集結する光の軍勢~享楽堕落追求者の黄昏

    作者:一縷野望

     ――誰かを巻き込み享楽に浸れば、この虚ろは埋まると思っていた。
     でも、それは所詮は頓服、永続性はない。闇の長さには尺足らずこの上ない――。
     辰宮馨という見目十代後半のヴァンパイアの心は、常に虚無に囚われていた、其れがいつ頃からか忘れる程に。
     滅びの恐怖から逃げ安穏へ浸るコトを求めすぎた結果、張り合いを手にする術を見失った。
     瞳眇め厭世的な笑みの仮面をつけながら、いつしかそんな表情しか取れなくなっていたダークネス、それが辰宮。
     それでも朱雀門の命で学校一つを堕落させて遊んだ時は、まだ虚無を忘れたふりができた。
     其れを壊したのは武蔵坂学園の灼滅者とやらだ。彼らは浪漫満ちあふれた遊び場を壊すだけ壊し彼を排斥して帰っていった。
     その時生じた『苛立ち』は、もしかしたら彼が持ち得た唯一の執着――『絆』なんだろうか。
    「ああ……」
     そんな彼の前に、空っぽな心すら焼き尽くし灰燼に帰すが如く、目映い光が顕現する。
    「……はっ、ははははははは!」
     朗々とした笑い声に驚き、しかし笑える愉快に躰が震える。
     嗚呼、この身を使い潰し尽くしたい。そう、死など畏れるに足らぬ――タカトという、彼のためならば!
    「さてまずは『新宿橘華中学』に向かわないとねぇ」
     充実に酔うた男は、サービスエリアで停車しドアをあけたばかりの観光バスへ近づいていく。


     光の少年と白の王配下のクロキバの戦いは、灼滅者の介入の結果クロキバ灼滅という結果に繋がった。
    「白の王セイメイの計画はぼろっぼろになったはずだよ、イイ気味イイ気味」
     腕を組む灯道・標(中学生エクスブレイン・dn0085)は、にんまりと人が悪い笑みを口元に描く。
    「クロキバも最期はクロキバとして終われたしさ、大健闘だよね」
     新たな継承者云々も聞けたが今回脇に避けて、と、標は右から左へ手を動かす。
    「皆に対処して欲しいのはタカト側の積極攻勢の1件だよ」
     タカトは拉致したラブリンスターを利用し、多くのダークネスを『無差別篭絡術』にて配下に組み入れんとしている。
    「集結させて大きな作戦遂行狙ってそーだけど、詳しくは不明。ちょっと予知も断片的でね」
     それでも、過去に武蔵坂に関わり『絆』持つダークネスは予知が叶った。標がこれから話すのもその一つだ。
    「辰宮馨ってヴァンパイアなんだけどね……もう、2年前になるのかな。朱雀門の学校支配作戦で動いてた奴だよ」
     当時の予知は姫子だったため、みっちり聞き取りメモした手帳に瞳落として標は続ける。
     今回彼は、ある北の地方都市から都内へ移動するためサービスエリアで観光バスを乗っ取る。
    「バス内には運転手と若い女性ガイドと30人の老人達がみっちり、まだ降りてないよ」
    「それは……」
     今まで黙って傍に控えていた機関・永久(リメンバランス・dn0072)が瞬き息を呑んだ。
    「サービスエリア、ですと他の人を巻き込む危険性も、あります」
    「ん。だからさ、戦いはバス内と、その周りですませて欲しい」
     幸いなのは、周囲に他のバスがないスペースに停車しているコト。
     辰宮をバスから誘い出すなどのヘタさえ打たなければ、バス内以外を危険に晒さずすむ。
    「中の方は……」
     助けたいとむずがるような永久へ、標は大きく頷く。
    「そこはキミ達の腕の見せ所だよ」
     決して不可能ではないと灯色は告げている。
    「辰宮はバスに乗り込んだばかり、脅迫された運転手とガイドさんはともかく、老人はまだパニックに陥ってない」
     辰宮の乗車が余興かなんかだと思っているらしい。
     辰宮も、ニコニコと愛想良く最前列の老婆へ話しかけたりなんかしてる模様。
    「ただそれも上辺だけ。辰宮は、バスを血塗れにするコトを厭わないよ。乗員乗客が全員死んでも他のバスを乗っ取ればいいやって考えてる」
    「言葉だけで、気を惹くのは難しいかも……ですね」
     さりとて乗客乗員を逃がさず戦闘を始めたら、積極的に巻き込むのは目に見えている。
    「……とにかく」
     少しでも実働部隊の負担を軽減すべく、永久は提案する。
    「俺は皆がバスから降ろしてくれた人を預かり……宥めて安全な場所に誘導、します」
     つまり彼らをバスから降ろせば安全は確保できる。

    「戦闘時、辰宮は日本刀とダンピールのサイキックを駆使してくるよ」
     ポジションはクラッシャー。とにかく『タカトの役に立ちたい』と囚われている彼は、的確に弱り目を突き灼滅者を潰しきろうと、する。
    「タカトがダークネスを集結させて何を企んでるのかはわかんない……でも、嫌な予感がするんだ。だから、さ」
     標は顔をあげるとこう告げる――少しでも力を削ぐために、辰宮が軍勢に加わるのを絶対に阻止して欲しい、と。


    参加者
    セリル・メルトース(ブリザードアクトレス・d00671)
    玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)
    色射・緋頼(先を護るもの・d01617)
    エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)
    篠崎・壱(非定型ステップ・d20895)
    志穂崎・藍(蒼天の瞳・d22880)
    宮瀬・柊(月白のオリオン・d28276)
    茶倉・紫月(影縫い・d35017)

    ■リプレイ

     愛しき黄昏の時代は短かった。されど存外自分は永く生きた、泡沫と言うには些か語弊がある程に……情熱も、なく。


     緊張と柔和は両立する。
     朱雀門の制服にケープ羽織る青年に対して老人は孫でも見るように穏やかだし、汗ばむ指でハンドルを握る運転手と笑顔作れぬガイドは叫び出したい恐怖に充ち満ちている。
    『へぇ、お嬢さん大正生まれ? あの時の事は昨日のように憶えてるよ』
    「わたしゃ憶えてませんよぉ、なにしろ赤ちゃんですもの」
     もぐもぐと唇を動かす老婆と歓談しつつ、柄の間から銀刃を晒し圧力を。
    「しゅっぱつ、しまぁす!」
    「待ってくれ、バス会社から伝言を頼まれた」
     閉じるドアを体で堰き止めたエアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)は至極落ち着いていた。
    「御用改めよ!」
     捻りはちまきの篠崎・壱(非定型ステップ・d20895)に十手を翳され瞳ぱちくりの九十乙女にはパッと花咲くように破顔、辰宮からの盾となるべく背筋を伸ばした。
    「……大丈夫やから」
     玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)が小さく運転手達に頷いたのは一瞬。
    「皆の者、控えおろう!」
     羽織袴で通路疾走、辰宮過ぎて中程で模造刀に手をかけ威風堂々。
    「状況は判っている、落ち着いて俺達に任せて欲しい」
     安心させるようエアンは肩を叩く。
    「ようやく悪事が明るみにされるのですね」
    「げーのー人かいなー、えらい綺麗じゃ」
     楚々とした仕草で指を組む色射・緋頼(先を護るもの・d01617)を前に翁達の目尻も下がる。
     ちらと因縁ある辰宮に視線をくれるが……『また』と再会を口にした彼に感情の色めきは一切ない様子。
     ――これが絆を奪われるということ。
     エアンにおろされた震えるガイドに入れ替わり、静かにステップをあがる茶倉・紫月(影縫い・d35017)は、重たげな瞼から覗く紅で辰宮馨というヴァンパイアを捉えた。
     絡みついて離れ辛い、呪縛で束縛……それら奪われ偽りの枷をかけられた男へ向く複雑な綾。
     それを眠気にて押さえ込み紫月は老人へ向けて笑み……は難しいから無表情の中になんとか優しさを融かし頭を垂れる。
    「あーれー」
    「おっと大丈夫かい?」
     町娘百花を支え入れ替わりステップをあがったのは、着流し羽織り腕組みの宮瀬・柊(月白のオリオン・d28276)である。
    「ああ、そのお方、は……!」
     バスの外から囃子文句な機関・永久(リメンバランス・dn0072)の肩を叩いたのはレイラだ。
    「機関さん」
     大事な友達の力になりたい、その志に永久は『ありがとう』と小さく微笑み返し。
    「ヴァンパイアを灼滅するってんなら、手を貸すぜ」
     千尋も闊達に唇を吊り上げ身を下げる。今、辰宮に悟られるわけには、いかない。
    「はい」
     三人は、壱との打ち合わせで脱出口となる後方に待機する司の元へ向かう。
    (「あの時の、スカウトマンがこんな事件を起こすとは……」)
     流希と朱梨、縁ある彼らは前方よりにて事の推移を見守った。
    「……俺達の舞台にお付き合い下さいな」
     丁重にして華麗に頭を垂れる一浄に対し、ゆっくりながら弾むように返る拍手喝采。
    『――』
     自分のテリトリーに踏み込まれる嫌悪と――期待。相反する感情に翻弄される辰宮に立ちはだかったのは二人の女性。
     意志ある青でじっとにらみ据えるのは志穂崎・藍(蒼天の瞳・d22880)
     白銀に包まれ凍てついた気配で壁となるのはセリル・メルトース(ブリザードアクトレス・d00671)
    『はは!』
     退廃と堕落を厭うその目が気に入らない、まるで『黄昏浪漫倶楽部』の終焉の時にモブどもが見せた瞳のようで。
     そうか。
     もうあの時と同じで、崩壊は約束されているのだ。
     ――ならば、いらない。全部。そう……あの方、あの方さえ、いれば!
     すらり抜いた刀を掲げ辰宮は銀の光を招聘する。全てを全て、紅に染め無に帰すために。


     予想より早い攻撃。しかし落ち着いて或る者はその身を盾にし或る者は辰宮へ被さるように襲いかかる。
    「無関係の皆々様を巻き込もうとは、なんという狼藉!」 
    「まぁ先に切らせてからの余裕ぐらいはもたないとねえ」
    「は、余興に付き合う余裕もない、か」
     手近な老人を庇った壱、柊、エアンの身が血だらけになるも、
    「お刀自さま旦那さま、いきなりの見せ場から参ります故、少々危のうございます」
     心地よい西の響きがすかさずフォロー、余興と危険を裏表に貼り合わせ老人の気を病ませぬは一浄の心意気。敢えて鋏は出さずに口と手を動かしひたすらの避難誘導に努める。
    「お兄さんあとでサイン頂戴なぁ。うちアンタのファンになってもうた」
    「はい、喜んで。そやし今は下がってくださいね」
     上品と気安さが同居するなまりに瞳細める老婦人は、お侍の裾を離すとちょこりとした足取りで後方へ。
    「此度の改め、無辜の人々に御怪我負わせるわけには参りませぬ」
     一浄と調子を合わせ見得を切る壱。腰元でさりげなく動く指が繰る闇糸は辰宮を捉えるコト叶わぬも、道を作るように中央通路をひた走り、司が待ち構えるバス後方をぶち抜いた。
    (「本当は初手回復、といきたいところだけど……」)
     とにかく今は早急に降ろす事が求められると判断した。
    「先生、お願いしマス!」
    「ふっ……いいだろう、この力見せてやろう!」
     明らかに異常な事態ではある――しかし現実を悟らせて恐慌状態を招いては、ならない。
     だから柊はわざと後ろに下がり、西洋の伊達で大仰な仕草でガンナイフを抜いた。
     ドン!
     壱があけた穴を更に広げ、柊は洞窟の入り口のように仕上げてみせた。
    「皆が安全に移動するまでは、俺が守ろう。さあ、早く!」
     仕上げの大見得にやんやの観客。
     その手を引き更に下がらせる一浄と紫月。エアンは下がりきれない老人三名を前のドアから逃がした。
     一方、
     刻まれながらも一向に下がらず、否、より踏み込み本気で狙い定め奪命狙うは攻撃手の娘達。
    「申し訳ありませんが」
     巨腕で辰宮の面に影作り、だがあくまで声は穏やかに。藍は老婆達を背にして陰惨を見せぬよう最大限気を払う。
    「少し騒がしくなるので奥に移動をお願いしますね~」
     ドン。
     床に押しつける様は非常に苛烈。
     先程の攻撃で、この男が老人達の命を欠片も気にかけていないと露呈した、ならば赦せぬ絶対に!
    『――かっ、は』
     何故あっさり喰ろうてしまったか? 思考は怜悧なる六花で無理矢理断ち切られた。
    「真白なる夢を、此処に」
     纏う光集めるように翼あるセリルが手を翳せば、現れるは白銀の槍。
    『夢、か……』
     それは、いい。
     現実感のないふわりとした単語は必要以上に心を躍らせる。
     ……そもそもが、今目の前で起こる芝居こそが綺羅星の如き一瞬ではなかろうか? そう、自分が渇望していた。
     本来の戯れ言好きな性分が騒ぎに混ざり込みたいと防御を鈍らせる。そういう意味では、芝居にかこつけての救助活動は非常に有効だったのだ。
    「お久しぶりです、馨さん」
     敢えて落ち着いた口ぶりで歩み寄り緋頼は運転手に降りるよう瞳で促した。ステップの向こう手を差し伸べる流希への安心感も手伝って静かなる降車と相成った。
    「あの時以来、貴方を忘れたことはないですよ」
     あいたままのドアに関心惹きつけぬようすぐさま真ん前に陣取るも、
    『――』
     彼の瞳には何も、ない。
    『あ、ああ……』
     だからか、絡みつく糸に囚われたとたん歓喜が色濃く映り、緋頼は瞳を眇めた後――確かなる微笑みを、浮かべる。
    「下がっていただけますか、どうぞ」
     慣れぬ丁重な口ぶりで紫月は一番近くの老婆を二人怪力無双で抱えて通路へ。背を押す一方で自分は辰宮へと向き直り手にした蝋燭に黒を灯す。撫でる様な一撃ではあったがこれで埋まる疵ではない。気を抜かず回復を配分しなければ……押し切られる。
     予想より戦闘開始が早かった。故にエアンは避難に気を揉みつつも踏み込みつきだした掌で辰宮の胸を突いた。
    『ははぁ、成程キミはボクらの出来損ない、か』
     紅蓮と共に奪われる命は同類の力。
     揶揄に対し澱のように黒い炎はおくびにも出さず、涼しげに持ち上がる口元。
    「もし良ければ君も加わってみる?」
     束の間の夢に。
    『それも良いかもしれないなぁ』
     壊れたバスでも走ると言われてもどうでも良い事に思えたのは、多分混迷が見せた偽り感情――だってこの身は、あの方の元へ、充実はあそこにしかあり得ぬはずだから。


    「らぎ! みんなをお願い!」
    「しのさん」
     安心して任せて欲しいと大きく頷いた司を中心に、皆せっせと老人をおろす。
     割れた破片が傷つけぬようにクッションを方々に添える百花と目が合って、エアンの笑みが一時本物へ。
     宿敵への猛りと帰りたい日常は、どちらも彼を構成する大切なピースだ。
     へたり込む乗務員二人の手を千尋は励ますように優しく包む。
    「既に警察の方には連絡してますから」
     他のバスからの助けだろうか? そう言えば警官を名乗る男性がいた気がする……運良くいてくれた関係者に安堵する二人。
    「もう安心ですよ……」
     そんな流希はバス側を背に身を盾に老人をおろしている。
    「危ない」
     室内に紫月にしては珍しい張りある声が響き渡った。
     辰宮が藍へ向けた本気の一薙ぎが床を破壊し、足元おぼつかぬ老女を蹴躓かせたのだ。鼻先にあるのは椅子の背。若者であれば事故にならないが身体の衰えた老人であればそうはいかない。
     咄嗟に障害物たる椅子を引き抜き、体で老婆を受け止めた。
    「まぁまぁ、こんなお婆ちゃんですのに……」
    「さぁさぁ、あちらですぇ」
     エスコートせんとー、とでも言いたげな一浄は柔らかな所作と相反する豪快さで、墨染桜にて椅子ごと辰宮を浚い吹き飛ばす。
    「あら、殿方が私を取り合うなんて」
     ふふと笑み出口の司へと託す一浄。
    (「攻撃する暇もないな」)
     そんな余裕ある所作から目を逸らし強ばる紫月の頬は更に下を向く。代わりにあがる指は癒しの矢を編みあげた。
     ならば癒しに徹するのみと、藍の狙いを高め疵を塞ぐ。
    「ここにいてくださいね」
     一方『手伝ってくる』ともう一度しっかり従業員に笑いかける千尋に入れ替わり、毛布を手渡したのはレイラと永久。
    「もう安全ですから、絶対に皆さん無事に救出されます」
     流れ弾からのガードに行くと駆けだしたレイラから受け取った毛布を、永久はひとりひとりへ配っていく。
     やがて、全員を無事下ろした頃には従業員も己の職務を思い出せる程に落ち着いていた。
     藍が音を閉ざしているため恐怖がぶり返す事もなく、避難は非常にスムーズかつ穏やかに終結する。


     乗客を逃がしきる間、辰宮が巻き込み攻撃を狙ったのは初手の1回のみ。
     それは人命第一の灼滅者にとっては大きな幸い、だが一方で線を引いたような実力差を突きつけられる苛烈な戦いとも言えた。

     ガンと耳劈く音、椅子が玩具のように巡り天井に当たり落ちる。
    「……余興は終わりだ、灼滅する」
     セリルの命喰もうとする刃を進んで受け入れたエアンは、腕伝う熱い血に更に高揚する。
    「ありがとう」
     身を屈めたセリルはそれだけ残すとエアンが蹴り上げた椅子の影に身を潜める。
     ぎゅうと刀を握り引き寄せて同じ場所を切り裂き命を啜る。合わせ鏡のように笑む二人、一方は凄絶で一方は寂莫。
    「そう、ここからが本番だね」
     がらんとした車内をセリルの声が走り抜けた。
     そうして護衛という枷を千切るように床を蹴る。粉雪散らすように光纏うた拳で頬に一撃、更に顎の下に肘を入れ押しつけるように体内の力を流し込んだ。震える指が引きはがそうと腕を掴みに来るが、三撃目で払いのける。
    「まだだよ。まだ、僕の番だよ」
     沈んだ瞳と相反する可憐な声音と口元がとにかくセリルの異質さを物語る。
    『野蛮……ッ』
     猛攻はそれで留まらない、勢いでノックバックした後頭部に藍のすんなりとした白い足が撓り痛烈な一撃を叩き込んだのだ。
    「逃がさないよ」
     身体感覚を根底から狂わせる衝撃を立て直す暇もなく、腰に絡んでいた緋頼の糸が鋭角描き更に彼の回避性能をこそげ取る。
    「今日、貴方を灼滅します!」
     剥ぎ取られてしまったのならば、再び絆を結べば良い。
     戒めも拘束も、魂を賭けて死をつきつけるコトも――全てはそこに収束していく。
    『……ああ、あぁ』
     ――今回は逃がしてくれないのかい?
     本当に言いたい言葉は奪われて、残念ながら形を為さない。
    「……」
     今あるもどかしさを感じ取り、更には過去の報告書の数々に散見された空虚を重ね、壱は手繰った黒糸の先にある剣のスートを握り込んだ。
    (「淋しいひと」)
     それでも赦せないのも事実で。
     例えば今日沢山の命を奪おうとしたコト、例えば……自分に逆らった少女を虫けらのように殺した、コト。
     ――だから、狩る。
    「今度はあんたへの、ショウタイム、よ」
     左手首の紫なぞり掲げた手のひらに蓄えた悪夢は、足絡め蹌踉けた辰宮を確実に捉えた。
    「逃がさない、絶対に。誰も傷つくことなく誰も悲しむことが無いように」
     そして、誰も魂を堕としてしまわないように。藍は気遣わしげな眼差しで穏やかな癖に張り詰めている緋頼を見やる。
    『…………こんなに、強かったっけ?』
     誰ともなしに零れ出た独り言に辰宮は瞳を見開いた。
     何故自分が取り残されてしまったのか、それは自分が常に停滞と怠惰を愛し結果、成長するモノの『世界』から降りてしまったからだ。
     そんな自分は此処から『何処まで』できるだろう?
     もしタカトの元へ行けば、この腐ったような諦観はぬぐい去ること叶うのだろうか?
    『ふふ、まだ死ねないねぇ』
     忘れるぐらいに懐かしい執着という欲望を杖に身を起こし、斜め下に翳した刀を一度鞘に収める。
     タカトの元へ。
     タカトの元へタカトの元へ。
    『邪魔をしないでいただこうか!』
     ち……ッ。
     鈴が啼くような音たて抜けた居合いの軌跡を見切り緋頼の前に現れたのは、にやけた柊の顔だった。
    「前時代的な刀に囚われてちゃ、勝てないぜ?」
     偶然か故意か、まるで見透かすような台詞に唇が戦慄く。
     今までで一番の痛み、だが苦を漏らすなんて事は柊の主義に反するから、軽やかに座席を蹴って空中で構えた銃で照準を合わせる素振り。
    「なんて、ね」
     それはブラフ本命はここからと、伊達に額に銃口をつきつけた。
    「Bang!」
     射出された弾丸は打撃めいた衝撃で敵の破壊力もろとも打ち壊す。
     畳みかけるように翻る花斬り鋏は更に力を寄越せと手首に筋をつけて、続く矢は柊の傷みを軽減すべく肩に刺さる。


    「こうして間近で対峙出来た事は幸いだったよ」
     胸から戻したエアンの腕は、過去形で語る事妥当なる血で飾られていた。
    「敵」
     とりあえず。
     それすら繋がりであるのは、今まさに死に至る男の顔を見ればわかると、紫月は炙るように蝋燭を頬ギリギリに近づけた。眠たげな眼差しすら、死んだように生きた辰宮に取っては明らかな覚醒だ、そうこの赤き焔の如く。
     ひゅ。
     宙切るナイフが逸れたのに微笑むヴァンパイアは、肩口に感じる重たい衝撃に虚を突かれたように顔をあげる。
    『え』
    「フェイントなんて常套手段だと思うんだけどなぁ」
     滑らかな蒼に染まるもう一つの銃が肩から外し、柊は困ったような微笑みで辰宮を見下ろした。
     誰を狙うかすら定めず後ろ手に振り上げた刀は、壱が腰に下げた十手を落とし太ももに疵を入れる。
    「あんたがやっと『絆』とか充実できるものを見付けたのは、良かったのかもしれないけど」
     ごめんなさいねと詫びる壱の声は優しい。
     でも、
    「貴方が何をしようとタカトさんはなにも喜ばない、ここで倒れてもタカトさんは何も感じない」
     藍の台詞は何処までも冷酷で――でもそんな二人の突きつける炎達は欠片も容赦なんてなくて。
    「……絆、……駒」
     二人の台詞を口元で丸め、笑みの代わりに血を吐いた。
     タカトの元に行きたい渇望はまだあるのだけれど、皮肉も揶揄も憐れみも遠くから聞こえる子守歌のようで……何故か、休まる。
    「なんや、やりきった顔して」
     救出のため奥底に沈め続けた緊張が解けるのと共に一浄は小さく吹きだした。結局は呪縛すら充実に書き換えて貪った男への手向けはやはり墨染桜。
    「今宵はこれにて閉幕」
     タカトもいるしそうも言えぬ処だが、今はただ。
    「所縁など無ければ、私怨すら無い」
     誰が誰を信じようとも、其れは好きにすれば良い――怜悧にしてフラットな瞳は物言わずとも雄弁である。
    「けれど、其れが悪夢にしかなり得ないのなら」
     一切合切を断ち切るようにセリルは白き想い抱く夢の導き手の切っ先を喉へ突き入れた。
    「決着、ですね」
     あの時も今も仲間が居て支えられたからこそ、闇に囚われずに此処に至るコト叶った。
     緋頼がつと伸ばす糸に辰宮は指を伸ばす。
     それは、
     攻撃を止めるなんてモノじゃなくて、むしろ子供が宝物を欲しがるようなあけすけない無邪気な欲。
    「……」
     思い出されなくとも今結べた此は確かに、絆。
     掴ませた糸を思い切り引き、緋頼は辰宮というダークネスを灼滅する。

     ――嗚呼、なんと言えばいいのか。

    「お別れだ」
     また何処かの黄昏で――そう言ったのは何時だったか、曖昧で朧気でされど充実訴えるこの記憶、届きそうで届かない指先がもどかしい。さっきは糸に届いたというのに。
     ならば。
     ならばならば。
    「さようなら、ま、た……」
     また、来世で。

    作者:一縷野望 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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