集結する光の軍勢~悪意は、馳せ参じる

    作者:波多野志郎

     ――それは、東京都八王子市のとある山中。
     フラフラと、夜の森の中を歩く姿があった。それは、放置されていたクロムナイトの一体だった。その足は自然と人里へ、そのまま殺戮を行なう――そのはず、だった。
    『……グル』
     しかし、その足が不意に止まる。森の中、自然にあるはずのないまばゆい光に気付いたのだ。クロムナイトは、そのままその光を見詰め続けた。
    『グル』
     そして、ゆっくりとクロムナイトは再び歩き始める。しかし、その方向は今までとは明確に違い、また意図も変わっていた。その足が、向かう先は……。

    「新宿橘華中学に、向かってるみたいなんすよ」
     そう告げる湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)の表情には、緊張がある。それは、現在起きている状況の厳しさを物語っていた。
    「ベヘリタスの卵の事件で暗躍していた光の少年と、アンデッド化して白の王配下となったクロキバとの戦いに介入した灼滅者たちが、見事、クロキバを討ち取る事に成功したようなんすけどね?」
     それ自体は、喜ばしい。これにより、白の王セイメイの計画に致命的なダメージを与える事ができただろう。
     また、最後に正気を取り戻したクロキバは、自分が灼滅された事で、新たなクロキバの継承者が出現すると言い残している。クロキバを継承する者が誰になるかは判らないが、大殊勲といってよいだろう。
    「でも、クロキバを失った白の王の弱体化により、白の王と敵対していた、光の少年『タカト』達の積極攻勢にも繋がってしまったようなんす」
     光の少年『タカト』は、拉致したラブリンスターを利用し、多くのダークネスを無差別篭絡術を利用して配下に組み入れようとしている。おそらくは、集結させた軍勢を利用して、何か大きな作戦を行おうとしていると思われる。光の少年『タカト』の力であるのか、この作戦についての予知は断片的で、全てを阻止する事は難しい。だが、武蔵坂学園に関わった事があり、なんらかの『絆』があるダークネスについては、かなりの確率で予知する事が可能なようだ。
    「このクロムナイトも、そんな感じっすね。ここで戦力を減らすことができなければ、光の少年『タカト』を阻止する事ができなくなるかもしれない」
     みんなが倒すべき敵は、クロムナイト一体。東京都八王子市のとある山中から、新宿橘華中学へと徒歩で向かっているようだ。
    「なんで、その前に立ち塞がって倒してほしいんす」
     戦場としては、八王子市の山中となる。そこを出ようとしているクロムナイトを、待ち構える形だ。
    「時間は夜になるんで、光源は必須っす。後、念のためにESPによる人払いも」
     それだけ、人里に近い森の中での戦闘になる、ということだ。重装甲のクロムナイトは、かなりタフな相手だがきちんと連携を取れば勝てない相手ではない。
    「このままだと、『タカト』が何かを起こしそうな気がするっす。その前哨戦っすから、しっかりとお願いするっすよ」


    参加者
    篁・凜(紅き煉獄の刃・d00970)
    佐々・名草(無個性派男子(希望)・d01385)
    橘名・九里(喪失の太刀花・d02006)
    フィナレ・ナインライヴス(九生公主・d18889)
    二重・牡丹(セーブルサイズ・d25269)
    アガーテ・ゼット(光合成・d26080)
    シエナ・デヴィアトレ(ディアブルローズルメドゥサン・d33905)
    リンネ・ミナヨ(ダークマター・d35470)

    ■リプレイ


     東京都八王子市のとある山中。東京都、と言っても全てが都会、開発されている訳ではない。ここのように、自然を多く残している場所もあるのだ。
    「今のところ影響下にあるのは一兵卒に近い者共、といったところか」
    「ふむ、あやつの目的はわからぬが、このまま思い通り進ませるのもな。それに呼び掛けに応えたのが元々はクロムの手のものとなれば、見逃すわけにはいくまいて」
     篁・凜(紅き煉獄の刃・d00970)の呟きに、フィナレ・ナインライヴス(九生公主・d18889)がそうこぼす。クロムナイト――朱雀門に組するデモノイドロード、ロード・クロムの支配化においてさえ通用する力、それに二重・牡丹(セーブルサイズ・d25269)は言い捨てた。
    「クロムナイトすら操る……脅威よね」
    「あの個体の情報も彼の元に届いているのでしょうか……?」
     シエナ・デヴィアトレ(ディアブルローズルメドゥサン・d33905)が、その疑念を口にした時だ。アガーテ・ゼット(光合成・d26080)が、緊張した声で告げる。
    「来たみたいよ」
     灼滅者達が用意した無数の光源、木々が生み出す影からそれは姿を現わした。
     光源の光に輝く、重厚な銀白の鎧――クロムナイト、そう呼ばれる存在だ。リンネ・ミナヨ(ダークマター・d35470)は、その威容に息を飲む。
    (「クロムナイトと戦うのは初めてだな……しかしデモノイドを強化するあの技術……、アレを使えば私ももっと強くなれるのだろうか……?」)
     怒りが、憎しみが、体の内側からこみ上げる――しかし、それをクロムナイトは構わない。
    『グ、ガガ――』
    「そういえば実際にクロムナイトと相対するの初めてだっけ。君らは統率が取れている印象があったけど、そんなところからも引き抜けるんだ。それとも君はロードクロムの意図に従っているのかな」
     ……どっちも怖いね、と佐々・名草(無個性派男子(希望)・d01385)はこぼした。
    「僕の見える世界(日常)はあまりにも脆く壊れやすいから。僕は、僕の世界の危機を打ち払おう――そのために君を殺そう」
     真正面から投げつけられる宣言、しかし、そこに返されるのは濃厚な破壊と殺戮の衝動のみ。
    「デモノイドは斃す。例え他者に操られとるとしても」
     牡丹の宣言に身構えたクロムナイトへ、かかん、と下駄を鳴らして橘名・九里(喪失の太刀花・d02006)が言い放った。
    「クロムナイトに絆、ですか。武蔵坂と相対した事を絆と称すなら、此の戦いも縁と呼べるのかもしれませんねェ、然し絆も縁も断ち切らせて頂きましょう。其の最期に、僕を愉しませて下さいな」
     奪われた絆が結んだ縁、それさえも愉悦に繋げようと九里が告げた瞬間だ。
    『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
     クロムナイトの背から、蒼い翼のごときデモノイド寄生体が広がり、森の中を薙ぎ払った。


     ガゴォ!! と砕け散る地面。立ち込めるのは、土煙だけではない。
    「させない」
     リンネが手にする怪談蝋燭の黒い炎から立ち昇る、怪奇煙が周囲を埋め尽くしたのだ。その中でヒュガガガガガガガガガガガガガガ! と銃弾の雨がクロムナイトへと降り注ぐ――ライドキャリバーの轟天による機銃掃射だ。
    「失う恐怖に怯え、呪縛のように愛し、友と恋人から幸運を授かり、嘘と微かな勇気で――」
     光源が照らした煙の向こうから、歌うような言葉が紡がれる。ヒュゴ! と土煙を穿ったのは、名草のレイザースラストだ。
    「神(ダークネス)に反逆しよう」
    『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     ガガン! と、銀白の鎧が火花を散らした。クロムナイトは構わず前進、その出がかりの一歩を止めたのは九里の異形の拳だ。
    「あぁ、此れは此れ――お硬いことで」
     金属同士が激突したとしか思えない轟音、九里の鬼神変の拳を受けたクロムナイトは、みじろぎ一つしない。その手応えに、口の端を持ち上げた九里は、構わず突っ込んでくるクロムナイトをマフラーをなびかせて跳躍してやりすごした。
    「我は刃! 闇を払い、魔を滅ぼす、一振りの剣なり!!」
     駆けてくる重量を前に、凜は煉刃・熾天を逆手に引き抜く。クロムナイトの巨大な刃が振り下ろされた――そう思った瞬間に、凜の姿は消えていた。
    『ッ!?』
     霞のごとく、そう表現するのが正しい消え方だった。実際には、光源からわずかに逸れて闇に逃れただけだが、それは確かな量があるからこその身のこなしだ。
    「ぜぇぇぇあぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
     死角から回り込んだ凜の煉刃・熾天が、クロムナイトの足を切り裂く。それに続けて、フィナレだ。絶槍ウィンターミュート、その冷たい切っ先が螺旋を描き、突き出される!
    「――クロムめ、いい手駒を生み出したものだな」
     ギギギギギギギギギギギギギギギッ! と己の螺穿槍による一撃を巨大な刃で受け止められ、フィナレが言い捨てた。その銀白の鎧の通り、まさに重戦士と呼ぶべき防御力がある。
     そこへ、ビハインドの二重・菊が蟷螂の前脚の如き双つの大鎌を振るった。ギギギギン! と飛び散る火花を見やりながら、牡丹はシールドを頭上へと掲げる。
    「街を襲うとば中断させたとこは、タカトに感謝せなんかもしれんね。そっでん、相容れんとは変わらんばってんね」
    「確かに、こんなのが街に行っていたらどれだけの被害が出たか、考えたくもないですわ」
     牡丹の掲げたシールドが広範囲に展開され、シエナがリュジスモンヴィエルのクランクを回転させリバイブメロディを見事に奏でた。シエナの奏でる音色に、クロムナイトは地面を蹴って襲いかかろうとする――しかし、それをアガーテが死角から立ち塞がった。
    『――ォオオオオオオオオオオオッ!!』
     咄嗟に、巨大な刃で刺突を放つクロムナイト。しかし、大きく刃の軌道がアガーテから逸れた。ギギギギギギギギギギン! とアガーテの足元から伸びた影の刃が、クロムナイトの足元を切り裂いたからだ。
     だからこそ構わずアガーテは横へステップ、闇の中へと消えていく。半瞬遅れでクロムナイトが刃を薙ぎ払ったが、そこには既にアガーテの姿はなかった。
    『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああ!!』
    「タカトという光に集まるとはまるで蟲だな」
     リンネの挑発の意味が届いたのか否か、クロムナイトはその巨大な刃をジャガガガガガガガガガガガガガガガガ! と蛇腹の刃へと変化させ森の中を薙ぎ払った。


     八王子市の夜の森に剣戟が鈍く、鋭く、重く、激しく、鳴り響いていく。その音の一つ一つが、ここで行なわれている戦いの激しさを如実に語っていた。
    『ガ、ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!』
     音の、破壊の中心点にいるのはクロムナイトだ。その硬さを十二分に活かした重戦士に、名草は視線を走らせる。
    (「馬鹿の一つ憶えだから、強い――けど」)
     間隙をついて、轟天が突撃した。それをクロムナイトは裏拳で迎撃、なぎ払――えない。影生む黒曜石の欠片からあふれ出した影が、頭上からクロムナイトを飲み込んだ。
    「単調すぎて、読みやすいんだよ」
     名草の影喰らいに飲み込まれ、一瞬だけ動きを止めたクロムナイト。そこへ、アガーテの引き絞った彗星がごとき尾が引く一矢が放たれた。ガキン、という破砕音――クロムナイトの強化が打ち砕かれたのだ。
     しかし、クロムナイトは歯牙にもかけず踏み出す。放つのはDMWセイバー、それをかろうじて濡烏で編んだ盾で九里は受け止め――。
    「! ……ち……ッ」
     九里の眼鏡が、吹き飛ばされた。伊達眼鏡だ、視力的には問題ない。あったのは、精神的にだ。更に迫るクロムナイトの銀白の鎧に映った自分の顔に、九里は狼狽し体当たりを食らってしまった。
     宙を舞った九里へ、クロムナイトは刃の群れを召喚しようとしてそこに舞い降りた異形の影に阻まれた――フィナレだ。
    「くふ、調子に乗るなよ?」
     Q's試作型ハクメン――九つに分裂するベルトが、三本目以降の腕のように、縦横無尽にクロムナイトへと降り注ぐ。そこに菊が霊障波の衝撃を叩き付け、牡丹が上空から鋭い跳び蹴りを叩き込んだ。
    「頼むばい!」
    「了解ですわ」
     牡丹の言葉に答え、シエナは外蓑の様に羽織った白衣の袖からヴィオロンテの蔦を飛ばした。それに巻かれながら、九里は眼鏡を拾いかけなおす。
    「油断しすぎだ」
    「面目なく」
     リンネのラビリンスアーマーと共に告げられた端的な注意に、九里も短く返した。親指で眼鏡の汚れを拭い、くいっと持ち上げながら九里は言い放つ。
    「やって下さるではないですか……此の借りは高く付きますよ」
    「極彩の中に散るがいい……!」
     マフラーをなびかせた九里の神薙刃と、凜の呼んだ薔薇の花吹雪が同時にクロムナイトを飲み込んだ。旋風の刃が、猛毒の竜巻が、共にクロムナイトを襲う。しかし、その中をクロムナイトは構わず踏み出した。
    (「……強い」)
     表情には出さず、リンネは心の中でそう判断する。クロムナイトという強化されたデモノイド――元がどれほどの実力かはわからないが、ここまで強くなれるのだ。
    「くふ、逃せんな、これは逃せん」
    「まったくですわ」
     フィナレの笑みに、シエナは同意する。ロード・クロムにせよ、タカトにせよ、コレを手駒にされては面倒になる――その予感めいたものが、彼女達にはあった。
     ――戦いは、本来のクロムナイトの時間制限を越えていた。しかし、焦れば逆に危なかったのは、灼滅者達の方だったかもしれない。時間制限を考えないからこそ、着実に彼らはクロムナイトを追い込めた――。
    『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
    「こっちばい!」
     自分を追いかけてくるクロムナイトへ、牡丹は言い放つ。駆けながら、背後から近づくクロムナイトの気配を読み――迷わず、足を止めて振り返った。
    「――ッ!!」
     ガギン!! と牡丹とクロムナイトのDMWセイバーが激突し、弾き合う。ここまでは、互角――しかし、牡丹とクロムナイトには大きな差がある。それは――。
    「もうひとつ――!!」
     クロムナイトが大剣が一振りであるのに対して、牡丹の蟷螂の鎌が対であるという事だ。右手で弾き、そのまま左手で薙ぎ払いクロムナイトの胴を切り裂いた。
     そして、菊の対の鎌が×の字にクロムナイトの胸部を切り刻む。しかし、鎧が厚く断ち切るまでに至らない。
    「ここですわ!」
    「了解した」
     すかさずシエナがヴィオロンテを助走に利用して跳躍し、リンネがレイザースラストを射出した。クロムナイトの両肩に突き刺さるリンネのレイザースラストが敵の体勢を崩した瞬間、落下の加速を利用したシエナの跳び蹴りがクロムナイトの胸部を捉える!
    『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
     重圧を受けながら、なおも強引にクロムナイトは動こうとする。動こうとしたが、それは叶わない――アガーテの足元から走った影が、刃となって踏み出そうとしたクロムナイトの足を切り裂いたからだ。
    「今よ」
    「うん」
     短く告げたアガーテの言葉に、名草は轟天を走らせる。ゴギャ、とクロムナイトの巨体が轟天の突撃に宙を舞い、名草は即座に駆け込んだ。
    「任せたよ」
     ガガガガガガガガガガガガガガガガガン! と名草の振るったBABELが、連続でクロムナイトを殴打していく。浮かされたところで名草の十字架戦闘術で、クロムナイトは吹き飛ばされた。
    『グ、ガ――ガ!?』
     空中で体勢を立て直し、着地する――そのはずだった。しかし、クロムナイトの足は、地面につかない。その理由をクロムナイトが理解するよりも早く、からん、と下駄の音が鳴り響いた。
    「心配なさらずとも、タカトさんとやらには僕等から伝えて差し上げますよ。貴方が新宿橘華中学に行く事は無い、と」
     眼鏡を押し上げ、口の端を持ち上げて笑ったのは九里だ。夜闇に紛れて張り巡らされていた濡烏が、クロムナイトを切り刻む。九里が笑みを浮かべ、地面に落ちたクロムナイトの横を通り過ぎた――その時だ。
    「煉獄の刃よ、その妄執を……灼き砕けッ!!」
     斬魔・緋焔の六尺を超す長大な刀身が炎に包まれ、真っ赤なコートをひるがえし凜が横一閃に薙ぎ払う! 切り裂かれ、燃えながら、それでもなお前に出ようとするクロムナイトを――背中から生えてる尻尾状のQ's試作型ハクメンを右腕に巻き付けた、フィナレが待ち構えていた。
    「くふ、さらばだ」
     ギュガ! と巨大な剣と化したフィナレの右腕がクロムナイトの胸部を刺し貫く! その腕を引き抜くと、フィナレは未だ脈動を続ける肉塊を眼前で握りつぶした。
     それが、止めとなる。クロムナイトの体は、解き放たれたようにその場で砂のように掻き消えていった……。


    「君達の最期に、花を」
     凜の手向けの薔薇が、地面に落ちる。名草は、それを見届け吐息をこぼした。
    「ロード・クロムの方からの追っ手はなさそうだね」
     最初から、それを警戒していたのだ。それが杞憂に終わったのは、不幸中の幸いと言うべきか。
    「こいつが得たデータも、クロムんとこに伝わってしまうとかなぁ」
     牡丹の言葉に、答えを持つ者はいない。唯一言えるのは、このクロムナイトがタカトのところへ向かうのを防げた、その事だけだ。
    「何人のダークネスが篭絡されたのやら……さァて、何が始まるのでしょうね」
     眼鏡を押し上げながら、九里はこぼす。騒乱の予感に、僅かな期待を抱かずにはいられない――そういう笑みで。
    「新宿橘華中学か……あそこに何があるのやら……」
     フィナレは、夜空を見上げて呟いた。その方角には、新宿がある。その答えを知った時、何が起きるのか? それは、未だ定かではなかった……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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