集結する光の軍勢~篭絡された山田・愛姫

    作者:陵かなめ

    「さて、と。この高校もそろそろ潮時かしらね。一度朱雀門高校に戻ったほうがいいかなぁ?」
     一人、夜空を見上げながら呟くのは、中部地方で単独活動している朱雀門高校の生徒であるヴァンパイアだ。名前を山田・愛姫(やまだ・あき)と名乗っている。
     普段ならば、好きなように夜道を散歩し遊ぶ彼女だが、今日は違った。
    「って、え? まぶし……ぃ」
     愛姫の目の前にまばゆい光が出現したのだ。
     その光をまともに見てしまった愛姫は、しばらくぼんやりと立ち尽くす。
    「あ、そっかぁ。『新宿橘華中学』に行かなくちゃねぇ。これは、タカトのためなんだよね。うん。頑張ろう」
     それから、人が変わったようにはっきりとそう言い、動き始めた。
     大通りに出て自分好みの車を強引に止め、有無を言わさず乗り込む。
    「ちょうど良かったわ。ねぇ! 今すぐ『新宿橘華中学』に向かいなさい」
     怯える運転手にそう命令し、愛姫は後部座席で満足気に腕を組んだ。

    ●依頼
    「皆さん、集まってくださってありがとうございます」
     五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)が集まった灼滅者達を見て、話を始めた。
     ベヘリタスの卵の事件で暗躍していた光の少年と、アンデッド化して白の王配下となったクロキバとの戦いに介入した灼滅者たちが、見事、クロキバを討ち取る事に成功した件だ。
     これにより、白の王セイメイの計画に致命的なダメージを与える事ができただろう。
     また、最後に正気を取り戻したクロキバは、自分が灼滅された事で、新たなクロキバの継承者が出現すると言い残している。
     クロキバを継承する者が誰になるかは判らないが、大殊勲といってよいだろう。
    「けれど、クロキバを失った白の王の弱体化により、白の王と敵対していた、光の少年『タカト』達の積極攻勢にも繋がってしまったようなんですね」
     姫子は言葉を選びながら、今回の事件について説明を続ける。
     光の少年『タカト』は、拉致したラブリンスターを利用し、多くのダークネスを無差別篭絡術を利用して配下に組み入れようとしている。
     おそらく、集結させた軍勢を利用して、何か大きな作戦を行おうとしているのだろう。
     光の少年『タカト』の力であるのか、この作戦についての予知は断片的で、全てを阻止する事は難しい。
     しかし、武蔵坂学園に関わった事があり、なんらかの『絆』があるダークネスについては、かなりの確率で予知する事が可能なようだ。
    「今回分かったのは、山田・愛姫と名乗る、朱雀門高校の生徒であるヴァンパイアですね。彼女が光の軍勢に加わろうとしています。皆さんには、彼女の灼滅に向かって欲しいのです」
     そう言い、姫子は皆を見回した。
    「この山田・愛姫ですが、以前私立の高校に転校して、教師を唆し高校を支配しようとしていました。武蔵坂学園の灼滅者が介入し、その思惑は阻止しましたが、愛姫本人はその場から立ち去っています」
     まだ姫子が高校生だった頃の出来事だ。ヴァンパイアを灼滅せずに、私立の高校を守る事を目的とし、事件に介入した。
     少しだけ戦い、こちらの思惑に沿って退場させたのだ。
    「愛姫は大きな通りを車で移動しています。運転しているのは、無理矢理脅して従わせている一般人ですね」
     大通りと言っても、都会を外れた場所だ。愛姫の乗る車以外は走っていない。
     多少強引な方法になるが、信号で停車する車の前に立ちふさがると、驚いて運転手が飛び出してくる。
    「飛び出してきた運転手さんは逃がしてくださいね。異変に気づいた愛姫が遅れて車から出てきますので、そこから戦闘開始になります。愛姫はダンピール相当のサイキックに、解体ナイフも使うようです」
    「じゃあ、運転手を逃がす手伝いは、私が出来るかな」
     話を聞いていた空色・紺子(高校生魔法使い・dn0105)が手を上げた。
    「ここで戦力を減らすことができなければ、光の少年『タカト』を阻止する事ができなくなるかもしれません」
     一体これから何が起きるのか。
     姫子は一瞬思案するように口に手をあて言葉を区切る。
    「ですが、今は目の前の事を一つずつ解決しましょう。それでは、みなさん。頑張ってください」
     最後に小さく礼をし、説明を終えた。


    参加者
    水瀬・瑞樹(マリクの娘・d02532)
    ジンザ・オールドマン(オウルド・d06183)
    リーグレット・ブランディーバ(ノーブルスカーレット・d07050)
    琴鳴・縁(雪弦フィラメント・d10393)
    椛山・ヒノ(ハニーシュガー・d18387)
    四刻・悠花(高校生ダンピール・d24781)
    ラウラ・クラリモンド(咲く薔薇散る薔薇・d26273)
    月影・黒(影纏う吸血鬼・d33567)

    ■リプレイ

    ●現れた車は?
     吐く息が白い。
     都会を外れたこの場所は、夜には風が寒く感じられた。
     新宿橘華中学、ベヘリタス、タカト。
     色々なピースが出ているのにそれを繋ぐものがわからない、と、リーグレット・ブランディーバ(ノーブルスカーレット・d07050)は思う。
    (「目の前で大きな何かが起ころうとしているのに……このもどかしさは何だろうか」)
     腕組みをして道路を見つめた。
     信号が青から黄色へ変わる。とは言え、この通りを走る車は、今はまだ無い。
    「タカトさんの言っていた『準備が整った』とは無差別籠絡術の事なんでしょうか?」
     琴鳴・縁(雪弦フィラメント・d10393)もまた、考えるようにそう呟いた。
     足元で霊犬の清助がゆっくりと歩いている。光ということは、本人の力も混ぜて昇華しているように思えるけれど。考えながら清助の背を軽く撫でた。
     遠くから車のエンジンが微かに聞こえてくる。
     灼滅者達は表情を引き締め、音のしたほうへ視線を延ばした。
     黄色から赤へ、信号は変わる。
     緩やかなカーブを曲がったのだろう。ヘッドライトの光が、暗い夜道に伸びてきた。
    「個人的な恨みは、有りませんし、朱雀門への手土産にもきっとならないのでしょうけれど、この先に行かれたら厄介な事だけは確か」
     ジンザ・オールドマン(オウルド・d06183)は道路の片側へ素早く移動する。
    「ここで止めさせてもらいますよ」
     いつでも飛び出せるよう、腰を落とした。
    「タカトの所には行かせないデス! ここで止めてみせるですよーうっ!」
     椛山・ヒノ(ハニーシュガー・d18387)が言うと、仲間達はタイミングを合わせるよう頷きあう。
    「運転手が飛び出してきたら、お願いしますね」
    「おっけーだよ。見えないところまで連れて行くのね」
     四刻・悠花(高校生ダンピール・d24781)に説明された内容を確認し、紺子が頷いた。サポートに駆けつけた仲間達の姿もある。おそらく、これだけの人手があれば運転手は無事保護できるだろう。
     聞こえるエンジン音が更に大きくなる。
     程なくして、特徴のある丸みを帯びた車体が近づいてきた。
     赤い車は信号手前で速度を落とし止る。
    「ふん、切り替えよう……。とりあえず、今は目の前の敵を片付けようか」
     リーグレットはすぐに思考を切り替え、止まった車の前に立ちふさがった。続けて、仲間達も止まった車の前に出る。側面からはジンザが接近した。
    「何だ?! おい、危ないじゃないか!」
     慌てて、運転席から男性が飛び出してくる。
    「運転手さんには悪いけど、ちゃっちゃと逃げてね」
     水瀬・瑞樹(マリクの娘・d02532)がすぐに声をかけた。車を置き去りにしてもらうと言う意味では、心苦しいところではある。
    「は?」
    「紺子さんお願い」
     瑞樹に呼ばれ、紺子が運転手の男性に近づいた。
    「あれが愛姫さんの好みの車なんですね。いえ、少し気になっていたので」
     ラウラ・クラリモンド(咲く薔薇散る薔薇・d26273)がタイミングを見計らいサウンドシャッターを発動させる。車の持ち主さんにとっては、ただの迷惑かもしれませんが、と、紺子達に誘導されるように逃げて行く運転手を見て思った。
    「運転手さんもまあ気の毒に……。普通に電車で行こうとか、愛姫さん思わなかったんでしょうか」
     縁も同じように思ったのか、運転手に同情の目を向ける。
    「う~ん、これって知らない人が見たら、言い訳ができない状況じゃないかな? まぁだからといって、やめる気はありませんが」
     悠花も苦笑いを浮かべた。
    「ちょっと! 何なの?!」
     そうしているうちに、後部座席の扉が勢い良く音をたてて開いた。
     現れたのは、はっきりとした顔立ちの少女だ。
     すぐに灼滅者達が戦闘態勢に入る。
    「さぁ、殺される覚悟はできたか?」
     月影・黒(影纏う吸血鬼・d33567)が刺す様な殺気を立ち上らせた。
     音の遮断と殺気とで、一般人がこの場に来る事はまず無いだろう。
    「……っ。あんた達、私と戦おうって言うの?」
     少女――山田・愛姫は厳しい表情で灼滅者達を睨み付けた。

    ●愛姫の思いは?
    「あの女をこれから取り押さえますので、ひとまずこちらへ」
     警察の関係者を装い、千尋が運転手を誘導する。
    「や、やっぱり、俺は危なかったんだ……!」
     車内でそうとう脅されたのか、男は比較的素直にそれに従った。
    「これぐらいしか出来ないがな。折角のチャンスだ、逃がすなよ」
     現場を離れる際、クレンドが黒に声をかける。
    「言われなくとも。彼奴らは俺の大切なものを奪った奴らだ。逃がさねぇよ」
     黒は頷き、武器を構えた。親も親友も、ダークネスに奪われた。故に、ダークネスは絶対に許さない。絶対に、殺す。黒の瞳は、真っ直ぐ愛姫を捕らえている。
    「よし。後は、逃走経路の遮断だね」
    「はい、クレンドさん。私に出来ることはこれくらいですが……全力でお役に立ちます」
     クレンドの隣で葉月が頷く。
     同じクラブに所属する者同士、手伝いたいと考えここに来たのだ。
     運転手を背に庇い、優雨は戦う仲間達を振り返り見た。
    「運転手さんの安全確保はしますので、リーグレットちゃんは吸血鬼退治がんばってくださいね」
     そのリーグレットは、槍を構え今まさに愛姫に迫ろうとしている。
    「あ、あそこの道を曲がろう!」
     紺子が逃げ込む場所を指差し、皆に声をかけた。運転手も、緊張した表情で走る。
     これで、彼の安全は確保された。後は戦う仲間に託す。

     戦場では、ヴァンパイアの愛姫に仲間が迫っていた。
    「20万出しましょう。これでこの件からは、手を退いて貰えませんか?」
     予言者の瞳を発動させながら、ジンザが指を二本立てて愛姫に提案した。
    「は? この私にお金で交渉を?」
     愛姫は腕を組み、冷ややかにジンザを見返す。どうやら、その交渉に乗る気は無いようだ。
    「前に貴女も使った手だと聞きましたが。成程、随分な『絆』ですね」
    「ああ、そう言うこともあったわね。ま、でも、私には行く場所があるし」
     そう言って、愛姫が魔力を含んだ霧を展開させた。
     どうやら自分の進路を邪魔された事は理解しているようだ。
    「新宿橘華中学だったか。何故そこへ行く? そこで何がある?」
     慎重に槍を構え、リーグレットは問いかける。
    「はあ? もう、面倒くさいわねぇ。とにかく、私は新宿橘華中学に行くんだから、邪魔しないでよね」
    「どうして新宿橘華中学なのか知っているんですか?」
     なおも、縁が食い下がる。
     清助と共に仲間を庇いながら、相手を見る。勿論、明確な答えを期待しているわけではない。だが、少しでも愛姫の洗脳具合を調べる事はできるのでは無いだろうか。
    「さあ? とにかくタカトが呼んでるんだから、私は行くわよ」
     濃い霧が辺りを包む。
     今まで黙って仲間の問答を聞いていた瑞樹が動いた。相手は戦うつもりだ。引くつもりにも見えない。ならば、こちらも戦う。
     瑞樹は大振りのナイフに炎を這わせ、切り込んで行った。
     愛姫で『あき』と言うのは、いわゆるキラキラネームなのだろうか?
     初対面の愛姫を見て、瑞樹はそう思う。
    「『めごひめ』じゃダメだったの?」
     思わず疑問を声に出す。
    「は? っつ、この……!」
     一瞬きょとんとした愛姫は、自分に飛び移ってきた炎を払うように腕を振り後ろに飛び退いた。
    「とにかく、ここは通行止めです。通れるもんなら通ってみなさい!」
     悠花がそれに合わせて飛び上がり、力を込めて盾で殴りつける。
    「運転手さんは無事助ける事が出来たようですね」
     運転手を助けたいと思っていたラウラは、ひとまず安堵する。
     もっとも、車は無事に済むかどうかは分からないけれど。そう思いながら、逃げる愛姫の周囲に符を放ち、敵の足を止めた。
    「逃がさねぇ、絶対に」
     続けて黒も黒死斬を放つ。
    「ぐ……。くそ、私は行かなきゃならないってのに」
     愛姫が足止めを喰らい、顔を顰めた。
    「強く、思っているデスね!」
     どうやら相手は、新宿橘華中学にどうしても行くつもりのようだ。ヒノはダイダロスベルトの帯を射出し、愛姫を貫いた。

    ●追い詰めたのは?
    「足止めも炎も、効いてるようだね」
     上手く動けない愛姫を見て瑞樹は言った。
     短く舌打ちをする敵に向かい再び走り込む。片腕を大きく異形化させ、鬼神変を叩き込んだ。
    「ああ、もう! 痛い痛いっ、痛い」
     愛姫は顔を歪め、近くにあった車を背にした。道路には他に何も無く、囲まれている状況では、せめて車を盾にするしかないのだろう。
    「新宿には行かせません。追加料金無しのここが終点です」
     けれど、ジンザは冷静に敵を見る。
     魔法の矢を練り上げ、標的を射た。
     リーグレットもそれに続く。
    「タカトと話がしたいのだがどうすればいい? 教えてくれないか」
     槍を捻り突き出しながら聞いてみた。
    「ふん。馴れ馴れしいわね。どうして教えなくちゃならないのよ。はっ」
     愛姫は嫌そうに眉を顰め、車のドアに手を付く。ぐっと力を込めたかと思うと、地面を蹴り車の上へ跳んで逃げた。
     だがその動きは鈍い。
     リーグレットは槍の端を押し下げ、更に追い縋る。
     槍の先が追いつき、愛姫の身体を抉り取った。
    「く。あ……。私は、行かなきゃ……」
     愛姫はリーグレットに指先を向ける。嫌な気配を肌で感じ取り、一歩下がった。だが愛姫の技の発動は早い。巨大な真紅の逆十字が、リーグレットの身体を引き裂こうと輝きを増す。
    「清助、しっかり守るんですよ」
     縁に指示を受けた清助がリーグレットの前に躍り出て、そのダメージを引き受ける。
    「けれど、その学校、行ったら苦労するかもしれませんよ?」
     縁自身は、影を伸ばし愛姫を飲み込ませた。
     敵は影から逃れようともがく。
     ラウラはすぐに護符を清助に飛ばした。
    「ダメージは一生懸命治しますから、皆さん頑張ってください」
     護符で守りを固め、傷を癒して行く。
    「了解ですよーうっ!」
     ラウラの言葉に頷きながら、ヒノは手にしたウロボロスブレイドを振り回した。
    「はぁ、もう、何なの?!」
     ようやく影から逃げ出した愛姫にヒノが飛び掛る。
     鞭のようにしなる剣は速度を増し、鋭さを増し、敵の身体を何度も斬り裂いた。
     悠花は確実にダメージを受け体力を減らす敵に、マテリアルロッドの『棒』を向ける。
    「その程度では、まだまだです」
    「……くっ」
     愛姫は逃げるように車から飛び降りたが、それよりも早く悠花が紅蓮斬を放った。
     緋色のオーラを纏わせた棒が、敵の身体を殴打する。
     足止めが効いているのだろう、愛姫は上手く攻撃を避けることが出来ないようだ。
    「しぶといヤツだな」
     黒は咎人の大鎌『黒鎌・怨嗟』を構え、相手を見た。
     攻撃は確実に当たっているが、なかなか沈まない。攻撃の力はさほど強力に感じられないが、やはりそこはダークネスなのだろう。
    「か、回復を……!」
     愛姫が魔力を帯びた霧を発生させる。
     消す事のできない傷もあるが、しきりに回復されたのでは堪らない。
    「普通に回復させると思ったのか?」
     そう言って、黒が断罪の刃を振り下ろした。
     『死』の力を宿した刃は、敵の身体を容赦なく斬る。
     また愛姫が短く舌打ちをした。
     ここで仕留める心積もりで、灼滅者達はヴァンパイアを追い詰めていった。

    ●ヴァンパイアは、何を思う?
     何度も打ち合い、戦いは続く。
     幸い、灼滅者達の回復手段は整っている。ラウラを中心に、手が足りなければ縁が補い仲間を支えていた。敵は力こそ強くないけれど、体力はそれなりにある。だが、だからこそ、長い戦いになっても、一人も離脱する事無く灼滅者達は戦い続けていた。
     もっとも、こちらも癒せない傷は蓄積されて行くのだから、早く決着は付けたい。
     動きの鈍っている敵に、仲間達は力を合わせ攻撃を繰り返す。
     身体に纏わり付く炎を気にして愛姫が足を止めたのを、ヒノは見逃さなかった。
    「そこ、狙うマス!」
     片腕を巨大異形化させ、一気に距離を詰める。
     すでに、近距離の攻撃が届く事は分かっているのだ。
     勢い良く振り下ろした腕は、強く激しく敵を打った。
    「く、あ、ぁ」
     愛姫の身体が地面を転がり、止まっている車にぶつかる。
    「ああ、タカト。『新宿橘華中学』に行かなくちゃねぇ。これは、タカトのためなんだよね」
     ふらふらと立ち上がった愛姫が車の上に上り、灼滅者達を見た。
    「何を?」
     何をする気だろうか。ラウラが疑問に思うのと、ヴァンパイアが飛び上がるのは同じだった。
     敵はナイフを緋色に輝かせ、悠花に向かって超速度で落下してきた。
    「狙いは私ですか」
     悠花は棒を構え、攻撃に備える。
    「は、あーっ」
     気合の入った愛姫の掛け声が響いた。
     棒をくるりと回し、悠花が敵を打つ。
     真っ向からぶつかると思ったが、衝撃は無かった。
    「え?」
    「フェイクだ」
     黒が叫ぶ。
     悠花のすぐ横の地面を穿ち、愛姫は来た道目指して走っていく。
     攻撃を囮にし、逃げたのだ。
     灼滅者達は確実に愛姫を追い詰めていた。そうなれば、敵は逃げるしかない。しかし、『新宿橘華中学』への道は紺子はじめサポートの仲間が待ち構えている。車の上に乗り、戦場の様子を観察していたのだろう。
    「だっから、どこでもいいわ。逃げて逃げて、振り切って。それから『新宿橘華中学』に行くんだから」
     愛姫は、その言葉通り逃げる場所を選ばず、とにかく戦場を離脱しようとした。
     慌ててラウラや悠花、黒がその後を追う。
     が、愛姫が戦場を離れる直前に、その背を銃弾が貫いた。
    「言ったじゃないですか。ここが終点です、と」
     敵の逃亡を警戒していたジンザが援護射撃を放ったのだ。
     攻撃を受けた愛姫は、たたらを踏み足を止めた。
    「くそっ。私は、行かなくちゃ!」
    「で、そこまでして忠義を尽くす相手の顔を、知ってます?」
    「え?」
     ジンザに問われ、愛姫がきょとんと驚いたように目を見開く。
    「タカトね。あいつはそもそも何なのか。お前は朱雀門について今はどう考えている?」
     いつの間にかリーグレットが敵の背後に回りこんでいる。
    「何って……。タカトはタカトでしょ。私はタカトのために動くのよ」
     愛姫は言いながら後ずさりした。
     どうやら、まともな回答は得られないようだ。やれやれとため息をつき、リーグレットがマテリアルロッド『ジャルダレオン』を振り上げる。
     一つ小さくステップし、フォースブレイクを叩き付けた。
    「さっきの逃亡は、ちょっと驚いたね」
     しかし、さして焦る表情も見せず、瑞樹が吹き飛んだ愛姫の身体を追う。
     二本の鎖の形をした影を伸ばし、影喰らいで畳み掛けた。
    「あまり具体的な事は聞けませんでしたね」
     だが考えるのは後だ。縁もギルティクロスを放ち、敵を追い詰める。
    「もう一息デス! 頑張るマス!」
    「ああ、絶対に逃がさねぇよ!」
     皆を鼓舞するように叫ぶヒノ。
     決意を込めて敵を打つ黒。
     2人もまた、仲間に続き攻撃を繰り出した。
     ヒノは叩き込んだ魔力を爆発させ、愛姫を体内から破壊する。
     よろめく敵を目掛け、黒が黒死斬を放つ。
     死角からの斬撃に、もはやヴァンパイアは対応できない。
    「あ、私は、行けない……?」
     傷を負った口から、最後の言葉が漏れて消える。
     ヴァンパイア山田・愛姫の身体も、全て崩れ去った。

     互いの無事を確認し、灼滅者達はひとまず安堵する。
    「戦力も、それを集める手段も全て借り物とは。どうにも、気に食わない事で」
     ジンザがポツリと呟いた。
     愛姫との会話を思い起こし、あるいは『新宿橘華中学』へ向かおうか思案し、それぞれが戦いの終わりを実感する。
     ともあれ一区切り。
     辺りを簡単に片付けて、灼滅者達は学園へ帰った。

    作者:陵かなめ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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