エクストリーム主人公補正

    作者:黒柴好人

     世の中には自覚の有無に関わらず、裏目に出るであろう行動をしても必ず良い結果をもたらす者が存在する。
     そんな彼、あるいは彼女は学校に1人くらいいるのではなかろうか。
     この、ありふれた普通の高校にも『彼』は存在する。
     一見冴えない上に頼りなさそうな少年だが、周囲の女子から好かれ、ツンツンされ、デレられ、ちょっとえっちなハプニングに遭遇し、しかし何故か赦され(むしろ好感度が上がっているようにさえ見える)敬遠される事なく高校生活を営んでいる。
     『彼』は『ラブコメの申し子』と在校生男子から呼ばれている。
     が、注目するのは彼ではない。
     そう、今まさに多くのクラスメイトたちの視線が突き刺さる中で、豊かでやわらかな2つのまるいものを両手で掴む彼女いない歴イコール年齢の男子高校生――楽来須・京平(らきす・きょうへい)。
     この少年こそが今回の主役である。
    (「あ、朝のHRで美少女の転校生が紹介されて、偶然俺の後ろの席が開いているためにそこに座るよう先生が告げた後に、当然ながらこちらに歩いてきたと思ったら当然ではない事案が発生、つまり急に躓いて俺の方に倒れてきたからさあ大変! 慌てて支えようとしたのが間違いだったのだ。俺はあろうことか彼女の胸を支えてしまい更に慌ててしまい、そして彼女がうまいこと……いや不運にも仰向けに倒れ込む事は最早必定! 俺は彼女を押し倒すような格好になってしまった! これは滑稽だね」)
     京平は混乱していたがために頭の中で説明台詞を綴っていた。
     この間2秒。
     実際に今起きている事は京平の説明通りであり、状況は悪化中である。
    「いったたたぁ…………ひゃ、ひゃうん!?」
    「あー、その……。これは、デスネ?」
    「ど、どこ揉んでるのこのっ……ばかー!!」
    「おっぱいでぐハラガァッ!!」
     少女に殴られ、京平はふと思う。
     これが『申し子』の身に起きた出来事ならともかく、自分はあくまでも一般生徒。
     申し子に憧れて女子に能動的ハプニングを仕掛けようとし、散華していった猛者共を何人も知っている京平としてはこの後が恐ろしい、と。
     しかしこの異常事態、数日、数週間と続くものだからさあ大変。
     翌日は「昨日は殴ってごめん」と謝りに来た少女のスカートがめくれあがり不可抗力にもその内なる領域を目撃した京平はまたも殴られ――。
     ある日は廊下の角でぶつかりどういう物理法則が働いたのか少女のパンツに顔を埋めた結果殴られ、またある日も、その日も、そんな日も。
     いつしか周囲も「そういう関係なんだな」と理解し、京平も「そういうものなんだな」と諦念とまんざらではない気持ちが入り混じってきた頃。
    「実は私、魔法使いなの」
     突然彼女――メイが京平にそう告白した。
     そして魔法を使う対価として、『ある特定の因子を持つ異性』とラブコメディを通り越したラブコント的な出来事が発生してしまう事を。
     そう言われれば納得してしまうのが京平という男である。
    「でもメイ、お前が魔法を使うところなんて見たこともないぞ?」
    「人前で魔法なんか使えるわけないじゃない!」
    「そりゃ、まぁ。んで、その特定のナントカを持つ異性ってのは?」
    「それは……」
     メイが躊躇いながらも説明を続けようとしたその時。
    「ああっ! そこの人あぶなーい!」
    「えっ?」
     どこからともなく走ってきた野良猫がメイの胸元に飛び込んだかと思うと、あろう事か制服のブラウスを引きちぎりながらまたどこかへと跳んでいってしまった。
     そうなると勿論、見えるわけで。
     見るわけで。
    「つまりこういうコトよー!!」
    「なるほどわからぐぼへふぉあー!!」
     ここから2人のおいろけたっぷりな魔法少女バトルストーリーがはじまるのであった。
     と、いかないのが淫魔の恐ろしいところなのだった。
     
    「……実に羨ましいお話ですね」
     すっかり日が落ちるのも早くなった武蔵坂学園のとある一室。
     高見堂・みなぎ(中学生エクスブレイン・dn0172)はしかし、と真剣な眼差しを集まった灼滅者たちに向ける。
    「……わたしはその様子をしかと見届ける友人ポジションになりたいと思っています」
     そんな願望をさらけ出しつつ、みなぎはエクスブレインとしての仕事を果たしていく。
    「羨ましいとは言いましたが、これは淫魔の仕業です。つまり……あざとい設定ということになりますね」
     一般人をあれこれして籠絡し、追々闇堕ちさせて手駒にしようという淫魔がいる。
     こういったケースの場合、強力なダークネスになる素質がある者が狙われる傾向がある。
    「……今回の場合は楽来須・京平さんがメイと名乗る淫魔のターゲットとされたわけですね」
     そして、そうは見えないが京平は闇堕ち寸前の状況に陥っているようだ。
     降って湧いたラブコメな展開が内心嬉しく、さらにメイの事が好きになりかけている様子なのだ。
     もし、彼を闇堕ちさせてしまうと淫魔に加えて強力なダークネスとも刃を交える事になるだろう。
    「とはいえ……まだ京平さんを助ける猶予はあるので落ち着いて行動するといいですよ」
     方法としては大きく分けて3つ。
     1つ目は一切の小細工なしで淫魔を灼滅する方法。
    「……手っ取り早いですが、当然リスキーです。なんだかんだで好意を抱いている女の子をブン殴るのですから、それはもう闇堕ちしても文句は言えません」
     2人はほぼ常に一緒に行動している。
     それを引き離してはどうかというのが2つ目の方法。
    「……どうにかして2人を別行動させ……一方で淫魔を灼滅、もう一方で京平さんをフォローします」
     時間差でもいいし同時に進行しても構わないが、どちらにせよ淫魔を灼滅、つまりいなくなった事に対しての納得できる説明や手段が必要になる。
     ラブコメや恋愛系のジャンルのマンガが好きならば、その方法を考えるのもそう難しくはないハズだ。
     当然、フォローが不十分であれば京平が闇堕ちしてしまう事もある点に注意したい。
    「……そして3つ目。京平さんに現実を見せる方法です」
     今までのラブコメ展開は全て淫魔の仕業だったのだ、とストレートに説明しつつその目の前で淫魔を灼滅してしまうのだ。
     一番後腐れがない方法ではあろうが、ラブコメからバトル物への方向転換が必要になるため、その物語の繋ぎを工夫したいところだ。
     いかにして灼滅者たちを理解してくれるか。戦闘よりもその力が試されるだろう。
    「もちろん、これはあくまでも例なのでそれ以外の方法があればそれはそれで構いませんよ……?」
     向こうがラブコメで攻めてきている以上、こちらもラブコメで応戦するのが、まあ……道理というものかもしれない。
    「……仕掛ける時間帯ですが、昼休みや放課後がオススメです。他の関係ない生徒を巻き込む恐れもあるので、いずれの方法を採るにせよひとけのない場所に誘導するのがよいでしょうね」
     一般生徒の立ち入りを禁止している屋上や、あまり人の訪れない校舎裏、校庭の隅には木々が覆い茂っている場所など、この学校には都合の良さそうな場所がいくつかあるようだ。
    「ちなみにですけど、メイが言っている『ある特定の因子を持つ異性』とは、『ラッキースケベを誘発する因子』らしいですよ」
     ちなみにとは言ったが、これがあたかも重要な情報であるとばかりの表情をしている。
     無論、この設定も全て淫魔の計算や仕業なのは言うまでもないが。
    「……あなたは欲しいですか? ラッキースケベ因子」
     はい。


    参加者
    神條・エルザ(クリミナルブラック・d01676)
    風真・和弥(風牙・d03497)
    狗神・伏姫(GAU-8【アヴェンジャー】・d03782)
    蒼間・夜那(金瞳の夜猟者・d14520)
    十・七(コールドハート・d22973)
    獅子鳳・天摩(謎のゴーグルさん・d25098)
    八月一日・梅子(薤露蒿里・d32363)
    御伽・百々(人造百鬼夜行・d33264)

    ■リプレイ

    ●専門家立会いのもと行なっております
     京平の身はよく不可解な出来事に巻き込まれるが、今日のそれはいつも以上だった。
     朝、学校に到着し廊下を歩いていれば、
    「ああっ! 私としたことが寝坊をしてしまうなんて!」
     とか言いながらおにぎりをもぐもぐしつつ走ってきた少女と出会い頭に衝突。
    「いてて……ごめん、大丈夫か?」
    「こちらこそ不用意に角を飛び出してしまい申し訳あり……まぁ!」
     頭を下げた少女――八月一日・梅子(薤露蒿里・d32363)は、口元に手を置きながら目を見開いた。
     梅子が持っていたおにぎりが何故か京平のズボンの腰のあたりに散乱していたのだ。
    「こんな所を汚してしまって……私ったら……!」
    「うっ、べたべただな……」
    「どうぞこちらへ、綺麗にさせてください」
    「うわわっ! ベルト外そうとしないでくれ! 俺は大丈夫だから、じゃっ!」
     一難去り、今度は噂で2年のクラスに可愛い転校生がやって来たと小耳に挟めば、
    「……やっぱり、似ている……間違いなくあれは……ここまで辿り着けたのは幸運と……」
     その転校生らしき少女、狗神・伏姫(GAU-8【アヴェンジャー】・d03782)が休み時間の度に京平の教室の前にやって来ては意味ありげに何かを呟きながらチラチラと視線を合わせてきて。
    「なあ、あんたが楽来須だろ?」
     また別の休み時間には周囲の女子からキャーキャー言われているそこらの男子よりイケメンな女子、蒼間・夜那(金瞳の夜猟者・d14520)がフランクに話しかけてきた。
    「いや、知り合いの女子から頼まれてな。これをあんたに渡して欲しいってよ」
    「これって」
     それっぽい文言、それっぽい装飾が施された封書。
     どこをどう見てもラブレターだ!
    「じゃあオレはこれで! 絶対読んでやれよ!」
     そう言い残すと夜那はやはり女子に囲まれながらその場を、
    「夜那さまー! 私のラブレターも読んでくださいー!」
    「夜那さま、お昼休み一緒に」
    「ずるーい! 夜那さまはあたしと」
    「ちょっと待てなんでオレの名前知って……つか何だこの状況はー!」
     全力で退避した。
     そして昼休み。
     友人が迷惑をかけたようだから謝罪をしたいと声を掛けてきた上級生、十・七(コールドハート・d22973)と御伽・百々(人造百鬼夜行・d33264)に連れられて――京平は階段を上がっていた。
    「ああ、朝の先輩の……」
    「ごめんなさいね。おにぎりを食べながら走るなと何回も注意していたのだけど」
    「せめてパンにしろと言うにな。梅子はごはん派ゆえ、それは譲れぬそうだ」
    「え、そういう問題?」
     困ったように頭を振る百々は実のところ小学生。
     ESPのエイティーンによって今や京平よりもお姉さんになっているのだ。
     雑談を交わしながら彼らは最上階に至っていた。
    「教師や生徒の姿は見当たらぬな」
     素早く索敵を終えた百々に七は頷き返し、2人は更に上を目指そうと上り階段に足を向けた。
    「屋上って立ち入り禁止じゃ?」
     慌てて追いかけながら京平が尋ねる。
    「そうね」
    「そうね、って。そもそも鍵が」
    「だから出来るだけ静かに――」
    「え? あっ!?」
     忠告しようと振り返ったその時、七は段差を踏み損ね、手すりに掴まる事もままならずにその体は斜め後ろへと傾きはじめて――!
     真後ろを追従していた京平が巻き込まれ、支えきれずに一緒に階下まで転がり落ちるのは逃れ得ぬ必然に違いなかった。
    「いってて……先輩、大丈夫で……ん? 何だこのやわらかいもの」
    「っ……」
     仰向けに床に倒れた京平が自らの失態に気が付くまでそう時間は掛からなかった。
     つまり、今自分の手中にあるやわらかいものの正体を知る事に。
    「うわあ! ごめんメイふぐぅ!」
     咄嗟に出たであろう謝罪の言葉を、七が片手で京平の口を塞ぎ抑えた。
     そして口の動きだけで「静かに」と伝える。
     ここで騒いで誰かが来てしまっては作戦が台無しになってしまう。
    「は、はい……。本当すみません先輩、ついアイツの名前を。あ、メイっていうのは俺のクラスメイトで、そういえば今日アイツあんまり絡んでこないな」
     相当焦っている様子の京平にもう一度同じ言葉を一語一語を強調しながら無音で伝えた。
    (「これがラッキースケベというものか。大胆不敵なものだな」)
     起き上がった2人を眺め、百々は心の中で感心するのだった。

    ●幸運は自らの手で
     階段での出来事の少し前。
     自らをメイと呼称する淫魔の少女は廊下で眼鏡な男子生徒と正面衝突していた。
     メイは無傷だが、男子生徒――獅子鳳・天摩(謎のゴーグルさん・d25098)は衝撃に耐えられず尻餅をついていた。
    「ちょっとキミ、大丈夫?」
    「ひゃああゴ、ゴメン……わざとじゃないんすよ」
     本来なら逆の立場なのでは、と思っていそうな複雑な表情で手を差し伸べるメイ。
     だが、不意にその手が止まった。
    「こ、腰が抜けちゃったみたいで立てないっす……」
     小動物的な反応かつ後輩口調の相乗効果。
     眼鏡はお約束通りホームポジションからズレて傾き、素顔のチラリズム。
     そして必然的に見上げる視線は上目遣い。
     なんとハイレベルな眼鏡ドジ男子か!
    「はっ! ごめんごめん。ほら、掴まって」
    「助かったっす……」
    「それじゃあ、私行くから」
    「ま、待って!」
     決心の声音でメイを引き止める天摩。
    「実はオレ、転校してきたばかりで迷ってて。少し学校を案内してくれると、その、嬉しいんすけど……」
    「そうなんだ。でも私行くところが……。ふむぅ? ん、やっぱりいいよ。案内してあげる!」
    「本当っすか!? 恩に着るっす!」
     そんなこんなであちこち巡る事しばらく。
    「メイ、さん」
    「ん?」
     校舎裏を移動中、天摩が立ち止まった。
    「ありがとうっす。見ず知らずのオレにここまで優しくしてくれて」
    「いいよ、気にしないで」
    「それでその……よ、よければこれからも」
    「ぐわあああああ!!」
     刹那、男の悲鳴が2人の耳を貫いた。
     何事かとメイが周囲を見渡すと。
    「『何故か』何もないところで突然転んでしまったー!!」
    「うひぇっ!?」
     いつの間にやら正体不明の男が自分の胸元に顔をうずめているではないか!
     驚きと男の『転んで』きた衝撃でメイと男は折り重なるように地面へと倒れ込んだ。
    「ちょ、ちょっと離れてよ!」
    「いやすまない……む?」
     密着したまま落ち着くために深呼吸や指先の感覚に異常がないかを確かめるために握ったり開いたりしていた男、風真・和弥(風牙・d03497)が顔を上げる。
    「俺のトラブルスケベ因子が発動しているだと?」
    「は? 今……」
    「どうやら貴女も魔法使いのようだな」
    「なっ!」
    「そう、俺も魔法使いだ。魔法使いが相手だとトラブルスケベ因子が発動してしまう……難儀なものだ」
    「何その便利……じゃなくてめちゃくちゃな設定。それよりも!」
    「おっと皆まで言うな。魔法使い同士が出会ったなら理解っているな?」
    「わかっていないけど」
    「そう、マジカルファイト条約に基づきデュエルするのが定め。いざ、尋常に勝負……といきたいところだが」
    「あんた私の話聞くつもりないでしょ」
    「デュエルに無関係な方々を巻き込むのはまずいな。そんな訳で人気の無い所で勝負だ。ついて来い」
    「ちょ! ああもう、待ちなさいよ!」
     天摩に振り返りつつも逡巡するが、しかし和弥の言動を無視できるはずもなかった。

    ●修羅場を見たとき
    「来たか」
     神條・エルザ(クリミナルブラック・d01676)は屋上で風を受けながら彼らを迎えた。
     簡単に挨拶を交わすと本題に入ろう、と早急に話を進める。
    「端的に言えば、私達はお前を護りに来たんだ」
     エルザは――京平を見据え極めて真面目に告げた。
    「護るって、一体何の話を」
    「これから話す事は受け入れ難いかもしれない。だが京平、これが真実で」
     確固たる意志を持った目でエルザは京平を射抜く。
    「そして現実なんだ」
     まずは私から、と影から出てきたのは京平にとって見覚えのある少女。
    「君は朝の!」
    「粗相をお許し下さい、楽来須様」
     いたずらっぽく微笑む梅子は、一瞬間を置くとその表情を引き締めた。
    「我々は、貴方のような方を救うために集まった異能力者の集まりなのですよ」
    「は、はあ!?」
     その為に色々な方法で接触を図ったと梅子は説明する。
    「その通り。とは言え、我は他の者とはちと違うが」
     給水塔がある建屋から飛び降りてきた別の少女が言う。
    「噂の転校生!」
    「覚えていてくれたか、嬉しいぞ京平!」
     ぱあっ、と表情を明るくする伏姫は、しかし悲しそうに京平を見る。
    「我は平行世界から来た異邦人。そして、我の世界の京平を救うために境界線を超えてこちらの世界にやってきたのだ」
     別世界の京平は伏姫曰く『だーくぱぅあー』に呑まれた影響で因果地平の彼方に飛ばされたという。
    「我と京平はかの世界では戦友であり、そして……いや、見知らぬ我にこんな事を言われても困るだけだな」
    「それは……」
    「ふ、こちらの京平も優しいな。兎に角我はその因果律を変える為にここまできた事を理解して欲しい」
    「そのだーくぱぅあーとかってのを仕掛けたのがあのメイっつー悪い女だ」
    「え?」
     今し方階段を駆け上がってきた夜那が「手紙は必要なかったな」と笑う。
    「あいつはラッキースケベがどうのって言ってるんだろ? ありゃデタラメだぜ」
    「いやでも」
    「現実見ろよ。やってる事は痴漢だぜ?」
    「うぐ!」
     ド直球な言葉にたじろぐ京平。
    「そうして京平を誘惑し闇に堕とそうとしている、と言えば道理もあるだろう?」
    「事実、魔法を使うためにメイの言う対価は必要ないから」
     京平の後ろに控えていた百々と七も説明に加わる。
     証明として七はマテリアルロッドから雷を放って見せる。
    「うわ!?」
    「これが実際の魔法」
     七はラッキースケベなんて簡単に演出できる事を先の階段落ちで説明したのだと語る。
    「つまりあれは演技。私も忘れるから、忘れなさい。でなきゃ殺すから」
    「ハイ」
     それが冗談ではない事は、七の静かで獰猛な殺気が物語っていた。
    「メイが情に訴え助けを求めるかも知れぬが、信じないで欲しい」
    「安心しろ。それでも絆されお前が悪魔になってしまった時は、責任を持って止めてやる」
     伏姫とエルザを交互に見て、しかしどこか煮え切らない様子の京平。
    「後は本人に聞けばいいだろ?」
     夜那が階下に通じる扉を親指で指すと、それは勢い良く開いて。
    「さあ、マジカルファイトをはじめるか!」
    「だから何その微妙にダサい名前……って、人沢山いるんだけど!?」
     和弥とそれを追いかけるメイが現れた。
    「メイ!?」
    「京平!? どうしてここに」
    「そりゃ、淫魔の本性を知らしめるためっすよ」
     メイの疑問に応えたのは、眼鏡を外しながら物陰から出てきた天摩だった。
    「……どういう事?」
    「こういう事っすよ」
     天摩は眼鏡を放り投げると、胸元からゴーグルを取り出し装着した。
    「どういう事!?」
    「冥途骸、風真和弥……さあ、たっぷりとご奉仕してやるから覚悟しろ」
     一方で、和弥はいつの間にやらメイド服姿になっていた。
    「マジカルファイト・レディ……ゴー!」
    「ああもう滅茶苦茶じゃない!」
     漢メイドの日本刀の一閃に、たまらずナイフを取り出し対抗するメイ。
    「真実と向き合うなら一緒にこの戦いを見届けよう」
     飛び出そうとする京平を抑え、エルザもスレイヤーカードから殲術道具を展開する。
    「何を言われたか知らないけど京平! こいつらは私と敵対する、えーっと組織で! とにかく私を信じて!」
    「淫魔だけあってうまく心を掴むものだな。これまで何人の男を誑かした?」
    「言うなっ!」
     京平の不安を感じ取ったエルザは、庇いながらメイを挑発する。
    「待ってて京平、こんな奴らさっさとやっつけるから!」
    「これ以上メイに関わればその身が完全に闇に染まってしまうぞ! どうかあちらの京平を救う為に我らを信じて欲しいこちらの京平っ!」
    「どうしても、貴方を助けたいんです……」
     最早やぶれかぶれなメイ。
     そして霊犬の八房と共に応戦する伏姫に、どこか熱っぽい視線を送りながら異形化した腕を振るう梅子。
     超常の力が飛び交う戦いに京平はただ呆然としていた。
    「って、そこのヘンタイメイドは本気で戦う気あるの!?」
    「これも魔法少女バトルには致し方無い因果。そして因子の為せる業……」
     和弥の攻撃によってメイの服がボロボロになって下着がちらほらしているのはちょっと気になるようだが。
    「だが問題ない。致命的な部分には謎の光が差し込む」
    「なにそれ逆に怖いんだけど!」
    「適当にしとけよ? 灼滅者っつっても変態痴漢野郎のレッテルが貼られたら大変だぜ?」
     軽口を叩きながらも槍による鋭い一撃でメイを追い込む夜那。
    「影で陰口叩かれて女子ネットワークで翌日には学校中、いや最悪他校にまで拡散か。世の中世知辛いねぇ」
     男子たちがビクリと肩を震わせる恐ろしい実態だった。
     特に少なからず前例を知っている京平には効果てきめんのようだ。
    「ま、まあそういう事っすね。男ならなんたら因子とかに頼っちゃダメっすよ」
     天摩はライドキャリバーのミドガルドに周囲警戒を任せ、ガンナイフで銃撃しながら包囲を固めていく。
    「すっかり術中にハマってたワケね」
    「ごめん、やっぱ今オレ黒髪ロング派なんすよね」
     接近戦を挑まんと飛び込む天摩を援護すべく、百々も積極的に攻撃しその手を緩めない。
     七もまた前衛をラビリンスアーマーで支援し、包囲の維持を助ける。
     ちなみに戦闘前にESPを解除し、小学生の姿に戻った百々を見て京平がどぎまぎしたりしていたがそれはさておき。
    「もう少し、だったのに。それを!」
    「いよいよ本性を晒したか。懺悔せよ淫魔メイ、その罪ごと滅ぼしてくれる!」
     叫び、エルザは炎を帯びた蹴りを垂直に放つ。
     炎に包まれ、やがて膝を付くメイ。
    「メイ!」
    「ふふ……あーあ、これまでかな。京平、確かに私はキミを利用しようとした」
    「……」
    「でも、ちょっと楽しかった……かな……」
     微笑むメイは、そのまま倒れ伏した。
     言葉の真意は判らない、が。

     和弥は目を閉じ佇む少年の肩に手を置いた。
    「……良い夢だったのさ……だけど、夢は醒めちまうんだよ……」
    「京平、辛いかも知れぬが……」
     言いかけた伏姫は、ふと京平の目元が光った気がして口を噤んだ。
     心配に反して京平は笑った。
    「大丈夫だよ。大体の本当の話は聞いたし、そういう事なんだって理解した……つもりだ」
    「その強い意志と勇気で救われた者がいる。こんな言葉で慰めになるとは思わぬが」
    「実感できないけどそう信じるよ、先輩……じゃなくて百々ちゃん、かな」
    「しかし、今後は後悔したくないなら非日常に軽々しく関わるな」
     エルザの厳しくも身を案じた言葉に、京平は強く頷いた。
     彼はもう大丈夫だろう。
     しばしのドタバタは――夢だったのだから。

    作者:黒柴好人 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年12月3日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ