寧日の馨り

    作者:篁みゆ

    ●穏やかな日々に馨るもの
    「平安時代のお姫様ぁ?」
     女子高生のひとりが呆れと驚きの混じったような声を上げた。だが、一緒に歩いているもうひとりの女子高生の顔は真剣だ。
    「この奥の通りに大きな日本家屋があるでしょう? その近くにね、でるんだって。しくしく泣くお姫様」
    「そのお姫様は泣いてるだけなの?」
    「ううん」
     神妙な顔をして、女子高生は足を止めた。
    「『愛しのあの方はまたいらっしゃらないのでしょうか』って泣いているんだけど、通りかかった人に『この香りはあの方のものではないわ!』って襲いかかるんだって」
    「香り? 体臭とか覚えてるの?」
    「違うよ、古典の授業で先生が少し言ってたじゃん、平安時代の人は着物とかに香りを焚きしめていたって」
     そういえば、ともう一人の少女は頷く。二人は怖いねぇと口々に言いながら再び歩き出した。
     

    「いらっしゃい。よく来てくれたね」
     教室に入ると神童・瀞真(大学生エクスブレイン・dn0069)が訪れた灼滅者たちを席へと導いた。そして和綴じのノートを開く。
    「都市伝説を発見したよ。姿はまさに平安時代のお姫様。長い黒髪に重ねた色の美しい衣装。彼女は、香りに反応して姿を現すんだ」
     そういえば瀞真からもいつもいい香りがする。彼はどんな思いでこの都市伝説のことを語っているのだろうか。
    「あの、香水とか、お香とかの香りに反応するんですか?」
     小さく手を上げた向坂・ユリア(つきのおと・dn0041)が口を開くと、瀞真は頷いて。
    「そうだね。香りを身に着けた者がとおりかかると、恋人である殿方が残していった香りと違う、と男女問わず襲いかかるようだね。恐らく殿方が通ってこなくなって、それでも記憶に残る香りを支えに再度の訪いを待ち続けている姫という都市伝説なのだろう」
     都市伝説の姫君は香りを漂わせたり、扇を使ったり、燭台の炎を操ったりして攻撃してくる。
    「姫君自体はそんなに強くないから、君たちならばすぐに灼滅することができるよ」
     そう告げると、瀞真は一枚のチラシを取り出した。
    「姫君の出現する辻の近くに大きな日本家屋があってね、そこの一室で文香づくりの体験ができるようなんだ。寄ってみるといい」
     文香とは手紙に同封する香りのこと。好きな香りのお香を砕いてティッシュで包み、折り紙や和紙で包んだものを手紙に同封すると、開けた時に受け取り手を香りが包む。栞として使うのも素敵だし、鞄にしのばせるのもいいかもしれない。紙の折り方を工夫すれば、見ても楽しい物が出来上がるだろう。
    「手紙を書く機会は減ったかもしれない。けれども香りの文化は遠い昔から、僕達の生活に根付いているんだ。……油断せずに行っておいで」
     そう言って和綴じのノートを閉じた瀞真から、ふわりといい香りが漂ってきた。


    参加者
    鹿野・小太郎(バンビーノ・d00795)
    九湖・鐘(祈花・d01224)
    ニコ・ベルクシュタイン(花冠の幻・d03078)
    篠村・希沙(暁降・d03465)
    苗代・燈(風纏い・d04822)
    柊・司(灰青の月・d12782)
    織部・霧夜(ロスト・d21820)
    日章・宵(一五白夜の数え唄・d33198)

    ■リプレイ

    ●寧日の香り
     愛しい人を待つ心はきっと、昔も今も変わりはないのだろう。ただ時が経つにつれて恋愛の手段や選択肢が増えただけ。今回の都市伝説は、古き良き時代のお姫様の姿をしている。
    「私が今からお話するのは――」
     辻の手前で日章・宵(一五白夜の数え唄・d33198)が口を開く。百物語を発動させて、一般人が近づいてくるのを防ぐのだ。
    「女の人が悲しそうにしていると、僕はもうどうにも駄目なんですよね。例えそれが、生きていらっしゃらない方だとしても」
     小さく呟いた柊・司(灰青の月・d12782)はそっと辻へと視線を投げかける。囮役の鹿野・小太郎(バンビーノ・d00795)が辻へ向かって歩いて行くところだった。送り出されるときに織部・霧夜(ロスト・d21820)から掛けられた『頼む』という信頼に応えられるよう、小太郎は拳を握りしめる。
     小太郎が纏うのは恋人である篠村・希沙(暁降・d03465)から借りたフルーティな香り。恋人の香りを待ち続ける姫君にとって、それはなんと皮肉なことか。
    「ああ、いい香りがする……でも」
     辻に差し掛かった小太郎の前に、ぼんやりと鮮やかな合わせの衣が浮かび上がる。
    「これはあの方の香りではないわ!」
     黒髪を揺らして投擲された扇子は小太郎の元へ。それを身体で受けた彼は、姫君をすっと見据えた。
    「人違いだけど、待ってたよ」
     小太郎が剣を抜くとほぼ同時に隠れていた仲間たちが姿を現す。サウンドシャッターを展開した篠村・希沙(暁降・d03465)は、同じ香りを纏った彼の元へと近づいて姫君に視線を向けた。
    「待ち侘びた殿方を忘れられへん悲しみや辛さは、もし自分もと想像するだけでこころが痛む。でも」
     言葉を切った後、向けられたのは鋭い視線。籠められたのは強い想い。
    「彼は傷付けさせへん。返して」
    「待ち人来たらず。嘆く胸の内もまた察するが、其れは切ない物語の儘で終わらねばなるまいよ」
     流れるように姫君に接近したニコ・ベルクシュタイン(花冠の幻・d03078)が『Quecksilber』を突き出す。マグノリアの香りを少しつけてきた九湖・鐘(祈花・d01224)は指輪から放った魔法弾の軌道を目で追いながら思う。
    (「記憶の中の香りを見つけられても、都市伝説のお姫様では恋人に会えない……だけど香りにだけでも再会できたら、慰めになるのかしら……?」)
     姫君が待っているのはどんな香りなのか、それは彼女にしかわからないことだけれど。
     苺の香りをつけた宵が語るのは、鞠つきマリちゃんという話。導かれし怪奇現象が姫を包み、ウイングキャットのいろはが魔法を放つ。
    「平安時代の姫君……気の毒に、とは思わなくもないが、人に害を為すと言うのであれば放置するわけにもいくまい」
     静かな瞳で姫君を見る霧夜。容赦なく魔法弾を撃ち出すが、どこか普段と違うのは、彼女を七不思議に加えたいと望む者がいるからだろうか。
    「姫様はずっと待っているんだね……香りだけを頼りに……」
     切なげな表情で苗代・燈(風纏い・d04822)は姫君を見つめる。喚んだ風にいつか探している相手が見つかりますようにと願いを込めて放つ。霊犬のハルルが風を追うように姫君へと跳びかかった。
     小太郎が中段に構えた『鵺』を素早く振り下ろす。
    「愛しい人だけでなく、僕達みたいな仲間を見つけると、きっと待つ時間も苦しいだけではなくなると思います」
     姫君に語りかけつつ司が放った光条が小太郎の傷を癒やす。向坂・ユリア(つきのおと・dn0041)の放った矢が、姫君を狙う。
    「あの方は、わたくしの香りも忘れてしまわれたの?」
     姫君の放った香りが前衛を襲う。だがその威力はそれほど強くはなかったようだ。
    「いつか、きっと、な」
     炎を宿した『森の手』で希沙が姫君を殴りつける。途中で切った言葉の後には、希いが続いている。
     叫びを上げて消えゆく姫君に宵が駆け寄った。受け入れるように、両手を差し出して。
    「……お姫様、一緒に文香作り、みてみませんかぁ?」
    「……」
     消える寸前だった姫君が顔を上げる。すっと手を伸ばして、宵に抱かれるように吸収されていく――。
    「泣かないで、お姫様。今の時代は女の子も好きな人を待つだけじゃなくて、探しに行っても良いの」
     優しく微笑む鐘の言葉。
    「宵さんといっしょに頑張って、ね」
    「……寂しいのは今日でおしまい、だといいね」
     希沙の横に移動しながら、小太郎も姫君の未来を願った。
    「『馨姫(かおるひめ)』と呼ぶことにしますぅ。今日から一緒ですよぅ」
     宵はそっと自分の胸に手を当てて、吸収した姫君を想った。

    ●あなたへの香り
     指定された日本家屋へチラシを持っていけば、上品そうな老婦人が皆を歓迎してくれた。若い人たちが文香に興味を持ってくれるのが嬉しいと告げる彼女に先導されて到着したのは広い和室。机と座布団が幾つも並べられており、材料も豊富にあった。それぞれ同行者がいる者はその者たちと、いない者はなんとなく同じテーブルについた。
    「色んなお香があるのね。ふふ、珈琲の香りまである」
    「皆さん、どなたに向けて作るんですかぁ?」
    「そうですね、差し支えなれけば教えていただけると嬉しいです」
     お香を見て思わず微笑んだ鐘と同じテーブルについた宵とユリアが口を開く。するとユリアの隣りに座った徹が一番に答えた。
    「お友達の男の子に渡すお手紙に入れるんです。……僕と同い年位だから、お菓子の匂いなら好きかもしれない、と思って」
     喜んでくれるでしょうか、自信なさげに小さく続けられた言葉に宵も鐘もユリアも微笑む。
    「渡す相手のことを考えて選んだものでしたらぁ、大丈夫だと思いますぅ」
    「一生懸命選んだっっていうのは伝わるものよね」
    「ええ、添えられた気持ちも伝わるものです」
     そう言われると徹の心に安心が広がっていった。以前行灯作りの時に使ったのに似た水色の和紙を選び、バニラの香りのお香を手にする。大人と比べて器用ではないから、慎重に丁寧にお花の形になるように折りたたんでいく。
    「私は……秋らしい金木犀の香りにする、わ。お母さんに、秋の香りを届けるの」
     鐘は金木犀のお香を砕き、気持ちが届くようにすべての作業を丁寧に進めていく。折り紙をハートの形に折って、早く元気になりますようにと願いを込めた。
    「お兄ちゃんやおじいちゃんおばあちゃんの分も作っちゃおうかしら? 大好きをいっぱい文香に込めるの」
    「いいですねぇ」
    「喜ばれると思いますよ」
     宵とユリアに勧められ、鐘はマグノリアの香りに手を伸ばした。
    「私のおばあちゃんの好きな香りなの。私も、特に好き。好きな人の香りは、やっぱり好きになっちゃうわ、ね」
     微笑む鐘に宵や徹、ユリアも頷く。
    「神童お兄さんを見ていて、自分の香りを持っている大人は素敵だと思ったんです。僕もそうなりたくて」
     徹は老婦人にいろいろと質問しながら、文香の作り方を覚えようと必死だ。恐らく手紙を書く機会はこの先も絶えないから、次からは独りで幾度も作れるようにと。
    「私はお世話になっている人に向けて作ってみようかなって思いますよぅ。ユリアさんは?」
    「私は、父と、亡き母に向けて作ろうと思います」
    「それも素敵ですねぇ」
     応えながら宵は桃の香りを選んだ。贈るふたりに合いそうな香りが、どちらも桃だったのだ。羽織の色に似た深い蒼と、綺麗な髪色に似た桃色の和紙を選び、折り方サンプルを眺める。いろいろな折り方があって迷ってしまいそうだ。
    「あとで感謝の気持ちを、手紙にしたためてみましょうかぁ」
     馨姫の探している香りもここで見つかればいいのに、そんなことを思いながら丁寧に和紙を折っていくのであった。

    「文香作りか、風情があってよいものだな」
    「そうですね。香りというのは好きです。僕に馴染みのあるのはお線香ですが……」
     司は【ましろのはこ】のみゆと共に机に向かっている。
    「わたしが作るのは季節に合わせて『侍従』の香を使ったものにしたよ」
    「え? 侍従? 何それ美味しいのですか?」
    「……食べたいのなら、止めはしないが……美味しくはないと思うぞ?」
     顔を近づけて香りをかぐ風情のかけらもない司にみゆは若干呆れただろうか。
    「僕はオーソドックスに白檀にしようかな。それしか知らないし」
    「白檀は良いな。栴檀は双葉より芳しと言うくらいだしな」
     みゆは持参した扇型の京都千代紙に香を入れて、八角形のたとう折りにし始める。
    「お守りとか、作ってみても良いですよね。幾つか作れるかな? 時間があれば……えっと、皆さんの分とか。お揃いで」
     まだ一つ目を折っている司が零した呟きに、みゆが頷いてみせる。
    「クラブの皆のお土産にお守りを作るのは賛成だ。わたしも手伝おう。なに、ふたりやれば作れるだろう」
    「何だか一緒にこうしていられるのが嬉しかっただけで、他意はないのです」
    「ん?」
     もっと小さな声で紡いだ言葉に聞き返されて、司は首を振った。
    「……うんまあ、細かいことは良いじゃないですか」
    「……そうだな、誰かと何かを一緒にやれるというのは、良いものだな」
     彼女のその言葉だけで、今の司にとっては十分だった。

    「別にきみどりはお手紙なんか書かないし! 匂いも興味ないー!」
    「騒がしくすると皆に迷惑だよ」
    「騒がしいってか、全部ともちゃんが悪い」
     燈に引きずられるようにしてやってきた皇鳥は、燈が赤や黄、橙、黄緑など色とりどりの千代紙に一目惚れして作業を始めた横であーだこーだと文句を言っている。燈はそれをうまく交わしながら、白檀の香りを手に取る。千代紙を小さな袋の形に折り畳み、香と一緒に封をしててっぺんに穴を開ける。紐を通せば、ぽち袋型の栞が完成!
     我ながらよく出来たとホクホク気分の燈に突然差し出されたのは皇鳥の手と――。
    「ほら、きみどりが持ってても使い道ないし、今日は頑張ってたみたいだし、ともちゃんにあげるよ」
     いつの間にか大人しくなっていた彼女は、小さな匂い袋を作っていた。燈の霊犬のハルルが嫌がらないように控えめな香りを選んだそれを、差し出す。
    「えっ……? ……ありがとう」
     想像もしていなかった贈り物に驚きを隠せない燈。
    「嬉しいでしょ? きみどりからのご褒美だよ、もっと喜んでいいんだよ」
    「べっつにー」
     言葉ではそう答えたものの、内心ではとても嬉しくててへへと笑ってしまう燈。一方的にもらうのはなんとなく納得行かないから、自分の作った栞を差し出した。
    「交換こ」
    「え、交換? へへへ、仕方がないなぁ貰ってあげるよ」
     どちらとも言葉上は素直ではないけれど。
    「きみどりを誘って良かった」
     その言葉と満足気な笑顔は、正直だ。

    (「そういえば片桐からのプレゼントになにも返していなかった。この機会に手紙でも書いて渡すとしよう」)
     内心でそう決めつつ、霧夜は巽へと視線を向ける。
    「片桐はどんなものを作るつもりだ?」
    「栞としてもお使い頂ける、ヒノキの香りの物でございますよ」
     巽が選んだ和紙は落ち着いた紫苑色。それを縦長の袋状に折っていく。
    「お体にも蔵書にも優しいので」
    「そうか」
     霧夜も薔薇の香りを選び、作業を進めていく。初めてのことなので戸惑いがないと言ったら嘘になるが、器用な手つきで青系の和紙を風車型の口となるぽち袋に折っていく。
    (「器用にお作りになるものですね」)
     その手つきを盗み見つつ、しみじみと思う巽。霧夜が自分のために作ってくれるというだけで身に余る光栄であるのだが……思わず香りの移った文を出し惜しみしてしまいそうだ。過る幸福を独り占めしたい気分をそっと胸に秘めて―Touch Wood―和紙の片隅に祈りを込める。
     手順に従って香りをを包んだ霧夜は便箋を手にとって。
     ――いつも黙って付き従う君に感謝を――と一言だけ記す。
    (「……これを片桐に渡したらどんな反応をするだろうか」)
     不安にも似た疑問は、渡した時に氷解するはずだ。

    「何時もポンパドールと仲良くしてくれて有難う」
     いつも自分の弟分的存在と仲良くしてくれるお礼がてら誘ったりねと、ニコはテーブルを挟んで向かい合っている。
    「逆にお付き合い頂く形になったやも知れないが、楽しんで貰えれば嬉しい限り」
    「とても楽しみです」
     りねは笑んで、香りを探して視線を動かした。見つけたペパーミントの香りをすりつぶす。後でニコにプレゼントするつもりだが、びっくりさせたいので自分用に四つ葉のクローバーの栞を作っている風を装う。
    (「ニコおにいさんは何を作ってるんでしょうか?」)
     りねが向かいに視線を向けると、ニコは金箔の織り込まれた桜色の和紙を折って切って、五角形を作ったようだ。そしてもう一度折って一気に畳むと星形に。その中に桜の香りを入れて。
    「はわー、綺麗なお星さまです。桜の香りがふんわりです」
    「いつもありがとう、真咲。俺の好みで選んでしまったが、良ければ貰ってやって頂けると幸い」
    「いいのですか?」
    「用途はお任せ。スケッチブックに挟む等、気が向いたら色々と是非」
     両手で大切に受け取って、顔を近づけて香りを楽しむりねの様子から喜んでもらえていることが伝わってくる。
    「あ、私からもこれを、もらってくれると嬉しいです」
    「いいの?」
    「ご本を読む時に使ってくれたら嬉しいです」
     はにかむりねから栞を受け取って、ニコはありがとう、と礼を告げた。
    「んと、おにいさん達大好きです。いつもいっぱい遊んでくれてありがとうございます」
    「こちらこそ」
     優しい香りと時間が、流れている。

    「文香は2回目やね」
    「……ですね」
     隣同士に座った希沙と小太郎が辿るのは同じ記憶。香りを封じて綴られた手紙を思い出して顔色がお揃いの色に紅葉する。手で扇いでごまかす希沙。フードを深く被って隠す小太郎。香る恋文が育ててくれた愛情を込めてもう一度。今想う香りをあなたに。
    「あ、のときは苺の香りにしたんよね。今回はどうしよ、かな」
    「オレ、実はお香は持って来てるんです。形はまだ考え中で……」
     照れがそうさせるのだろうか、どこかぎこちなく感じるのは、ふたりが同じ思いの証。
    (「栞……よりは、匂い袋とかで気軽に持ち歩けるほうが使いやすいやろか……あといつも、一緒に持ってて貰えるかも、なんて」)
     ウッディ系の香りにベルガモットの柑橘系の香りを足して、希沙は森林浴のイメージでお香を砕く。
    (「小太郎くんと居ると心が安らぐから、彼もそうならええなと思って」)
     彼のことを思うだけで頬が熱を増す。
    (「希沙さんなら栞もよく使うでしょうか。でも、持ち歩けるのも、お守りみたいで良いかも」)
     小太郎は、そっと彼女の手元を覗いて。
    (「……うん。オレのもお傍に置いてほしいので、お揃いにします」)
     心をこめて砕くのは、雪の香りと謳われたお香。一年前、互いの恋心を明かした日の天気――甘く優しいあの空気のような香り。
    「……そういえ今も同じ香り、やんね」
    「……マーキングみたい、ですね」
     互いから馨るフルーティな香り。
    「恋人同士の証とゆか……きみはきさのもの、みたいな、……なんでもないです!」
     熟れたような赤い顔をそむけた希沙。そんなこと言われたら、小太郎の頬だって。
    「……な、なんでもなくないでしょ」
     追い払えない甘い照れを紛らわすかのように、ふたりは自分の手元に集中する。小太郎は花折にした和紙を縮緬袋に入れる。彼女の日常に寄り添えるよう……それと、悪い虫への盾にもなるようにと、魔除けの気持ちも少々込めて。
     希沙も花折した千代紙を麻の袋に忍ばせる。香りは記憶を呼び起こすというから、いつまでも思い出してもらえたらいいなと甘い枷を、彼に。
     互いに差し出したものを交換して、もう片方の手は机の下でしっかりと繋いで。安らぎと愛情が満ちる。
    「きみが選ぶ香りがすき。でも、きみの香りが、いちばんすき」
     希沙がそっと視線を寄せると、小太郎の視線と絡み合って。
    「オレも、あなたの香りが……あなたが、すきです。二年目も、よろしくお願いします、ね」
    「こちらこそ、2年目も、それ以上に、よろしく、です」
     ふたりで過ごす年を重ねるごとに、思い出の香りは増えていくのだろう。
     香りは現代でも、人々の心に根付いている。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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