痛くても片手は上げられません

    作者:中川沙智

    ●悪夢の畔
     暗闇の中、俺はいつの間にかベッドに寝かされていた。
     此処にいてはいけないと本能が告げる。逃げなければ。
     逃げなければ。
     逃げなければ!
     だがベッドに固定されているのか、俺の身体は身動き一つとることが出来ない。溢れだした汗が顎を伝う。その生温さが妙に生々しく、俺はつばを飲み込んだ。

     突然、響き渡るのは甲高い音。
     耳の奥をつんざく音は不快感を煽り、全身を泡立たせる。
      
     やめろ、その音が嫌いだと言ったはずだ!
     俺はガキの頃からどうしても慣れない。
     そもそもあの音が好きな奴なんかいるんだろうか。
     ましてやそこから生み出される衝撃と痛みに耐えられる奴なんか。
     抗おうと腕や足に力を入れるが、やはり指一本も動かせない。
     何故か顔の向きすら固定されているから、顔を照らす灯りと正面からこんにちはだ。常なら目を閉じてひたすら耐えるのに、それすら許されねぇっていうのか!

    「痛かったら左手を上げてくださいね」
     のんびりした声がどこからか響く。
     んな余裕ねぇっつの!!
     ●治療はこまめに行いましょう
    「歯医者さんが好きなひと手ーあーげてっ!」
     可能な限り明るい声で須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は高く片手を上げる。が、周りの灼滅者たちを見渡し、困ったように眉をひそめて笑った。
    「未来予測を『アウトプット』したときからそう思ってたんだ……そうだよね、あんまりいないよね。でも今回察知したダークネスは歯医者さんに関わるシャドウなんだ」
     ダークネスにはバベルの鎖の力による予知がある。だがまりんたちエクスブレインの未来予測に従えば、ダークネスの予知の網をかいくぐり、接触することも可能だ。
     シャドウが現実に具現化した場合、かなり危険なダークネスだ。だがシャドウが悪夢の中にいる限りにおいては勝ち目はある。
    「それでも大変な敵であることは間違いないの。色んな意味で」
     心なしか最後のほうが強調されたのは気のせいか。
     
    「今回シャドウに悪夢を見せられているのは大学生のお兄さん。大学の健康診断で引っかかって虫歯が見つかったみたいなんだけど……どうやら小さい頃に歯医者さんでかなり痛い思いをしたらしくてね、そのトラウマをダークネスに付け込まれたみたい」
     どんな思いをすればダークネスに狙われるほどのトラウマを抱えてしまうのかはさておき。
     状況は深刻化しており、悪夢にうなされるあまり青年は大学を休んでいるようだ。衰弱も激しく、このままでは命に関わってしまうとまりんは肩を落とす。
    「シャドウには配下が4人いるの。歯医者さんの助手の姿でね、お兄さんを囲んでる」
     歯医者の施術台に寝かされている青年から配下を引き離すのが第一段階。
     配下たちの興味を灼滅者たちに向けることが出来れば、歯科医姿のシャドウも姿を現すだろう。それが第二段階だ。
     一度青年から引き離すことに成功すれば、青年に害が及ぶことはない。
    「配下たちはチェーンソー剣のサイキックを、シャドウはシャドウハンターのサイキックを使用するよ。配下たちはシャドウを守るように行動するから気を付けて」
     身を震わせながらまりんは付け足した。
    「あとね、シャドウや配下たちの攻撃するときの音が、歯医者さんのドリルとかの音にそっくりなんだ……! に、苦手な人は気を付けて! 本当に!!」
     あくまで音だけで、サイキックの効果に変わりはない。
     が、灼滅者の誰かが後ずさる気配がした。気がする。
     出来ればお兄さんのフォローもしてもらえると嬉しい、とまりんは告げる。きっともうひと欠片の勇気があれば、いい方向へ向かってくれる……はずだから。
    「帰りを待ってるよ。シャドウを倒して、絶対無事で帰ってきてね!」
     何処からともなく取り出した歯ブラシを手にしながら、まりんは力強く灼滅者たちを激励した。


    参加者
    夏目・志摩子(プシュケ・d00571)
    蔀屋・音羽(紅縅白魔・d00592)
    杉本・沙紀(闇を貫く幾千の星・d00600)
    シオン・ハークレー(小学生エクソシスト・d01975)
    氷霄・あすか(中学生シャドウハンター・d02917)
    月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)
    久遠寺・ほのか(赤い目のうさぎ・d06004)
    白灰・黒々(無色透明無味無臭・d07838)

    ■リプレイ

    ●毎日の歯磨きは勿論、早めの治療が肝心です
     精神世界に灼熱者たちが降り立つ足音が響く。
     月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)は身を翻し、柔らかな仕草で着地する。
    「ん……10点、今日は調子が良い」
    「不謹慎だけど、どんな空間なのかちょっと楽しみだったの」
     ソウルボードに侵入するのが初めてという久遠寺・ほのか(赤い目のうさぎ・d06004)が興味深げに視線を巡らせる。
     無機質で生活感がない、歯科医院を思わせる独特の空間。どこか嫌悪感が拭えないのは、悪夢の中だと其々が認識しているからかもしれない。
     蔀屋・音羽(紅縅白魔・d00592)は初めての依頼による緊張で掌にうっすらと汗をかく。不安がないといえば嘘だ。
    「とはいえやるべきことは変わらないわね……行こう、たま」
     なだらかなラインが可愛い白いライドキャリバーに静かに手を置いた。伝わってくる相棒の確かな存在感は音羽に安心感を与えてくれる。
     まずはソウルボードの主でもある大学生の青年を探すことが先決だ。灼滅者たちが周りの様子を伺いながら歩を進める。するとさほど時間をかけることもなく発見することが出来た。
    「だからこんな治療受けてられねぇって! さっさと俺を解放しろ!」
     青年と思しき切実な叫びが響く。
     眩しい灯りが燈された施術台で、仰向けに寝そべる青年。
     彼以上に奇怪な存在感をあらわにしているのは、彼を囲む助手姿の4人だった。仮面を宿しシャドウによく似た容姿に、揃いの白衣にマスク。奴らがシャドウの配下たちに違いない。
    (「別に患者さんをいじめてるわけじゃないのに……」)
     少し納得がいかない様子で夏目・志摩子(プシュケ・d00571)はぷくっと頬をふくらませる。両親が歯科医である彼女は、その良さも尊さも充分に理解している。なのに歯科医そのものが悪者扱いされているようで複雑な心境なのだ。
     勿論今回悪いのは、歯科医への偏見を助長しつけこんでいるシャドウだ。確実に倒さなければという決意と共に、志摩子は黒い柴犬の子犬――霊犬ナイトの背をそっと撫でる。
     改めて作戦を確認し、灼滅者たちは顔を見合わせ頷く。
     まずは助手たちを青年から引き離すため、一芝居うつことになっているのだ。
     どこからか甲高い、ドリルのような音が響き渡った瞬間だった。
    「やめて……! その音は苦手なのよ」
     苦々しさを噛み締めるように頭を抱え、音や痛みが苦手な素振りで膝をついたのは杉本・沙紀(闇を貫く幾千の星・d00600)だ。沙紀の声が聞こえたのか、助手たちが僅かに視線を灼滅者たちに向ける。
     続いて氷霄・あすか(中学生シャドウハンター・d02917)も表情を歪めて頬を押さえる。
    「ちょっと痛いかな。でも歯医者さん行きたくないな~……」
     そもそもあすか自身、実際に歯医者のドリル音は得意ではない。お兄さんが歯医者に行きたがらないのもわかる、と小声で零した。
     ドリルの音で思わず耳を塞いでしまったシオン・ハークレー(小学生エクソシスト・d01975)もあすかに倣うように頬に手を添え、擦る仕草をする。
    「あすかさんもなの? ボクも甘いもの食べ過ぎて歯が痛くって」
     本当の虫歯はないけれど、とは声に出さない。だがちらりと視線を向けると、配下たちがこちらの様子を眺めているのがわかる。あと一押しだ。
     そんな折、真直ぐに『左手を上げ』、助手たちに訴えかけたのは白灰・黒々(無色透明無味無臭・d07838)だった。
    「虫歯が痛いんですけれど、ドリルが怖いんです」
     泣き出しそうな表情でどうしたらいいでしょうかと項垂れる姿は演じているようには見えない。元々性別をも偽って生きてきた黒々だ。演技には多少なりとも自信がある。
     その訴えが決定打になった。
     シャドウの配下たちが声色も表情も変えず灼滅者たちの元へやってくる。
    「急患ですか」
    「しかもこんなに大勢が」
    「それはいけない」
    「治療しなければ」
     4人それぞれが口々に言いながらチェーンソー剣を構える。異形に囲まれて迫られる状態は、成程確かに別の意味でも怖い。誰かがほんの少しだけ青年に同情した。
    「そうですね。虫歯は深いかもしれませんから神経までしっかり治療しなければ」
     急に降ってきた声と出現した気配に不意を打たれ、弾かれるように灼滅者たちが顔を上げる。
     姿を現したのは歯科医姿の異形。人間の精神を内側から喰い滅ぼそうとする、おぞましき怪物。
     トランプのクローバーを象徴とするシャドウだ。
    「麻酔はしませんがよろしいですね」
     どうにせよ真っ平御免だ。
     胸中で呟いたのは誰だっただろう。

    ●嫌がらずにちゃんと歯科医院へ行きましょう
     儀式のように粛々と、己の天星弓に唇を落とした沙紀が凛と敵を見据える。
    「現れたわね。行くわよ!」
    「うん、行こうか……『リリース!』」
     スレイヤーカードを左手の指に挟み胸の前に構え、千尋は戦闘態勢に入る。
    「切り刻まれたくなければ近づかないことだね」
     クールな面持ちに静かな戦意を湛え、左手の鋼糸と右手のナイフを構える。前衛についた千尋に続き、灼滅者たちは敵に武器を向け陣を整えていく。
     灼滅者たちの作戦は各個撃破。
     シャドウ本体は配下たちに護られるように後衛に座しているため、まずは配下から1体1体確実に殲滅することを優先したのだ。
     先手を取ったのはほのかだ。滑らかに舞わせた指先から、ヴァンパイアの魔力を宿した霧を展開する。彼女を中心とした前衛陣に狂気めいた力が満ちていく。
     あすかが継いで広げたエネルギー障壁は二重の盾を描き、加護の力を仲間たちへと齎した。
     攻撃と防御共に頼もしい支援を得て、音羽はライドキャリバーのたまに騎乗する。狙いを定めたのは配下がひとり。人差し指で鋼の糸をくん、と引き、攻撃を抑制する糸の結界を張り巡らせる。
    「その動き、封じさせてもらうわ」
     同時にライドキャリバーのたまも機銃掃射で敵を撃ち払う。攻撃威力に欠ける分、行動阻害を担おうとした音羽の狙いは成功する。赤と白の強襲によって配下たちの動きが抑制され、足取りが鈍くなってきた。
     だが配下たちも黙っているわけではない。
    「おやおや」
    「暴れるのはよくありませんよ」
    「おとなしくしていましょうね」
    「大丈夫です、すぐ終わりますから」
     途端、チェーンソー剣の刃が一斉に鳴らされる。脳髄を揺らすような甲高さは下手な攻撃よりも余程きつい。
    (「うぅ…この音キライ……!」)
     あすかが眉根を寄せて懸命に耐える。
     確かにモーター音は歯医者のドリルに似ている。しかも4人揃っての大音量とくれば、音の暴力ともいえるレベルだ。灼滅者たちも思わずしかめっ面になる者、咄嗟に耳を塞ぐ者と様々いる。
     配下のひとりが凄まじい騒音と共に斬りかかってくる。
     その斬撃をナイフで受け止めたのは、千尋だった。金属が抉り合う瞬間火花が散る。
    「フフッ、鬼さんこちら」
     笑みすら浮かべ、挑発めいた呟きを漏らす。生じる隙は鋼糸を敵に巻き付けることで埋めた。より動きを封じることが叶うと、見止めたシオンが右手でガンナイフをくるりと回転させた。
     銃口から放たれたのは、敵を自動的に追尾する弾丸。
    「避けられるものなら避けてみる?」
     標的にされた配下は身動きすら叶わず直撃を食らう。命中率の高さによって研ぎ澄まされた一撃は相手を跡形もなく打ち崩した。
    「続いて行くわよ!」
     沙紀が放ったのは流星の如き射撃だ。彗星が墜ちる先は束縛に弱った配下、大きくその身を穿ち体力を奪う。
    「行こう、ナイト」
     すかさず志摩子が上段の構えから沙紀のつけた傷痕を追い、重い一撃を振り下ろした。霊犬のナイトも志摩子を守るように前に出て、六文銭射撃を連射していく。
     重なる攻撃になす術もなく、2体目の配下が倒れた。
     此処までは順調、灼滅者の誰もがそう思っていた。
    「私を退屈させるとは随分見くびられたものです」
     いっそ滑稽なほど流麗なバリトンが響く。シャドウだ。
     その時黒々がある事実に気づき息を呑んだ。
     BS付与を優先し配下たちを先に倒すという作戦上、シャドウ本体への牽制が手薄になっていたのだ。
    「少々手荒な治療が必要なようですね」
     マスクの裏側で昏く歪んだ笑顔が浮かぶ。
     白衣の上からもはっきり認識できるほど、胸元にクローバーのマークが顕在していた。

    ●きちんと治しておかないと、後で痛い目に遭いますよ
    「危ない! 来ます!!」
     黒々が叫ぶが一歩届かない。
     後衛に位置するシャドウから放たれたのは暗き想念を具現化した漆黒の弾丸だ。破壊のカウントダウンを彷彿とさせるドリルの音が響く。灼滅者たち誰もが身動きを取れないまま、死の黒弾は最も前に出た志摩子へと迸る。
     が、その時志摩子を庇うべく前に出た存在がいた。
     霊犬のナイトだ。
    「ナイトっ!」
     悲鳴に似た志摩子の声が溺愛する霊犬の名を呼んだ。
     小さな身体は吹き飛ばされかけるもどうにか踏みとどまった。よろめきながらも黒い子犬は大丈夫、と言わんばかりに顔を上げる。それでも体力の大半を奪われたのだろう、傷を浄化するように必死で瞳を輝かせる。
     眦に涙を滲ませて、志摩子はきつくシャドウを睨み付けた。
    「……っ、絶対許さない」
    「こんな雑魚に構ってられない。そういうことね」
     淡々と呟いて、ほのかが華奢な体躯ながらロケットハンマーを振り抜く。眼差しには僅かに好戦的な色が浮かんだ。
     目にも留まらぬ、とはまさにこのことか。配下の死角に滑り込んだほのかはロケットハンマーを大きく振りかぶり体重を乗せて文字通り粉砕した。蓄積された束縛が功を奏したのだろう、思いの外手応えは軽い。
    「残るは1体、と、それとシャドウですね」
     黒々が意趣返しと言わんばかりに撃ったのは、シャドウを宿敵とするがゆえに同じ力を源とする暗闇の弾丸だ。
     最後の配下はチェーンソー剣を構え防御に徹し弾丸を弾く。
     が、それが逆に仇となる。
    「よそ見はいけないよって習わなかった?」
     敵が生んだ隙を見過ごすほど甘くはない。千尋は鋼糸を配下に巻き付け動きを封じる。同時に更なる力を加え束縛を緩めない。ある一瞬で糸の中の存在が事切れる気配がした。短く息を吐く。
     最後は、シャドウのみ。
    「おや、ようやく治療を始められますか」
    「お待たせしましたと言うべきかしら」
     薄ら笑いを浮かべたシャドウを一瞥し、ひたすら強い意志の力を沙紀は弓に託す。もう誰も失いたくない。矢をつがえて的とするのは、シャドウの胸に浮かぶクローバー。
     流れ星へ願いを籠めるように放たれた一撃は、クローバーが抱くシャドウの強化の力を砕いた。
    「今だよ!」
     再強化のための時間など与えない。シオンはサイキックエナジーの光輪を大きく左手で旋回させシャドウに向けて撃ち放つ。シャドウの腕を抉る確かな手応えがあった。
     シャドウの身が傾ぐのを視野に入れ、鞘に納めた刀の柄を握り志摩子は駆ける。このままでは気が収まらない。
    「ナイトの分までわたしがあなたを灼滅してみせる」
     一閃、刀の影が軌跡を描く。それを追うように大きな傷が闇の底を示すかのように深くシャドウの腹に刻まれる。
    「治療が……治療が必要です」
     志摩子の攻撃で大幅に体力を削られたシャドウは、それでも尚余裕ある態度を崩さない。
    「後は押し切るだけかな……行くわよ、たま」
     ライドキャリバーと共にある身として、同じサーヴァントが目の前で傷を負う事態を他人事とは思えない。
     音羽は毅然とした視線をシャドウに向け、指先に魔力を詠唱圧縮する。行き先を導くように指先をシャドウ目がけて魔法の矢を発射した。その魔力は留まることなく螺旋を描き衝撃を幾度にも重ねて与えていく。
     音羽のマジックミサイルの後をライドキャリバーのたまが追い、俊敏な走行で突撃を食らわせた。シャドウの身が大きく揺らぐ。
    「治療でトラウマを与えるのは終わりだよ」
     私が言えた義理じゃないけれど、とあすかは手の甲のWOKシールドに影を宿す。どんなトラウマをシャドウに与えるかはわからない。けれど、知る理由はない。
     その必要もないほど、この一撃に力を籠めるから。
     ありったけの灼滅者としての想いを乗せてあすかはシャドウを殴りつける。何度も攻撃を重ねられたシャドウは耐え切れず、霧散するように逃げ去った。
     青年を蝕む悪夢が終焉を告げる。
     ドリルの音は止んでいた。

    ●終わったからと油断せず、こまめなケアを心がけましょう
     戦闘の余韻冷めやらぬ中、灼滅者みんなで大学生の青年の元へ向かう。
     まだ施術台で固まったように寝そべる青年の様子を見ていた面々の中で、思い切って音羽が口火を切った。
    「悪夢は終わり……苦手だったとしても、先までの状況よりは楽だと思う」
     もう起きられると思う、と付け足せば、青年が思い切り上体を起こして周りを見渡す。一見して灼滅者たちを普通の小中高学生としか思えない青年は目を瞬かせる。
    「あ、ああ……ドリル音がしない? お前たちが助けてくれたのか。ありがとうな」
    「ううん。虫歯って自然に治らないんだって。だから、早めに診てもらった方がいいよ」
     あすかの素直な一言に青年の口角が引きつった。何故俺が虫歯持ちなことを知っているんだ、と言わんばかりの表情だ。
     だが灼熱者たちはまったく意に介さず続ける。
     柔らかくも真摯な声音でシオンが説得の言葉を紡いだ。
    「えと、歯医者さんって好きな人はきっとあんまりいないと思うの。ぼくもどっちかって言ったら苦手だし、あのドリルの音はとっても怖いよね」
    「放っておくと更に嫌な音を聞くことになります。早めの治療と予防が大事です」
     若干脅しの気配が感じられるような気もするが、黒々は何処からともなく歯ブラシを取り出しながら言う。どこぞのエクスブレインと同じ仕草で。 
     ほのか自身は歯医者は好きな方だから、と前置きしてさらりと告げる。
    「歯医者はこまめに行けば歯も綺麗になるし痛くなる前に見つけられるわよ?」
    「傷は浅いうちに……病院嫌いは得をしませんよ。腕と人柄の良い先生と巡り会えると良いですね」
     あとで目一杯ナイトも撫でてあげようと志摩子は心に誓う。その後千尋がさっくりと言ってのけた。
    「ボクより大人なんだ、あまり情けないとモテないよ?」
     それからもフォローなんだか激励なんだかいじめなんだかわからない感じでアドバイスが飛び交う。悪気はないのだからご愛嬌というものだ。
    「年下の少年少女にここまで言われる俺って立つ瀬ねぇー……」
     がっくり、と形容するのがぴったりなほど肩を落としつつ、青年は深いため息を吐いた。
     だがややしばらくの後、顔を上げた姿はどこか清々しい。
    「あー大丈夫。お前たちが心配してくれたのはわかったしな。結構心にグサグサ刺さったが」

     確かに灼滅者たちの気持ちは届いている。
     力強く頷いた青年の微笑みには決意を滲ませる強い力が感じられた。

    作者:中川沙智 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 6
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