善良遵守同盟

    作者:一縷野望

    ●善良質量保存の法則
     元学舎今廃墟。元モラリストが廻していたこの場は、彼女らが身を隠し『善良の質量』を保つ儀式を為すにはお誂えと言えた。
    「貞女(さだめ)様、この男はサッカー部のエースストライカーという人気を笠に着て、様々な女性の純潔を弄んだのです」
     レトロランタンを下げたショートヘアの娘は、ロープでぐるぐる巻きにされたイケメンを憎悪込めて蹴りつける。
     他にもランタンを持つ少女は3人。内、天秤を象る銅飾りを胸に下げた女が中心を担うカリスマだと誰の目にも明らかだった。
    「まぁ、それは世の『善良の質量』を保つため、排除しなくてはなりませんね」
     貞女と呼ばれたカリスマの娘は、黒いレースのヴェール越しの瞳を柔和に撓らせて、安寧な魔法をかけるアルトヴォイスを響かせる。
    「貞女様……」
     2人目、3人目――ランタンを下げた娘は、明らかに倫理に反する男達の罪を数える。そして4人目は貞女自身より供された。
    「此の男は、妻子ある身であるにも関わらずその人間的情愛を他の女へ移しあまつさえ別の母を持つ子まで為した、外道」
     ――恐怖に瞳を震わせる男の顔が貞女に似ていたが、それは些細なコト。
    「さあ、為しましょう。善良なる世界を保持する儀式を」
     貞女はそう叫ぶと見せつけるように掲げた銀のナイフを男の腹へと真っ直ぐにつきさした。
     奪命の悦楽、落命へ至る呻き声――。
     廃墟を満たす音を耳に、3人のランタンを携えた娘達は自分が連れてきた男を引き摺り三方へ散っていく……。
     
    ●介入者達へ告ぐ
    「ソロモンの悪魔に力を与えられた強化一般人、彼らが殺人を犯す予知が視えたよ」
     灯道・標(中学生エクスブレイン・dn0085)は胸に押しつけた文庫本めいた手帳を開く。
    「彼女達は『善良遵守同盟』を名乗り、彼女達視点での『善良から外れる外道』を攫ってきて罪の浄化と称して殺そうとするよ」
     本来暴力的なコトを好まないソロモンの悪魔、配下もその傾向が強いが彼女達にとってこの行為はあくまで『罪の浄化』――故に暴力的という認識は、ない。
    「強化一般人は幹部の貞女を含めて4人、捕らえられてる男も4人」
     強化一般人は1人ずつ男を連れており、別の部屋で刺し殺すつもりだ。
     それぞれの部屋は四隅・上下に散っていて、行き来するのにはどんなに急いでも2分掛かる。
     ただ離れているので、何処かの部屋が交戦状態になっても気付かれないという利点もある。
    「だから確実なのは8人で一部屋ずつまわって潰していくコト。でもまぁそうすると、後に回した部屋の男はまず殺されてるけどね」
     強化一般人とはいえリーダー格の貞女は相応の力を与えられているため、考えなしの分散はそのまま作戦の失敗に繋がる。だから今回は彼ら一般人の生死は一切問わないと標は添えた。
    「被害を抑えたいなら、貞女以外の部屋を手分けして片付けて、最後に8人で貞女に仕掛けるのが現実的かな。それなら3人助けられる」
     どうしても男達全ての死を回避したいなら、最初から4部屋に別れるしかない。しかしそれは少人数で貞女を抑えるリスクを背負うコトになる。
    「不可能ではないと思うけど……どうするかはみんなで相談して決めて欲しい」
     
     彼らは魔法使いと解体ナイフのサイキックを使用する。
     貞女以外は、灼滅者1人ならば時間をかければなんとか倒せる、2人ならまず負けない。
     貞女は灼滅者6人以上ならば危なげなく倒せるぐらいの強さだ。
     
    「貞女さんは灼滅一択だよ」
     強化一般人とはいえ、彼女はもう戻れないトコにまで来てしまっているから。
     けれど、
     それ以外で幾つの命が救い出されるかは、全て灼滅者の選択にかかっている――。


    参加者
    犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)
    彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)
    文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)
    九十九坂・枢(飴色逆光ノスタルジィ・d12597)
    三和・悠仁(偽愚・d17133)
    目・茸(山窩・d19289)
    ジリアス・レスアート(水底の薄氷・d21597)

    ■リプレイ

    ●一
    「浄化なんて綺麗な言葉でもやってる事は『ひとごろし』だ」
     作り物金髪の娘が突きだしたナイフは彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)の翳す紅蓮で弾かれる。
     続き射出された輪は清廉の輝き、されど切り裂き奪うは命の水。
     あかの、せかいへ。
     なじむ、つみの、せかいへ。
    「ウザイ」
     閉じた心が吐くは一言。だが、幸せから反転した嗟嘆に苦しんでいると瞳は語る。

     手の甲でナイフを弾いた九十九坂・枢(飴色逆光ノスタルジィ・d12597)は、間髪を入れず反対の手で頬を張り飛ばす。
    「あんたがしよ思てることは尋常なことやない。何でそんなに思い詰めてもたん?」
     面に思いやり携え伺えばセリカはローブを握り唇噛んだ。
    「助けてくれっ俺は悪くない」
    「悪いわよっ。なにあの女! あたしよりぜんっぜん可愛くないじゃんっ」
     自信が肥大して恋の失敗を認められない――それ自体は思春期にありがち、だから。
    (「罪にするわけにはいかん」)

    「あは、関君が悪いんだよー?」
    「待ってくれ俺は林だ」
    「朝永君がアズの事おもちゃにするから」
    「だから俺は林だー!」
     妄想に棲まうモノの繰り言。
    「ねえ死んで頂戴、氷川君」
     でもその刃は本物、故に剣と交われば響くは金属の音。
    「君が君の正義で人を殺すなら、俺は俺の正義で君を殺さなきゃならない」
     迷いなく言い切る文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)は、曲線に変えた剣を淀みなくアズネに絡めた。
    「きゃんっ」
     しゅ。
     首ギリギリを掠め来た死神の刃は翻り身動き鈍る腹へ刺さる。
    「死ぬって怖いやろ?」
     片目を開けて目・茸(山窩・d19289)はちらと娘を伺う。
    「アズネがやろとしてた事なんよ」
    「でもでも、葛西君は罪人だから善良の量を保つ為に」
     ――殺さなきゃ。
     スキップのステップふわり、逆手に握るナイフは尖る蛇剣が叩き払った。
    「その誓い、自分の命を賭ける覚悟はあるのか?」
     振りまいた炎に手加減は一切ない。妄想に酔うのなら現実に引き摺り戻すまで。
    「ぎゃあぁあ!」
    「これ現実なんよ。1回やってもたら取り返しつかんのや」
     青年に寄り翼広げるチョボ六を背に、茸は火に撒かれた胸を幾度となく打ち付ける。

     獣のような荒い息が呪詛のように紡ぐは謝罪。対する娘は陶然と刃を己の頬に滑らせた。
    「悪い事をしたら謝りなさい――小さな頃あなたが教えてくれましたね」
     お父さん。
    「何処から潰そうかしら。痛い方がいい? それとも愛せなくなりたい? 赤ちゃんを見る目を失いたい?」
     ねえ、お父さん。
    「ああそうね、下腹部に刺し込み目まで鈎に縫えば全て満たせます」
     名案ですと手を合わせた娘の刃の軌跡を視認できたのは、彼らが灼滅者だからである。
     タイミングを計り三和・悠仁(偽愚・d17133)は思い切りよくドアを開けた。
     刹那目映さすら感じさせる魔力の奔流が満ちる。征くはヒルデガルド・ケッセルリング(Orcinus Orca・d03531)が指さす娘の額。
     悠然と近づいてくる使い手のように避けられぬ魔、だから娘も敢えて喰らい代わりに刃を止めなかった。
     しかし、
     目を奪われた隙にねじ込まれたのは、芒星。陣描き身代わりに刃を受けたジリアス・レスアート(水底の薄氷・d21597)は、悪魔の甘言に堕ちた娘を前に憐れむように瞬いた。
     ――始めてしまったら、どこかで終わりにしないと、いけない。
     未だ終われず仇を追うジリアスから憐れみが、抜ける。
     恐らく終末は福音。示すように殴りつけて罪深き父からその瞳を逸らす。
     その間、身動き出来ぬ男を掴み犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)は部屋から引きずり出した。
    「これから彼女を殺します」
     救出に喜び示す男へ冷や水を浴びせるように言い置いて、きつく結ばれた縄に刃をあてた。
    「逃げるなり、安全域から見ているなりお好きにどうぞ」
     戒めは剥がれ落ちたのにより強く縛られたような男へ、褪めた一瞥をくれたのは悠仁だ。
    「きゃああっ」
     無造作に掴んだ肩、胸元を引き裂く所作は手慣れたモノ。
     助けようとする感情への理解は放棄――彼にとってこの部屋にあるのは、死んでも別段心が痛まぬ彼女と彼の、お話。

    ●二
    (「恐らく、南と東の二人が来るまでは持ちこたえられない」)
     凍てついた心が如し氷点下に苛まれた二人を清廉なる風で包み、沙夜は敵の強さを正確に計上する。
     確かに八人でようやく勝負になる敵よりは最初から攻撃を当てられる。
     だが、
     一撃の重たさはさほどには劣らない。つまり気を抜けば――。
    (「一気に瓦解する」)
     高めた破壊の力をシャチに結わえ付けたヒルデガルドは、貞女を瞳に納め続ける。
    「罪人を隠した所でッ、善良保存の儀式は阻めませんよ」
     シャチに腕を喰わせ引き摺るように歩く娘を挫くように、ジリアスの放つ雷が左脚を灼いた。
    「あれ? 儀式を邪魔した暴力的な悪人は、裁かなくていいの?」
     人が悪い笑みで通せんぼ。杖を担ぎ腕を沿わせる様は罪人のはりつけめいて。
    (「……まだ、狙うのか」)
     娘である彼女は父である彼を慕い愛した、はず。
     愛情が裏切られた時、その恨みの深さは恐ろしい、はず。
     ……理解はできる、でも、感じるコトはできない。相変わらずのもどかしさに舌打ちし、悠仁は刺した鋏で命を貪った。

    「まるで、嫌なものを無理やり消そうとしてる駄々っ子」
    「馬鹿だね。そんな事をしても罪は浄化されない」
    「「ッ!」」
     男への攻撃を常に相殺するように枢とさくらえは力を突きつけ唇を動かす。できれば貞女にも腕を伸ばしたい。

     床から巻き上がる焔は煉獄。
    「君はまだ誰も殺してない。今ならギリギリ間に合う筈だ」
    「そうや、アズネ。こんなんで特別になってもしゃあないえ?」
     西なまりで柔らかい声、だが大鎌の軌跡は容赦なく焔を掻き分け身を刻む。
    「やだぁ、どーしてアズを苛めるの? 妄想の癖に邪魔しないでよ……」
     グスグスと鼻を啜る音に続き、震える唇は彼女の『本当』を零す。
    「ズレてるって無視する、高校デビュー失敗した……だから、だから……林君、あなたは関君朝長君氷川君!」
     胸を押さえ血を吐くように叫んだ妄想でもう一度、魔法よ為れ!

    ●三
     さくらえと枢は未だ勝ちが見えぬ状態である。
    「あんたの彼女の事皆が言ってるわよ、根暗眼鏡って」
    「ひとごろしぃ別にいっけどぉ? ぁたしどうせクズだし」
     対等の相手が自分以外を害そうとする場合、ディフェンダーという選択は最良だ。しかし長期戦はどうしたって否めない。

     妻子ある身で若い女に走った男は、部屋の中を舞い散る血飛沫に息を呑む。
     何故、
     何故私は、あの子を庇いに行こうとしないのか?
    「お父さん、あなたの事は後でたっぷり裁いて差し上げます」
     掲げたナイフの先から見透かす貞女の視界を悠仁は敢えて遮らない。勿論それは瞬時に庇う腹だから。同じ役割を担うジリアスが信頼に足るとの判断も後押しした。
     あとは、
    (「澱み」)
     呼応する此はどうせわからないのだろうけどと、諦観塗れな青年は恩讐の娘に刻まれた。
    「――」
     裁きのため灼滅者の各個撃破狙い、脅威度は時間が経つ度跳ね上がっていく。
     ヒルデガルドは重い水を搔くように取り回した槍を穿った。観測するその瞳は、傍らのモノを否応なく封じ悠久の時過ごす琥珀石そのもの。
    「邪魔しないでください。その男は、その男だけは赦せない!!」
     絶対に。
     絶対に絶対に。
    「1分だろうが呼吸するコトすら虫ずが走る。あたしと母さんを地獄に引き摺り落として自分は幸せなパパなんて!」
    「――あぁッ」
     すまない、と、声にする勇気なき謝罪に四人は小さく身じろいだ。憐れみでも優しさでもなくて、名前のつけられない感情未満が与えた虚ろなナニカ。
     ジリアスは腕に下げた祭壇に意識を流し込む。悠仁に集中しがちな攻撃を分け受けた疵の全ては塞がらない。しかしまだまだ耐えうる、否耐えてみせる仲間がくるまで。
    「その復讐という濃い欲望に……」
     その時はもうすぐのはず、だから聞きそびれぬよう今の内に。
    「目をつけ力を与えたソロモンの悪魔は、誰?」
     かつて悪魔に拐かされて集落消した罪人の問いかけに、貞女はにぃと唇を吊り上げただけだった。
     護り手が回復に寄り始めた。
     まだ仲間は、来ない。
     沙夜は短く息を吐くと床を蹴り手の甲を振り上げる。
    「多少同情はしますが」
    「嘘。私達が捨てられた時に向けられた目と全然違うもの」
     ……そうだろうか。
     …………そうかも、しれない。
     冷たい思考の儘淡々と叩きおろし怒りを煽る、今宵の仕事を為すために。

     アズネの妄想へ縋る意志が折れている事を二人は既に気付いていた。
    「退いてよ、アズを苛めないでよ!」
     そう、
     だから無茶苦茶に振り回す切っ先はもはや攻撃の意味を為さない。
     ただ、
     痛ましさがたまらずに茸は踏み込みぎゅうとアズネを抱きしめた。
    「アズネ……」
     直哉は和らぎ招いた口元のままの優しさで名を呼びかける。
    「現実が嫌いで怖いんだな。でも大丈夫、奇跡は起きる」
    「そやで、信じてみ?」
     ぽん。
     茸は背中を叩き、直哉が視線を向ける先の輝きを指さす。
    「え?」
     顔を上げたアズネの頬を掠めたのは柔らかな翼――羽ばたくチョボ六は、神々しいまでの光を尻尾のリングに宿し少女の疵を癒す。
    「ほら、天使やで」
    「お帰り、アズネ」
     悪くない現実は顔をあげた君がこれから作るモノ。
    「う、うぅ……」
     泣き伏したアズネの指を離れ落ちたナイフは、からり、と軽々とした音をたてそれっきり。
     最後に一押し激励し直哉と茸は西を飛び出していく。

    ●終
    「地味眼鏡たぁ言ってくれるな、人気鼻にかけたクズの分際で」
     安全を悟った少年の痛烈さに枢はこめかみを押さえた。
    「みんな言ってるもん、あたしの方が……」
    「バーカ、お前男子の間じゃ」
    「ちょう黙って」
     庇護者枢の目は笑ってない、故に後は続かない。
    「ぐすっひっく……」
     ……ああ、もう『やさしくつめたい静寂』は不要だ。
    「こんなん言われて悔しいし悲しかったなぁ」
     手首を刻まれても構わず伸ばし髪を撫でさすった。
    「でも殺したらそれでおしまい。二度と一生見返せない」
     突きつけられた否定、認めるのは苦しいかもしれないけれど……認めないと進めない。
    「格好悪い自分を許してあげて」
     逆らわずナイフをおろさせてくれた彼女へ、枢はふわと笑み掌を包む。
    「傷ついた怒りに全部投げ捨てて自分を貶めないで」
    「……そっか、自分を貶めていたのはあたしだったんだ」
     開ける意識のままにセリカは声をあげ、泣いた。

     殺して覚悟を示せとの台詞に一歩も引かぬレイラは、涅槃に到りそうな追撃に一歩も引かない。
    「こんな男のためにもう自分を傷つけるな」
    「わかんなぃょぅ」
     自覚したら最後止まるしかないと知る彼女は決して愚かではない。
     光をくれた人が掌返し戻された闇はより昏く、元とは違うモノ。気持ちは痛い程、でも……。
    (「君が手を下したら、世界を変えたのは君になってしまう」)
     かつて自らの手で世界を変えてしまった男は、レイラの死という終焉を悟り瞳が影を帯びた。
     いや、
     まだ。
     さくらえは男の傍へ紅蓮を振り下ろした。命を奪う気はさらさらない、だが力任せな軌跡はそう見えないはずだ。
    「やめてっ! せんせーを殺さなぃでぇ」
     慟哭。
     投げ出されたナイフを追う事なく眉墨染まった黒い涙が零れる儘に、
    「はじめて自分を大切にしろって……教えてくれた人、殺さないでぇ」
     彼女の生死は依頼の成否に関わらない、だけど助けたかった。
     だから、さくらえは安堵と共に此処に来てはじめて本当に笑みを浮かべる。

    「力の差は歴然です」
     貞女の言は真実を捉えている。
     が、
     それも此処まで。
    「下がりなさい、そうすればあなた達は善良に数えましょう」
     冷静な台詞に反し怒りに煽られ沙夜を袈裟に刻まんとす、その先へゆらり身を投げ出したのは、悠仁。
     虚ろな泥沼のような瞳と爛々と輝く月の瞳が交差し、閉じられたのは泥沼。
    「……足音」
     そして、
     意識の明滅振り払い凌駕する頭上を越えて断罪の光輪と撓る蛇剣が、征った。
    「断ち切れん、なぁ」
     哀しげに揺らぐ茸に続き直哉は問うた。
    「善良遵守というならば、君は誰の善良を守りたい?」
     父、姉、無垢なる異母弟……。

    「無垢! あっはははははははははははははははは! 誘惑に負けた父と堕落陥落させた女の間に出来た『物体』が、無垢ですって?!」

    (「物扱いが悪意か」)
     彼女と自分、言葉は同じだがその意味合いは全く逆。
     攻撃手二人からの打撃は、戦況をひっくり返す力を持つが彼女の瞳は全く焦りを帯びていない。
    (「覚悟、いや……違う」)
     狂気に、到った。
     斯くしてヒルデガルドの中、貞女の脅威度は著しく下降する。
    「あの汚物が腹に出来たからあたし達は棄てられた! 赦さない赦されない!」
     ヒルデガルドの弾丸に続き灼滅者達が連ねる攻撃を、貞女は一切避けなかった。父親の瞳に映り込むコトに執心したからだ。
    「そうね、お父さんは逃がしてあげる」
     騒音めいた嗤いで踊る女は既に戦いという舞台を降りている。
    「悪魔が来なくてもこうなってたかもね」
     自分はどうだろう――?
     自問自答するジリアスもまた彼女への関心は希く、それでも悪魔の使徒を滅する意志は父の元へ歩む娘を熾烈に叩き払う。
    「げほっ、その代わり……あの物体を目の前で殺してあげ……る」
     壁に血の人型を作りなお父の元へにじり寄る娘の前に、悠仁は立った。
    「――」
     動いた唇は何を吐いたのだろう?
     自分すら捉えきれぬ折り重なった感情の澱みに潰されそうだ。だからもう消してしまうように輪廻円断、明るくなかろうが彼女の未来を完全に断ちきった。
    「おめでとう」
     なのに響く祝福。
     傍らにしゃがんだ沙夜は彼女にだけ聞こえるように囁き落とす。
    「手段は違えどお前の復讐は成される」
     彼女が『物体』と叫んだ時から決めていた。
    「お前の死は毒となってあの男を蝕むだろう」
    「そうね、殺すより最良――ね」
     怨嗟とはほど遠い顔を見届けて沙夜は瞼を下ろす。
    「……みな、幸せになりたかっただけやのに、ね」
     間に合わなかったと俯き枢はポケットの飴ちゃんを握りしめた。

     婚約者への告白を含めた真摯な謝罪を、
    「幸せ壊すなんてバカ?」
     そう庇う彼女は幸せになるべきだ。
     だから。
    「おまじない」
     金平糖のように甘き未来が訪れますようにと、さくらえは星を落とす。

     斯くして今宵、六人の心身が救われて、一人が死に、一人が苛まれ――此は灼滅者が関わり至れた最良の結末。

    作者:一縷野望 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年12月10日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 3
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