集結する光の軍勢~白き獣

    作者:奏蛍

    ●変化する体
     まばゆい光に、薄い水色……ほとんど白にしか見えない毛並みが輝いた。けれど前足の先だけは、墨を落としたように黒い。スサノオだった。
     スサノオの瞳は真っ直ぐに光をとらえてしまっていた。そしてだんだんと景色が変わっていく。
     低かった視界が少しずつ高くなって、地についていた前足が離れていく。気づいたときには、スサノオは人の形をしていた。
     柔らかな薄い水色の髪の毛先だけ、墨を落としたように黒い。そして体の変化以上に、スサノオの中で何かが変わっていた。
     タカトのために何かをしなければいけない。働かなければ……。
     人の形をとっても、駆けるスサノオは速かった。道路に出ると、走ってくる車の前に出た。
     急ブレーキーを踏んだ車は、凄まじい音を立ててスサノオに突っ込んでいく。前足が手になったせいで、少し慣れない様子のスサノオが手を上げる。
     手のひらで車体を受け止めて、車を止めた。
    「新宿橘華中学校に迎え」
     息を飲んだ人は、逆らうこともできずに車を走らせた。
     
    ●薄水色の毛をしたスサノオ
    「白の王セイメイの計画に致命的なダーメージを与えることができたんだ」
     みんなももう知っているかもしれないけどと、須藤・まりん(高校生エクスブレイン・dn0003)が集まった灼滅者(スレイヤー)たちに話しかける。ダークネスの持つバベルの鎖の力による予知をかいくぐるには、彼女たちエクスブレインの未来予測が必要になる。
     ベヘリタスの卵事件で暗躍していた光の少年と、アンデット化して白の王配下となったクロキバの戦いに介入した灼滅者たちが見事にクロキバを討ち取ることに成功した。最後に正気を取り戻したクロキバは、新たな継承者が出現すると言い残している。
     誰がクロキバを継承するのかはわからないが、大きな手柄と言えるだろう。けれど白の王を弱体化させたことにより、敵対していた光の少年、タカトたちの攻勢に繋がってしまったのだ。
     拉致したラブリンスターを利用して、多くのダークネスを無差別篭絡術で配下に組み入れようとしている。篭絡されたダークネスたちが新宿橘華中学校に向かっていることから、集結させた軍勢を利用して大規模な作戦を行おうとしているのだろう。
    「どうしてか予知が断片的なんだ」
     もっと詳しく話したいけれどと、まりんが肩を落とす。タカトの力が働いているのだろうか……。そのため、全てを阻止することは難しい。
    「でも予知できることもあるんだ!」
     武蔵坂学園に関わったことがあり、何らかの絆があるダークネスについてはかなりの確率で予知が可能なのだ。みんなにはかつて武蔵坂学園と関わりがあり、今また光の軍勢に加わろうとしているダークネスの灼滅に向かって欲しい。
     ここで戦力を減らすことができないと、タカトを阻止することができなくなるかもしれない。
    「予知できたのはスサノオなんだ」
     古の畏れを各地で呼び起こしていたスサノオだ。このスサノオが呼び起こした古の畏れたちを灼滅したのが武蔵坂学園の灼滅者たちだ。
    「無差別篭絡術を受けた影響で、人の形になっちゃったみたい」
     人の形を取ったスサノオは、森の中から道路に出て車をハイジャックする。みんなにはハイジャックされる前に、スサノオを灼滅することで止めてもらいたい。
    「スサノオはここの地点から道路に出てくるよ」
     道路に出てしまうと一般人に被害が出てしまう可能性があるため、森の中でスサノオに接触してもらえればと思う。現れる地点はわかっているので、その地点に到達するまでの道を張れば……。
     スサノオは人狼のサイキックとマテリアルロッドに類似したサイキックを使ってくる。
    「何かが起こりそうな気がする……」
     不安そうな表情を見せたまりんが、改めて灼滅者たちを見る。
    「ともかく今はできること……スサノオの灼滅をお願いね」
     何とか笑みを見せたまりんがみんなを送り出してくれるのだった。


    参加者
    月翅・朔耶(天狼の黒魔女・d00470)
    新城・七波(藍弦の討ち手・d01815)
    戦城・橘花(今ここに・d24111)
    今・日和(武装書架七一五号・d28000)
    梢・藍花(白花繚藍・d28367)
    志水・小鳥(静炎紀行・d29532)
    上里・桃(生涯学習・d30693)
    幸御・たま(小学生人狼・d32660)

    ■リプレイ

    ●森の中で
    「ヒトの形をしているんだってね」
     どこからどう見ても人なのか、やはりちょっと違うのか……今・日和(武装書架七一五号・d28000)が首を傾げた。一般人に紛れてしまったら大変と、目の前に広がる森を見る。
    「……私は私の役目を果たすだけだ」
     日和に答えたのか自らに言ったのか、戦城・橘花(今ここに・d24111)が長い黒髪を指で払って森に足を踏み入れる。クロキバに対して想うところもある橘花だが、今やるべきことやろうと割り切った。
    「可能な限り、ここに追い詰めるようにしましょう」
     事前に森の中を調べてちょうどいい広さの場所を見つけた新城・七波(藍弦の討ち手・d01815)が地図に印を付ける。
    「それじゃあ、行こうか」
     視線で了承の意を告げた灼滅者たちが志水・小鳥(静炎紀行・d29532)に一斉に森の中に散らばった。道路からは適度に距離を取り、離れすぎてみんなで張った網からスサノオが逃れないよう注意する。
     不安げな顔を見せたまりんを安心させるためにもきっちりみんなで帰ろうと、小鳥がスサノオを探して意識を集中させる。霊犬の黒耀も相棒と呼ばれるに相応しく、耳をピンと立てた。
     同じように、離れた場所で月翅・朔耶(天狼の黒魔女・d00470)の霊犬、リキも耳をピンと立てる。
    「何か聞こえるのか?」
     そっと背を親しみを込めて触れた朔耶がリキの瞳を見る。愛らしい瞳が朔耶を見返し、警戒するように身を低くした。
     視覚にも聴覚にもまだとらえられていないが、確かに何か異質なものが森にいる。どんな些細な音でも聞き逃さないように、上里・桃(生涯学習・d30693)が音に意識を集中させた。
    「ちぃとは足止めになるかの?」
     昼間ではあるが持ってきたライトを点けた幸御・たま(小学生人狼・d32660)が、自分の瞳に光を当ててしまい瞬きする。スサノオの瞳目掛けて当てたら、少しは足止めになるだろうかと考えていたのだ。
     そして静まり返った森に響いた自分の声に、ぞくりとした。好奇心旺盛で人一倍元気なたまだが、さみしがりやな一面をその元気さで気取られないようにしているのだった。
     逆に森が好きな梢・藍花(白花繚藍・d28367)には、寂しがるような様子はない。気弱なせいか霧のような雰囲気を漂わせる藍花の姿は、どこか森の中で調和している気さえする。
     いち早く、何かの気配を感じたのはリキと黒耀だった。軽やかな、けれど獣とは違う足音が聞こえてくる。
     一気に灼滅者たちの間に緊張が走った。
    「こっちだよ!」
     薄い水色の髪が光を反射してキラキラと緑の合間を縫っていくのを見た日和が声を上げた。そしてスサノオに向かって飛び出しながら、片腕を異形巨大化させていく。
     日和に横から殴りつけられたスサノオの体が飛ばされた。まだ人として動くのに慣れていないのか、うまく着地はしたが眉を寄せるのだった。

    ●道を塞ぎながら……
     タカトのために何かをしなければと思っているからなのか、攻撃されてもスサノオは道路に向かって駆け出した。
    「ここも、通行止め……」
     言いながら、藍花が帯を射出してスサノオの進行方向を変えていく。さらにビハインドのそーやくんが霊撃を放って追い立てた。
     人の形をしているのが不思議なくらいに軽やかな動きでスサノオが跳ねる。ふわりと風に浮いた髪に、小鳥が瞳を向ける。
     同じ系統の髪色をしているからだろうか、何となく親近感が生まれてしまいそうな気もしないでもないような……。
    「黒耀、頼むぜ」
     声をかけた小鳥が駆け出すのに合わせて黒耀が飛び出す。目の前を塞がれたスサノオが身を翻したところに、小鳥が待ち構えていた。
     標識を赤に変えて、道路とは反対の方向に殴り倒す。転がった体が、無駄な動き一つなしに起き上がった。
    「行くぞ」
     言葉と同時に橘花が狼の耳と尾を出現させる。そしてダイダロスベルトの殲術爆導索を放った。
     橘花の攻撃に吹き飛ばされたスサノオを、桃が魔術によって引き起こした雷で撃ち貫く。
    「これがスサノオ……」
     仲間の声に馳せてきたたまが、スサノオを見て思わず囁いた。人の姿になってなお、獣らしい身のこなしに合わせて水色の髪が揺れる。
     毛先の黒が淡い輪郭をはっきりとさせて、たまの視線を縫いとめる。その水色の毛が、たまにはとても綺麗に見えた。
     しかし怪談は好きでも人に危害を与える輩をたまは好くことができない。一気に白き炎を放出したたまが、仲間のジャミング能力を高めていく。
    「これが無差別籠絡術だとするのなら、恐ろしいですね」
     何としても道路に向かおうとするスサノオの様子に、七波が真剣な表情を見せながら片腕を半獣化させていく。そして最後の追い込みをかけるように、スサノオの前に飛び出した。
    「そちらほどの鋭さはないかもしれませんがね」
     七波の鋭い爪で力任せに引き裂かれたスサノオが後退したところに、朔耶とリキが舞い下りる。リキの攻撃を避けるのにさらに後ろに飛んだスサノオを追って、朔耶が魔法の矢を放っていく。
     貫かれたスサノオが転がるのに合わせて、再び囲うように灼滅者たちが動く。油断のないスサノオの瞳が細められた。
     囲いから抜け出そうとするように、身を低くしたところに日和が抜刀して風の刃を振るう。切り裂かれた肌から流れた血を舐めたスサノオが、音も予備動作もなく跳躍した。
    「んっ……!」
     瞬きするほどの速さで目の前に迫ったスサノオに、小鳥が息を飲むのと同時に体に衝撃が走る。いつの間にか半獣化したスサノオの片腕が、容赦なく小鳥を引き裂いていた。
    「オレの、邪魔を……するな」
     たどたどしく紡がれたスサノオの言葉には、怒りが見え隠れするのだった。

    ●戦い
    「大丈夫じゃ」
     すぐに分裂させた小光輪を飛ばしたたまが、小鳥を回復させながら守りを固めさせていく。本当を言うと、スサノオでも心を改めてくれたら嬉しいと思っている。
     たまは人狼であり、自分の中にもスサノオがいる。だから他人事とは思えないのだ。
     傷を癒してもらった小鳥が礼を告げながら、スサノオに向かって駆け出す。そして炎を纏った蹴りでスサノオを吹き飛ばした。
     そのまま地面に転がると思われたスサノオが、身を翻して地面に着地する。ゆっくりと追うように落ちた髪に藍花が瞬きした。
    「そういえば、スサノオさん……髪の毛、反対だけど、わたしとお揃いだね」
     そんな藍花の言葉に、スサノオがきょとんとした表情を見せる。藍花の黒髪は、スサノオとは逆に毛先が白い。
    「お揃い……」
     何とも言えない顔をしたスサノオがすぐに眉を寄せた。螺旋の如き捻りを加えた橘花の一撃を避けようとして間に合わなかったのだ。
    「合わせます」
     深く容赦なく穿たれて、息を飲んだところに桃が両手に集中させていたオーラをスサノオに向かって放出する。そして橘花と入れ替わるようにして懐に入った藍花が、半獣化した片腕で引き裂いた。
    「どこを見ているんですか?」
     完全に三人の攻撃に意識を持って行かれていたスサノオの瞳が見開いた。いつの間にか死角から飛び込んできた七波の刃に斬り裂かれる。
     一旦、間合いを取ろうとしたスサノオの足元から影が浮かび上がる。
    「休む暇は必要ないだろう」
     朔耶が言うのと同時に、影は触手となってスサノオの体を絡め取っていく。動きを阻止されたスサノオの前に、飛び出した日和が魔力を内部から輻射させる。
     衝撃に飛ばされた体が木にぶつかって落ちた。けれど落ちるのと同時に、スサノオによって引き起こされた竜巻が前にいる灼滅者たちを襲う。
     激しい攻撃に身を守るように構えた仲間に、たまが再び白い炎を放出させるのだった。

    ●静けさ
    「あなたの呼び出した畏れは人に被害を齎すものばかりでした」
     なぜそういった人を襲う畏れを呼び起こしたのかと問いかけながら、桃がスサノオを殴りつける。流された魔力によって起こった内部からの爆破に、スサノオの顔が歪む。
     確かにこのスサノオは人を脅かす畏れを呼び起こしてきたということは小鳥も理解していた。そのせいで被害にあった一般人もいるだろう。
     けれど無差別篭絡術に掛かったまま倒すというのも、何だか可哀想に思えてくる。今回の件に関しては、ある意味被害者でもあるのだ。
    「……せめて安らかに眠ってくれ」
     囁くように呟いた小鳥が跳躍して飛び蹴りを炸裂させる。その威力に吹き飛ばされながらも、片手を地面について身を翻したスサノオが真っ直ぐ灼滅者たちを見た。
     度重なる攻撃によって、スサノオの呼吸が荒くなっている。けれど瞳はいまだ意思を持って光っている。
     大地に眠る有形無形の畏れを纏って、その身を走らせる。最初の勢いを失ったとはいえ、十分に速いスピードで朔耶に迫り刃を振るう。
     鬼気迫る斬撃に衝撃を覚悟した朔耶だったが、その時は訪れなかった。代わりに攻撃を受けた小鳥がぐっと持ち堪える。
    「あと少し、頑張るのじゃ!」
     仲間を守るために攻撃を受けてきた小鳥を応援しながら、たまが傷を癒していく。
    「スサノオさん、おひめさま……ナミダ姫のこと……忘れちゃってるのかな?」
     魔法弾を放ちながら、この機会に何か知ることができたらと藍花が声をかける。貫かれたスサノオがバランスを崩して、ふらついた。
    「新宿橘華中学校に行かないと……」
     邪魔するものは排除して、そこに行かなければとスサノオが痛みを飛ばすように首を振る。そんなスサノオに迫った日和が容赦なく戦闘用碑文で蹂躙していく。
     瞳の光も失ったスサノオに向かって橘花が飛び出した。
    「終わりだ!」
     スサノオが気づいたときには、橘花が死角から迫りその手を振るっていた。
    「砕け散れ!」
     同時に殴りつけた七波が魔力を流し込む。斬られ、内部から爆破したスサノオの体が地面に落ちた。
     すでに戦う力も立ち上がる力さえなくなったスサノオの呼吸音がとぎれとぎれになっていく。
    「……そういや、おんし名前はあるんかの?」
     これ以上の攻撃をする必要はないと悟ったたまが問いかけた。答えてもらえるのなら、その名を聞いてみたい。
     微かに開いた唇から音にならない息を吐き出したスサノオの体は、白い炎に包まれて跡形もなく消える。自分のスサノオに理性と人間性を獲得させたい桃は、戦う前から消えてしまうまでずっとその姿を観察していた。
     会話ができるスサノオにすごく関心があったのだ。何を思って畏れを呼び出しているのか……。
     答えを得ることはできなかったが、人の姿となったスサノオは桃の記憶の中に確かに刻まれた。
    「これでどれだけ戦力集めを妨害できたか、ですね」
     新宿の方向を見て呟いた七波が息を吐き出した。

    作者:奏蛍 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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