ、空き教室の教卓の前に立った。
    「ベヘリタスの卵の事件を起こした光の少年タカト、そしてセイメイによってアンデッド化されたクロキバが対峙した事は覚えてるな? 奴らの戦いに介入した灼滅者たちが、クロキバを討ち取ったそうだ」
     その報告を聞き、灼滅者たちはどよめく。
     ダークネスとはいえ、かつては共闘したイフリート『クロキバ』。覚悟していたが、灼滅の時がここで訪れるとは。
    「けど、最期に正気を取り戻したみたいでな……自分が消えることで、新たなクロキバの継承者が現れると言い残したそうだ」
     クロキバを継ぐイフリート。いったい何者かは分からないが、相当の強者と見て間違いないだろう。
     本題はここからだ、と花深は学帽をかぶり直し、真剣な眼差しで灼滅者たちを見渡した。
    「クロキバを失ったことで白の王セイメイも弱体化して、セイメイと敵対していた光の少年タカトが新たな行動に出やがったんだ。奴は拉致したラブリンスターを利用して、多くのダークネスを無差別篭絡術で操ろうとしてる」
     種族を問わず、様々なダークネスの軍勢が集結させられているようで、何か大きな企みがあるに違いないと花深は続ける。
     しかし、思い悩んだ様子でそっと目を伏せた。
    「だが……タカトの力が絡んでるのか分からねーが、何を引き起こそうとしてるのかは断片的で俺達も情報を掴みきれてない。全てを阻止するのは難しいが、武蔵坂学園と何らかの『絆』があるダークネスはかなりの確率で予知ができるんだ」
     つまり、灼滅者たちの今回の依頼は『かつて武蔵坂学園と関わり、光の軍勢に加わろうとしているダークネスの灼滅』だ。
    「お前さん達としても複雑な心境だと思う。だが、どうか手伝って欲しいんだ」
     出来る限りの情報を伝えるべく、花深はファイルを開いた。
     それは皮肉にも、初めて彼が担当した依頼。悲しげに目を細めながらも、静かに続ける。
    「『ギンセンカ』――聞き覚えがある奴も居ると思う。今から丁度2年前、クロキバからの依頼でセイメイの企みを阻止すべく武蔵坂学園と共闘した、雪豹のイフリートだ」
     今ではもう12歳くらいになっている筈だ。幼いながらも武闘派な獣であるが、素直で正義感が強い女の子であった。
     ギンセンカが目指す場所は『新宿橘華中学』。都内の大通りを駆け抜けており、夜とはいえ大勢の車や通行人がいるはずだ。
    「一般人を救出した後、全力疾走するギンセンカの前に立ち塞がることになりそうだな。『絆』を奪われている以上、2年前の記憶を思い出すかはわかない。……ただ、」

     ――あの子をクロキバの元へ送ってやって欲しい。

     そう頼んだ直後、花深はギュッと拳を握って頭を下げた。
    「……すまねえな。何だか、嫌な予感がしてならねーんだ。大きな『何か』が近いうちに起こりそうな気がしてな」
     そう呟いたのち、頭をゆっくり上げる。灼滅者たちを不安にさせぬよう、精一杯に笑みを湛えて。
    「大丈夫だって! 未来なんて分からない。お前さん達が思うように、自由に描き殴っていいんだぜ。悲劇さえもな!」
     頼んだぜ! と明るく声を掛けて、エクスブレインは灼滅者たちを見送った。


    参加者
    雨咲・ひより(フラワーガール・d00252)
    近衛・朱海(煉驤・d04234)
    メルキューレ・ライルファーレン(春追いの死神人形・d05367)
    リーファ・エア(夢追い人・d07755)
    居木・久良(ロケットハート・d18214)
    マナ・ルールー(ステラの謡巫女・d20938)
    夜伽・夜音(星蛹・d22134)
    赤城・碧(強さを求むその根源は・d23118)

    ■リプレイ


     夜になろうとも、街は目覚めたままだ。
     これから迫り来る脅威など知る由もなく、都会の大通りは喧騒を増してゆく。
     指定された現場へと辿り着き、雨咲・ひより(フラワーガール・d00252)はふと夜空を見上げた。その翡翠の眸に、冴える月の銀色が滲む。
     ギンセンカ――あの月のような白銀の毛並みを持つ獣は、素直で正義感が強い女の子であったとエクスブレインは言っていた。
    「……こんな形でなかったら、心を通い合わせることも出来たのかな」
     理想的な『もしも』の話を考えてしまうけれど、かき消すように首を横に振って。ひよりはキッと前を見据えた。
     今は、わたしはわたしの役目を果たすだけ、だよ――と、強い意思を胸に抱いて。
    (「花深くん……どんな気持ちでこのご依頼さん、見たのかな」)
     ふと、夜伽・夜音(星蛹・d22134)が思い返すのは、依頼を伝えたエクスブレインの、悲しげな顔だった。
     彼女が胸に抱くのは、小さな身体に見合わぬ大きな決意。常に眠たげな夜音の柘榴色の瞳にも輝きが灯る。
     ――タカトの元へは、行かせない、と。
     一方で、居木・久良(ロケットハート・d18214)が思い出したのは、かつて共闘したイフリートの少年のことだ。
    (「あの子は無事なのかな、また一緒に戦ったりできるかな」)
     会う度いつも美味しそうに焼き芋を食べてくれたあの子が、久良はどうしても気掛かりだった。
     他のクロキバ派イフリートたちも、タカトの魔の手に落ちていないか……心配ではあるが、今は被害を食い止めねばなるまい。
    (「恐ろしい敵ですね、ラブリンスターも……それを奪ったタカトも」)
    『無差別篭絡術』。リーファ・エア(夢追い人・d07755)は、その力の強大さを改めて認識する。
     相手の意思を捻じ曲げ、従わせるその能力――『絆』を奪われたダークネスたちのその末路は、哀れに他ならない。
     けれど、リーファはあっけらかんとした様子で事態に備える。今の灼滅者の目標は、光の軍勢を1体でも多く減らすことだ。
    (「あの根暗、やること全て趣味が悪すぎる……赦すわけにはいかない」)
     タカトへの憤りを胸に、赤城・碧(強さを求むその根源は・d23118)もその瞳に焔を宿す。
     そして、作戦は決行される。
     事前の人払いは有効であるようで、灼滅者たちは準備していた立て看板などで通りの入口を塞ぎ始めた。
     ――ガス漏れだ!
     何処からともなく聞こえてきた声が次々に拡散され、人々は大通りから離れてゆく。
     誘導役を取り決め、逃げ遅れた者への対処もESPでカバーするなど、灼滅者達は着実に一般人を保護していった。

     そして、ある程度の人々や車が避難できたところで――――夜闇に響くは、獣の叫喚。

     その声を耳にし、灼滅者達は即座に振り向き、身構える。入口の立て看板が激しく跳ね飛ばされ、道路に転がった。
     障害物さえ気にも留めず強行突破したのは紛れもない、光の軍勢の1体と化した焔獣……ギンセンカであった。
     事前に全ての一般人を救出したところで、ギンセンカと対峙する。
     この時点でエクスブレインが提示した、事前情報通りの展開となった。
     急いで近衛・朱海(煉驤・d04234)やひよりは怪力無双で残りの人々を運び、リーファが殺界形成、久良がサウンドシャッターを発動させ、遺漏なく大通りを戦場へと変移させる。
    「『――いと高き神よ、私は喜び、誇り御名をほめ歌おう』。花の名を冠す幼き獣に、誇りある幕引きを」
     解除コードたる詩篇を謳い上げれば、メルキューレ・ライルファーレン(春追いの死神人形・d05367)のその真白き手に細身の西洋剣が顕れた。
     メルキューレの新雪の如く美しい髪とは相反し、ギンセンカの銀の毛並みは血と泥と傷によって痛々しく汚れきっている。
     これ程ボロボロになってまで、彼女は主を信じて待ち続けていたのか。痛ましきその姿に、メルキューレはそっと祈るように瞑目した。
    「『マジかる・ショータイム!』 ケレーヴちゃん、マナと一緒に頑張りましょ!」
     マナ・ルールー(ステラの謡巫女・d20938)の鈴を転がすような声に応じ、ウイングキャットのケレーヴはふわふわの尻尾を上機嫌に揺らす。
     スカートのフリルをふわり翻し、マナはお気に入りの箒に軽々と乗る。とんがり帽子の奥から覗く瞳には――揺るぎない決意を秘めて。
     対する獣はグルル、と小さく唸りを上げる。彼らが武蔵坂の灼滅者であるとは、全く理解していない様子だった。
    『アンタタチ……ダアレ? ソコ、ドイテ』
    「此処から先は行かせないわ。今のお前に、己の誇りが少しでも残っているのかは分からない。けれど……」
     全力を以って、殺す――。
     朱海の手にするカードが炎となって燃え上がり、殲術道具として顕現された。彼女が秘する激情をあらわすかのように火の粉が激しく飛散し、夜風がそれを散らす。
    「彼女の魂を解く為に――咲け≪黒百合≫!」
     カードを掲げ、碧も解除コードを唱える。
     その手には禍々しくも美しい漆黒の妖刀が握られ、彼の傍らには白き美少女のビハインドが寄り添っていた。
     次々に戦闘準備を整える灼滅者たち。警戒心をさらに強め、脚に力を込めて身構えるギンセンカ。
     しかし、夜音はそっと一歩を踏み出して、囁きかけるように静かに言葉を紡ぐ。
    「はじめまして、なの。僕の名前は夜音。武蔵坂の、灼滅者。キミの道を、変えにきた」
     ――トギカセ。
     音聴かせ、伽枷の。解除コードを大事そうに口にすれば、夜音の掌伝いに無数の蝶が舞い飛び、それらは得物として模られた。

    『ガアアアアッ!! ジャマスルヤツ、ゼンブ、タオス!!!』

     哮る。幼き獣は牙を剥ける。
     その姿は気弱な野良猫でも、誇り高き焔獣でもなく――最早、自我を棄てた粗暴な野獣でしかなかった。


    「……マナ達のわがままで、ごめんなさい。ギンセンカさま、あなたに罪はありませんのよ」
     悲しい気持ちはぎゅっと仕舞い込んで、マナは魔法のステッキのように聖剣を振るう。
     キラリ、星の光が瞬いたかのように思えば、急激に凍ってゆくギンセンカの身体。
     マナがわんこを呼ぶように『ケレーヴちゃん!』と声を掛ければ、ケレーヴはぱたぱた羽をはためかせて愛らしくパンチを見舞う。
     ギンセンカが一歩後ずさった所へ、久良が真正面へと立ちはだかる。
    「クロキバのことを憶えてる? 武蔵坂のことを憶えてる?」
     モーニング・グロウを握るその手に力を込めながらも、先ずは声をかける。その問いかけの一つ一つには、久良の精一杯の想いが確かに詰まっていた。
     けれど、ギンセンカはそれを受け止めることもなく、ただ唸りを上げるのみ。
     放出される蒸気の勢いに身を任せ、久良は一撃を叩きつける。
     命懸けで、全力で。それが彼なりの誠意だった。
     刹那、振りかかるはライドキャリバーの機銃掃射。
     それに怯んだギンセンカの隙を突き、動きを封じるようにリーファが縛霊撃を放つ。
    「血気盛んでもっと暴れたいでしょうが、大人しくしていてくださいね」
     縛り上げ、眼鏡をくいっと持ち上げながらリーファは淡々と告げる。レンズの奥には、怜悧な眼差しが向けられたままだ。
     これもあくまで仕事のうち。割りきってはいるものの、真実を知らぬまま籠絡される彼女に哀れみは感じていた。
     しかし、邪魔な捕縛を解き放ち、ギンセンカも反撃に躍り出る。
     その脚に炎をまとい、駆け抜け、蹴るようにして引っ掻く。狙いは前衛たる碧――だが、寸での所へ月代が割って入り、火の粉と共に消滅する。
    「月代! ……くっ、まだイフリートの子供とはいえ手強いな。だが!」
     諦めず、碧は死の光線をギンセンカへ浴びせる。立て続けにひよりが踊るようにステップを踏んで、足にまとった炎を放った。
     跳躍し、後退するギンセンカ。スカートの裾を直しながら、ひよりはふと思い返した。
     二年前に共に戦ったイフリートは、目の前の彼女よりずっと幼い子供だった。かつてあの小さな頭をそっと置いた掌を見やり、ひよりは気持ちを籠めてギュッと握る。
     そして小さくぽつり、漏れだした言葉は、
    「ごめんね」
     ――わたし、あなたに掛ける言葉がわからない。
     祈るようにそっと瞳を伏せたひよりの脇を、真っ直ぐに駆け抜けるは朱海だ。
    「今のお前は憐れよ、ギンセンカ」
     言葉と共に、斬り伏せる。燃え盛る炎刃は、朱海の苛烈な心そのものだ。低い唸り声を上げ、霊犬の無銘も斬魔刀を振るって援護する。
    「貴女と私に直接の絆はありませんが、刃を切り結ぶことで結ばれるものもあるでしょう」
     剣の切っ先を向け、メルキューレはギンセンカへと静かに声を掛ける。
     こうして邂逅し、対峙することになったこの瞬間こそが『絆』。ほんの少しで良い、彼女に焔獣としての誇りが残っているのならば、決闘という形で正々堂々と相見えたい。
     街明かりや月光を湛え、翳りを増してゆく蛇の影。指揮棒のようにメルキューレが剣を振るえば、蛇は主に従いギンセンカを捕らえた。
     しかし、彼女は一向に自我を取り戻す気配がない。
    『無差別篭絡術』は元々がラブリンスターの所持する能力であるだけに、非常に強力だ。
     此処に集結した灼滅者たちがどれほどまでに相手を強く想い、言葉を投げかけようとも――やはり、本来の『絆』を結んでいなければ、ギンセンカ自身をこの場で再び呼び覚ますことは困難であった。
     それでも、灼滅者たちは――夜音は、手を伸ばす。

    「……キミの見る『光』はそっちじゃないよ」

     彼女が唱える七不思議が栩栩然として舞う影の蝶となりて、前衛を担う灼滅者たちに穏やかな癒やしを齎す。
     夜音はさらに語りかける。まるで母親が、眠る前に子供へ物語を読み聞かせるように、優しい声音で。
    「まばゆい光に目が眩んで、迷子にならないで。キミが追うのは、誇り高き、焔の色だ」
     敢えてまだ、彼女の名は呼ばない。再び誇りを思い出し、改めて名を口にするまで。
     
    ●銀閃花、燃ゆる生命
     ギンセンカは、身体を蝕む負荷を癒やす術を持たない。
     ゆえに序盤は苦戦を強いられたものの、灼滅者たちは着々とギンセンカを追い込んでいった。
     対面した時よりもギンセンカのさらに傷も深くなり、唸り声は弱々しく掠れてゆく。見るも無残な姿だ。
     戦いの終わりは近い。
    「声が届くかは分かりませんが、言っときますよ。――クロキバは逝きました」
    『クロ……キバ……ダレ、ダ』
     リーファの宣告に、ギンセンカは首をかしげる。
     そして被せるように、久良が必死に声をかける。
    「そうだよ、ギンセンカ。俺達は武蔵坂の灼滅者。ずっと前に、君達と一緒に戦ったんだよ」
    『ムサシ、ザカ……ギンセンカ、シラナイ』
     それでもなお、やはり『無差別篭絡術』は安々と解けるものではない。知らぬ存ぜぬと、ギンセンカは一貫している。
    「ギンセンカ……良い名前だな。けれどな、お前が憧れた存在は、クロキバはもういない。もういないんだよ」
    『シラナイ……』
    「彼を誇り、彼を慕うなら……お前も操られたままで終わるのは止めろっ……!」
    『シラナイ、シラナイ!!』
     碧の諭すような言葉にも、ギンセンカは頑なに叫ぶ。全身に炎をまといて突撃し、足掻き始めた。
    「……やっぱり、憐れだわ。アンデッドと化したクロキバと同様にね」 
     吐き捨てるように、朱海が告げた。その瞳は鋭く、射抜くようにギンセンカを睥睨する。
     イフリートでありながら武蔵坂と手を組むクロキバ派を、朱海は元より嫌悪していたから。
     けれど最初にクロキバの死を聞かされて、朱海が胸に抱いたのは彼が最期に解放されたことへの安堵感だった。
    「ギンセンカ、クロキバのように戦って見せなさい。籠絡されたダークネスではなく、誇り高きイフリートとして」
     静かな言葉とともに、鋼の火輪に炎が灯る。
    「――己を取り戻せ、取り戻して死ね!!」
     宣告。そして、炸裂。
     灼々たる輝きは激しさを帯び、翼の如く風を切ってギンセンカの身体を刳った。
     ぐらり、力なく地面へと崩れ落ちる。けれどどれだけボロボロになろうとも、ギンセンカは不安定ながらも立ち上がり続けた。
     それは気高さを忘れず、闘志を燃やす――誇りあるイフリートの姿であるようにも、見えた。
     そこへ、畳み掛けるように、哀しい運命に幕を下ろすように、振り下ろされたのは久良が持つ全力の炎撃。
    「オレの心にも炎の血は流れてる。誇り高い君達のことを、忘れないよ」
     だから、これでさよならだ。
     出力は限界を超えて、気持ちをありったけに出し切って。
     イフリートにも負けぬ激しい炎は、ギンセンカの身体を大きく跳ね飛ばした。

     どさ、と力なく叩きつけられる幼き獣の身体。

     横たわる獣の元へと、メルキューレは歩み寄り静かに語りかける。
    「伝え聞きですが……クロキバは最期に笑っていたそうですよ。満面の笑みを湛えて、その身を炎へ預けたのだと」
     せめて、意識が途切れる前に。籠絡されたまま逝こうとも、せめて伝えたかった切なる真実。
     ――だがそこへ、奇跡は起きる。

    『ソウ、カ……クロキバ、シンジャッタノカ……』

    「ギンセンカ……貴女、泣いているのですか?」
     正気に戻った小さな声を確りと聞き、メルキューレは驚きの声をあげた。
     灼滅者たちは急いで、彼女のもとへと駆け寄る。
     夜空を宛もなく見つめるギンセンカの瞳は、月の光を湛えて涙を溜め込んでいた。
    『ギンセンカ、ナカナイ。イフリートハ……ツヨイ』
    「泣いてもいいんだよ、ギンセンカ」
     悲しみに震えるその頭に、優しく置かれたのはひよりの手。暖かいその言葉と掌に安心し、そっとギンセンカは目を閉じる。
     零れ落ちる涙を掬った細い指先は、夜音のもの。
    「キミは名も無き生命じゃない。黒牙のように、赤鋼のように。強く、燃ゆる生命だから」
     銀閃花――雪銀の色を持つ、その美しい名を誇りに抱いて。
     彼女の死を悼むように、ケレーヴが小さく鳴き声をあげる。
     マナはぎゅっと愛猫を抱き寄せ、とんがり帽子を深くかぶり直す。
    「ギンセンカさま……どうか、クロキバさまの元へ行けますように」
    「安心して逝ってください。クロキバも最後には自分を取り戻したそうです。貴女と同様に」
    『スレイ、ヤー……アリガ、トウ……』
     リーファの、皆の言葉に心からの安堵を憶え、最期にギンセンカが零したのは感謝の言葉。
     炎が燃え、その小さな身体が焼き尽くされる。
     最期の涙の一滴を遺して、クロキバを慕う幼き獣は灼滅された。
     笑顔で散った主とは真逆の、くしゃくしゃの泣き顔で。
     けれどこれもまた、ひとときの『絆』を取り戻した――誇り高きイフリートの最期に違いなかった。

    作者:貴志まほろば 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 5/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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