集結する光の軍勢~輝翠

    作者:鏑木凛

     明滅を繰り返す街灯の下、路傍を走るのは胴着姿の少年だ。
     夜を照らす街の喧騒を避けて道を曲がると、暗がりの下、スーツケースや複数の鞄を手にした人々が大型バスに乗り込もうとしていた。特に興味もなく、少年は人々の後ろを通り過ぎる。
     そのときだ。少年の前に、目が眩むほどの閃光が出現したのは。
     逸らす間など無かった。翠の双眸に光を捉えた少年が、ぴたりと足を止める。
    「……タカト……そうだ、オレ、タカトのために」
     踵を返して向かったのはバスだ。
     閉まりかけた扉をこじ開け、強引に車内へ飛び込む――全身に、異様な殺気を纏って。
    「早く走らせなよ」
    「はっ、はは、はい……!」
     運転手が声を震わせながらアクセルを踏む。
     ひたひたと裸足のままバスのステップを上がった少年は、怯えて顔を逸らす乗客たちを睨み付け、弱い奴らだな、と息を吐く。
    「ど、どちらへ向かえばいいんですか……?」
     投げられた運転手からの質問に、少年は帯びる闘気を消さずにこう答えた。
     新宿橘華中学、と。

    「光の少年とクロキバの戦いに介入した灼滅者さんたちの話は、聞いているかな」
     狩谷・睦(中学生エクスブレイン・dn0106)が確認するように、集まった灼滅者たちへ問い掛けた。介入の結果、彼らは見事クロキバを討ち取ることに成功したようだ。
     最期にクロキバが遺したのは、自分が灼滅されることで新たなクロキバの継承者が現れるという言葉。誰を示しているかは判らないが、大殊勲と言って良い。
     しかし、クロキバを失った白の王の弱体化により、光の少年『タカト』は勢いを増した。拉致したラブリンスターを利用し、無差別篭絡術で数多くのダークネスを配下に組み入れようとしている。
     おそらく、軍勢を集結させ、大きな作戦を行おうとしているのだろう。
    「その作戦についての予知も断片的で……ぜんぶを阻止はできないと思う」
     僅かに肩を落とした睦は、一度息を整えてから話を続ける。
    「ただ武蔵坂学園との『絆』があるダークネスは、高確率で予知できるんだ」
     そのため今回は、武蔵坂学園と関わったことがあり、光の軍勢に加わろうとしているダークネスの灼滅に向かってほしい、と睦は話す。
     戦力を減らすことができなかった場合、光の少年を阻止することも困難となるかもしれない。そうならないためにも。
    「それで狩谷さん! 武蔵坂と関わったことのあるダークネスとは!?」
     丹波・途風(高校生人狼・dn0231)の質問に、彼女の唇が重く動いた。
    「……アンブレイカブルの少年だよ。名前は、輝翠」
     回答を耳にした途風の尻尾が、ぶわっと逆立つ。
    「きすい……輝翠? 先日ベヘリタスに追われていた、あの人だろうか?」
     恐る恐る尋ねた途風へ、睦が今度は頷きで返す。
     アンブレイカブル――輝翠。
     灼滅者たちにより、羽虫型ベヘリタスの魔の手から、二度も命を救われた少年だ。
    「彼、夜行バスに乗り込んで、運転手を脅して新宿橘華中学へ向かっているよ」
     街中を抜けたバスは、高速道路をひた走る。延々と恐怖に苛まれ続ける運転手を、輝翠が途中で休ませるはずもない。そのため事故などで走行不能にでもならない限り、速度を落とすことはあっても、バスが停止する可能性は低い。
     しかし何か起こってからでは遅い。
     どうにかして運転手や乗客を救出し、輝翠を倒して欲しい。睦はそう告げた。
    「バスは夜明けまでずっと高速道路の上だよ。で、夜が明ける頃に東京へ入る」
     幸い、バスが辿る道順は判っているため、バスの通り道に先回りできる。どのタイミングでどのように接触するかは、灼滅者たち次第だ。
     乗車している一般人は、運転手ひとりと、20人の乗客。
     肝心の輝翠は、鋼鉄拳と抗雷撃に閃光百裂拳、そして集気法を使用する。しかも今までと異なり、傷一つ負っていないダークネスだ。油断は禁物だろう。
    「ひとつ、お聞きしたいのだが!」
     再び手をあげた途風が、躊躇わずに睦へ質問をぶつけた。
    「篭絡術、つまりその! 洗脳されたような状態の彼に、話は……!」
    「話はできると思うけど、どれぐらい耳を傾けてくれるかは、僕にもちょっと」
     曖昧ながらも答えた睦が、ごめんね、とゆっくり瞼を落とす。
    「……絆」
     次に彼女が零したのは、灼滅者たちの耳にも馴染んでいるであろう、ひとつのワード。
    「絆があったから、僕も予知できたんだ。それだけは忘れないで」
     エクスブレインとしてかけられる言葉は、そう多くなかった。
     だから彼女はそれだけ言うと、瞼を押し上げ柔らかく微笑む。
     いってらっしゃい、といつもの言葉を向けながら。


    参加者
    九条・雷(アキレス・d01046)
    奇白・烏芥(ガラクタ・d01148)
    彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)
    秋津・千穂(カリン・d02870)
    刻野・晶(大学生サウンドソルジャー・d02884)
    堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)
    伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)
    深海・水花(鮮血の使徒・d20595)

    ■リプレイ


     夜空に鏤められた光は白く、暗く沈んだ建物に灯る輝きは色彩に富む。
     人が造り出した世界で、豊かな彩りは来たる戦いを知らず明滅を繰り返す。そんな夜景の眼下に佇む背格好は作業員のものだ。
     交差点を往復しながら、作業員のひとり堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)がカラーコーンを置いた。振り返れば、撒かれた段ボール箱のため封鎖された道路が伸びている。もうひとりの作業員、秋津・千穂(カリン・d02870)は、夜間とはいえ疎らにいる一般人を誘導していた。
     彼女の振るう誘導ライトが尾を引くだけの、静かな夜だ。
     少し離れたところで作業用ヘルメットをかぶり直した深海・水花(鮮血の使徒・d20595)が、すっと赤色灯を掲げる。
     途端、差し掛かる駆動音。鳴動するアスファルト。
     静寂を打ち破り激走するのは、夜行バスだった。脇目も振らず猛進していたバスも、道行きを塞がれ減速する。しかし止まる気配は無い。ヘッドライトが行く手を滑るように照らした。
     そこへ、殺界を形成した九条・雷(アキレス・d01046)と、刻野・晶(大学生サウンドソルジャー・d02884)が駆け寄る。二人の目的はただひとつ――タイヤのパンクだ。
     均衡を失った車体が、耳障りな摩擦音を喚き散らして揺れる。浮きかけた車体を、伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)が押し支えた。危うく横転を免れたバスが、それまでの絶叫など無かったかのように沈黙する。
     ガシャン、と次に響いたのは硝子が割れる音。後部座席側の窓が外と繋がった。
    「御免下さい」
     飛び込んできたビハインドの揺籃と奇白・烏芥(ガラクタ・d01148)が挨拶する。シールドを広げる烏芥の視界に飛び込んできたのは、縮こまった乗客たちと運転手、そして胴着姿のアンブレイカブル――輝翠。
    「貴方の本当に希むものは、この先には在りませんよ」
     その言葉を軽く流した輝翠が振り返ると、彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)と蓮太郎が乗車口にいた。
    「誰だオマエら。何か用?」
     輝翠の問いで察した――過ぎし日の出逢いが、彼から失われたことを。
     だから烏芥は間を置かず、車外で闘うよう告げる。
    「其方も此方も万全の身で闘う、ならば」
     以前交わした言の意。音にすればどうだろうかと、烏芥が探った。
    「決闘の舞台としましては、此処は聊か狭いでしょう」
     ふーん、と唸った輝翠は心当たりがないらしく、淡泊ながら口角を上げる。
    「急ぎではあるけど、決闘なら受けてたつよ」
     拒まない彼を見て、戦場の音を遮断したさくらえと、蓮太郎が車外へ下がる。素直にバスから降りた輝翠を待ち受けるのは、街に散らばる光にも負けない明るさだった。
     手伝いに来ていたギルドール・インガヴァンが灯りを補い、真榮城・結弦や神鳳・勇弥はバスから退避してきた一般人へ声をかけつつ誘導する。詩夜・沙月は、大量に用意した小型の懐中電灯を乗客たちへ配布していた。
     支援に勤しむ仲間がいるからこそ、充分な余裕を持って布陣を整えていた灼滅者たちの視線が、一斉に輝翠へ集まる。輝翠は軽く準備運動を始めだし、一般人が全員バスから遠ざかった頃に拳を鳴らし、口火を切った。
     手近な雷へ飛びかかった輝翠の超硬度の拳を、雷を宿した拳が受け止める。
     合縁奇縁。一手受けた雷は、脳裏を過ぎった言葉を笑みに乗せる。
    「これで3度目」
     相手の顔を見据えながら口を開いた。
    「やァね、あたし脳筋の方に伝言頼んだんだけど」
     雷が打ち返すと、何の話だよ、と輝翠は眉根を寄せる。
     すぐにさくらえが巨大化させた片腕で殴りかかる。
    「……覚えてる? キミとは万全の状態で戦いたいって言ったこと」
     嘗て交わした声にさえ、相手の反応は薄い。何の話だと言わんばかりの表情で。
     夜を炎が駆ける。朱那の体内から噴出した赤が、輝翠へ叩きつけられた。
     ――灼滅が本来すべき事なのは分かってる、ケド。
     朱那の瞳に映るのは、大空ではなく翠を名に持つ少年。救った命が操られ、灼滅する道しかない現実。そこに至った状況も、携わってきた仲間の気持ちも、朱那にも痛いほど理解できた。
     霊犬の塩豆が斬りかかる間、千穂は癒しの霊力を雷へ向ける。
    「輝翠くん、貴方にも譲れないものは、なに? 誰のため?」
     貴方の言葉で聞かせてと願う千穂にも、少年からの返答はたったひとつ。
    「タカトのためだっ」
     彼女たちと結んだ『縁』を喪失した彼へ、何も届かない。
     無差別篭絡術。根に在る縁すら掻き消すあくどい術だとかぶりを振り、構えた蓮太郎は、力強い眼力で確り輝翠を見る。
    「お前、いつからそんなことを考えるようになった?」
     闘気の雷を宿し、殴りつける蓮太郎の声が低く伝う。
    「俺達は拳士だ。誰かの為とか、何かの為とか、そういうことじゃなかったはずだ」
     芯をそのままぶつけた彼に、輝翠はニッと笑う。意味を語らずとも、最強の武を求める者としての意思が、そうさせたのだろうか。
     直後、水花が地を蹴った。報告書に目を通し、話を聞いてきた水花が感じた、輝翠の人となり。
     ――私自身も彼を救いたいと思った。いえ……。
     細身が夜空に踊る。
     ――救ってみせます……!
     決意を秘めた跳び蹴りが、輝翠の肩を打つ。
     大地を踏みしめ耐えた輝翠へ、刀を固く握り緊めた烏芥が斬撃を繰り出す。
    「培ってきた其の腕を、彼れの為に奮う事が、貴方の高みへの道ですか」
     破邪の白光が鋭く走った。拳から伝わればいいと願う主の意志を乗せて。
     ――本当の、アナタを……見喪うな。
     烏芥が篭めた心を跳ねのけた輝翠は、目尻を吊り上げる。
    「何なんだオマエら、さっきから!」
     繰り返してきた問答から、灼滅者たちは思い知る。無差別篭絡術が、如何なる力なのかを。
     揺籃の霊撃を避けた輝翠へ、晶の歌声が降り注ぐ。伝説の歌姫を思わせる神秘さは、少年の耳朶を震わせた。そこへビハインドの仮面が霊撃で続く。
     向かう方角が違うんじゃないかい、と晶は問い掛けた。その間、丹波・途風(高校生人狼・dn0231)がライドキャリバーの霞色と共に突撃し、輝翠の動きを阻害する。
    「タカトは、君が捜していた相手では無い」
     晶が事実を素直に彼へ突きつける。
    「前回も助けた、変わり者の言葉は信用できないかい?」
     晶の指摘があっても尚、輝翠の態度は揺らがない。気を集めて傷を癒しながら、輝翠が灼滅者たちを睨む。
    「すぐ黙らせる。先へ行かないとな」
     少年の気持ちは遠い新宿へと向いていた。


     炎が闇夜に舞った。変な気分だなァ、と胸の内で呟いた雷の炎が。滅する力を持つからこそ気を抜かず、赤でもって翠を制する。決めていたことだ。
     ――さァて、吉と出るか凶と出るか。
     遠くない未来に訪れる結果を、雷は待ちわびる。
     彼女の赤が夜を照らす隙に、輝翠からの言葉をさくらえは反芻していた。渦巻く風の刃を招きながら。
    「思い出して。強い光に惑わされずに」
     切り裂く風を物ともしなかった輝翠へ、さくらえが視線を逸らさず伝えても、顔つきは未だ厳しいまま。
     閃光が刃と化して、朱那の手元から撃ち出された。届けたい想いをそれぞれが秘めている。仲間の心境を肌身で痛感しているからこそ、朱那の決意は揺るがない。届けさせてあげたいという、真っ直ぐな道筋は。
    「あたしは……アンタを想う気持ちと絆のが強いって信じたい!」
     かける言葉を多くは持たないからこそ、仲間の為ために戦うと決めてきた朱那は、そう叫んだ。
     ぼう、と黒い炎が灯る。蝋燭の温かみを片手に、千穂が立ち昇らせた黒煙は仲間を後押しした。
     ――貴方の見せてくれた輝き、私は失いたくない。
     ぐっと引き結んだ唇は、千穂の胸中を模らない。
     戦場で灯るのは炎ばかりではない。蓮太郎が集束させた気の塊は、言葉と共に烈々たる連打で輝翠を襲った。
    「お前は本当に、これまでそんなものの為に戦ってきたのか?」
    「なに!?」
     激突した拳同士が震える。
     そして影が這う武器で攻撃を重ねた烏芥に、揺籃の霊衝波がかぶさった。
    「断ちなさい。偽りの絆など」
     偽りの絆。不審を声に灯した輝翠が、同じ言葉を呟く。一部始終を眺め、晶はどうにか真実を紡げないだろうかと知恵を絞る。
     ――慕う相手はタカトではない。そのことに気付いて貰わなくては。
     しかし説明して理解してくれるような気配も薄い。考えを巡らせるように顎に手を添え、晶は断罪の刃で輝翠を裂く。
     途風が霞色を連れて攻めに転じた直後、螺旋の捻りを加えて突き出した水花の槍が、輝翠を抉った。矛を引く勢いのまま、水花は少年の手を掴んだ。
    「あなたと手を繋いだ先輩本人ではなくて申し訳ないですけれど……」
     手の平越しに水花が贈ったのは、想い。
    「どうか思い出してください、皆さんとのこれまでの絆を」
    「絆きずなって、意味不明なことばかりだな!」
     躊躇いなく振り払われた。灼滅者たちが次々と浴びせた話の意図を知らない少年は、怒りをぶつけるかのように鋼鉄の拳で朱那を殴る。
     思わずふらついた朱那の傍らを、雷が駆け抜けた。素早く敵の死角に回り込んだ彼女が牙を剥く。
     ――ほんっと、どこまでもヒロイン属性だねェ。
     雷は、不敵な笑みを絶やさずに息を吐ききると、死角から少年を切り裂いた。
     三度目になる巡り合わせの結果、この先どのような未来が待っているのか。
     考えただけでも頭が痛くなりそうだと、肩を竦めながら。


     助力を惜しまず駆けつけてくれた仲間たちが、後方から援護していた。
     絆の残滓までもが消えてしまわないよう、ギルドールが。
     せっかく生まれた絆を奪われてたまるかと意気込む結弦が。
     自らが過去に輝翠との縁を持たずとも、縁を結んだ仲間たちが集中できるよう、他の心配事を引き受けるために動く勇弥がいて。
     彼らの言動ひとつひとつ、今この場にあるすべてが、新たな絆として息吹く。
     それとは別に、まだ残っている――そう信じたい絆の寄る辺を、絶念できない想いも、抱く者は少なくなかった。
     後方に立つ沙月が、緩くかぶりを振る。敵同士として対峙する覚悟はあった。けれど、望んだ形はこんなものではない。
    「あなたと絆を結んだのはタカトさんではない。私達の方です!」
     沙月の心が悲鳴を零した。
     そして真闇を白が貫く。さくらえの放った、白蛇を模した帯が。
    「キミは諦めないって言ったよね? 僕も、まだ諦めない」
     絆縁の名を持つ帯が、押し黙ってしまった輝翠を貫く。
     覚えてるかしら、と今度は千穂が帯で味方の守りを固めながら声をかけた。
    「あのとき、受けたモノは無下にしないって言ったもの」
     つい先日の出来事だ。想起するには遠くない。迷わず応えてくれた言葉を、千穂から返す。
     休まず仕掛けようと、朱那が得物を振りかざした。そのとき。
    「……お節介な奴らだな、ほんと」
     眼前から聞こえた物言いに、思わず踏み留まった。
    「ミンナ!」
     朱那の叫びが木霊する。
     灼滅者たちが想定していた事態でもあった。しかし洗脳が解けたのか否か、また彼自身の意志を確認しようと灼滅者たちは口を開こうとする。
     だが、真っ先に声を張り上げたのは、他の誰でもなく輝翠だった――闘いたい、と。急くように。
    「北へ向かわなくていいのか?」
     晶が尋ねてみると、わからない、と彼は首を横に振った。
     そこへ、さくらえが歩み寄る。
    「キミを救いたい。キミの魂と絆を、あの理不尽な蟲や光から」
     端的に望みを告げたさくらえに対して、輝翠は息を吐いた。やっぱり変な奴ら、と。呆れるような、それでいて安心したかのような調子で。
     そして彼はふと、懐から何かを取り出した。随分と草臥れたものを。
    「諦めたくないから。だから、ここにいるオマエらと……」
     彼が、想いと一緒に突き出したそれは――くしゃくしゃになった果たし状。
     輝翠の名を呼んだ千穂と沙月に、彼は口角を上げてみせた。逃走を防ぐ陣形は維持したまま、灼滅者たちは顔を見合わせて、頷く。
    「……あの時の文を、今果たします」
     応じた烏芥にも、輝翠は笑みを向ける。
     直後。彼の百裂拳が烏芥へと叩きつけられた。突然の一撃に防ぎきれず後退った烏芥は、相手の表情を知って息を呑んだ。
     つい今しがた浮かんでいた輝翠の表情はすっかり鳴りを潜め、遥か夜空の向こうを一瞥していて。
    「行かないと、早く」
     転がったのは、不穏な音。
    「タカトのために。オマエらを倒してからな」
     緊張が走る。張り詰めた空気を、誰もが感じていた。洗脳は確かに解けていた。ほんの僅かな間だけ。
     水花が睫毛を揺らし、胸を痛める。
     ――篭絡術の元をどうにかしないと、駄目なのでしょうか。
     元々、多くのダークネスを集結させることが叶うほど、強力な術だ。短い時間だけでも術から逃れ、本来の輝翠自身を取り戻せたこと自体が奇跡で。否、奇跡ではなかった。
     すべては重ね繋いだ絆が。彼らの想いが導き出した現実で。
     先ほどのやり取りなど無かったかのように、アンブレイカブルの少年が構え直した。
    「輝翠、向かう前の前哨戦といこうか」
     晶の提案を、光に魅入られた輝翠は受け入れる。
     夜はまだ、更けそうにない。


     一撃を受け、一撃を返す。延々と繰り返される戦いの所作。
     ひとつひとつが、形なき絆として結われていく。
     闘気を雷鳴として拳に纏った輝翠が、蓮太郎を打った。受けた拳にぴりっと痺れが走る。けれど蓮太郎は眉を微かに動かしただけで、顔色を変えない。仕掛けた直後の隙を突いて、雷が輝翠を掴み、投げ飛ばした。
     着地点近くで待機していたさくらえが、受け身を取った輝翠へ異形と化した片腕を伸ばす。
     ――僕らが覚えてる。たとえキミが忘れても。
     握った拳で、風を切るように殴りかかる。紡いだ縁を手放さないまま。
     寒さをも掻き消す滾りを連れて、朱那がカラフルなステッカーサインの標識を振りかぶる。叩きつければ、鈍い音が炎に乗って転がった。
     朱の煌めきを珈琲色の瞳へ映し、千穂はそっと双眸を伏せる。
     ――ほんとはね。直ぐ声を掛けたかったし、守る戦いをしたかった。けど。
     ひと鳴きした塩豆の傍ら、千穂の指先が宙に弧を描く。仲間たちを信じている。だからこそ今日は支える戦いに励んでいた。千穂の中で揺らがず根付くもの。立場や手段を変えたとしても、そこだけは。
     くるりと回した指に集う霊力で、蓮太郎の傷を拭い去った。
    「……これが私の戦い方よ。此処で決着をつけるわ」
     誰にでもなく零した千穂の呟きは、塩豆が掬って首を傾いだ。
     輝翠の懐へ飛び込んだ蓮太郎が、深く構える。輝翠と立ち会うのは初めてだった。だからこそ彼自身と戦いたいと、蓮太郎は願っていて。
     腹底で燻る空白を埋めるように、戦いの気を拳に集束させた蓮太郎は、凄まじい連打で輝翠をよろめかせる。また洗脳が解けることもあるだろうかと、武人の心根を揺さぶりながら。
    「戦う理由はもっと別のところにあったはずだ。そうだろう、アンブレイカブル」
     輝翠は闘志を瞳に宿し、また笑った。しかし再び正気を取り戻す素振りは無い。
     すぐさま、水花が蒼銀の銃刃を掲げた。
     ――信じるものを捻じ曲げられたまま従う程、弱い人ではないでしょう。
     もはや声も届かない。判っていても、捨てたくない望みがあった。零距離で扱った銃刃は、輝翠の胸元を叩く。
     全力には全力で。烏芥にとって誠意を篭めた姿勢だった。霊撃で応援する揺籃に続き、破邪の光で目を眩ませる。強烈な一振りが、闇を裂いた。
     未だ崩れない輝翠へ、今度は晶が攻める。仮面の霊撃に並行して、異空間より招いた無数の刃を飛ばす。飛行物体を思わせる刃の雨が止むのに合わせて、矢継ぎ早に途風が鋭利な銀爪で追撃する。
    「やるな、オマエら!」
     妙に声を弾ませて、輝翠が鍛え抜かれた拳でさくらえを殴打しようとした。鋼鉄と見紛う彼の拳を、さくらえの帯が間近で受け止める。そのまま力強く帯を引けば、勢い余って輝翠が均衡を崩す。チャンス、と呼びかけたのは光の刃を解き放った朱那だ。叶うなら彼と縁のあった人に――そう考える朱那の視線は、ヒール音を鳴らした雷を振り返る。
     針のヒールに、流れ星の煌めきが宿った。朱那の光刃が直撃した正にその箇所へ、雷の飛び蹴りが入る。
     背中から盛大に仰臥した少年を、灼滅者たちが窺う。
    「っ……強いんだな、ほんと」
     光に魅入られたアンブレイカブルの少年は、翠を瞼で覆い隠す。やがて溶けるように、影すら遺さず消滅していく。
     ――アナタはやはり、勇悍でした。
     見送る烏芥の唇は、言葉を模らずにただ引き結ぶだけで。
     ――結び繋がった絆と縁の糸は、ここにあり続ける。
     失われたものもあれば、形を成したものも確かにあるのだと、さくらえは願いを胸の内に秘めた。
     修道女を志す水花は、祈りだけでなく戦いも知る指を、重ねて静かに折りたたんだ。
     彼らが天を仰ぐ頃には、すでに払暁が迫っていた。
     過ぎようとしているのだ。光と対になる、深い闇の時間が。
     各地であらゆる命を翻弄した名残を、灼滅者たちに刻み付けたまま。

    作者:鏑木凛 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 3/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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