稲庭恋歌

    作者:遊悠

    ●ちいさなこいの……?
     秋田――この地には稲庭うどんを心より愛する一人の女性が居た。
     うどんのようにつるつるとした、色白の肌。紛う事無き秋田美人の様相。だが美しい彼女の心は何時しか闇に囚われ、高潔なるご当地への愛は歪む事となる。
     如何にして彼女は闇に堕ちたのか。それを語るには忍びなく、綴るには涙を禁じえない悲しい話。だがあえて語らなくてはならないだろう。それは些細なすれ違いより、端を発す。
     夏の日差しがうららかな公園に、仲睦まじい一組のカップルが居た。
    「お腹空いたねえ、たっちゃん」
    「そうだなあ。そろそろ良い時間だし、何か食べに行こうか」
    「うん、それもいいね」
    「じゃ稲庭うどん食べに行こうよ!」「よっし、じゃあそこの蕎麦屋にでも入ろうか」
    「えっ」「えっ」
    「……いやいや、たっちゃんったら! もう、秋田県人なら稲庭うどん食べないとウソだよ!」
    「いやいや、ない。ないって。地元の人間がわざわざご当地品なんて食べないよ。ああいうのは、観光客が有難がって食べるもんだって。っつーか、俺そもそもうどんより蕎麦の方が好きだし」
    「う……裏切りものおおおおお!!」
     ――一つの恋が、終わった。
     そしてそれが、秋田怪人稲庭レディの誕生秘話となる――。


     ご当地怪人の事件を予見した神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は、灼滅者達にことのあらましを説明する為、教室にやってきた。
    「おう、お前達時が……いや、荒木先輩何やってんスカ」
    「おいっす、神崎。何って……見て解るだろ。うどん配ってるんだよ。神崎も食うか?」
     教室では何故か荒木・琢磨(高校生ご当地ヒーロー・dn0018)が集まった灼滅者達にかまたまうどんを配っている。美味しい。
    「……いえ、俺は遠慮しておきます。あー、その……お前等。秋田で一人の女性がご当地怪人に闇堕ちする事件をアウトプットした。詳しく話すと――」
    「おっ、秋田か! 稲庭うどんが名産品なんだよなッ!」
    「……あ、ハイ。その稲庭うどんのご当地怪人らしいッス。ただ、闇堕ちというよりは、ご当地愛が暴走して凶事に及んでいるという状況みたいだ。闇の力はまだ薄い――お前達なら救えるはずだ。頼んだぜ、灼滅者(スレイヤー)の」
    「任せておけ! うどんを愛する気持ち、俺には痛いほど伝わったッ! 何とかしてみせるさ!」
    「……」
     ヤマトは暫く言葉を失ってしまった。
    「んっ、んっ。あー、何でも秋田駅周辺の飲食店で、手当たり次第に稲庭うどんをメニューに加えるよう、躍起になって活動しているらしい。迷惑な話で、苦情が後を絶たない。何とかしてくれ、という話だ。接触するには」
    「そうか。接触するには、秋田駅周辺の飲食店を巡っていればいいって訳だな!」
    「……そういう事なんですけど、ちょっと荒木先輩、さっきから被せが酷くね!? 勘弁して下さいよ、俺の存在と説明が喰われますから!」
    「フッ……勘違いしてもらっちゃあ困るぜ、神崎。俺が喰うのは……讃岐うどんだけ、さ」
    「もうやだこの先輩」
     この手のやり取りが、5回ほど繰り返された後、漸く話が進行する。
    「と、ともかくだな……ご当地怪人の名は稲庭レディ。稲庭うどんをまるで鞭のように扱って……そうだな、お前達が使うような『鋼糸』のような技を使用するようだ。だが、戦闘能力はさほど高いものじゃないみたいだぜ」
    「ああ、だが相手はご当地怪人。油断は出来ないな。……それに闇に堕ちた女性を助けられるのは、俺達灼滅者だけだ。気を引き締めていこうぜ、みんな!」
     良い事を言った風に、琢磨のマフラーが風に靡いた。
    「……ま、そこまで危険な任務じゃないはずだ、序に観光でも楽しんでくるといい」
    「ああ、きりたんぽを食べてくるってのも悪くないな!」
    「そこは稲庭うどん食べてきて下さいよ、荒木先輩!?」
     終始ぐっだぐだなまま、ヤマト達の説明は終わった。灼滅者達はそれぞれに謎の疲労を感じていたのだと言う。


    参加者
    財満・佐佑梨(真紅の徹甲弾・d00004)
    羽坂・智恵美(幻想ノ彩雲・d00097)
    水無月・戒(疾風怒濤のナンパヒーロー・d01041)
    古樽・茉莉(中学生エクソシスト・d02219)
    黒部・秋(イモジャージャー・d03121)
    藤宮・京(癒しの歌声・d03213)
    安墨野・スサキ(そぞろすずろ・d03627)
    源・頼仁(伊予守ライジン・d07983)

    ■リプレイ

    ●東京都武蔵野市から来ました
    「う、うわぁ」
     ご当地怪人稲庭レディこと菅家蓮子の表情が引き攣る。
     結論から言うのであれば、状況は詰みの一言だった。搾り出すようなうめき声も、悲嘆や恐怖の色が強い。 
     それもそのはずだ。稲庭レディの周りを数十人の灼滅者達が取り囲んでいるのだから。
    「あ、あはは……どうしてこうなっちゃったんでしょうね」
     苦笑を交えながら壮観を見回すのは、古樽・茉莉(中学生エクソシスト・d02219)。続いて額を抑えながら黒部・秋(イモジャージャー・d03121)が溜息を吐く。
    「オイオイ……一体何処の誰だ。こんなにお仲間を集めた奴ァ」
     どうしてこうなった――それを説明するには、少々時間を遡る必要があるだろう。

     当日、朝。
     東京より朝一の新幹線で水無月・戒(疾風怒濤のナンパヒーロー・d01041)を初めとした一行は、ガイアチャージによるご当地パワーの充電という名目でいち早く秋田に到着していた。
     その際、同じく学園の生徒である立湧辰一等数名が同行を申し出、荒木・琢磨(高校生ご当地ヒーロー・dn0018)があっさりとこれを承諾。曰く、「うどんは大勢で食べた方が美味いもんな!」との事。
     同日、正午。
     何故か秋田駅に大量の武蔵坂学園生が到着する。件の稲庭うどんやきりたんぽ、更に鶏わっぱめし弁当などに舌鼓を打ち、ご当地パワーを高めていた灼滅者一同その光景に思わず咳き込む。「観光? 土産? ああ、いいと思うぜ!」と琢磨が気軽に承諾していた事が判明。
     同日、昼過ぎ。
     賑やかな雰囲気のままご当地パワーを漲らせた灼滅者御一行様、駅前のビル内にある某ドーナツ専門チェーン店前にて、稲庭うどんをメニューに載せろと無茶な要求をしている、乾麺を握り締めた怪しい女性を発見。彼女を稲庭レディと断定する。
     ――そして、現在に至る。

    「大体うどん(荒木)先輩のせいじゃないの(ですか)!」
     羽坂・智恵美(幻想ノ彩雲・d00097)と財満・佐佑梨(真紅の徹甲弾・d00004)息のあったツッコミを見せた。これには琢磨も苦笑い。恥ずかしそうに頭を掻いている。
    「色即是空。まぁ、悪い事ばかりじゃねぇさ。思ったよりも早く稲庭レディを見つけられた。それに人避けや保護を考えなくていいのは、有難い」
     安墨野・スサキ(そぞろすずろ・d03627)が僅かにサングラスをずらして、視線を送る。その先では四月一日いろはと神凪陽和が一般人の避難を精力的に行い、鈴見佳輔とガレットがその保護を行おうとしていた。
     その様子にまるでうどんのように顔を白くし動きを止めていた、稲庭レディの時間が動き出す。
    「っ……一体何なのよ、あなた達は……」
     その言葉を待っていました、と言わんばかりにご当地ヒーロー達が次々に名乗りを上げる。
    「うどん大好き!」
    「通りすがりの正義のヒーロー、水無月戒! 赤いバンダナ引き締め登場!」
    「稲庭レディ。お前の悲しみ、伊予守ライジンが八幡大菩薩にかけて撃ち抜く!」
     琢磨と戒、そして源・頼仁(伊予守ライジン・d07983)が各々にヒロイックなポーズを取る。
    「……いや、荒木、何で今頭に変な言葉つけたん!?」
    「そうだよ琢磨兄ちゃん、一番カッコイイ処なのに酷いよ!?」
    「えっと、面白集団?」
     どうやら稲庭レディの中では灼滅者達は愉快な集団の位置づけになってしまったらしい。
    「ボク達そういうんじゃないんだけどなぁ……反論できる要素が見当たらなくなってきちゃったよ」
     藤宮・京(癒しの歌声・d03213)の嘆きは、もっともなものだった。

    ●テンパリレディ
    「ま、まあ。良いわ。あなた達、どうせ変わった観光客か何かでしょう。秋田名物稲庭うどんを味わって行くがいいわ!」
     気を取り直した稲庭レディが全身からご当地愛を迸らせている。まだ少々の勘違いは残っているようだが、相手から本筋に話を修正してくれた事は、灼滅者達にとっても有難い事だった。
    「おいおい、うどんだァ? そんなもん今時の若いモンが喰うのかねェ」
    「なっ……」
     だが秋はあえて悪態をつき、そんなものには興味が無いような素振りを見せる。無論これは作戦の内であって、ありありとその言葉に表情を変える稲庭レディの姿も予想の範疇だ。
     ただ一人、その言葉に多大なるうどん愛を燃やした琢磨が余計なことを言いそうになったが、近くにいた天羽桔平と志賀野友衛に羽交い絞めされ事無きを得る。
     沈黙が一気に激昂へと移り変わる、その瞬間を見据えて京が次なる句を口にする。
    「黒部くん、そんな事言っちゃ駄目だよ? 稲庭うどんはご当地メニューとして立派に根付いているんだから。食べてみればきっと美味しいはず!」
    「ふーん、そういうもんかねェ」 
     引いては押して。巡り巡る灼滅者達の会話に、稲庭レディは翻弄され目を左右に泳がせたまま、言葉を紡げずにいる。彼女の代わりにスサキが言葉を続けた。
    「稲庭うどんは生まれの寛文年間、つまり17世紀後半から現在に至る3世紀に渡って、日本人に愛されているご当地品だ。其処に感じられるのは歴史の、重み。稲庭うどんの味は、歴史を味わう行為そのもの……そういう事だな、稲庭レディ」
    「えっ……あ、はい。多分、そうです」
     眼を白黒させる稲庭レディ。やだ、この人達妙に詳しい。どうしよう。私よりも詳しいんじゃないだろうか。――そんな逡巡が行われる。
     その様子を気にすること無く、スサキは更に口を回し始める。
    「然もありなん。それならば今ここで俺達に、お前が作った稲庭うどんを食べさせてみせろ!」
    「はい。え、作れ? 作るって私、え?」
    「あ、それは素敵ですね。是非私も本場の稲庭うどんを食べたいです」
     こんらんし続ける稲庭レディは智恵美の期待を込めた言葉と視線に、更に追い詰められていく。顔を真っ赤にして、焦点が定まらない。頭がぐるぐると回って、世界が揺れている。
    「(ど、どうしよう。どすっべ。いぢのこんめぇか、あいしかたにゃ。あいしかたにゃ!)」
     何時の間にか大変な事になった――頭の中で踊るのは、愛すべき故郷秋田の言葉。最早、退路は存在しない。稲庭レディは覚悟を決めた。
    「いにゃー!! 解った。解りました。か(喰わ)せるよ。かぁせたるよー!」
     と、いうよりはやけくそになった。
    「い、い、稲庭うどん、召し上がってけれぇー!」
     突如として、放射線を描いて伸びる白線。大地に突き刺さるほどの、鉄のような硬度を持った稲庭うどんが、灼滅者達に放たれる。
    「ちょっ、そういう食べさせ方じゃねぇから!?」
     結界のように張り巡らされる鉄麺を『烈風弐号』と共に避け、戒が突っ込む。
    「だども、だども、オラ稲庭うどん、ごっつぉーしねーと!」
     完全にテンパっている。
     灼熱者達もサイキックを展開し、対抗しようとするが感情の暴走のまま投げ入れられる鋼うどんの群に手を焼いた。
    「い、いい加減落ち着いてください、菅家さ――っ!」
     稲庭レディを竦めようと、僅かに動きを止めた茉莉に鋼鉄の如き乾麺が、一直線に伸びてきた。
    「(――避けられない!?)」
    「危ないッ!」
     何時の間にか自由になっていた琢磨が、咄嗟にうどんと茉莉の間に割って入る。
    「う、うどん先輩ぃー!?」
     佐佑梨の叫び声の中、琢磨はまるでスローモーションのように大地に伏せる。うどんが――麺類が好きな男であった。嵐は呼ぶが悪気の無い熱い男であった。何より、ご当地をこよなく愛する正義漢だった。
     そんな琢磨の人懐こい笑顔が澄み渡る蒼穹に儚く浮かぶ。
     ――荒木琢磨16歳、秋田の地に倒れる。

    ●空を飛ぶもの
    「ちょっと、あれ、左胸よ!? 大丈夫なの!?」
     稲庭レディとの攻防を行いながら、僅かに蒼くなった顔色とは対照的な赤い髪を振り回して叫ぶ。
     即座に説得の声を投げかけていた戒道蔵乃祐が琢磨を戦線より回収し、巽空と高城美穂が介抱と回復を施している。
     同じく山岸山桜桃が「こちらは任せて」と戦闘メンバーに目配せをする事で、琢磨の容態に不安は抱きつつも、稲庭レディの相手に専念する。
    「あっちを気にしていても仕方がねェ、か!」
     秋の動きに合わせて、ガイアチャージでご当地パワーを高めた頼仁の『稲庭バインドブレイク』が炸裂する。
    「もうやめるんだ、稲庭レディッ! ご当地への愛は誰かに強制するものじゃない! 名産品も強要されれば嫌いになってしまう。それは蓮子姉ちゃんの望んでいることじゃないはずだ!」
     炸裂する言葉と技に稲庭レディの動きが、にわかに鈍くなる。
    「うっ……」
    「朝方食べた、稲庭うどんは美味しかったですよ……でも、あなたのせいで嫌いになってしまうかも……どうしてくれるんですか?」
     茉莉が静かな迫力を言葉に乗せて、稲庭レディを冷笑する。
    「うぅっ……」
     ご当地愛がご当地物を貶めている矛盾。それが芽生えれば、稲庭レディは明らかに戦意を失い、動きを停止する。
    「稲庭レディ! 確かに稲庭うどんは美味しいだろうさ! だけど美味しいってのは強要されるものじゃないんだ! 今のやり方じゃぁ…うどんが泣いているぜッ!」
     戒が飛び上がる。今が勝機と見るや、ご当地ヒーロー達が示し合わせたように動いた。
    「これでお前の闇を打ち砕いてやらァ!」
    「うどんが好きな気持ちを思い出すんだ!」
     戒が、秋が、そして琢磨が稲庭レディに必殺キックを放つ。彼女は甲高い悲鳴をあげて、三重撃の前に倒れた。
    「やった! ……って、おねーさん、大丈夫かな……」
     京が稲庭レディに駆け寄り、状態を確かめる。稲庭レディは目を回して気絶しており、特に命に別状は無いようだった。
    「ふぅ、良かったぁ……ん? んん?」
     京は得体の知れない違和感を覚えた。
     今、何かおかしくなかった?
     その違和感の正体を灼滅者達はすぐさま理解する。
    「た、た、琢磨兄ちゃん、今普通に混じってなかった!?」
     頼仁の視線の先には、ぬけぬけととどめの一撃に混じった琢磨が、マフラーを靡かせキメポーズを行っていた。
    「おう! みんな、やったな!」
    「あ、あの……荒木さん、大丈夫……なんですか?」
     茉莉が恐る恐る問いかける。
    「ああ、俺もあの時は死ぬかと思ったぜ……でもこれを見てくれよ」
     琢磨が胸元から取り出したのは、後輩である遊城律が御守り兼薬味にと持たせてくれた、油揚げの束だった。それが厚い層となって琢磨を致死の一撃より護ったのだ。
    「危ない所だった。これが無かったら、即死だったかも知れないな!」
    「……」
     誰も言葉を発しない。
     ただ一人、静かに震える佐佑梨が琢磨の前に出た。
    「ん? ああ、財満も心配してくれてサンキュな。でも大丈夫さ。うどんのある限り俺は死なないぜ。緋薙にお土産買っていく約束もあるしなッ! ヒーローは約束を守るものさ!」
     清々しい笑顔で琢磨はわしわしと佐佑梨の頭を撫でる。その行為が燻る佐佑梨の感情を烈火と変えた。
    「無事だったのならさっさと立ち上がってきなさいよ、こんのッ、おばかぁぁぁーッ!!」
    「ノビぅふッ!?」
     芸術的な、あまりに芸術的なジャンピング・アッパーカット。顎を真下から穿たれた琢磨は集中線を背にぶっ飛ばされる。それを見上げてスサキが呟く。
    「南無い」
     ――そうして琢磨は再び地に沈んだ。
     この時、それを見ていた灼滅者達は一様に同じ気持ちを抱き、佐佑梨に対して声援と拍手を盛大に、惜しみなく捧げたのだった。

    ●ご当地愛を君に
    「ずぞぞぞ(悪かったって財満。機嫌直してくれよ)」
    「ずるずる(知らないわ。あ、この三上先輩の青葱美味し)」
    「つるるるる(トホホ……お。こっちの椎名の持たせてくれたじゅんさいも美味いな!)」
    「「ちゅるんっ(交換しよう!)」」
     向かい合ってうどんを啜る佐佑梨と琢磨の間で、咀嚼音による謎の会話が交わされている。周りを見渡してみれば既に修羅場(?)の様相は消え去っており、持ち寄った薬味などで各々が素敵なうどんライフを堪能していた。
     準備された薬味の種類も実に豊富だ。
     天倉夏奏の持ち寄った上等な山葵や、音羽紗和提供の冷たい麺によく合う梅という王道物から、蒼月悠が持ち出したかんずり――唐辛子を醗酵させた味噌のようなもの――という変り種まで。どれもこれも主役を立てる名脇役足る薬味たちだ。
     中には何故か名古屋名物味噌煮込みうどんを食する、井国地アミなども居たが場の雰囲気は概ね和気藹々として、楽しげなうどんパーティが執り行われていた。
     賑やかさの中心で、複雑そうな表情で稲庭うどんを茹でているのは、闇から救われ正気を取り戻した菅家蓮子だ。
    「皆さんが喜んでくれるのは嬉しいですけど、これでよかったのかしら」
     一人呟く。自分も大好きな稲庭うどんを食べてみる。
     ちゅるり。
     染み入る僅かに苦々しい味。天方と名乗った髑髏の人のくれたおろし生姜の味よりも、少し苦い。
     その様子を見ていた戒が蓮子に声をかける。
    「よう、お嬢さん。折角の美人が沈んでいたら台無しだぜ?」
    「はあ……そうでしょうか」
    「ああ、そうさ。今度俺の為にうどんを打って……だだっ、痛っ、なっ!? 弥咲っ、何だ、やめッ」
     近くでネギと七味のうどんを啜っていた水無月弥咲が、耳を引っ張り戒を連行していく。お陰でナンパは未遂で終わったようだが、それを見て思わず蓮子は溜息を落とす。
    「けぇなりなぁ」
     仲睦まじい様子を羨ましがる蓮子。
    「やっぱり、稲庭うどんじゃ魅力ないのかな」
    「そんな事はありませんよ」
     風花クラレットと共にお土産を物色していた智恵美が、手提げ袋を携えて戻ってくる。そして蓮子に対して、優しく声をかけた。
    「ご当地を愛していない人なんて、探すほうが難しいくらいです。稲庭うどんが間違い無い本物であれば少しずつでも自然に愛されていくと思います。だって――」
     智恵美は蓮子の耳元で囁く。
    「わたくしも本当はおうどんが大好きなんです。美味しいものが嫌いな人はもっともっと少ないはずです。ふふ、皆さんには内緒ですよ」
     その言葉を聞いて蓮子の表情が少しだけ明るくなる。
    「お。何々。内緒話? ボクも混ぜてよ~。あ、蓮子ちゃん。ボクうどんおかわりしちゃおっかな」
     ささやかな内緒の話に京が混ざってくる。
    「おぅ。おかわりならこっちも頼む! 大盛りでなァ!」
     スサキとその知り合いのジャックと共に歓談を行っていた秋が、椀を高らかに掲げる。それが波として広がるように、各所でおかわりコールがあがり始めた。
     それを目の当たりにした蓮子は、幸せだった。
     嗚呼、今こんなにも稲庭うどんを愛してくれる人達がいる。
     ならば自分は胸を張って、愛してくれる人達に応えよう。ご当地の人間として。これもご当地愛の形だと気付いた時。
    「はいっ、喜んで!」
     それは新たなご当地ヒロイン誕生の瞬間だった。

    作者:遊悠 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 3/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 11
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