System Error

    作者:菖蒲

    ●System Error
     システムニ異常ガ発生シマシタ――脅威ヲ排除シテクダサイ……。

     ぱきり、ぱきりと音を立てて崩れゆくかんばせから赤い眼光が覗いている。
     インクを零したかのようにどっぷりと浸かった空は、でたらめな月が昇っているのみだ。雲に隠された三日月の下、その身をぐらりと揺らした男はしっかりと獲物を握りしめる。改造されたブレイブハート、今はその色さえも赤黒い血を思わせて。
     脳の信号がエラーを吐き出したかのように眼前を幾度も点滅させ続ける。飲み込んだ闇の色を吐き出す様に彼はゆっくりとその銃身を固定させた。
     駆動するエンジンモーターの音で非難するかのように『主人』へとこつんとぶつかったガゼルを『物』の様に扱った男は淡々と唇を動かした。
     怜悧な瞳は、笑みも浮かべぬ口元は、疾き鷹を強奪者へと変えてゆく。
    「――本能に従う、何が悪い?」
     
    ●Signal
     赤は、危険を教えるかのように点滅する。
     小さく息を飲みこんで、不破・真鶴(中学生エクスブレイン・dn0213)はプログラムエラーを吐き出したノートパソコンを見下ろして「ラプターという六六六人衆の犯行が予測されたの」と告げた。
    「ラプターは『無表情』の仮面を張り付けた六六六人衆。
     得意としているのは射撃と、近接では金属の触手を操るの」
     淡々と情報を告げている真鶴の声音が僅かに震える。彼を見つけられた安堵と、『彼』への後悔が混ざり合った様な――不安と懺悔の声。
    「マナの落ち度なの……ごめんなさい。見つけられて良かった。
     でも、マナが、招いた様な事だから――ごめんなさい」
     歓喜と後悔が入り交じるのは彼が、ラプターと名乗る六六六人衆が、柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)であるから。武蔵坂の灼滅者が発見されるのは戻ってくる可能性と、灼滅しなくてはいけない危険という二つが相反している『可能性』の塊だ。
    「高明先輩は優しい人だから、殺したくないってSOSをあげてるの。
     ガゼルが、彼の想いを露わしてる様に思うの。凶行を止めるためなら自分なんて灼滅(ころ)してでもいいって――そんなの、マナは、いや」
     何としてでも救って欲しいとエクスブレインは声を震わせた。
     夜の街を徘徊する六六六人衆は『殺戮本能』を抱くと共に、本能(プログラミング)に従えない――殺すと言う『本能』を実感してしまった。
     高明(バグ)を消去し、本能に従い殺戮マシンとして動き出す事を目的にした彼を真鶴が見つけ出すのは少し遅かった。
    「……――バグを消去して、『正常』になるべく殺人を起こさんとしてるの」
     高台の上、狙撃手として無差別殺人を起こさんとするラプターを発見したのだと、彼女は言った。
    「殺す事が、最大の目的なの。だから、積極的に止めを刺してくる可能性があるの。
     注意してほしいのは彼は無表情と言う仮面を被って居て、プログラムの様に淡々としてる。だからといって声が届かない訳じゃないと思う――諦めないで」
     殺人こそが本能。殺人こそが存在意義。
     高明と言う青年がその様な『殺戮マシン』でなかった事を思い出させられれば。ラプターの中で高明というバグが消去される前に、何としても彼を連れ戻して欲しいと真鶴は手を組み合わせた。
    「救出して欲しい、けれど……もしものときは、迷わないでほしいの。
     相手はダークネス、迷いは致命的な隙を作って、敗北を招くの」
     それは、高明が戻って来れなくなる、完全に闇に落ちると言う可能性の示唆。
     力と本能。支配されるそのプログラムの解除は、きっと難しい。
     しかし難解なパズルを解かずに放置すれば『ラプター』が完成してしまう。
    「誰かを殺す事が嫌だと抵抗する内なら、きっと、戻って来れる余地があるの。
     だからね、死なないで。殺さないで。ハッピーエンドを運べるのは皆だけだから」
     だから――どうか。


    参加者
    ジャック・アルバートン(ロードランナー・d00663)
    鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181)
    枷々・戦(異世界冒険奇譚・d02124)
    槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)
    司城・銀河(タイニーミルキーウェイ・d02950)
    阿剛・桜花(年中無休でブッ飛ばす系お嬢様・d07132)
    エイジ・エルヴァリス(邪魔する者は愚か者・d10654)
    饗庭・樹斉(沈黙の黄雪晃・d28385)

    ■リプレイ


     陽光は、途絶えた。
     雲間から覗く三日月の厭らしさはまるで挑発。くらり、と被さる雲に司城・銀河(タイニーミルキーウェイ・d02950)が眩しげに瞳を伏せる。名の通りの『銀河』を望む事も出来ぬ空に彼女は小さな身震いと共に高台へと足を踏み入れた。
    「高明……」
     愚直で不器用。それが彼女を顕す言葉だ。だからこそ、頑なに意地を張り――迎えに来た、彼を。
     尻尾をゆらり、と一つ揺らして饗庭・樹斉(沈黙の黄雪晃・d28385)は困った子供を見る様に瞳を細める。指先で煌めいた楔が幼い彼の獣の指先で怪しげな光を持つ。
    「センパイも拗らせてるんだなー……」
     脳裏に過ぎった高明の笑顔にブレて被った『ダークネス』の存在が、己が一族を壊滅させた悪魔の呪詛の様に耳朶を伝う。冷や汗にも似た雫が首筋を濡らし、こくりと成長し切らない咽喉を鳴らした彼は静寂の公園を往く。
     ――。
     音を裂くのは、銃声か。
     ある種の叫声が如き響きを持ったそれについと顔を上げたエイジ・エルヴァリス(邪魔する者は愚か者・d10654)は「嫌な夜でござるな……」と奇天烈な光りを発する月を見上げて小さく呟いた。口元を隠したマスクに、鋭い眼光が闇夜で揺れている。
     木々を掻き分けて、忍ぶが如く進む彼は偲ぶように高明を思いサイキックエナジーで光るフラッシュライトを頭に装着し小さく息を付いた。
     各々が散開し、高台へと登るのは公園に潜む『狙撃手』の目を掻い潜るためだ。鷹の目は鋭い、近付く前に打ち抜かれては一溜まりもない事を彼らは良く知っていた。
     無論、狙撃手の実力をよくよく把握しているというのもある。力を求めたジャック・アルバートン(ロードランナー・d00663)にとっては良き好敵手たる高明が大切で堪らない。武人たる彼が義に熱いのは言葉にせずともよく理解できる。
     言葉は、飲み込んだ。磁石がなくとも惹かれ合うが如く彼の脚は自然に狙撃手の下へと向かってゆく。
     地面を踏みしめて、誰よりも先にと駆ける枷々・戦(異世界冒険奇譚・d02124)は焔色の瞳に感情を揺らす。
    「柳瀬先輩?」
     固いアスファルトに被さった砂が運動靴の爪先に触れる。頬のガーゼを支えたテープがやけに頬へとへばりつく感触に戦は小さく瞬いた。唇が、引き攣る。
    「此処に居たんだな。探したよ」
     彼の笑みに、追従する様に槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)が顔を覗かせる。武装の気配はない、焔の色の瞳に乗せた複雑怪奇な感情は――まだ、伝わらない。普段ならば感じとってくれるであろう彼には。
    「高兄、寒いだろ? ほら、缶おでん食うかー?」
     へらりと笑った康也は頭に装着したライトを転倒させ、ちらりと背後を見詰める。
     その合図とともに顔を出した阿剛・桜花(年中無休でブッ飛ばす系お嬢様・d07132)の髪で花柄のプリントシュシュがふわりと揺れる。黄色や紫、桃色と白地に描かれたソレは桜花にとってのお気に入りの品なのだろう。無論、気に入るだけの理由がある。
     顔を上げた『狙撃手』の視線が向けられる。「どうかしら、似合いますかしら?」と柔らかく告げた桜花の言葉に反応する事無く、視線を獲物へと下げた彼の姿に鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181)は肩を竦めた。
    「……お久しぶりね、柳瀬先輩。暫く見ないうちに随分と人間離れした見かけになっちゃったわね」
    「ニンゲン?」
     呟かれた声に狭霧が肩を竦める。漆黒のナイフをゆっくりと構え、彼女は『標的』に『彼』を定める――、
    「人間止めるにはまだ早すぎるわよ」


     吹く風は冬の気配を存分に孕んでいる。見晴らしの良い高台は今や暗雲が立ち込め、狙撃手の目を持ってしても照準がずれてしまいそうな程だ。
    「タカアキ部長を見つけましたです」
     南桜が不安げに日本刀を抱き締める、彼女の想いを組んだ様にパートナーたるイヴが小さく頷いた。
     Shooting boxの面々は励まし合いながらもダークネスの姿を見詰め、不安げに言葉を零す。それは透流とて同じだ。箒に跨り、矢を展開した芽瑠とて本隊の八人への援護射撃しか出来ぬ自分に悔やむことだろう。

    「――エラー確認、標的ヲ排除シマス」

     淡々と口を開いた彼へと康也が「高兄」と小さく呼んだ。足元から伸びあがった獣が慈悲の牙をあんぐりと剥き標的を定めている。
     後方へと飛び退いて足元から影を呼び出さんと「忍法」を使用したエイジに海島・汐(高校生殺人鬼・dn0214)と岬は桜花の言葉通り共に後方へと下がってゆく。
    「……お願いしますわよ」
    「了解した。全力を尽くすよ」
     こくりと頷く汐の視線の先で、紗里亜や七葉が護衛役として小さく頷く。サポートとして参戦した26人の参加者達は皆、掛ける言葉を慎重に選ぶ様に唇を閉ざしたままだ。
     ゆっくりと銃を灼滅者へと構えなおしたのは『無差別狙撃』を行う相手として彼らが充分だとプログラム上、認識されたからだろう。完璧な機械(ダークネス)では無い以上、顔馴染の面々に幾許か心が反応した可能性も捨てきれない。
    「高兄……」
    「柳瀬」
     不安げに呼ぶ康也の肩をポンと叩いたジャックが目にもとまらぬ速さで打ち出された弾丸をその体一つで受けとめる。速度に乗ったローラーの回転音が劈く様に響き渡り、アスファルトから跳ねる火花が受けとめたその重みを語る。
     身を反転させ、そしたその向こう側、攻撃手の狭霧が地面を踏みしめて「システムエラー? まるで『作り物』みたいなことをいうのね」と淡い笑みを浮かべる。
    「本能に従って何が悪い」
    「はは……柳瀬先輩らしくないよなあ」
     涙を堪えたまま、一筋のデッドラインが告げる事無き希望を乗せて、戦は焔を身に纏う。
     脳裏に過ぎったのは彼の前で影を揺らした康也が闇に飲まれた時――
    『ああ、帰ろう。そして、その願いを後押ししてやるために――』
     彼の立場は変わらない。助け出す側であることには違いない。
     柳瀬先輩の言葉の重みが、彼には痛いほどに解る。彼は、柳瀬高明ではない。
    「ラプター……!」
     今度は、自分の番だと康也が牙を剥いた。
     彼の想いも、勿論、『彼女』の想いとて強い。赤茶色の髪が夜風に揺れる。バトルオーラを身に纏い、地面を蹴り走る桜花の背後で不具合を起こしたように揺れるガゼルが異音を発しながらエンジンを回転させる。
    「無理をしないでくださいませ。……大丈夫、高明さんは必ず連れ戻します」
     柔らかな笑みは、痛々しささえも思わせる。彼女の言葉にしんとその身を大人しく引き下がらせたガゼルの『違和感』に樹斉は警戒した様に小さく振り仰いだ。
     顔を上げたスミ花と青士郎は本隊のメンバーの間を縫う様に動き回る。抵抗をしているとはいえ、ガゼルは『使役』される立場。ラプターに従わぬという選択肢は無いのだろう。
     ぐん、と速度を進めたガゼルが背を向けた狭霧の背へと跳びかからんとする。振り仰いだ銀河が照準を合わせ「だめだよ」と小さく囁くと共に、受けとめる。
    「高明……! 『相棒』が嫌がってるんだよ!?」
    「相棒? 『道具』でしかない」
     切り捨てる様な口調に銀河が唇を噛み締める。幼さを滲ませるかんばせが不安に満ち溢れ、長いロングスカートが動きに合わせて揺れた。
    「高明はそんな人じゃないよね? 情味いっぱいの『兄貴分』だよね?
     高明の意地、見せてよ! みんな――皆、高明の帰りを、待ってる!」
     ずん、と胸を貫かんと狙った一撃に「えっちでござる」とふざけた調子で呟くエイジに汐が小さく頷く。
    「なるほど」
    「セクハラで訴えるよ?」
     むっとしたような銀河に汐とエイジが小さく首を振った。そうして、楽しそうに会話を弾ませるのだって、普段の高明ならお手のもの。しかし、ラプターはその会話を「下らない挑発」と受け取ったかのように一蹴した。
    「排除する」
    「排除なぁ……残念だがお前が思っている程本能的では無いぞ、柳瀬は」
     膝を抱え一人竦む彼を見る『立場』は何時だって違った。人間戦車の名は伊達では無い。言葉と共に走り寄り狙撃手の身体を固いアスファルトへとなぎ倒す。
    「ッ――」
    「お前にはそれがバグだと思えるのだろうが、人間はそういうものだ」


     動揺を誘う事が出来たのはある意味で好機であったのだろう。ステップを踏む様に軽やかに動いた樹斉は「ガゼル!」と声を張る。
     抗えぬ宿命と、抗いたいと言う想いの相反した彼の相棒による攻撃は灼滅者達にとっての打撃でもあったのだろう。気を配る樹斉が放った矢がガゼルを怯ませる。それと同時に高明の心へと深く突き刺さる『矢』となる様に――
    「センパイは本当にこういうことしたかったわけじゃないでしょ? 悩んだりせず機械みたいに本能に従うだけなんて絶対に!」
     それは、部員としての言葉だった。楽しげに笑った彼の顔が脳裏に過ぎる。
     苛立った様に長銃をしかと構えた狭霧が照準を合わせ、ラプターの眼球を打ち抜いた。ぱきり、と音を立てて崩れる『ピース』に悶える様に転がったダークネスの下へとぐんと近づく彼女は声を張る。
    「システムにエラーが発生したから殺す?
     本末転倒よ、その殺すって本能こそが最大のバグでありエラーであるってコトにまだ気付かないの?」
    「本能に――」
     衝動が、襲い来るように心臓に供給する。ポンプの動きは尚も活発に続いている。両の足に力を込めて、立ち上がりざまに放った一撃が庇う様に身を投じた康也の腕を切り裂いた。
    「仕返しって感じだよな、高兄ィ」
     唇に乗せた笑みは、高明の腕に残った傷跡を示して居た。
     垂れた血潮が炎に変わる。拭った康也が勢いよくアスファルトを蹴り、獣が如く喰らい付く。
     彼を避けようと寸でで身体を捻り上げ、外れた照準が宙に弾丸を打ち出した。その音にびくりと身体を揺らした樹斉が彼の本能(プログラム)の変化を感じとる様に指輪に光を灯してゆく。
     和弓がきりりと音を立てる。センパイと呼ぶ声に確かな躊躇いを見出して樹斉は声を張り上げた
    「絶対に完全な機械なんかにさせてたまるか!」
     小さな子供の声に看過された様に頭をぼりぼりと掻いたジャックが両の手に力を込める。踏みしめて、踏み込んで、渾身の力を込めた『戦車』は拳を振り上げる。
    「ままならないものを内に秘めながら生きている。
     そうした柳瀬を好いているから、俺も皆も助けに来た」
     きっと、彼は不器用なのだ。身を逸らし触手がジャックを薙ぎ払う。
     巨体がアスファルトへ打ちつけられて、軋んだ骨に声も出ずに奥歯を噛み締めた。
    「ッ――帰りを、待っているでござる。機械の如きラプターではない、悩み苦しみながらも今迄懸命に戦ってきた柳瀬殿をだ!」
     癒しを送りながらも、エイジが焦りをその額へと浮かべる。負けるわけにはいかないと、迎えに行くと仲間達へと送り出された己たちが『ラプター』を逃がす訳にはいかないと。
     子供の様に駄々を捏ねて、本能との鬩ぎ合いに尽くした弾丸は数知れず。血濡れた掌がずるりと滑る、それでもなお癒しによって立つ事が出来る狭霧は両足に力を込めた。
    「柳瀬先輩はマシンなんかじゃない、れっきとした人間よ。
     そんなプログラミング、リセットなりデリートなりブチかましてさっさと戻ってきなさいっての!」
     苛立ちと共に放った弾丸に、ラプターが膝を付く。バグが、ブレて重なって、幾重にも増殖してゆく。
     エラー音を鳴らす様に脳内でぐわりと揺れた『高明』がラプターを揺さぶって離さない。
    「そのライフルもまた高明の『相棒』なんだから! あなたが『武器』として扱ったところで、全然怖くないし、痛くない!」
     傷など、もはや忘れてしまったと胸を張る銀河が唇に笑みを讃える。
     言葉少なに、ラプターの視線を受けた銀河は楽しげに笑みを浮かべた。
    「あなたの負けよ」
     デジャビュを感じたのだと戦は小さく笑う。
     何時かの日、青士郎、高明、戦、銀河がそろって戦った相手は今は仲間として隣に立っている。
    「うん……覚えてる? ツッチー先輩がさ、闇堕した時は大変だったよな?
     青士郎先輩と俺と柳瀬先輩で、わーわー言いながらさ……あの時は銀河も来てくれて」
     ――そうなればいいと願う様に戦は一撃に思いを込める。
    「四の五の言わず戻るのだ、戻って来い柳瀬高明!
     お主を待つ者を悲しませる気か、阿剛殿達を泣かせるか、愚か者ッ!!」
     普段の口調を忘れ去ったかのように声を張り上げたエイジの声に頭を抱えたラプターが小さく唸る。
     傷だらけは今に始まった話しで無い。噛みつくように喰らって、離さぬ様に傷を付ける康也を払い立ち上がったラプターが渾身の一撃を放つ。
     その身を持って弾丸を受けとめて桜花が痛みを堪えて声を張る。届けと放った、重い一撃と共に――
    「高明さんは不器用な私が作ったアップルパイを美味しいとほめてくれたり、あーんを賭けて射的勝負したり、一般人を守れなくて悔やんだり……」
     泣かせるなと叱るエイジの声に、桜花が首を振るりと振る。気丈に振る舞いながらも髪で揺れる飾りがその心を反映するかのようで。
    「鈍感でスケベだけど正義感が強くて優しくて……そんな方が冷徹な機械なはずが有りませんわ!」
     ブレた照準に。高らかに鳴らした銃声は月を穿って落ちてゆく。
     もはや彼に『プログラム』は意味を為さない。青年の仮面はぼろぼろと崩れてゆく。
    「――聞こえているだろう柳瀬。家出期間はもう終わりだ。
     戻ってこい、嫌だと言っても連れて行くがな!」
     言葉少なに、それでもその動きは活発に。ジャックの言葉は刃の様にラプターへと襲い掛かる。
     割れた仮面の内側から、抵抗する様に脳裏に響く『高明』の声にラプターが首を振る。
    「ッ」
     漏らした息の意味は、
    「――……俺、は」
     がしゃん、と大きく音が鳴る。伸びあがった触手が縮み、落ちてゆく。
     取り落とした武器に、倒れたガゼルが痛々しい。
     ガゼルへと駆けよった樹斉が顔を上げ、武器を落としたラプターを見詰めるエイジが息を飲む。
    「柳瀬……おかえり」
     零したジャックの言葉にはっとした様に狭霧と銀河が顔を上げる。
    「ッ――アアアア―――――!」
     絶叫の様に、エラーを吐き出しプログラムが壊れる事で目覚める自我に駄々を捏ねる様に『ラプター』は首を振る。駆け寄る桜花に恐怖は無くて。
     抱きしめる様に、そっと伸ばして。劈く様な叫声から彼を守る様に。
    「もう、」
     覆いかぶさった暗雲を払う様に。跳びこんでゆく康也と戦に躊躇いは無い。
    「もう、大丈夫ですわ。守らなくても、救わなくても」
     皆が此処にいるからと。それは、不吉の日に襲い掛かった凶行から守る為の闇(ちから)を抜いて行くかのように。
     誓いの様に唇に灯した言葉は、不吉を笑った月を物ともせずに。
    「助けて貰った分、今度は俺らが恩返しの番――今度も絶対助けるから」
     腕に残った傷痕を指先でなぞる。君が、来てくれた勲章を。
    「高兄」
     だから、君にはこう贈ろう――おかえりなさい、と。


    「もう……! 本当に心配したんですから!」
     じわりと目尻に浮かんだ雫に頬がかぁと紅潮してゆく。桜花が駆け寄り、高明の身体に跳び付くと同時――照れ隠しの様に行われた同上げに困惑した様に彼が目を白黒させる。
    「高兄……!」
    「死んじゃうかと思った! 心配かけやがってこの! この! おかえり!」
     桜花に続き、飛びついてゆく康也と戦。「センパイ!」と呼び掛けた樹斉とて『バグ』として排除される事無く、再び目を覚ました彼にほっと胸を撫で下ろす。
     消えてなくなるかもしれないという不安が払拭された夜空は、気がつけば雲が晴れ、月が煌々と照っている。覗く三日月も不吉な笑いを讃えることなく優雅な金を揺らして居た。
    「遅い帰りだな……」
    「……心配、したでござるよ」
     ぽん、と高明の頭へと掌を落としたジャックが苦笑を漏らす。頬を掻いたエイジは忘れかけた忍者口調を取り戻しほっと胸を撫で下ろす。くす、と笑みを漏らした銀河は夜色の瞳を細めて「おかえりなさい」と小さく呟いた。
    「……た、だいま」
     きょとんとした兄貴分は珍しい。仲間を――後輩を護るためにと身を戦いへと投じ、血濡れた少女を追い掛けたあの季節が今も瞼にこびり付く。
     は、と息を吐き茫然と仲間を見上げる高明を確かめる様に手を伸ばし、目元を濡らした雫を拭うことなく戦は呟いた。
    「生きてて……戻って来てくれて良かった……っ」
     傷だらけの身体に、染み込む様な体温が彼を生きた心地に連れ戻す。
     見る事の無かった南瓜行列に想いをぼんやりと馳せた高明はゆっくりと瞼を閉じた。
    「……暖けぇ」
     冬の足音が、鼓膜に小さく響いた。

    作者:菖蒲 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年12月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 2/素敵だった 16/キャラが大事にされていた 0
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