集結する光の軍勢~至高の餃子のたれよりも

    作者:三ノ木咲紀

     浜松市内某所。
     地元民の間では有名な、ものすごく美味しい浜松餃子を出すお店に、一体の浜松餃子怪人がいた。
     浜松餃子怪人は世紀の大勝負に臨むかの勢いで割り箸を割ると、持参した餃子のたれを小皿に注いだ。
     周囲の人々が見守る中、焼き立ての餃子がテーブルに出される。
     浜松餃子怪人は餃子を一口食べると、俯いた。
    「……ふ。ふふふ。ははははっは!」
     突然笑いだした浜松餃子怪人は割り箸を握り締めると、天高く拳を突き出した。
     ココナッツのふくよかな味わいと歯ごたえが、醤油ベースのたれに深みとコクを与え、浜松餃子のうまみを何十倍にもしている。
     甘さも辛さもしょっぱさも酸っぱさも苦さも、全部ちょうどいい。
     これぞ正しく、浜松餃子怪人が求めていた味だった。
    「できたっ……! 苦節五年、浜松餃子に最高に合う、究極かつ至高のたれが、ここに完成したのだー!」
    「おお! 被り物の兄ちゃん、おめでとう!」
    「良かったなぁ、ぼうず!」
     周囲の人々も、思わず拍手を送る。
     浜松餃子怪人は照れたように頭をかくと、ペットボトルのキャップをしっかりと締める。
    「これぞ世界征服の第一歩! この究極のたれで浜松餃子の魅力を何十倍にもして、世界中の人間どもを浜松餃子の虜にしてやる! まずは、ロードローラーから助けてくれた、あの連中から虜に……」
     ペットボトルを掲げた餃子怪人の頭上に、光が差し込んだ。
     蛍光灯でも陽光でもない光に照らされた餃子怪人は、呆けたようにつぶやいた。
    「いや……。俺様は、行かなきゃ。新宿橘華中学へ」
     目から光を失った餃子怪人は、その目に別の熱狂を宿すとペットボトルを取り落した。
    「お、おい、被り物の兄ちゃん……」
     たれの入ったペットボトルを拾い上げる店主には目もくれず。
     ふらふらと歩き出した餃子怪人は、通りかかったタクシーの前に躍り出た。


    「ベヘリタスの卵事件で暗躍しとった光の少年と、アンデッド化して白の王配下となってもうたクロキバとの戦いへ介入しはったお人が、無事に帰ってきはったな!」
     どこか興奮した面持ちで身を乗り出したくるみは、
    「クロキバを灼滅するとは、正直思わんかったで。せやけど、これで白の王セイメイの計画に致命的なダメージを与える事ができたやろう。それにクロキバは最期にクロキバは誰かが継承する、言うとったなあ。これが誰になるか分からんけど、何かあったらまた伝えさせてもらうわ」
     うんうんと頷いたくるみは、ふと眉をひそめた。
    「そやけど、クロキバを失った白の王が弱体化してな、今度は白の王と敵対しとった光の少年『タカト』達の積極攻勢にも繋がってしもうてん」
     光の少年『タカト』は、拉致したラブリンスターを利用し、多くのダークネスを無差別篭絡術を利用して配下に組み入れようとしているのだ。
     おそらく、集結させた軍勢を利用して、何か大きな作戦を行おうとしているのだろう。
     光の少年『タカト』の力であるのか、この作戦についての予知は断片的で、全てを阻止する事は難しい。
     しかし、武蔵坂学園に関わった事があり、なんらかの『絆』があるダークネスについては、かなりの確率で予知する事が可能なようだ。
     皆には、かつて武蔵坂学園と関わり、今また、光の軍勢に加わろうとしているダークネスの灼滅に向かって欲しい。
     ここで、戦力を減らすことができなければ、光の少年『タカト』を阻止する事ができなくなるかもしれない。
    「うちが予知したんは、去年の六月、ロードローラーに潰されかかった浜松餃子怪人や。なんや、餃子本体やのうて餃子のたれに妙にこだわっとったみたいやね。餃子のたれが完成した直後、タカトに篭絡されるやなんて、ついてへんなぁ」
     浜松餃子怪人はタクシーを止めると、東京にある新宿橘華中学へ行けと命令する。
     タクシーは、浜松餃子怪人を乗せた後、車一台が通れる道路を抜けて片側一車線の住宅街を通り、高速道路へ続く片側二車線の大通りへと向かう。
     ルート上のどこかでタクシーを止めて運転手を避難させた後、戦闘となる。
     車一台が通れる道は、足止めは楽だが道幅が狭く戦闘に支障が出るかも知れない。
     車通りと人通りは少ない。
     片側一車線の道路は、足止めに手間がかかるが道幅的に戦闘に支障はない。
     車通りはそこそこ。一台くらい通る可能性はある。
     片側二車線の道路は車通りが非常に多く、スピードも出している。
     足止め、戦闘共に難易度が高い。
     足止めはタクシーのルート上ならば、どこでもいい。
     浜松餃子怪人のポジションはクラッシャー。ご当地ヒーローに似たサイキックを使う。
    「タカトが軍勢を集めて何をしようとしとるんかは、まだ分からん。そやけど、ここで止められんかったら、えらいことになりそうな予感がするんや。大変やけど皆、気張って行って来たってや!」
     くるみはにかっと笑うと、ぺこりと頭を下げた。


    参加者
    睦月・恵理(北の魔女・d00531)
    霧島・竜姫(ダイバードラゴン・d00946)
    八重葎・あき(とちぎのぎょうざヒーロー・d01863)
    逢坂・兎紀(嬉々戦戯・d02461)
    ルリ・リュミエール(バースデイ・d08863)
    御納方・靱(茅野ノ雨・d23297)
    雲・丹(てくてくにーどるうにのあし・d27195)
    宮儀・陽坐(餃子を愛する宮っ子・d30203)

    ■リプレイ

     看板に車を止めたタクシーの運転手に、御納方・靱(茅野ノ雨・d23297)は声を掛けた。
    「すいません。ただいま下水工事中で通行止めです」
     プラチナチケットを使って堂に入った口調と動きで誘導棒を振る靱は、作業服に黄色いヘルメット、誘導棒に慣れた口調。
     バイトの賜物か、まさに交通整理の係員といった靱に運転手は頷くと、後ろの怪人を振り返った。
    「お客さん、迂回……」
    「新宿橘花中学に行くなら、どうでもいい!」
     熱病にうかされたように叫ぶ浜松餃子怪人――いや今はただの怪人に、運転手は胡散臭そうに前を向く。
     ギアに手をやった運転手に、靱はそっとメモを手渡した。
    (『後ろに乗っているのは犯罪被疑者です。今から確保するのでご協力願います』)
     そう書かれたメモを見た運転手は、目を見開くと小さく頷いた。
     靱は怪人のいる窓を叩いて開けさせると、声を掛けた。
    「迂回してると時間かかるかもですね。お急ぎなら下車して、徒歩で路地通って大きい通りで次のタクシー捕まえた方が早いかもしれませんよ?」
    「それがいい!」
     怪人は靱と運転手に虚ろな目を向けると、ぷいと視線を逸らした。
    「いらん。さっさと迂回しろ」
     怪人が言い放った時、後ろからクラクションが響いた。
     不審そうな後続車に、逢坂・兎紀(嬉々戦戯・d02461)は駆け寄った。
     同時にプラチナチケットを発動させる。工事関係者を装った兎紀は、誘導灯を振りながら後ろの車をUターンさせた。
     ルリ・リュミエール(バースデイ・d08863)は、悔しそうにタクシーが来た方向を見た。
     地元に慣れたタクシーが数分かけて来た道のりを、地元に不慣れなルリが逆に辿って店に行き、戦闘前に戻ることは不可能だった。
     もし手元に至高のたれがあったら、説得の大きな助けになったに違いないのに。
    「怪人さんの説得が、うまくいくますように……」
     祈るように呟いたルリは、兎紀と共に急いで怪人の乗ったタクシーへと駆け寄った。
     タクシーでは、押し問答が続いていた。
    「あの取付道路で、次のタクシーなんか捕まらん! 早く車を出せ!」
     ごねる怪人に、霧島・竜姫(ダイバードラゴン・d00946)はそっと囁いた。
    「……忘れ物はしていませんか? ペットボトルに入ったアレです」 
    「は? 知らんな」
     素っ気なく言い放つ怪人に、熱狂以外の光はない。
     感情を見せない怪人にじれたように、宮儀・陽坐(餃子を愛する宮っ子・d30203)は矢継ぎ早に語り掛けた。
    「宇都宮……と聞いて、何か感じないですか? これまで競い合ってきた歴史は……去年はどっちが勝ったか覚えてますか?」
    「知らん! 早く出せ!」
    「は、はい!」
     運転席のシートを蹴る怪人に、運転手は慌ててギアをバックに入れてアクセルを踏んだ。
     だが、タクシーは動かない。それどころか、ゆっくりと前輪が持ち上がった。
     ウニの姿でタクシーの前に待機していた雲・丹(てくてくにーどるうにのあし・d27195)は、人力ジャッキのように車の前輪を持ち上げた。
     タイヤの前輪が空回り、エンジン音が空しく響く。
    「睦月さん、頼むんよぉ」
    「分かったわ!」
     丹の声に、睦月・恵理(北の魔女・d00531)は開いている窓に手を伸ばした。
     突然のことに驚く怪人を、強引に窓から引きずり出す。
    「ご免なさい運転手さん、早くここを離れて!」
    「今戻すさかい、ちょお待っとってなぁ」
     恵理の声に、丹はゆっくりと車を元に戻す。
     慌てて逃げ出すタクシーを見送った八重葎・あき(とちぎのぎょうざヒーロー・d01863)は、殺界形成を放つと怪人へ指を突きつけた。
    「私は宇都宮餃子ヒーローの八重葎あき! 浜松餃子に勝負を申し込むっ!」
    「ええい! どけぇっ!」
     怪人は一声吠えると、あきに向かって駆けだした。


    「食らえ! ハマギョーキック!」
     駆けだした怪人は、大きくジャンプすると猛烈な蹴りをあきに放った。
     強烈な蹴りを受けたあきは、大きく後退して勢いを殺しながら距離を取った。
     これが、餃子愛ゆえに放たれたキックならば、まだいいのに。
     あきは悔しそうに下唇を噛むと、怪人に向けてジャンプした。
    「皆を浜松餃子と最高のたれで虜にするんじゃないの? なら、私から虜にしてみせてよっ!」
     着地した怪人に、宇都宮餃子キックが放たれる。
     宇都宮餃子への愛を乗せた蹴りが怪人に刺さると同時に、同じ蹴りが炸裂した。
     あきと同時にジャンプした陽坐の水餃子スプラッシュキックが、怪人に突き刺さる。
    「『宇都宮』が二人もいるのに、何も感じないわけないですよね? 篭絡の技なんかより、餃子への想いの方が勝つはずなんだ!」
     餃子愛を訴える蹴りを受けた怪人は、ゆらりと体を揺らすとため息をついた。
    「知らんな」
    「「なっ……!」」
    「悪いが、今の俺は新宿橘花中学へ向かうことしか頭にない!」
     怪人の言葉にショックを受ける二人を庇うように、恵理はソニックビートを掻き鳴らした。
     苛立ちと悔しさをにじませた音色が、怪人を切り裂く。
    「誰に籠絡されようと、あなたはご当地怪人でしょう! ライバル相手にこんな戦いでいいんですか?! もし自分が何であるかさえ忘れたなら……思い出させて差上げます!」
    「お前達、黙れ! なんかムカつく!」
     頭を激しく振った怪人に、竜姫は両手をクロスさせた。
    「レインボービーム!」
     誇りと共に放たれた虹色の光線は怪人を貫き、怒りを怪人に届けた。
    「その怒りは、餃子への思いを忘れた自分自身へ向けるべきです!」
    「タカトという人が何を企んでいるかは分かりませんが、思い通りにはさせないのです!」
     怒髪天衝を構えたルリは、アスファルトを蹴ると怪人に向けて一気に突き進んだ。
     叩き込まれる鋭いドリルの回転が、怪人を抉る。
     大きく後退した怪人を追って、兎耳フードが戦場を駆けた。
    「お前、まずは正気に戻れよな! そうすりゃお互いすっきりだよな!」
     声と共に、交通標識を振り抜いて怪人を殴りつけた。
     赤の止まれに兎の怒った顔が描かれた標識が、怪人の横面にヒットする。
     吹き飛ばされた怪人を追って、ウニが突撃した。
     まるで棘の一部のような槍が怪人に直撃し、ドリルのような穂先が螺旋状に怪人を抉った。
    「戦うのに、理由はいらへんけどぉ。ダークネスでも、操られてるんは、なんか嫌なんよぉ。なんとかなれへんかなぁ」
    「それは……。やってみないと、分からないね」
     靱は縛霊手を構えると、あきに向けて指を翳した。
     縛霊手から放たれる癒しの光が、あきの傷を癒していく。傷が癒えたのを確認した靱は、怪人を改めて見た。
     彼もご当地怪人。篭絡よりもご当地への愛が勝つ筈。
     わずかばかりの希望を胸に、靱は殲術道具を構えた。


     怪人はぎろりと灼滅者達を睨むと、腹立たしそうに言った。
    「どけ! 俺は新宿橘花中学に行くんだ!」
    「大事な所に行くのに、素晴らしいたれを手土産にしようとしないなど……あなたの熱意はそんなものだったんですか!」
     指を突きつける恵理の隣から、陽坐は怪人へと歩み寄り、タッパーの蓋を開けた。
     宇都宮餃子のいい香りに思わず唾を飲んだ灼滅者達をよそに、怪人は怯えたように一歩下がった。
    「宇都宮餃子と、俺が研究したたれを持って来ました。これを見れば! 何か思うでしょ?」
    「う……」
     怖気づく怪人に、陽坐は更にタッパーを突き出した。
    「……頼むから! いつもみたいに餃子愛をかけた喧嘩がしたいんだ!」
    「う……うるさい!」
     魂からの叫びに怯えた怪人は、大きく腕を振り回した。
     その腕がタッパーに当たり、宇都宮餃子が宙を舞う。
     地面に落ちる音をかき消すように、怪人は変なポーズを取った。
    「ハ、ハマギョービームビビビビ!」
     変なポーズから放たれる光線が、陽坐に突き刺さる。
     陽坐は貫かれた胸を押さえると、怒りに満ちた目を怪人に向けた。
     ひっくり返された宇都宮餃子も、説得に応じない怪人も、怪人を篭絡したタカトも。
     怒りと悔しさで、陽坐の目に涙が浮かぶ。
    「……倒さなきゃならない! 餃子愛の全てをかけて!」
     陽坐はエアシューズを起動させると、怪人と距離を取った。
     そのまま突進。餃子を焼く火のように燃えた陽坐の蹴りを受けた怪人は、大きく吹き飛ばされると炎に包まれた。
     燃える怪人に、あきは拳を握り締めた。
     浜松とは餃子の発展のため、良いライバル関係でいたい。
     そしてこの怪人は、殆ど迷惑行為はしてないし餃子への愛は本物。
     もっと良い関係を築けたかも知れない。
     その関係を根底から覆す、タカトの陰謀。
    「宇都宮と浜松のバトルを邪魔するタカトは赦せない! 全力で戦う!」
     あきはふらつく怪人に駆け寄ると、その体を高々と持ち上げた。
     一気にジャンプすると、餃子の皮を練る時のように叩き付けた。
     よろりと立ち上がった怪人が、再び倒れた。
     怪人の死角から飛び出したウニが、怪人の急所を貫く。
     悲鳴を上げながらも再び立ち上がった怪人は、逃げるように取付道路への道へ走り出した。
    「俺は! 新宿橘花中学に行くんだ!」
    「タレ作るんに全力な怪人さんも操って。全き光ってなんなんやろねぇ」
    「さあなぁ。ま、正気になるにしても、ならないにしても、倒すことに変わりはねーよ!」
     丹の問いに応えた兎紀は、エアシューズを起動させると軽快に戦場を駆けた。
     摩擦で起きた炎を纏った蹴りが、怪人の脇腹にクリーンヒットする。
     くるりと輪を描いて着地する兎紀の脇を駆け抜け、恵理が迫った。
    「二の次になろうと、まさか忘れてはいませんよね……。五年間打込んだ、浜松の魂を籠めたたれを! 応援してくれたご当地の人達の温かい声を!」
     流星を纏った飛び蹴りが、怪人の頭を大きく凹ませる。
     頭を押さえてうずくまる怪人に、竜の咆哮が迫った。
    「キャリバーダッシュ!」
     ライドキャリバーのドラグシルバーに騎乗した竜姫は、フルスロットルでエンジン音を唸らせながら怪人に一気に迫った。
     掛け声と共に突撃したドラグシルバーが大きく弧を描く。
     途中で手を離した竜姫は、怪人の眼前に舞い降りた。
    「レインボービート!」
     虹色オーラを纏った両拳が、怪人の全身に叩き込まれる。
     一発一発にご当地の誇りと魂を込めた連打が、怪人を打ちのめしていく。
    「あなたに、ご当地怪人の意地と誇りを取り戻させます。そして、正々堂々の勝負で決着を!」
     竜姫の決意に、怪人は唸った。
     立っているのがやっとの怪人に、ルリの蜃気楼がきらめいた。
     緋色の牡丹が無数に咲き乱れ、怪人を包み込む。
    「怪人さんには、自分の誇りを取り戻してもらいたいの!」
     炎を消そうともがく怪人に、更なる炎が舞い上がった。
    「俺達の声は、本当に届かないのかい?」
     靱が放ったグラインドファイアが、怪人を蹴り飛ばす。
     道端に倒れた怪人は、ゆっくりと起き上った。


     炎に巻かれた怪人は、息も絶え絶えになりながらも一歩踏み出した。
    「い……かなきゃ」
     何かを求めるように手を伸ばす怪人に、あきは叫んだ。
    「新宿橘華中学の存在は、貴方の想いを結集させたタレよりだいじなの!?」
     あきの魂の叫びに、怪人は不思議そうに首を傾げた。
    「どうして、タレに拘る?」
    「あなたが倒れたら、出向いてたれとその再現をご店主に託す為です。私は誇りある者に敬意を払います。……こんな事であなたの魂を無為にはさせない!」
     真剣な恵理の叫びに、兎紀は両手を頭の後ろで組んだ。
    「そうそう。旨い餃子のタレ、できたんだろ? 俺らにちょっとくらい食わせろよ!」
     にっと笑った兎紀を見た怪人は、一歩踏み出した。
    「……行かなきゃ」
     その姿に、陽坐は拳を握り締めた。
    「タレを忘れて目もくれない……。そんな姿、見たくなかった」
     陽坐は決意の目で怪人を睨みつけると、怪人の体を思い切り持ち上げた。
    「目を、覚ませ!」
     高々と掲げられた怪人は、浜松餃子を生んだ大地に思い切り叩き付けられた。
    「う、わああ!」
     起き上った怪人は、混乱したように走り出した。
     一目散に逃げだす怪人に駆け寄った恵理は、怪人に組み付いた。
     逃げようと暴れる怪人を、何とかねじ伏せる。
    「離せえ!」
    「離しません! せめて、絆だけでも呼び戻します! あきさん!」
     押さえつけられる怪人に駆け寄ったあきは、持参したタッパーの蓋を開けた。
    「餃子への愛は、嘘じゃないと言ってよ……!」
     あきはガイアパワーを籠めた宇都宮餃子withあき特製たれを、怪人の口に詰め込んだ。
     怪人は大きく目を見開くと、口の中の宇都宮餃子を味わうように噛み締めた。
     大人しくなった怪人に、恵理は組み付きをほどく。
     やがて飲み込んだ怪人はーー浜松餃子怪人は、両手を高々と上げた。
    「う、まーーーーい!」
     心からの叫びを上げた浜松餃子怪人は、落としてしまった陽坐の宇都宮餃子を拾い上げた。
     宇都宮餃子に、陽坐が研究したたれをつけて口に運ぶ。
     あっという間に平らげた浜松餃子怪人は、子供のように目を輝かせた。
    「この餃子もうまい! さすがは俺様の永遠のライバル、宇都宮餃子! これだから油断できない!」
    「そう来なくちゃ!」
     心底嬉しそうに親指を立てた陽坐に親指を立て返した浜松餃子怪人に、恵理は尋ねた。
    「あなた、浜松餃子のたれを何てお店に置いてきましたか?」
    「この先にある餃子屋だ。最高に旨い浜松餃子を出すんだ」
     浜松餃子怪人は餃子店の方を指差した。
     その指が、脆く崩れる。崩れる指を見た浜松餃子怪人は、店のある方へと歩き出した。
    「行かなきゃ。あの店に。行って、至高のたれを更に進化させて……」
     浜松餃子怪人の体が、徐々に崩れていく。音もなく崩れる浜松餃子怪人は、それでも店の方へと歩いていく。
    「浜松餃子怪人! っ……」
     誰がともなく声を掛けるが、それ以上は続かない。
     浜松餃子怪人は振り返ると、心から笑った。
    「お前らの餃子、うまかった! 浜松餃子も負けてない!」
     浜松餃子怪人は伸びをするように、両手を天に突き出した。
    「餃子は最高、だ!」
     浜松餃子怪人の炎が、ひときわ大きく巻き上がる。
     炎が消え去った時、そこには何も残っていなかった。

     何も言えない空気を変えるように、兎紀は俯く陽坐の肩を叩いた。
    「さ、旨い餃子、食いに行こうぜ!」
    「そやねぇ。ウチも食べてみたいわぁ」
     人間形態になった丹は、やはり俯くあきの肩を軽く叩く。
    「至高のタレ、どんな味がするんでしょうね?」
    「美味しい餃子、食べたいね!」
     竜姫とルリも、二人の背中を軽く叩く。
    「……さあ、急いで日帰り探索と参りますか」
    「そうだね。美味しい餃子を食べて帰ろう。だから……」
     二人の頭を軽く叩いた靱と恵理が、そのまま胸を貸した。
    「今は、思い切り泣くといいよ」
     靱の言葉に、陽坐とあきの号泣が響いた。

     浜松市内某所。
     最高に美味しい浜松餃子のお店には、至高のたれが受け継がれていったという。

    作者:三ノ木咲紀 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 8/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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