道違える鬼の告解

    作者:中川沙智

    ●秋は去り
    「二度にわたって灼滅者などに首を垂れるとは!!」
     見事な銀杏の大木が揺れた。
     男が苛立ちと共に利き腕を叩きつけたからだ。扇形の黄色い葉が散る。足元からは潰れたぎんなんの独特な臭気が漂う。 
     街灯が頼りなげな光を注ぐと、男の頭には黒曜石の角があるのがわかる。
    「戦略的な理由だか何だかは知らんが、多くの仲間を灼滅した灼滅者と手を結ぼうという発想自体が解せぬ」
     歯の奥を強く噛んだ男――羅刹は、鍛え抜かれた体躯を怒りで震わせながら、一度だけゆっくりと振り返った。
     ここしばらく滞在していた山奥の里。最初に灼滅者達に交渉を持ちかけていた時は、この里で傍観の構えを見せていた。だが二度目の交渉と同盟の締結。この羅刹にとって、天海大僧正と決別するに十分な事実が重なり過ぎた。
     破門など望むところだ。
     前を向いたら後は進むだけ。
     秋ももう終わり。
     誇りを捨てた馴れ合いももう、終わり。
     
    ●冬間近たる
    「晩秋、って言えるのももう終わりかしら……」
     小鳥居・鞠花(高校生エクスブレイン・dn0083)は小さく目を伏せる。そしてゆっくり唇を開いて告げるのは、先に二度目の使者を送ってきた天海大僧正の勢力に動きがあったという事実。刺青羅刹の『依』から齎された情報だという。
    「同盟を組む大前提として、天海大僧正が『人間の殺害の禁止』『人間を苦しめる行為の禁止』『灼滅者と遭遇時は戦わずに逃走する事』を配下に命じたのは知っての通りよ。それを不満とする羅刹達が、天海大僧正勢力を離反して破門された……これも聞いた事はあるわよね?」
     しかもその羅刹達は安土城怪人勢力に寝返ってしまった。そんな鬼達が人間を襲うというのは火を見るより明らかだ。
    「刺青羅刹『依』からの情報を元に、安土城怪人勢力に加わった羅刹の事件を特定したわ。今なら被害が出る前に食い止められる」
     だから、止めてきて頂戴。
     鞠花の声には全幅の信頼が籠められている。
    「対峙する羅刹の情報よ。人間でいえば30歳と少しというくらいの年齢で男性。名前は桐生。浅黒い肌で金色の目を眇めているからぱっと見でわかると思うわ。頭に黒曜石の角があるから尚更ね」
     天海大僧正の勢力に属していた時も、無口で誠実、義理堅いという武人めいた性格の持ち主とあってか、周りからも一目置かれていたらしい。但し地位などにはとんと無関心であったらしいが。
     理性的に、冷静に状況を判断する性質でもあるため、生半可な小細工は通用しないとみていいだろう。
    「接触する場所は桐生が住処にしていた山奥の里。里一番の立派な銀杏の木の側で邂逅する事になるわ。もうすぐ日が完全に落ちるって頃合だけど、街灯があるから視野には問題ないわ。山奥なだけあって広いし戦闘する場所にも不自由しないわよ」
     ただ、里の人間はさほど多くないとはいえ皆無ではない。万一巻き込んでしまわないよう何らかの手当てが必要だ。
    「桐生は結構な力量を持ってるから全力でぶつかってね。使うサイキックは神薙使いのものとバトルオーラのもの、そしてエアシューズのもの。ポジションはディフェンダーよ」
     相手は油断など微塵も見せず、戦局をしっかりと見極めて臨んでくるという。油断大敵だからねと鞠花は声を潜めて念を押した。
    「念を押させてね。桐生が安土城怪人戦力に本格的に組み込まれたら厄介よ。それに、無為な戦闘を好まないようにも見えるけど、それでも武蔵坂学園と手を組むのは良しとしなかった……どうやっても道は重ならないの。わかるわね?」
     今回の戦争で天界大僧正と手を組むとなっている以上、こうしたダークネスは確実に出てくるのだ。それを撃ち漏らすわけには、いかない。
    「行ってらっしゃい、頼んだわよ!」
     冬の足音が聞こえてくる。
     秋ももう、終わり。


    参加者
    加賀谷・色(苛烈色・d02643)
    嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)
    鳴神・千代(ブルースピネル・d05646)
    木通・心葉(パープルトリガー・d05961)
    東郷・時生(天稟不動・d10592)
    ハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)
    雲無・夜々(総勢一名・d29589)

    ■リプレイ

    ●礎
     冬と秋の境目そのものに見える空。
     日没の黄金が山の向こうへ消えていく。宵闇が光を呑み込む様はまるで闇に堕ちたものを表しているかのようで、嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)は星色の瞳を伏せる。彼女の足元に、風に攫われた銀杏の葉が音を立てて吹き荒ぶ。
     ダグラス・マクギャレイ(獣・d19431)の目の前にも銀杏の葉は舞い、視線を上げれば見事な大木がそびえていた。ここで羅刹と邂逅するのだろう予感はしたが、身を隠すことなく真直ぐに木の下へ進む。微かに目を眇め、息を細く吐く。
     途端に迸るのは里の人間を遠ざけるための殺気。そして鬼へと思いを馳せる。
     やりたくない事を拒否するのは構わない。
     だが此方としては、その我を通させる訳にはいかないのだ。
     視線の先に影が見えたから、すかさずイコも音の遮断壁を展開する。その影こそが今夜対峙する鬼なのだと悟り、雲無・夜々(総勢一名・d29589)はスレイヤーカードから青黒く無骨な車輪を取り出だす。鬼火の意匠と六道輪廻が、街灯に照らされ鈍く光った。
    「灼滅者か……貴様らは、俺を止めに来たのか」
     足音と共に低い呟きが聞こえた。その声の主は鍛え抜かれた身体を持ちし男。黒曜石の角、そして眼光鋭き金色を見遣れば、男こそが桐生とすぐに知れた。先に終わったばかりの戦争を思うと立て続けにはなるが、それでもこの戦いは避けるわけにはいかない。
     落ち日に耀く金の眸。銀杏の葉と同じ、いろの。
    「……あなたが桐生さんですね? わたしたちと勝負をしてくださいませんか」
     誇りを掛けた戦いを――そうイコが続けた傍ら、信頼を託すように肩を並べ、加賀谷・色(苛烈色・d02643)は桐生に向き直る。
    「強敵相手っつーのは燃える。どんな考え持ってても、多分、拳合わせたらいろんなもんふっとぶんだろうな。少なくとも、俺はそう」
     だから全力でぶっとばす。やれるだけをやるだけだと拳を鳴らした。真直ぐな思いはきっと用いる殲術道具にも乗るだろう。
     その一方で飄々とした様子で緑の髪の娘は嘯く。
    「戦争は終わってボク達の勝ちいー。めでたいけどお、喜んでばかりもいられないかあ。こっちも勝たなきゃいけないもんねえ」
     さくっと倒しちゃおうねえ。そう告げたハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)はへらりと深い笑みを湛えたままだ。その言動に感情を逆撫でされるでもなく、桐生は零下の吐息で返す。
    「片腹痛い。そのような軽口を叩けるのは今のうちだと知れ」
    「……正直、ボクにはよく気持ちはわかる。だがボクはお前にとって敵だ。それだけの理由だが、十分すぎる理由にもなる」
     それに相手にとっては不足は、ない。対峙すれば肌がぴりりと闘気を感じた。間違いなく相手は強敵なのだ、それだけで木通・心葉(パープルトリガー・d05961)の奥底の闘争心に揺らめく灯がともる。けれど隣に佇む友は、胸の中で巻き起こる感情に名前を付けられずにいた。
     今まで桐生自身は人的被害を起こしていたのか。
     安土城怪人のところに行ってしまうと本当に厄介なのか。
     鳴神・千代(ブルースピネル・d05646)は知らず歯の奥を噛み締める。実際にどのような敵であったのか、戦闘能力はともかくその生き様までは知りえない現状で、心に過る感情と折り合いが付けられずにいた。
     無口で誠実、義理堅いという武人さん。
    (「――こういう人が一番戦いにくいかも」)
     救いようのない最低な相手なら変な感情もわかずに済むのに。
     千代の想いを掬うように、東郷・時生(天稟不動・d10592)が護り手となるべく前線へと進み出でた。心に自然と浮かんでくるのは、目の前の相手に対する敬意だ。
     桐生の立場になってみれば、数多くの同胞をこの世から消滅させた灼滅者を受け入れるなどあり得ない――というのは重々理解出来た。義憤もっともだな、と口の中で小さく囁く。
    「……だが、だからこそ退けない」
     更に一歩前に出る。信念持つ武人たる桐生は、必ず学園の脅威となると悟るから、ここで身を持ってでも止めなければならないと理解していた。
     時生は顔を上げて高らかに宣言する。
    「私は武蔵坂学園の灼滅者だ。その誇りにかけてここでお前を灼滅してみせる!」
    「いい気概だ。かかって来るがいい!!」
     地面を踏みしめた桐生は腰を低く落とし構える。
     弾けるように灼滅者達が駆けだした。

    ●戴
    「東藤組三代目・東郷時生! 天稟不動の要としてお前を灼滅する!」
     啖呵を切った時生は真っ先に敵前に躍り出る。視線を流せば千代が頷く。仲間達と包囲網を敷くよう立ち位置を図った。
    「去りはせんよ。貴様らを倒すまではな」
     逃走阻止を狙った意図を見抜いたのか桐生は言葉を零し、右の拳に力を溜める。一拍置いたその瞬間、凄まじい連打が襲い来る。
     咄嗟に両腕で防ごうとするもすり抜けて、鳩尾に深い打撃が入る。
     喉から乾いた息が漏れる。
    「本当に、攻防共に隙の無い強敵ね……!」
     盾となるべく防御に徹するよう意識しなければ、時生にとって深手になっていたかもしれない。どうにか堪えたはその背に碧天の炎の翼を顕現させ、同じく前衛に布陣していた仲間達に不死鳥の癒しを施していく。
     朱鳥の破魔の力が及ぶ仲間が多い事実。
     つまりは護り手を中心として防護に長けた陣形で望んでいるという事だ。ひいては長期戦すら覚悟しているという事でもある。
    「夜はまだ長い。全身全霊を持って挑みましょう」
    「りょーかいっ!」
     里の冷えた空気を身体で切るように、色は毅然と夜を馳せた。獲物は己の腕そのもの。銀の獣と化したかいなは爪を翻し、桐生の上腕を強く抉った。
     確かな手応えに、短く頷く。
     己が役目は何を置いても、後衛を守る事。勿論前衛も庇いたい。護りたい。
     だからこそ相手の気を引いて戦い続けたいと願いを込めた一撃だった。
    「長期戦覚悟ではあるが、あまり長引く様ならコッチがジリ貧だろうしな」
     徹底的に攻撃全振り前のめりで行くぜ――後ろに残した言葉は夜風に散った。仲間に防御役が多い分、攻撃手を担ったダグラスは最前でサイキックを連打する覚悟を決めている。一気に肉薄する。
     懐に滑り込んだ青年は回転させた杭打機をぶちかました。より一層奥へと突き刺すまで退く事はしない。そんな彼の覚悟を肌で知り、心葉も宵の明星に似た輝き宿した蹴りを放つ。紙一重で躱されたが、信頼を置ける存在が後方にいるから焦りもしない。端的に告げる。
    「続けるか」
    「もちろんだよ、心葉ちゃん!」
     唇を引き結んで、千代は制約の力孕んだ魔法の弾丸で打ち据える。
     否、叩き落すようにして直撃を免れた桐生に対し、つい言葉が口をついた。
    「私達灼滅者はやっぱり受け入れられない?」
     静寂が下りた。
     戸惑いを胸の奥で飼い慣らしながら、懸命に言葉を紡ぐ。
    「あなた達の同胞を灼滅してきたから……だよね」
    「わかっているではないか。貴様らは、仲間を殺されて黙っていられるのか?」
     問うまでもないか――鬼は微かに首を横に振って疾く駆ける。己の片腕を異形と化し、凄まじい膂力と共に振るう。その迅速な動きにあわや直撃かと考えた刹那、衝撃を受け止めたのは千代の霊犬、千代菊だった。
    「いい動きだ。今癒すから待っていろ!」
     敢えて桐生の後手で動くよう気を配っていたことが功を奏した。夜々が帯で全身を鎧のように包み込み癒しを与え、千代菊自身も浄霊の力宿した眼で懸命に耐える。その時間を心葉のウイングキャット、天月にゃん葉がしなやかな動きで肉球を叩きつける事で稼いだ。
     サーヴァント二匹の健気な姿に頬を緩め、イコは改めて退路を塞ぐよう意識を向ける。
     しゃきん。
     鋏を鳴らせば、鋭い鋼の音がする。獲物になるのは目の前の羅刹。だが一概に『敵』と言い捨てられないのは、心に浮かぶ真摯な思いが故。
     仲間を想うからこその離反。
     それは対峙せざるを得ないという事実を生む。けれど、これはあくまで勝負であり退治ではない。
     善などと、言い切れるものではない。
    「友の為に泣いたという、ニッポンの昔話の鬼のようね」
     斬り裂いた傷口から、狂気を生む鋏の錆を齎していく。それは己へ少しでも攻撃を向けようとするための技だった。その心意気も想いもすべて受け止めようとする決意をこそ向ける。
    「誇り、ねえ。ふふ、それって美味しいの?」
     にんまりと笑みを浮かべながら呟く。
     イコや千代と対照的な見方をするのはハレルヤの出自故だろうか。貶すわけでもなく馬鹿にするわけでもない。ただ立場が、違うだけ。
    「けどボク、キミのコトは嫌いじゃないよお。だってとってもイイ感触くれそうだからさあ」
     後方で命中率を高めた事を示すような輝き。聖歌が奏でられた直後、戦闘用碑文から一直線に放たれた光の砲弾が鬼の青年を貫く。
     そしてその傷口を埋める事は許さないと宣告するように、着弾点からおびただしく氷が広がった。
     響く舌打ち。それにハレルヤはうっとりと目を細めた。
    「キミをちょうだい。ぜえんぶボクが壊してアゲル」

    ●覚
     幾人かの灼滅者が予想した通り、戦いは長期戦になった。
     桐生の立ち位置が防御に長じていた事、そして制約を解除する回復手段を持ち合わせていた事。
     それに対抗すべく、灼滅者達も防御を固めた布陣で臨んだ事が大きい。回復手段を潤沢に持つ者、回復を仲間に任せ攻撃に専念した者。互いの思惑がかみ合った時にそれぞれの力は存分に発揮される。
     そうなると拮抗する天秤を傾けるための錘は――手数の多寡。
    「くっ!!」
     回転脚で生み出された嵐に巻き込まれても、護り手達が手分けをして攻撃手の前で立ち塞がる。その一人たる時生は、暴風を耐え抜いて毅然と立ち続ける。その眼に映るのは、まるで鏡を見ているようにすら思えた鬼の姿。
     仲間を守り支援する事に特化した技の構成と護り手たる役割。自分が矜持として持ち続けている覚悟と何が、違うというのだろう。
    「羅刹相手に、おかしいかな」
     それでも凛と前を向く事はやめはしない。滴る紺瑠璃の焔を拭い去り、時生は堂々とした振る舞いで声を張った。
    「皆の盾となり庇い護る事こそ私の本懐だ。油断せず着実に仕留める!」
    「……いい覚悟だ!!」
     寄り添うふたつの向日葵の道標。紅く光を燈せば夜天に映える。強く叩きつければ桐生は血交じりの唾を吐き捨てる。だがその眼は、未だ諦めを湛えてはいない。ならばそれに見合う芯を持って臨むまでだ。
     吹き飛ばされそうな闘志を全身で受け止めたのは色も同じ。そうすれば漲るのは戦いに高揚する心。
    「最後まで全員で立って、帰るのを諦めたくねーんだ。だからぶっ飛ばす。すっげー単純な事だ!」
     踵に星を振らせれば、そのまま顎をしたたかに振り抜く。懐ががら空きになった隙をついて、心葉は正拳突きを繰り出した。直後に網状の霊力が迸り、桐生の胴体と左腕とを束縛する。
     確かな手応えを感じたから、いっそ畳み掛けてしまえばいい。
     千代とイコが走り出す。二人に共通した桐生を敵と思えない優しさは、形は違えど確かに併存していた。だからと言って攻撃の手も護りの手も緩めるわけにはいかない。妖気から生み出した氷柱を肩口を抉るよう発射すれば、その傷に重なるよう炎を宿した弓矢を放つ。
     想いをくべて纏う焔は、熱を増して白銀にきらめく。氷に反射した銀の輝きに、照らされたイコの横顔はうつくしい。
     桐生に、向き直った。
     言葉が千代の口をついた。返事が出る前に、続ける。
    「自分の仲間や大事な人を傷つけた人たちと手を取り合うのは、私がその立場としたら受け入れがたいとおもう」
     大切な人達がいる。情の深い彼女にとってはまさに捨てがたい宝物だろう。それに背を向ける事など出来るはずもない。己に宿すもう一人の闇を知るから。だから。
    「でもいつか、灼滅者と羅刹……ダークネスが手を取りあう時が来るといいな……って」
    「少なくともそれは今ではないぞ、灼滅者」
     表情ひとつ変えず拳を振り抜く桐生。脇から超硬度の拳を鋭く見舞う事で制止したのは、ダグラスだ。
    「単独では勝ち目が薄い戦なら、手を組めそうな相手と一時組む事なんざ珍しくも無え事だろ。それがいがみ合い血を流し合う相手であってもよ」
     ダグラスが言外に示すのは、天海大僧正と武蔵坂との同盟の事だ。眉間のしわが更に深くなるのを見届けつつも、続ける。
    「アンタどうも疲れる生き方しか出来ねえらしいな」
     返事がない。だがその無言は、肯定なのだろう。
     先程から攻撃分散を狙おうと粘着質とも言える攻撃を繰り返すハレルヤだったが、予測していた通り強い精神力を持つ桐生はさして誘いに乗ってはくれない。
     ならば話は簡単だ。
    「刻んであげるだけだよお」
     嘯く言葉を耳にしながら、夜々は巨大な霊光の法陣を展開し、前列に立つ仲間に放つ。破魔の力を張り巡らせながら、こいつの気持ちは良くわかるよと胸中でくすぶる思いを飼いならす。
     覇気を轟かせるまま夜々が叫ぶ。
    「さっきまで殺しあってた連中と仲良くするなんて有り得んよなぁ!」
     それでも夜々が『こちら側』にいるのはより大事な事があるからだ。では、桐生の場合はどうだろうか。
     夜が哭く。
     天秤が、傾く。
    「交わらねえ道ならどちらが残るか、全力でぶつかるのみってなあ!」
    「おおおお!!!!」
     ダグラスと桐生は気合だけでぶつかり合う。
     渾身の蹴撃を避けもせず、受け流す事もせず、ただ耐え抜いた上で螺旋の勢い乗せた槍で心の臓をぶち抜く。
     噴き出る血さえ受け止めたなら顔を赤が染めていく。
     そのまま鬼は膝をつく。
     ぼろぼろと土の塊となって崩れていく。
     銀杏の葉が、撫でるようにひらり落ちる。

    ●沈
     夜々が見上げた先には冴え冴えとした月がある。ダグラスもゆるり、空を仰ぐ。
    「ちぇっ。角でも残ればよかったのに。ざあんねん」
     言うほど残念がってはいない様子で、ハレルヤは唇に笑みを乗せる。土の塊は今や砂になって夜風が吹き消していった。
     武蔵坂は天海大僧正と同盟を結んだ。もちろん悩んだ者は他にもいるだろう。けれど、だからこそ。
    「たまに本当にこの行動でいいのかわからなくなることがある。……ダークネスだからって倒しちゃっていいのかなぁ」
     視線が伏せがちになる千代に、心葉はそっと寄り添った。肩を並べる。
     一方でイコは地面に落ちた銀杏の葉を一枚拾う。隣の色や時生に見せ、くうるり回してみせる。
     汚れているわけではないが、清潔なわけでもない。けれど秋を全うしたのだと思わせる山吹色。
     ――鎮魂。
     それは銀杏に纏わる花詞だと知っているから、胸の奥軋む感覚をなかった事には出来そうにない。

     交わることの無かった道に祈りを捧げよう。
     願わくば、自分達も護りたいものを護りたいと言えるように。
     誇り高く、進めるように。

    作者:中川沙智 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年12月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ